ソードアート・オンライン 全プレイヤーの裏切り者   作:眠猫の玉手箱

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今更ながら本章タイトルは「25層攻略編」です。


汝、最悪に近い愚行を貫けるか?

 たどり着いた木の洞を背にナナが座り込む。ひとまず危機から逃れて緊張の糸が切れてしまったのだろう。本音を言えば俺も座り込みたい。座り込んだ上で全てを投げ出してしまいたいが、投げ捨てたくない荷もまだ残されている。

 

「ナナ、お疲れ様」

「まだ終われない。家に帰るまでが遠征なんだから。一度逃げ切れたからと言って安心できる状況じゃない。速く───2人で帰還する方法を考えないと」

「いいや、帰還するのは1人だ」

 

 指を1本立てる。それを信じ難いものを見るような目が追う。

 

「1人?」

「ああ」

 

 確かな肯定、それと同時にナナがはじけ飛び距離を取る。擦れ切った眼に微かな光を宿し、小さな刀をこちらに向ける。無駄な抵抗だ。

 

「それに殺傷能力はないだろ。籠手の一つくらいなら砕けるかもしれないがな」

 

 ナナが持つのは先ほど鎖を砕くのに使ったのと同型だ。物を砕くのは得意だがダメージは伸びない。それは武器ではなくただの器具だ。

 

「逆にコレがマクラギに渡された時のままだと思っているの?」

「さぁな」

 

 ナナの息が激しい。言葉が荒い。バレバレのブラフ。ナナだって分かっているのだろう、よーいドンでやったら100%間違いなく俺が勝つことくらい。

 

「私はなんとしても生き延びたい。そう姉さんと約束したんだ」

「知ってる。ナナがそう願っていることなんて」

 

 常日頃からそう言っているんだ。聞きたくなくても頭の片隅には残り続ける。

 この選択に迷いはある。けどその迷いが合理ならこれは誠意だ。守るべき全てへの。

 迷いを振り払い、その決断を口に出す。

 

「お前が俺にセクハラしろ!」

「………なんて?」

「だからセクハラ」

 

 瞬時に来るは霹靂春雷の暴。

 

 

 1分と30秒後二人とも息絶え絶えだった。

 

「危ない所だった」

「こらえろ、こらえろ私」

 

 なんとか止め切れた。暴力的な衝動に身を任せた彼女を鎮静化させられたのは世界最大の偉業だろう。これでどちらかがオレンジになっていたら計画の大幅な修正が必要になるところだった。

 何度も深呼吸して赤い顔を抑えるナナを、馬でも押さえつけるような動作のハンドサイン。直球の右ストレートをギリギリで避ける。

 

「落ち着いて普段通り、殴り殺したいときほど冷静に」

「えっ今ので殺す気だったの」

「今だけは押さえとく」

 

 1.2.3と数え、本人だけは極めて冷静だと思ってそうな表情でナナは本題に入る。

 

「マクラギが言いたいことは分かってる。ハラスメントコードを利用する。そういうことだよね」

「そうだな」

 

 ハラスメント防止用コード。異性あるいはNPCへの一方的な接触が続いた場合発動する。その効果はプレイヤーを黒鉄宮の牢の中に転移させられるというもの。つまりはそれを使えば逃げ切れる。この殺人者がひしめき合うこの場から。確実に。

 だが、ナナがこの方法の問題に気がつかない訳がない。震える声で俺の真意を確認する。

 

「マクラギが知らない訳ないでしょ? どっちが転移する側かって」

「知ってるさ、黒鉄宮に転移するのはセクハラした側だ。された側じゃない」

 

 ナナが逃げていい。そのことを確認したナナが激情のまま言葉を発揮しようとし、黙りこみ。考え始めたナナを俺は黙って見つめる。

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 私は酷い人間だ

 沈黙が破られる言葉はそれだった。

 

「死ぬであろう場所に、私はマクラギを置いていく」

 

 お互い状況は理解している。生産部は半壊した。頼りになるラサキは目の前で殺され、連れ去られたワザマの安否は分からない。運よく逃げ出せたナナと俺だって、あの殺人集団に再度捕まってしまえば、もはや命はないだろう。

 

 ナナはこの地獄から逃げられるのだ───俺を置き去りにすることで。

 

「仕方ないよね。ハラスメントコードで逃げれるのは一人だけだもの。マクラギがこの後死んだとしても私のせいじゃない。私は悪くない」

「その通りだナナ」

 

 マクラギは死ぬ。もう既に決定した未来を語るかのように、濁り切った泥のような眼で彼女は呟く。

 

「私はもう死人と話したくない」

「分かった。触れ、それだけでお前は逃げれる」

「身近な人がこれ以上死んでほしくない。それは私の本心。けれど──」

 

 彼女は思い詰めた表情で、星形のアクセサリーを握りしめ、一番の願いを言う。

 

「私は死にたくない。死にたくないからこそ、マクラギの方が生き残るべきだったと後で考えたくない。

 誰かを見捨てて自分が生き残るなんてこと、肯定されていいわけない。私は悪くない。だから自分自身を悪人に置きたくない」

「気にするな。お前はお前の正しさを行け」

 

 何度でも自分は悪くないと呟く彼女を肯定する。そうでもしないとナナの心が持たない。

 

「だったらなんでマクラギは抵抗しないの?! 私の行動が正しいと思っているのなら、マクラギも逃げ出そうとしてよ!」

「やだ」

 

 手でナナの口をふさぐ。

 

「危険を前にして、逃げ出すのも立ち向かうのもどっちも正解なんだ」

 

 ただ人によって、どちらを取るかが違うだけで。

 

「マクラギも姉さんと同じだね」

「さぁな。メアリーさんのことはあんまり知る機会が無かったからな」

 

 ナナ曰く"破滅勇者願望持ち"だったか。正直あんまり褒められている気がしないのだが。いや、ナナが姉を慕っているのは分かっているけれど。

 

 どこかで怒号が聞こえる。時間切れまではそう遠くない。

 

「あんまり気負うなよ。気にするなって言っても無理だろうけど」

「分かってる。時々思い出すくらいはしてあげるから」

 

 ナナがパーソナルスペースを超えて接近する。

 

 頬に熱い感触。

 それと同時にハラスメント警告のウィンドウが目の前に出る。 

 

「ナナ、お前」

「最初で最後の大サービス。やる気出た?」

「…ありがとう」

 

 目をつむる。

 

「ボタン押すぞ」

「バイバイ、マクラギ」

 

 そんな別れの言葉を吐いて、転移音と共に彼女は消えた。数少ない、ひょっとしたら唯一になるかもしれない生存者として。

 

「生き残れてよかったな」

 


 

 マクラギは馬鹿だ。そして私はその馬鹿さに助けられた。

 ナナが目を空けた先は黒鉄宮の牢獄。生産部は黒鉄宮がホームとは言え、慣れ親しんだ場所ではない。20層に作られた新拠点ができてからはずっとソッチに居たし、そもそも牢獄エリアなんて近寄りたくもなかった。

 

(マクラギはDKB爆破した冤罪で少しの間入ってたよね。どんなことを思っていたんだろ)

 

 私は知らない。でもきっとラサキさんは知っていたのだろう。

 

「私も聞いておけばよかったな」

 

 きっと聞く機会はもうない。逃がした側と見捨てた側、そんな関係性ができてしまった以上、もう二度と元の気軽に頼れる関係には戻れないだろうと。

 

「───そんな事を考えている場合じゃない」

 

 将来への打算は後回し、今はせめてマクラギへの助けを。

 幸いなことに彼女は(ほぼお飾りだが)副リーダーにして、自他共に認められているベテランポーションマスター、ALS以外のトップ以外───例えばALSの攻略部と犬猿の中であるDKBのリーダー、リンドの連絡先でさえ知っているのだ。

 

 きっと彼らに助けを求めれば、ALSは莫大な借りを作ることになる。あのエリート面共に借りを作るなんて死んでもごめんだ。なんて風にALSの過激派連中は叫ぶだろう。

 

 だからなに? ナナは最低限の配慮すら投げ捨てる。そもそも近くに居たのにも関わらず助けに来なかったのは向こうではないか。そんな遅い奴らに配慮する必要はない。姉さんが来てくれなかったのもきっとアイツらのせいだ。

 

「おう、アンタは無事に戻れたんだな、よかった」

 

 メッセージを出すためフレンドリストを出そうとしたその時だった。オレンジプレイヤーに逃がされた鍛冶屋のアラシが牢の向こうに現れる。

 

「無事だったんだ」

「マクラギに選ばれなかったお陰で───というにゃ卑怯か。とにかくあの時に逃がされたメンバーは全員無事だ」

 

 マクラギがメールで安否を確認していたとはいえ、不安だったのは確かだった。その懸念が払しょくされてほんの少しだけナナはほっとした。

 

「逆にあの時残された面子は───いや生命の碑で分かっているからアンタの口言わなくていい。今は逃げれたことに感謝しておけばいい」

 

 生死を確認しようとしたアラシの言葉は、ナナの顔を見て止まる。生命の碑は嘘を書いたことはない。例えどれだけ受け入れがたい事実であろうと。SAOのシステム経由ではなく、生存者の口から聞かなければ信じられないと嘯いていたアラシであったが、ここに来てようやく彼らの死を受けいれた。

 

「聞いて。マクラギはまだあの場に居る。あとジョーは敵、奴らと通じてた」

「なんだと?! やっぱりか」

「やっぱり?!」

 

 だが動揺が無かったわけではない。ジョーの裏切りの報を聞き口を滑らせてしまう。あたかも、既に裏切りを予期していたのだと言わんばかりに。それをナナは聞き逃さなかった。

「どうして?! どうして言わなかったの?! それが無ければ───マクラギじゃなにも変わらなかったかもしれないけど、何か変わったかもしれないのに!!」

 

 少なくともあの場面でマクラギが不意を打たれることは無かった。とは本人の性格上言いきれなかったが、既に亡くなっていたラサキさんはともかく他のメンバーの死は防げていたかもしれない。その思考に沿ってナナはアラシを責めるように大声を出す。

 

 しかし、アラシは力なく首を振る。 

 

「俺だってここに戻るまでは露程に疑ってなかった。だがあの光景をみた後じゃな」 

「あの光景?」

 

 気になるワードを問いただす。本人も無意識に零れた言葉だったのだろうか。思わず口が滑ったとばかりに渋い顔をするが、ナナは追求をやめる事なんてしない。

 

「今のアンタは聞かない方がいい。そう言ったら諦めてくれるか?」

「やだ、言って」

「速いか遅いかの違いだが───」

 

 アラシは口が固い人間じゃない。だから強く言えば詳細を言うだろう。そう思ったナナの推測は外れ、未だ彼の口は重く、その詳細が話されることはない。よっぽど言い出しにくい話であるのだろう。そうナナは察するが、それで追及をやめることはない。

 

 沈黙が詰まる。それは決して穏やかなものではない。何かをきっかけに爆発する沈黙だ。

 

「アンタが言う必要はねぇ、俺から話す」

 

 それを解消、あるいは更なる起爆剤を追加したのは若い男の声。何度か姉と主に聞いた声。

 そこに居たのは、解放隊のエースであるタケであった。

 

「……………………え?」

 

 とても長い間を空けて頭真っ白のナナが発したのは、意味のない一文字。それだけの衝撃だった。だって生産部はソレを前提にして動いていたではないか。

 

 疑問がナナの頭に満ちていた。

 

 なぜ、キャンプに参加するため21層に居なければならないタケがここにいるのか。

 なぜ、そんなに損傷した装備で出歩いているのか。

 

 そもそも、ここにタケ()()が来た意味は。

 

 そこまで考えてナナは至ってしまう。ありえそうでいちばんしんじられない推測に。

 

 キバオウが生産部全員を別の場所に移動させた理由。近くに居るハズの姉とその仲間が助けに来なかった理由。姉が最近忙しそうにしていた理由。

 カウントダウンパーティーの裏で進んでいた一つの計画。解放隊が取り始めた新たな攻略手法。マクラギと攻略部の決裂。ナナと姉の関係を知っているアラシが話そうとしなかったこと。

 

 それについてナナが何か考えるよりも先に、これ以上思考を進まないように手を耳に持って行こうとして────それよりも先に檻の先から手が伸びる。

 

「痛い!」

「聞け! ナナ!! 気がついてるだろもう!」

 

 その手が掴む先はナナの手首。暴れるが、攻略隊と生産部のステータス差なんて早々の力では決して乗り越えられない。

 

「分かんない! タケ()()がここにいる理由なんて!!」

「俺達はフロアボス攻略に失敗して壊滅した。そして───」

「やめて!!」

 

 眼前に光るハラスメント防止コードを発動するよりも前にタケが告げきる。ずっと姉は私を優先していてくれた。私がどうしようもなくなった時は必ず抱きしめてくれた。

 だというのに、この一大事にタケだけがきて姉がいない理由は───

 

「お前の姉は死んだ」

 

 自分と同じくらい悲しさと悔しさが入り混じった顔をしたタケ。その記憶を最後に彼女の意識はプッツンと途切れた。

 


後書き途中で入れてpdfの人はゴメンなさいね。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 残念ながらストックが尽きたので、週一目安投稿はここまでです。

 色々ととんでもない展開になってますが、感想や高評価いただけると励みになりますので是非ともよろしくお願いします。

 

ちなみにCパートあるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと」

 

 ナナを見送った俺、マクラギはそんな一言と主に思考を純化させる。

 これから始めようとしていることは簡単だ。正式サービス開始前は毎日のようになっていたアクションだ。冷静にその結末を考えない。感傷も理解も───ラサキへの恋心すら沈めてしまえ。

 

 

「こっちだ!」

 

 

 転移音を聞きつけてやって来たのだろう男がいた。見覚えがあった。ナナとの殺し合いを鑑賞していた男だ。

 

 手には剣が握られているが、その握り方はあまりに適当だ。ようやく見つけた獲物に心躍らせ、油断しているのが明白だ。

 

 片手剣ソードスキル"スラント"を発動する。あまりに油断していた男は反応できない。命中。

 だが、これだけでは殺しきるには足りない。"スラント"は単発ソードスキル。同レベル帯の相手を殺しきることなんてできない。

 

 相手もそれを分かっている。きっと窮鼠の甘噛み程度にしか思っていないだろう。仲間を何人も殺されているというのに。認識が甘い。

 

 だからこそ、こいつは───

 

「これで終わぁ───り?」

 

 俺に殺される。

 頭上に浮かぶマークは男が麻痺毒に陥っていることを明確に示していた。

 

「バカな。俺の装備はレベル3までの麻痺をレジストする!」

 

 もうこいつは喋る事しかできない。

 

「そうか、アイツか。ナナとかいう奴に上位の麻痺毒を作らせて」

「お前が殺した仲間だよ。これを作成したのは」

 

 それだけは否定して、心臓に剣を刺す。

 

「まてやめろ」

 

 確実に殺しきれるように、ソードスキルを発動。心臓に刺さった状態でそんなことをすれば破壊されるのは胸だけにとどまらない。上半身の大半が崩れ落ちる。当然そんな状態で生存を許されることはない。

 

「死にた゛く゛ないィッ」

 

 男の残滓たる言葉と遺品が舞い散る。

 

「さてと」

 

 今からやろうとしていることは間違えている。そう叫んでいる自分がいる。まだ心変わりには間に合うとそう叫ぶ自分がいる。

 

「今更だろ」

 

 その提案を蹴って捨てたのは10秒前、心変えできない理由がまた一つ増える。

 脳裏に焼き付いた男の最後に意識を割くことなんて、全てが終わった後でいい。

 

 思考の泥を一ヶ所に集める。

 目標はこの層からの脱出。それと───

 

「残り17名以上」

 

 敵の殲滅。

 今は迷わない。貫いてやる。最悪に近い愚行を。

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