ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者   作:眠猫の玉手箱

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 更新遅れてすみませんでした。その分いつもよりも少々長めになってます。
 お気に入り登録や評価下さった皆様、誠にありがとうございます。

前回までのあらすじ
 暴走する解放隊より先に第5層フロアボスを倒すため、集ったキリト達18人。そこにALSの生産部部隊長であるマクラギが現れる。警戒する面々だったが、ヒルコの行動を皮切りにマクラギのサポートを受ける。
 その後、マクラギの紹介でやって来たヒースクリフを加えてキリト達はフロアボスに挑むのであった。
 なお、マクラギはボス戦には参加せずに生産部に帰った。

<あとがき(移転済み)>
 第5層フロアボス戦に関しては次の話で語る予定です。
 次回更新は一週間以内に出します。


師走の祭り

 マクラギ目線

 

 アインクラッド第5層カルルイン。カウントダウン・パーティ用に設営された生産部のキャンプには、怨嗟の塊が待ち構えていた。

 

「ただいま戻りました」

 

 時計を見る。本来はパーティ開始3時間前には居る予定だったことを考えると、なんと5時間超えの大遅刻である。アーガスだったら、その日ががタダ働きになるペナルティを与えられるほどだ。恐ろしい恐ろしい。

 

「えーっと皆……怒ってる?」

「怒る元気も残ってない」

 

 怨嗟の塊こと、疲労困憊のナナが呟く。その言葉の一言一言に地獄の縁から汲んできた呪いが詰まっているのがよく伝わってくる文句だ。

 

「なくなった高台の建材をなんとか別の場所から調達して設営できたと思ったら、屋台に変なジジイクレーマーがPOPして、ようやく追い払って……そうした矢先にDKBにALSの所在について詰められて……なんで私しか責任者が居ないの? マクラギはともかくリーテンとシヴァタはどこ行ったのよ。

 おかしいでしょ、本来は向こうからの提案だったはずなのに、気がつけばどこかの馬鹿部長が無駄に案件抱えてきて作業量が増えていく。そこまではまだ許せる。役割の割り振りには助けられたし。

 それが当日全員責任者逃亡? ふざけんな。はぜろよ、あのバカップル。煩悩108以上抱えてるでしょ。仕事押し付けるために責任者は存在してるのに、逃げるな。立場から逃げないでよ」

 

「ごめんなさい」

 

 ナナの言葉に気圧される。

 彼女……というか生産部がここまで忙しくなった原因の一つは、間違いなく俺がカウントダウン・パーティー関連の仕事を断らなかったせいである。

 一応言い訳させてもらうと、俺が休憩時間なしで動けば、人員的な余裕もできていた。それならば突発的に発生するであろうクレーム処理やトラブル解決込みで考えてもなんとかなる(見込み)だったのだ。

 

「休む。もうやることもないし、後はなんとかして」

「ごゆるりとお休みくださいませ」

 

 ナナが俺の横を通るその瞬間、俺にだけ聞こえる音量で彼女は呟いた。

 

「それに、熟睡しないとずっと最悪の事態を想像してそうだから」

「……」

 

 多分彼女は寝ようと起きてようと、ずっとフロアボスの討伐へと向かった姉のことを考えてしまうのだろう。

 そのまま彼女は、転移門の方へと消えていった。

 

「マクラギさん。後でちゃんとナナのこと労わってあげてください。本当に頑張ってましたから」

「OK、そうするよ。ワザマも悪かった。当日に急にいなくなって」

 

 俺がそういうと、技マシン20は微妙な表情を浮かべた。

 

「いや流石に困りましたけど、マクラギさんがしっかりと役割を分担していてくれたおかげで、何とかなりました。ところで一つお伺いしたいんですが……」

 

 そう言って、彼はスケジュール表を出した。

 

「なんですかコレ」

「これって……ただのシフト表だが?」

 

 なんの変哲もない、俺が作成した通りである。一切の変更は加えられていない。

 

「マクラギさんの休憩時間どこにあるんですか?」

「ないよ」 

「ない?!」

 

 正気かよ……と生産部の誰かが呟く。

 どうやらなにかやらかしてしまったようだ。

 

「他の人のシフトはきちんと……休憩時間あったよね?」

「マクラギさん以外は()()ありました」 

 

 当然を特に強めて言う技マシン20。

 よかった。よかった。

 

「つまり俺の意図した通りだったと、なら問題はないだろう」

「大ありですよ?!」

「?」

 

 意味が分からないよ。技マシン20だけかと思いきや、他の皆も同調しているように頷いているし。

 

「休んでくださいよ、ほんと。このままじゃいつか倒れますよ。マクラギさん」

「分かった。休むよ。……で、今なにか手を貸す必要のある仕事ある?」

「分かってない。この人絶対になにも分かってない」

 

 技マシン20は頭を抱えてしまった。よく分からないけど大変そうだな(他人事)

 

「実際、生産部の仕事はもうほとんどありませんよ。ほとんどが企画・設営段階で仕事終わってますし、今は料理人くらいしか仕事が残ってません。それにしたってALSが大幅に遅刻したせいで、予想以上に人手が余ってますし」

「つまり俺がカウントダウン・パーティでやることは……」

「ないです。大人しく休んでいてください」

 

 仕事ないのか……。少々張り合いがないというか、拍子抜けである。

 

「分かった。ところで、あそこのスペース使っていい?」

「問題ないですけど……」

 

 端の空きスペースを指さしながら聞く。どうやら今のところ使用されていないようだ。

 

 ストレージから携帯鍛冶台を出す。鍛冶スキルの熟練度上げでもしていよう。

 しかし、鍛冶槌を手に取ったところで手を掴まれる。

 

「休む気全くないじゃないですか?!」

「大丈夫、熟練度上げをするだけだから」

 

 天井を仰ぐ技マシン20。視点の先、ただの布だよ?

 

「俺、マクラギさんが自分と同じように部下に過酷な労働を強いるタイプの上司じゃなくて本当に良かったと思います」

「…ありがとう?」

 

 これは誉め言葉として受け取っていいのだろうか? 働きやすい職場へ向けた環境整備なんて、上に立つものとして当然の責務だと思うのだが。

 

「俺には分からないですけど、責任感の強いマクラギさんが、仕事をドタキャンするなんてよっぽどの大事だったはずです。きっとマクラギさんが気がついてないだけで、精神は疲労している。そう俺は思いますよ」

「大丈夫大丈夫」

 

 別にヒルコ達と違って命を賭けているわけではない。どんなに疲労していても問題はない。

 

 これまでずっとそうだったのだから。

 

 

 

「暇って言うならマクラギさん、ちょっと付き合ってくれません?」

 

 再び鍛冶槌を握りしめようとする動きを止めたのは、一人の女の声だった。

 

 

 

 

 カランコロンと下駄の音が響く。辺りには屋台が立ち並び、かつてない盛況が生み出されている。

 

「皆楽しんでますね。私ィとしても努力が報われる気分です」

 

 そして、着物姿のラサキはこちらに振り向いて言った。

 マクラギさんも楽しんでいますか。と

 

「もちろん楽しんでますよ」

 

 俺は内心の動揺を隠しながらそう答えた。

 

 

 あの時、「付き合ってくれ」と俺に声をかけて来たのはラサキだった。言っておくが告白ではない。勘違いした気ぶり野郎(俺ではない)は直ぐに訂正を入れられていた。

 彼女曰く、カウントダウン・パーティを見たいとのこと。せっかくだし誰か誘おうと思ってテントに来てみたら、暇になった俺が居たとのこと。

 

 ……普通それで異性誘う?!

 

 俺なら人目があるところで到底そんなこと、特にラサキ(無茨 蕾)相手は無理である。人目のない所なら誘えるのかって? ……察しろ。

 

 しかも今のラサキの姿がなんというかこう気合が入っている。髪型は普段のショートとは違い、昔と同じようなロングヘアである。それに、品のいい黒い着物。あの頃よりずっと大人びて見える。……本当に綺麗になった。

 

「髪伸ばしたんですね」

「この世界なら気軽に床屋で伸ばせますから」

 

 リアルでこのロング維持しようとしたら髪が痛んで大変ですよ。と、笑うラサキ。

 そういえば昔、まだ付き合っていないころに好きな髪型を聞かれて"ロング"と答えたことがあった。……もしかして、それを受けてあの頃は手間暇かけてあの髪型にしていたのだろうか。中学の時の俺、もしかして凄い無茶振りしてた? ……ホントごめんなさい。

 

 届かない謝罪を目の前の相手に告げる。当の本人はなんにも気がつかずに、なにかの屋台に目を向けて楽し気に笑っている。

 彼女の目線の先を見る。

 青染めの屋台のれんに、墨字で的と矢の絵が描かれている。

 縁日でよく見るような射的の屋台がそこにはあった。

 

「射的ですか」

「せっかくだから、やっていきましょうか」

 

 彼女の誘いに頷き、足をそちらに向けた。

 

 

「マクラギ部隊長とラサキさんじゃないですか。……オレ何かやっちゃいました?」

 

 屋台の店主は最近生産部へ入部した新入りだった。ここに出店している屋台の9割は生産部の息がかかっているので、ある意味必然と言えば必然である。

 上司の顔を見て、思案気な表情を浮かべる新入りに、「ただの観光だから気にしなくていい」と言い含める。

 

「そういえば知ってます? この銃、ファンラさんが作ったんですよ」

「アイツも、黄金の果実で遊んだり、花火つくったり(爆弾破裂させて生産部の備品に打撃を与えたり)なんだかんだ手広くやってるな……」

 

 ラサキが射的用の銃を見せびらかす。銃と言っても、輪ゴムを飛ばすだけのものだ。当然火薬は使用されていない。

 

「先やっていいですか?」

「どうぞー」

 

 ラサキが的に銃を向ける。

 

 的には、ポーションやインゴットといった実用的な製品から、木彫りのアクセサリや髪飾り、キャラメルと言った娯楽品まで色々な商品が飾られている。

 

 その中でもラサキが狙うのは、一際高いところに飾られたテディベアだ。高さは15cmほど。すごく安定した置かれ方だ。射的一回つき5発しか撃てないので、倒すのは中々に難しいだろう。

 

 事実ラサキが初弾を見事に命中させるが、倒れる様子はない。

 

「にしても、あのテディベアなんというか品があるな」

「あぁあれアシュレイさんのですよ」

「あの人の作品なのか」

 

 アシュレイとは、個人で活動しているアインクラッドの中でも有名な縫製職人だ。主に服を取り扱っているとは聞いていたが、テディベアも取り扱っているとは知らなかった。ちなみに彼女については、何度か生産部に入ってくれないかと打診しているが、なしのつぶてである。彼女ほどの著名人ならば素材の入手口に困ることはないため、わざわざ生産部、というかギルドに入るメリットがないのだろう。

 

 当然個人である以上、市場に出回る流通量は其処まで多くない。だからこそ、看板景品として一番目立つ位置に飾られているのだろう。当然そう簡単に落とせるようにはしていないはずだ。

 

 事実、ラサキが5発中4発命中させるが落ちる気配は全くしない。

 

「うーん、落とせないな……」

「俺もやってみてもいいですか?」

「どうぞー」

 

 店主に料金を払って銃を手に取る。

 ラサキは知らないようだが、実を言うとファンラのテスターとして、この銃と同系統のものを何度か撃ったことがある。そのためちょっとは取り扱いに自信があるのだ。

 

 両手で銃を構えて、銃口を定める。プロのスナイパーならば片目になる場面だが、残念ながら俺の場合片目だと距離感が狂うため両目をこれでもかと限界まで開く。

 銃口の先はテディベアの中心……よりちょっと上。SAOで使用されている物理エンジンの都合上、この辺りを狙うのが一番だ。

 

 引き金を引く。

 はじかれた輪ゴムは見事に───

 

「スカ!」

 

 ───テディベアの脇を通り過ぎていった。屋台の柱に当たってそのまま地に落ちる輪ゴム。

 

「もしかしてマクラギさん下手───」

「さ、最初の一発はエイム練習だからセーフ」

 

 ファンラに持たせてもらった銃とは、少々癖が違ったのだ。だが、先ほどの一発で大体の照準のずれは見抜いた。そう言っても過言ではない。

 

 2発目はテディベアの上を通過して、店の裏に落ちた。

 3発目はテディベアを載せている台に命中した。台が揺れた。

 

「…マクラギさん___「まっまだエイム練習中ですから」」

 

 一発ごとにラサキの笑みが薄れて、あっこれネタに出来ない奴……と察したような顔をする。

 

 一回落ち着こう。アインクラッドでは内心の動揺がダイレクトに手先にくる。微かなものではあるが、細やかな狙いが要求される射的ではあまりにも大きなファクターだ。

 

 呼吸を整える。思考は平穏。心境は穏やか。管理者であることも、ヒルコ達が今も戦い続けていることも、隣にラサキが居ることも、心を乱す要因は全部全部全部───忘却して銃を構える。

 

「ヒット……ヒット」

 

 残りの2発は見事に命中した。それでも、テディベアは揺れはすれども落ちる気配はない。

 

「もう一セット頼む」

「はいはい」

 

 銃を装填し直してもらう。もう外さない。5発全てが狙い通りに当たる。

 

「上手ですね……落ちる気配がないですけど」

「……」

 

 さて、どうしたものか。正直いつもならばこんな無理条件の台は無視するのだが、ラサキが狙っているのだ。せっかくだし取って上げたい。

 

 考える。今までの輪ゴムの弾道や、命中地点を細かく頭の中で分析して、どうやれば落とせるのかを考える。

 正攻法では無理だ。輪ゴムでは火力が足りない。

 

 だが、邪道ならば?

 

「もう一セットだけやってもいいですか」

「どうぞ。賭け事にはまり込んで、損をギャンブルで取り戻そうとしている人みたいですね」

 

 私ィの知り合いにいたなー。スロットに熱中して、有り金全部失った人。とぼやくラサキ。……まさか、ご機嫌ななめっていらっしゃる?! いや、俺は(ラサキ)のことを思ってやっているのであって、決して射的にはまってないがしろにするつもりは───(以後自己保身と言い訳が続くため割愛)

 

 なんにせよ、これで最後にした方が良さそうだ。

 

 打ち出した輪ゴムがテディベア……ではなく、その下の台へと当たる。

 

 

 台が揺れた

 

 

「……ん?」

 

 なにかしら嫌な予感がしたのか、店主が怪訝な声を上げる。

 動揺して外したわけではない。狙った結果だ。

 

 実は屋台の建材は凄く質の悪い木材で出来ている。はじまりの街の定期的に受けられるクエストで耐久値の低い木材が大量にもらえるのだ。ついたあだ名が"廃材"。

 

 とは言え、本来ならば耐久値が低いとはいえ半日間屋外で使用する程度ならばポリゴンの塵に還ることはない。そのため、屋台の材木用に大量に確保したのだ。1日で潰す屋台程度に真っ当な木材使用したらコストがかさんで仕方ないからね。しょうがない。

 

 それでも数時間屋外にさらされて、流れ輪ゴムをバンバン当てられていたらどうだろうか?

 

 残りの輪ゴムを撃ち込む。そのたびに揺れが大きくなっていく台。台の構造自体は単純だ。"廃材"に"廃材"を固定しただけの簡単な代物。実用の面からすると最悪だ。衝撃が走るたびに"廃材"同士がお互いの耐久値を削っていく。

 

 残り2発で下の板にひびが入る。

 

「ストーップ!!」

 

 なんか店主が叫んでいるが気にしない。素早く残りを打ち込む。

 

 ガラガラと崩壊する台と、落下する景品を前にして、俺は一仕事終えた時のような清々しい笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

「うわぁ……」

 

 一方、ラサキは少し引いていた。……やっべぇやりすぎた!

 

 

 

 あの後、「事故! 事故!」 と言い張り、崩壊した台を再度作り直し(消滅した木材はこちらで補填した)、その後店主からの()()ということで落ちた景品の内テディベアのみもらってきた。

 

「残念ですね。()()()()射的の台が壊れてしまうだなんて」

「ソーデスネ」

 

 偶然偶然と、おまじないのように唱える。

 

「……まぁいいや。テディベアありがとうございます」

 

 胸元の熊を眺めながら、彼女は独り言のように呟く。

 

「リアルで大切な友人から貰った奴と少し似てるんですよ、このテディベア。このどことなく生意気そうな表情が特に」

 

 茶色い鼻をつまみながら彼女は笑った。

 

「マクラギさんのおかげで、大切なものが一つ増えました」

「……どういたしまして」

 

 その表情に見惚れたのを隠すためにそっぽを向いた。

 

 それはそれとして、かつての彼女がテディベアを所持していたなんて話は聞いた覚えがないのだが。誰からもらったのだろうか?  ……元カレとかだと色々悲しいから、深く考えるのはやめておこう。

 

 射的の屋台の次に訪れたのは、飯屋台だった。

 

はふらぎはん、ほれふごふほひしひですほ(マクラギさん、これすごく美味しいですよ)

「口の中にモノを入れて喋るのは良くないのでは?……なにこれ美味い」

 

 はふはふしながら喋るラサキに追われるような形で、俺もたこ焼き(モドキ)を口に放り込む。

 うまい。たこ焼きというには、若干イカの風味がタコに混じっているが、不思議とミックスしており、更にソースともマッチしている。

 

「はほはきがはるのにはへへてる?!《たこ焼き入ってるのに喋れてる?!》」

「口を動かさずに発音するような形で……口の中を意識せずに……頑張ればいけます」

「一気に抽象的になりましたね……私ィ喋れてる?!」

 

 リスのように膨らんでいるのにも関わらず、流暢に話す彼女は見てて中々に面白い。

 

「ごちそうさまでした。次はあのお店行きません?」

「行きましょう!」

 

 嬉しそうに駆けだす彼女の背中を静かに眺めた。

 

(蕾とは別の形で再会したかったな)

 

 そんなことを思いながら。……まともな再会したら、それはそれで泥沼必死だけど。

 

 

 

 焼きとうもろこし、かき氷(ストロベリー味)、大判焼き、りんご飴、ソフトクリーム、ランダム饅頭、寒天飴……以上がラサキが食べた品である。

 ちなみにランダム饅頭はあの思い返すのも苦痛なあのラーメン屋のと同一である。なぜそんな刺激物が一般の屋台に紛れて販売されているのかは一切が謎である。全くの余談だが、ラサキはリンゴ味で俺は吐瀉物を処理した雑巾のような味だった。これでも前回よりはマシだと断言できるのが本当に酷いと思う。

 

「おいしいおいしい」

 

 彼女もご満悦である。危うく食べすぎでは……? と口に出た言葉を飲み込む。代金は軽く2kコルは超えているだろう。これがリアルならばカロリー計算するだけで目の前が真っ暗になる。

 

「お祭りですからね。こういう時にため込んだコルは使うべきなんですよ。おかげさまで結構な額貰ってますから」

「圏外での狩りの分もありますからね」

 

 圏外での稼ぎは、全員で共有するALSとは違い、生産部では基本ドロップしたプレイヤーのものである。

 そのため、度々圏外に出ているラサキ(と技マシン20)はかなりの高給取りである。

 

「というか、マクラギさんだって私以上に稼いでいるでしょうに。思った以上に浪費しないんですね」

「根が小市民なんで」

 

 ウソである。単純にお金がないだけである。

 流石にヒルコ達、第5層ボス攻略部隊の装備をメンテナンスをこちら持ちで行うのはきつかった。

 そもそも、俺の収入は圏外での狩りのみである。生産部からは俺の給料は出ていない。正確にいえば財政誤魔化して俺の給料は全額生産部の維持に回している。経理を俺一人で握っているからこそできる荒業である。

 

「もっとマクラギさんは贅沢をしても許される立場だって私は思いますよ」

「ははっ」

 

 ラサキの言葉を笑ってごまかした。したくても、できるだけの余裕がないんだよこっちは!

 あー明日以降飯どうしよう。黒パンか?素材そのままの味を活かした黒パンいっちゃうか? 生産部の料理長ことリョウケンが試作品持ち込んできてくれないだろうか───駄目だ。彼明日休みだ。なんなら生産部全員明日は正月休みだ。かつてないほど貧相な正月になりそうな気がする。

 

 そんな低俗な悩みに気づかずにラサキは駆けていく。

 

「イカ焼きの屋台だ。行きましょう!」

 

 走っていくラサキの背中を眺めつつ、俺は───

 

 楽しんでいた。

 

 (楽しいんだ。楽しいんだ……)

 

 きっと、この世界がデスゲームじゃなければもっと楽しかっただろうに。

 罪悪感を知りながら、俺はラサキの背中を追いかけた。

 

 

 

 幸せな時はずっとは続かない。人生は苦難と幸福の連続。そんなことは分かっていたはずなのに……

 

 

 

 

「よう、マクラギさんよ。ちょっと話があるんだが……なんのことか分かってるだろうな」

「……ここまでか」

 

 声の主を見た瞬間、俺は天を仰いだ。

 

 DKBのリーダーであるリンドがそこにいた。

 ブチ切れていた。仮想世界特有の感情のオーバーリアクションも相まり、まるでどろっどろの黒いマグマのような顔だ。

 

「ついてきてもらうぞ、ALSの生産部部隊長さんよぉ。ALSの攻略部隊がどこに行ったのかを話してもらうためになぁ!!」

 

 拒否できるはずがない。拒否しようものならばこのまま(圏内にもかかわらず)刺殺されかねない勢いである。

 今の気分は、天国から一転、加工工場に送られることを自覚した家畜のようであった。

 

 

 だからこそ───

 

「あなたはだれですか」

 

 後ろにいたラサキが呟いた言葉は、俺には届かない。

 

 

 

 

「……つまりは、あの馬鹿(キバオウ)がフロアボス攻略に挑んでいると」

「そういうことに……なりますね」

 

 事情を知って、リンドは頭を抱えた。

 

 ここは5層の観覧席。パーティの締めを飾る花火のために、(多分)生産部の手により急造されたものだ。

 DKBとALSの貸し切りではあるが、周囲にはDKBの関係者しかいない。

 

「たまやー」

 

 なぜかついてきてくれたラサキと俺を除く。何処からか調達してきたイカ焼きを肴にし、DKBの女性メンバーと共に花火と酒を楽しんでいる。花火を見るには大分いい所を陣取っている。楽しんでいるようで何よりです。

 

「なんだってアンタALSを止めなかったんだ。そんな無茶を」

「俺だって止められたら止めてましたよ。何が悲しくてDKBに喧嘩売るようなことをしなきゃいけないんですか。」

 

 止められなかったから全面協力したけど。と口に出さずに呟く。

 

「こうしちゃいられませんよ。リンドさん。今すぐ出発してALSに討伐される前にフロアボスを討伐しに行きましょうよ!」

 

 DKBの……名前なんだっけ? 片手剣使いでリンドの副官Bの……そうだキャスケット(casket)だ。そいつが、無謀なことを言いだす。

 

「現在のDKBの前線巨大迷路の前ですよね。今から向かってALSが討伐するまでにボスフロアにたどり着けるんですか?」

「無理──「できらあぁぁぁーアッ」ガクッツ」

「大丈夫ですか?」

 

 キャスケットがリンドの言葉に被せるように言うが、お酒が回っていたのだろうか、足を滑らせて伸びてしまった。

 ……いや冷静に考えて、なんで仮想世界の酒で前後不覚になるまで酔っぱってんだよ。リアルの点滴でお酒でも注入されてんのか。

 

「」zzz

「寝てんなコイツ」

 

 まともな思考ができないバk……面倒そうな奴だから放っておこう。

 リンドさんも似たような思考に至ったのか、面倒そうな顔をしながら、倒れたキャスケットに毛布を掛けてからこちらに振り向く。

 

「残念ながら結果待ちか。隊員の殆どは前後不覚。ALSはとうの昔に出発した後と言われてしまえば──そうするしかないだろう」

 

 チッと花火の弾ける音に紛れ、舌打ちの音が耳に届く。

 

「一応聞いておくが、このパーティも抜け駆け作戦の一環じゃないだろうな?」

「まさか。俺のことは信じてもらわなくて構わないですが、シヴァタさんとリーテンさんらの頑張りだけは信じてやってください。結果的には失敗になりかけているとは言え、彼らが2大ギルドの融和を考えていたのは事実ですから」

 

 お前に言われなくても分かってるとでも言いたげな顔をするリンドさん。てめえが言わせたんやろがい。

 

「俺達にバレないように武器のメンテナンスを終わらせた手腕は見事だ」

「……ありがとうございます」

「誉めてない」

 

 分かってるわこのボケリンドと言いかけそうな口を閉じる。危ない危ない。取引相手に無礼な口を聞くわけにはいかない。……唐突に何の伏線もなくこの人の頭の上にタライでも落下してこないだろうか。

 

「だが生産部はアンタ以外全員カウントダウンパーティの準備に駆り出されていたはずだろう。どうやって全員分のメンテナンス終わらせたんだ」

「……うまいことやっただけですよ」

 

 ほーんとつまらなさげに言うリンドさん。

 

「ところでここに、生産部のスケジュール表があるんだがな。他の生産部のメンバーは大体全員これに記載された場所に居た……まさかとは思うがアンタ一人で全部やったのか」

「ノーコメントでお願いします」

「そうか……」

 

 分かりやすくドン引きしたような顔をするリンドさん。そんな顔をされるほど酷いことをやったか? そりゃあ楽な仕事ではなかったが。

 

「一応言うだけ言っておく。もしALSでの環境に不満があれば、生産部ごとこちらに来い」

「ご冗談を」

 

 境遇に不満はない。キバオウにも多少なり恩義はある。商売も上々。

 これでALSに泥をかけてまで、DKBにすり寄る理由はない。

 

「言ってみただけだ。一応覚えておけ、あの馬鹿がやらかした場合を想定してな」

「不吉なこと言うのやめてもらっていいですか?」

 

 もしこれでDKBの攻略部隊が壊滅していたら、ナナに死ぬまで恨まれるだろうから。

 頭に浮かんだ悪い想像を振り払う。 

 

(……もっとも今回はALSが挑む前に、ヒルコ達によって討伐されるだろうけど)

 

 あのメンバーなら苦戦はすれども問題なく倒せるだろう。

 

「お話は以上ですか?」

「……そうだな。デートの邪魔をしてすまなかった」

「デートじゃないですよ」

 

 はぁーただ一緒に屋台みて回ってただけなんですが──

 ラサキにそんな意図があるのかは全然分からないんですけどぉ──

 俺? 俺は……いやそのなんていうのか──うん。まぁうん。

 

「とりあえず拗らせてるのは分かった」

「そんなことナイデスヨ」

 

 ちょっとトラウマやら、中学の思い出に泥をかけることになるやら、そもそも彼女への■■が本心なのか、なんやらが混ざり合って──色々と複雑なのである。

 

「では失礼します」

 

 俺が離籍しようとする瞬間、リンドが“めんどくさい男だ”とでも言いたげに口が動いていたのは気のせいだろう。

 

 ラサキの元へ向かう間、足元が揺れていた。きっと花火の衝撃だ。そうに決まってる。

 

 

 

「マクラギさんこっちですよ。一緒に見ましょう」

 

 ラサキが手招く。DKBの女性陣に囲まれて。

 

(行きにくい)

 

 女性陣に混じって平気な顔ができるほど神経図太くないのだ。

ないが──まぁいいや。

 

「お邪魔します」

「あっ私たちはこの後用事がありますので──これにて!」

 

 と、覚悟したのも束の間、彼女らは蜘蛛の子散らすかのようにどこかに去っていってしまった。

 

「?」

「アハハ、なんなんでしょうね」

 

 よく分からない。これはまるで俺とラサキを二人っきりにする為に移動したみたいでは……まさか、流石に考えすぎだろう。

 

「リンドさんのせいで食べ逃したイカ焼き……要ります?」

「いただきます」

 

 ぶっちゃけ見た目がイカなだけで、実際はタコ焼き(粉ものにあらず)だが美味しいのでよし!

 

 

「リンドさんとなにをお話していたんですか?」

「勧誘。DKBに生産部ごと来ないかとさ」

「あーなるほど」

 

 どこか呆れたかのようにラサキが笑う。

 

「ちなみになんて答えたんですか?」

「冗談は止めてくれって、まともに取り合わずに言い逃れてしまいました」

「ふぅん? そんなこと言って実は裏で移籍の話をコッソリと───?」

「給料……予算が1,000倍になるなら考えますよ」

 

 給料が100倍になるなら。と言いかけて慌てて言い直す。今の俺の生産部から貰ってる給料事実上ゼロだった。0に何を掛けても0である。流石に無賃労働は勘弁願いたい。

 

「私ィだったら給料倍出されたら靡いちゃうかもしれないですね」

「えっ」

 

 スイカを模した花火が打ち上がり、辺りを照らす。彼女の顔が一瞬よく見えた。

 

「そんな衝撃を受けた顔をしないでくださいよ」

 

 当然、こちらから見えたということは向こうからも良く見えたわけで。

 ……周囲が暗いからといって表情の偽造を忘れていたのが不味かったか。 

 

「……そんなにショックなんですか?私ィが居なくなると」

 

 何故か、彼女の顔がニヤリと笑った気がした。

 

「それはそうですよ」

「なんでですか?」

「なんでって───」

 

 なんで? なんでこんなに彼女グイグイ来るの!? このままだと変な勘違いをしてしまいそうだ。

 

 勘違いしてしまえ。

 人を殺して、恨まれて。偽りの顔で生きる俺でも、幸せを掴んでもいい筈だ。そんな思考が一瞬頭を駆け巡る。

 

 イカ焼き(■■焼き(粉ものにあらず))をかじる。味がない。

 

 ……そうだよな。そんな訳ないよな。

 彼女は巻き込んではいけない。

 

 ヒルコとユウキは仕方ない。既に事情を知っていたから。

 ディアベルもしょうがない。あれは取引の結果だ。

 

 全員、巻き込むに足る理由があった。そう言うとディアベルにグーでぶん殴られそうな気がするが、それでもあったのだ。

 

 彼女は違う。まきこもうと考えたのは、ただ昔の知り合い。それだけの───()()()()の理由なのだ。

 

「なんでって───大変なんですよ。ラサキさんに抜けられると。ほら圏外に出る用事もありますし」

「ふーん? つまりそれって私ィじゃなくても、他の強い人でもいいってことですか?」

「そうじゃないです───そういうことじゃないんです」

 

 うっかり慌てて否定してしまった。直ぐに言い繕ったが、ラサキは「ふーん?」と呟いた。

 先ほどの不機嫌そうな声とは違い、今度は楽し気な声であった。

 

 ラサキを直視していられずに花火に視線を移す。周囲が暗いのは幸いだった。

 

「…そ、そういえば俺がリンドさんと話している間、随分と話し込んでましたけどそんなに盛り上がる話題があったんですか?」

 

 この話を続けると、話題がおかしな方向へと向かってしまう。適当に考えついた話題を投げかける。 

 

「あー大した話じゃないんですが」

 

 この場合、大した話じゃないことが肝心なのである。話が逸れればどんな話題だって構わない。

 ALLウェルカムである。

 

「彼女たちからデートじゃんって突っ込まれまして。私とマクラギさんのことを」

「?!」

 

 話逸らすどころか、直球150km/hのストレートで投げ込んで来やがった。

 

 どうりで俺が来て、直ぐに立ち去るわけだ。

 どうりでこちらを遠巻きにしてニヤニヤしてるわけだ。

 どうりでDKBの男性陣から中指立てられてるわけだ。

 

 他人の恋模様ほど悦に浸れる話題はないからね。仕方ない。別の立場だったら俺だってそうする。

 とりあえずDKBの男性陣に告ぐ。人の幸せを呪うような奴がラサキに妙な視線を向けるんじゃない。

 

 さて、全く笑えない話になっているこの状況……どうしよ。

 

「マクラギさんにとっては迷惑でしたか?」

 

 タスケテ、タスケテ。火力高いよ。おのれ許すまじラs……茅場晶彦‼ 

 

「…イエソンナコトナイデスヨ」

「どーだか。だってマクラギさんは───」

 

───嘘つきだから。

 

 ホオズキを模した花火が打ちあがり、再びラサキの顔を照らす。

 瞬間、音が鳴り響き床が揺れる。

 例え誰かが聞き耳スキルで盗聴していたとしても今の言葉は聞こえなかっただろう。

 

 嘘つき。

 確かに俺は彼女に何度も嘘をついている。どの発言を嘘だと見抜かれた? どこまでバレている?

 

 彼女が口を動かさずに次の言葉を発する。

 

「詳しい話は問いませんよ。あなたが話してくれるまでは」

「……そんなことはないですけど、もし困ったら貴女に相談しますよ」

 

 答えを言わずに、ただ目を細めた。

 

 すみれを模した花火が上がった。

 

 

 床が大きく揺れた。

 

 

「ん?」

 

 なんだか揺れが大きくないだろうか? 地震だったら深度4はありそうな揺れだ。

 

 周りもキャーキャーワーワー言っている。

……あっ。背中に冷たい汗を感じる。

 

 やらかした。

 

「ラサキさんラサキさん」

「はいはいどうしました?」

「ちょっとヤバいことに気がついたんですけど

 誰か花火作ってたファンラの監視ついていました?」

 

 ラサキの顔が引き締まる。

 

「───いえ、誰も居なかったと思います。そもそもマクラギさん見張りつけた上で自分で見るとか言ってませんでした?」

「見張りはファンラを止めるどころか賛同して協力していたから首にした。そして俺はキバオウさんからの依頼に取り組んでいて、ファンラのことを完全に失念していた」

「"キバオウさんからの依頼"ってまさかALSは───」

「すみません。そこはもうどうしようもないので追及は後回しにしてください

 ───話を元に戻すと、この後の締めにDKBへのサプライズとして俺はドラゴンの花火を用意させていた。リンドの度肝を抜くくらい派手にってオプション付きで」

「……使いそう。ファンラさんなら規格外の量を使いそう。監視もないわけだし」

 

 冷や汗を垂らす。ファンラの()()の爆発騒動について把握はしていても、爆弾のリスクを正しく把握していたのは俺とナナしかいない。俺は有効な手を打てていないし、ナナもあの疲労困憊の様子を見た後だと、そんな余裕があったとは思えない。

 

 納品されていない可能性はないか。そんな甘い考えが一瞬頭をよぎるが、花火のスケジュールは予定通りに実行されている。その考えは捨てた方が良さそうだ。

 

「星型の花火の次に上がる花火が例の花火です。下の観覧席にしっかりと捕まっていてください。そうすれば吹き飛ばされることはないでしょう」

 

 観覧席は急造されたモノとは言え、かなりいい材木を用意していた。

 もし花火で破壊しようとしたら規定量の100倍は必要となる。いくら"備品ちょろまかし小悪党"の称号を得ているファンラでもそれだけの量を用意するのは不可能だろう。

 

 しかしラサキの顔は暗闇の中でも分かりやすく引きつっていた。

 

「……マクラギさんマクラギさん」

「……どうしました?」

「観覧席信用できないです」

「なんで?」

 

 一本1000コルもする柱を何本も用意したんだよ?

 

「マクラギさんは居なかったので知らないのも仕方ないと思いますが、設営の際に柱用の木材が紛失していたんですよ。どうするか悩んでいたところでナナちゃんが"柱がないなら屋台用の木材を使えばいい"って言ってまして」

 

 バツの悪そうに笑うラサキは責められない。そういえばナナの愚痴の中にそんなことが混じっていた気がする。もっとしっかりと聞いておけばよかったなーと頭のどこかから他人事のように反省する。

 

 背後で星型の花火があがる。もうDKBを避難させるどころか自分たちが避難する猶予はない。

 

「ラサキさんなんかこっから何とかなる案ないですか?」

「こういう時に便利な言葉は知っています」

「その言葉とは?」

 

 彼女はやけっぱちな笑いを立てながら言った。

 

「爆発オチなんてサイテー」

 

 花火の音が響いた。




後書きは、爆破の影響により前書きに移転しました
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