俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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第4話

 

 ★2003年 6月3日★

 

 

 

 「おいおい、一体それは誰の仕業だ」

 

 あまりにも信じられない現象を目の当たりにして、赤髪の魔術師は思わずそのように呟いた。なんなら眼鏡すら外してしまうというおまけつきだ。

 

 視線の先には彼女の使い魔、八朝勝馬が仕立て下ろし燕尾服を身に纏って佇んでいる。普段の勝馬がただソレを着ているだけだったのならば、或いは魔術師、蒼崎橙子は腹を抱えて笑った事だろう。何故なら「服に着られる」という言葉は事実として存在するのだから。

 

 だが実際どうだ。

 

 生意気なことにこの男は誰から教わったのか、荒は目立つものの十分なドレスコードと所作を弁えている。今までの程よい野性味が感じられた容貌にも多少なりとも魅力は備えていた。しかし今日の勝馬は橙子の贔屓目を差し引いても、以前よりよほど「素晴らしい」と評価せざるを得なかった。

 

 「縁は力なりってね。もっともそのおかげで随分と割を食う羽目なったんだが」

 

 数か月前の勝馬ならば、チリ毛の混じった頭髪を掻きながらの発言だったのだろう。以前から清潔感にはある一定の理解のある男だったが、そうした()()()()()()()()()()と無縁とは言い切れなかった。

 

 だからこそ。当たり前の様に手を差し伸べる仕草が、不覚にも橙子の胸を高鳴らせた。

 

 「……そうか」

 

 だが不満がないわけではない。

 

 自分の所有物が、自分の知らないところで、自分の知らない女の手によって、自分の知らない魅力を引き出した。自ら言い出した我が儘ではあったが、いざ実現するとそれはそれで面白くない。身勝手な発想だが、元より魔術師とはそういう生き物なのだと橙子は誰でもない自分自身に言い聞かせた。

 

 「なら、エスコートを頼めるかしら?」

 

 とはいえ、この男がどうしてこれまで縁のなかった衣装を身に着け、心の底から慣れないであろうマナーや所作を覚えたのか。それを思えば、そんな橙子の雑な不満は露と消えていった。

 

 だから彼女は極めて自然な姿で勝馬の手をとる。眼鏡をかけ直して、せめてその努力に見合った報酬を与えんと、蠱惑的に微笑みながら。

 

 

 

 ★

 

 

 

 社交界。一般的には王族や貴族等といった所謂()()()()人々が集まり、交流する場を指す。主に西洋で栄えた文化だが、そこでやりとりされる会話は豊富な知性が必要不可欠であり、求められる振る舞いもまた眩暈を覚えるほどマナーが多い。

 

 したがって、相応の地位を持たない勝馬からしてみれば、本来縁のない世界であった。だいたい「パーティをするなら居酒屋か焼肉、もしくは焼肉っ!」というのが彼の持論である。堅苦しい作法に理解と興味を示すことはあっても、それを率先したいと思えるほど彼は真面目ではないのだ。

 

 なのにそんな勝馬がどうして、蒼崎橙子を唸らせるほどの、しかも一か月というごく短期間でこれほどまでに完璧なドレスコードを覚えたのか。

 

 簡単な話だ。彼はこの双貌塔イゼルマで多くの縁を結び、そして積極的に彼らに教えを乞うため頭を下げたからである。それは勝馬の持つ『業報(ごっぽう)の魔眼』や八朝の暗殺術、そこから付随する戦闘能力よりも、ある意味では恐ろしい実行力だと言える。

 

 そして究極の美を追求する彼らは、元よりその道のプロフェッショナルだ。メイド(レジーナ)からは社交界における作法を、薬師(マイオ)からは体調の管理の仕方を、織り手(イスロー)からは最高の身だしなみを。如何につい一月前はズブの素人同然だった勝馬と言えど、彼のイゼルマ一門の支援を一身に受ければ多少は見れたモノになる。そういう寸法だ。

 

 「ま、それでも緊張はするんだが」

 

 「勝馬、ホールに入ったら日本語は使わない方がいいわよ。この社交界がトランベリオ(民主主義派)の多い催しだとしても、魔術師は基本的に極東を好ましく思ってないから」

 

 「それは残念だ。でも相方にしか伝わらない言語ってのも、なんだか秘め事っぽく悪くないな」

 

 勝馬の返しに、「ふむ、それは確かに」と橙子は頷いた。特に()()()という単語は大いに彼女の嗜好を刺激する。

 

 「さて、一応この社交会がイゼルマの成果をお披露目する場だって事は抑えてるんだが。橙子、『黄金姫』と『白銀姫』ってのは具体的に何なんだ?」

 

 「あら。てっきり予習してるのかと思ってたのだけれど」

 

 「マイオ君に見てからのお楽しみだって言われてね」

 

 「ならここで私が教えてしまうのは不義理じゃない?」

 

 「……俺もそう思うんだが、今回はちょっと事情が違ってね」

 

 彼ら曰く、地球で最も『美しいモノ』が社交会で見られるという話だった。というよりも、その『美しいモノ』、つまり黄金姫と白銀姫なる存在のお披露目が本日の社交会の目的なのだという。

 

 しかし肝心の内容を勝馬は知らない。マイオやイスローの話を聞く限りでは、その黄金姫と白銀姫がイゼルマの集大成である事は想像に難くない。勝馬は彼らの語り口調が大変熱かった事を覚えている。そしてマイオがバイロン卿の共同研究者であるのならば、必然的に『美しいモノ』に関わっていることも明白だ。

 

 問題はマイオが善意から黄金姫と白銀姫の詳細を勝馬に語らなかったという点である。魔術師である以上、己が研究成果をおいそれと喋る事はあり得ないのだから当たり前と言えばその通りだ。しかし今回の場合は少し様子が違った。

 

 「これは直感なんだが。たぶん俺が黄金姫と白銀姫とやらを見たとしても、彼らが望むような反応をしてやる事は出来ない」

 

 マイオ・ブリシサン・クライネルスにとって八朝勝馬という人間は、この閉鎖的な魔術界で出来た数少ない友人の一人である。しかも勝馬はマイオがどんな研究をしているのかを知り得ない。

 

 だからマイオは、八朝勝馬に『美しいモノ』を見て感動してもらいたかったに違いない。自分の為した偉業を胸を張りながら友人に示したい、少なくともそういった気持ちを勝馬は汲み取っていた。しかし――

 

 「そうね、貴方には()()()()がある」

 

 橙子が名付けた『業報の魔眼』。それは人の業全てを見通す『眼』である。ノウブルカラーに相当するソレは到底常人が扱える代物ではなく、たとえ神秘を扱う魔術師であっても人格を壊死させる可能性を内包している。

 

 だから例えば、執拗なまでに綺麗に磨かれた宝石があったとしよう。しかしその原材料がもし()()であったとすれば、その宝石を万人が「美しい」と評しても勝馬だけはきっと不快感を面に出すだろう。

 

 「貴方の視ている世界を私は知らないけれど、恐らく(カルマ)という概念は魔術よりも太極側、つまり太い流れにあるのでしょう。だから魔術で編み出した『究極の美』は根源には程遠いし、それを貴方が見たところで児戯に等しい、か。なるほど確かに「 」に余分な色は不要だもの。道理と言えばそうなのかしら」

 

 「さて、俺には判りかねるが」

 

 「その方がいいわ。下手に人間がかかわるべき領分じゃないから」

 

 既に橙子との付き合いは7,8年ほどになる勝馬だが、相変わらず彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。正確に言えば、話題の本質を理解してもその外殻(理論)までは理解できないといったところか。特筆して聡い訳ではないが能無しでもない、八朝勝馬はそういう人間である。

 

 「で、黄金姫と白銀姫の話だったかしら」

 

 こくりと勝馬は頷いて見せた。話が脱線しやすいのがこの主従の欠点である。ある意味尤もコミュニケーションを楽しんでいる関係と言えなくもないのだろうが、本題に移らないでそのまま会話が終わってしまったという例もあるのでやはり欠点である。

 

 「貴方も察しがついているのでしょうけど、イゼルマの至上命題は『最も美しいヒト』をつくることよ」

 

 「ふむ」

 

 「前にも話した『美しさ』の定義とはまた少し違うのだけれど。乱暴に言ってしまえば、美という概念は根源に近いのよ。だからその概念を人に集約すれば()()()んじゃないかって理屈ね」

 

 「あー分かった。というと黄金姫と白銀姫ってのは」

 

 いろいろ腑に落ちたらしい勝馬は、手を額に当てながら頭を振る。教師が採点に困る回答を見つけた時の反応、そんな印象を橙子は受けた。

 

 「式嬢は、もしかしてその成功例とも言えなくないんじゃないか?」

 

 ポロっとこぼした勝馬の言葉は、稀代の人形師を破顔させるのには十分だった。だからこそ眼鏡を外してしまいたい衝動に駆られる。しかしそんな事をしてしまえば、きっと()()だけで一夜を終えてしまうだろう。

 

 その確信があった橙子は、既に眼鏡の縁にまで届いた指を下した。今は純粋にパーティを楽しみたい気分だったからである。それに、今日のために仕立てた衣装を無駄にするのも面白くない。

 

 「貴方の言葉は過程を吹き飛ばしているけれど、確かに本質を突いてるわ。でもこの話は後日にしましょう」

 

 「ん? そうか」

 

 予想していた反応とは大分違っていた橙子に、勝馬は肩透かしを食らった気分になる。実のところ、この手の話は橙子の好みだと勝馬は知っていた。

 

 そして彼の師匠(レジーナ)は、「社交界で女性とコミュニケーションをする時は相手が喜ぶ話題を取っ掛かりとすべき」という教えを勝馬に授けていた。だからこその話題提起だったのだが、どうも少しクリティカル過ぎたらしい。

 

 「さて、そろそろホールに向かいましょう。少し無駄話しすぎたみたい」

 

 未だ姿を見せなかった二人を心配したのか、それとも他に何かトラブルでもあったのか、遠くで慌ただしく右往左往しているマイオの姿を見やりながら橙子は言う。勝馬もそれには賛成なようで、先ほどと同じくふわりと極めて紳士的に右手を差し伸べた。

 

 「生意気」

 

 「そりゃ理不尽だ」

 

 




次回、ついにグレイとライネス登場。

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ぶっちゃけ事件簿は……

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