ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
自分一人だけの利益だけを考える気持ち。
「色々と……本当に迷惑をかけたが、これがカリム水と報酬だ。確認してくれ」
「確かにあるようですね。これが約束の醤油とそのレシピです」
アスナさんが確認を終えて、小包を渡してくる。
それを見て俺は少し安心した。最後の報酬で揉めるなんてよくある話だ。
「確かに受け取りました」
これで醤油関連の案件はほぼ終わり! 後はリョウケンに投げておけば何とでもなるだろう。
「これで……終わったのね」
「リズさん……私たちやりきったよ」
なにやらやり切った雰囲気を醸し出しているのはリズベットとナナ。二人にはカリム水に必要な別の中間素材を集めるため、戦闘はないがとんでもなく面倒なクエストを協力してやってもらっていたのだ。
「リズベットさんもご協力ありがとうございました。こちらALSが報酬の最前線で確保できている鉱石類です」
「はいはいどーいたしましてっと」
結構量多いのね……と呟くリズベット。
「生産部に来てくれるなら、この辺の鉱石。かなり自由に使えるけど?」
「リズさんなら大歓迎」
ついでにスカウトもするが、
「ムムム」
少しは悩んでくれたものの、
「やっぱナナには悪いけど私は今は一人でやっていきたいから」
最後には首を横に振ってしまった。どうやら報酬を奮発した意味はなかったようだ。
「そうか、気が変わったら教えてくれ」
「残念」
少し調べた限りでは、中々良識があって(ここ重要)腕のいい鍛冶屋ということで期待していたのだが……そうそううまくは行かないようだ。やはり一見遠回りに見える新人の育成が一番の近道か。
アスナさんが口を開く。
「そういえば、あの時のオレンジプレイヤーはどうなりましたか?」
「リーダーの指示の一点張りだ。そのリーダーは口を割らないし」
「リーダーとは?」
「一人だけ逃げようとした奴がいただろ? アイツだ」
あの人ね。軽蔑混じりの冷たい声でアスナさんが呟く。
「まぁ明日にはアルゴさんが来てくれるらしいから、ある程度は判明するんじゃないかな」
「だといいのですが」
アルゴが腰を据えてかかればオレンジプレイヤーの一人や二人あっという間に口を割るだろう。
そんなことを考えているとナナが口を開いた。
「そんなご飯が不味くなる話よりも……アスナさんが渡したソレ。ホントに醤油なの?」
「いきなりなに言い出すんだナナ」
最後の最後にこじれるようなことを言わないでくれ。アスナさんの方をちらりと見る。
「本物ですよ」
案の定というべきか、彼女は少し不機嫌そうな顔をしている。
「でも偽物の可能性もあるし確かめないと」
「まぁ一理なくはないけど……」
「という訳で、これ!」
そう言ってナナが出したのは、刺身だった。大分量がある。なるほど意図が読めた。
「……ナナ」
「これは食欲じゃない。後で交渉がこじれないようにするために必要な事。断じて私が食べたいからとかそういうんじゃない」
「検証には、第三者が必要よね。というわけで、このリズベットさんが協力してあげるわ」
「リズ?!」
そっかー食欲じゃないのか。そっかー。耐久値の低い刺身を持ちあるいていたのも、リズベットが白米持ち出したのも偶然なのか。そっかー。
「という訳でマクラギは醤油だけ置いて先帰ってていいよ、検証は私たちでしておくから」
「おいおい俺の分はないのかよ」
「うん」
凄くいい笑顔で返答するナナ。ホントに性格いいなコイツ。
なら秘蔵のブツを出すか。
「ナナはそれで満足なのか?」
「むしろマクラギの分も増えたら私たちの取り分が減る」
「じゃなくって、刺身と白米だけでいいのかって話だよ」
刺身と白米。ああ、素晴らしい組み合わせだろう。だが、それをさらに高めるピースが俺の手にはある。
「何も言って──」
「刺身を食べるならアレは必要だよな」
俺は緑の植物をストレージから出した。
「なにそれ?」
「「! それは…」」
ナナ以外の二人は即座にこれの正体に気がついたようだ。
そう、これこそが刺身とあう調味料と言えば二番目くらいに出てくるもの。
すなわち───
「ワサビだよ。言いたいことは分かるな?」
「一切れでいい?」
「二切れで」
「チッいいでしょう」
交渉は成立した。
「久々の味だった」
「やっぱり醤油は日本に欠かせないもの」
ナナの言葉に全くだ。と頷いた。
生産部への帰路をナナと二人でたどる。
「このことは生産部の皆には……」
「内緒でしょ? 言われなくても分かってるって」
「ならいい」
こういう役得なことはあまり吹聴するべきではない。いらぬ嫉妬が呼び起こされてしまう。
言い訳はできるが、言及されないに越したことはない。
まぁ黙っていればバレることはないだろう。
そんな気楽な気分で生産部の扉を開けた。
そこにはラサキがいた。かなり硬い表情を浮かべて。
「あっマクラギさんとナナさん居た! 緊急で話したいことがあるのですけど、今いいですか? というか時間作ってください!」
「バレてる?!」
こちらを見るなり真っ先に駆け寄ってきた。彼女にしては珍しい怒りの表情をしているのが丸わかりだ。
思わず口が滑ってしまうのも仕方ないというものだろう。
「え?」
「…ん?」
帰ってきた反応は思っていたのとは違って、想定外とでも言いたげな表情だった。
もしかして語るに落ちたという奴?
「いや…その私は止めた。でもマクラギが食べちゃった!」
「ナナお前?!」
どうやらその様子を見て、醤油の件が白日の下にさらされるのは時間の問題だと確信したのだろう。ナナが責任をこちらに擦り付けてくる。きっかけはお前だろうが?!
「食べた……えっ食べたんですか?!」
ラサキが追求してくる。もはや俺の頭はパニック状態だ。
思いつくまま返答する。
「いやその…食べたと言えばそれはそうなんですが」
「えっえっえ」
絶句するラサキ。どういうことだ……そうかお前もそんなに食べたかったのか!
「ご希望なら後でラサキさんの分も用意しますから、安心してください」
「希望しませんよ?! 何言ってんですか! 」
「「えっ」」
俺の予想は外れていた。彼女、和食嫌いなの?! そんなバカな。
流石になにかおかしい。なにか勘違いが発生している気がする。
「カニバリズムとかいくらなんでも無理です」
「はっ?」
そんな疑念はラサキの続く言葉で確信に変わった。
手を上げ下げして、一度場を落ち着かせる。
とりあえず認識を照らし合わせなければならない。
「ラサキさんラサキさん。何か変な誤解発生している気がするので一回用件を話してください」
「……なんか隠し事が増えてる気がするんで、マクラギさんからどうぞ」
「いやいやラサキさんから……」
「いやいやマクラギさんから…」
「「いやいや」」
「いやいやうるさい。仲良しか」
「私ィはそう思ってますけど?」
「そうだと思ってたけど?」
場に微妙な雰囲気が満ちる。……ラサキからは悪くは思われてないのかな。言葉にされると結構嬉しい。この雰囲気は困るけども。
ゴホンゴホンとわざとらしい咳ばらいをしてナナが話始める。
「とりあえず重要度が上っぽいラサキさんから話したら? このままだと校長先生のお話なみに無意味な時間が続くよ?」
ナイスアシスト。ナナのお陰で、ラサキがまぁそうですね。と前置きして話始める。
「先日、マクラギさんが捕らえたオレンジプレイヤーがいるじゃないですか」
「ファンラをさらおうとした奴らな」
「その内の一人が失踪しました」
「え゛」
黒鉄宮の牢獄エリア。そこに件のオレンジプレイヤーが収監されている……はずだった。
「居ないな」
もしや気配遮断で姿を消しているだけなのではないだろうか。牢の中でも、気配遮断等のスキルは発動できる。そう考えて千里眼眼鏡で牢を隅から隅まで見るが、その姿は見つからない。
少なくとも牢から脱獄していることは確かだ。
背に冷や汗が伝う。ひょっとしなくても大事だ。
「これに気がついたのは?」
「私ィです。20分ほど前に。そしたら居なかったので」
「なんでこんな場所に来たの?」
「以前ファンラさんがここでサボってたことがあったので、様子を伺いに来たんです」
「ファンラが? まぁアイツならありえるか」
普通なら被害者が被疑者に会いに行くなんてありえないが、危機意識というものが致命的に抜けているファンラなら、興味本意で会いに行くことは十分あり得るだろう。
……いや待て待て、
「ファンラはどこに行ったか分かってるのか!?」
あのオレンジプレイヤーはファンラを誘拐しようとしていた。その目的を達成すべく脱獄した可能性もあるのではないだろうか。
しかしラサキは首を横に振った。
「生死確認に出向いたワザマさんが見つけたとのことです」
この場合の生死確認というのは、黒鉄宮にある生命の碑のことだろう。そこには全てのプレイヤーの名前と生死情報が記されている。牢獄エリアからはそれなりに距離はあるが、生産部が普段いるスペースからは近い。ファンラが居ても不思議ではないか。
「ちなみにあのオレンジプレイヤーは生きていたのか?」
「先ほどのメールにはそう書いてあって──ッツ」
ラサキの顔が悲し気に揺れる。その理由は俺にも分かった。
俺にもメールが来たからだ。
そこには数十秒前にオレンジプレイヤーが死んだと書かれていた。
(10秒過ぎていれば蘇生は不可能だ)
どこか冷静な頭でそんな思考が横切る。少しだけ安堵の感情が横切り慌てて首を振る。
そんなことを思ってはいけない
「殺人事件ってこと?」
ナナが小声で呟いた。
「一度状況を整理──「いやその前に行くべき場所がある」
ラサキを押しとどめるようにして言葉を発する
状況整理する上で確認しなければならないことがある。
「行きたくはないけどな」
黒鉄宮。その一室に向かう。
その部屋には、男が3人作業をしていた。
作業にも飽きていたのだろうか。その内の一人が、こちらの姿を視認するなり作業を投げ出してこちらに駆け寄ってくる。
「マクラギ部隊長とラサキさん。それにナナさんじゃないですか。……オレ何かやっちゃいました?」
そんな険しい顔して。そう言って男、は不思議がるような表情を浮かべた。
コールドは生産部の古参メンバーである。目立つ働きをするタイプではないが、なんだかんだデカいトラブルは起こさないのでこちらとしてはありがたいタイプだ。
「まぁそんなところ」
「えっ」
「ここに来たのは何時頃だ?」
「えっ……っと」
ちらっと宙を見るような表情をして、今から二時間ほど前の時刻を言う。
「他の2人は?」
後の2人は、ラーメンフェスの提案者でお金の信者であるザイムと、サボり魔であるフレア君だ。
「俺達も同じくらいですね」
「というかマクラギさんもそれは把握しているだろ。ちょうど俺達と入れ替わりで出てったんだから。無意味な説明をしないでくれるか?」
確かにザイムの言う通りだ。アスナさんに会いに行くまで、俺はこの部屋で作業をしていた。そして、俺が離席すると同時にザイム達が入ってきたのだ。
「まぁね。他に来た人はいる?」
「居ませんよ」
「……そっか」
「というか、何をしにマクラギさんは──」
コールドの質問を無視して、奥の扉に進む。
扉の先の部屋には、壁に黒光りしたレバーが並べられていた。
もちろん誰も居ないし他の入り口もない。千里眼眼鏡があるので気配遮断で隠れているプレイヤーがいるなんてこともありえない。部屋に死角はない。
「なんで俺が来たのか心当たりはない?」
「……いいえ」
コールドの嘘っぽい返答を反復する。間違えはないはずだ。
あの部屋は黒鉄宮の牢を管理するための部屋。あそこのレバーを操作しない限り、牢が開くことはない。
だからこそ、コールド、ザイム、フレアの───
「
次の日、俺は2大ギルドに呼び出された。オレンジプレイヤーが殺害された件でだ。
「生産部、今回もろくでもないことをしてくれたな」
入室するなり厳しい声を投げてくるのは、DKBのリーダーであるリンド。DKBの爆破事故があって以降、態度が露骨に悪い。仕事は変わらず投げてくるが。
「大変申し訳ございません」
今回の事件も、あの爆破事故と同じようにこちら側に非があるので素直に謝罪する。
「チッ。謝ってる暇があればあらましを説明しろ」
「まず、件のプレイヤーが牢から失踪。失踪に生産部のメンバーが気がつき俺に報告。報告が事実であることを俺が確認したところで、生命の碑を確認しにいったメンバーが死亡を確認しました。その後、牢を解錠できる状況にあったメンバー3人を投獄しました」
ラサキが纏めてくれたメモを取り出す。
2/17
17:00 オレンジプレイヤー収監
21:00 マクラギがオレンジプレイヤーを尋問。口割らず
2/18
11:30 マクラギ、ナナ外出。
12:00 オレンジプレイヤーが居ることを複数人が確認
12:50 ラサキがオレンジプレイヤーが牢に居ないことに気がつく
13:10 マクラギが脱獄を報告される
13:20 マクラギ他数名が脱獄を確認
13:24 ワザマがオレンジプレイヤーの死亡した瞬間を確認
13:26 マクラギが生産部のメンバー3名(コールド、ザイム、フレア)を投獄
「このメモは真実なんだろうな?」
「生産部のメンバー複数名の意見を統合して作成したものです」
ほぼ間違いなく真実であると言えるだろう。
「なんで彼らを投獄したんや」
ざらっと目を通したキバオウがこちらに問いを投げる。
「彼らは牢を解錠するギミックがある部屋の入口に陣取っていました。ギミックによって牢を解錠できるのは20分間。オレンジプレイヤーを牢から逃がせるのは、彼らの証言が正しい限り、彼らしか居ないんですよ」
「ちょーまてや。マクラギはんの話が確かなら、生産部3名は牢からオレンジプレイヤーを逃がしただけ。オレンジプレイヤーを殺した奴は、別におるちゅうことやないか?」
「キバオウさんの言う通りです」
俺がそう言うと、場の空気が引き締まった。そんな気がした。
攻略組では死者が出る。だがそれはあくまでもモンスターの実力を見誤ったか、ダンジョンの罠に引っかかったなどの、(このような言い方はあまりに茅場に沿った言い方なので使いたくはないが)事故死。
何者かの悪意が確実に介入している今回の事件とは、確実に毛色が違う出来事だ。
「殺害した奴の目星はついているのか?」
「不明です。というか、脱獄したオレンジプレイヤーの足取りすら掴めていません」
「役にたたねぇな」
「申し訳ございません」
チッと舌打ちをするリンド。報告できることがないのは承知の上だ。それでも、この件は大事にしなければならなかった。
「この分だと、捕らえられた3名も事件に関与してるか怪しいな。状況証拠だけで物証があったわけでも自白があったわけでもないんだろう?」
「それはそうですが」
確かに自白はない。しかし、軽く聞き出してみた結果として言えることが一つ。確実にあいつらはクロである。少なくとも何らかの形で関与しているのは間違いない。
仮想世界において感情は少々大げさに出力される。そのせいで、致命的に下手な奴がいるのだ。ウソをつくのが。
特にコールドなんかその筆頭だ。
軽く尋問したのが以下のやり取りだ。
Q.「牢のギミックが解除されたことを知っていたか?」
A.「(牢のギミックの)部屋には入ってないよ」
Q.「いや部屋に入ったかじゃなくて、ギミック解除されたことについて聞いてるんだが」
A.「そういう質問するってことは解除されていたのでは」
Q.「で、そのことはいつ知ったんだ?」
A.「……(無言)」
と終始こんな感じで非常に明言を避け、無言を多用するのだ。
アーガスなら明言しなかった時点で刑罰確定だが、残念なことに今の生産部にそこまでの権限はない。
「俺はあいつらが関与していると考えています」
「マクラギはんがそこまでいうなら信ぴょう性は高いやろ。まずは、殺人犯を追いかけるのが先決ちゃうんか?」
キバオウの言葉通りに話は進むと思っていた。しかし、リンドとしてはまだ納得していないようで首を横に振る。
「俺としてもそうしたいところだが、先ほどこんなアイテムが送られてきていた以上無視はできない」
「アイテム?」
そう言ってリンドが取り出した、あるクリスタルに俺は驚愕することになる。
そのクリスタルの名前は回廊結晶。
「どうやらこのクリスタルを使用すると指定した場所へつながるゲートを作成できるそうだ」
「なっなんやそれ?!」
リンドの言葉に心の中で同意し、キバオウと同じように驚愕する。
効果はリンドの言う通り。そのアイテムがあれば生産部の3人に見られることなく牢のギミックを解除できるだろう。
ではなぜ回廊結晶を考慮に入れていなかったのか。それは今までゲーム内で存在を示唆はされていたが、確認はされていなかったアイテムだからだ。
最も俺の場合は管理者権限で引き出したのをまだ残しているが。
「アイテムの送り主に心当たりは?」
「知らん。だがいつの間にか俺のデスクに置いてあったから、俺の部屋に入ることができるDKBのメンバーの誰かなのは確かだ。
さて生産部。もう一度聞くぞ本当に捉えた3人は関与していたのか?」
リンドがこちらを捉えて糾弾する。
俺の捉えた3人が関与しない限り、牢のギミックは解除できないという論理は破綻したわけだ。
「……していなかったかもしれません」
俺がそういうとリンドはしたり顔をし、キバオウは大きく舌打ちをする。
いやだって、回廊結晶なんてまだゲーム内で入手できるかも怪しい、入手出来ていたとしても1個か2個が限度の激レアアイテム。そんなものを殺人事件なんかに使用される可能性があるとは思わないじゃん。
理不尽だ。理不尽だが、考慮に入れていなかった俺の責任だ。
生産部の3人が嘘をついていそう。というのはあくまでも尋問した俺の主観だ。冤罪の可能性を否定しきれない。
でも自身の感覚を信じるならば、あいつらが犯人の一味というのはほぼ確実だ。それすら、冤罪だと思いたくない自身の正当化かもしれないが。
そんな考えが見え透いてしまったのだろう。リンドに不服そうだな。と指摘された。
「誰だって自らの過ちを認めたくないものですよ」
「だが、俺が指摘したのはあくまで生産部3名以外にもできたというだけだ。別にそいつらが無罪といった覚えはない。事実ALSの生産部部隊長様はまだ疑っているんだろ?」
先ほどの主張とは微妙な方向に逸れたようなことをリンドは言う。
「何が言いたいんですか?」
「俺達DKBがそいつらをひきとってやろうか?」
「なんでや!」
キバオウが吠える。だがそれを見て、俺は納得を得た。
リンドの思考が読めたのだ。
俺達……生産部以外の生産職の集まりはいくつかある。その一つにDKBが支援しているグループがあるのだ。
しかし、その規模は大きいといえない。成立こそ4層と比較的早いが、結局俺達にシェアを潰され続けて大して発展出来ていない。支援しているはずのDKBすら俺達を利用しているのだから力量差は察してほしい。
根本的に熟練度が足りてないのだ。俺たち以外のグループは。例外はリズベットのような個人で複数の顧客を抱えているような個人勢だけだろう。
その対策として、鍛冶スキルの熟練度が高いプレイヤーを欲しているのだろう。
ふざけるな。彼らを育成するのに生産部がどれだけのコストがかかっているのだ。と衝動的にいいかける。雑な計算をしても、一人当たり50コボルト王撃破分はかかっているハズだ。
だけど……だけど……
数日後、俺はある人物を伴って生産部の3人を閉じ込めていた牢に戻ってきた。
「というわけで釈放だ。喜べ」
「もうちょっと嬉しそうな顔してもらっていいですか?」
あの後も調査をしたが結局殺人犯の正体もつかめなければ、生産部の3人が関わっていた物証も見つけることができなかった。
こうなると釈放せざるを得ない訳で。特にザイムはラーメンフェスの重要人物だったので、随分と業務が滞ってしまっていたのだ。
「で、実際どれくらい関与してたんだ?」
「いい加減にしてください」
悪あがきで質問をするが、冷たくあしらわれる。
「OK、もう蒸し返さない」
推定無罪の原則大事。と心の中で3回唱える。
「けど、俺はずっと疑ってるからよろしく」
「随分と高圧的だな。そんな調子なら労基に駆けこまれるぞ」
「その時はよろしくお願いしますよ、リンドさん」
「DKBを労基署扱いとは随分ふざけた扱いだな」
DKBのリーダー様は吐き捨てた。
「いや、なんでDKBのリーダーがここにいるんですか?!」
コールドが驚いた顔をして言う。これは嘘の反応ではなさそうだ。
「マクラギさんよ。本当にいいんだよな」
「ええどうぞ」
義理堅く俺に確認を取ってから、リンドは本題を話した。
「俺がここに来た理由は一つ。勧誘だ」
返答は激しい拒絶だった。
「なんで厄介払いは失敗したの?」
コーヒーに砂糖とミルクをどばとばと入れながらナナが問う。
「厄介払いって言い方はよせ。人聞きが悪い」
「でも、実際マクラギさん的にはそのつもりでしたよね?」
ブラックコーヒーとドーナッツを嗜むラサキが見抜いたようなことを言う。だいたい合ってるだけに否定ができない。
「……まぁ一番の主目的はラサキさんの言う通りだよ。でも3人とも優れた技術者だ。だったら
俺の言葉を聞いて、コーヒーだけ飲んでるワザマが首を傾げていう。
「マクラギさんの意図がちょっと分からないんですけど、なんでDKBに塩を送るような真似をしようとしたんです? 規模的に忘れそうになりますけども、あそこ一応商売敵ですからね」
その疑問はもっともだ。キバオウだって最後まで反対していた。
「下手に放流して犯罪者ギルドに流れられたら困るし、DKBのところならそうはならないだろ」
「でも、DKBの生産職にシェアを握られたら……」
ワザマが心配した顔をして言う。
「俺は生産部の力量を信じてる。例え数多のライバルが現れても、最後にユーザーに選ばれるのは俺達だ」
「マクラギさんがそこまで言うなら、俺は信じますよ」
コーヒーを一口ボソッと呟く。
「獅子身中の虫抱えてDKBの生産職が発展できるとは思えないけど」
「マクラギ、そういうところ」
「それだから移籍固辞されたのでは?」
仲間二人の声に肩をすくめた。
「それでマクラギさんはあの三人の所業をどうするんですか?」
「実際に何かやったって確証があるわけでもない。他のプレイヤーと変わらない業務を割り振るつもりだ」
ラサキ達にはそんなことを言うが、もちろんそれだけでは終わらせない。
情報屋(ディアボロ紹介)に頼んで身辺調査を継続してもらっている。このことは俺しか把握していないので、あの三人どころか生産部の誰にもばれることはないだろう。
「何か問題でもあるかな?」
「ないですけど…マクラギさんはもう少し他人、というか私たちを信用してもいいですよ」
ジトーっとした目でこちらを見てくるラサキ。
まさか身辺調査についてバレている?!
いやいやまさかそんなはずがない。
「信用してるけど?」
「…ふーん」
ラサキは不満げに言葉を返した。
「そういえば───わさび醤油をたっぷりかけたお刺身美味しかったですか?」
「!?」
なぜバレているのか……ナナが後ろで手を合わせている。情報源はこいつからだろう。
うーん。これは誤魔化しても無駄だな!
「いやその……美味しかったです」
「実は私ィ白米好きなんですよね」
「そっソーナンダ。ハジメテシリマシタ」
チラチラと何かを期待するような眼で見つめてくる。
……助けて誰か!
「ちょっと私急用があるような気がするので、どっか行きます。ほらナナさんも」
「ワザマ? どうしたの?」
「いいから」
その誰かの一人、ワザマは
どっかってどこだよ。タイミングが良すぎない? 一瞬ラサキがガッツポーズしてたけど、見間違え?見間違えだよね?
「オレンジプレイヤーの件で話題から流れてしまいましたけど、そーいえば“ご希望なら後でラサキさんの分の刺身も用意します”って言ってましたよね?」
「刺身とは言ってないですよ?!」
ラサキが目を細める。
言ってから思った。ここは"そんなことは言っていない"と誤魔化すべきだったと。
黙り込んだ俺に対して、ラサキがとどめの一言を発する。
「私ィ、刺身も好きなんですよね」
「ラサキさん。今晩食事でも一緒にどうですか?」
「よろこんで」
なんだか言わされた感があるけど、まぁラサキの望みだし? 叶えるのもやぶさかではない。
ほんの少しだけ、オレンジプレイヤーや生産部のガンの胃痛案件を忘れることにしよう。
「実は誰も一緒にだなんて言ってないんですけどね」
「何か言った?」
「なんでもないですよー」
なぜか彼女はウキウキとした表情を浮かべていた。
きっと刺身が楽しみなのだろう。そうだ、そうに決まっている。
???目線
他人が言うには、金には匂いがついていないらしい。
人は豪華な家や、著名な芸術家が作成した美術品をもって自らの財を示す。
俺はその行為をせせら笑う。なぜならばそんなことをしなくても、金のあるなしが丸わかりだからだ。俺にとってはだが。
俺は金の匂いを、呼吸するかのように当たり前のこととして、かぎ取っていた。
この金の匂いというのは、今現在の金額ではない。将来性も含めてだ。幸いなことにこの世界でもこの能力は使えた。
金を産み出すのは攻略組と呼ばれる、圏外でモンスターを討伐する頭のおかしい奴らだ。ならば、金を最も持つのもまた攻略組か? いいや、そんなわけがない。
この世界で金を持つのは、最も規模が大きい生産職だ。
デスゲームが始まってからというもの、数多くのプレイヤーが生産職を目指し、そして消えていった。
当然だ。生産職の熟練度上げには、コルというこの世界の金が大量に必要だ。
だからこそ、突出した生産職のグループが出来上がったとするならば、それは攻略組の支援を受けているグループに他ならないと。
俺は入るべきギルドを選ぶため、慎重にその時を待った。
1層突破頃だっただろうか。とあるグループがセミナーを開くという噂を聞きつけた。なんでも、そのグループには攻略組の支援を受けているらしいと。
俺はそのセミナーを見学した。俺は驚愕した。
過去一番と言っても過言でないほど、金の匂いが強かったのだ。
説明役を務めていたマクラギも、雑務に携わるワザマシン20も、なにかを飲み食いしているナナも。皆が皆、強い金の匂いを秘めていた。
この時、このグループが生産職のトップになると確信した。
凄まじい競争率であったが、なんとか前線が3層の頃に加入することができ、これで安泰だと胸をなでおろした。
俺は金に関するプロフェッショナルだ。最大限特技を生かすために、簿記や税理士などの資格を取り、ベンチャーで数年実務経験を積んだ。幸いなことにマクラギは、経験や肩書を重視する性格だった。俺はギルドの経営側ともいえる経理の一員になれた。
ここまでは計画通りだった。後は金を回収できるイベントに積極的に参加していけば、生産部の発言権も得られていくだろうと。そう計算していた。
ファンラによって全部狂った。
きっかけは言うまでもない。DKBを巻き込んだ爆破事故だ。一歩間違えればDKBという最重要顧客を逃すところだった。なんとかそれだけは避けることができたが、足元を見られたことには変わりない。
とは言えだ、このような事件が起きたのだから、あの男も少しは変わるだろうと思っていた。
「爆発たのしー」
なんも変わらなかった。
奴が暴れるたびに、生産部から金の匂いが消えていく。監視の目を強化してても、変なカリスマで協力者を増やし、のらりくらりと金の匂いを消していく。歩いているだけでル〇バのごとく周囲から金の匂いを吸収し、異空間に消し去っているのを見た時は変な笑いが出た。
正体が疫病神と言われたら、一も二もなく信じただろう。
一刻も早くあの男を叩きださなければならない。マクラギに直訴までしたが、"考慮はしておくよ"と迂遠な断りの文句を渡されただけだった。
ファンラの存在は俺の胃痛の種になっていた。
それを、酒場で手下─コールドとフレアに愚痴っていた時だった。
「へぇそいつは厄介だな」
突然
そいつをテーブルに迎い入れた。
今思えばこれは失敗だった。いつの間にか俺達はファンラの暗殺計画を練っていた。酒の勢いもあった。それでもそこに居た全員がファンラは死ぬべきであると考えていたのは明らかに異常だった。
計画したプランとしては単純だ。掲示板にファンラが求めるモノを書けばいい。たったそれだけであの厄介者は容易くダンジョンの奥地へと誘導されていった。
これで金の匂いクリーナーは居なくなった。金の匂いが充満した生産部の作業場でそんなことを思った。
「俺はイスティラハの原石でタイマーを作る!」
「財布薄くなっちゃった……」
なんか五体満足で帰ってきた。金の匂いが薄れたマクラギと共に。どうやら偶然にも素材集め中に出くわして回収してしまったらしい。
残念と思うと同時に、どこか安心したのもまた事実だった。
「よう、お前らにやってもらいたいことがある」
録音結晶持った
俺達は言われるがままオレンジプレイヤーを逃がした。その後のオレンジプレイヤーがどうなって死んだのかは知らない。
───そして現在
「あのオレンジプレイヤーはあなた達の仕込みか?」
雨の降る街で俺は
「だってお前らが願ったんだろ? ファンラって奴が死ぬようにってよ。俺はそれに応じただけだぜ?」
悪魔のしっぽを幻視し、思わず自分の匂いを嗅ぐ。騒動の前より微かに薄くなっている。俺達はもう取り返しのつかないほど深みへと追いやられた。
だが金の匂いが消えたわけではない。ここは圏外でいつ俺達3人は殺されてもおかしくないが、生き残る目は残されている。
「俺に何をさせるつもりだ? わざわざ出所したばかりの俺達を呼びだしたんだ。何かあるんだろ?」
「その前に気がついていないのか? お前らつけられているぜ」
「…なに?」
後ろから足音がする。出てきたのは黒ずくめの男だった。
「情報屋か!」
「正解、此に俺あり。名前はシュウゾウなり」
「誰の差し金だ?」
答えが返ってくるはずもない問いを投げる。全ての情報屋は秘密主義だ。問われた程度でペラペラとしゃべるような奴はやっていけない。
しかし、俺は2度驚くことになる。
「回答、わが雇い主はマクラギなり」
「…は?」
一度目は答えが返ってきた事について。
「補足、我が真の主は
「…!?」
二度目は
そのまま情報屋の男、シュウゾウは
「運が良かったな。あんたらのリーダーが節穴でよ」
「もう一度聞く、俺達になにをさせるつもりなんだ?!」
「生産部が欲しくないか?」
粘度の高い蜂蜜のような提案を。
誰もかれもが私欲に溢れている。そんな回でした。
だから感想・お気に入り登録・ここすきください。
ストックは残り1話です。次回更新は一週間後を予定しています。