俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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過去話でもないのに、5話にもなってまだ本編の主人公が登場しない二次創作があるらしい。


第5話

 

 ★2003年 6月3日★

 

 

 

 ホールに出ると煌びやかな音楽が聞こえてきた。

 

 周囲を見渡せば多くの人々が大層立派な召し物を身に纏い、優雅に笑ってはグラスを傾けている。まさに日本人が思い描く社交会といった様相である。そこに何かしらの齟齬があるとすれば、それは――

 

 「ここにいるの、全員魔術師か」

 

 当たり前の事を口にする。バイロン卿、つまりは魔術師による催しならば集う者もまた魔術と関わりがあるのは自明である。分かってはいたが、ここまで明け透けだと何だか笑えてきた。少なくとも、夜の世界に身を置く者たちとは思えない程度にはこの場は晴れやかだった。

 

 「霊墓の時も思ったんだが、割と数多いよな。魔術師って」

 

 「それだけイゼルマの黄金姫と白銀姫が注目されてるってことよ。だいたい霊墓なんて例外の温床みたいな所あるし、常識と比べない」

 

 俺の左腕に程よく体重を預けてくる橙子は苦笑交じりにそんな事を言う。なんというか、神秘を取り扱う者たちが常識を語るのもおかしな話だなと思った。

 

 「成程ね。じゃあ()()()()()はソレ関連って認識でいいのか?」

 

 「あら、何のことかしら?」

 

 橙子の澄まし顔を見て、僅かばかりの違和感を覚えた。想像していた返答と異なっていたからである。ともすれば、その違和感は()()()()()()()致命的なような気がした。

 

 整理しよう。彼女がバイロン卿からの依頼を受けたのが今から約一か月前。となれば、人体のエキスパートたる橙子が例の姫君らと何ら関わりがないというのは不思議な話だ。

 

 確かに以前、橙子は依頼には守秘義務があると述べていた。しかし、それにしたってこんなあからさま過ぎる事実を隠す必要があるのだろうか。決めつけは良くないが、俺が勘付いてる時点でお察しであると思う。

 

 「相変わらず律儀だな」

 

 鎌をかけるために一言添えてみる。しかし彼女は「んーそうかしら?」と、やはりどこかズレた事を宣う。

 

 例えば、俺が何某かの出来事で確信に迫った時。普段の橙子ならばもっと分かりやすい反応を示す。だから誤魔化すことはあっても、その場しのぎで()()()()()をするだなんて行為は、あまりにも橙子らしくない。まさかとは思うのだが―――

 

 「橙子、お前もしかして―――」

 

 「か、勝馬さん! それにミス・アオザキ、ようやく、見つけましたよっ」

 

 俺の言葉を遮るようにして表れたのは20代半ばくらいの青年、マイオ君だった。彼は少しばかり、いやかなり酒気を帯びており、有体に言えば酔っ払っていた。いつもの蒼白な肌が今日は三割増しで白くなってるように見える。なんならお酒特有のキツイ悪臭も放っており、正直不快を通り越して不安になる勢いだった。

 

 「おいおい、大丈夫なのか」

 

 手を振りながら器用にも千鳥足でこちらに向かってくるマイオ君の身体を支える。仮にも主催者側の人間がそんなベロンベロンになるまで酔っ払うのは如何なものだろうか。

 

 「あ、えっと。ちょっと、待ってください」

 

 流石に自分が醜態を晒している事を察したのか、マイオ君はスーツの中から何やら丸薬らしき物を取り出した。そしてソレを一飲みすると、全身から放っていた酒の臭いがあっという間に霧散していく。

 

 「凄いな」

 

 差し詰め魔術的な酔い止めと言ったところか。彼は魔術師であると同時に薬師である。だからこの程度の芸当はお手の物という事なのだろう。うん、ちょっとその薬俺も欲しいくらいだ。

 

 「い、いえ。このくらいなら、薬師として当然です。そ、そんな事より勝馬さん、もう少ししたら、披露宴が始まります。いい席を知っているので、早く行きましょう!」

 

 辛抱ならんといった様子で裾を引っ張るマイオ君。それだけ黄金姫と白銀姫を直に見てほしいという事なのだろう。その好意は純粋に好ましいと思うが、その期待に応えてやれないのがなんとも言い難い気分にさせる。

 

 「あらあら。マイオ、私の連れを勝手に持っていかないでもらえるかしら」

 

 すっかり興奮しているマイオ君に待ったをかけたのは、やはりというべきか橙子である。彼女はぐいっと俺の左腕を引き寄せて、にっこりと外面の良い笑顔を見せる。しかしその笑みが額面通りではない事は俺もマイオ君も知っている。

 

 「ひ、す、すいません、ミス・アオザキ……」

 

 その脅迫まがいの気勢にマイオ君はまるで兎のように体を縮こまらせる。無理もない、橙子は怒ると怖い。とはいえ、それはそれで年甲斐もない訳で。

 

 「こら、大人げない事しない」

 

 「む。心外ね。それを言うなら貴方も流されるがままだったじゃない。エスコートするって約束、もしかして忘れちゃった?」

 

 「……」

 

 なんだか甘酸っぱい台詞が聞こえた気がして、無言ながら口角が吊り上がるのを自覚する。

 

 つまり柄にもなく拗ねてる訳だ。そう思うと彼女が吐く毒も好意裏返しに見えて小気味好い。思わず頭を撫でたくなる衝動を抑えながら、代わりにマイオ君に向き直る。

 

 「まさか。そのために長い間、彼らに骨を折ってもらった訳だし。ありがとな」

 

 「い、いえ。僕の方こそ、その、勝馬さんには、良くしてもらって……」

 

 「謙遜しなくていいぜ。さっき橙子からもお墨付きをもらったばかりだ。ああ、だから披露宴の前にはマイオ君の所に行くよ。それまで待っていてくれるかい?」

 

 問い掛けに対して、彼は無言でこくりと頷く。その顔は心なしか赤くなっていた。

 

 これは持論なのだが、魔術師という生き物は100%の善意とか好意に対して極端に弱い。等価交換を前提として日々を生きる彼らは、そうした損得勘定抜きの、云わば無償の愛に慣れてないからなのだと思う。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと。相手を褒めちぎるれば、大抵の場合はこちらの要求が通りやすくなるって事だ。うん、実に健全だ。

 

 

 

 ★

 

 

 

 「随分と肩を持つじゃない」

 

 橙子は少しばかり冷めた目つきでマイオ君の後ろ姿を眺めながら呟いた。その視線に込められた感情が決して良きモノでない事は分かり切っているが、かといって苦言を呈するほど俺は立派に生きているわけでもない。

 

 したがって、俺に出来るのは自分の心情を吐露するのみだ。

 

 「なんというか、魔術師にしては真っ当だからかな。前にも言ったと思うけど、俺は一生懸命な人を嫌いになれないんだよ」

 

 過去に、それこそ本当に様々な人間を見てきた。

 

 しかしその中でもとりわけ魔術師という輩は往々にして魂が腐っている場合が多い。アルバや荒耶は正にその模範例だ。彼ら以外にも人の死を厭わない魔術師はごまんと存在する。だから、そんな魔術界で確固たる良識を持ち合わせた魔術師というのは存外に希少である。

 

 そしてマイオ・ブリシサン・クライネルスはその数少ない部類の人間であるように思う。俺が彼を好ましく思う以上、マイオ君が懸命に「 」を目指すのであれば応援したいという気持ちも湧くし、性悪な女性に虐められそうになったら助けたくもなるのだ。

 

 「ふーん」

 

 橙子はつまらなさそうに相槌を打つ。実際彼女からすれば面白くない話だったのだろう。

 

 それは俺としても好ましくない。ここ一か月の間、彼女は多忙を極めていて中々会話をする機会もなかったのだ。

 

 「ここで歯の浮ついた台詞でも吐ければ少しは格好が付くんだろうけど、俺にはそういう才能がないんで。何でも言う事聞くから機嫌を直してくれないか?」

 

 そのせいか、今日くらいは彼女に振り回されてもいいかという心持になる。だからつい口が滑ってしまった。

 

 「なんでも」

 

 「ああ何でもだ。二言はない」

 

 「へぇ。言うじゃない」

 

 腕に絡みついたまま、橙子はじっとりとした視線を向けてくる。ただそれだけの反応で、向こう見ずな己の発言を後悔したくなった。

 

 「じゃあ、あそこで喧しくしてる人たちを懲らしめてきて」

 

 そう言って左手の人差し指をホールの奥へと向ける。橙子の示す先を見ると、何やら二人の成人男性が言い争っているようだった。さすがにこの広いホールを巻き込むほどの喧騒さではない。しかしそれでも両者の作り出す険悪さが場の空気を悪くしているのは明白だった。

 

 「懲らしめるったってお前」

 

 「なんでもするんでしょ?」

 

 予想の斜め下な要求に困惑してしまう。今の橙子ならばもっと即物的なものを求めてくると思っていただけに、ちょっと驚きだった。

 

 「あ、でも乱暴はなしの方向で。スマートによろしく」

 

 「別にハナから暴力に訴えようとは思ってないよ、まったく」

 

 「そうね。じゃあ、かっこいいところ。期待してる」

 

 なんて、そんな甘々スイーツな事を宣ってから左腕の拘束を解いた。既に橙子も酒気に中てられてるんじゃなかろうか。

 

 そもそもな話、今回の彼女の衣装は大変露出が多いのだ。特に胸元のあたりとかヤバすぎだし攻め過ぎである。そのせいか、さっきから周囲の視線を感じなくもない。いつもは白のYシャツのみとかいう遊びの無い服装をする癖に、こういう宴会の席ではめっちゃ()()()()()のが彼女の癖だ。

 

 それは自分の魅力をよく知っていなければできない芸当である。だからこそ性質が悪いと言えるのだが、今回は無茶ぶりが過ぎる。かっこよくトラブルを解決してこいとか、英検準一級未満にはちょいと荷が勝ちすぎてる。映画じゃないんだからさ。

 

 「畜生。いいぜ、やってやる」

 

 だからこそ、自分が自棄になっているのが分かった。験担ぎではないが、ホールを往復しているメイドさんからワインの注がれたグラスを受け取る。銘柄なんざ分からないが、アルコールをこさえるだけでも幾分か様になるだろうという安易な考えからの行動だ。

 

 それにしても何をもってカッコいいとするかである。小粋なジョークでもかますべきなのか、それとも正論を説いて相手の鼻っ柱を折るべきなのか。歩を進めながら考えているうちに、目的地は刻一刻と近づいてくる。

 

 結局結論が出ないまま、俺は口論に発展していた若い魔術師二人の元に立っていた。両者は俺の接近に気付いたようで、止まる気配のなかった口を閉ざしてこちらを見てくる。

 

 「……何か?」

 

 若い魔術師の一人がそのように言葉をかけてくる。彼は突然の乱入者に気を悪くしたのか表情を顰めさせる。対する俺は数多のオーディエンスの視線もあって泣きそうだ。

 

 絶妙な緊張感を肌で感じる。ただ仲裁するだけなら何の問題もないが、ここまで出来上がった状況に手を出すのは初めての経験だ。うん、手が震えてグラスの中のワインが波打つくらいには緊張してる。

 

 そもそも口論の内容が複雑すぎるのだ。「歴史の浅い魔術師を時計塔に迎え入れるかべき否か」、聞く限り彼らはソレを話題にして言い争っていた。俺の主張としては、学問に貴賤はないのだから学びたい者だけが学べばいいのにと思う。しかしそんな事をすれば魔道の本筋から離れるというのだから、やはり面倒な話である。少なくとも俺がメスを入れて良い話題ではない。

 

 「お楽しみのところ申し訳ないが、今日は友人の大事な日でね。どうか慎んで頂きたい」

 

 とはいえ、ここで悩んだって仕方ない。なるようになるだろうと、俺は紳士的な笑顔を努めて作り、そのように切り出した。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは基本的に人でなしである。

 

 他人の苦しむ様を見ることに一種の快感を覚えてしまう変態であり、しかもその事を自覚しているから率先して人の嫌がる事を行うという暴虐さを併せ持つ。もっとも、そのせいで友人が全くいないという割と当たり前の悩みを抱えていたりするのだが、それはご愛敬だろう。

 

 そして現在、イゼルマの披露宴に参加していた彼女は、そんなろくでもない己の琴線に触れるような事態を目撃した。

 

 ことの始まりは派閥の異なる魔術師二人による言い争いだった。歳を重ねた魔術師であれば、もう少し表沙汰にしない形でやり合うのだろうが、そこまで高等な振る舞いを若者に求めるのも酷な話か。何にせよ、ホールの緊張はうなぎ登りに高まっていた。

 

 「お楽しみのところ申し訳ないが、今日は友人の大事な日でね。どうか慎んで頂きたい」

 

 日本人だろうか。その割にはかなり高身長な男が、これまた意外にも訛りのない自然な英語で二人の仲裁に入った。何らかの武術を嗜んでいるのか姿勢も大変よろしい。パッと見ただけならば、高得点をあげていいくらいの偉丈夫だった。

 

 「おいおい、そんな事があり得るのか」

 

 しかしライネスが着目したのはそんな外側ではない。どちらかと言えば内面、精神的なところで彼女の加虐心を揺さぶった。

 

 「どうしたんですか?」

 

 ライネスの隣で灰色のフードをかぶった少女が声を出す。少女の名はグレイ、かのロード・エルメロイⅡ世の内弟子という立場にあるのだが、今日はライネスの護衛としてこの双貌塔イゼルマに訪れていた。

 

 「見えるかい、あの男だ」

 

 顔の向きと視線だけで、その日本人を示す。グレイも見つけたようで「外国の方ですね、中国人でしょうか」と言葉を返す。男は極めて紳士的な笑顔を若い魔術師二人に向けている。

 

 「そうだね。では特にグラスを注視したまえよ」

 

 「えっと、あっ」

 

 そう、男の右手にあるワイングラスが小刻みに震えていたのである。極めつけにその右手は強化の魔術が施されているようで、今にもワイングラスを砕き割らんとする勢いにあった。

 

 「ラ、ライネスさんっ!」

 

 グレイが慌てた様子でライネスに向き直る。これから良からぬ事、言い換えれば暴力沙汰が起きると予測しての反応だろう。そしてその発想は、この場を見ていたすべての魔術師が抱いていた不安でもある。

 

 しかし対するライネスは口元を抑えて、それこそ噛み殺すようにして必死に笑いをこらえていた。

 

 「え、ライネスさん?」

 

 どこにおかしい要素があったのか。ライネスの性質をいまいち把握できていないグレイだったが、よりその疑問が深まった。

 

 もっとも、ライネスの笑いのツボは常人と違うのだから仕方ないと言えば仕方ない。もしこの場にグレイの師匠がいたのなら、「レディ、残念ながら知らなくていい人間の側面というのは、世の中に存在するのだよ」と冷静に諭すことだろう。

 

 「……見ろ、話はついたようだぞ」

 

 ライネスが指さすと、言い争っていた魔術師両名は叱られた子供よろしくその場を後にしていた。会話の内容は耳に入ってこなかったが、それでも全く反論の余地がない正論を説いたという事は遠目で見ていた彼女でもなんとなく分かった。

 

 考えてみてほしい。ブリティッシュの紳士が外来の、しかも極東出身の男に社交会で説教をされるのだ。これほど屈辱的なことはないだろう。ましてやその日本人男性の立ち振る舞いが完璧で、その上で強化の魔術で怒りを露わにしていたとなれば、あの若者たちも気が気でなかったに違いない。

 

 もっとも、それこそが勘違いであるとライネスは見抜いている訳だが。

 

 「いってみよう」

 

 「えっ!? 行くんですか?」

 

 「ああ、きっと面白いモノが見られるぞ」

 

 魔術界で、『エルメロイの姫君』と称される彼女は社交界において必須とも言える人間観察の技能が卓越していた。ソレは幼い彼女が老獪犇めく時計塔で生き残るために得た能力でもある。そしてその恐ろしく高精度の観察眼はおもし……興味深い結論を示した。

 

 「ああミスター。少しいいかね」

 

 「ん? ええ、なんでしょうか」

 

 ライネスが呼び止めると、その日本人男性は愛想のよい表情を浮かべた。しかしまさかこの場にティーンエイジャーが二人もいるとは思わなかったようで、少しばかり男は困惑していたようだった。

 

 魔術界では名前、顔ともに有名なライネスを知らない。その時点でこの男がエルメロイ派、ひいてはバルトロメイ率いる貴族主義派の人間でないことは明瞭だった。しかしかといってトランベリオの民主主義派に属しているようには思えない。

 

 「いい仲裁だったよ」

 

 ライネスが拍手と同時にそのように称えると、男はライネスの()()()()()困ったような笑顔になった。まるで後ろめたい、と言うよりも計算の間違いを指摘される前の学生のような雰囲気である。

 

 だから彼女は確信をもって男に耳打ちした。

 

 「———ああ、でも。()()()()()()()()()()()には目を瞑っておこうか」

 

 「え、おまっ」

 

 あ、素が出たな、とライネスは思った。この程度の指摘で崩れるようではまだまだ甘い。男の立ち振る舞い自体はそう悪くないものだったが、どこか付け焼刃な印象を受けたライネスの方が一枚上手だったということである。

 

 

 




投稿が遅れて大変申し訳ありません!!
ちょっと最近忙しくて……。
ところでAPEXって面白いですよね(暴露

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
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