俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★2003年 5月10日★
「そういう訳で社交会のイロハを教えてほしいんです」
双貌塔イゼルマの団欒室にて。小さな円型のテーブルに対面して座るのはメイドのレジーナさんだ。昨日、客室に案内してくれた同じくメイドのカリーナさんの双子の妹だという。
お勤めを終えて休憩中だった彼女を捕まえた俺は、半ば無理やり交渉のテーブルに着かせたという次第だ。語弊がないように付け加えると、レジーナさんが少しでも嫌がる素振りを見せたらこの話はなかった事にするつもりである。
「えっと、それは」
困ったように口元に手をやるレジーナさん。双子故に容姿が姉と似通っている彼女もまた、結構な別嬪さんである。というか最早瓜二つという言葉さえ置き去りにしたそっくりさんだ。実のところ、話しかけた当初はカリーナさんだと思っていたくらいである。
ただやはりその
尤も二人が魔術師の従者という立場である以上、何らかの魔術がバイロン卿に施されていてもおかしくはない。となれば、その違和感を指摘する行為そのものが無用なトラブルを生む可能性がある訳で。こういう時は無視するに限る。そもそもの話、彼女たちから覚える違和感は俺の魔眼が起因しているだろうし。
「マイオ君からこういう話はレジーナさんかカリーナさんにすると良いって」
「……彼がですか」
やっぱりレジーナさんは困ったような仕草をする。ただし今度は表情に苦笑いが含まれていることが見て取れた。それだけで二人の仲は悪くないという事が分かる。となればその縁を存分に利用させてもらおう。
「はい。もちろん魔術師の取引が等価交換である事は存じてます。俺に出来ることであれば、ある程度は引き受けましょう」
「ある程度とは……?」
「そりゃあ。言い値で構いませんよ」
俺の返答に対して、レジーナさんは心底驚いたように口を開く。
それもその筈だ。社交界の「し」の字も知らない俺では、その対価として何が適切であるかも知らない。だからここは相手の良識に頼らざるを得ないのである。交渉術としては下の下だが、それも全て橙子の我が儘がいけない。
ただし何も考えなしという訳ではないのだ。ここで重要になってくるのは俺がそこそこマイオ君と親しくしているという事と、蒼崎橙子の連れ兼使い魔という事である。
そしてこの二つの事実を一人の従者に過ぎない彼女は無視できない。ましてこれがマイオ君からの紹介、そして相手が主たるバイロン卿の客人ともなれば猶更無碍にするのも難しい話だ。卑怯なようだが、これも駆け引きである。筋としてはバイロン卿を通すべきなのだろうが、あくまでも個人的な話に留めることが出来れば何の問題もないだろう、多分。
「……即時返答という訳には参りません。この話は一度持ち帰らせては頂けませんか?」
「ええ勿論です」
むしろ無理難題を吹っかけてるのはこちらの方である。話を聞いてもらえただけでも望外というものだ。
もっとも、後にこの取引がきっかけでとんでもない事件に関わることになるとは、この時は思いもしなかった訳だが。
★2003年 5月25日★
「お茶会?」
「は、はい。いつもカツマさんには、良くしてもらってるので。だから、その。今から一緒に、どうでしょうか?」
相変わらず舌を噛みながら、マイオ君がそんな嬉しいお誘いをしてくれた。
この双貌塔に訪れて既に二週間余り。街に行くにもイゼルマの方々に馬車を用立ててもらわなければならず、また橙子は依頼の遂行のため多忙を極めていた。したがってここ十数日はレジーナさんによる社交界の指導(結局交渉は成立した)を受けるのとマイオ君とプライベートな会話をして過ごすのが主だった。
つまり何が言いたいのかと言うとだ。要するにマイオ君やレジーナさんを始めとした使用人と俺はそこそこ仲良くしているということである。霊墓では色々な意味で身が休まらない環境に身を置いていたから、こうした穏やかな時間を過ごせたのは僥倖と言う他ない。
「もちろん。ご同伴させていただきますよ」
だから彼のお誘いには二つ返事で頷く。なんなら本当はこちらからマイオ君にお礼を言いたいくらいなのだ。
「よ、よかった」
「レジーナさんから叩き込まれた作法の成果を見せる時が来たな」
「は、ははは。そんな格式ばった席じゃないですよ」
こちらです、とマイオ君が苦笑いとともに先導をし始める。俺は彼の後ろをついていきながら、一つ言葉をかける。
「そういえばさ、これは橙子から聞いた話なんだが。バイロン卿ってバリュエレータ、つまり
マイオ君のフルネームは、マイオ・ブリシサン・クライネルス。そして時計塔には
前々から気になってはいたのだが、話題が話題なだけに切り出すことが難しかった。
「は、はい。ぼ、僕は確かに中立派の人間です。そ、それが何か?」
「ほら、派閥争いとか激しいんじゃないの?」
魔術師ですら容易く屍となるような霊墓アルビオンであっても、そうした派閥同士の争いは水面下で見え隠れしていた。霊地の利権だとか魔術の特許だとか、そうした実体のないナニカを求めて飽きずに謗りあう。全くもって元気の良いことである。
「そう、ですね。カツマさんのおっしゃる通り、魔術界では……。というよりも時計塔では、バルトメロイが代表する貴族主義派と、トランベリオが率いる民主主義派の間で、熾烈な政戦を繰り広げて、います」
「なるほど。じゃあ中立ってのは」
「は、はい。我々メルアステア派に属する魔術師は、
至るというのは、言うまでもなく『根源の渦』のことだろう。或いは「 」とも言うらしい。
何もないからこそ、何もかもが存在する。すべての事象の源であり、すべての現象に起因する。「 」とは、つまるところそういうモノであるという。より正確に言えば、こうして説明を重ねてしまう行為は「 」の本質を損なうのだと、橙子は言っていた。
「―――そっか」
橙子にも話してない、とある記憶を想起する。
しんしんと雪の降る峠で、柔和な笑顔で佇む見知らぬ女。
たった一度だけではあるが、俺は
価値観の相違、と言ってしまえばそれまでだ。ただ一つ分かることは、魔術師とはその「 」を求めて文字通り身を削っているという事である。更に付け加えて言うのであれば、マイオ君が属する中立派とは、他の派閥よりもより純粋な魔術師であるという事だろうか。
「どうか、しました、か?」
心配そうにこちらを見やる青年を見て、俺は努めて笑顔を作り上げる。
やはりマイオ君もまた、一人の魔術師であるという事実を認識してしまった。彼の感性が一般的でも、魔術師を名乗るからにはその根っこの部分だけは俺に理解できる訳がない。そうと分かり切っていたのに。
勝手に期待して、勝手に幻滅する。前世から続く俺の悪癖の一つだ。
「いや、なに。皆がマイオ君のように思慮深い魔術師だったらいいのになって思ってさ」
「へ? それは、どういう」
「んーどうもないよ。でもそうだね、自分から始めておいてなんだがこの話はここまでにしよう。ああ、そういえばお茶会には誰が?」
「え、あ、はい。その、お茶会と言っても、三人だけで。カツマさんに、僕のもう一人の友人を紹介しようと、思いまして。きっと、カツマさんとなら、イスローと仲良くなれると、思うんです」
彼の人の良さを表したかのような笑みに、思わず俺も思わず破顔してしまった。そうだとも。彼が魔術師という身の上である前に、人間として好ましい部分を持つ事を俺は知っている。
だから願わくば、彼が人様に迷惑を掛けない、良識のある魔術師であることを祈るばかりだ。
★2003年 5月30日★
とある夜の双貌塔、その談話室にて。日本人の男性が一人、本を片手にいかにも高級そうなソファーに腰掛けていた。
彼はこの一か月、大変世話になった
すると、こんこんこん、と規則正しいノック音が部屋に通る。男は顔をあげて「どうぞ」と答えると、麗しい容貌を持つ褐色肌のメイドが入室してくる。彼女はスカートの裾をつまみ、お辞儀をしながら、
「いつしかの等価交換の件です。聞いて下さいますか?」
ソファーに座っている男に問いかけた。メイドはその美しい容貌を歪ませており、ともすれば藁にも縋るような思いを表情だけで示していた。
そんな従者の様子に戸惑いつつも、男は是と答える。
気持ちを落ち着かせるためメイドは深く息を吸う。そして意を決した彼女は、次にとんでもない事を口にした。
「どうか
メイドは知っている。己が吐き出した言葉の意味の重さを。そしてもう二度と飲み込めないという事を。
また、女は知っている。この目の前で目を点にさせている御仁が、見た目とは裏腹にすさまじい経歴の持ち主であるという事を。
―――そして何よりも、そんな経歴に似合わないくらいのお人よしであるという事を。
投稿が遅れて大変申し訳ありません!
最近ちょっと多忙気味で(言い訳
因みに近日、「ここすき機能」なるものがハーメルンにできたらしいです。
これで自分の好きな作品をより応援することが出来るようになりましたね!
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。