俺の命を救ってくれたのは人形師でした。   作:元ジャミトフの狗

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第7話

 ★2003年 6月3日★ 

 

 

 

 魔術世界における魔眼とは、主に二種類に大別される。

 

 一つが人工的に生成された魔眼。これは魔術師が所有する眼球を加工し、独立した魔術回路として機能させた代物である。大概、こうした魔眼で発動される魔術は単純にして強力であり、また一流の魔術師の証として見なされることもある。

 

 そしてもう一方が先天的な魔眼。正確には魔術ではなく超能力に分類されるのだが、対象を視界に収めるだけで何らかの神秘を実現させるため、グレードとしては人工物よりも上である場合が多い。また天然の魔眼は魔術で再現できない極端な異能を併せ持つと言われており、一般人が有することも稀ではあるが確認されている。浅上藤乃がその良い例だ。

 

 さて、ここで忘れてはならないのが魔眼とはその性質上、眼球に魔力が内包されているという事。つまり魔眼の特殊性は眼球そのものに依存しているという点だ。したがって、例えばもし仮に眼を抉られてしまえば、魔眼の所有者はその魔眼を用いた魔術ないし超能力は行使できないのである。

 

 「だから貴方や式の魔眼は、厳密に言えば魔眼ではないのよ」

 

 八朝勝馬は追憶する。()()がまだ日本に滞在していた頃の話だ。今思えば、あの町には魔眼使いが多かった事を彼は思い出す。

 

 蒼崎橙子が言うには、両儀式と八朝勝馬の持つ異能は厳密には魔眼ですらない。どちらかと言えば『死』や『業』といった概念を理解してしまう()の方に異常があるという。

 

 「たとえ眼を潰したところで、視えてしまうものは視えてしまう。まったく、楽に生きられないなお前たちは」

 

 これもまた橙子の言である。実際、彼女の言う通りだった。

 

 目の役目とはあくまでも角膜と水晶体で光を屈折させ、網膜で焦点を合わせるだけである。しかし『死』や『業』といった概念はそこかしこに偏在しているだけで、光だの波長だのといった物理的要素のみで測れる代物ではないのだ。

 

 在るものは在る。ソレを()る事が出来るのは、ただ単に彼らの脳がそんな風に異常発達してしまったから。そしてそこに在る以上、たとえ失明しようとも()()は可視化されてしまうのだ。

 

 「妙な感覚だ。何も見えないのに、橙子がそこにいるのが分かる」

 

 頭部に入念に包帯を巻かれた勝馬がそんな事をつぶやく。あれだけの惨状を引き起こしておきながら、彼自身は極めて自然体であり、イスロー・セブナンの仕立てた燕尾服も汚れてはいなかった。

 

 ちょっと尋常じゃないくらい流血沙汰(特に荒耶と霊墓アルビオンの一件のせいで)を経験しているからか、もはや()()()()()()()()()()()では驚かなくなってしまった。

 

 一般的な感性を自称する勝馬本人としては否定したがるだろうが、そのおかげで大切な衣装が血に塗れなかった事を彼は自覚している。なので、最終的には微妙な顔のまま閉口するのがお決まりの流れであった。

 

 「歩けそう?」

 

 披露宴が行われたのは月の塔である。そして現在、二人は塔の入り口に並んでいた。

 

 湖水地方は湖が多く湿度の高い環境だが、今日は特に周囲が濃霧で包まれていた。ある意味では神秘的な風景に、通りの良い声が勝馬の鼓膜を打つ。

 

 それはどこか労わるような声音だった。一体どんな心変わりだろうかと勝馬は思案する。いつもの蒼崎橙子なら眼球が潰れた原因を冷静に分析しながら蘊蓄を語りそうなものだが、今はどこか雰囲気が違う。なまじ表情が見えないからこそ、勝馬は彼女の心境の機微に敏感になっていた。

 

 「割と余裕だ。里でも目を隠しながらの訓練とかあったしな」

 

 まだ彼が蒼崎橙子に命を拾われる前、退魔一族たる『八朝』の一人として活動していた頃の話である。

 

 勝馬という例外を除いて、本家『七夜』の超能力を受け継ぐ基盤を持たなかった八朝の一族は、退魔の務めを果たす術として体術を絶対とした。したがって彼らは五感を鍛えるべく目を隠したり耳栓をしたりと効果はさておき尋常でない鍛錬を続けている。

 

 しかし彼らの狩りの対象となる『混血』の身体能力は、一般的な人間よりも遥かに上回っていた。拳で地を割るのは当たり前、そこに炎や熱を操る異能が加わるのが混血の生態である。

 

 だから何の力も持たない人間が混血に挑むという行為は無謀の一言に尽きる。実際、八朝の暗殺術とは複数人で一体の混血を殺害するという非効率なものだった。また、そのうちの誰かの死を前提とした作戦を実行することも決して珍しくはない。その風習に勝馬が強い忌避感を覚えていたことも、今は昔というやつだ。

 

 閑話休題。

 

 「それに、いつもより魔力の流れを感じる。パスの繋がりを強くしてくれてるんだな」

 

 パス。意訳すると通行許可証と言うべきか。

 

 勝馬と橙子の間にはとある繋がりがある。勿論その”繋がり”は目に見えて分かるものではない。魔術師の間では『パス』という言葉で伝わる魔術的な連結。両者の間で円滑な魔力のやり取りを行うために編み出されたソレは、仕組みとしては極東のとある儀式におけるサーヴァントとマスターの関係と酷似している。

 

 ただし橙子と勝馬のパスは単なる魔力のレイラインに留まらない。と言っても、橙子のお遊びが過ぎて色んな機能が面白半分に付け加えられてるだけなのだが。基本的な機能、というか目的は相互の魔力幇助である。因みにその基礎となっているのは、今も勝馬にかせられた首輪だったりする。

 

 「補助くらいはしてあげないとね」

 

 「助かる」

 

 実のところ、勝馬は視界が途絶えようとも日常になんら支障を来さない。それは主人たる橙子も心得ている。とすれば一見無駄に見えるフォローだが―――

 

 「癖は抜けないな」

 

 「そうね」

 

 霊墓アルビオンで培った互いをカバーし合う精神と行動。特に一方が危機に陥った場合には、死に物狂いでその死角を埋める。元々代行者や執行者に命を狙われる身の上にあるのだから、その下地はあったのだろう。だがやはり彼の地で得た教訓は決して少なくなかったという事だ。

 

 「しかしマイオ君には悪いことしたかな」

 

 「さぁ? でも後でその辺の事情は話しておきなさいな。というか、魔眼のことマイオに話してなかったのね」

 

 「そりゃあお前、一応この眼球は切り札だからな」

 

 ほら、またこれだ。この男はどうも気が抜けてるようで、その実しっかり本質は抑えている。相手が友人であろうとも手の内だけは語らない。己が誰の所有物であるのか理解している証左である。

 

 当たり前のことなのに、それが何だか橙子は嬉しかった。しかしそれにしても今日は一喜一憂してばかりだと、自分らしくない所感に橙子は一息つく。少しばかりはしゃぎ過ぎた、自制しよう。

 

 「ならばよし。さっさと部屋に戻りましょうか」

 

 視線を濃霧の先に向けると同時に、橙子は足元で奇妙なうごめきを感じた。それが即座に魔術による代物であると橙子は悟り、勝馬もまた見えない視界の中で不自然に感じた(魔術)を読み取った。

 

 

 「おやおや、これはこれは。いるんじゃないかと勘繰っていたが、やはりいたか。オレの馬鹿弟子は」

 

 

 ―――それは老女の声だった。しかし加齢を思わせない快活さは、勝馬はともかくとして橙子の知る人物であった。

 

 「……イノライ先生」

 

 会釈と共に告げられた橙子の言葉は重々しい。挨拶を受けたイノライなる人物は、耳にかかっていたイヤホンを外して両者と対峙する。

 

 「魔術師が機械、しかもロックだって?」

 

 勝馬は僅かな変化すらも聞き逃さなかった。橙子の警戒心と老女が取り巻く業の質からして、並々ならぬ魔術師である事は分かっていた。それだけに機械を取り扱っていたことが、彼からすると大変奇妙に思えた。

 

 原因と結果を突き詰める科学は神秘と対極の立場にある。したがって科学が進歩すればするほど神秘は暴かれ、神秘を神秘のままとして取り扱う魔術は衰退していく。ならば魔術師が科学やソレに由来する製品なんぞ好むはずがない。

 

 少なくとも彼はそのように弁えていたのだが―――

 

 「良い聴覚だ。随分と面白い男を捕まえたな、トウコ」

 

 「その呼び方は……いえ、良いでしょう。待ち構えてましたね?」

 

 問い掛けには答えずに寧ろ質問で返した橙子の態度に、イノライは小さく笑みを零す。十年、二人を隔てた時間はそれだけ長かったという事だろう。

 

 「お前が逃げるからだ。せっかく忘れ物を届けてやろうと思ったのに」

 

 「忘れ物?」

 

 「これさ」

 

 そういって懐から取り出したのは『煙龍』という銘柄が刻まれた煙草の箱だった。

 

 「懐かしいですね。頂いても?」

 

 「もとからお前のだ。だが代わりに一本もらうぞ」

 

 「それはもちろん」

 

 箱を受け取った橙子は、そのまま煙草を3()()取り出した。一本を自分が咥えて、残りの二本は己が師と使い魔に分配する。

 

 「おい橙子、こりゃあひょっとして」

 

 「懐かしいでしょ?」

 

 他愛のないやりとりをしつつ、橙子は咥えたシガレットにライターで火をつける。そして目の見えない彼の顔に橙子は近づいて―――

 

 「動かないでよ」

 

 「ん」

 

 煙草と煙草を接触させる形で、勝馬の咥えるソレにも火をつけた。「おお」と歓声を上げたのはイノライ女史。彼女もまた「ではこちらもお願いしようか」と告げると、橙子は「いいですよ」と快諾してジッポライターを灯し、それを突き出す。

 

 「はは、あからさまじゃないか」

 

 「でも分かって頂けたでしょう?」

 

 「ああ。これ以上ないパフォーマンスだったとも。心底意外だがね」

 

 「そうでしょうね」

 

 そこでようやく二人は互いの顔を見ながら笑い合った。恩義と因縁が絡み合った両者ではあるが、その空気は少なからず穏やかだった。

 

 「というかこれ、くっそ不味いな」

 

 「前にもそう言った筈ですよ」

 

 「誤魔化しにしか聞こえんだろうが、そんな言い方じゃあよ。ああ畜生、少し損した気分だ」

 

 老女は苦笑しながら悪態をつく。しかしそんな不味い煙草でも最後まで堪能しようとするのだから、魔術師らしい探求心は持ち合わせていると見えた。

 

 しばらく三人は深く煙を吸い込み、そして吐き出すというルーチンを繰り返す。静かな時間が流れる。気づけば濃霧は晴れ、暗い闇が周囲を覆っていた。恐らく社交会も終わったのだろう、人々の賑わう声も聞こえなくなっている。

 

 「さて、彼を紹介してくれないか」

 

 静寂を破ったのはイノライだった。勝馬はその老女の視線を感じたので、改めて軽く会釈をする。

 

 「どうせ先生はご存じなのでしょう?」

 

 「まぁな。だが()()()()は必ずしも同義ではないのさ」

 

 「なるほど、それは道理です。では改めて、彼は八朝勝馬。先生に分かりやすく言えば、『簒奪者(usurper)』でしょうか」

 

 橙子の紹介に、勝馬はどこか痒みを覚えた。漫画やアニメといった創作物における二つ名は得てしてカッコいいものだ。少なくとも目の前の老女よりも精神的な年齢で言えば年上の勝馬でも、そうした渾名には未だに心が躍る。

 

 とはいえいざ自分が呼ばれるとなると、些か恥ずかしかったのである。

 

 「初めまして、勝馬です。えっと、イノライさん……?」

 

 だから無難に挨拶を済ませる。しかしよくよく考えると相手のフルネームを知らない事に気づいた勝馬は、言葉尻に疑問符がついてしまった。

 

 「ああオレとしたことが済まない。イノライ・バリュエレータ・アトロホルム、しがない魔術師さ」

 

 そう挨拶を交えて、イノライは己の右手を差し出す。服の擦れる音から何となく勝馬は老女のやりたい事を察して、彼もまた右手を差し出す。ハンドシェイクの文化は万国共通だった。

 

 「騙されないで。この人時計塔の君主(ロード)よ」

 

 「おいおいトウコ。そういうのは言わないのが面白いんだろうが、いや約束かな?」

 

 「そもそも橙子が先生って呼んでる時点で色々察してるよ」

 

 なんなら勝馬の前に立った時から、その()()()()は伺えた。数々の魔術師と矛を交え、そして制してきた彼だからこそ分かる。

 

 この老女は別格だ。

 

 それもただ魔術の技量が高いだけではない。もっと根本的な人間力、精神の部分でイノライは完成されている。それでいて驕らない姿勢はこの難物をより強固にさせていた。

 

 「―――しかし君、目はどうしたんだ。最近、というか今日潰れたようだが」

 

 「あまりにも黄金姫に感動して目を潰しました。―――分かりますね?」

 

 イノライの問いに勝馬は答える。暗に「詮索しない方がいいですよ」と忠告を添えて。

 

 勝馬の『簒奪者』という名は時計塔でもかなり広まっているが、その実態は意外なことに明らかになっていない。ただ分かっている事は『執行者』を返り討ちにする手段を持ち、彼に敗れた一部の者は()()()魔術が使えなくなるという事である。

 

 だからイノライは『簒奪者』という橙子の使い魔は、単に高い戦闘力と超能力を有しているに過ぎないと認識していた。だがどうやら腹芸の一つや二つぐらい、出来ないわけではないようだった。

 

 「これは。ふむ、第一印象は当てにならんな」

 

 殺気というほど大仰なものでもない。しかし確かに、勝馬はイノライに対して一分の敵意を向けた。そして驚くべきことにその敵意はまるで蛇のようにイノライに纏わりついている。有体に言えば、彼女はその一瞬のみ恐怖したのだ。

 

 「分かって頂けたようで何より」

 

 「……不殺はお前の指示かと思ったが?」

 

 「私ではなく彼の判断です」

 

 「それはそれは」

 

 意思を持った使い魔というのは別に珍しくもないが、橙子のように主人が使い魔を尊重するという例は珍しかった。なんせ使い魔は魔術師の道具である。そして道具は持ち主の意にそぐわない事をしない。

 

 だがイノライが見る限り、少なくとも二人はそうした古臭い従来の関係には見えなかった。信頼とも恋慕ともつかない、もっと深い関係。だが結局のところ魔術師と使い魔という言葉が当てはまるような、そんな妙な印象を老女は受けた。

 

 「藪蛇だったな。ちょっと小突けば手品が見られると思ったんだ、許してくれ」

 

 イノライは素直に謝意を述べた。このペアは中々に一筋縄にいなかない。牙を向けなければ何もしないのだから、そっとしておくべき。そのように結論付けたのである。

 

 「さてと、実は気になることは別にあってな。トウコ、お前どうしてここにいるんだ?」

 

 「いろいろありまして」

 

 先ほどのやり取りはなかったかのようにイノライは会話を仕切り直した。橙子もあの程度の出来事で、己が師と禍根を残したくはないので自然に応じる。

 

 「あーじゃあ俺は先に部屋に戻ってるよ。師弟なら積もる話もあるだろうしな」

 

 「……そう? ならお言葉に甘えさせて頂こうかしら」

 

 「ん? それは悪いことをするなカツマ君」

 

 「いえいえお気になさらず。それでは」

 

 勝馬は再度礼をすると、盲目とは思えないほどスムーズかつ的確な足取りで陽の塔へと向かっていく。老女は膨大な知識を参照して、それが武術家に共通する歩法で在ることを見抜く。転んでもタダでは済まない、それが彼女の君主(ロード)たる所以だった。

 

 「悪くない。もう少しオレも若ければな」

 

 男の後ろ姿を見送りながら、イノライはそんなことをつぶやいた。最後まで言葉を述べなかったのは、隣で煙草を吹かす人形師がそれを許さなかったからだ。

 

 「随分と入れ込んでるんだな」

 

 「ええ、私も驚いています」

 

 「仙人がどうとか言ってた頃とは大違いだ」

 

 「……今でも憧れてますよ。卓越した力と知識を蓄えておきながら、何もせずただ山の奥深くで生活する。ただどうにも、俗世を断ち切る才能が私にはなかったようで」

 

 遠くを見通しながら橙子は吐露した。

 

 最初は祖父に言われるがままに根源に執着していた。次は家督を継ぐことになった妹に。その次はとある呪いの解呪に。そしてその次は―――。

 

 気づけば橙子は後戻りが出来なかった。理想の超越者を目指すには、あまりにも彼女は得たモノが多すぎたのだ。様々なことに興味を抱かずにはいられないし、何をするにしても利益よりも過程を重視する。人の評価はまるで気にしない癖に、どこかお節介な側面があるから結局人間との交流は絶てない。

 

 どう考えても、蒼崎橙子は己の理想とは程遠い存在だった。

 

 「ふむ。難儀なことだ。だがあの男が居なければ、お前は理想の自分になれたんじゃないか?」

 

 「それはどうでしょう」

 

 「おや?」

 

 「彼が隣に居ようが居まいが、きっと私は私の興味のまま生きていたことでしょう」

 

 何となくだが、しかし確信をもって橙子は答える。

 

 「理由を聞いても?」

 

 「ダメです」

 

 はっきりとした拒絶の意思。そのことに驚きつつも、イノライは潔く引き下がった。そして話題を戻そうと口を開いた時―――

 

 「これは私の問題。ええそう、私だけの―――」

 

 イノライは最後に橙子がつぶやいた言葉を聞き取れなかった。そして聞き取れなくてよかったとも思うだろう。何故ならその言葉とは―――。

 

 

 

 

 

 

 ―――冠位指定(グランドオーダー)だったからである。

 

 

 

 




冠位指定。型月世界にはだいたい二つか三つほどあると思います。
因みにイノライさんはアニメでもちょろっと登場しましたね。ほんとちょい役でしたが、覚えていますでしょうか?

ぶっちゃけ事件簿は……

  • 漫画だけなら見たことある。
  • 小説呼んだぜ。
  • アニメだけなら見たことある。
  • 見たことない。
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