異聞帯がロスリックだった件   作:理力99奔流スナイパー

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今回はいつもより短いです。


北欧の魂喰らい

 ◎

 

 

 ある者が語る。

 

 人間という種族は無限の可能性に満ち溢れた、素晴らしい生き物なのだと。

 

 人から蛹へ。

 

 蛹から蝶へ。

 

 蝶から竜へ。

 

 竜から人へ。

 

 その身に宿る人間性が腐れば膿となり、暴走すれば異形となり、失えば魂を貪る亡者と成り果て、やがては物言わぬ魂と化し、それは別の人間の糧となる。

 

 __変幻自在。そう称するに相応しい。 

 

 血に酔えば獣となり、叡知を求めれば狂人と化す。狂人たちの所業は呪詛となり、赤子の赤子、その先の赤子までも呪う。人智を越えた上位の存在に利用され、ある者は傀儡に、ある者は母胎へと成り果ててしまう。また一部はより上位の存在へと至り、新たな幼年期を迎える。

 

 闘争に歓びを見出だせば恐ろしい殺戮者となり、やがては世界をも燃やし尽くす。或いは修羅となり、その怨嗟が積れば鬼へと変貌する。

 

 暗い魂が枯れ果てようとも、青ざめた月と邂逅すれば悪夢に囚われ、蟲に憑かれれば紛い物となり、竜の血を授かれば生命を吸う死なずとなる。

 

 姿形だけでなく、精神もまた変わり続ける。

 

 名君が老後を憂い、封じた悪意を開放すれば世界は霧に覆われ、容易く滅亡の一途を辿った。

 

 師の教えを忘れ、血への探究を続けた聖職者は挙げ句にただの獣に落ちぶれ、その身を業火に焼かれた。

 

 国を想う心があれば異端の力に手を出し、臣下を、民を、自らをも人外へ変えることも厭わない外道と成り果てた。

 

 __そして、その最後には必ず悲劇がある。

 

 まっこと恐ろしきかな。人間は容易に変わる。些細なきっかけで善悪も賢愚も反転する。神にだって獣にだってなれる。何にでもなれる、なれてしまう。

 

 そうやって幾度も“変化”と“変異”を繰り返しながら、殺し合い、奪い合い、闘争と闘争の果てに流れた血で一枚の絵画を描き上げ、積み重ねた死で彩った。

 

 過去未来永劫、ずっとだ。だからこそ、世界とは悲劇であり、この人類史という地獄が築かれた。

 

 ああ。正しく可能性の塊だ。

 

 何と、何て素晴らしいことなのだろう。人間こそが、可能性を象徴する存在なのだ。人の持つ限りのない可能性が、この悲劇を地獄を生み出したのだ。

 

「違う__そんなものは、可能性ではない。そうであるはずが、ない」

 

 けれど、人を知った男は否定する。

 

 これが、この有り様が人間の可能性の果てだと言うのならば、あまりにも救いが無いではないか。

 

 決して認めてしまってはならない。こんな道理があって良い訳が無いのだ。

 

 絞り出すように吐き出した、嘆きに近い否定の言葉。それは諦観と訣別であり、また決意と覚悟であった。

 

 故に、高らかに誓言する。

 

「__人間に可能性など、存在しない」

 

 その瞬間、男は人類と、世界と敵対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 __北欧異聞帯。

 

 そこは唯一の神、スカサハ=スカディによって人だけでなく全ての生命が統治され、管理されている。

 

 他の異聞帯と比べて比較的安定しているように見えてその実、女神スカディの存在のみによって保たれている正に薄氷の上で成り立っている世界だ。

 

「……ヒトが一匹。英霊が二匹。いや、どちらも純正な英霊という訳ではないな。余計なモノが混ざっているようだ」

 

 二番目の異聞帯の攻略のためそこへ足を踏み入れたカルデア。彼らは現在、危機に瀕していた。

 

 マシュ・キリエライトと藤丸立香、そしてシャーロック・ホームズが、雪原に立つ騎士と対峙する。

 

「……何者かね? 君は」

 

 ホームズが問う。その姿は落ち着いているように見えるが、その実内心冷や汗を掻いていた。

 

 突如として現れ、シャドウ・ボーダーを放り投げ、転倒させた正体不明の騎士。見た目こそ量産品と思われる西洋の甲冑を纏っており、今まで会った騎士の英霊と比べたら見劣りするが、その魔力はロシア異聞帯の王、イヴァンを遥かに凌駕する程であった。

 

 その手に持つ歪な剣は、恐らく魔剣の類い。英霊というには禍々しいその霊基はまるで__。

 

「ふむ、中にまだ居るな。ヒトと英霊と……獣? これは面白い。存外面白いではないか」

 

 騎士はそれに答えず、フルフェイスの兜の内からくぐもった楽しそうな笑い声が響いてくる。

 

「……ボーダーの外部機甲はともかく、船体内殻に張り巡らされた多重結界まで切り裂こうとは」

 

 過去、ダ・ヴィンチがニトクリスやパラケルススと共にカルデアで強化を施した神代の結界に等しいソレを__まるで熱したナイフでバターを切るかの如く、真名開放もなく、騎士は容易く切り裂いた。

 

「……興味深い。一体どういった銘の魔剣かな?」

 

「さあ、それほど価値のあるものではないさ」

 

 そう言って騎士が一歩、足を踏み出す。

 

「っ!!」

 

 次の瞬間、彼はマシュの目と鼻の先まで接近しており、その手に持つ大剣を振り下ろす。

 

 ガキィン!! 

 

「ぐぅっ……!?」

 

「ほう……防ぐか」

 

 身体が、宙を舞う。何とか着地するも軽いジャブのような一撃で吹っ飛びかけたことにマシュは戦慄した。

 

 対する騎士は感心した様子で彼女を見据える。

 

「どれ__」

 

 そして、更に二撃、三撃、と斬撃を浴びせる。踏ん張り、マシュはそれを防いでみせる。

 

「くっ……」

 

 しかし、その一撃一撃は非常に重く、盾に伝わるその感触はかの大英雄ヘラクレスを思い出させる程だった。

 

「ふむ……? 些か強くなり過ぎたか……?」

 

(何て重さ……これが、ボーダーを持ち上げて放り投げる程の膂力……!)

 

「おお。なかなかどうして、やるではないか」

 

「っ……ここは通しません」

 

「その心意気や、良し」

 

 更に斬撃を繰り出す騎士。防戦一方のマシュ。その光景に立香はただただ圧倒されていた。

 

「剣の軌道が全然見えない__」

 

「ああ。私も何とかギリギリ、本当にギリギリのギリギリ視認できるくらいだ。凄まじい達人だな。ミズ・宮本、そしてミスター・ルカティエルが居てくれれば良かったな……」

 

 __宮本武蔵。

 

 並行世界を放浪する二刀流の女剣士。ロシアにおいても助力してくれた彼女が居れば此度も心強かっただろう。

 

 それにイヴァン雷帝すらもほぼ単独で撃破したミラのルカティエルという謎の剣士が居れば百人力だったに違いない。

 

「……貴公」

 

「…………?」

 

 突如、騎士が剣を振るう手を止める。

 

「解せぬな。力の差が分からん程、愚かしくはないように見えるが……何故未だにそこに立っている?」

 

 それは純粋な疑問。明らかな実力差。もし騎士が本気を出せばマシュは容易く葬り去られてしまうだろう。それでも尚、戦う意志を見せる。

 

 普通ならばその堅牢の盾を翻して全力で逃げ出しているだろうに……。

 

「……耐えます。必要とあらば。私たちは、ここで旅を終える訳にはいきません」

 

「…………」

 

「あなたは、とても強いです。ホームズさんが一緒でも勝てるかどうか……でも、それくらいの無理は、きっともう当たり前なんです」

 

「……ほう?」

 

「私たちの旅は、もう私たちのものだけではなく__」

 

 ふと、脳裏にロシアの光景が過る。

 

「…………もしかしたら、もっと、ずっと前から」

 

 そして覚悟を決め、盾を構える。ここで終われば、きっと彼らは激怒するだろう。

 

 もう、引き下がれない。立ち止まれないのだ。

 

「“できないから”といって、手放していいものではないのですから……!」

 

 その言葉に、立香とホームズもまた覚悟を決める。その通りだ、彼らはここで立ち止まる訳にはいかない。こんな所で終わる訳にはいかないのだ。

 

「__そうか、そうか」

 

 騎士が、笑う。

 

「素晴らしい。すまぬな、愚問だった」

 

 そして、出たのは謝罪の言葉。これにマシュは予想外だったのかきょとんとした表情を浮かべる。

 

「いつもは貴公と同じ立場だったからな、つい気になった。己よりも遥かに格の違う圧倒的な強者へ挑む理由とやらを」

 

「同じ……?」

 

「ああ。俺はその理由すらも忘れてしまった。そして、今はその強者の立場にある。だから__」

 

 すると騎士の手から魔剣が消え、その代わりに刺々しい長槍が出現した。

 

 それと同時に、彼の身から漏れ出るかのように、太陽が如き紅蓮の炎が放出する。

 

「__っ!?」

 

「不運だったと諦めろ、貴公。そこの娘も。互いの道が交差してしまった以上は……」

 

 __その声は、どこまでも冷たかった。

 

「……俺が殺し、奪う。魂から何から何まで、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……恐ろしいな、彼は」

 

 遠く離れた場所。エルデン・ヴィンハイムが従えるセイバーのサーヴァント……ここでは便宣上、“聖剣”と呼ぶことにしよう。

 

 彼は高台の上から騎士がカルデアと戦っているのをただ見下ろしていた。

 

「その身に宿す“炎”だけでない……彼自身もはや人とは呼べぬ存在のようだ。実力だけならば“火の時代”の英雄たちにも引けを取らない」

 

 初めて見た時、かの騎士を啓蒙した。あのクリプターも、氷雪の女王すらも気付いていない。あれこそが、この異聞帯において最大の脅威であることに。

 

 あれが目覚めればこの世界は容易に灼き尽くされてしまう。

 

「しかし、カルデアにはまだ死なれては困るのだが……おっと。迂闊に口に出すべきではないな」

 

 聖剣の行動は全て筒抜けだ。魔力を帯びた雪を媒介し、かの女王はこの世界の全てを視て、聴いているのだ。正しく世界の管理者に相応しい。

 

 ああ。まるで“上位者”だ。吐き気を催す。

 

「……ふむ、終わったか」

 

 騎士が、盾を破壊した。非常に堅牢な大盾だったが、彼の持つ槍に突かれた際、触れた瞬間からヒビが入っていた。恐らくは武器を破壊する能力でも付加されていたのだろう。

 

 それも少しずつゆっくり、耐久値を“削り取る”ように__。

 

 完全なる初見殺し。当然、カルデアのシールダーは愕然とし、その身を槍が貫かんとした。

 

 けれど、そうはならなかった。もう一人のサーヴァントが彼女を庇い、右腕を犠牲に守り切ったからだ。

 

「……あの娘は、マシュ・キリエライトは殺すなと言っていたが」

 

 そういえば、と聖剣は思い出す。あの娘は彼女に思い入れがあるようだった。

 

 すると案の定、騎士は戦闘不能となった彼らを放置し、ボーダーへと乗り込んだ。彼らにとって生命線である羅針盤“ペーパームーン”を強奪する為に。

 

「ほう……誰も死なないとは、運が良いな。男のサーヴァントの方は危なそうだが、まあ大丈夫だろう」

 

 安心した様子で聖剣は呟く。

 

 しかし、果たしてカルデアに勝ち目はあるだろうか。盾を失い、ただ一人の騎士に完膚なきにまで叩きのめされ、その背後にはまだ戦乙女たちも女神もそして己も居るというに……。

 

 そう思った時、ふと主の言葉を思い出す。

 

『彼らはどんなに逆境に立たされようとも、決して心折れず、だからこそ、運命は彼らに味方するのだ』

 

 あの男は、カルデアが他の異聞帯を攻略できることに何の疑いも持っていない。それがさも当たり前のことであるかのように語る。

 

 理知的な彼にしてはカルデアのことを語る時ばかりは根拠のない自信で物を言っていたのだ。一体、彼らに何があるというのか……聖剣は気になった。

 

 それは、師の導きでもあったのだろう。

 

「……ん? これは」

 

 その時、懐かしい“匂い”を感じ取り、目を見開く。

 

「成程……これが運命が味方するということか」

 

 それは仄かな“月の香り”だった__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おう! アンタ、すげぇな!」

 

 某所にて。雪が降り積もる森の中で片手に大砲持った男が感嘆の声を漏らす。

 

 彼の名はナポレオン__。弓兵のクラスとして汎人類史側の英霊である。

 

「あんだけ居た巨人共を剣一本で皆殺しにしちまうなんてよ。一体何者なんだ兄ちゃん?」

 

 視線の先には一人の剣士。その背後には霜の巨人と呼ばれる者たちの死体が山のように積み上げられていた。そこには氷の獣といったこの北欧世界において食物連鎖の上位に立つ生物たちの屍ばかりがあった。

 

 この凄惨な有り様を作り上げたのは、剣士である。たった一人に彼らは蹂躙され、惨殺されたのだ。

 

 当然だろう。彼にとっては巨人を殺すということは、裸の亡者を殺すよりも容易い。

 

「__ミラのルカティエルです」

 

 再び異聞帯に降り立った彼。その来訪がもたらすのは希望か、絶望か、それとも……。




騎士「しかと胸に響いたぜ☆」

異聞帯ハードモード。じゃけん仲間増やしましょうね~。

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