俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★2003年 6月3日★
「貴方って本当に詰めが甘いのね」
「……面目ねぇ」
結局、突如として現れた金髪の小悪魔に揶揄われた勝馬は、情けない顔を引っ提げながら橙子の元に戻っていた。最後にその小悪魔から「仲裁自体は悪くなかったよ」という一言を頂いていたが、それで彼の羞恥心が晴れる訳がなかった。
「ま、貴方らしいと言っちゃえばそれまでか」
「……お気に召さなかった?」
「いいえ。見ていて愉快だったので良しとします。特にオチがあったところ」
どこか満足そうに喜ぶ橙子の顔が今回ばっかりは憎らしかった。大っぴらに恥をかいた訳ではないが、それでも分かってる人にはちゃんと醜態を晒したのだ。むしろそちらの方が恥ずかしいとさえ勝馬は思った。
そして案の定というべきか、この回りくどい快楽主義の女は勝馬が羞恥心で悶えているところに愉悦を見出している。さっきの少女もそうだが、魔術師の女性って実はみんな性悪なのかもしれない。
「ところでさっきの彫刻品みたいな子、誰だったの?」
「俺を呼び止めた奴のことか?」
勝馬の確認に「ええ」と橙子は頷いた。
彫刻みたいな女の子。なるほど言い得て妙だった。確かに彼女の肌は陶器染みた白い艶を備え、触れれば割れてしまいそうな儚さがあった。少なくとも勝馬の第一印象はそんな感じだった。もっとも、その中身はドロリとした悪性に塗れていた訳だが。
「ライネス・エルメロイ・アーチゾルテと名乗ってたよ」
「……へぇ?」
眼鏡の魔術師は何やら意味深な声を漏らした。特に『エルメロイ』という単語を聞いた時の反応が大きかったように見える。
「なんだ有名なのか、彼女」
「時計塔に在籍してたら知らない人はいないかなー」
「なら知らなくても仕方ないな」
だって勝馬は時計塔と欠片も接点がない。全く興味がないという訳ではないが、いちいち各派閥内の有力な家名を知りたいと思うほど勤勉でもないのだ。というか派閥争いに関しては完全に門外漢である。
「開き直らないの」
「知らないものは知らないとしか言いようがないからな。ただ、もしかすると彼女は
橙子は思わず口を開けてしまった。
勝馬の言葉が真に迫っていたというのもそうだが、彼自身己の発言にかなり確信を持っている様子が見受けられからである。もとより人の本質を見ることに関しては年の功と魔眼の事もあってか目を見張るものがあったが、そういう推理めいた嗜好は得意ではなかったと橙子は記憶していた。
「……どうしてそう思ったの?」
「ちょっと彼女の周りが穏やかじゃなくてね」
「……? ああ。なるほどね」
この社交界は
そんな中、四方から
「ゾッとするよ。あんな二十にも満たない少女が政で立ち回ってると思うと」
実のところ、勝馬が驚いたのはライネスとその従者が十代だったからではない。もっとも彼を驚嘆させた要因はただ一身に敵意を向けられてなお、余裕の笑みと共に茶々を入れて見せたライネスの態度にある。
「それは表の世界でも同じでしょう。年齢が言い訳に出来るのは赤子の時まで、自我を持ってしまったらもう戦うしかない。政治家って大変ね」
「……それが転じて足の引っ張り合いにならなければいいがね」
「何か思うところでも?」
闘争はあらゆる技術を発展させる。残念ながらそれは歴史が証明している。
しかし往々にして人間は目的と手段がとっかえひっかえになる場合が多い。そして何もかも入違ったまま進み続けてしまえば、人類史はあっという間になくなってしまうだろう。
「さてな。それより結局のところ、彼女はバルトロメイの派閥の人間ってことでいいのか?」
「ええ。エルメロイ派といえば時計塔でも権謀術数に長けた魔術師の集まりだった。本家の先代当主が亡くなってからは随分失速したようだけれど。今ではアーチボルトの名もめっきり聞かなくなったわね」
「優良だったワンマン企業みたいな話だな」
「その認識で良いわ。でも最近はほんの少しだけ盛り返してるそうよ?」
それが良いことなのかどうかは勝馬には分からなかった。彼個人の意見として、正直魔術師なんていない方が世のためになるのではないかと少なからず思っている。
しかしそんな過激な意見を通したくなるほど魔術師に絶望しているわけでもない。なのでやっぱり「ふーん」という曖昧な相槌を打つことが彼にとっての精いっぱいだった。
「盛り返したってのは、あの子がか?」
「んーそれも間違いないんだけど、もう一つ。というかこっちのほうが要因としては大きいかも」
「というと?」
「ロード・エルメロイⅡ世。
そして以前、彼は彼の主人に「もし時計塔に在籍することがあれば、まず現代魔術科を履修しなさい」と助言された事も覚えている。その理由として、歴史の浅い家系の魔術師でも軋轢を感じることなく勉強に励む事が出来るからだということも。その時点で時計塔という学びの場がどういう方向性を持つのか分かってしまうのが、中々に悲しいところである。
「変わった方法?」
「そこまで話すとキリがなくなるから置いておきましょう。でもエルメロイの姫が出席してるのなら、もしかしたら会えるかもね」
「時計塔の君主って化物ばかりなんじゃないのか?」
暗に「危険ではないのか」と珍しく使い魔らしく忠告する勝馬に対して、橙子は不敵な面構えでこのように返事した。
「前にも言ったかしら。私、興味を失うと枯れる性分なの」
それはあまりにも橙子らしい言葉だった。もう十年近く連れ添っているが、相変わらず向こう見ずな彼女の発言に使い魔は「そうだったな」と呆れ半分に告げる。
「じゃあそんな橙子さんに一ついい事を教えてあげよう。例のエルメロイの姫君の隣にいたフードの少女。護衛だと思うが、明らかにオーバースペックだ」
「水銀のメイドの方じゃなくて?」
水銀のメイド。ライネスが連れていた人型の魔術礼装である。かなり高度な魔術を利用していることは、勝馬の魔眼を以てすれば容易にわかった。しかし―――
「比べ物にならないかもな。主観で悪いが、式嬢並みの奇跡だ」
「……マジで?」
「マジマジ」
そう
「詳しいことは後で話そう。ほら、マイオ君が手を振ってる。たぶん例のお披露目、そろそろなんじゃないか?」
「……そうね。でもちょっと集中できないかも」
蒼崎橙子という魔術師は八朝勝馬の観察眼、ひいては『
「すまん。後で言えばよかったな」
「まったくよ。あ、もしかして私ってば今仕返しされてる?」
「悪かったって」
苦笑い交じりに謝辞を述べる勝馬に、赤髪の魔術師は「冗談よ」とそれこそ冗談なのかどうかわからない声のトーンで告げる。張り付いた笑顔が妙に印象的だった。
怒ってるのか、はたまた困らせたいだけなのか。そのどちらかを測りかねている間に、二人はマイオ・ブリシサン・クライネルスの元についていた。マイオは大げさに「お、遅いですよ、お二人ともっ! こ、こっちです!」と早速案内に移った。
彼に案内された場所はホール全体を見渡せる個室だった。そして対面する場所には、バルコニーのように突き出した部分がある。そこに二人のメイドが佇んでおり、そのうちの片方は八朝勝馬の師でもあるレジーナであることが分かった。
「レジーナさんと、あともう一人は」
「か、カリーナですね」
「ん? それはお前———」
勝馬がなにやら訂正の言葉を投げかけようとしたところで、広間全体から歓声があがった。
バルコニーで二人のメイドがスカートつまみ、上品なお辞儀をする。そして一方のメイドが「どうぞ、ディアドラ様」と呼びかけ、もう一方のメイドが「どうぞ。エステラ様」と呼びかける。
するとバルコニーの奥から静謐な雰囲気を纏う、二人の人物がゆっくりと現れた。その時点で勝馬の眼は真紅に染まり、発火したのではないかと思うほどに熱を帯びる。
そして完全に両者が姿を顕した時、膨大な量の
勝馬がこれだけ密度のある
しかしあの二人の女性が持つ業は、また性質が違った。ただただ『美』を主張し、見るモノすべてを虜にする。ホールを見下ろすと、まるで絵画の如く
涙を流す者、ワインが零れている事になど気にも留めない者、思わず目を潰しそうになる者。反応は個々人に依るが、この場にいる全員が感動を超越した感情にあることは何となく勝馬にも分かった。
「——————」
だからただその存在が『美しい』という一点のみ、彼には伝わった。
そしてそのために、一体どれだけの苦痛をあの美しき女性に与えたのかも、八朝勝馬は全て
美しく在るために、ただそれだけを理由に想像を絶する整形を幾度となく全身に施され、生まれ持った生来の
人は綺麗になるためにあらゆる努力をするが、これはその極致と言えた。
容姿はもちろんのこと、声帯、衣装、佇まい。そのすべてに一切の妥協は視られない。ああ、こんなのは全部耳障りのいい言葉だ。すべての形容は陳腐な言葉に帰する。
だがそれ以前の問題として―――
「橙子、すまん。
「でしょうね。でもちょっと待って頂戴」
究極の美という暴力の域にまで達した
「……イゼルマはここまで至ったか。少なからず驚いたぞ、まったく」
橙子も橙子で、自身の精神に踏ん切りをつけるために眼鏡を外していたようだった。勿論、その様子を勝馬は見る事が出来ないが、口調が変わっていれば流石に気付く。
「さてと。出血は大丈夫? あ、それと横になって」
「ああ。一応止血はしたが、ちょっと危うい」
眼鏡はかけ直したらしい橙子が勝馬に近づいてくる。そのことが音と床から伝わる振動で分かる。視覚がなくとも日常生活に差支えがない程度には、彼も十分に人外の領分に身を置いていた。
「ちょっと見せてみなさい。って、あちゃあ。これは移植は避けられないわね」
「すまん、手間を掛けさせる」
「いえ仕方ないわ。イゼルマの黄金姫の話は聞いていたけど、まさかあそこまで完成してるだなんて私にだって予想できないもの」
「……意外とそうでもなさそうだぜ」
勝馬が酷く不快そうに口を開いた。強がりというには少しばかり険が混じっている。そのことが気がかりになって、赤髪の魔術師が問いただそうとすると―――
「か、勝馬さん、ど、どうでし―――っ!? ああ、血が、かつ、か、勝馬さんの目がっ!!」
善意による妨害が彼女の言葉を遮った。ちょっとイラっとしたのを抑えて橙子は
「マイオ。貴方薬師でしょ、ちょっと止血お願い」
と指示を出す。すると数秒前の喧しさが嘘だったかのように、彼は勝馬の目を診察を始めた。
想定よりも的確な処置を行うマイオに橙子は感心するも即座に思考を切り替える。ひとまず移植用の眼球を用意する必要がある。そこそこ医療費はかかるだろうが、霊墓アルビオンで荒稼ぎした呪体や資金があれば何の問題もない。付きっ切りになれば二日もあれば仕上がる。
既に脳内で図面を引いていた橙子に、勝馬は告げた。
「あー橙子。移植は今すぐじゃなくていい」
「なに言ってるの」
「悪いが魔眼の暴走が止まらない。すぐに移植したら、恐らくそいつもダメにすると思う」
「……ならさっさと冷却なさい。それとも
「ああ」
間髪入れない返答に、橙子は何かを察した。それはきっと勝馬にとって心底重大な事情であると、蒼崎橙子の明晰な頭脳が導く。つまるところ単なる直感だった。
「そう、なら好きにして」
「わりぃな」
「はいはい。いつものことでしょ?」
バリュエレータの激強おばさん登場させたかったけど、ちょっと分量的に無理だった。
感想、そして誤字報告いつも励みになっております。本当にありがとうございます!(遠まわしに感想くれという屑ムーブ
でも仮に自分が今話の感想を書こうと思っても、中々気の利いた事書けなさそう。
実際、今回設定を色々書いてたりするのですが、幣作の読者の方々ならいらないかなぁと思う事いっぱい書いてる気がするんですよね。うーん配分が難しい。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。