ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
30名近くのプレイヤーが所狭しと入り込んだ写真だった。後ろには"第 1回ラーメンフェス"と書かれた看板が誇らしげに飾られている。
薄汚れたガラス越しに手を伸ばす。それは一見すると無意味な行為だった。伸ばした手は写真には届かず、仮に届いたとしても何かが起こるはずがない。
それでも手を伸ばしてしまう。何度も何度もガラスが指紋による汚れが取れなくなるまで何度も何度も何度だって。ほんの少しでいいから───
どれだけ願っても奇跡なんてない。諦め悪く手を戻し、目を閉じる。
3月30日。あの日俺は───機械仕掛けの神になれなかった
≪3/23≫
「圏外でピクニック?」
俺、マクラギのすっとんきょうな声が生産部の部屋に響く。
それを聞いた技マシン20が、首を縦に振ってその妙にほのぼのとした言葉を肯定した。
「なんかジョーさんから誘われてて、攻略部が行くから、せっかくの機会だから生産部も一緒にどうかって」
「せっかくの機会だからと言ってもな。ちなみに場所は?」
「22層です」
22層はのどかな場所だ。湖や空気がいい森があり、なにより敵対的なモンスターがほとんど湧かない。生産職としては楽園のような土地だ。
「なるほどね。あまり乗り気にはなれないかな」
しかし、俺としては乗り気にはなれない。単純に人が多いとそれだけリスクになるし、なによりそんな事をすれば、生産部の業務が完全に止まってしまう。
ラーメンフェスのようにコルを稼げるのならまだしも、社員の福祉なんて一銭の得にもならない。休日はあるのだから、社員の休息は各々で勝手に取るだろう。
「ただジョーさん言ってましたよ。キバオウさんはマクラギさんと仲直りがしたいんじゃないかって。多分25層攻略の話ですよね」
「あーそれか」
面倒くさいことを思い出させてくれる。ため息を一つ吐いた。
事の発端はALSが物量作戦を採用したことである。
この作戦を簡単に説明すると、今までの少数精鋭のメンバーに生産部によって鍛えられた装備で実力を底上げされたニュービーが混じる形で、攻略を推し進めているのだ。
これによってALSは遂に積年(4ヶ月)のライバルであるDKBよりも圧倒的に速くフロアボスにたどり着くことに成功した。記憶に新しい24層のフロアボスをあのスピードで討伐できたことは、間違いなくあの作戦のお陰であろう。
しかし俺はこの作戦を愚策だと考えている。
なぜならばプレイヤーの消耗が激しいからだ。生産部が鍛えた装備は優れている。優れているが、かといって実力を完全に補えるほどではないのだ。
「俺はさ、攻略組は優れた素質を持つプレイヤーしか居ちゃいけないと思ってる」
「マクラギさん」
技マシン20の言葉に含まれている非難に、よそでは言わないさ。と返す。実際にこんなことを外で言ったら、たしなめられるだけではすまない。
「けど俺はプレイヤーが死ぬリスクが高い作戦を取らせる気はない」
「かといって、マクラギさんのやり方も過剰ですよ。ALSが物量作戦を取り続ける限り、生産部は一切の支援をしない。なんて」
反対多数で押し切られそうになって、会議の場で咄嗟にそう言ってしまったのだ。おかげでバクジや威力250といった過激派幹部連中との仲はますますこじれてきた。
「そうするしか止められないからな。正直悪手だとは思ってるよ」
技マシン20の言っていることは正しい。現状さしたる損害がないどころか、生産部としてはメリットしかないその作戦を固辞するのは本来おかしい。そもそも装備の消耗率などのデータを持っているからと言って、生産部が攻略部隊に口出しするのはお門違いである。
だが、ALSにそれをさせられない理由もあるのだ。
今までの層は知識さえ持たせることができれば案外余裕があった。
しかし25層は別だ。初のクオーター・ポイントということもあり、全ての攻撃が重く速い。それを対処するには知識や見かけだけのステータスではなく、それ相応のプレイヤースキルが求められる。はっきり言って身の丈に合わない装備で、見掛け倒しのスペックを持つプレイヤーでは力不足だ。
もし仮の話だが、物量作戦のまま25層フロアボスであるアスラ達に挑んだ場合、死亡率は6割を超えるだろう。
しかしこのことは説明できない。ソースが俺の開発時代の知識だからだ。
「でも俺は折れる気はない」
最悪時間さえ稼げばいいのだ。渡した情報を元にディアボロが調査を進めて、フロアボス攻略の難易度が分かれば、ALSの上層部だって無茶な作戦は取らないハズだ。
「随分と強情ね。5層の時は主体性もなく簡単に折れたのに」
「誰かと思っだたらナナか」
ドアにもたれかかるようにしてナナがこちらを向く。
5層の時はフロアボスの討伐のみを考えるなら、最高効率に近かった。けれども今回は違う。確実に死人が出る作戦に、俺は頷くことができない。
「あの時とは難易度が違うから」
「ふうーーん? 私には同じに見えるけど。キバオウとかの偉いのが無茶をして姉さんたちが割を食う。マクラギの一貫性のない対応は嫌い」
「そうかい」
でも、とナナはそっぽを向いて言う。
「……姉さんたち、攻略メンバーを気にしてくれたのは感謝してる」
赤くなった顔を隠すように。
「ちなみにどれくらい?」
「たまに給食で提供されるジャム?」
「思ったより大した事なかった」
イチゴジャムが好きだった気がする。そんなことを思いながら、ピクニックの計画を練り始めた。
というわけで、一週間後の3月30日。
「はいそこー。列から逸れない、やたらと動かない、素材を取ろうとしない!」
ピーと、銀色のホイッスルを鳴らす。しかし、騒音は中々止むことはない。
あの後、手を方々に回したがピクニックを中止に追い込むことはできず、最終的には───
「マクラギはん。前置きはいらへんな、ピクニックに行くで」
「話ならここでー」
「マクラギはん」
「……いえっさー」
キバオウに呼びだされて命令されてしまった。面の皮がド厚いという自覚はあるが、さすがにこれ以上のわがままを通せなかった。この時以上に怖いピクニックの誘いはこの世に存在しないだろう。
そして現在。
「素材が一種。素材が二種」
「いい材木がある。採取していこうぜ!! 森林破壊は最高の娯楽だ!!」
「エライ人は言いました。MMOとはリソースの奪い合いだと。すなわちここをキャンプ地とする!」
「狂人共め」
現在の生産部の大多数は、デスゲームとなって以来圏外に出たことがない。そのため、久々あるいは初めての
その様子は、まるで敵国に略奪しに来た兵士と言っても過言ではなく。明らかに指揮系統が麻痺していた。
この光景をALS外のプレイヤーが見ていなくて本当に良かったと言わざるを得ない。もしみられていたらあだ名の一つにバイキングが追加されていた。
「マクラギさん、統率が取れません。なんとかしてください」
殿を務めるワザマから悲鳴のような声が上がる。これはさすがになんらかの対策を講じなければなるまい。
足を止め後ろの蛮族、もとい生産部のメンバーの方に向き合う。何かを感じとったのか動きを止める面々。
「すぐ目的地に行ったほうが、素材を3倍はとれるぜ」
「「「すぐにいこう!」」」
チョロいものである。今回はALSの攻略部隊もいるわけだし、そいつ等にも手を貸してもらおう。向こうからの誘い(強制)なんだ。少し協力してもらってもバチは当たらないだろう。
引き締まった空気を背に歩き始め───
「あっやべ」
───たいと心から願っていた。声の主はあのファンラ。つまり余計で迷惑な事象を引き起こしたということだ。
急旋回して、剣を抜く。
名称"Felines Birch" 白い木に擬態した猫であり、こちらから刺激しない限り敵対化しないモンスターだ。しかし、いやらしいことにコイツは幹によく似た尻尾を持っている。これがまた見分けにくいのだ。テスト中に踏んで殺されかけたのも一度や二度のことではない。そのたびに何度製作者を恨んだことか。
まぁ製作者俺だけど!
ともかく気をつけていれば戦闘を回避できる分こいつは強い。事実、適性レベルをやや上回っている俺から見てもHPの色がかなり濃い赤である。
「シャァァあ゛」
短く吠えた後、ウィークポイントを踏み抜いたファンラに襲い掛かる。
コイツの主な攻撃は咆哮と爪だ。無防備でいると、咆哮でスタンさせられた後に、爪攻撃であっという間に葬られてしまう。
その記憶を裏付けるかのように、即死級の攻撃が迫っているというのにファンラは動く様子はない。
「よっと」
跳躍し無理やり攻撃に割り込む。しっかりと盾を構え直す余裕はなかった。剣の構えを貫通し削れる俺のHPバー。
だが隙は作った。そして俺を飛び越える一つの影。
「頭上失礼します!」
目の前でフィライン・バーチがはじけ飛ぶ。
"バーチカル・スマッシュ"、斧の二連撃ソードスキルが俺を超え、フィライン・バーチの脳天をカチ割ったのだ。
猫である前に木だからね。斧はコイツを相手取るには最適の武器だ。
頼りになるその斧使いがこちらを振り向く。
「助かったよ、ラサキ」
「あんまり無理しないでくださいよ」
フィライン・バーチの残滓であるポリゴンが舞い散る中、差し伸べられた手を取った。
「……あの俺は?」
「ファンラさんは自分で立ち上がるべきかと」
「俺の扱いが酷い」
首輪をつけられたファンラがぼやく。
「自業自得だ、阿保」
その首輪を握るのは俺だ。
ファンラが犬と同等の扱いを受けている理由はただ一つ。注意を重ねたのにも関わらず、単独行動するのをやめなかった。そのためこうするより他なかったのだ。
「絵面が、絵面があまりにもひどい」
「よい子はみちゃいけませんよー」
ワザマが年下に対して言い聞かせているのを聞きながら、歩みを止めずに進む。
「そもそも俺わるくねぇもん。あの木に擬態してた猫に関しては」
「ほう?」
「まだ野道の範囲だった。森には入ってなかった。自らのウイークポイントを道に晒してたアイツの方が悪いだろ!」
ほー。と声をあげてフィライン・バーチのデータを思い出す。道から10歩ほど踏み込んだ場所まで出現しない。そう設定したのは俺だ。
つまりコイツの言ってることは大嘘である。もし仮に真実だったとしても───
「でもその後にハチの巣に突貫したり、蟻塚に突っ込んでいったのはお前のせいだろ」
「うっ」
「ああそれと素材を拾うために落とし穴にダイブしたのもあったな」
本日のやらかしが多すぎて数え役満だ。
「それでも俺は悪くない!」
「なら首輪つけてる俺も悪くないな。歩け」
ファンラはボソボソ言いながら、それでも歩き出す。
「なんだこれ」
「奴隷売買の復活」
「違法労働の現実」
「治外法権の末路」
好き勝手なことを言っている生産部の面々を無視して、ジョーに笑いかける。
「どうもジョーさん。これはただの人命第一の行動ですよ。
さて行きましょう。道案内はよろしくお願いしますね?」
「いや真面目にこのcoolな状況説明してほしいんだけども?!」
あっけに取られたジョーを置き去りにして俺たちは進み続けた。
目的地は熟知している。それこそ細かな地形からモンスターの生態に至るまで。
なぜならば、この場所は俺が創りこんだ場所だから。
「マクラギ、そこじゃないぜ」
「えっここじゃないの?」
その場所は風光明媚な場所だった。100人近くが広がってもなお余る森の空き地。眼下には湖越しにコテージ群が見え、シチュエーションは21層で最高と言っても過言ではないだろう。
正直絶対にここだと思っていた。
(……むしろここ付近で、120人近くが集まれるような場所があるか?)
今回参加した生産部のメンバーは28名。キバオウさんから攻略部からは90名が参加すると聞いている。
コテージ側ならまだしも、湖のこちら側、森エリアにはあまり広いスペースはない。
「ではどちらに」
「あっちにここ以上のcoolなスペースがある。そこでやろう」
ジョーが指さすのは木陰の人ひとりがギリギリ通れるほどの細いトンネル。違和感と疑念が増す。どういう意味合いで"cool"という表現を使っているのかは分からないが、風景自体は此処がベストなはずだ。
足が止まる。次の一歩が踏み出せない。いや踏み出したくない。
「予定を変更してここでやりませんか」
「なにいってんだコイツ。キバオウが怒るぞ」
「それは……困りますね。全員注意しつつ向かうぞ」
嫌な予感がするが仕方ない。今回一人の例外もなく全員に転移結晶を配布している。万一のことがあっても守り切れるはずだ。いやなんとしてでも守り切らなければならない。
チラッと後ろを向いて、ラサキとワザマに目配せする。軽く頷く二人。これは以前に決めていた合図。周囲に警戒しろと伝えた。
「ちなみにキバオウさんらは今どこにいらっしゃるんですか?」
「もう先に行って待ってるよ。あんまり待たせるな。モンスターはいないから急げ」
そのまま何の警戒心もなく、ジョーはトンネルをくぐりその姿を見えなくする。
「ノッポ、トンネル内部の聞き耳スキルと気配察知スキルの反応は?」
「聞き耳スキルは……ジョーさんの足音だけかな? 気配察知の方は熟練度が低くてよく分からないんですけど、少なくとも10mくらいはジョーさん以外の気配はないです」
「OK、行こうか」
覚悟を決めて先に進む。
トンネルは木の根とその合間からのぞく日陰で構成されていた。
「まるで昔見たアニメ映画みたい」
「子供2人が森の妖精を追いかけていくシーンか?」
「そうそれ」
ナナがポツリと呟く。あの某ジ〇リ映画は子供のころによく見ていた気がする。
「もしかしたらあのねっこの向こうにも妖精がいるかも?」
「ファンタジーなことあるわけ───違った、マクラギは会ったことあるんだっけ、一層の時に妖精に」
「そうだな」
タケとジョーの協力を仰ぎつつ、ラサキとワザマと共に一層の地下への冒険。始まりはどうなるかと思ったが、なんだかんだ楽しかったな。今もあの場所に彼らは居るのだろうか。
ふと視界に布のようなものが映る。
「ん?」
まさか妖精か。慌てて千里眼眼鏡の位置を治し、布の先、ほんの少しトンネルが広くなっている場所を追う。
汚らしい色をした歯にしみだらけの顔。間違いようもなくオッサンがいた。───手に刃物を持って。気配遮断を発動しているのだろうか、俺以外には誰も気がついていないようだ。
思いがけない存在に、足を止め声を出すことなく見つめてしまう。あっ、オッサンと目が合った。
「? マクラギどうしたの───ってダレこの不審者!」
「ッチ!!」
目が合い続けたことで気配遮断が無効化され、オッサンの姿が衆目に明かされる。ナナの悲鳴と共にオッサンが動き出す。
「全員転移!」
オッサンの正体は分からない。しかし危険が確認された以上、メンバーだけはなんとしても逃がさなければならない。もしバードウォッチングかなんかが趣味なオッサンなら後で全力で謝ればいいだけなのだ。
この咄嗟の判断は正しかった。オッサンはそのまま突っ込んでくる。
「人に刃物なんて向けんなよ」
突っ込んだ先のナナを救い上げ、刃物を蹴り上げる。体制を崩したところにナナが毒々しい波紋の剣を刺す。
「やっちゃった」
「安心しろそいつはオレンジだ」
「いや麻痺させただけだろ……」
「「ファンラ?!」」
なぜ非戦闘員のお前がいるんだ。そう言いかけた口を閉じる。恐ろしい光景だった。
後ろには先程と変わらない数の生産部員がいた。
「結晶が機能しません」
「なんだと?!」
つまり転移結晶で逃げることができないということだ。安全で確実だと思っていた避難ルートが潰された。こうなるとこのトンネルというシチュエーションは不味い。すれ違いすらままならないこの狭さだ。万一両側から攻められたら全員を守りきれない。
「チビノッポ、この先にいる軍のメンバーを全員呼べ! 見つからなかったらトンネル以外のルートから戻ってこい。ラサキ、ワザマは全員を入ってきた広場に戻せ! 転移ができたら即座に逃げろ!」
「「「「はい!」」」」
どこからだ?! 転移結晶が使えなくなったのは?!
今転移ができないのは、ここが結晶禁止エリアになっているからだ。しかし、22層に結晶禁止エリアを設定した記憶がないし、情報屋からもそんな情報は無かった。
チビとノッポが、オレンジプレイヤーを飛び越え先行くのを見ながら思考を回す。
いや思考を回すより聞いた方が速い!
「どこに結晶禁止のシードを仕込んだ!」
それはもう確信に満ちた問いかけであった。この事態の原因が先程のオレンジが仕掛けたものという前提に基づいた。
オレンジのにやり笑いが、百の言葉よりもなお雄弁に記していた。
結晶禁止エリアを作り出せるアイテムはある。ジシバリのシード。ほとんど知られていないが、植えられた範囲100mを結晶禁止エリアに指定することができる。だがトンネルは軽く見積もっても500mはある。
つまりこれは複数人で計画的な犯行だ。
「知っていること全て話せ!!」
「さぁな、お前らは何もわからず俺たちに殺されるんだよ! 俺達ラf_「なんだこのオレンジ」_ソゲッフ?!」
力強い蹴り。俺がオレンジの首を握りしめていなければそのまま吹き飛ばされていただろう。
「ジョーさん」
「身長差がえぐいコンビに呼ばれてきた。なにがあった」
いつもの喧噪さは鳴りを潜め、いつになく真面目な顔をした男がそこに居た。
やばいよな
意識せずに声が漏れて隣の相棒につつかれる。詫びを示すハンドサインを送り、気配を潜める。
ばれたら終わりだ。つま先に居るのは、大量のオレンジプレイヤー。
間近に迫る死の危険にノッポは気を失いそうになる。そもそもノッポとチビのコンビは危険を嫌っていた。だからこそ、危険の少ない生産部に加入したのだ。
間違っても大量のオレンジプレイヤーを相手取るなんて考えちゃいない。
だからこそ二人は黙る事しかできなかった。
目の前を通過する死の集団に怯え、ただただ_____
次回「努力目標」
4/6に投稿予定です。