俺の命を救ってくれたのは人形師でした。 作:元ジャミトフの狗
★1998年 9月13日★
『これで
ボロボロのブラウン管から淡々と原稿を読み上げる男性アナウンサーの音声が『伽藍の堂』のオフィスに流れる。橙子と式のためにコーヒーを淹れていた幹也が寝ぼけた口調で「……八人?」と呟いた。
「結局これはどういうこった?」
「何、なまじ空を飛べてしまうから、いずれ来るだろう『墜落する』という事実を忘れてしまった人間がいた。これはそれだけの話さ」
幹也からコーヒーを受け取った橙子が答える。いまいち要領を得ない回答だなと勝馬は感じた。それは被害者であった幹也も同じだったようで―――
「あの、すみません。話が見えないんですけども」
戸惑いがちに口を開く。すると同じく橙子は一息ついて、何やら三文小説めいた口上を呟いた。曰く、巫条ビルで自殺して浮遊していた八人の幽霊は果たして飛んでいたのか、それとも空に墜ちていたのかどうか。話としてはそれだけだという。
「良く分からんが、悲しい話だな」
「どうしてそう思う」
「だってそうだろう。人間の力だけでは空は飛べないんだぜ。それでも飛びたいんだったら
思ったことを思ったままに言う。その言葉の意図を正確に読み取った橙子は緩やかな笑顔を浮かべる。そして勝馬を「厳しい奴だ」と小さく揶揄した。
「……カツマ、オマエは自殺が悪いっていうのか?」
今まで無言を貫いていた式が唐突に会話に参加する。式もまた思ったままに質問をしただけのようで、コーヒーを飲みながら勝馬の応答を待っていた。
「いやまぁ、悪いとは一概には言わないけどさ。でもやりたい事があるんならその為に頑張る事は、決して間違いじゃないと考えただけだ」
もっとも当事者はそれどころじゃなかったのかもしれないがねと、彼は続ける。
決して自殺を悪く言うつもりはない。何故ならそれほどに辛い現実が目の前に立ちはだかるのなら、逃げ出したくなる気持ちも分からなくないからだ。どれだけ種として繁栄しようとも、純然たる事実として人間は決して強くないのだ。だが―――
「
最後に彼は笑ってそう締めた。たとえどんなに苦しくても、どんな罪を背負おうとも人は諦めない事が出来る。様々な業を『視』てきた勝馬だからこそ、確信を持って言える言葉だった。
「なんて、ちょっとカッコつけすぎたか?」
「……いや。別に」
何か思うところがあったようで、式は目を閉ざす。とても大切な、かけがえのない
すると、「ぱん」と、乾いた音が事務所に響く。それは橙子が手を叩いた音だった。
「さて、哲学はこれくらいにしてそろそろ仕事に戻るぞ」
彼女の一言でほんの少しばかり重々しくなった空気が霧散した。この場にいる誰もが思考を切り替える事を苦としないが故である。
こうして巫条ビルの一件は終わりを迎える。何の変化も、何の間違いもなく。
★1998年 9月15日★
二年前の連続通り魔殺人事件。今年7月の人為的な浅上藤乃の魔眼暴走。8月には未来視の魔眼を用いた爆発事件。そして今月の巫条ビルでの連続飛び降り自殺。
それらの事件を踏まえて、蒼崎橙子はオフィスチェアにゆったり凭れながら呟く。因みに眼鏡はかけている。
「作為的だと思わない?」
「そりゃあな」
夜の伽藍の堂。黒桐君と式は既に帰宅しており、事務所には俺と橙子しか残っていない。
現在俺は橙子が教授してくれたルーン魔術の暗記に努めており、彼女は彼女で新しい人形の製作に取り組んでいる。何やら怪しいパーツを弄っては組み合わせているが、アレは関節あたりの部位で良いのだろうか。すっげぇワクワクする構造をしてる。
「さて、それでは勝馬君。この4つの事件の中に一つ仲間はずれがあります。それは何でしょう?」
「え、何その無茶ぶり」
「ふふん」
作業をする手を止めてこちらに向き合う橙子氏。見つめてくる目は悪戯心を丸出しにしており、にっこりと微笑む姿はちょっぴり蠱惑的だった。
橙子の戯れに付き合うべく、仕方なしに暗記帳を仕舞った。そしてしばらく思考を巡らしてから回答する。
「2年前の連続通り魔殺人事件か?」
一応、その事件の調査をした事があるため大まかな内容は覚えている。殺した人間の尊厳を何ら考慮しない、非常に胸糞悪い猟奇殺人事件だった筈だ。
しかし他三つの事件と違う点を述べれば、ソレは恐らく超能力が絡んでいないという事。とすれば仲間外れといえなくもないだろう。
「ざーんねん。正解は8月の方でしたー」
根拠も合わせて答えた俺に対して、橙子は満面の笑みを浮かべて思いっきり否定した。もしかすると想定通りの回答だったのかもしれない。気持ちいいくらいのドヤ顔だった。ちょー腹立つ。
「……うぜぇ」
「そう言わない。魔術師でも傷つくときは傷つくのよ」
「五月蠅い。で、なんで
正直な話、割と本当に理由が分からない。いや、こじつければ幾らでもできなくはない。だが橙子の事だからしっかり理由があるのだろう。ならさっさと聞いて納得したいところである。
「黒幕が同じなのよ」
「爆発事件以外の三つの事件が?」
「そう。浅上藤乃の魔眼を弄った存在がいる事は憶えているわね?」
「ああ」
浅上藤乃の
しかし何の変哲もない少女を殺人の道具として使うその男は紛れもなく外道である。だから今でも個人的に調査を進めてはいる。しかし情けない話だが、相当慎重な魔術師のようでまるで足取りを掴めていないのが現状である。
「そいつの正体が分かったのか?」
「まだ推測の域は出ないけれどね。魔術の癖とでも言えばいいかしら。貴方に分かりやすく言えば、殺人の手口は人によって違うみたいな感じよ」
「ああ、なるほど」
つまり黒幕の正体は分からないが、個々の事件には黒幕が存在している事が分かったという感じか。しかしそうなると一つ疑問が残る。
「結局ソイツは何がしたいんだ?」
浅上藤乃の件はまぁ分からなくもない。俺を殺害したいという明確な殺意があった。だから最初は執行者の線を疑っていたが、そうなると他二件はいったい何だったのかって話になる。
巫条ビルでの一件は詳しく把握してないが、ソレによって黒桐君が数週間もの間昏倒していた事は知っている。もし黒幕の目的が彼の殺害だとするのならあまりにも回りくどい上に、そもそも黒桐君を殺すことのメリットを俺は見いだせない。彼は善良な一般人であり、魔術師の好む
連続通り魔殺人事件も同様である。というか、その時期はまだ俺も橙子もこの街に腰を落ち着けていない。橙子が黒幕が同一人物であると断言している以上、執行者の可能性はこれで潰える訳だ。
「悪くはないが思考の巡りが良くないぞ。話はもっとシンプルだ」
橙子の口調から尊大な印象を受ける。彼女を見れば、案の定眼鏡を外していた。
「というと?」
「答えは式だ」
「え?」
アホ丸出しな顔をしている俺が面白かったのだろう。橙子はにんまり愉快そうにして言葉を続ける。いつか絶対この女魔術師を泣かす事を決意する。
「前にも話したが式は
「あーなるほど」
橙子の一言でようやく色々合点がいった。
魔術師とは基本的に『根源の渦』と呼ばれるモノを目指している。俺も全てを理解している訳ではないしあまり知りたくもないが、橙子の言う根源とはつまるところ究極の知識。もし至る事が出来れば文字通り何でもできる
ただここで重要になってくるのは、魔術師はその根源に到達するために
そして橙子曰く両儀式という少女は根源に触れた可能性があるらしい。だから万物の死を視る『直死の魔眼』とかいう危険極まりない超能力を得てしまった。挙句の果てには得体のしれない魔術師に付け狙われていると。非常に不運だと分かる。
「俺を狙ったのは式に干渉し得るからか」
「それもあるだろう。だがそれ以上に黒幕はお前が欲しかったのかもしれん」
「俺が?」
「ああ、正確にはお前の『眼』だ。お前の『眼』は人の
橙子の言葉に頷く。業と精神は密接な関係にある。例えば殺人を犯した人間の精神は淀んでいる事が多く、逆に殺人を忌避する人間は善性に富んだ精神をしている場合が多い。
「そして黒幕の目的は根源の到達、式という分かりやすい例を放って置くわけがない。特に両儀式という人間の精神状態を完璧に観測できるのであれば、垂涎ものだろうさ」
「えーとつまり、黒幕にとって式の精神と根源到達は超密接だという事か?」
「一先ずその認識で間違いはない。だからこそ、黒幕は残りの二つの事件を引き起こした。なんせ式を揺さぶるのにうってつけだったからな」
なるほど、分かるような分からないような。ただそれでも分かることは―――
「要するに俺は俺自身の安全に気を遣いつつ、橙子だけでなく
「…………ああ、そうだな」
なんだろう。橙子の声音が僅かばかり沈んでいる気がする。返事をするまでも結構間が空いてたし。言い換えればお気に入りのおもちゃを取り上げられて寂しそうな猫って感じ。
「え、なに。そういう意味じゃないの?」
「いや、いい。お前はそれでいい。あの二人の恋路を邪魔されるのは私の本意でもない」
だが、と彼女は付け加える。なんだろうと思って耳を傾ければ―――
「お前は私のモノだ、それだけは忘れるなよ」
だなんて、至極当たり前の事を言ってくる。だいたい独占欲有り余って首輪までつける女が何をいまさら。なんなら外したら爆発するルーンも刻んでるんだろう?
「おうよ」
それでも返事をするのが忠犬というものである。
ぶっちゃけ事件簿は……
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漫画だけなら見たことある。
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小説呼んだぜ。
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アニメだけなら見たことある。
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見たことない。