ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
「なおちゃん」
そんな何かに納得したような顔をして、目の前でつぼみが砕け散る。
それは死だ。一つの物語の終わり。覆せないバットエンド。
だがそれを覆せるのが俺だ。
残り10秒
管理者権限。デスゲームと化したこの世界で正真正銘の無法。
これがあれば終わりを消し飛ばせる。
そのためには、拘束しているコイツが───
「邪魔だ」
目の前の死を直視し、わずかではあるがようやく緩んだ拘束からぬるりと抜ける。相手は抜けきったところでようやく動き出すが、俺のほうが速い。
そのまま大剣を頭に打ち砕ききる!
「ガッ!」
もとより相手は敏捷に割り振っていたような軽装だった。ソードスキル無しの背後からの一撃で体力を消し飛ばすことに成功する。
クイックチェンジで取り回しの良い小剣に持ち替える。一人殺した程度では終わらないのだから。
残り9秒
「お前!」
「死ね」
凶行に慌てて剣を握りしめた。そんな男の首を刺す。先ほどの男とは違い、ある程度は筋力に割り振っているのだろう。HPを一撃で消し飛ばすことはできなかった。
しかし男は崩れ落ちる。先ほどの短剣に麻痺毒を付与していたからだ。
残り8秒
「全員動くな! こいつを殺すぞ」
腰の大剣に持ち替え、そのまま首元に剣を突きつける。装備していないので火力はでない。とはいえ、足元のプレイヤーを殺す程度の火力は出せる。
人殺しの集団に人質なんてもの通用するとは限らない。だが確実に足を止める手段に成り得るだろう。その隙に管理者権限を───
「_ッツ」
しかしその期待は裏切られる。投擲されるナイフの群。俺に向けられた分ははじくが、足元の人質までは守れやしない。そのまま足元にポリゴンの渦が発生したのを感じる。
投擲の主はあのポンチョだ。
残り7秒
「生産職の雑魚がいきがってんじゃねぇよ!」
そして一人の短パン男が突っ込んできていた。動き出していたのは最初の男を殺した直後。その勢いはまさしく猪のようであった。ただただ俺を害するという目的で突っ込んできていた。
ここ一番において、こういった手合いが一番対処に困る!
だが攻撃圏内の敵はコイツしかいない。もし無効化できれば、何の憂いもなく管理者権限を実行できるだろう。
しかし貴重な10秒は刻一刻と減りつつある。猶予はもうほとんどない。
「アイアス」
刹那の思考の末に、戦闘を避ける手段を取る。クイックチェンジで展開したのは巨大な盾。その高さは2mを超え、俺の前方を完全にガードする。
絶対に壊されることのない盾、俺が作り上げた逸品だ。
ここで使い潰すのが確定している。それがもったいないと思ってしまうほど。
残り6秒
アイアスに、男が突っ込んだのだろうか。微かにアイアスが揺れる。その程度でアイアスは破れず、そして───
「ゼロ」
崩壊していく。これが絶対に壊されることのない盾たる所以だ。壊される前に自分から砕けてしまえば決して壊されることはない。くだらない言葉遊び。通常時のソードアート・オンラインであればネタアイテムの域を出なかっただろう。
しかし逆に言えば時間を稼ぐのにこれ以上の武器はない。
残り5秒
視界が過度なポリゴンで溢れ、彼らとの視界を遮る。普通なら何も見えないだろうが、俺は千里眼眼鏡の効果で位置を把握出来ている。誰一人としてこちらに来ていない。
時間は稼いだ。ここまで来れば管理者権限発動まであと僅か。認めてしまえはもう止まれない。
俺は、ラサキが好きだ。あのほんの少し間延びしたかのような声が、特徴的な泣きほくろが、あの美しい髪が。そして多くを察しながらも、俺のために追及を避けてくれたあの優しさが、否定できないほど好きなんだ。
「言いたいことがあるんだ」
さぁやろう。約4ヶ月ぶりのウリエルの御登場だ。自然と指に力がこもり───
「は?」
唐突に視点が落ちた。
思考が追い付かない。なぜ倒れ込んだ?
殺人集団は誰も動いていない。気持ち悪い顔を浮かべて俺の後ろを見つつ嗤っていた。
「俺を見ていなかっただろ?」
犯人は分かった。ジョーだ。"なぜ___?"寸前まで出た声を出す時間すら惜しい。解放隊の一員が攻撃を加えてきた理由を考える思考は捨てろ。
今肝心な事実は麻痺毒付きのナイフで刺された。ジョーは敵。それだけでいい。
残り4、いや3秒。まだ、まだ打開できる策は残っているはずだ!
口の中の小瓶、解毒ポーションを舌で転がす。
「ヒーr「それは既に見てっんだよ!!」」
ナイフが頬を貫き、その穴から大切なポーションの中身が消えていく。それで終わらせたつもりか! 麻痺毒を治すのはポーションだけにあらず。デメリットこそあるが、一部の薬草にも麻痺毒を解除する効能はある! 口の中のものを全てのみ込む。酷い味だ。だが麻痺毒は解除した。
残り2秒
「無駄なことすんなよォ!」
ナイフの拘束を振り切り立ち上がる。だけどその後が続かない。ジョーの蹴りが腹に刺さる。削れる体力バーの動き的に体術スキルを取得しているのだろう。攻略組の一員の実力は伊達ではない。片手剣を取り出す暇もなく取り押さえられて、再度地に伏せる。状況は絶望的だ。
それでも、それでも───
思考を巡らす。なにかあるはずだ。なにかこの危機を打開するだけの何かがなきゃいけないんだ。
「10...9...めんどくさい、やめだ。テンカウントは必要ないだろう? なぁ?」
しかし俺の望みなんて大した力じゃない。どれだけ切望したって俺にはシステムを超えられない。今俺の状況で───とれる方法はない。
「あぁ」
世界で最も重要だった10秒は過ぎた。
ラサキの___無茨 蕾の死は確定した。
「全てが終わったかのような顔をすんなよ、これからが本番だってこと忘れてないだろうな?」
「やめろよ、これ以上は───」
オレンジプレイヤーがこの後どうするか、その答えは分かりきっていた。けれど否定したかった。
俺の静止は無力だ。
「安心しろよ、お前と副部長はとっておきにしてやるからさ」
邪悪な笑みを浮かべ、ポンチョの男が号令を出す。俺の後ろ、すなわち生産部のメンバーを害しろと。
「やめて」
「死にたく─」
「いやだいやだ」
「地獄に堕ちろ!」
末後の悲鳴が大量に響く。……生産部のメンバーが大量に殺されていく。あと少し、あと少し手が伸びればそれを覆せるというのに。システムによって阻害されたまま、手は動かない。
「これで終わりか?」
「ああそうだな」
あまりに短時間で大量に死んだせいだろうか。かつて人だったポリゴンがこちらの視界にも映り込む。開発中に飽きるほど見ていたというのに、それでいて現実味のない景色だった。
「悪魔」
主導者のポンチョ男とその取り巻きが、もうそれにしか見えなかった。人ができる所業ではない。これと生物学上は同種であることなんて認めたくなかった。
「さてメインディッシュの時間だ。生産同好会のメンバー様?」
そして生産部のほとんどを殺しきった悪魔はこちらに剣を向けた。
次回「視界をあぶる火は」
4/26 投稿予定です。