ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
ちなみに次回更新は4/19予定です(フライング次回予告)
「言っておくが、いくら俺の腕が良くても強化なら基材、新規作成なら添加剤が必要だ。どの程度用意してある?」
「安心しろ、ここまでしたんだ。大体の素材は用意してある。そこに居る荷物持ちから受け取れ」
荷物持ち。そう言って指さされたのは色黒の少年だ。見た目からは察するにまだ小学校に居てもおかしくない年齢だろうか
「初めまして。名前は?」
「そいつに名前なんてあるわけないだろ!」
名前を口に出そうとした少年を遮る下劣な声。
「そういうことなんで、あのなるべく必要性のないこと止めてもらってもいいですか?」
「……すまなかった」
趣味が悪い。どこか怯えたような様子に、ラフコフの荷物運び呼び。それは普段あの少年がどんな目にあっているのか察するに十分で───しかし今の俺にそれをする能力はあれど、実行する気はない。
全く───
「……クズめ」
「何か言ったかてめぇ!!」
「んなデカい声出さなくても聞こえてんだよ!! 自分たちのやってること客観的に見る頭すらねぇのかよ! 少しは静かにできねぇのかクソが!」
見張り役に逆切れで返し、適当な合金を雑にハンマーでぶん殴り製造開始。言われた見張り役はこちらに来ようとしていたのだが、周囲のオレンジに静止される。
(さて、2人。いや3人かな? 反応が速いのが)
武器の新規製造中は全ての動きがオートで行われる。故に思考程度しかやれることがなかった俺は周囲の観察に勤しむ。
先ほどの逆切れ。アレは本音8割の演技、オレンジプレイヤーの実力者探し。恐らくオレンジプレイヤーの強さは均一ではない。装備がまちまちだし、中には明らかに戦闘慣れしていない奴もいた。雨合羽の男には遠く及ばない実力だ。
とは言え、雨合羽の男以外全員が弱者かと言われるとそれも違う。問題は実力者がどこに何人いるかという話だ。
その結果が雨合羽の男を含めて3人。残りの二人は首に勾玉つけた奴と全身フードの男だ。顔は隠されており歳は分からない。
俺が敵対しなければならない時が来た時は、こいつらが最大の敵となるだろう。
そうならないことを願いつつ、俺は武器を打ち続ける。
用途が人を殺す武器を。
(そうならないように速く来てくれ、キバオウさん!!)
ノッポとチビはオレンジプレイヤーをなんとかやり過ごし、再び走り出していた。
やり過ごせたのは奇跡に等しい。隠れていた場所がたまたま暗所だったこと、貴重な気配を抑えるアイテムをふんだんに使用した結果であった。
「なぁいいのか、あのオレンジプレイヤーをそのまま行かせて」
「俺たちが勝てる相手じゃないだろ、キバオウさん達に助けを求める。それが一番の助けだ」
相方の言葉にノッポは首を振った。実際ノッポの言うとおりである。もし仮に不意打ちを仕掛けたところでこの2人では返り討ちに会っていただろう。
それでも納得できない感情があるのだろう。チビが「だけど……」そう言いかけて口を閉じる。
出口の光が見えたのだ。
「いくぞ!!」
チビは待ち伏せなど考慮しない。故に勢いよく飛び出す。
そして数秒後、彼は落下した。
「あぶねぇ!!」
理由も考えている暇はない。ノッポは手を伸ばしチビを救い上げる。座り込んだチビを
「なぜ───」
絶句する。
出口から続く道は無かった。空き地は無かった。解放隊の精鋭は居無かった。
出口の先は崖だった。今更ながらチビの落下に巻き込まれた石が落ちる音が響く。
「だってジョーさんの話だと、この先にキバオウさん達が」
彼らが通ってきたトンネルは一本道だった。抜け穴なんて無かったし、もしあったならばジョーから何かしらの忠告はあっただろう。
だから解放隊はここに居なければおかしいのだ。でなければ───
ありもしない、だがあってほしい答えを求め、ふらりふらりと千鳥足で出口のその先にノッポは向かっていく。
それをチビは引き留めた。
「冷静になれよノッポ!! ここには何もない!」
「でも! ここに解放隊がいなければ俺たちは、いや生産部はなんのために!」
どこまでも続くような広大な湖に向かって叫ぶ。
「そりゃ俺たちに殺されるためだろ」
「……え?」
誰もいないはずの背後から聞こえた声。その主は───
オレンジプレイヤーだった。
武器を雑に殴る。明らかに適性からは離れたタイミングで殴る。きっと適切なタイミングでそれなりに気を配れば上物になったであろう。そんな素材が劣化して弱点を持つヘタレた武器にしあがっていく。
きっとこれに気がつくオレンジはいない。それほど微細な欠点だ。それに"もったいない"という感覚を持ちながら素材を打ち祈る。
キバオウさんらはまだかと。
「次は"|almite ingot<アルマイト インゴット>"を頼む」
「分かりました」
「ありがとう」
武器の新規作成は終わり、次は渡された武器をひたすらに鍛えている。その手を止めるわけにはいかない。
オレンジプレイヤーの中には油断している奴もいる。しかし、実力者と思わしき3人は未だ油断する様子はない。
決起するとしたら、キバオウさんらが助けに来た時だ。
だが、あまりに遅い。解放隊を呼びに行ったノッポとチビ、そしてさらわれたワザマ達からは何の連絡もない。
知らせが何もないことが、勝手に悪い想像を掻き立てていく。
「最後───か」
そして、鍛えろと渡された武器は残り一本。これが終われば解放される筈だ。雨合羽の男がした話を信じるのであれば。
「添加剤を───さっきと同じ奴でいい」
「ああうん。どれのことだ?」
「今指している───ちがう一つ下───数が違う、違う多いんじゃない、少ないんだ」
荷物持ち君に俺の指示が上手く伝わらず、数分ほどわちゃわちゃしたが、最終的に今回の強化にはあまり適していない素材を数点受け取る。
ちらりと周囲を伺う。生産部のメンバーは全員仕事を終えている。終えていると言っても、周囲にはオレンジプレイヤーが最低一人はいるので逃亡は不可能だ。
仕事を残すは俺だけだ。
(とりあえず終わらせてしまおう)
武器に向き合う。今回渡されたのは小さなダガー。今回渡れた12の武器の内、最も整備されていると言っても過言ではなかった。
(どっかから奪ってきた武器かな?)
きっと持ち主はこの武器にかなりの情をもって使ってきたのだろう。その持ち主が今どうなっているのかは───きっと愉快な状態ではないだろう。
被害者の末路に思いをはせながら、装飾過多な槌を手に取り武器強化を開始する。
「さて、大体終わったな」
俺が武器強化を開始したタイミングで、雨合羽の男が立ち上がる。
「想定上の仕事だ。どうせ誰かが来て中断すると思っていたが、まさか最後までやり遂げてくれるとはな」
(俺はまだ終わってないんだが!)
内心のツッコミを無視し、雨合羽の男は宣言する。
「It's ShowTime」
それと同時に始まるのは卑劣な不意打ち。オレンジプレイヤーのナイフを回避できる生産部のメンバーなぞ存在しない。宣告とほぼ同時にバッタバッタと倒されていく。HPに浮かぶは麻痺毒の証。
待て、ならばなぜ俺は倒れていない?
左を見る。荷物持ち君がダガーをもってこちらを見ていた。なにを考えるまでもなく、槌を投げつけ、横っ飛び。
「わぁっ」
荷物持ち君の悲鳴と共に、ダガーが地面に落ちる。
攻撃は受けていないのだから麻痺になることはない。だが動けない。仕様だ。鍛冶スキルでの挙動はほぼソードスキルと同じ。故に中断時のペナルティは同じ、一定時間の硬直だ。
「っちアイツ、臆しやがって」
「お仕置きするしかないな」
「後にしろよ」
硬直はおおよそ10秒。しかし、この場においてそれはあまりに大きかった。軽装の男に馬乗りされ、剛腕な男に腕を取り押さえられる。もはや身動きは取れない。
それが意味することはつまり───管理者権限を実行する簡単なアクションすら実行できないということだ。
恐怖が俺を襲う。俺以外が5ヶ月前に感じたものと同様。茅場のデスゲーム宣言による、セーフティーなき死への恐怖である。
しかし、死は俺の横を潜り抜ける。その切っ先が向いたのは
「つぼみ!!!」
思わず叫ぶ。叫ぶが、その凶刃を止める手段はない。
「なおちゃん」
ポリゴンの破砕音。
何かに納得した。そんな顔を浮かべて。
ラサキの体力がゼロになった。
私ィこと、ラサキ。本名:無茨 蕾はあるおまじないを持っていました。
その名も"人の名前と顔を完全に一致させるおまじない"です。
教えてくれたのは今は亡き私の母。クラスメイト全員の名前を覚えられず泣いていた……そんな小学校の私ィを助けてくれたおまじないです。
このおまじないは結構便利でした。百の自己紹介を聞いた直後でも、相手と目が合った瞬間に必ず名前を思い出すことができたのですから。
私はこのおまじないの効果に絶対の信頼を寄せていました。
だからこそあの時私ィはとても驚いたのです。
おまじないはばっちり機能しているのにも関わらず、生産部の隊長さんの名前が分からなかったのですから。
見覚えのない二重の目も。負担は固く結ばれた口元があの時は大きく開いていたことも。平均的な高さの鼻も。あの頃とは違ってしっかりと整えられた七三分けも。
何もかもが普通の、初対面の男に見えるのにも関わらず、致命的な齟齬を含んだソレを、今でさえ鮮明に思い返せます。
なんて奇妙な顔! 初対面の光景を思い出して、ついクスリと笑みが零れます。きっと彼が私の前であれほど素をさらけ出せたのはアレが最初で最後だったでしょう。
彼の立場は察していました。おまじないの正体は効率的な記憶方法。顔や仕草を名前に紐づけて覚えるための効率的なプロセス。だからこそ顔を変えて仕草だけ残った男の名前なんて分かるわけがない。
ですが逆にいえば顔を変えている。それで逆説的に正体が分かるのです。
彼はアーガスの関係者です。しかもデスゲームとなったソードアート・オンライン内部のデータをいじれるほど、茅場晶彦と関わり合いが深い。
こうしてマクラギさんの立場は、私ィの脳内推理で暴きました。でも、彼の正体、リアルの誰なのかは中々たどり着けませんでした。
彼はウソつきです。本心を上手に沈めるのが得意な人でした。感情がダイレクトに出やすい仮想世界で、あれだけの表情の取り繕いができるのです。現実ならなおのこと手慣れたことでしょう。
それでも、彼は感情がありました。趣味嗜好がありました。苦手なものがありました。
およそ100日。彼と再会してからの日数。
「あの、なにか?」
「アーガス社に知り合いが入社したらしいんです」
マクラギさんって何故か私ィと距離とってますよね?
「
だってマクラギさんは───自分の感情を持っていたから。
これだけの日数探ればどんなひねくれた人間だって素が見えてきます。
あなたに感情に共感したいから、100の雑談をしました。
あなたの境遇を確かめるために、沢山の質問を重ねました。
あなたの嗜好に沿って、キバオウさんにラーメンフェスを推し進めさせました。
もっとあなたを知りたかったから。
ここまで思い返して、そっと嘆息しました。
そうして得た99の状況証拠と9割9分の私ィの確信。これだけあればあの人の正体を暴くのは簡単。後は直接問いただすだけでした。
そこで私ィの行動は止まりました。
私ィは臆病者です。カウントダウンパーティやラーメンフェスの時といい、聞き出せるタイミングはいくらでもあったのに関わらず、最後までマクラギさんから無理やり聞き出すことができませんでした。
マクラギさんは善良な人でした。マクラギさんは賢そうに見えてどこかしらが抜けた人でした。マクラギさんは一緒に行動して苦にならない人でした。
でも、全部嘘ではないか。
9割9分の確信と1分の懸念。
その懸念がどうしてもぬぐえませんでした。
もしこの懸念が当たっていれば、今の関係は崩れてしまうでしょう。
そのリスクに怯え、この臆病者はその一分を超えることができませんでした。
マクラギさんが明らかに私ィとの関係に線を引いていて、それでいて大切に思っていてくれてて、その境界線ギリギリが存外居心地が良かったのも現状維持を後押しして、
「つぼみ!!!」
だからこそ、彼の正体にたどり着くまでここまでかかちゃいました。
「なおちゃん」
こんな今わの際で確証を得る事になるとは思わなかったけど。
最後にマクラギさんの顔を目に焼きつけて、私の体が無数の粒子になって弾けました。
楽しかったんです。この日々は。あなたのそばに居れて。同じ方を向きながら、同じ時を過ごせたあの日々が。
こんなことになるとは思っていなかったからこそ、もう戻れないあの日に酷く焦がれます。
けれども私の願いなど何の力もない。
目の前で無機質なシステムメッセージが"GAME OVER"ともう戻れないことを伝えてきます。
もう伝える術を喪った言葉が最後に口から漏れました。
「私ィも好きだったよ」
そして私ィは最後の一線を超えました