異聞帯がロスリックだった件   作:理力99奔流スナイパー

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書いてて長くなったから慌ててカットした。


秘匿者たち2

 ◎

 

 

 どれくらいの時が経っただろう。

 

 未だに地鳴りは続き、空気を切り裂き、大地を砕く音と共に雄叫びが響く。

 

 殴り、斬られ、避けられ、斬られ__。

 

 斬り、避け、斬り、避け、避け、斬り__。

 

 そして、終わりは唐突に訪れる。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

 ブヨブヨした贅肉を直剣の刃が貫き、血が濁流のように噴き出す。不死院のデーモンの断末魔が反響し、空間を揺らす。

 

 イザリスの魔女の成れの果て、“混沌の苗床”から生まれ落ち、黒騎士の狩りから生き延び、不死院の番人の任を背負わされていた異形のレッサーデーモンは、遂にその長い命を終え、倒れ伏す。

 

「__死んだ?」

 

 白きソウルの光となって霧散する怪物。やがて完全に消滅し、復活の兆候が無いことを確認すると直剣を携えた青年__カドック・ゼムルプスは安堵の表情を浮かべ、静かに歓喜する。

 

 かの者は遂に番人たる不死院のデーモンの打倒を成し遂げたのだ。

 

「……は、はは。やった、僕はやったぞ」

 

 片膝を突き、渇いた笑い声を出す。

 

 何度その大槌を掠め、瀕死になっただろうか。何度その大槌に叩き潰され、即死しただろうか。

 

 死ぬ度に“篝火”で目覚め、挑み続けた。動き自体は単純でパターンを把握し、完全に見切るのにそう時間は掛からなかった。しかし、不死身ではないかと思う程の生命力を持つレッサーデーモンにいくら攻撃を当てても倒れることはなく、やがて疲労もあってか集中が切れることが多くなり、そして小さなミスで殺される。

 

 しかもどういうからくりか道中の亡者まで生き返り、それまで傷付けた傷をレッサーデーモンは完治させていた。つまり甦り続けて地道にけずるのは不可能だった。故に、数度は心が折れかけた程度にはカドックはデーモンへ挑み、殺されていた。

 

「……さて、あの奥に、“ロードラン”への道があるんだったな」

 

 大扉が、“勝手に”開く。

 

 まるでこちらを導くように。カドックは罠を警戒しながら慎重な歩みでそこへ向かう。

 

 __ここからが本当の“ダークソウル”だ。

 

 誰かが、囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。かくしてスカサハ=スカディは敗れ、北欧異聞帯は空想樹を失い、人類史から切除されてしまいました」

 

 召集を掛けられ、集ったクリプターたちの囲う円卓の前でコヤンスカヤが語り終える。

 

 北欧の消滅。それを聞いた彼らの反応は様々であったが、緊急で呼び出された時点でロシアのことを思い出し、皆薄々察してはいた。

 

「残念ながらオフェリアさんの消息は掴めていません。カルデアに捕縛されたか或いはスルトの暴走に巻き込まれて帰らぬ人に……よよよ」

 

『……見え透いた演技はやめて、コヤンスカヤ。カルデアへの苛立ちより貴方への嫌悪が遥かに上回るだけよ』

 

 わざとらしく泣き真似をするコヤンスカヤを、ヒナコが冷たい視線で睨む。

 

「キャー、バレバレとか恥ずかし──い! これでも立て続けに同胞を失った皆さんを気を遣って、リップサービスならぬクライサービスをしたんダゾ☆ 何しろ、オフェリアさんは私にとっても貴重なお客様でしたから」

 

(……失った、か。何を企んでいる?)

 

 おどけた態度を取るコヤンスカヤを見据えながらエルデンは内心疑問に思う。セイバー・ルドウイークの報告から彼女が北欧に居たことは確認している……自身が無名の王と共に北欧へ向かい、巨人スルトを打倒し、オフェリアを救出したことは当然把握済みのはずだ。

 

 にも関わらずその事実を伏せ、オフェリアを消息不明扱いにし、既に死んだものとして話している。エルデンとしては面倒なことにならなくて助かるが、つまりそれ相応の思惑があるのは明白だった。

 

「宝石の魔眼……過ぎたるは猶及ばざるが如し、でしたね。オフェリアにあの魔眼は不相応でした。せめてああなる前に生きた眼球をお譲りいただければ私も全力で生存を手助けしたのですが……」

 

『そう、なら、それがせめてもの救いね。彼女の瞳が貴方のコレクションにされていたかも、なんて、想像するだけで目が眩むから。ねぇ、エルデン?』

 

『ああ。確かに人には過ぎた代物ではあるが、かといって女狐風情が手にするのも相応しくない』

 

「わぉ☆ 真顔で辛辣なこと言っちゃってくれますねぇ」

 

 聞き捨てならない言葉だった。流石は“妲己”の要素を持つ九尾の分体。どこまでも他人の神経を逆撫ですることに長けている。

 

 オフェリアの持つ“遷延の魔眼”は、確かに彼女には不相応な力と言えよう。結果としてその存在が彼女を苦しめ、そして異聞帯のスルトと接触してしまうことになったのだから。

 

 だが、他に相応しい者が居るかと言えば、それは否だ。あの魔眼あってこそのオフェリア__彼女が確固たる意志で自らその眼を潰すというのなら、喜んでそれを受け入れよう。

 

 しかし、他の誰かの手に渡るというのは、エルデンとしてはとてもじゃないが、許容出来ず看過することは出来ない。

 

「しかし、人間嫌いの芥女史がオフェリアさんの死を悼むなんて驚きですねぇ。あ、まだ生死不明でした、すみません」

 

『……何が言いたいの? コヤンスカヤ』

 

 ヒナコは眉をひそめる。対するコヤンスカヤは薄く笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「女の子同士の友情は実利実益の支えない。どれほど煙たがれようと、日々ちょっかい出してナンボなのです」

 

『……なんか生々しいな、貴公』

 

「少なくとも私は本気で彼女の人生の問題点を考え、手を出しました。けれど貴女はただ見ていただけ。それで今更トモダチ面とは毛並みが良過ぎるのでは?」

 

『っ、女狐風情が、白々しい……!』

 

「何も行動しなかったのなら、何も言うべきではない。これ、人間社会の常識でしょう? そんなところでずっと引き籠っているから、そんなコトも忘れてしまうんですよ、貴女は」

 

『……よせ、貴公。ぐうの音も出ない正論に何も言い返せなくてヒナコが凄い顔をしているぞ』

 

『お前はどっちの味方だ……!』

 

『はいはい、そこまでよ、ガールズ。喧嘩は私たちが全滅した後にやってね? 駄目よ芥ちゃん、キレイな顔が台無し。折角ここまで隠し通したんだもの。お上品にしましょ』

 

 口を開け、鋭い犬歯を露にしながら激昂するヒナコをペペロンチーノが竦める。

 

『というか、何でこんなお葬式ムードなのよ。まだオフェリアが死んだって決まった訳じゃあないんでしょ?』

 

『ああ。案外カルデアでよろしくやってるかもしれないぜ? カドックの奴もまだ捕まってるんだろ?』

 

『………………』

 

 カドックの名前を出すベリル。これにエルデンは僅かだが、表情を変える。結局のところラスプーチンによるカドック奪還が失敗したことを本人もキリシュタリアもクリプターたちに伝えることはなかった。

 

 いずれバレることではあるが、果たしていつまで隠匿するのだろうか。

 

『……私は異聞帯の報告をしに来ただけ。それを済んだのだから退席する』

 

 一先ず怒りを鎮め、ヒナコは呆れたのか、疲れたのか、小さな溜め息を吐く。

 

『ペペ、キリシュタリア……私、そこの女狐とは極力無関係でいたいの。間違っても彼女を私の異聞帯に寄越さないで、その女は国を滅ぼすことしか出来ない女よ』

 

 最後にそう言い、ヒナコは通信を切る。コヤンスカヤは特に反応しなかったが、内心顔をしかめていることだろう。

 

『……フラグ、という奴だな』

 

『おいおい。ホントに退席しちまったぞ芥の奴! チームワークとかどうなってんだろうな、俺たち!』

 

『何だ、貴公……ヒナコの協調性の無さは今更だろうに』

 

『は。流石の芥もアンタにだけは死んでも言われたくないだろうよ、サボり魔さん?』

 

 そう言いながらチラリ、とベリルは空席となった二つの椅子を一瞥する。ほんの数週間前までは全員揃っていたというのに、既に二人も消えた。

 

 どちらとも生死不明とはいえ生存は絶望的。仮にカルデアに捕縛されていたとしても彼らがよっぽど御人好しでない限りは無傷とは言えないだろう。

 

『しかしまあ、運が悪かったなぁ……カドックもオフェリアも。いや、あちらさんの運が良かったのか? 実力じゃあこっちの方が上だったんだからな。えーと、何だっけあの絶望をナンタラって奴……』

 

『……絶望を焚べる者のことか?』

 

『そう! 絶望を焚べる者! ミラのルカティエルを名乗る不審者! まさか北欧にまで出張ってくるとはな! あんな災害みたいな奴が彷徨いてるとなると、おちおち眠ることも出来やしねぇ!』

 

「……アレはオフェリアさんのセイバーが駆除したはずですが?」

 

『おお、そうだったな。なら安心……とはならねぇよなぁ?』

 

『……貴公の言う通りだ。かの不死が一度や二度殺したとて、終わるとは思えん』

 

『ほら、“火の時代”の専門家もこう言ってる。こっちに来ないって保障はねぇ、本当におっかないぜ』

 

 __“絶望を焚べる者”。ロシア異聞帯をほぼ単独で滅ぼし、北欧異聞帯でも多くの巨人を殺戮した古き者。しかし、目先の脅威はそれだけではない。

 

 北欧で姿を現した“悪魔殺し”。“上位者”へと至った“狩人”。ロシアを焼き尽くしてから音沙汰の無い“赤い熾天使”……どいつもこいつも最大級の脅威ばかりだ。

 

 加えてエルデンは、これらと並ぶ、或いは上回るイレギュラーがこれからもまだ多く出現する可能性を危惧していた。中でも予想される“火の時代”に列する者たちならばともかく、遥か未来から“最強のレイヴン”や“人類種の天敵”までもが現れかねない。

 

 故に、カルデアを迎え撃つ前に滅んでしまう異聞帯があっても可笑しくない事態であった。

 

『しかもカルデアのマスターはまだピンピンに生きてるときた! 素人が戦場に居て無傷とかどういうコトよ。ひひひ、余程ツイているのか、もしくは周りによっぽど大切に扱われているかだな! 豚も煽てりゃ何とやらだ!』

 

『……忘れてないか? 貴公。既に彼女は一度世界を救った後だということを。決して素人などではなく、経験で言えば我らより断然上と言えよう』

 

『ん? ああ、そういやそうか。なら、そういう立ち回りくらいは分かってるもんか。すまねぇ、忘れてたわ』

 

『そうね。それに守りが完璧なのは当然でしょ。あの子のサーヴァントはマシュちゃんよ? シールダーのサーヴァントだもの。マスターの警護は万全に決まってるわ』

 

『へぇ……マシュに守られている、ねぇ……』

 

 一瞬ベリルは目を伏せ、そして次の瞬間には楽しげな笑みを浮かべた。

 

『そりゃあますます羨ましい。女の後ろでイキってるだけで英雄サマときた!』

 

『……前にも言っていたな、それ』

 

 淡々としながらもエルデンは内心この期に及んでまだカルデアのマスターを見下しているベリルに呆れていた。現に彼女は二つの異聞帯を踏破して見せたというのに。

 

 しかし、ロシアの攻略は実質“絶望を焚べる者”が成し遂げたようなものであり、北欧に関してもスルトの暴走や狩人の参戦と、勝利出来たのは運が良かったようにしか見えないのもまた事実。かつての旅路を知るエルデンとは違い、その詳細を知らない彼らがそう思うのは仕方のないことだろう。

 

「コヤンスカヤの報告の限りでは、私も同意見と言わざるを得ないな」

 

 そして、先程から黙って聞いていたキリシュタリアもまたベリルの発言に頷く。

 

「エルデンは随分と評価しているみたいだが……デイビット。カルデアのマスターについて君はどんな印象を受けた?」

 

『そうだな。よくやる、と呆れている』

 

 デイビットへと意見を求める。優れた洞察力を持つ彼の言葉は実に的確な場面が非常に多く、Aチームもといクリプターたちのご意見番とも言うべき存在であった。

 

『人間は戦場に立つ時、確かな武器を手にしていなければならない。任務や自衛の為じゃない。自分が戦えるという事実がなければ、精神が前に進まないからだ』

 

 淡々と、冷徹に、一切の色眼鏡無く、デイビットは自身の推察を述べる。

 

『だが、カルデアのマスターは自分に武器が無いことを理解しながら戦場に立っている。余程危機感の無い女か、或いは__』

 

『……それしかないから、であろう? ヴォイド』

 

 これにエルデンが割り込み、代弁する。デイビットが反論する様子が無いことからそれは正解と言えよう。

 

『他に手段が無いのだ。彼女はカルデアの礼装が無ければ魔術師としては素人に等しく、サーヴァントへ魔力を送ることすら困難だ。そのパスも憐れなほど短く、魔力を送る為には出来る限り近くへ居なければならず、我らのように安全圏からサーヴァントを使うことも出来やしない』

 

『………………』

 

『__故に、その震える脚を誤魔化し、見栄を張ってただ前線に立つしかない。そうやって戦い続け、乗り越え、今の今まで生き延びてきた』

 

『成程。俺も概ね同意だ。お前の奴に対する見方は半ば妄信的なようにも見えたが、その実よく本質を見て物を言っている』

 

 まるで実際にその有り様を見てきたかのようなエルデンのカルデアのマスターへの評価にデイビットは理解を示す。

 

 若干の訝しみは残るものの元より彼女のような人間を彼が好ましく思うのは理解出来たため然したる疑念は感じられなかった。

 

『しかし、オフェリアの件は残念だ。多少、失望しているよ。彼女の能力を過大評価してしまった』

 

『……何?』

 

 ピクリ、とキリシュタリアの言葉に肩を僅かに震わせ、目の色を変えるエルデン。その変化にいち早く気付いたペペロンチーノは焦りの表情を見せる。

 

『北欧は争いの無い異聞帯だった。それを治められなかったとは……』

 

「ああ、その点について私からも一つ、質問が」

 

 冷静な、しかし嘆くようにそう語る彼に対し、コヤンスカヤが口を開く。

 

「アナタはスルトのことを知っていたのですね? その上でオフェリアに北欧を任せていた__いえ、スルトを残すように指示したのは、もしやアナタではないのですか? キリシュタリア」

 

 そう問い掛けながらコヤンスカヤは確信していた。他者の感情をある程度ならば読み取ることが出来る彼女はスルトの件をオフェリアは事前にキリシュタリアに報告しており、彼から手札として残すように命じられていたことは既に把握している。

 

 故に、この質問は確認であり、暗に北欧が滅んだのはお前のせいだと煽る意図があった。

 

「となると……これは少し、筋が通りません。スルトは北欧異聞帯にとって大敵です。それを残す、というのは北欧異聞帯を崩壊させる、という意図があったということでしょう? それはどうなのでしょう? “異星の神”はそんなことを望んだかしら?」

 

 そんな悪辣な満ちた問いにも、キリシュタリアは表情一つ変えることなく、悠然と答える。

 

「確かに、スルトを残すようにアドバイスはした。北欧異聞帯の王、スカサハ=スカディはその気質からカルデアに賛同する危険があった。その時の保険に使うといい、と提案したのだが……彼女には荷が重過ぎたようだ。もう少し、上手くやれると思っていた」

 

「ん~成程! オフェリアちゃんだけでは不安だった、と!」

 

 その返答にコヤンスカヤは合点がいったとばかりに快活な笑みを浮かべる。口では信頼している素振りを見せながら、内心ではオフェリアの弱さを把握していたのだ、この男は。

 

『__貴公』

 

 場が、凍り付く。

 

 ただ一言発しただけで、その重圧に先程までヘラヘラと笑っていたベリルですら真顔になる。

 

『随分な言い草だな……本人が居ないからと、少しばかり口が過ぎるのではないか?』

 

「……ただ事実を言ったまでだ。私は彼女の実力を見誤り、過度な期待を寄せてしまった。だから、北欧異聞帯は滅びる結果となった」

 

『__故に、失望したと?』

 

 低く、底冷えするような声。静かに怒る、というのは正にこういうことなのだろう。対するキリシュタリアは臆することなく、真っ直ぐとその暗い瞳を見据え、言葉を交わす。

 

『ちょっとエルデン、一旦落ち着いて__』

 

『思い上がりも甚だしいぞ、ヴォーダイム。勝手に期待し、失望するようであれば貴公を想い、その身を尽くさんとしたオフェリアがあまりにも報われない』

 

「……………………」

 

『そもそも貴公が期待しようがしまいが、オフェリアは貴公の理想に付き従い、殉じようと努め、突き進んだだろう。クリプターとしての使命ではなく、他ならぬ貴公の為に、な。それだけ彼女は敬愛を抱き、貴公に執心していた』

 

 間に入って止めようとするペペロンチーノを無視し、エルデンは言葉を続ける。

 

 “異星の神”による蘇生の後、オフェリアは人が変わったようにキリシュタリアに忠誠を誓い、崇拝するようになった。当初エルデンは洗脳されたのかと思うも彼女から事情を聞いてその想いに気付く。

 

 その好意を恋愛感情だと判断したのは、エルデンの知識の中で彼女の抱くその感情に一番近いものがそれだったというだけだ。本人が頑なに否定しているのだからもしかすれば違うのかもしれない。

 

 しかし、どちらにせよ、そんな彼女の姿を見るのは初めてであり、エルデンは嬉しかった。キリシュタリアへのその想いがあれば彼女がずっと抱え、思い悩んでいる何かを克服し、乗り越えることが出来ると思ったからだ。

 

 故に、今のキリシュタリアの発言は看過出来ず、許容出来なかった。

 

「おやおや。随分とお怒りのご様子で……エルデンさん。逆鱗に触れちゃいましたか? オフェリアちゃんに仲間意識とか、友情とか、ちゃんとおありだったのですねぇ?」

 

 この光景を前に、コヤンスカヤは愉しげに悪辣に満ちた笑みを浮かべて言い放つ。しかし、エルデンは完全に眼中に無いのか彼女へ何の反応も示さず、ただキリシュタリアを見据えていた。

 

 女狐の顔が、歪む。

 

「……ふむ、どうやら失言だったようだ。君にそこまで言わせてしまうとは」

 

『くれぐれも本人の前で言ってくれるなよ? 結局のところ貴公が何に失望したのか知らぬが、以前から貴公は他者を過剰なまでに評価し、期待するきらいがある。__あまり人の可能性とやらを信じ過ぎないことだ』

 

「______」

 

 一瞬キリシュタリアは目を見開くも、すぐに先程と変わらぬ冷静な表情へ戻り、頷いて見せる。

 

「ああ。その忠告、深く胸に刻み付けておこう。すまなかった、エルデン」

 

『……別に構わぬ。理解してくれたなら、それでいい』

 

 そして、エルデンの雰囲気が元へ戻る。先程までの威圧感が嘘だったかのように消え去った。

 

『ふぅ……いやぁ! 急に怒るなよエルデン! ビビっちまうじゃねぇか!』

 

 まだ一同の緊張が解けない中、誰よりも早く普段の調子に戻ったベリルが笑う。

 

『コヤンスカヤ。北欧を離脱したカルデアは北海で消息を絶った、と言ったな』

 

 すると話題を変えるようにデイビットが言う。これにいつまたエルデンのスイッチが入らないかと危惧していたペペロンチーノはナイスフォローと内心ガッツポーズする。

 

『考えられる線は虚数潜航によるこちらの索敵錯乱だが、補給の無い彼らに長時間の潜航が出来るとは思えない。となると__』

 

「“彷徨海”だろうな。また厄介な場所に移動したものだ。あそこだけは“異星の神”も手を出せなかった。いや、出す必要性を感じなかった」

 

 彷徨海__バルトアンデルス。その名が出てきたことにエルデンは意外な反応を示す。

 

 魔術協会における三大部門の一角であり、原初の魔術工房とも云われる北海に隠された神代の島。北欧を根城とする原協会で、その名の通り海上を彷徨い移動する山脈の形をしているという。

 

 彼らは文明による魔術の進歩・変化を認めず、西暦以前の神秘__神代の魔術のみを魔術とするという、時計塔と相反する理念・絶対原則を掲げている。

 

 即ち、神代の魔術こそ至高、西暦以後の魔術なぞ児戯に等しいと見下しているため、時計塔とは冷戦状態にある……というのがエルデンの知識だ。

 

 謂わば究極の懐古主義。故に、エルデンからすれば竜の学院(ヴィンハイム)と然して変わらぬ集団だった。尤も、竜の学院にとっては神代の魔術も原初たるソウルの魔術の紛い物であると認識しているため彼らとも敵対している訳だが……。

 

(確か“古きヨルメダール”の連中も何人か彷徨海に招かれていたはずだが……ふむ、ロスリックやボーレタリアの存在を感付かれて目覚められると些か面倒だな)

 

 魔術の進歩を認めないという事は、人類の消費文明を認めないということであり、今の人間社会とは相容れない学術棟だ。故に、その門は固く閉ざされ、神代以降の人類史の行く末など知った事ではない、と“異星の神”がやろうとしている人理編纂にも共感こそすれど邪魔をするようなことはないとキリシュタリアたちは思い、放置していた。

 

 しかし、エルデンにとっては好ましくない事態だ。てっきり漂白に巻き込まれ、全滅したと思っていた連中が未だに生き延びているのだと知ったのだから。

 

 今現在、アフリカ大陸には彼らが望んでやまなかった原初の神秘が降臨している。創設から二千年も存在する時計塔の学園長と同格の魔術師たちが目覚め、ロスリックへと足を踏み入らんとする可能性は充分にあるだろう。

 

 彼らに自身の計画を揺るがすようなことが出来るとは思えなかったが、それでも不確定要素は出来得る限り減らしたい。

 

 __まあ、それはそれで、面白そうだが。

 

『成程……この世に有ってこの世に無い絶界の島。さすれば白紙化を逃れられる訳か』

 

『無いものに消しゴムは掛けられないからそうなるわよねぇ……でも困ったわぁ。そんなところに逃げ込まれたら捜しようがないもの。どう? 異聞帯を自由に転移出来るコヤンスカヤちゃん?』

 

「ご期待に添えず、面目ありません……単独顕現を持つ私ですが、位置を特定出来ない彷徨海に忍び込めるはずもなく……」

 

『そうよねぇ……』

 

『……どうせ彼らは異聞帯を攻略する為に姿を現す。その時に正面から叩き潰してやればいい』

 

『じゃあしばらくカルデアは放っておいて、私たちの異聞帯に専念しちゃい__』

 

『いや、そいつは無しだぜ、ペペロンチーノ、エルデン』

 

 カルデアを放置するという提案に、ベリルが首を横に振り、待ったを掛ける。

 

『カドックとオフェリア。俺たちの身内が二人もやられたんだ。これ以上、放置は出来ない。一刻も早くカルデアを潰す』

 

『……何だ、貴公。少し見直したぞ』

 

 感心した様子を見せるエルデン。決してカルデアを甘く見ている訳ではなく、敵対分子として排除する腹積もりのようだ。

 

『は。当たり前だろ、目障りな敵を生かしておく理由なんかあるかよ? アンタやヴォーダイムくらい強ければ怖くねぇかもしれないが、凡人であるこっちは死活問題なワケ。カルデアの連中にいつ後ろから刺されるかと思うと、満足に人間狩りも出来ない』

 

『けれど、方法はどうする? 女狐の単独顕現がどの程度のランクかは知らぬが、そいつが侵入出来ぬのならあの三騎のアルターエゴでも難しかろう』

 

 彷徨海へ行く手段が無い訳ではない。たかだか別次元への移動ならばエルデンの傘下のサーヴァント……悪夢のフォーリナーや女医のアルターエゴならば難なく侵入経路を作り出せるだろうし、何なら彷徨海そのものを破壊することも可能だろう。

 

 無論、エルデンにその気はゼロだ。カルデアには、藤丸立香とマシュ・キリエライトにはロスリック異聞帯へ来てもらわなければならないのだから__。

 

「__仕方ありません。契約には含まれないサービスですが、承りました。ご依頼はカルデア残党の処理、でよろしいですね?」

 

 すると先程とはうって変わり、コヤンスカヤが提案する。

 

『……へえ。出来るのかい。本当に? アンタ、彷徨海には侵入出来ないと、さっき言わなかった?』

 

「そこはそれ、プロですので。多少の抜け道はございますとも。とはいえ“カルデア残党の全滅”は少々お高くなります。ベリル様にはお支払い出来ないでしょう。エルデンさんなら、払えるかもしれませんが__」

 

『__断る。貴公に恩を売られるつもりはない』

 

「……ならばここは安価で確実な手段を取らせていただきますが、よろしいでしょうか?」

 

『へえ。具体的に、どんな?』

 

「カルデアを無力化すればよろしいのでしょう? であれば簡単です。カルデアのマスターはひとりしかいないのですから__」

 

『……暗殺か』

 

「はい。誰に気付かれるコトもなく。サクッと、暗殺して参りますわ☆」

 

 にやり、笑みを浮かべながらそう言い、コヤンスカヤはその場から姿を消す。

 

 __カルデアのマスター暗殺。具体的であり、確実な手段であるが、エルデンは特に焦る様子は無く、むしろこれを乗り越えて行くべきだと静かに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ__意外だよ。君が他人に関してあそこまで激情に駈られるとは」

 

 円卓にて。コヤンスカヤが彷徨海へ跳び、他のクリプターも解散し、ただ一人残ったキリシュタリアは先の会話を思い出しながらぽつりと呟く。

 

「だからこそ、疑問だった。君の在り方は、あまりにも矛盾が過ぎる。君は一体何処へ向かおうと言うのだい? エルデン・ヴィンハイム」

 

 今しがたの会議では問えなかった問いを虚空へと投げ掛ける。思い出すのはあの正しく夢のような思い出。何度も裏切られ、何度も敵対し、何度も争った。しかし、そこにあった日々も友情も紛れも無く本物だったのだ。

 

 故に、誓いを立てた。オフェリアと北欧には是非ともその手助けをしてもらいたかったのだが__。

 

「北欧異聞帯の切除は大きな損失ではない。万が一の為、スルトを我々の切り札にするプランもあったが、それが無くなっただけの話だ」

 

 “異星の神”に対する決戦兵器だけではない。かの巨人の終わりの炎は“火の時代”のテスクチャをも焼き尽くすことが可能だったろう。それでそこに住む者たちも滅びるとは限らないが、彼の計画を頓挫させるには充分だ。

 

 しかし、失態を犯した。炎の巨人王を侮っていた訳ではない。ただ彼女の手腕なら、精神力なら大丈夫だと楽観視してしまったのだ。

 

 故に、間違いがあったとしたら__。

 

「……僅か数年の接触だったが、君が穏やかな女性であることは、よく分かっていた」

 

 カイニスからの報告で彼女が今何処に居るのかは大体察しが付いている。

 

 生きていたことは非常に喜ばしい。酷く安堵した。

 

「オフェリア。君には、私が偉大な人物に見えていたかい?」

 

 __では、それに応えよう。

 

 人理編纂の名の下に汎人類史を否定し、新しい真理を築く。

 

 改めてキリシュタリアは決意した。

 

 

 

 




エルデン「怒られなかった。良かった(^ー^)」
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