異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
__時計塔。
魔術協会の一派、駄目元でその門を叩いたが、まさか本当に生徒として招かれるとは思いもしなかった。
竜の学院、ヴィンハイム__裏切りの白竜の意志を継ぐ者たちであり、古き魔術師の末裔共。現代の魔術師を偽りの塵芥としか見ていない彼らは協会とは関わらず、好き勝手に動き回る危険性から異端扱いされ、忌み嫌われていた。
基本的に異常者しかいない魔術師らの中においても異常であり、狂った連中……ヴィンハイム以外で代表的なのはビルゲンワース大学とヨルメダール研究会らしい。……どれもこれも知った名前ばかりだ。
前者は既に滅んだが、後者の名を耳にした時はあれまでまだ残っているのかと酷く驚いたのものだ。調べたところ研究会という名の通り実態はもはや過去の記録など、大して残っておらず、火の時代と混同されていたが……それでも賢者フレーキの狂気だけは受け継いでいるようで危険な連中であることには変わりない。
そんな異常者の一人である己など門前払いされるのが関の山だと思っていた。
実態の知れぬヴィンハイムの魔術師に利用価値を見出だしたのか、そこに如何なる思惑があるかは知らないが、俺にとっては実に幸運なことである。
今の俺には知識が必要だ。まだ答えを出すには俺はすべてを知った上であまりにも知らな過ぎる。結局のところ知っているだけに過ぎないのだ。
時計塔において俺が所属するのは
まあいい。あのウェイバー・ベルベット……今はロード・エルメロイII世を名乗る彼は教師としては非常に優秀だ。記憶の限りでも魔術師の中では最も信頼出来る人物と言えよう。
しかし、困ったことがある。時計塔を訪れて三日目に気付いたことであるが、どうも肝心の魔術の使い方がさっぱりなのだ。
ソウルの魔術とは原理が違うらしく、同じように使おうとすればソウルの矢が暴発してしまう。そもそも治癒魔術など、ヴィンハイムの常識には存在せず、精々解毒とかそういうのくらいだ。回復とかそういうのは奇跡の領分である。
純粋な破壊力や神秘の濃度ならばソウルの魔術は他を追従させないであろうが、多様性に関しては現代の魔術が遥かに上を往く。だからこそ、俺はその知識を求めたのだが、まさか魔術回路の使用法すら違うのは予想外だった。どうやるんだあれ。
ウェイバー……エルメロイII世に教えを乞えば良い話なのだが、魔術の基礎から教わるなど色々と多忙な彼の手を煩わせるのは申し訳なく、何よりも今更恥ずかしかったので同じ生徒に尋ねてみたが、エスカルドスを筆頭に現代魔術科の問題児たちは人に教えるということには向いておらず、あまり参考にはならなかった。
それに彼らの多くは俺のことをあまり良く思っていないようだ。どうも俺という存在は、あまり歓迎されてないらしく、他の学科の生徒からも距離を置かれてしまっている。
まあ、いきなり現れた異端の魔術師を受け入れろなど到底無理な話ではあるが、流石に少しばかり傷付いた。
……いや、嘘だ。悲しいかな、俺はこの孤独も孤立も一切合切受け入れてしまっている。
本当に、度し難い。腐り果てているのはこの世界ではなく、俺という存在そのものではなかろうか。
「__貴方が、エルデン・ヴィンハイムですか?」
そんな時だった。
彼女が、俺に話し掛けてきたのは。
「……ああ。そういう貴公は?」
「降霊科のオフェリア・ファムルソローネです」
長く、艶のある茶髪の、右目を眼帯で覆った少女。美しく、凛々しく、しかしどこか陰があるように思えた。
オフェリア、ファムルソローネ、ファムルソローネ……記憶の限りでは、面識は無いはずだ。頭に叩き込まれた膨大な知識の中においても斯様な魔術師の存在は確認出来ず、物語の外の存在だろう。
「……俺に何か用かね?」
「あっ、いえ、用は特に。ただ噂のヴィンハイムの魔術師に興味があり、挨拶だけでもしておこうかと」
「……ほう? 挨拶とな?」
一瞬戸惑った様子を見せるが、彼女はすぐに落ち着いた表情でそう言う。
異端である俺に挨拶とは、随分と物好きが居たものだ。見たところ真面目そうに見えるが、エスカルドスのように興味本意だろうか? けれど、理由はどうであれ声を掛けられたのは久方ぶりだ。
「そうか……ならば改めて自己紹介しておくとしよう。ヴィンハイムのエルデンだ。これからよろしく頼むよ、ファムルソローネ」
「__ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。ヴィンハイム」
ヴィンハイム__そう呼ばれるのはあまり好かない。
「エルデンで構わない。それに見たところ同年代なのだし敬語を使う必要も無いぞ」
「……分かったわ。エルデン」
「………………」
「………………」
何だ、この沈黙は? 先程から黙っている彼女の姿を見据えながら俺は小さく首を傾げた。
仕方ないので俺から話題を切り出す。
「……ふむ、貴公。時間に余裕はあるか?」
「え? まあ、多少は……」
「なら__」
何故かと問われれば、単なる気紛れだ。
ただの思い付きで俺は彼女から魔術を教わることにした。そして、それはきっと間違った選択ではなかったはずだ。
例えこの先、後悔することになるとしても__。
「ふぅ……一先ず魔術回路の使い方はマスターしたみたいね」
「……ああ。どうにかな」
悩みの種は存外早く解決した。
エルメロイII世には劣るとも彼女もまた人に教えるということが上手いようだ。根が真面目なのもあってか分かりやすく、丁寧に教えてくれる。
意識しなければ暴発するが、異常無く魔術回路を使用することが出来た。
拒否反応も無い。じきに身体に馴染むだろうし、このまま錬成を続ければソウルの魔術との使い分けも容易になるだろう。
そこから色々なことを教えてもらった。殆どが初歩的で基礎の基礎と言えるようなものばかりらしいが、俺にとってはそのどれもが未知であり、新鮮なものであった。
魔術以外だとコミュニケーションの仕方とかも教えてくれた。彼女曰く俺は感情が表情に出ず、口数も少ないため無愛想で近寄り難い雰囲気らしい……そうか?
彼女のことについても多くを知った。生真面目な性格で冗談はそこまで通じない。魔術師とは思えぬ程に常識人であり、しかし魔術師という身分に誇りを持っている。言っては悪いが、あまり魔術師には向いていないタイプだ。
ドイツ出身でそれなりに有名な家系の生まれであり、母方は古ノルドの系譜にあたる血筋らしい。そのため本人もリヒャルド・ワーグナーや北欧神話関連の話を好んでいるそうな。
両親について話す際、少しばかり言い淀んでいたのが気になったが、家族仲は悪くないらしく、彼女もまた両親を尊敬しているとのこと。
特筆すべきは宝石級の“魔眼”を保有しているという点だろう。かのゴルゴーンの怪物のものと同等の魔眼、現代においては実在を疑われる程の代物だ。
もしや“直死の魔眼”かと思ったが、違うと言われた。あれが不死人にも通用するのか気になるところだ。
__しかし、
「……一体、何に怯えているのだろうか」
最近は随分と明るくなったが、いつも彼女は何かに怯え、不安を感じているような素振りを見せていた。それが何なのか、俺には解らない。
やはり家族関係だろうか? 嘘を吐いている素振りは見せなかったが、あの様子からして実は何か問題があるのではなかろうか?
だとするならば俺が踏み入れる領域ではなく、決してそんな単純な話ではないと思える。
彼女は両親から次期当主として期待されているとも言っていた。才能もあり、魔眼を保有する彼女ほどの逸材ならば当然の話だろう。
けれど、他者からの期待は時に重圧へと変わる。彼女もまたその類いなのだろうか? 仮にそうだとして彼女は何を恐れ、何に怯えている?
うーむ、うーむ……。
「どうしましたか? エルデンさん」
「……ん?」
声を掛けてきたのは、自分と似た灰髪でブリテンの騎士王と瓜二つの顔をした少女だった。
「……グレイか」
イギリスの片田舎の墓守の一族の生まれであり、その正体は騎士王の肉体となる“器”として生まれた娘……聖杯戦争が過去に一度しか起きていないこの世界においても、彼女はアルトリア顔でエルメロイII世の弟子として存在するらしい。
そもそもエルメロイII世が存在している時点で大きな矛盾を孕むが、それについての考察はもう飽きた。記憶に僅かな相違があったり並行世界という可能性もあるというのに、辻褄の考察など馬鹿馬鹿しくなる。
結局のところ根本は変わらないのだから構わない。何よりもこの世界の歪さは、俺にとっても都合が良かった。
「何やら考え込んでいる様子でしたので……その、良かったら“姉”弟子、である拙に相談してみては?」
「……いや、貴公の気にするようなことではないよ」
「そ、そうですか……」
そう返せば落ち込んだ様子を見せる墓守の娘。どうも初めての弟弟子である俺は彼女に気に入られ、というよりも懐かれてしまっている。
別にエルメロイII世に弟子入りしたつもりはないのだが……まあ、悪い気はしない。ファムルソローネと交流を結ぶ以前は、俺とまともに接するのは彼女とエスカルドスくらいである。エスカルドスに関してはまともとは到底言えないが。
グレイ、灰色、どっちつかず、実に良い響きだ。それに墓守ときた、なかなか縁深い話である。
「それにしても、普段はエルメロイII世に付きっきりの貴公が一人で居るとは珍しいな」
「師匠は今、客人と内密なお話中で……拙は追い出されました」
「……ふむ、成程。それで暇を潰しに俺の所へ?」
「は、はい……申し訳ありません」
「……別に構わん。何なら、先の言葉を訂正して少し相談に乗ってもらおうか」
「…………! はい! 喜んで!」
ぱぁと顔を輝かせるグレイ。世間知らずとはいえ同じ女性である彼女の意見ならば多少なりとも参考にはなるだろう。
「成程……エルデンさんはその知人の女性の悩みが知りたいと……」
『イッヒッヒッヒッヒッ! こいつは驚いた! まさかあの無愛想男にそんな浮いた話があるなんてな! 明日は大嵐か?』
「……喧しいぞ、デルフリンガー」
『アッドだ! 何だその名前!』
俺が事情を話せば、グレイの右袖の鳥籠から男の声が発せられる。
疑似人格が備わった世にも珍しい喋る魔術礼装“アッド”__大鎌や盾に自在に変形するそれは非常に興味深く、惹かれる代物だが、喧しい毒舌な皮肉屋でなければ尚のこと良かった。
「しかし、意外ですね。てっきり禁止区域への行き方とか新たな魔術の研究とかそういう感じの相談事だと思っていました」
『本当だぜ! 眼帯してみたいからって理由で魔眼蒐集車に乗り込んだ馬鹿が、今度はどんなやベー事しようとしてるかと楽しみにしていたらまさかそんな普通の悩みを一丁前に持つなんてよ! グレイも内心残念がってるぜ!』
「アッド、うるさい」
『あああああああああっ!?』
ブンブンと振り回される鳥籠。もはやお約束となっている光景を眺めつつ俺は彼女らの言葉に同意する。
思えば、随分と変わったものだ。絆されたとも言うべきか__他者の心情に関心を向け、あまつさえ悩むなどかつての俺であれば有り得ぬ話だった。
ファムルソローネ__オフェリアとの語らいは、実に有意義なものだったと言えよう。
「……フッ」
「__え? 今笑いました? エルデンさん?」
『おいおいおいおいマジか!? ガチで明日は天変地異でも起こるんじゃねえか!?』
小さく笑みを溢すとグレイが硬直し、眼を見開いてこちらへ視線を送る。……えっ、そこまで驚くこと?
「……可笑しいか?」
「あっ、いえっ、初めて笑っている所を見たので……」
「……そうか」
これまでもそれなりに笑っているつもりだったのだが、やはりオフェリアの言う通り表情筋が全然動いていないということか。
「……それで、貴公は彼女が何に怯えているか心当たりはあるかね?」
「いえ、申し訳ないですが、恐らく拙の知らない人でしょうし、力にはなれなさそうです……拙が恐れているのは自分の顔と死霊くらいなので……」
『イッヒッヒッヒッヒッ! そりゃそうさ! まだまだお子様のグレイがそんなこと分かる訳ねぇだろうよ!』
「む、じゃあアッドは分かるの?」
『いいや! さっぱりだ!』
「やっぱり……」
分かり切っていたが、有益な情報は出てこなかった。その後、幾つか他愛の無い会話を交わしてからグレイと別れ、俺は再び一人で物思いに耽る。
……やはり、直接本人に訊いてみるのが手っ取り早いだろう。
「それでこの術式を……って聞いてるの? エルデン」
「__オフェリア。貴公は何に怯えている?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
ぴたりと動きを止め、彼女は茫然とした様子でこちらを見る。
唐突に尋ねられただけではこうはならない。その顔は正しく図星を突かされた者のものであり、俺の抱いた疑問は真実であったことを証明していた。
「……な、何を言って__」
「__いや、忘れてくれ」
だからこそ、顔を青くして目に見えて動揺する彼女に対し、有無を言わさずそんなことを宣ったことに自分でも驚いた。
追及するつもりだった。彼女からその不安の原因を訊いて己の出来る範囲で協力するつもりだった。
だというのに、あろうことか俺は逃げの言葉を放ってしまった。
「……これ以上、余計な詮索はしない。けれど、もし貴公が本当にどうしようもなくなってしまった時、俺で良いのであればどうか、どうか頼ってほしい」
「っ…………」
それが出来ないのは、よく分かっている。彼女はきっと、誰にも助けを求めず、差し伸べられた手も掴もうとしないだろう。
だからこそ、俺が掴んでやるべきだったのに、それが出来なかった。彼女との友好的な関係が崩れてしまうのを恐れてしまったのだと自身で気付くのは少し後の事だ。
__ああ、そうか。俺にも、まだそんな感情が存在していたのか。
本当に、度し難い、度し難いよ、エルデン・ヴィンハイム。
「__すまない」
それから暫くして、俺は時計塔を去った。
学ぶことは学んだ。存外居心地の好い場所であったが、彼処で得られる知識はもう存在しないだろう。
ヴィンハイムの隠密も何やら俺の周りを嗅ぎ回っているようだ。これ以上居座れば奴らは時計塔へ乗り込み、エルメロイII世らにも危害が及ぶ。
連中は現代に残る火の時代の残滓と俺の研究成果を貪っているだけの有象無象だが、それでも冠位クラスの魔術師がごまんと居る。対抗出来るとしたら聖槍を解放したグレイくらいだ。
名残惜しさはあるが、2016年に人理が焼却されるのが確定的な今、いつまでも立ち止まってはいられない。
そうして世界を見て廻る中で借りを作ってしまった相手がよりにもよってマリスビリー・アニムスフィアであり、カルデアに招かれることとなる。
ゲーティアの目を欺き、人理焼却を密かにやり過ごすというプランはその時点で倒壊し、どうしたものかと考えていたが、そんな悩みは同じチームのメンバーの紹介の際に吹き飛んだ。
「__久しぶりね、エルデン」
彼女と、再会した。してしまった。
__ああ、これもまた運命か。
やはり世界とは悲劇だ。きっと、どこまでも度し難い俺という存在への天罰なのだろう。
__俺は彼女を、見捨てなければならない。
◎
この北欧異聞帯において、炎の巨人王スルトは終末戦争で神喰らいの狼フェンリルを喰らい、その氷の権能を取り込んだ。
__故に、その名は氷炎の巨人王、スルト・フェンリル。
そして、今回。肉体を奪い取っていた英霊シグルドの影響で
それだけではなく、彼をその身から解き放った悪魔殺しは置き土産とばかりに自らが持つ“デモンズソウル”の一端を与え、その力は全盛期すらも上回る程にまで成長した。
更に空想樹と接続し、そのバックアップにより現界に必要な魔力供給も十全に受けられる状態。もはや今の巨人王を止められる者は誰一人として居ないだろう。
「__
その氷炎の頭を、虹の号砲が撃ち抜く。
炎が如き
「 グ、グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!? 」
爆音が如き呻き声をあげるスルト。その目は驚愕に見開かれていた。
塵芥に等しいはずの間男に自身の頭部を破壊されたことに対してではない。その死に際に悪竜の呪いを解かれ、肩に居た己が守るべき姫が消えたことに動揺を隠せなかった。
「 オフェリア……!? 」
「__ああ、よくやった、戦友よ」
月光が迸る。
聖剣は自らの命を散らしながらも愛した女をその身だけでなく心まで救って見せた快男児に敬意を表し、手に握る煌めく剣を振るう。
その一閃は特大の光波となり、スルトの燻る炎を吹き飛ばし、肉体へと傷を付ける。
「 ぐぅ……おのれ小癪な……! 」
更に三発。乱雑に振るわれた刀身から光波が放たれ、それらすべてをスルトは摂氏400万度の高熱の炎の剣を振るって掻き消す。
高濃度の神秘が凝縮された、純粋な魔力の塊。ただ復活した状態ならば危うかったが、悪竜現象に加え、デモンズソウルまでも獲たスルトにとっては防ぐことなど容易い。
「我が師よ__」
ならばと聖剣は柄を握る力を強め、月光剣を天へと掲げる。それだけで衝撃波が走り、光の粒子が蛍のように彼の周囲を飛び交う。
「 させるか……! 」
何かの大技の予備動作であることは明らかであり、スルトは阻止するべく炎の剣を振り下ろすも、時既に遅く聖剣はそのまま自らの剣を振り下ろした。
__大月光波。
月光の力が最高潮に達し、巨大な奔流が放出させ、その炎の剣を弾き飛ばすだけでなく、スルトの胸部へと直撃する。
「 __ガアッ!? 」
「む、外したか__」
大きく仰け反るスルト。しかし、先に炎の剣に触れたことで霊核を狙った月光の奔流は僅かに逸れてしまい、致命傷を避けられたようだ。
聖剣は内心舌打ちする。別に一度しか使えない技でもなく、すぐにでも再使用可能だが、既に予備動作は見せてしまったため次は先手を取られるのは確実。
故に、聖剣では決定打を与えることが出来ない。
(奴を倒す方法は解っている。現世に留めている要石の破壊__あの同盟者との契約を強制的に解除させれば弱体化させることは可能。しかし、それでは元も子も無い……いっそのこと同盟者だけ連れてこの異聞帯から脱出するか……?)
既にスルトの頭と胸の傷は急速に再生し始めている。夢の狩人は行方知れず、カルデア側はオフェリアと合流し何かをしようとしている様子だが、例え彼らと協力してもスルトを倒し切ることは難しい。
どうすべきか__聖剣は思案を続ける。
(__む?)
その時だ、マスターからの念話が届いたのは。
「__ほう。そうまでして、彼女を救いたいか」
「 おのれ! 許さぬぞ、今度こそ灼き尽くしてくれ__!? 」
終わりが始まり、そして終わりもまた終わる。
咆哮と共に、嵐が遂にやって来た。
◎
「……ナポレオン」
氷炎と月光がぶつかり合う光景を見据えながら、立香は自分たちを希望という虹で照らしながら散った英霊の名を口にする。
彼の犠牲を、無駄にしてはいけない。
「__マスター、狩人さんは?」
「分からない。どこかで戦っているのかも……」
「あの邪神のことなどどうでもいい。スルトめ……よもやここまでの力を蓄えていたとは……」
スカディが忌々しげに呟く。圧倒的な力を振り翳すスルト。ナポレオンの最期の攻撃と聖剣の追い討ちで受けた深傷は既に再生し始めている。
神々の黄昏__もはやその力はかつてのラグナロクの比ではない。
「一体どうすれば__」
「__私が、スルトとの接続を断ち切ります」
その時、正気に戻ったオフェリアが進言する。
輝くその瞳は、覚悟に満ちていた。
「巨人王は膨大な魔力を有していますが、それは英霊も同じ。マスターからの魔力供給を失えば、その存在維持は困難となる。第二撃までの時間も充分に稼げるはずです」
世界を滅ぼす災厄であろうと、サーヴァントとして召喚された以上は英霊と原理は同じ。霊的存在である英霊が現界を果たせるのは、召喚者たるマスターが要となって現実世界に留めているからこそ成り立っている。
逆説的に、マスターを失ったサーヴァントは、その存在を世界に固定できなくなるのだ。
オフェリアの言葉に、スカディは何かを察する。
「……オフェリア、いいのか? 憎きスルトめの潜む痕跡を見抜けなんだ私だが、そうと分かった今ならば、おまえの状態も分かるぞ。オフェリア、我が愛しい子よ。おまえは本当に、それでよいのか?」
「え、なに? どういうことなの?」
立香が困惑した様子で問う。マシュもまたその言葉の真意を理解出来ずに居た。
「北欧の竜殺しならばともかく、巨人王の召喚なぞヒトが行うことはできぬ。虚ろなるモノを現世に強く留めておくための要石の役割は、ヒトの身では到底足りぬからな」
『つまり、彼女がスルトを現界せしめているのは、サーヴァント契約より強固な何かだと?』
通信機越しからホームズが女王の言葉を簡潔に纏めて言う。
「うむ。英霊ならば不要であろうが巨人王ならば__その瞳だな、オフェリア? その魔の瞳を存在の要石とされたか」
「それ、は……つまり__」
「な、なに? マシュ、どういうこと?」
漸くマシュは理解するも、魔術知識に疎い立香はただ首を傾げるばかりだ。
『マスター・立香。つまり、契約の完全破棄の為には、彼女の魔眼を破壊する必要がある』
「破壊、って……えっ!? 破壊っ!?」
そして、ホームズが明言したことで立香は目を見開き、オフェリアへと視線を向けた。その眼はつい先程まで敵だった者へ向ける者では到底無く、オフェリアは思わず頬を弛める。
「オフェリアさん! それは……」
「ありがとう、マシュ。心配してくれて。でもいいの、これでいいのよ」
この異聞帯でちゃんと言葉を交わすのは初めてになる。そして、この僅かな時こそ最後の語らいだ。
『__オマエは、ただあるがままで、美しい』
あの時、あの瞬間にナポレオンが言い放った言葉が胸に刻み込まれている。
簡単なことだった。既に己は籠の中の鳥などではなく、自由に羽ばたいて行けるのだ。
自身の助けを求める声に応じて召喚されたというあのフランス皇帝が、それを教えてくれたからこそ、覚悟を決めることが出来た。
今ならきっと、彼の手を掴むことが出来るだろう。もはや叶わぬ夢であるが、今こそ耀く可能性を視る刻だ。
「この瞳を破壊して、スルトとの契約を……切り離す!」
「駄目です! 魔眼は脳と強く結びつくもの! 精緻な処置なく行えば、脳が壊れます!」
右手で魔眼を限界まで見開かせ、血液を涙のように流すオフェリアをマシュが止めようとする。
しかし、それを氷雪の女王が阻む。
「覚悟の上である、と。そうだな、オフェリア」
「スカディさんっ!?」
「ありがとうございます。女王陛下__」
眼球から迸る激痛に、顔が歪む。魔力の奔流が肉体に負荷をかけ、その苦痛を耐え切らんとオフェリアは奥歯を噛み締めた。
この程度の痛みなど大したものではない。まだ彼女には更なる一手として
(ごめんなさい、エルデン__貴方は私が死んだら、悲しんでくれるかしら? 結局貴方にこの想いを伝えることは出来なかった。確かにキリシュタリア様は素敵な御方だけれど、貴方はもっと素敵なのよ?)
血に混じって一筋の涙が流れる。
無愛想な想い人の姿を思い浮かべながら、オフェリアは自身の魔術回路と魔眼の接続を断ち切り__。
『__よせ、貴公』
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
__動きが、止まる。
聴こえぬはずの、彼の声が聴こえた。それは単なる幻聴だったかもしれないが、確かに耳に届いたその言葉に彼女は茫然としてしまう。
突然動きを止めた彼女に一同がどうしたのかと疑問を抱いた次の瞬間__轟音が鳴り響く。
『____!? 上空から高魔力反応っ!?』
何かが、嵐の壁を突き破って飛来し、巨人王スルトの胸を貫いた。
「__雷?」
誰かが呟いた。それは紛れも無く落雷だった。違うところがあるとすればどことなく“槍”のような形状をしていたことだろうか。
皆が、天を仰ぐ。先の攻撃で嵐の壁に空いたであろう大穴。そこから何かが首を出し、そして異聞帯に入り込んだ。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
__それは竜だった。
鳥のような嘴と羽毛の生えた
「なっ……」
『竜種、だとっ……!? 幻想種の頂点__しかもこの魔力量はファヴニールの何十、何百倍も上回っている……!?』
竜が羽ばたく。それだけで女王が支配する氷雪の世界は上書きされて辺りに雷雲が立ち込める。
それから暴風が吹き、豪雨が降り注ぐ。雪ばかりが降り積もる北欧はあっという間に嵐に包まれた。
__その姿は、正しく“嵐の王”。
「くっ……我が領域を上書きしただと? あの竜は神の権能すらも凌駕するというのか?」
『__待て! あの竜の上にまた一つ魔力反応を確認した! しかも魔力量は竜よりも遥かに上だ!』
「えっ!?」
一同が驚きの声をあげ、嵐の竜の上を見やる。
__居た。竜の背に、誰かが乗っていた。穂先が大振りの剣のようになった槍のような武器を持つそいつは悠然とした態度で巨人王を見下ろす。
「__まさか」
誰もが何者かと戸惑う中、スカディだけがその正体に心当たりがあった。
一瞬雷雲からギリシャの古き神王ゼウスかとも思ったが、直ぐ様否定する。アレはそれよりもずっと、ずっと古き者だ。
神々にとっての神話。“火の時代”と呼ばれる古い時代において神々を裏切り、古竜の側についたその愚かさから歴史から抹消された存在。
その力は、大王グウィンに優るとも劣ることは決してなかったという。
__太陽の長子。
__竜狩りの戦神。
__古竜の同盟者。
______“無名の王”
最初のエルデンの独白。もっとオフェリアとの関係掘り下げようと思ったけど文字数やべーことになったから省略。
いよいよ登場した嵐の王!(あいつ実は英語だとstormkingなんすよ…)果たしてスルトくんの運命はっ!?
次回、スルト散華