異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
「__卑怯とは言うまいな?」
刀を引き抜く。傷口から血が噴き出し、デーモンスレイヤーはゆっくりと仰向けに倒れ伏す。
「……ふ。はは。久しい感覚だ。死ぬというのは」
渇いた笑い声。夥しい死を繰り返し、然れど幾度も生き返る。拡散の尖兵に殺されて以来、本当の死というものを実感したことはなかった。
だからこそ、その新鮮さに驚き、歓喜する。数多の偽りの一つではなく、死なぬ者を殺す為に造られ、鍛え上げられた正真正銘の不死殺し。
「……存外、心地好いものだな」
肉体が光の粒子へと変わっていく。神殿へは転送されず、今度こそ消滅する。
サーヴァントとしての悪魔殺しは、確かに死んだ。
「__だが、そいつでは、真の意味で俺を殺すには、まだ足りん」
「……ああ。貴公があの神殿に縛られている限り、“本体”をいくら殺してもソウル体となって甦るだろう」
エルデンが言う。
しかし、神殿に残っているであろうデーモンスレイヤー本人となれば話は別だ。例えソウル体を殺したとしても“古い獣”は最強の僕である彼を何度も復元する。
「__けれど、“古い獣”を殺せばどうなる?」
「____!」
デーモンスレイヤーが目を見開く。
「ほう……それは何とも、面白い冗談だ。まさか貴公、アレにそんな道理が通じるとでも__」
「無論。アレの存在は看過出来ず、許容も出来ない。殺せぬというのなら、殺せるようにするまで。既に方法も用意している。後は来る時にそれを成すのみ」
エルデンは悠然としながら、しかし確信に満ちた瞳でデーモンスレイヤーを見下ろす。そこに欺瞞は無く、確かな意志があった。
「……そうか、そうか。本気のようだな。まだまだ面白くなりそうで、何よりだ」
楽しげに、デーモンスレイヤーは笑う。
近いに内に訪れるであろう“次”への期待を込めて、まるで眠るように消滅した。
「……あれもまた、“竜胤”の力、御子の忍と似た存在か」
血を振り払い、弦一郎が呟く。彼の記憶の限り不老不死という存在は実に多く居る。その中でも厄介なのが実際に死んで、生き返る不死だ。
殺せるし、死んでいるのだから“不死斬り”も効果が薄く、何度殺しても挑み続け、動きを理解し、対策され、やがて先読みされ、こちらが殺されてしまう。
弦一郎だけではない。修道女のランサーも、無名の王もその恐ろしさは実際に味わい、しかと理解している。
同じ手はもう通じない。
「新たなサーヴァント……! 霊基解析の結果、クラスはランサーとアーチャーだと思われます!」
『何ィ!? 二騎もかっ!? エルデン・ヴィンハイムの奴、一体何騎のサーヴァントを従えているのだっ!?』
ゴルドルフの悲鳴に近い叫びが響き渡る。突如としてサーヴァント二騎がデーモンスレイヤーを襲撃したかと思えば無名の王までも援護し、一瞬にして撃破した。
あまりにも突然のことに戸惑うカルデア。しかし、今の状況が危機的なものであることは即座に理解する。
巨人王スルトに渡り合う程の力を見せた聖剣を名乗るセイバーと、そのスルトを圧倒的な力で屠った戦神に加えて不意打ちとはいえデーモンスレイヤーを倒してみせた二騎。
__そして、英霊とも戦えると言われ、実際にそれだけの大魔術を行使したクリプター、エルデン・ヴィンハイム。
スルトという共通の敵が居なくなったことから先程から黙って様子を伺っているスカサハ=スカディもこちらと敵対するだろう。
正しく絶体絶命。流石の立香も死を覚悟する。
「__む?」
だからこそ、皆がその存在を忘れていた。
突然、乾いた銃声と共にエルデンの右腕がちぎれ飛んだ。
「マスター……ッ!?」
「エルデンさんッ!?」
マシュが叫び、立香が口元を抑える。修道女のランサーが焦った様子で駆け寄っていく。
対するエルデンは多少目を見開きながらも、肘から先が無くなった腕を一瞥すると涼しい顔で銃声がした方向を見据える。
「……漸くお出ましか」
「__まさか、貴様とはな」
そこに立つのは、血に濡れた黒すぐめの男。
「狩人……!」
立香がその名を呼ぶ。足止めをくらっているという連絡から今の今まで音信不通だった現状の最高戦力の満を期しての登場に目を輝かせる。
「……すまない、マスター。厄介な奴に喧嘩を売られてしまってな、駆け付けるのが遅くなってしまった」
狩人__フォーリナーはそんな彼女へ謝罪し、またカルデアの面々の無事を確認するとエルデンへと視線を戻す。
その瞳は、殺意に満ちていた。
「どういうつもりだ? よもや上位者の尖兵と成り果てた訳ではあるまい?」
「……ほう。てっきり断定して即殺しに掛かるかと思っていたが、どうやらそれなりの信用は得ていたようだな」
「__答えろ、殺すぞ?」
「……ああ。勿論だとも。俺としても少々、いやかなり予想外の事態ではあったが、使える物は何でも使う主義でな。少しばかり利用させてもらっている」
え? と立香が目を丸くする。驚くことに、どうやら二人は面識があったようだ。
欠損した腕からポタポタと濁った赤い血が流れ続けるが、エルデンは特に処置をする訳でもなく、フォーリナーと視線を交差させ、笑う。
「利用、か……では、問おう。探究者よ、貴様は今__この私の敵として立っているのか?」
「……貴公がカルデアに与するのであれば」
「__そうか。それが探究とやらの果てに、行き着いた答えか」
静かに答えるエルデン。それに対してフォーリナーは少し残念そうに一瞬目を伏せた。
「__ならば死ぬがいい」
そして次の瞬間。その姿が消え、同時にエルデンの前方に火花が飛び散った。
「__二度も傷付けさせるとお思いで?」
「__失せろ、灰の女」
愚か者を切り刻まんと振り下ろされたフォーリナーのノコギリ鉈を一瞬にして前に立ち塞がった修道女のランサーの大鎌が受け止め、弾く。
それでもフォーリナーは止まらず、邪魔する修道女のランサーを切り捨てんとするが__。
「____!」
矢が、頬を掠めた。
視線を向ければ、離れた場所に大弓を構えた弦一郎が立っており、フォーリナーを射抜かんと速射する。
「チィッ____」
「狩人さん……!」
すかさず駆け付けたマシュが大盾でフォーリナーを隠し、飛来した数本の矢を防ぐ。矢自体は重い一撃でかなり威力は高いが、宝具という訳でもなく、防ぐこと自体は容易だった。
「大丈夫ですかっ!?」
「……ああ。助かった、マシュ嬢__来るぞ!」
「____!!」
すると弦一郎は地を這うようにして一瞬でマシュへと接近し、攻撃を仕掛ける。
渦雲を描くような高速の剣撃。マシュはこれを盾で防がんとするも、畳み掛けるような猛攻にスタミナが追い付かず、僅かに仰け反ってしまう。
「くっ___!?」
「__甘い」
そして、更なる連撃で遂にはマシュの体幹は崩れ、その瞬間に刀を振り上げて跳躍する。
斬られる__そう思い、マシュは目を伏せるが、それよりも先にフォーリナーの銃口が彼を捉えていた。
「落ちろ、赤目」
「ヌゥ!?」
一発の水銀弾が弦一郎の眉間を撃ち抜き、彼を落とす。そのまま怯み、膝を突いた彼の臓物を引き摺り出さんとフォーリナーは右手の武器を捨て、その掌を異形の獣のものへと変化させる__。
が、その爪が弦一郎に届くよりも速く、修道女のランサーが両手の鎌を構え、飛び掛かる。
致命失敗。フォーリナーは舌打ちするも即座にノコギリ鉈をその手に戻し、これを捌かんとするも長柄の大鎌でありながらまるで乱舞のような目にも止まらぬ素早い連撃に堪らず後退した。
「ッ……おのれ……」
「__危なかったですね、アーチャー」
「ああ……助太刀感謝する。らんさあ殿」
大口径の銃弾を撃ち込まれたにも関わらずその傷は浅く、弦一郎は多少呻き声をあげるだけで平然と立ち上がる。その傷もまるで逆再生するかのように凄まじいスピードで癒えていく。
その異様な光景を見てマシュはあの一見すると東洋、恐らく日本出身だと思われる弓兵の英霊の由来が、まともな人間ではないことを察する。
「__動くな、ここ一帯が消し飛ぶぞ?」
そして、次の瞬間。背後から殺気が襲う。
振り向けば聖剣の狩人が耀く月光の刃をこちらへと突き付けていた。
「貴様……!」
「落ち着きたまえ。こちらに君と争う意思は無い」
「黙れ……! “聖剣のルドウイーク”……! 醜い獣に成り果てた挙げ句、奴の手駒にまで落ちぶれたか……!」
「……随分と嫌われたものだ。まあ、どうとでも言ってくれて構わない。しかし、よく状況を見てから暴れるのだな」
吐き捨てるように、聖剣の真名を呼ぶ。対する聖剣は一瞬顔をしかめるも悠然とした態度でそう言う。
__ルドウイーク。
医療教会最初の狩人であり、かつて英雄として名を馳せた人物。教会を正義と信じ、人々の為に狩りに邁進したが、後に真実を知り、発狂したことで狩人の悪夢に囚われ、地下死体溜まりを彷徨う“醜い獣”と成り果てた憐れな男。
悪夢を訪れたフォーリナーとの死闘の果てに理性を取り戻すも敗北し、そして最期にはまた狂い、弓剣の狩人によって引導を渡された。
そんな男がまさか人だった頃の状態でサーヴァントとして召喚され、更にはエルデンと契約しているとは思わず、イカれた教会の関係者の中では数少ない良心だと認識していたフォーリナーはその事実に憤慨する。
『ひ、ど、どどどどどどうするのかねっ!? ホームズ君! ダ・ヴィンチ女史!』
『これは……もはや……』
『ああ……完全にお手上げ、という奴だね……』
『そんなぁ!?』
フォーリナーを以てしても、この絶望的な状況を打破することは叶わず、立香たちは取り囲まれてしまう。
少しでも抵抗する素振りを見せれば誰かが死ぬのは避けられず、それを分かってかフォーリナーもその目を血走らせながらも動きを止めていた。
再び夢へと逃げるか? そんな模索をしているとエルデンが笑みを浮かべる。
「……セイバーが言っただろう。争う気は無いと」
そう、先程から彼に敵意というものは無かった。
「……今回の目的は二つ。一つは我が友オフェリアの救出、そしてもう一つは、デーモンスレイヤーの抹殺。それらは既に成され、この北欧にもう用は無い」
「ほう……つまり救援はここまでだと? エルデンとやら」
スカディがその言葉に反応する。彼女としては思う所が無いと言えば嘘になるが、彼らがカルデアを始末してくれた方が都合が良かった。
「……ああ。悪いな、スカサハ=スカディ。生憎と貴公を助ける義理は無い。それに汎人類史と異聞帯。世界の命運を賭けた闘いに、部外者が介入するのも無粋であろう?」
「フッ そうだな……別に構わん。憎きスルトめを倒してくれただけで充分だ。もはや戦乙女たちは居ないが、然れどこの者たちとは、私が決着を付ける」
「__それでこそ、だ。優しき女神よ」
決意の籠った瞳。何がなんでも、この北欧を、この世界を救わんという意志。それは紛れも無く本物であると察せられ、だからこそエルデンは叶わぬことを知りながらも彼女の健闘を祈る。
そうやって彼は笑い、パチンと指を鳴らす。
「待て__」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!! 」
すると頭上に“嵐の竜”が現れ、咆哮する。
同時に嵐が勢いを増し、洪水が如き豪雨と竜巻の如き突風が一同を襲った。
「うわっ__!? 」
「ッ!? 先輩……!!」
突然の現象に顔を腕で覆い隠す立香をマシュが守るように掴んで盾で風を防ぐ。
「__さらばだ、カルデア諸君」
それから程無くして雨が止み、風が微風へと変わり、嵐が完全に去れば本物の太陽の浮かぶ明るい空が姿を現す。
あれだけの突風が襲ったにも関わらず一同に怪我は無く、思わず呆気に取られてしまう。どうやら先の咆哮は単に嵐を晴れさせるものだったようだ。
__そして、エルデンたちは、忽然とその姿を消していた。
◎
「__なかなか面白かった」
白い少女が笑う。スルトが死に、嵐が去り、終わりの時が刻一刻と迫っている北欧の景色を眺めながら。
「しかし、驚いたよ。懐かしい匂いがすると思えば、まさか彼が来るなんてね。久方ぶりに見たけど随分と人間臭く成り果てたものだ」
「……あれが、“太陽の長子”、神々を裏切り、古竜の信奉者となった者か」
「正確には同盟者、だけれどね」
傍らに立つのは、黒いローブを身に纏い、樹木の根のような仮面で顔を隠した男。その声はまるで幾つもの人の声が重なった加工されたようなものだった。
彼らは何をする訳でもなく、巨人王スルトとカルデア、そしてエルデン・ヴィンハイムの戦いを、ただ眺めていた。
誰にも気付かれることなく__。
「あの襤褸布の男は……あら、もうこの世界から出て行っちゃったみたいね。残念、彼とはまだまだ舌を噛んで語り明かしたかったというのに……」
「……“カルデアの者”、と名乗っていたな。終ぞ我らの誘いは受け入れなかった」
「実に残念だ。是非とも彼には同志として協力してもらいたかったが、まあその内また会えるでしょう」
いつの間にか消えていたカルデアを名乗る謎の男。しかし、白い少女と仮面の男は大して気にする様子は無く、新たな演目を見物しようとする。
カルデアと氷雪の女王の生き残りを賭けた決闘。疲弊した女王と夢の狩人が付いているカルデアではどちらが勝つのかは明白であるが、それでも見応えのあるものだろう。
「さて、今回は来なかったね。あの赤い機械」
「……そうだな。発生には何らかの条件があるのかもしれん」
「もし来たら回収したかったのだがな……“財団”はケチ臭いし」
ロシア異聞帯を崩壊させた赤い熾天使たち。彼らはロシアが完全に漂白されるまで破壊活動を続け、やがてどこかへと消えた。
てっきり他の異聞帯に侵攻していると思っていたが、残念ながらそのような情報は掴んでいない。
だが、いずれまた現れるだろう。あの狂った裁定者は自らが生まれる未来を阻むすべてを排除するつもりなのだから__。
「__いやぁ、楽しいね。世界ってのは」
「……目的を忘れるな。公爵よ」
愉しそうな白い少女に、仮面の男は釘を刺すように言う。それは脅しにも忠告にも聴こえた。
「分かってるわよ。けど君も理解しているだろう? 私たちという存在は皆、未知というものに惹かれるものだ」
「……そうだ。けれど、だからこそ、我らはそれを貪り、探究し、罪を犯し過ぎた」
仮面の男は自身の過去を思い返しながらそう語る。対する白い少女は説教臭いその物言いに顔をしかめながらも、ふとした疑問を抱く。
「罪、罪ねぇ……にしては君、罪悪感とかそういうの、特に感じてないよね?」
「……当然だろう。間違いであることを理解したのだ。即ち、私は何ら間違っていなかった」
その返答に白い少女は目をぱちくりさせる。そして、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「フフッ やっぱり狂ってるわよ、君」
「……今更が過ぎるな」
笑い合う二人。結局、彼らは誰にも気付かれず、空想樹が切除され、北欧の滅びが確定するまでそこに居た。
世界は脅威と驚異で満ちている。それは異聞帯や異星の神だけではなく、様々な思惑が渦巻き、影に潜んで暗躍を続け、何かを成そうとしていた。
そのことに、カルデアはまだ気が付かない。
ぶっちゃけ異星の神どころの騒ぎではない。