俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

26 / 35
閑話
/vs鬼神 起承転結


 ★1995年 1月13日★

 

 真冬の山中、一人の青年が雪を踏みしめながら歩いていた。

 

 大雪が降っている訳ではない。しかしながら中途半端な気温により凍ってない腐葉土に加え、山道も特段整備されているわけでもないので大変歩きにくい。ましてや人気など皆無である。

 

 およそ趣味で登山をするには適してない御山。しかし青年は何かに囚われたかのように歩を進める。その足取りに迷いはない。

 

 そうして辿り着いたのは少し開けた空間だった。木々が丁度いい塩梅で離れており、傾斜もほとんど存在していない。なるほど、ここでならちょっとしたダンスも出来なくはないだろう。そして実際に―――

 

 「……ここだ、きっと」

 

 空間の中心では大樹が()()()()()()()。ただその倒木の仕方があまりにも奇怪だった。荒唐無稽な話だが、何者かによって握りつぶされたかのような、そんな印象を見た者に与えるだろう。

 

 勿論そんなことは不自然だ。自然の摂理に則っていない。どこの誰が、どんな生物が1mにも及ぶ幹を持つ大木を圧壊できるというのか。だがその不自然を、超常を為せる存在を青年は知っている。

 

 「血の匂い」

 

 男は誰に聞かせるわけでもなく、そのようにつぶやいた。

 

 実際に血液特有の鉄臭さが漂っている訳ではない。単に彼の持つ特殊な眼球、後に『業報(ごっぽう)の魔眼』と称されるソレが、青年に最も適した情報を示しただけである。

 

 魔眼によると、どうやら一人の男がここで死んだらしい。そしてその男は青年が「黄理」と呼び親しんだ遠い親類であり、暗殺者だったということも。死因は突発的な下半身欠損によるショック死だろうか、それとも頭部を一瞬の間に粉々にされて―――

 

 

 

 ―――青年はそこで思考を止めた。

 

 

 

 いくら()()()()()()とはいえ、もう数年も前のことに囚われて心を痛める必要はない。ただ青年は合掌し、数年越しに男の安らかな眠りを願う。

 

 「―――さようなら、黄理さん」

 

 どうすれば効率良くモノを殺せるか。そんな物騒なことを常日頃から考えている男だった。

 

 しかし息子を持つようになったからか、彼は人間らしい感情を持つようになった。そして思いついたように暗殺稼業から足を洗って、()()を震撼させたものである。

 

 本当に唐突だったが、その変化を青年は好ましいものと感じていた。少なくともモノを壊すことよりも、モノを造ることに苦戦した方が文字通り生産的だからだ。自らを棚に上げた考え方だが、考えるだけなら無料(タダ)である。

 

 もっとも一族を巻き込んだ引退だったために、青年の一族が割を食らった訳なのだが。それだって、今となってはちょっとした笑い話だ。

 

 問題は中途半端だったこと。人間性と狂気を両立した殺人鬼なんて、幸福になれる訳がない。正直に言って、あの人は死んで当然だった。だから七夜黄理という人間は、壮絶な死でもって過去の清算を遂げた。これはただそれだけの話。

 

 「でも俺は、黄理さんのこと好きでしたよ」

 

 ついぞ伝える事の出来なかった言葉を、墓前でもないのに青年は呟いた。男の犯した罪は数知れない。けれど彼は泣く赤子の前では無力同然の―――ただの人間だったのだ。

 

 「……ふぅ」

 

 いつの間にか閉じていた目を開けて、合掌を解く。青年はまた前を向き、そして前へと進む。

 

 深夜に差し掛かる時間帯。月の光さえ遮る木々の群れは、しかし青年の足取りを迷わせることはなかった。そもそも彼はこの山ないし森に、それはもう何度も足を運んでいた。道に迷うだなんてことは在り得ない。

 

 八朝の当主として、時には七夜の客人として、最終的には黄理と、そしてその息子の友人として。

 

 機会さえあれば青年はこの御山に登り、意地悪な本家の当主は「八朝の技を見せてみろ」とか言って殴りかかってきたものだ。そのたびにぼこぼこにされて、でも結果的に強くなって、歩を進める度にあふれ出る記憶は彼の目頭を熱くさせる。

 

 

 ―――青年の進んだ先は、果たして鬼の住処だった。

 

 

 随分と古ぼけた小屋、というよりももはや荒ら屋といった様相である。

 

 まず目についたのが、木製の壁に無数の穴が開いているという惨状。風通しが良いという言葉は存在するが、それにだって限度はあるだろう。それに加えて、屋根の上に添えられた藁の屋根は雪の重さで沈んでいた。とてもではないが人の住める環境ではない。

 

 

 

 だが、そんなぼろ屋だからこそ隠せない濃密な死の気配。

 

 

 

 「―――だめだ、こりゃあ」

 

 青年は、八朝勝馬は暗殺者である。そして暗殺者とは対象の不意を突いて殺人を為す者である。

 

 だから理解(わか)ってしまう。この建物未満に居座る人外を、闇夜の内に殺すことなど到底できやしないのだと。それは勝馬が己の技量不足を認めた証拠であり、また種としての絶対的な差でもあった。

 

 そして何より、()()()()()()()()()

 

 「出てこい。お前さんを退治しに来た」

 

 引けぬ理由がある。仇討ちは彼の好ましく思うところではない。だが筋は通す。

 

 鬼が人間を殺めたのならば、鬼は人間の手によって退治されるべきだ。それこそが平安の世から続いてきた自然の摂理である。たとえ無謀と謗られようと、その自然を為し得る事こそが、八朝勝馬の無念を残して散った者たちへ送る最後の手向けだ。

 

 「だなんて、調子のいい文句か」

 

 くすり、と勝馬は一人でに苦笑いする。結局のところ、理由なんてどうでもいいのだ。ただそこに命を燃やすに足る怨敵がいる。恩人を殺めた悪鬼が、彼の目の前にいる。今はそれだけでいい。

 

 

 すると、小屋から巨躯の男が現れた。

 

 

 枝垂れかかった前髪に隠れて分かり辛いが、男は隻眼だった。きっと黄理の仕業だろう。根拠はなかったが、勝馬はそのように直感する。

 

 「……どこの者だ」

 

 獣の如く低く唸るような、それでいて徳を積んだ高僧のように無垢な声。全くもって面白くない、どうしてか勝馬はそんな感想を抱いた。

 

 「八朝」

 

 「知らん」

 

 勝馬の短い返答は、あっさり斬って捨てられた。

 

 そうだろう、そうだろうとも。この森に住み着いたのはつい最近とはいえ、俗世を断った鬼が人間様の事情など知ったことではない。それは道理だ。だから勝馬は怒るもこともなく、ただ眼前の鬼を見据える。

 

 「お前を退治しに来た」

 

 「そうか」

 

 再度告げられた宣戦布告は、実に簡素な言葉で応じられた。だが、どうであれ()()を受託したのであれば―――

 

 

 

 

 

 /vs鬼神 起承転結

 

 

 

 

 

 戦闘の開幕となったのは、勝馬による一撃。鬼の真上で、勝馬の得物が三日月の弧を描く。

 

 閃鞘・八穿。瞬時に相手との間合いを詰め、首筋を切りつける。云わば真正面からの奇襲。回避も防御も許さない、技術の粋を集めた攻撃だった。

 

 ―――かきーん

 

 木魂したのは、そんな間抜けな音だった。

 

 しかし妙だ。勝馬は確かに鬼の頸部を斬りつけただけで、決して得物を金属に叩きつけた訳ではない。だというのに手に痺れが走って、思わず武器を落としてしまいそうだった。

 

 「―――(まず)っ」

 

 全てを理解した。そして理解すると同時に、勝馬は全力で身体を捻る。

 

 つまり鬼の首は鋼鉄と等しい硬度だったという事である。しかもそれだけではない。空中で無防備を晒した彼を仕留めんとする剛腕もまた、鉄の如き強靭さを誇っていた。それが()()()()()()分かる。

 

 「―――っ!!」

 

 言葉にもならない。勝馬はその持ち前の勘の良さと経験により、即座に回避行動へ移ることが出来た。そして実際、彼は鬼の一撃を真正面から食らう事はなかった。

 

 誤算だったのは、鬼が腕を振るっただけで()()()()()()()()()。音速の域にまで達した暴力は、ただの人間に過ぎない勝馬を塵屑のように吹き飛ばしたのである。

 

 地面に激突する頃には、彼の意識は半ば失われていた。しかしながら、本能的に己の死を許さなかった勝馬の五体は、地を転がりながらも立ち上がる事を選択する。

 

 

 だが無慈悲にも、追撃の拳は飛んでくる。

 

 

 回避をするにはあまりにも体勢が崩れていた。ならば無理に間に合わせる必要はない。ただ流れに身を任せ、同化する。鬼の拳が顔面に触れる寸前で、その軌道に沿うように僅かに顔を逸らす。その無意識かつ最小限の動作によって、直撃だけは何とか免れた。

 

 その代償として、豪速によって生じたソニックブームが、彼の頬に決して小さくない裂傷を与えた。

 

 「……ああ畜生、今ちょっと飛んでたぞ」

 

 ここまで一瞬の出来事。激しい痛覚の訴えによって、彼の意識は完全に覚醒した。

 

 今の攻防で、決定打となる攻撃は食らってないし与えてない。しかし現状は勝馬にとって不利な展開となっている。少なくともどちらが傷を負っているか、その観点で見れば答えは明瞭である。加えて直撃をもらえば即死、わかりやすい構図だ。

 

 己の前に立ちはだかる鬼は、軋間紅摩という混血の鬼はどんなに規格外か。

 

 「成程、黄理さんが死ぬわけだ」

 

 距離を取りつつ、勝馬は思案する。

 

 二度目の追撃はなかった。それは余裕の表れか、それとも二撃で仕留めきれなかったことに驚いたのか。鬼の仏頂面では読み取ることができない。

 

 七夜最後の当主、七夜黄理。彼は()()()()()強かった。そんな男を打ち滅ぼした鬼は、もはや強いなどという簡便な言葉では済まない領域に居る。少なくとも勝馬が出会った混血を全て束ねたところで、あの紅赤朱には足元にも及ばないだろう。

 

 では()()と対峙する八朝勝馬はどうなのか。彼は唯の人間である。七夜の分家筋、その最高傑作と言えど本家の者からすれば質のいい出来損ないに過ぎない。黄理と比べれば体術の冴えはおろか、心構えや経験でも劣っている。実際、勝馬の記憶の中にいる黄理であれば、先の攻防も難なく切り抜けたに違いない。

 

 しかし唯一、黄理に無くて勝馬にあるもの。ソレは―――

 

 「……よし、やるぞ」

 

 緊張感で吐きそうになる。死への恐怖は耐え難い。しかし覚悟は決めた。

 

 鬼は変わらずそこにいる。大木のように不変なあり様は、確かに人間を畏怖させる何かがある。だが生きているのであれば、死も絶対である。だったら勝馬に、人間に殺せない道理など存在しない。

 

 

 「―――極死(きょくし)

 

 

 己の得物を二本、天高く掲げる。とある混血の骨を切り出して造り出された刀。その至高の二振りを、勝馬は惜しみなく()()()

 

 対する軋間紅摩は無造作に腕を振った。人間の膂力で投射された刀剣に脅威を覚えたからではない。単に視界の邪魔になったからだ。故にあっさりと、勝馬の得物は弾かれた。

 

 だが鬼は知らない。その惰弱な発想こそを、暗殺者は待っていたのだと。

 

 

 ―――開けた筈の視界が暗転する。

 

 

 一瞬、紅摩は何が起きたのかを理解できなかった。痛いだとか、熱いだとか、そういった痛覚はあまりなかった。鋼の如き皮膚が、外敵の攻撃から身を守った証拠である。

 

 しかし理屈が通らない。

 

 紅摩が勝馬()を見上げ、敵が紅摩を見下ろす構図。先とはまるきり逆の立場。そう、気づけば鬼は仰向けに倒れていた。

 

 あの七夜黄理ですら、鬼からダウンをとったことはなかった。とはいえ、その必要性は皆無である。むしろ相手に倒れられてしまってはかえって殺し辛い。黄理ならその様に述べるだろう。

 

 「―――っ!!」

 

 言うなれば焦燥。ここにきて鬼の表情に変化が現れた。

 

 手品の正体は()()()だった。

 

 投擲された刃物はブラフ。本命は高速の得物と()()()()()で接近する、勝馬本人にあった。

 

 前提として、紅摩が得物を弾いた時点で既に勝馬は紅摩の頭上に迫っていた。そして本来、そのまま頭部を鷲掴みにして首を捩じ切るのが、『極死・七夜』という奥義の()()()である。

 

 だが彼は賢明だった。というよりも、優秀な戦士であり優秀な師を持っていた。この名ばかりの奥義は所詮、本物の鬼には通用しないということを誰よりも自覚していたのである。

 

 ―――いいか小僧、結局のところ()()()()()は子供騙しだ。

 

 いつしかの彼の師(七夜黄理)の言葉である。

 

 なんせ軋間紅摩の首は鋼鉄だ。鋼を捩じ切るだなんて、とてもできやしない。相手が常識内の人間であれば()()()()は脅威にもなろうが、常識の埒外に居座る存在が相手ならば通用しない事は試さずともわかる。

 

 だから投げる。鬼を組み伏せる。

 

 それにしたって容易なことではない。身長だけなら勝馬の方が上だが、体重は紅摩が上回り、筋力は比べるまでもない。

 

 そこで持ち出したのは純然たる知恵だった。元より併せ持つ物理学の知識、そして今世で熟知した人体の仕組み。

 

 人間という限られた力で、どうすれば化物の膂力をいなせるか。どこを掴み、どのように投げれば、人体は簡単に倒れるのか。そしてどのタイミングなら、相手の不意を突けるのか。

 

 その全てが噛み合った。だから鬼は地に倒れた。そして、遅まきながら鬼は理解する。

 

 勝馬の狙いは()()()だと。

 

 

 「―――シャオラアアァ!!」

 

 

 青年の奇声が森に響く。地に倒れ伏した鬼に、容赦のない踵落とし。地面という、これ以上ない武器を利用した打撃。それを幾度となく繰り返す。

 

 到底人間の出せる音ではない重音が続く。まるで子供の喧嘩のような攻撃は、意外なことに効果的だった。

 

 起き上がろうとする鬼の頭部を、時には肩を的確に連打し、勝馬は己の有利な状態を維持していたのである。そうしている内に鬼の頭部が地面に埋没しても、その打撃は繰り出される。正に人間にとって理想的な展開だと言えた。

 

 無論鬼も無抵抗だった訳ではない。

 

 地に手を付け力任せに上体を起こそうとするも、前述のとおり苛烈な連撃の前では上手く起き上がることができない。ならばその原因となっている脚部を掴んでやろうと紅摩は藻掻いてみせるが、そも自身より純粋な格闘の技術で上を行く勝馬の動きを捉えることは至難の技だった。

 

 

 

 ―――だから鬼は地面を()()()()()

 

 

 

 「は?」

 

 そんな間抜けな声が勝馬の口から漏れる。と、同時に不愉快な浮遊感を覚えた。そして現実として、彼は宙に浮いていた。

 

 ―――嘘だろっ!?

 

 あまりにも原始的で、でもこれ以上ない程の最適解。驚愕の表情を貼り付ける勝馬を捉えたのは、鬼の隻眼。不味い、直感的に彼は己の危機を悟る。

 

 紅摩の腕が伸びた。

 

 今までの腕力に物を言わせた一撃とは違う。如何なる武術体系とも異なる、しかし完全に独立した『武』。ただでさえ音速を超えていた打撃は、より洗練された形で人間を襲う。

 

 だから仕方ない。腕なら一本くれてやる。その代わりに―――

 

 「―――ぬぅっ!!」

 

 どちらの声だったか。

 

 一方は顔面を蹴り飛ばされ、もう一方は腕を抉り飛ばされた。

 

 

 「おまえ、本当に人間か?」

 

 

 鼻から垂れる血を拭いながら、鬼はようやく台詞らしい台詞を吐く。紅摩からすれば、この闘いは単に喧嘩を売られたから買っただけの事。そして大概、闘争とは一撃でケリが付くものである。

 

 殴れば死ぬ。掴めば死ぬ。投げれば死ぬ。蹴れば死ぬ。踏めば死ぬ。

 

 鬼の血を継ぐ紅摩にとって、それは当然の結果だ。唯一、紅摩と肉薄した黄理でさえ終わりだけは呆気なかったのだから。

 

 なら紅摩の前に立つ男はなんだ。辛うじて死を免れたあの男は、どうしてまだ戦おうとするのか。頬からは大量の血が流れ、腕は千切れている。既に戦える状態にないのは明白である。

 

 確かに殺す気で放った一撃を何度も躱し、有効だったかどうかはさて置き、反撃の姿勢を見せてきた事には驚嘆を覚える。しかし所詮は生き汚いだけ。とてもあの七夜黄理には程遠い。

 

 だというのに、紅摩は得体のしれない悪寒を感じていた。

 

 「……さて。実はそこら辺、俺にも良く分かってないんだ。でもまぁ、肉体は間違いなく人間だよ」

 

 地面に刺さっていた刀剣を拾いながら、勝馬は答える。やはりまだ戦う気でいるらしい。

 

 「死ぬぞ」

 

 「……死ぬ気で挑んでるんだよ」

 

 決して、紅摩は忠告した訳ではなかった。ただ事実を事実のまま言葉にしただけ。だから勝馬の返答に興味があったのではない。

 

 「解らないな。お前の目的は何だ」

 

 紅摩が相手の事情が気になったのは、これが初めてだった。向かい来る敵は初撃で終わらせたのだから、それも当然と言えば当然である。

 

 ただこれまでの手合いと異なり、この青年はあまりにも平凡だった。

 

 勝馬が紅摩を見る目。ソレはかつて彼の両親が紅摩に向けるモノと同質の代物、云わば恐怖だとか畏怖だとか、そういったものだった。そして大抵、そういう視線を向けてくる者らは紅摩とは接点を持ちたがらなかったし、ましてや戦うなどと以ての外と言わんばかりの連中だった。

 

 恐ろしいのなら見なければいい。弱いのなら戦わなければいい。

 

 何故立ち向かう。何故戦う意思は濁らない。それが、鬼種たる紅摩には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★198■年 ■月■日★

 

 

 

 「転生者だぁ?」

 

 俺の言葉に縁側で撥の手入れをしている黄理さんが、正気を疑うような目でこちらを見てくる。

 

 冗談じゃない。俺も自分の身の上がこの上なくオカシイ事は自覚してるが、生粋の殺人鬼に心配される程落ちぶれてはない。と、思いたい。

 

 「黄理さんもやっぱ変だと思う?」

 

 「それは変だろうよ」

 

 「でも中身だけなら貴方より年上、つーかおじいちゃんなのは本当」

 

 「だろうな。お前、嘘ついてねぇみたいだし」

 

 そして案の定、黄理さんは俺の言葉を信じてくれた。

 

 詳しいことは知らないが、本人が言うには相手の思念が分かるという魔眼を持っているらしい。こういう細かい類似点が、俺と彼を親しくさせた要因なのかもしれない。

 

 「だが勝馬、お前なんでまたそんな七面倒くせぇ事を」

 

 「ちょっと人生相談したくて」

 

 「はっ! お前、致命的に相手を間違えてるぜ」

 

 そんな事は知ってる。でも俺の話を全部本当だと認めてくれる相手なんて、それこそ黄理さんくらいしかいなかった。本当に遺憾だけど。

 

 「アレだ、八朝の奴らじゃダメだったのか」

 

 「苦手なんだ。どうも俺を神かなんかと勘違いしててさ」

 

 両親もその親族も、そしてそのまた親族も。殺しの技術が多少他人よりも優れてるからと、皆が挙って俺を称える。褒められるだけだったら悪い気もしなかったが、俺のすべての行動を「尊い」と脳死する姿勢は残念ながら好きにはなれないのだ。

 

 「……無駄に才能なんざ持つからだ」

 

 「ちょっと要らなかったかなぁ」

 

 混血という不自然な生き物を狩る『退魔』という仕事に対してとやかく言うつもりはない。人を喰う彼らは、人間と決して相容れないのだから。

 

 だが殺生して褒められるのは違う。

 

 命を手折るという行為は大変なことだ。誰かを殺すということは、殺した誰かの業を背負うという意味だ。そして殺した相手が混血であろうと、意思がある以上『殺人』に違いない。

 

 「楽に生きられねぇな。お前はよ」

 

 「生きるってことはそういう事でしょうに」

 

 「重いねぇ。随分と重い思念だ。ほんと、面倒くせぇ奴」

 

 余計なお世話だ。

 

 「で、相談ってのは?」

 

 でも律儀に話は聞いてくれるらしい。つかみどころがなくて本当に難しい人だ。

 

 「何というかさ。先週、紅赤朱になった鬼を()()()()()()()()()

 

 「まーた(カルマ)をなんちゃらって奴か」

 

 「まぁそういう事」

 

 基本的に、俺は殺人を犯したくない。そして幸運にも俺の眼球は人間の業を視て、触ることの出来る能力が備わっている。

 

 例えば鬼の血が濃くなって『先祖返り(紅赤朱)』した混血鬼なんてのは、その混血たる所以()を断ち切ることさえすれば人間に戻すことが出来る。ただしその代償として、その混血は二度と混血の力を引き出せなくなるのだが、俺が人殺しするよりもよっぽど良い。

 

 「それで、ちょっとしくじって死にかけたんだけど。そん時に『死んだら次があるのかなー』なんて他人事のように考えてさ」

 

 「あー」

 

 黄理さんは得心がいったように唸る。

 

 「で、お前の気質がソレを許さなかったと」

 

 「そういうこと」

 

 「めんどくさ」

 

 わざとらしくため息を吐いて見せる黄理さん。思った通りの感想と態度だった。本人も言ってたが、やはり致命的に相談する相手を間違えたのかもしれない。

 

 「本気で困る。なんでまた俺みたいな人でなしにそんな話するんだ。こちとら『あっそ』とかしか言えねぇぞ」

 

 「でしょうね」

 

 そんなことは知ってる。その上で聞いたのだ。

 

 「……はぁ。お前は本当に、いや良い」

 

 舌打ちまでする黄理さんは、少し考えた末に口を開く。そしてその言葉は、想像通り耳当たりのいい言葉ではなかった。

 

 

 

 

 

 「やっぱ知らねぇよ。テメェの人生だ、テメェで考えな」

 

 「かーっ。この人は」

 

 

 

 

 

 真夏のある日。この世界で出来た()()()()()()との、最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★1995年 1月14日★

 

 

 

 激痛の中で勝馬は目が覚めた。

 

 「ああ、いてぇ」

 

 痛みの源である右腕を見れば根元からなくなっていた。それに凄い出血量だ。こりゃあそう遠くない内に死ぬだろう。

 

 奥を見れば軋間の鬼が鼻血を指で拭っていた。どうやら多少のダメージは与えられたらしい。

 

 「おまえ、本当に人間か?」

 

 鬼がそのように問いかける。そりゃあ人間だとも。まだ自分自身、良くわかってないことも多いが少なくとも肉体は人間のソレだ。

 

 「死ぬぞ」

 

 死ぬだろう。きっとこのまま、何もできずに死ぬ。何も為せずに死ぬ。だが元からそのつもりで来たのだ。

 

 「解らないな。お前の目的は何だ」

 

 目的。なるほど目的ときたか。まさか鬼がそんなことを気にするだなんて。でもそうだな、強いて言うのなら―――。

 

 「―――そんなモノは忘れたよ」

 

 右腕の止血に努めながら、勝馬は答える。

 

 師が、或いは友と言うべき人が、軋間の当主に殺されたと聞いて血の気が冷めたことを覚えている。

 

 だから最初は怒りがあったのかもしれない。憎しみがあったのかもしれない。もしかしたら柄にもなく黄理を殺した鬼と力比べしたかっただけなのかもしれない。或いは、それら全部だったのかもしれない。

 

 でもやっぱり理由なんて、あってないようなものだった。

 

 「……そうか」

 

 鬼が聞き届けた。そして言葉は無粋と悟る。だって退魔師と化物が出会ってしまったら、()()なるのは必然だったのだから。

 

 

 

 初めに飛び込んだのは勝馬だった。骨刀『鬼哭』を口に咥え、『三影』を左手に持つ。

 

 迎え撃つは鬼神の正拳。

 

 勝馬は間一髪で躱す。

 

 そして刀を振るう。

 

 腕で受ける。

 

 蹴り穿つ。

 

 燃やす。

 

 回避。

 

 斬る。

 

 殴る。

 

 

 

 黄理のように寸分違わず、ピンポイントに同じ個所を攻撃する技量を勝馬は持たない。故にもっと大きい的、右腕に焦点を絞った。あの魔的な腕を一本無効に出来れば、まだ勝ち目は生まれると考えたからだ。

 

 そして紅摩もその狙いは読めていた。数年前、同じような戦法を相手取ったのだから、気づかない方がどうかしている。

 

 しかしそれが分かっていても、仕留めきれない。明らかに動きのキレが良くなっている。速度や膂力の向上ではない。まるで手で掬った水の如く、するりと即死の一撃から逃れていくのだ。

 

 腕一本を犠牲にして得た経験は、決して無駄ではなかったとでもいうべきか。一撃の威力、反応速度、俊敏さ、癖、その全てを勝馬は緩やかに、そして着実に学習している。

 

 更に驚くべきは、斬られる度に紅摩の性能が落ちているということ。そして『灼熱』の異能が通じないという事である。

 

 紅摩に知る由もないが、ソレらは業報(ごっぽう)の魔眼に拠るものだった。

 

 混血とは意図的に魔を取り入れた人間の総称である。つまり混血の操る『魔』とは生まれつきでありながら、その実副次的な側面を持っている。そして、その綻びを勝馬の魔眼は見逃しはしない。

 

 「……っは、っは、はぁっ!!」

 

 斬って、躱して、蹴って、受け流して、穿つ。それを気が遠くなるほど繰り返す。傍から見ればすさまじい攻撃の応酬だった。

 

 しかし勝馬のタイムリミットは近い。激しい運動に伴い、それだけ血流も早くなる。そのため頬や右腕からの出血量はもう無視できないレベルに達している。

 

 だがそれと同時に紅摩の右腕の神秘も薄まっていた。具体的に言えば、勝馬が刃物で斬り付けると皮膚の表面が薄く削れる程度には。

 

 「―――っは、がぁっ、ははっ!!」

 

 心臓の鼓動がうるさい。呼吸はもう整えられない。全身が死ぬほど痛い。

 

 だというのに勝馬は笑っていた。笑うしかなかった。己の死がここまで身近に感じられたことはない。己の命がここまで熱く感じられたことはない。それが嬉しいのか、それとも恐ろしいのか。ぐちゃぐちゃになった彼の脳では判別がつかなかった。

 

 炎を伴う鬼の剛腕を掻い潜る度に肉が裂け、焦げる。そしてようやく生まれた隙に斬撃を叩き込んでも皮膚一枚を削るだけ。まるで割に合わない攻防。だというのにまだ続けるその執念深さに、紅摩も畏敬の念を覚えずにはいられなかった。

 

 だが、そんな激しい拮抗状態はあっさり終焉を迎える。

 

 「―――っ?」

 

 

 

 ()()()

 

 

 

 一瞬、勝馬の心臓が止まった。

 

 その一瞬の隙を、鬼は見逃さない。

 

 次に息を吹き返した時、勝馬の眼前には死が迫っていた。

 

 回避は間に合わないと悟る。

 

 しかし不幸中の幸いと言うべきか、その死を担うのは勝馬が散々痛めつけた右腕だった。

 

 躱さずとも受けきることが出来るのではないか、そんな無駄な思考は思いつきもしなかった。

 

 

 

 ―――どうせ死ぬのなら前のめりだっ!!

 

 

 

 在ろうことか勝馬は自ずから、更に死の領域に踏み込んだ。

 

 致命的な音がする。

 

 これ以上はいけないと、喧しい脳の警笛を無視する。

 

 三影が、勝馬の骨刀が紅摩の拳に肉薄した時。

 

 勝馬の集中力は極限にまで研ぎ澄まされていた。

 

 まるでビデオでスローモーション再生させたかのような感覚。

 

 故に紅摩の最も神秘の薄まった部位を捉えるのは容易だった。

 

 体の中に残っている余力という余力を絞り出す。

 

 この一撃に全てを掛ける。

 

 

 

 

 

 「―――見事だ」

 

 軋間紅摩が言った。鬼は無造作に自らの右腕を見やる。

 

 それは見事に割れていた。そう、文字通りぱっくりと。花のように開いていたのである。

 

 動かそうと力を込めても、少し筋肉が痙攣するだけだった。使い物にならない、医学に精通している訳ではないが己の身体の事くらいは分かる。恐らく金輪際、それこそ魔法でも使わない限りこの腕は治らないだろう。

 

 「しかしこれが命のやり取りであるのならば、オレの勝ちだ」

 

 右腕は壊れたかもしれない。だがまだ左腕がある。足も両方健在だ。性能は落ちたかもしれないが、紅摩はまだ戦える状態にある。

 

 対する勝馬はと言うと―――

 

 「……っが、ごぶ」

 

 口から夥しい血液を零した。よく見れば全力で踏み込んだ右脚は骨が飛び出している。

 

 「死ぬか、八朝」

 

 返答は待たなかった。もう息をすることすら儘ならない人間を済度する。或いは一生の傷を残した人間に対する敬意か。何にせよ、紅摩は残った左腕を振り上げる。

 

 「……あまい、ぜ」

 

 囁くよりも力ない呟き。

 

 しかし戯言だとは思わなかった。今生で二度目、軋間紅摩という混血の鬼に生の実感を与えた人間。ここで何らかの秘策があっても不思議ではない。むしろそうであってほしいとさえ紅摩は思った。

 

 

 

 ―――故に、全身全霊で、握った拳を振り下ろす。

 

 

 

 加減を知らない神鬼の一撃は空気の壁を打ち抜き、大地を震撼させた。

 

 そして案の定、勝馬は体をほんの僅かに逸らして躱すという、神業めいた体捌きを披露してみせた。だが()()()()()()()

 

 勝馬に残された力はない。全てをあの一刀に込めてしまった。だからあの時に極め切れなかった時点で、勝敗は決していたのだ。

 

 紅摩が期待に胸を膨らませる中、勝馬は一人敗北を悟っていた。だが女々しくも回避という選択をしてしまった。一分の希望も見えないというのに、それでもまだ何かが起こるのではないかと信じて。

 

 だがその無様な選択が、彼の命をつなぎとめる。

 

 地面を踏ん張ることすら出来なくなった彼の下半身。そのうちの左脚があっさり千切れた。しかしその分身軽になったともいう。

 

 勝馬は宙を舞った。それでも刀剣を手放さなかったのは彼の戦意が未だに残っていたからか。しかし紅摩の一撃はあまりに凄まじく―――

 

 「……逃げたか、いや」

 

 今宵はもう夜更けである。勝馬の身体は『灼熱』の異能に燃やされながら高く飛翔し、少し離れたところで闇夜の中に消えていった。そうして、紅摩の視界から完全に失せる。

 

 不思議と興ざめな気分にはならなかった。

 

 勝馬の()()が逃走ではないことを知っているからだ。ただ鋼鉄の決意に肉体がついていけなかっただけ。行くところまで行けなかったことは心底残念だが、こういう結末もあったのかと納得する。

 

 「―――またこい八朝。次は名前を聞かせてくれ」

 

 あれだけの重症を負った人間が生還するなど万が一にも在り得ない。しかしどうしてか、紅摩は確信していた。あの生存本能の塊のような男であれば、死ぬことだけはあるまいと。

 

 

 

 ―――気づけば雪が降っていた。

 

 

 

 これにて、誰にも語られぬ闘いの幕が閉じる。結末を知る者は()()

 

 彼らの頭上に青い月が。新たな物語はここから始まる。

 




超気合入れて書いてみましたが、戦闘描写くっそ難しすぎて色んな作品を参考にしました。
あ、感想待ってます(隙あらば

因みに軋MAXの戦闘力をAランクと仮定したら、黄理がA-で勝馬がB+みたいな感じを意識して書いてました。

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。