ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
マクラギがヒルコ達と、第一層の頃に対峙した女プレイヤーの名前を変更しました。
エリカ→シエリとなります。話の筋には影響はありません。ご承知おきください。そんな昔の話覚えてないって? さーせん
とりあえず反対側の出口は塞がなければならない。できれば解放隊の面々だけは通過できて、それ以外は通過できない方法で。
───心当たりは、ある。
「ファンラあれを展開しろ」
「あれじゃ分かんねぇよ。俺が名付けた名前で頼む」
この野郎。急いでいるというのに! あの名称は口に出したくないがそんなことを言っている場合ではない。
「絶対プレイヤーぶっ殺しゾーンだよ!」
「キタッーーーー!!」
「絶対プレイヤーぶっ殺しゾーン?!」
なんだそれは?! と言いたげな顔をしたジョーを無視する。こんな名前だから言いたくなかったのだ。
ファンラと手分けして俺ことマクラギは、壁に植物の種を仕掛ける。
「……これでよし。全員近づかないでくださいね。絶対ぶっ殺されますから」
「だからなにそれ?」
「説明している余裕はないです」
だが、下手に興味本意で触られたらたまったものではない。というわけで____
「オレンジプレイヤーどーん」
「うぉっ?!」
ここに至るまで何も話さなかったオレンジプレイヤーを放り込む。
「ちょっマクラギ?!」
「オイオイ人殺しはダメだろ?!」
仲間達の非難も無視無視。視線の先で、オレンジプレイヤーは転がり続け、絶対プレイヤーぶっ殺しゾーンに踏み入れる。瞬間動きが止まる。種から噴射した網に引っかかったのだ。粘着性の高い糸。その引っ付き具合は突進力がウリのボアすら逃げ出せないほどだ。
「これで良し」
「いやこれじゃ姉さんやキバオウ達が来れないじゃない?!」
「大丈夫、キバオウさんとタケにはこれの回避方法を教えている。足止めにはならないよ」
ナナを安心させるために冷静に返答する。実は水をかけると一気に粘着性が落ちてしぼむのだ。他にも火をかけるなどの方法もあるが、流石に人が引っかかっている状態でそんな事をする奴はいないだろう___たとえそれがオレンジプレイヤーの仲間だったとしても。
「待て待てどこにぶっ殺し要素が_____」
「放置して精神崩壊するまで待つ」
「ファンラ、人の心」
「とりあえずトンネルから脱出しましょう」
既に生産部のほとんどのメンバーはトンネルの入り口へと向かっている。それに追いつくため4人で走った。
僕は不幸な人物だ。喧噪に塗れ、少年は呟いた。少年はグループの一員だ。しかし仲間ではない。
拷問に次ぐ拷問。圏外で捕まってからというもの、ひたすらに精神をすり減らされ、反抗心を叩き折られた。今では逃げ出す気力も起こらずに、愚痴りつつも荷物運びに従事しているのが今の彼だった。
おい見てみろよ。
そんな声を聞いて少年は重く苦しい顔を上げる。
見覚えがある、彼も少年が所属するグループの一員だったはずだ。その男が今は意図でぐるぐる巻きで全く無抵抗な状態になっている。それを見て少年は蛹みたいだと思った。
「助けて、リーダー。罠が壁に」
「ほぉん?」
リーダーと呼ばれた
誰も何も話さない。唯一
「ハッケどう思う?」
「___これは知っています」
「水か火を使えば簡単に解除できます」
「なら火だな」
その言葉を皆が理解するより先に、
「アヅィッ、アヅィッ!!」
「よく燃えてるよな。なぁお前もそう思ってくれるよな」
突然声をかけられた少年は"あうっ"と、肯定になり切れてない返答を返し、蹴りを入れられる。ろくにレベルも、ステータスポイントの割り振りもさせてもらえないのに防御できるはずもない。風に吹かれた葉っぱのように容易く吹き飛ばされて壁にぶつかる。いつものことだ。仮想世界だからこそ痛覚はない。唯一すり減る精神はとっくの昔に限界を迎えている。
「荷物運びA、なにうずくまっているんだ、早くいくぞ。それとも____?」
「ヒッ! いま、今行きます」
脅す声に、少年は慌てて立ち上がり追いかける。その道中で少年は蛹を見た。黒ずんでもなお体力バーを残すその姿を。
「ここは現実じゃない」
「くそったれだ」
トンネルから出た先で俺、マクラギを待ち受けていたのは人質となった一部の生産部のメンバー。そしてそれを見せつけられて動けなくなっているラサキ達だった。見たところ生産部は全員揃ってしまっている。つまりここもまだ結晶禁止エリアだということだ。
人質になっているのは4人。ザイム、コールド、モブリットそしてワザマ。前者3人はともかく、割と戦えるワザマも捕まっているのは不味い。そして人質を捉えているのは10人。流石にここまで警戒されると、正面突破だと俺でも犠牲無しでどうにかするのには無理だ。それはラサキやジョーに助力してもらっても同じこと。
「なにが目的だ」
落ち着いて考えよう。人質を取ったということは、ある程度こちらに利用価値を見出しているということだ。ならば交渉の余地はまだ残っている。それでもだめならば_____自らが持つ管理者権限の存在を強く意識しながら話しかける。
「まずは所持している武器を捨てろよ」
「裸になれと?!」
「ファンラのバカ!」
ノータイムでぶち込まれた場をわきまえない発言に思わずひっぱたきたくなる。いや一応これでも本人は大マジなのだ。ファンラは万物に開発への素質を見出す。(そして失敗する)。そんなファンラにとって武器を捨てろと言うのは、彼にとって文字通り一糸まとわず全て捨てるのと同じ意味だ。
「悪い、こいつのパンツだけは勘弁してくれ」
「パンツは武器じゃねぇだろ」
「そうだ。これは武器じゃなくてs___「もう黙ってろ」__グモモッ」
下ネタなんて最低だよ、ファンラ。そもそも全裸になったところで、陰部は性的フィルター解除しない限り黒もやかけられるし。何の意味もない。
「脱いだらオレンジの前に私が殺ってやる」
「直接はダメ、一応あれ一般人だから。やるなら私ィが社会的に──」
女性陣からの殺意が増し、いよいよ場が混沌としてくる。人質を取ったオレンジプレイヤーもどこか脱力した風である。
だからこそ仕掛けるなら弛緩した今だ。ナナ手製の煙幕玉を、ポッケの中で密かに握る。投げた場所に10秒間麻痺毒をばらまく代物だ。それだけあれば事態を変えるには十分すぎる時間だ。
そう覚悟したその問いだった
「使え」
背後からの嫌悪感を感じざるを得ない声。それと同時に、ワザマ達を抑えていたオレンジプレイヤーが瞬時に消える。回廊結晶だ。
「ありえない」
思わずついた声は、貴重な回廊結晶を使ってまで退避させたことか、あるいは背後のプレイヤーに強烈な既視感を抱いたせいか。思考の空白が生まれて止まってしまう。
一手遅れた。
ジシバリのシードは回廊結晶での転移にも有効である。その詳細を知らなくともオレンジプレイヤーが転移で移動した今ならば───俺より一足先に察した誰かが叫ぶ。
「走れ! 今なら飛べる!」
堰が切れて溢れた水のように、恐怖に怯えた生産部のメンバーが走り出す。統率は無理。ただでさえ統率がとれているとも言い難いのに、今は静止の声など届きはしないだろう。ワザマ達が気がかりではあるが、こうなってしまった以上は例え管理者権限を使用しても対応は難しい。今は残りのメンバーを全員逃がすべきだ。
トンネルの出口に握りしめたままの煙幕を投げる。時間稼ぎにはなるだろう。
「ダメだ転移できない」
足の速い生産部のメンバーが絶望した顔で呟く。その横を女が駆ける。まだ終わっていないのだと、希望を捨て去らず、斧を振り下ろす。
「マジかよ。気配遮断してたのに!」
「微かに見えました。何かが植えられたのを」
その先にあったのは植物のツル。邪悪に絡まった蔓が一瞬末後の呻きをあげたのち、消滅する。
ラサキはよくやってくれた。ならばこちらも。
視線をトンネルの方に向け、煙幕の先から飛来した短刀を弾き落とし───自らの過ちに気がつく。
破裂音が聞こえた。背後、すなわちラサキの方向から。
「ワンダウン」
ラサキが破壊した植物。果してシバシリはあんな色だっただろうか? いや違う。あの色は壊すと爆発するコナゴナ草だ。
思わず振り返る。それと同時に背後からの強い衝撃。
「ツーダウン」
地に伏せる。麻痺毒だけじゃない。物理的に誰かの足に押さえつけられている。煙幕先の誰かだろう。気を取られ過ぎた!
「マクラギを放して!」
「ッチ最近のガキは口より先に手が出やがる!」
パリンとガラス瓶が割れる音がする。背中にかかる液体。スムーズに動く手で腹の下の手に半径50cmほどのバランスボールを出現させる。当然、足だけで押さえつけられるわけがない。そのままするりと抜け出した身体で相手を刺し、麻痺毒をお返しする。
「助かるナナ」
先ほどナナが投げた液体の正体は解毒ポーション。しかも飲まなくても液体がかかるだけで回復するという優れものだ。麻痺毒をくらうと身動きすら満足にできないため助かった。対策できる札はあるが、それらを切らずにすんで助かった。
「マクラギとジョーしかまともに戦えないんだから、倒れないで。死にたくないから!」
「わがまま小娘め、この人数さでどうしろと」
「私ィはまだやれますよ。少しきついですけど」
ジョーが弱気なことを言う。ラサキの方を見る。無事だ。ダメージを負って体力が半分ほど減っているが、今すぐに死ぬような体力ではない。だがその奥。生産部のメンバーが麻痺毒で倒れている。思考が複雑化し、呼吸の頻度が上がる。
「あー無駄な努力ご苦労様。そろそろいいか?」
「そうかな? まだ俺たちは立っているぜ」
「ほーで、だ。全員守れるのか?」
「悪いがそれは努力目標だ」
虚勢を張る。だが向こうは余裕の態度だ。背後にも気配。囲まれていることは間違いない。
全員生きて返すという目標はなんとしても達成しなければならない。手がスキル発動欄を出そうとメニューを操作していく。
管理者であることを衆目の目に明かさない。そっちのほうが努力目標だから。
その手を止めたのは一人の男の声だった。
「待てよ。兄弟。死にたいわけじゃないだろう。俺達は武器を鍛えてもらいたいだけだ」
「─ッツ!!」
雨合羽を被った男。俺は知っている、彼が殺人すら厭わない奴で、間男であることを。
彼は第一層を攻略中、ゴンダの詐欺行為を止める道中で遭遇した男だ。その際は、もう一人の詐欺の実行犯であるシエリと共に逃げ去ってしまった。ウリエルからマクラギになった後も消息を気にしていたが、ほとんど情報は流れてこなかった。
その男が今、目の前に居る。多くの衆目に触れる場で───いや、ここに衆目などない。奴らが生産部を殺せば目撃者はいなくなる。──少なくとも彼ら目線ではそうだ、
「なるほど、武器を鍛えさせたい。それが俺達を生かす利用価値か」
オレンジプレイヤーの中でも、この男は特段に危険だ。そう思うのと同時に、管理者権限を使わずに済むなら───と一瞬だが間違いようもなく心が動いてしまう。
「随分と乱暴なやり方だな」
「俺たちは犯罪者。始まりの街に歓迎されない無法者。そんな俺たちが武器を手に入れるにはイレギュラーな手段が必要だろ?」
「改心して牢に入れよ」
爆笑の渦に巻き込まれる。俺の真っ当な意見が、彼らにとっては面白い冗談だと捉えられたようだ。
「これで俺たちの目的は分かっただろ」
「分かった。その上で断る」
確かに魅力的だ。しかし、俺はこいつらを信頼できない。
あの時抱いた"理解できない生物"という恐怖は今なお忘れていない。こいつの提案に乗ったところで、骨の髄まで技術提供させられて、使い潰されるのがオチだ。
「俺たちを全員解放しろ。話はそれからだ」
「黙って聞いてれば偉そうに!」
叫んだ女をちらりと見て、ラサキが"指名手配犯のシエリか"と短く呟く。アルゴによって散々広められた手配書の内容をしっかりと読んでいたのかもしれない。
叫びに呼応して、再び剣を取るオレンジプレイヤー。怒りが膨張するのを感じる。
「止めろ」
それが瞬時に収まる。雨合羽の男がただ静止の声を発しただけで。オレンジプレイヤーだけでなく生産部のメンバーですら嘘みたいに静まり返る場を前に雨合羽の男はただ嗤う。自分一人に抑えられる連中がさぞ面白おかしいように。
「──俺以外全員解放しろ」
やっとの思いで出した言葉は、雨合羽の男がただ首を振るだけで否定される。
「流石にそれは無理だ。ただし───半数だけなら解放してやる」
「なんだと⁈」
まさか譲歩を引き出せるとは思っていなかっただけに、気の抜けた声を出してしまう。正直ここから半数逃がせるならかなり楽になるし、助けを呼んでもらえればこいつらが約束を守らなかった場合でもなんとかなるかもしれない。
「いや、それでも信用できない。そもそも解放すると言ってもこの場に放り出されたら、仲間の大半はこの場で死んでしまう」
「ならこれを渡そう」
「それは……!」
再び見せつけられたアイテム───その名前は回廊結晶。
「ただのオレンジ崩れがなぜそんなアイテムを大量に!」
回廊結晶は25層現在だと、前線の高難易度ダンジョンの固定ポイントからしか得られないアイテムだ。その場所を担当外であった俺は知らない。が、その数を全て合計しても2桁に届かないことは知っている。そんなアイテムを一つでなく、複数個持っているとは一体?
「へぇ知ってたのか、流石生産部のトップ」
平坦な声でほめたたえる雨合羽の男。その口から入手経路が語られることはない。
「選べ。誰を逃がしたいかを」
「!?」
そして彼は笑みを浮かべて問う。誰を死地から逃がすかの判断を、俺に。
「───その回廊結晶はどこに繋がっている」
「黒鉄宮だ。お前らのホームだ、ちょうどいいだろ?」
「なにが"ちょうどいい"だ。全部お前らの都合だろが」
「下らない事言ってないで速く逃がす奴選べよ」
「時間稼ぎは俺たちの心象を悪くするだけだぜ」
質問で時間を稼ぐ、決めきれない質問に対して少しでも考慮するために。しかし、それが許されている時間はあまりにも少なすぎた。
「逃がした奴らの安全確認する時間くらいはくれるんだろうな」
「それは約束してやろう」
「……チッ」
舌打ちを一つ。
それで俺の腹は決まった。14人の内13人は。
「逃がすのは、ナナ、ファンラ、ハツカ、トブネ、リョウケン、コアラ、ムササビ、タップ、バッス、エスケ、カブト、クワガタ、カナン、そして───」
ちょっとだけためらった末に、決断を下す。
「ラサキ」
「マクラギさん?!」
酷く狼狽した声が後ろから聞こえる。ワザマ、チビ、ノッポこの三人が離脱している今、この場で戦えるのは俺とジョー。そしてラサキだけだ。当然こんな危険地帯に残るならば、非戦闘員から逃がすべきである───と言うのは当然の思考だろう。
「万一の場合の対処だ。逃げた先が死地だった場合のな」
ウソは言っていない。実際に回廊結晶の行き先が黒鉄宮であるとは限らない。非戦闘員だけで下手なところに飛ばされればそのまま全滅一直線だ。
「騙されてあげます。後で沢山言い訳してもらいますから」
「……善処します」
───というのは言い訳だ。相手の思惑がどうであれ、俺たちに武器を製造させる気なのは事実。そんな状態で逃がした奴らを殺してしまえば、意地でも拒否されるのは目に見えている。
だからまぁここよりかは安全なのだ。ここで逃がした奴らは。
「OK話はまとまったな、なら半分に分かれてもらおうか」
言われた通り、素直に分かれていく生産部のメンバー。もしかしたら直接対面できるのはこれが最後になるかもしれない。そう思って逃がす奴らの顔を見る。少しの罪悪感を持つ者、単純に逃げ出せることに喜びを抱いている者、そして───俺を見つめる者。
これだけの人材が残れば、生産部はなんとか続いていくだろう。最悪俺だけがいなくとも。ただ視線に見つめ返したその時だった。
後ろの緊張が、音ごと消える。
「バイバーイ」
「ッツ貴様!!」
揶揄する声を追いかけるように振り返る。察した通り、その場には誰も居ない。
やられた! そんな言葉が心中に轢き渡る。
見せつけるように手に持っていた転移結晶はダミー。それに気を取られているうちに、俺が選ばなかったメンバーを連れ出し、選んだメンバーを残しやがった! 2個あるものは3個あるとは言うが、まさかそこまで揃えているとは。この場で一番レベルが高いであろうジョーが転移していないのは幸か不幸か。
「オイオイそんな怖い目で見つめるなよ、"誰を逃がしたいか"を聞いただけで、そいつらを逃がすなんて言った記憶はねぇぞ」
「必死過ぎて気持ち悪りぃな、絶対に逃がしたい奴でもいたのか?」
「──俺は全員逃がしてほしいと思っているよ」
小指と親指だけを立てるオレンジプレイヤーに果てしない怒りを感じつつ、カウントダウン。3,2,1,ゼロ。心に平穏を取り戻す。
「さぁ俺たちは半数を逃がした。今度は部隊長さんが守る番だぜ」
「その前にお前らが逃がした奴らの安全を確認させろ」
送られてきたばかりのメールを読む。連れ去られた全員は無事とのことだ。フレンド一覧を見ても、背景色が灰色、つまりログアウトしたメンバーはいない。
「───いいだろう」
手には使い勝手の悪いハンマーを、足元に豪華さだけを追求した鍛冶台を置いて俺は言った。
「貴様らの武器の強化請け負ってやるよ」
最初の直観。
雨合羽を被った男、pohは信用しない。という想いを忘れ半数を逃がされたことで多少なりとも信用してしまった俺は、こうして悪魔の誘惑に乗ってしまったのだった。
一生悔やむ選択になるとも知らないで。
次回「10秒の価値」
4/12に投稿予定です。