ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者 作:眠猫の玉手箱
全てが手遅れになって数分後、ようやく立たされる。
いっそ殺せ。やけっぱちになった心がそう叫ぶ。
殺されるわけにはいかないのに。
こんなことになっても、自分が持つ管理者権限に価値を感じてしまい嫌気がさす。管理者権限は愚者が持っても、それなり以上の働きをする。真の愚者はタイミングを逃し、発動すらできないだろうが。
どうやらこの悪魔共は俺をそう簡単に殺すつもりはないらしい。ゲスの目線がチラリちらりとコチラを視姦する。残留した全員をそうすれば良かったのに。そんな最低極まりない考えが頭をよぎり、視界を炙る。ラサキ達が死んだのは俺の責任でもあるというのに、死ぬよりもより辛い拷問が良かったなど茅場より劣る思考だ。
思考は堂々巡り。驚くほどにここから抜け出る方法が分からない。だからと言って考えを止めるにはいかない。けれど思考はどんよりと巡っていく。抜け出せなければならないと思いつつ、思考は泥混じりの水のように回らない。
ふと気がつくと、別の広場に移動させられていた。手足には鎖。正面にはナナ。
「どうするつもり!」
ナナだけの拘束が解かれると同時に、オレンジプレイヤーが離れ遠巻きに包囲する。
それはまるでコロッセオの用だった。観戦する客が見るのは殺し合いを強いられた───罪人。
「副サークル長様はまだ分かっていないと見える。サークル長様は気がついているみたいだぜ。ここは殺し合いの場だと」
驚くほど張る声でルールの宣告が始まる。
「なぜ、ナナと戦わないといけない」
ぼんやりとした頭で訳を問う。
「勝った方を逃がしてやると言えば?」
「保証がないだろう。あれだけのことをしておいて、信用が残っていると思うな」
武器を鍛えさせた挙句、逃がしてやるという言葉を翻した。皆を殺した。
それだけのことをやったんだ。信頼が残っているわけがない。
しかし、雨合羽の男の冷笑は崩れない。
「俺の言葉に従わずに逃げられるのか?」
「それに縋るくらいなら、全力で抵抗した方がましだ」
「てめぇはそういうんだろうな。だが、後ろの女にそれほどの覚悟はあるのか?」
声には出さない。出さないが、ありえてしまうと気がついてしまう。
俺はもう手遅れだ。ラサキを助けようとした時に、人を殺してしまった。超えてはならない一線を越えてしまった後、再度超えるハードルは驚くほど低い。それに自分の命にはもはや価値を感じていない。
だがナナはどうだろうか? あの自分と姉の安全第一の彼女が、今まさに何を考えているかなど分からない。
泥まみれの頭に悪魔の言葉が差し込む。思わず───
「剣を握りしめたな、後ろの女を殺すために」
僅かな動きだった。しかし、雨合羽の男はめざとかった。
「違う」
「違わない、お前は人殺しだ。生きるために殺せるやつだ」
「あれは助けるために!」
ラサキを助けたかった。助けられるハズだったんだ。こいつらさえいなければ。
「違わないよ」
「ナナ?」
だけどそれは、後ろの彼女には届かない。
「あなたはラサキさんが死んでから動いたんだから」
「ッツ‼」
聞き流せない言葉と共に、ナナが腰の短剣を取り出す。それは俺が作成した剣だ。効果は───
「私は生きたい、マクラギなら分かるよね? なるべくなら───確実に」
剣離さぬ俺を見限るように首を振り、ナナは剣をこちらに向ける。
「始めよう、マクラギ、分かってるよね?」
分かっている。泥混じりの思考を回さなければならない。最悪を更新しないために。
「くそっ!!」
今から避ける方法はない。鎖はそれほどに重い。
腰に手を回す。装備している余裕はない。大剣でそのまま受けきる。
「!?」
「困惑してるの?」
大剣を振り上げる。それを余裕をもって避け、距離を取るナナ。
「それで倒せると思ったの? 言っとくけど私、デスゲーム前はそれなりにガチってたんだよ」
そう言って彼女はポーションを取り出す。
「私はベテランポーションマスター。奥の手のポーションはいくつか用意してある」
そこから出るのは緑・黄・赤......色鮮やかに毒々しいポーション。それら全てを次々飲み干していく。
「その中の9コ。これだけバフを重ねれば、今のマクラギよりかは強くなれる」
「オイオイ、最後のブルーベリー色のポーションなんだ?! 俺知らないんだけど?!」
「量産不可能だから。量産したければカリム水用の素材、100ダース分寄越せ」
「無茶いうな!」
クスリとナナが笑った。
「こうやって言いあえるのも最後なのかな」
「最後だとすれば残念だな」
「悪くなかったよ、気軽に言いあえる相手は、この組織は」
雨合羽の男が立ち上がったのを見て、話は終わりだと剣を向けあう。
「覚悟はできた?」
「おかげ様で」
そして俺は剣をあらぬ方向に棄てる!
「今だ!」
「ッチ、馬鹿共が!」
代わりに取り出したのは煙幕玉。瞬く間に煙が充満し、一時的とは言えオレンジプレイヤーからの視線を遮ることに成功する。
数歩右にずれてナナから短剣を受け取る。ナナが俺、お互いがお互いを見失うことはない。俺には千里眼眼鏡でプレイヤーの場所を把握できるし、ナナはブルーベリー色のポーションの効果で視力強化を得ている。
差し出された短剣を装備し鎖にぶつける。この短剣は素材加工用でありとても硬い。予想以上に容易く砕けた鎖を振り払い、砲弾と共に投擲。
「爆弾だ!」 「生産部のお家芸だ!」 「伏せろぉ!!」
大混乱の中、反対側に逃げようとしたナナの手を引き着弾地点へと跳躍する。平時ならばお家芸扱いしやがった奴に訂正を入れるところだが、そんな余裕はない。
ないので発言主の目を両方潰し、突破口を開く。
「不発弾じゃねぇか!」 「逃げた! アイツらが逃げた!」 「前が見えねぇ!!」
「攻撃に私怨を感じる」
「別に大した恨みじゃないさ」
精々特攻により貴重な10秒を消費させられただけである。
走る。走るが、俺はともかくナナは完全にステータスで負けている。
「お前は確実に生き残りたかったんじゃないのか?」
「アンタたちよりマクラギの方がまだ信用できる! その汚れた手を離せ!」
ナナの肩に手がかかる。なんとか振り払うが、もう一度手を伸ばされる。きっとそれを無視して走り抜ければ俺は逃げ切れる公算が高い。ナナを囮に時間を稼ぎ、管理者権限発動。それだけでゲームセットだ。
「そういう訳にはいかないだろうが!」
足を止め、振り返り様にナナの後ろに一撃。その先に見知った顔がいた。
「裏切った感想は?」
「最低だ、最も絶望的な状況で明かしてやろうと思っていたのによォ!」
解放隊だったはずのジョーがそこに居る。当然だ、彼は奴らとつながっていたのだから。
「よかったな! てめぇの望みは叶ってるよ」
「どこがだよクソがぁ!」
ジョーが知る由などない。自分がどれだけ最悪のタイミングで裏切ったのかなんて。こいつが居なければラサキは! 生産部のメンバーは! 視界の火に誘導されるがままに装備変更する。
「最高火力で屠ってやる!」
「マクラギ?!」
ギミック発動。手に持った片手剣がガチャンと金属質な音をたてて拡張される。その手に握るは深蒼の長槍。
「まさか変形完了まで待ってくれるとはな」
「悪役はなぁ、変身が終わるまで待つもんだろぉ?」
「なら座して待ってもらおうか! 死ぬまでな!」
突き刺す。槍を、地面に。
意図を問うかのようにジョーの目線が上がる次の瞬間。
「んなぁっ?!」
槍が際限なく広がる。横へ横へと。それは攻撃ではない。ただの───
「壁かよ」
目線は遮った。それでもジョーの態度は分かる。さぞかし拍子抜けでつまらない結果だと思っているのだろろう。
───その油断が欲しかった!
「壁越しにソードスキルだと!」
「死ね」
ジョーが不用意に上げた声。そこから壁越しの位置を推察する。発動するは突撃4連撃ソードスキル“ソニック・スクエア“。1撃目の突撃で壁を容易く打ち砕き、残りの3連撃が油断しきったジョーに命中する!
渾身の一撃だった。
「やるじゃねぇかよ。見直したぜぇ、マクラギ!」
(クソがっ!)
だがしかし、声はまだ止まない。
仕留め切れなかったのだ。頭上に踊るHPの残りは僅か5%。その僅かがジョーの命運を分けていた。
ジョーの狂刃が技後硬直に陥った俺を目指す。他のオレンジを牽制しているナナの援護は間に合わない。咄嗟の判断ができるほど彼女は強くない。
危機的状況。だが保険は残っている!
「ゼロ、伸びろ如意棒!」
「ちっ!」
地面から棍棒が伸びる! 流石に後ろに避けられてしまうが、技後硬直から抜け出せる時間は得た。
如意棒と呼称しているこの棍棒は、20層の猿エネミーから稀にドロップする代物だ。火力・耐久共に優れた点はないが、最大の特徴はボタン操作で最小10mm、最大2mの長さになると言うもの。不意打ちに便利な性能をしている。
「その武器はボタンを離した瞬間に伸びるはずだろ!」
「作っていた。出現してから5秒後に耐久値全損で消滅する抑えをな」
「ハッケ! そんなことはどーでもいいんだよ。俺が求めるのは面白くさせて、そして殺されることだ!」
フードで顔を隠したオレンジが疑問を叫ぶ。それを切って捨てたジョーは回復結晶を使用。速攻で回復すると同時に再びの突撃。
「もう一回!」
「!!」
槍から壁を展開。広がり切る瞬間ジョーの顔が見えた。疑っていない顔だった。体力バーが残り僅かになったにも関わらず自らの勝利を疑わず───
そして心の底からこのゲームを楽しんでいる顔だった。
その笑顔は俺たちがこの世界を創っていた時に求めていたものだった。「ソードアート・オンライン」というタイトルは、遊びだったのだ。ユーザーに楽しんでもらうための。
だが今はその表情が、茅場の暴走よりも、木田センパイの痴態よりも、押しの異性トラブルよりも───
(気持ち悪い)
壁が広がり切った。
ジョーは昂っていた。マクラギという幸運に感謝していたと言ってもいい。
「3月30日」の悲劇において彼に殺人者としての出番はない。それが彼への指示であった。
それに従えばもっと楽しい舞台が整うのだろう。
「でも殺すよォ!」
そんなものは無視してジョーは自分の欲に従うことにした。リーダーは色々考えているようだが関係ない。生存者はジョーただ一人。この際多少疑われてもどうにかなる。最悪スパイの真似事なぞやめて、自らの立場を堂々と表明すればいいだけだ。
マクラギとの対決は2度目だ。彼の実力は絶妙だった。決して弱くはないが、とは言え焦りのある彼に遊べる程度にはジョーが強いのも事実だった。マクラギは奇策が対処されるたびに微かに悔しそうな顔をするのがいい。
(やっぱりよぉ、反抗的な奴を殺す方が愉しいなぁ!)
逃げ出してくれて嬉しかった。戦いに応じてくれて、ジョーは心の底からはしゃいだ。これでもう一度楽しめる。
数打のやり取りの上再び壁が展開される。
(さぁ次はなにを見せてくれるんだ、マクラギよぉ!)
言葉には出さず思考を纏める。警戒するべきは再度の壁抜きソードスキル。だが壁の色が青でなく赤、先ほどには無かった火が何かを焦がすかのような音が響いてくる。
確実になにか仕掛けがある。そんなことは明らかだ。だがジョーは様子見を選ばない。即座に壁に突撃2連ソードスキル"ラビット・ブレイク"発動。
しかし先ほどと違い壁は破れずヒビが入るだけ。どうやら先ほどの壁より耐久値が高いようだ。そのことに気がつくが、壊せない訳ではない。マクラギの動きがないことに不気味さと、先延ばしにされたワクワクを感じつつ、通常攻撃で壁を完全に破壊する。
「───面白くないな、今後は逃げたのかよ」
壁の先には誰も居なかった。マクラギも、ナナとかいうメアリーの妹も。
壁が破壊されたのと同時に短剣が飛んでくるが、そのまま叩き落す。無人の罠だ。さっきから聞こえていた音の発生元は足元に散らばる着火剤だ。罠に繋がる様子はない。
「着火剤は何のためだ? まぁいいぜ、付き合ってやるよ。今の俺は機嫌がいいからな」
ジョーの嗤いが絶やすことはない。自分がどれだけの快挙を成し遂げたのかも知らずに。
「ところでその短剣使っていい?」
「───好きにしろ」
ラフィン・コフィン幹部"ジョニー・ブラック"
見出した愉しさに従い、この世界を進撃する。
次回「汝、最悪に近い愚行を貫けるか?」
1週間以内に投稿します。