俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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第2話

 

 ★2003年 5月9日★

 

 

 

 俺と橙子を乗せた馬車は、山地を超えた先にある湖畔へと辿り着く。

 

 「まさかとは思うんだが。あれ、もしかして日時計か?」

 

 窓越しに映る二対の建造物を見ながら呟いた。

 

 イタリアにはピサの斜塔という有名な鐘楼が存在するが、あの湖畔の中心で佇む建物はもっと異様に傾いている。見たところ彼の塔とは違って地盤沈下によってできた傾斜ではなく、元からそういう設計であることは明白であった。

 

 「いい観察眼だ。だがより正確に言えば日時計だけではなく、月時計も模しているのだろう」

 

 「……マジか。文化遺産に登録されても何ら不思議じゃない。立派な建物だ」

 

 凄まじい建築技術である。もちろんあれだけの傾斜を実現するために高さ自体はそう大したものではない。だが煌びやかな装飾や時計としての機能を両立させるために、いったいどれだけの資源を要したのだろうか。想像するだけでも圧倒されるようだ。

 

 「ふむ。バリュエレータの正統な分家は伊達ではないということか」

 

 素直な賞賛を橙子は口にする。残念ながら俺は橙子のように魔術的な側面であの建物を評価することはできないが、それでも彼女と同じ感想を抱く。実際、まさに『美』を探求する一門にふさわしい造形物だと思う。

 

 「両塔をさして、双貌塔イゼルマと呼ばれております」

 

 馬車を操る御者が解説を付け加えた。そういえばこの馬車、驚くほど揺れが少ない。結構険しい山を通ったはずなのだが。これもまた魔術による仕業なのだろう。

 

 

 そうして暫くして、双貌塔のすぐそばで馬車は停車した。

 

 「到着しました。ではどうぞ」

 

 「いえいえ、ご苦労様です」

 

 俺たちが下車すると、御者は会釈した。そして少し目を離した隙に、その御者と馬車が「どろち」と音を立てて溶けだした。

 

 「遊び心満載だな」

 

 苦笑する橙子の視線の先には、ちいさな兵隊と馬車の人形が転がっていた。つまるところこの玩具(おもちゃ)が魔術の核だった訳だ。

 

 「彼の冠位(グランド)の魔術師にご足労おかけするとなれば、つまらないモノをお見せする訳には参りませんからな。お褒めに預かり光栄です」

 

 紳士、という言葉がふさわしいだろう。綺麗に整った口ひげを蓄えた男性が塔から現れた。

 

 「バイロン・バリュエレータ・イゼルマと申します。このような遠方の地にまでおいでいただき、感謝の言葉もございません」

 

 自らをバイロンと名乗った男は丁寧な一礼をする。つられて俺も頭を下げそうになるがその前に橙子を見る。主に対して生意気なことばかり言ってる俺だが、それでも一応使い魔としての自覚はあっての配慮だ。

 

 「御当主自らとは、これは挨拶が遅れました。蒼崎橙子です」

 

 眼鏡をかけ直した橙子が外面のいい笑顔と共に挨拶を始めた。無論というべきか、俺は彼女の使い魔なので敢えて自ら挨拶することはない。ここら辺、日本社会と勝手が違うので少し歯噛みするな。

 

 「連れの八朝勝馬です」

 

 橙子に紹介されてようやく「勝馬です」と口を開いた。ぶっちゃけ格式ばった挨拶が出来るほど、俺に英語能力はない。せいぜいが日常会話に毛が生えた程度だ。

 

 「カツマ、ひょっとして彼が例の」

 

 「私の使い魔ですわ。自衛の手段がないと夜も眠れない性質でして」

 

 嘘つけ。引き出しの多さで言えば、橙子は魔術師の中でも抜きん出ている。正直な話、俺が居なくとも大抵の荒事は一人で解決してのけるだろう。

 

 「……なるほど。いえ、依頼を申し入れたのは我々です」

 

 「心配せずとも彼はあくまで護衛です。魔術に関しては素人も同然、イゼルマの秘術を解するほどの甲斐性もございません」

 

 めっちゃ好き放題言うやんけ。全部事実だけどさ。

 

 「それではお入りください。カリーナ、客人をお部屋にまで案内なさい」

 

 そう言うと、バイロン卿の後ろで静かに待機していた褐色肌のメイドが、「どうぞこちらへ」とお辞儀(カーテシー)と共に案内を始める。結構な美人さんだった。ただどうも、言語化するのが難しい違和感を覚える。

 

 「どうかしたの?」

 

 「いや、何も」

 

 不自然に引き上げられた美しさ、とでも言えば最低限の形容はできるか。何にせよ根拠がない。先導するメイドの後姿を見ながら俺は口を閉ざした。

 

 

 

 ★

 

 

 

 「芸術に見識がある訳じゃないが見事なもんだ」

 

 双貌塔イゼルマ。内装は華美な装飾のみならず様々な絵画が立てかけられており、もはや美術館とでもいうべき様相だった。しかし恐らくではあるが、こうした絵画の数々には魔術的な処置が施されている。さっきから魔眼が反応しているのがその証拠だ。

 

 「え、その、きょ、恐縮です」

 

 どこか頼りない雰囲気を身に纏う青年が、顔を青くさせながら答える。青年の名前はマイオ・ブリシサン・クライネルス。先の中年紳士、バイロン卿の共同研究者という立場であるらしい。

 

 マイオさんは双貌塔の案内を言付かったようで。橙子がバイロン卿と仕事の話をしている間、暇を持て余した俺はマイオさんの申し入れを快く受け入れた。もっとも案内というのは表向きの理由で、実際の目的は俺の監視だろう。現に彼以外にも死角から複数の気配を感じる。

 

 「マイオさん、そんな怖がらないで下さい」

 

 「は、はい」

 

 吃り気味な口調に加えて、魔術師というには弱すぎる気性。初対面である以上に、()()()()()使()()()という肩書が彼の表情を苦くさせるのだろう。一応、橙子ほどではなくとも、俺もこの業界では名が知られてるらしいし。それにしたって怖がり過ぎだと思うが。

 

 「ところでマイオさん。この絵ってバイロン卿が?」

 

 「は、え。その、すべてがそうという訳ではあ、ありません。創造科(バリュエ)のひ、庇護下にある芸術家の作品ばかり、では、ありますが」

 

 「なるほどなー」

 

 「は、はいぃ」

 

 やばい、凄い気まずい。そもそも言葉が詰まりまくってるせいで中々聞き取りが難しいのだ。それに加えて必要以上に恐れられているから、気まずさに拍車をかけている。

 

 「……あーそういえばさ。案内してくれるって話だけど、俺みたいな部外者に好き勝手歩かせていいのか?」

 

 特にこれといった話題も見つからないので、直接的な疑問を口にした。少しばかり気の毒に思うが、これも相互理解のためである。

 

 実際、魔術師の領地とは恐るべき秘術の吹き溜まりである。特にその工房ともなれば、如何に二流の魔術師と言えども脅威に足る。言うまでもないが、魔術師の工房には脈々と受け継がれてきた成果(神秘)の全てが内包されているからだ。

 

 例としてあまり適切ではないかもしれないが、数年前に交戦した荒耶宗蓮の工房。荒耶は小川マンションという建物自体を己が身体とする事で、マンション内での絶対的無敵を実現していた。それは万が一、自らの目的を害為す者が現れた時にその人物を抹殺するためでもある。

 

 同じくこの双貌塔もバイロン卿の領域だ。だから本来であれば、俺のような馬の骨とでもいうべき存在をわざわざ案内してやる理由はない筈だ。監視するだけなら部屋に閉じ込めるだけでも事足りる訳だし。

 

 「そ、そんな滅相も、ないです。で、ですが、立ち入りが、許されない場所であれば、しっかりダメと、言います、ので……」

 

 最後の最後で勢いが失速したものの、ソレが彼なりに気合を込めた返答であることは分かった。前掛けのエプロンをぎゅっと握りしめながら、しかし強い意志を感じさせる眼でこちらを見返す。

 

 気圧されるばかりではない。ともすれば、やはりマイオさんも魔術師という事だろう。もっとも求める答えが返ってきた訳ではないのだが。まぁ、これ以上を要求するのも酷な話か。バイロン卿本人に聞くとしよう。

 

 「そっか。でも、やっぱり俺には芸術に対する教養はないからさ。こうしてぶらぶらするのも悪くないけど、個人的には君と仲良くしたいな」

 

 「へ?」

 

 嘘偽りのない本心を口にする。どうも俺はこの頼りない青年のことが気に入ってしまったようだ。

 

 

 

 ★

 

 

 

 「あら、どうしたの? ご機嫌じゃない」

 

 バイロン卿より貸し与えられた客室にて。どうやらバイロン卿との話を終えたらしい橙子が帰ってきた。ほくほく顔なのは彼女もだった。

 

 「んー。ちょっと新しい縁に恵まれてね。そういうお前も上機嫌じゃないのか?」

 

 「分かっちゃう?」

 

 「少なくともバイロン卿の依頼がお前好みだったんだろうと推測できる程度にはな」

 

 霊墓アルビオンではあまり()()()()創作活動が出来なかったからか、そういう意味では大変フラストレーションが溜まっていた橙子である。ここでその鬱憤を発散できるのであれば俺も喜ばしい限りだ。

 

 「で、どんな話だったんだ?」

 

 「ごめん。それ言えない」

 

 「ん? そうか」

 

 守秘義務が課せられた、ということだろう。別に不思議な話ではない。

 

 特に橙子のようなフリーランスかつ凄腕の魔術師ともなれば、他所に言えないような依頼を任させることもある。ただ使い魔にさえ言えない内容というのは、些か珍しくはあるのだが。

 

 「じゃあ俺はどうすればいい? 部屋を移した方がよかったりするのか」

 

 「そこまでしなくてもいい。仕事に取り掛かるのはもう少し後のことだし、ちょっとした工房も用意してくれるそうよ」

 

 「おっけ、なら大人しくするわ」

 

 「そうして頂戴」

 

 となれば、あとは俺の暇つぶしできるモノを見つけないとな。魔術師による建物であるから、当然の如く電子機器を充電するためのコンセントなんて存在しない。だから橙子がそうしていたように、携帯ゲーム機で遊ぶのには限りがある。

 

 マイオくんを揶揄って遊ぶのも悪くないが、バイロン卿の共同研究者という立場上、橙子の仕事と関わることもあるだろう。だからそれだけをあてにするのも良くない。

 

 「とうこー。ちょっといい感じに暇を潰せるものない?」

 

 「それくらい自分で何とかなさい、と言いたいところだけれど。今回あまり構ってやれないからねー」

 

 「なーにが構ってやるだ」

 

 自分が口を尖らしていることを自覚する。それを認めるのも何だかつまらないので、橙子からは顔を逸らしてベッドに寝っ転がった。

 

 「だいたい一月後、ここで社交界が開かれるのだけれど。貴方、そういうの興味ないでしょう?」

 

 「なんなら縁がなかったからな」

 

 「じゃあ勉強して」

 

 「は?」

 

 真意を問いただすため、身を起こしながら橙子の方に向き直る。すると彼女は衣服を脱いでいる最中だった。今更橙子の裸体を見ることに抵抗がある訳ではないが、やはり俺も男性なのでして。そっと目を閉じて、再度彼女に背を向ける。

 

 「どういうことだよ。つまり俺にその社交界に参加しろって事?」

 

 「そういうこと。ドレスコード、作法に言葉遣い。覚えることは多いわよー」

 

 「なんで俺が」

 

 「私が見てみたいから。それじゃダメ?」

 

 なるほど、それは殺し文句だ。そんな風に言われたら断れない。

 

 「分かった。何とかしよう」

 

 幸い俺が今いるのは双貌塔イゼルマ。美を生業とする魔術師の中でもとりわけ名門の住処だ。やりようはあるだろう。うん、とりあえずマイオくんに相談しよう。

 

 

 




せっかく起爆剤(感想)をたくさんいただいたのに、投稿が遅くなってしまって申し訳ないです……。
半分程度書いたデータが消えてしまったのです……。

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
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