俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
事件簿を読んだことがない人でも楽しめるようにある程度の解説はしていこうと思います!
第1話
★2003年 5月9日★
交通機関というのはお国柄が現れると個人的に考える。
日本の公共交通機関は異常なくらい時間に正確だ、というあれだ。そしてそのような評価がある以上、時間にルーズな国もある訳だ。他にも日本でいうタクシーの役割が、他国ではバスやバイクで代用されてたり。なんなら見たことない乗り物が往来してるなんてことも珍しくはない。
要するに異文化というやつだ。
基本的にそうした異国の文化に迫っていく行為は、大変楽しく味わい深いものである。衣食住、習慣、祭り、宗教。その国を構成するありとあらゆる要素は例を挙げたらキリがないが、逆を言えばそれだけ人類の積み上げた歴史は重く深いということなのだろう。
さて、ではなぜこのような話をしているのか。
「どこに向かってるんだ、これ」
電車内、日本ではあまり見られないコンパートメント座席にて。高速で流れていく雄大な自然の風景を見送りながら、俺は対面して座る女性に問いかける。
つまるところ現在、俺は日本にいないのである。ただイングランドの北西部、観光地として名高い湖水地方に向かっているという事だけは分かっていた。
「んー? だから言ったじゃない。ウィンダミアだって」
間延びした返事をするのは日本人の女性。俺こと
「あのな、お前と違ってイングランドに住んでた訳じゃないんだ。地名だけ言われても俺には分からんよ」
「私だって別に行った事はないのよ? でもそうね、強いて言うならピーターラビット。あれのモデル」
「なんだっけそれ。絵本だっけか」
「その通り」
ふんふんと鼻歌交じりに答える橙子を見て苦笑いになる。稀代の魔術師が現代科学の産物ともいえる携帯ゲーム機で遊んでいる。その事実は他の厳格な魔術師が視れば卒倒することだろう。
「霊墓アルビオンから出て一月。ようやく人間らしい生活に戻れると思ったらこれだ。お前といると退屈しないな、本当に」
「当然。刺激のない生活なんて真っ平御免だもの」
俺の皮肉染みた言葉に対して律儀にも橙子は笑顔で返した。
霊墓アルビオン。それは時計塔の地下に存在する大迷宮である。橙子によれば地中で力尽きた巨竜の死骸を資源として採掘するとかいう、時計塔屈指の財源なのだとか。全くもって荒唐無稽な話だが、事実そこで二年以上もの間活動していたのだから事実として認めるしかない。
「でもメルアステア派の連中には大きな借りを作ってしまったわね。全く、倫敦に滞在してる間に返済出来ればいいのだけれど」
メルアステア派、またの名を中立派閥。俺もよく知らないが時計塔は三つの派閥に分かれているらしく、メルアステア派はそのうちの一つを取りまとめる首脳なのだとか。
また魔術師の取引とは基本的に等価交換である。何をもって等価とするかは個人に依るだろうが、今回の場合は相当大きな取引だったようで橙子も頭を痛めているようだった。
そして橙子の言う
それがどうして大きな取引になるのかを説明すると、これまたややこしい話になる。だが理屈としては俺でも納得できる部分はある。なんせこれを現代風に言い換えれば、とある一大企業にいきなり無頼者が詰め寄って「おまえんとこの金鉱山で活動させろ」と主張するのである。そりゃあややこしくもなるだろう。
「でも何でまたそんな面倒なことを。あんな命がいくつあっても足りないような場所に、借金まで抱えるような真似して行く価値が
霊墓アルビオンは今思い返しても常識の埒外にある場所だった。一度攻略した区画は次の日には全くの別物に変貌しており、潜れば潜るほど在り得ない生態系を築き上げた化物どもが行く道を阻む。唯一の休息地も戦闘面に秀でた魔術師あるいは魔術使いが跋扈していると来た。
正直生きた心地はしなかった。おかげで日本で平和を享受していた頃に比べれば、数段性能は向上した訳だが。多分それは橙子も同じだろう。
「何も難しい話ではないわ。幾つか理由はあるけれど、一番は単純な興味よ」
「興味?」
「そう、霊墓アルビオンとは一体どんな場所なのか。ただ一目見たかっただけ。まぁもし貴方がいなければ、そもそも行こうという発想すらなかったでしょうけど」
命よりも興味が勝るというのは大いに橙子らしい理由だ。しかしそれだけでは理由としては弱い。現に彼女も「理由はいくつかある」と明言している。
「あとはちょっとしたインスピレーションのために呪体が欲しかったというのもあるし、意識の切り替えも大事かなって当時は考えてたかなー」
「……意識の切り替えってのは」
「あなた、あの頃少し日和ってたじゃない? もちろん私も含めてね。だからこれは互いのためにも喝を入れなきゃいけないなって」
「なるほど」
確かに当時の俺は伽藍の堂で過ごしていた居心地の良さを忘れられずにいて、少しばかり弱っていた。となると橙子にはかなり気を遣わせてしまったことになるだろう。というか、
「悪いな」
「だから今更よ、何度言わせるの? それにこちらこそ発破を掛けるつもりが何度も命を救われた訳だし」
それを言ったらお互い様である。だいたいあの場をたった二人で攻略するというのが土台無理な話だったのだ。今でもよく生きてたなと思う。
「良い緊張感だったけれど、二度とやりたくないわね」
「同感だ」
やっぱり人間は青空の下にいるべきだと実感する。
霊墓アルビオンは魔術や体術など腕試しの場としてはこれ以上ない環境だった。しかし前提として、俺も橙子も闘争に何ら興味を示さない人種だ。だからどれだけ己の戦闘能力が向上しようとも、そこに意味や誇りを見出すことはない。
大事なのは一緒に居たいかどうか。その人が隣に居る、ただそれだけの事実で人は地獄すら乗り越えられる。今回の教訓としては、そんなところだろう。
★
「ずっと座ってると疲れるな」
「電車なんてそんなものよ。我慢なさい」
ぽんぽんと背中を叩きながら改札口を出る。すると俺たちを観光客と勘違いしてくれたのか、駅員さんが「
「なんつーか。やっぱお前ってスペック高いよな」
「そう?」
四字熟語で言えば才色兼備。魔術師だけではない、人間として必要なスキルの大半を兼ね備えている。それは英語であったりコミュニケーション能力であったり。正直、そういう部分はかなり尊敬してる。
「慣れたら余裕よ。そもそも貴方だって英語は話せるでしょうに」
「といっても日常会話レベルだぜ?」
「十分。貴方ならこれくらいすぐに出来るようになるわ」
良かったら練習相手になってあげるわよ、と橙子は付け加えた。それは願ったりだ。というか今からでも英語で会話した方がいいのでは?
「さてと。ここで待ってればそのうち来ると思うけど」
腕時計を気にしながら橙子はあたりを見回す。霊墓アルビオンで培った探知の魔術のおかげか、
「お待ちしておりました。蒼崎橙子様ですね」
駅から降りてすぐのところだ。一台の馬車が不自然なまでに人気のないところでぽつんと待っている。そして、その御者だろう人物が俺たちの存在に気付くと帽子を取って一礼した。
「バイロンより申しつかっております。どうぞお乗りになって下さい」
「これは凄いな」
姿かたち、声音も人間そのものだ。しかし魔眼を通して視ればそれが魔術による代物であると分かる。橙子のつくる人形とはまた違う。しかし素人目ながら実体を伴った高度な魔術である事は分かった。
「イゼルマは
「創造科っていうと確か―――」
橙子が時計塔の学生だった頃に所属していたという学科の一つだったか。名前の通り、創造に重きを置いている家系ならば、確かにこういった芸当はお手の物というべきなのだろう。
「お褒めに預かり光栄です」
御者が柔らかな笑顔と共に謝辞を述べる。恐らくはインプットされた表情と言葉を表しているに過ぎないのだろうが、それでも上出来だ。一概には言えないが、科学技術より数段先を行っているとさえ言えるだろう。
「んじゃまぁ、乗りますかね」
「ええ」
そこそこ大きなトランクを持ち上げながら馬車に乗り込む。すると内装もかなり凝っているようで、パッと見た感じでも金の装飾がいくつか施されている。それでいてしつこくない塩梅を見極めた成金なのだから、バイロンという魔術師は芸術に相当造詣が深いのだと分かる。
「で、バイロンってのは?」
「今回の依頼主。師匠の縁で呼び出されたから遠路はるばる来たけれど、内容が面白くなさそうだったら観光だけしてさっさと帰るつもり」
「幸い金ならあるからな」
霊墓アルビオンで稼いだ金はここ数年は遊んで暮らせる程だ。だから橙子が仕事を受けるということは、それはもう趣味の範囲になる。もちろん、いざやるとなれば仕事はきっちりやり遂げるだろう。なぜなら蒼崎橙子という人間は
「知っといて損はないでしょうし、どうせなら少し
「ん、というと?」
「
時計塔の十二あるうちの一つ。俺は橙子が昔お世話になっていたということしか知らない。
「その話をするにはまず、『美しさ』について語る必要があるのだけれど」
「どうぞご自由に。でも『美しさ』だなんて、新興宗教染みた文句だな」
「あらいいところ突くじゃない」
微笑みながら橙子は眼鏡を外した。性格切り替えのサインである。穏やかだった面差しはどこか陰りが現れ、女性的だった雰囲気は中性のモノへと変貌する。
「美しいと感じる人間の感性は、本来魔術の領分だ。そうだな、それこそ彼の一大宗教を見ればわかりやすいだろう。人々は神の子の在り方が美しいと感じたから信仰をする、という寸法だ。そこにマリア像や絵画なんかが加われば、当時の人間はイチコロだったに違いない」
「また随分大きな話だな」
「それはそうさ。誰しもが美しいものを見れば美しいと感じるんだ。これだけ大きな魔術基盤もない」
橙子の言っている言葉の意味は何となく分かる。例えば美術展に訪れた時。何か作品を見るたびに心が洗われるような感覚、橙子が語る真意がアレを指すのであれば理解できない話でもない。
「こうした美しさを『
「そりゃあお前、元は技術屋だからな。前者は最も有名な数式で、後者は電磁気学の基礎だ」
「ふむ。こうした方程式が美しいとされるのは、自然に法則と調和が存在するからだ。だから人間はそこに美しさを見出して、神秘を無残に証明することで俗に堕とす。一見相反するようだが、これもまた一つの美と言えるだろう」
「なるほどな。神秘を魔術なしで理解するという行為そのものが美しいってことか」
「理解が早くて助かる」
難しい話だ。魔術師は過去に回帰して首を垂れることで『美』を生み出し、科学者はただ未来に邁進することを『美』とする。本当に水と油のような関係だ。
「話を戻すか。
「根本」
「ああ、つまりは根源の渦のことだな」
橙子の言葉を聞いて思わず顔を顰めてしまった。今もまだこびり付く様に残った荒耶の
「報われないことを延々と続ける。魔術師ってのは本当に」
「そう言ってやるな。それに私も元はお前が唾棄する側の人間だぞ」
「他人に迷惑をかけないのなら何も言わないさ。だがどうもこの界隈には俺の目に余る奴らが多すぎる」
殺人は目的ではない。それはただ根源に至るために必要な経費。彼らの主張は俺からすれば、まるで理解できない文字の羅列だ。
「なら私も気を付けないとな。道を踏み外しばかりに首が刎ねられたら敵わん。いや、それも面白くはあるのだが」
「そんなことは絶対にさせないよ。というか、前提としてお前にはそういう才能がない」
橙子は冷酷にも非情にもなれる。だがもっと根本的なところで甘さを残しているのも事実である。傍から見れば悪魔と思える所業も、橙子からすれば相手の人権を考慮した結果だったというのはよくある例だ。
魔術の才能はあるのに、魔術師として最も大切な部分がほんの少しだけ欠けている。蒼崎橙子とはそういう人間だ。
「これは手厳しい」
「厳しいもんか。事実だっての」
という訳でイゼルマです。
あ、それと作中にある『美』についてなのですが、個人的な感想もあるので全部が全部正しいとはいかないと思います。そこはご了承ください。
感想、お待ちしております。
どれくらい待ってるかというと、十分越しにマイページをリロードするくらい待ってます。
感想は私にとって生き甲斐と起爆剤なのでどんな感想であろうと、ちょろっと一言頂けるだけでも狂気乱舞する自信があります(感想難民
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。