異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
__彼との出会いは、正しく運命だった。
この私、オフェリア・ファムルソローネにとってエルデン・ヴィンハイムという深淵を見通す男は、正しく闇を照らす一筋の希望の光だった。
彼と初めて会ったのは時計塔だ。あのヴィンハイムでありながら時計塔の門を叩き、しかも現代魔術科に属した天才魔術師の名は有名であり、皆から注目されていた。
けれど、常に無表情で口数も少ない彼は近寄り難い雰囲気で、またヴィンハイムへの偏見から話し掛ける者は少なかった。今は亡きビルゲンワースと古きヨルメダールと並んで魔術協会から要注意団体扱いされていた一族なのだから当然だろう。
あの現代魔術科においてもかなり浮いた存在だったらしい。仲が良かったのは確認出来る限り同じく破天荒なフラット・エスカルドスとあのグレイという少女だけじゃないだろうか……彼女と彼は髪の色が同じだったから一瞬兄妹かと疑ったのを思い出す。
私はそんな彼を偶然見掛けて、つい好奇心で話し掛けてしまった。今思えば私らしくない行動だった……きっと、この時から私は無意識に彼に惹かれていたのだろう。
「貴方が、エルデン・ヴィンハイムですか?」
「……ん?」
ここから、彼との関係が始まったのだ。
意外だったのは、私たちにとって基礎とされる魔術にさえ彼は無知に等しかったことだ。時計塔へ来る前はヴィンハイム独特の“ソウルの魔術”やそれの派生しか使えなかったらしく、それ故に時折頼られた。
思えば、学部の違う私を頼ったのは彼がそれ程までに孤立していたからだろう。フラットはとてもじゃないが、人に教えられるような人間ではないし、講師以外に頼れる顔見知りは私しか居なかったのだと思う。
私は、そんな彼を放ってはおけなかった。
「……存外、難しいな」
「初歩的な魔術よ? あれだけ高度な魔術をあんな短い詠唱で使用出来るのだから簡単だと思うのだけれど……」
「ソウルの魔術はどうも原理が違うようでな……貴公の眼のように特殊なものだと思ってくれ。こういった普通の魔術は、俺にとっては未知だ」
「私たちとは認識が真逆ね。確かヴィンハイムの血統以外は使えないのでしょう?」
「そうだ……幾つか実験を行ったが、少なくとも我らの遺伝子を持たぬ者はその基礎であるソウルの矢すら扱えなかった」
「協会の方も色々と試したみたいね。父が言うにはヴィンハイムの魔術を学ぼうとして気が触れた人も居たとか……」
「……まったく。我らと貴公ら、同じ人間だというのに何が違うというのだろうな」
「さあ……けれど、そもそも魔術回路を持つ者、持たない者と、人間は千差万別じゃない? 私の魔眼のように特別な人間が生まれるのは別に珍しいことじゃないのかも……」
「……ふむ、確かにそうだ。俺としたことが、元よりは人とは個の生き物だったな。流石はファムルソローネ、見識が広い」
「えっ? いや、そんなこと……あっ、少し練習方法を変えてみましょうか?」
「そうだな……何をすればいい?」
難儀する彼。しかし、その言葉とは裏腹に知識の吸収速度は異常だった。教えたことは完璧にマスターしていき、新たな実用的な魔術を生み出す……本物の天才とはああいうものなのだろう。
ただ__。
「……エルデン。その眼帯は?」
「ん? ああ、貴公を見ていたら何だか俺も着けてみたくなってな。格好良いだろう? 思えば目隠しはあったが、眼帯は無かった」
「……そう」
「ついでに実際に適当な魔眼を移植してみようと思ってな。魔眼蒐集列車とやらに行ってみようと思うのだが……」
「やめなさい!」
その才能とは裏腹にどこか抜けてる人だった。天然……と言う奴なのかしら。よくズレた発言をしたり、あまりにも突拍子のない行動に出ることがあった。考えて行動しているように見えて、その実ノリで動いているのだ。
隠密魔術にも長けてるから立ち入り禁止区域に普通に入ったりするし、かなりの問題児だ。バレてはないみたいだけれど……たまに実験とかで思わぬドジをやらかして騒ぎになることもあったから共に居る時は目が離せなかった。
けれど、勉強熱心な彼に対して悪い印象は無かった。むしろ時計塔の魔術師の中では好印象な部類だ。少なくとも彼を僻む者たちよりは……。
気が付けば、私は彼に興味を抱いており、彼の経歴について少しだけ調べた。両親の知り合いにヴィンハイムの一族を知る人が居たのは幸運だった。
そして分かったのは、やはりというべきか彼が単なる天才魔術師ではなく、曰く付きだとということだ。
ヴィンハイムの異端。それは協会だけでなく、竜の学院においてもそうだった。彼は禁忌とされる魔術を現存させ、管理する一族として生まれた。
__“深淵の忌み子”。
禁忌を扱う者らをヴィンハイムの魔術師はそう呼び、異端として迫害していた。聞くに、おぞましい化け物の末裔とされ、もはや人間としての扱いを受けていなかったらしい。そんな境遇でありながら彼が学院において高い地位に上り詰めたのはその天性の才能があったからこそだろう。
彼が学長という時計塔で言えば
若くして、忌み嫌う異端を認める程の功績を成し、多くの者から期待を寄せられながら彼は学院を去り、時計塔の門を叩いた。何故だろうか? 多くの者が抱く当然の疑問を尋ねれば彼は決まってこう言う。
「__ただ知りたいことがあったからだ」
彼は、知識欲に飢えていた。だからこそ、初歩的な魔術から何から何まで教わろうとした。どこまでも熱心に、貪欲に。あらゆる分野に関する知識を学ぶ気で居た。私が所属する降霊科についてもよく訊かれた。
学部が違うため頻繁に会うことはなかったが、顔を合わせれば話をするくらいの仲にはなった……きっと、彼が私にとって初めての友人にして理解者だったのだろう。
尤も、彼は私と違って両親や周囲からの期待や重圧に潰されることなんてない、強い人だったけれど。そんなの知るかとばかりに自分の思うがままに好きに生きる彼の姿は、私とは対照的で、だからこそ憧れた。
いつか私も、ああなれるのだろうか?
私の魔眼に対しても気にする素振りを見せずに接してくれた。怖くないのかと訊けば別に見ただけで死ぬ訳ではないから平気だと言われた。宝石のようで綺麗とも言ってくれた。
それが無性に嬉しかった。
だから、彼が突如として時計塔を去り、各地を放浪するようになった時は非常にショックを受けた。時計塔で学ぶことはもう無くなったということだろうか?
今まで当たり前のように居た友人が、別れの挨拶もせずに突然消えたのだ。悲しみに暮れるのは当然だった。きっと彼は私がそんな風に感じているなんて微塵も思っていないのだろう。彼は他人に自分がどう思われてるかに関して非常に鈍い。自分が愛されるなんて、夢にも思っていないのだ。
封印指定を受けたのでは? と噂されていたが、結局のところ理由は分からない。エルメロイ二世には“探究の旅”に出るとか言ってたらしいけれど……。
彼のことだから何か知識欲にでも駆られたのだろう。そして、やっぱりというか騒ぎを起こし、物騒な悪名をちらほら聞くようになった。
あの沙条愛歌を唆して共に騒動を起こしたとか単独で死徒を屠ったとか封印指定執行者のバゼット・フラガ・マクレミッツと殴り合ったとか胡散臭いものばかりだったけれど……彼ならやりそうだとも思った。
そんな彼との再会は、唐突に訪れた。カルデアに招かれてからしばらくが経ち、彼が前所長マリスビリー直々にスカウトされ、同じAチームに所属すると聞いた時は耳を疑うと同時に歓喜した。
久しぶりに彼と会える……そう思うと心が弾んだ。そして、彼を見つけるなり真っ先に何も言わずに出ていったことに対して問い詰めた。
「ああ、オフェリアか。久しぶりだな、貴公も居るとはな……元気そうで何よりだ」
あの時と変わらない様子で悪びれもせずにそう言う彼に、無性に腹が立った。こっちはあれからずっと心配していたというのに……。
ただ相変わらずそうで、安心した。
けど変わったこともあった。以前にも増して破滅主義の傾向が強くなっていたことだ。
破滅主義。周りからは快楽的だなんて言われていたが、実際のところただ魔術の実験の結果や他人に無関心な言動からそう誤解されているだけだ。本人はそんなこと微塵も気にせず、ただノリで動いている。
けれど、今回の彼は確かに破滅主義者と言わざるを得なかった。彼はあろうことかカルデアの目的である人理の修復について懐疑的だった。
「……遅かれ早かれ滅びるというのに、わざわざ回避する必要も無かろう。そうまでする価値があるのか?」
カルデアの根底を揺るがす質問。これを会議中にぶっ込んできたのだから周囲はもう唖然とした。私も驚いたけどよくよく考えれば彼は昔からそんな人間だったのを思い出す。
彼は個人を好みはするが、人類という種族自体は嫌っている節があった。否、嫌ってすらいない。アレは虫を見るような、見下した感情だ。
延々と争い、奪い合い、他者を食い潰す。この世で最も多く生物を絶滅させた殺戮種。彼は人間をまるで恐ろしい獣のように語る。それはとても理に適っているが、同時に全ての人類がそうではないことは明白だろう。彼もまた自覚している。その上で人類を無価値なものであると断じた。
どこまでも無関心。根本的に価値観や倫理観が違うのだ。彼にとっては人類が滅びるのは当たり前であり、それが明日になろうが心底どうでもいいのだろう。
人はそれを狂っている、と呼ぶ。実際私も彼のことを言い方が悪いけどちょっと頭が可笑しい人だと認識しているし、それを受け入れている。それもまた彼の魅力であるからだ。
だからこそ、彼がカルデアに来るなど、有り得ぬ話だった。訊けばマリスビリーに借りがあったらしい。
にしても昔はこうも極端ではなかった。旅をしている間に考え方が変わったのかしら……影響されやすい性格だし、変な思想に目覚めていたとしたら心配だった。
オルガマリー所長は彼に怯えていたけど、会議の時はその件でよく口論していた。こういう時だけ妙に饒舌になる彼相手に一歩も引かなかったのには舌を巻いた。この時だけは彼女のことを尊敬したわ。
彼もそんなオルガマリー所長を評価しており、貴公のような人間は好きだと本人の目の前で言い、彼女を赤面させていた。
……他意はないのでしょうが、今後は安易に女性に対してそんな勘違いさせるような発言はするなと厳重注意した。かと言って男も駄目よ。
そんな訳で彼はやる気が無く、訓練や会議をよくサボっていた。当然、私はそんなこと見逃せるはずもなく、彼のことを毎日のように叱っていた。不本意だとしても、応じたからにはちゃんとやるべきだもの。しかもあんなにサボっているのに成績優秀なのがまた腹が立つ。戦闘技能に関しては私より上でカルデア最強なんて真しやかに囁かれていた。
実際そうだった。彼はサーヴァント相手にも大きなダメージを与えられるソウルの魔術を低燃費で一度に数十回も行使できた。特にあの“
「こらエルデン! 戻りなさい!」
「また遅刻よ! これで何回目なの!? いいえ! 十二回目! 私は覚えてるんだから!」
「前から思っていたけど貴方は敬語を使えないのかしら? 最低限の礼儀は弁えるべきよ」
「真面目にしなさい。この程度の訓練、貴方ならもっと簡単に出来るでしょう」
「いい加減にしなさい。所長の胃に穴が空くわよ? ……レフ教授、何故そんなに上機嫌なのですか?」
「ちょっとエルデン! マシュに変なこと教えないで!」
「本当に……貴方は私が居ないと駄目なんだから」
いつの間にか彼からは世話焼きと呼ばれ、周りからはエルデン・ヴィンハイムの教育係みたいに扱われるようになった。大変不本意だった。
それからしばらくが経ち、最初は浮いていた彼も、カドックやヒナコを筆頭に他のAチームや一部の職員とも打ち解けるようになっていた。大多数は未だに彼を恐れていたけれど。マシュと話しているのを見掛けたこともある。
皆、話してみれば分かるのだ。彼は変な人だけど決して悪い人ではないってことが。
それとベリルなんかとも話してたから彼に注意するよう警告しておいた。あれは真性の殺人鬼……彼が出し抜かれることはないでしょうけど、それでも危険な人物はきちんと危険視するべきだ。
__やっぱり彼と一緒に居ると楽しかった。あの日曜日を忘れてしまうくらいに。
けれど……。
「オフェリア、貴方エルデンに恋してるでしょ?」
ペペにそう問い掛けられた時、私は石化したように硬直してしまった。
いつからだろう?
彼を常に目で追うようになったのは。
彼と一緒に居ると心臓の鼓動が早くなるようになったのは。
彼の顔を直視し続けることが恥ずかしくて出来なくなったのは。
彼が他の女性と話していると苛立つようになったのは。
彼にとって特別な存在になりたいと思ったのは。
__恋? 魔術師の私が?
そんなことは、ないはず……けれど、この感情が本当に恋だと言うのなら……。
__なんて、素晴らしいものなのだろう。
◎
『__調子はどうだ? オフェリア』
時は流れ、北欧異聞帯。
神代の美によって北欧の雪山を見下ろすようにして聳え立つ、氷雪の城に私は居た。
「ええ。順調よ。そっちはどう? エルデン」
本来ならば人が立ち入ることの出来ない聖域で私は一人の男と通信していた。
__エルデン・ヴィンハイム。私の最愛の人だ。
『こちらも上々……と言いたいところだが、難儀している。俺が干渉したところであの異聞帯がどうにかなるとも思えん』
「そう……けれど、人任せには出来ないわ。キリシュタリア様も言っていた。空想樹が根付いた後、その世界を発展させるのは我々クリプターの役目。異聞帯の王に任せる事は出来ない……彼らが世界を導けば、それはただの繰り返しに他ならないのだから。発展とは、革命でもあるのよ」
とは言うものの彼の異聞帯は、はっきり言って異常だ。まず前提として王と呼べる存在が、五人も存在する……正確には四人と一柱である。
__ロスリックの聖王。
__深淵の監視者たち。
__巨人のヨーム。
__神喰らいのエルドリッチ。
__太陽と光の王、グウィン。
少ない文献の中でその名が残されている、“薪の王”と呼ばれる“火の時代”の英雄たち……それらが甦り、そして火が陰り、灰の英雄によって火が継がれることも消されることもなく、亡者ばかりが蔓延る地獄が現代まで続いたのが、エルデンの管理するロスリック異聞帯だった。
『成程……ならばどうしたものか』
「そうね……王たちの中に、支配や統治に乗り気な者は居ないかしら?」
『……ふむ、王を一人に絞るということか?』
「そういうこと」
彼は私が言わんがしていることをすぐ理解する。異聞帯を安定させるにはやっぱり王は唯一の方が都合が良い。ならば一人の王を支援し、他の王を倒し、全ての領土を支配させるのがセオリーだろう。
尤も、彼にその気があればの話だけれど……私が思うに、彼は異聞帯の拡大や空想樹の育成にそこまで積極的ではない。いつもならクリプターとしての自覚が足りない、と叱るところだが、恐らく“異星の神”への不信感があるのだろう。
私もそうだ。彼が“上位者”と呼ぶアレが私たちに利をもたらすとは到底思えない。
クリプターとして私が真に忠誠を誓っているのはキリシュタリア様だけだ。あの寛大さと冷酷さを兼ね備える女神の隣へ立つ重圧に耐え、空想樹を育成し、異聞帯を管理するのもあの御方の期待に応える為。それがあの御方の自己犠牲によって蘇生してしまった私たちに出来る唯一の恩返しなのだから__。
『……有力なのは神喰らいのエルドリッチだろう。奴は火が消えた後に訪れる新たな時代において人々を導く為に力を蓄えている。アレに統治というものが出来るかは謎だが、それも法王サリヴァーンが代行すれば可能だろう』
「神喰らい、ね……こっちだとあまり良い言葉ではないわね。他はどうなの?」
『可能性は限りなく低い。王子ロスリックはその王位を放棄し、巨人ヨームは誰もおらぬ都で傍観に徹している。不死隊は元より戦士であり、支配などには興味を持たない』
「……グウィンは? 元より私たちは神代の回帰を目指している。なら、かの太陽神を王に据えるべきだと思うけど」
私の異聞帯は、大神オーディーンの妻でもある女神スカディが、キリシュタリア様の異聞帯はギリシャの主神ゼウスが王に君臨している。ペペの異聞帯の王もまた神らしい。
ならばエルデンの異聞帯も岩の古竜たちを絶滅させ、火の時代を切り開いた原初の神であるグウィンを王とする方が望ましいだろう。そう言えば彼は僅かに顔をしかめた。
『神代の回帰……か。それこそただの繰り返しだろうに』
ぽつりと、彼は呟いた。
「え?」
『……いや、何でもない。グウィンに関してだが、確かに全盛期の奴は“力だけ”ならば最強の部類に入る。けれど、此度目覚めたのは、その燃えカスだ』
「燃えカス……?」
『ああ。自らのソウルを他者へ分け与え、その身一つで火に投じた薪の王……その実態は己の傲慢が故に何もかもを奪われ、何もかもを失い、欲深な神々によって糾弾され、生贄にされた哀れな男の末路だ。アレは燃え尽きぬまま炉で燻り続けた残滓に過ぎない』
どこか憐れむように、彼は語る。私は“火の時代”について詳しくは知らない。グウィンのことも、彼が神々の王であり、消えかけた火を継ぎ、時代を存続させたということくらいだ。
けれど、彼は知っているのだろう。華々しい神話の裏に隠された、目を塞ぎたくなる真実を。あの異聞帯の有り様を見れば容易に察することが出来る。
『それに支配というのはいつしか綻びが出るものだ。それが神であるのならば尚更だ。それこそ、汎人類史の焼き写しであろう。かといって人の時代もまた地獄……ならば我らは__』
ぴたり、と彼が言葉を止める。
「……エルデン?」
『__いや、すまない。貴公に語るべき話ではなかった。忘れてくれ』
何だろう。彼が何やら不穏なことを考えているように思えた。しかし、それを問うことは怖くて出来なかった。
「……そう。けど油断はしないでね。全盛期ではないからといっても相手は“火の時代”の主神。貴方の言葉通りなら、もし何かの間違いでグウィンが力を取り戻した場合、最大の脅威ということになるわ」
『それは……ふむ、到底有り得ぬ話だが、他ならぬ貴公の意見だ。一応頭に入れておこう』
私が抱く懸念をエルデンは笑えぬ冗談だと言う。それは彼にとって絶対に起こり得ることない可能性なのだから当然の反応だろう。
そして、その油断が命取りになる。それは彼とて例外ではないのだ。だからこそ、私の発言を記憶するだけでもしておいてほしかった。
杞憂で終われば良いのだけれど……。
『……それで、以前話した例の件についてだが』
「ええ。私の異聞帯に貴方のサーヴァントを派遣するという話よね?」
『ああ。カルデアは、予想以上の脅威だ。それに加え、“絶望を焚べる者”のようなイレギュラーが他にも居ないとも限らない』
するとエルデンは次の話題へ移る。それはロシア異聞帯の消滅に際して開かれた定例会議の後に行った個人通話の時に話した内容だ。
次にカルデアが訪れるのはこの北欧異聞帯の可能性が高く、私の所に自らのサーヴァントを一騎派遣し、貸し与えると言うのだ。
クリプター同士の過剰な干渉は禁じられており、当初は断ったものの尚も彼は食い下がり、心配してくれているという事実に歓喜した私はついこれを了承してしまった。……軽率な判断だと自分でも思うわ。
それに脅威がカルデアだけならともかく、あのミラのルカティエルを名乗る通称“絶望を焚べる者”という化け物染みた存在が居るのもまた事実。彼のように異聞帯の王を単独で打倒する程の存在が他にも出てこないとも限らない。あの氷雪の女王が負けるなんて考えられないけど、戦力はなるべく多い方が良いだろう。
「それで、誰が来るのかしら?」
『……セイバーを向かわせている。それに際して嵐の壁に一時的に穴が空くだろうが、気にしないでもらいたい』
奇しくも私が召喚したサーヴァントと同じクラス。彼が複数のサーヴァントと契約していることは知っていたが、まさか最優のクラスを派遣させるとは。
「分かったわ。そのセイバーの特徴は?」
『性別は男。年は三十代半ば。フードを被り、白い装束を纏っている。武器は大剣と長銃。“聖剣”と名乗ればそいつだと思ってくれ。真名も必要とあらば教えるが……』
「いえ、大丈夫よ。聖剣ね……頼りになりそうな英霊だということが分かったわ」
聖剣といえば騎士王アーサーやシャルルマーニュ十二勇士のローランが思い浮かぶけど……私が北欧の竜殺しを引き当てたように恐らく彼が使役するセイバーも火の時代に関係する英霊なのだろう。ならば真名も聞いても私が知らない可能性が高い。
『ああ。実力はセイバーの名に恥じず申し分無い。性格に関しても俺が召喚したサーヴァントの中では最も良識がある。きっと貴公の役に立つだろう』
「そう……ありがとう」
『……なに、単なるお節介だ。気にすることではない』
私が礼を言うと彼は表情を変えずにそう言う。けれど、実際には感謝されて照れている。
いつからか、彼の感情の大体を把握出来るようになった。普段と変わらぬ無表情でも驚いてたり、喜んでいたり、何となくだが、その時の感情が解るのだ。
あの会議の時だって、カドックのことが心配で気が気じゃない様子だった。
だから私にこんなことを提案したのだろう。カドックの時みたいに間に合わないという事態が起こらないように……。
ああ。やっぱり優しい人だ。
『しかし、良かった。ヒナコの奴には断られてしまったからな……』
__は?
一瞬、頭が真っ白になった。
「えっと、ヒナコにもこの話を……?」
『ん? ああ。勿論だとも。俺が言えるようなことではないかもしれないが、彼女も貴公と同じく掛け替えの無い友だからな……無論、ペペロンチーノやガットにも持ち掛ける予定だ』
「そう……友……友、ね……フフフ」
……そりゃそうよね。そんな訳ないのに。何で私だけ特別なんて思っちゃったのかしら。
というかあの女、私の方が長い付き合いなのに何で彼とあんな距離が近くなってるのよ。部屋にまで入り浸るなんて……何て羨ましっ、不埒極まるわ。
彼にとっては私もヒナコもただの友人。今まではそれで満足だったのにもどかしくなったのは、彼への恋心を自覚してからだろう。
『……どうした?』
「いいえ。何でもないわ。何でもないのよ……」
まったく……本当に鈍感なんだから。しかもキリシュタリア様のことが好きだって勘違いしているし。私があの御方へ抱く感情は敬愛だって何度も言っているのに全く信じていない。
何が“オフェリアにも春が来た”、よ。私はこんなにも貴方のことを想っているというのに……ああ。なんかイライラしてきた。
「……そろそろ通信を切るわ。また何か困ったことがあればいつでも頼るといいわ」
『そ、そうか……貴公も何かあれば知らせてくれ』
「ええ。さようなら」
プツリ、と通信が切れる。
静寂に包まれる空間の中で、私はフゥと一息吐く。
「……まったく、エルデンったら」
自然と口から零れた言葉とは裏腹に私の頬は緩んでいた。最後に見えた戸惑う彼の姿に物珍しさを感じたからだろうか。
「__随分と機嫌が良さそうだな、オフェリア」
静寂を破る男の声。私は顔をしかめ、背後に立つ甲冑を身に纏った騎士を睨むように見据える。
「霊体化を解けと命じた覚えはないけど? セイバー」
彼は私が召喚したセイバーのサーヴァントだ。この北欧で召喚したのに、それとは縁遠い存在。但し、その霊基の中に侵入している怪物は違う。
__炎の巨人王、スルト。
かつて、北欧に於ける神代の終焉“ラグナロク”にて世界と神を灼き尽くした終末の巨人。
破壊神にも等しい存在であり、北欧神代を終わらせるための終末装置……汎人類史では伝説からさえも消え失せた、原初の巨人に秘められた破壊者としての一面を最も色濃く受け継いだモノ。
この異聞帯においては太陽を飲み込んで油断したフェンリルを喰らい、力を付けたスルトは悪神ロキをも殺し、神々や巨人の王たちすらも灼き尽くし、最後に太陽を失った空の穴にムスペルヘイムを繋げ、その物理的降下で惑星を灼こうとした。
だが、大神オーディンの最後のルーンによって結界の牢獄に封じ込められ、それは失敗に終わり、この異聞帯は女神スカディの支配の下、現代まで続いた。
そんな怪物が、この騎士の中には潜んでおり、そして何と彼はソレを封じ込めている。私の令呪の効果もあり、もはやスルトは自我すら出てくることは不可能だった。
「解くな、とも命じてないだろう? この世界は、退屈で仕方ない。少し話し相手になってくれ」
そう言って笑う騎士。自身の真名を北欧の英雄シグルドだとすぐにバレる嘘を吐いてぬか喜びさせられたこともあってか私はこの騎士が苦手だった。
命令もまともに聞かず、この前だってなんか私に求婚してくるナポレオンを始末しろと言ったのに面白いからと見逃した。本気を出せば容易く殺せるのに。令呪を使用すればいい話だが、ただでさえ一画消費しているのだ。無駄遣いはしたくない。
かの炎の巨人を抑え込み、その力を利用する程の規格外の存在……はっきり言って私は彼を完全に持て余していた。エルデンのサーヴァント派遣に頷いたのにはこの理由もあった。
「あれが貴公が恋慕を抱く男か……成程、成程。随分と面白い奴じゃあないか」
「なっ……ち、違うわ! 妙な勘繰りは止しなさい!」
思わず赤面してしまう。まさか彼にまで勘付かれるとは。私はそんなに分かりやすいのだろうか?
「ククク……けれど、貴公。あれと添い遂げようと思うのであれば、しっかりと手綱を握っておけよ?」
「え?」
「あれはきっと、自ら進んで奈落へ堕ちていくだろうからな。いや、既に手遅れかもしれぬ……何ともまあ、おぞましい人間性の怪物と成り果てている」
人間性の、怪物……?
「どういうこと?」
「あれを救わぬ限り、貴公はあれに届かぬということだ。ただ安易に手を差し伸べれば、それなりの代償を支払うかもしれないがな」
その言葉を最後に騎士は霊体化してどこかへ消える。
思考を振り払うように首を振る。彼が妙なことを口走るのは今に始まったことではない。恐らく今回も戸惑う私を楽しみたいだけなのだろう。
私には、やるべきことがある。
「__キリシュタリア様の為に、すべてを尽くす」
今更ながら誓いを立てる。何も成せずに終わるはずだった私たちを助けてくれたあの御方に、私の大好きな人を救ってくれたあの御方に。
その為ならば、もう一度与えられたこの命だって惜しみはしない。すべてを捧げる覚悟があった。
ああ。けれど、けれど__私の脳裏にはいつも彼の顔が思い浮かぶ。
ねぇ、エルデン……もしも、もしもだけど、すべてが終わったら、また貴方と__。
ということでオフェリアはエルデンくんに恋をしましたとさ……ちょっと無理があるかな?