異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
偉大なる女神が目覚めを鎮める。
彼らは、とても遠い所へ行った。
勇士たちよ、勇士たちよ。輪の中の小人たちよ。
__新たな
彼らは、とても遠い所へ行った。
麗しき貴女よ。封印の為に。
ああ。新たなる
英雄よ、目覚めたまえ。
ああ。新たなる
捧げる者、捧げられた者、捧げられた歴史、捧げられたマヌス__。
行くべき道は整えた。偉大なる神よ。
神こそが、理を作った。その者は、身を投じ蝋火となった。
あなた達は憧憬する。あなたも後に続くだろう。
ああ。選ばれし不死人よ。
ああ。呪われた者よ。
__グウィンよ。
◎
不死に睡眠など必要無い。
不死に食事など必要無い。
それを便利と思うか退屈と思うかはその者次第だが、やはりというべきか、人間だった頃の名残はなかなか捨てられぬものだ。
エルデン・ヴィンハイムもまた、その一人である。
「__という訳で、食糧を分けてくれないか? 頼む」
そう頼み事をするエルデンの視線には、七人の男女がホログラムとして映っていた。
カドック・ゼムルプス。
オフェリア・ファムルソローネ。
芥ヒナコ。
スカンナジア・ペペロンチーノ。
キリシュタリア・ヴォーダイム。
ベリル・ガット。
デイビット・ゼム・ヴォイド。
彼ら皆、カルデアAチームのマスターたち。異星の神によって蘇生され、汎人類史の敵となったクリプターである。
『いきなり何を言ってるの? エルデン』
「ああ、輸送手段については心配無用だ。俺のサーヴァントの能力ならば異聞帯を往き来するくらいは造作も無い」
『そういうことじゃなくて……ハァ……貴方は相変わらずなようね、死んだら少しはまともになるかと思っていたのだけれど』
眼帯の少女、オフェリアがそう言って溜め息を吐く。定例会議前に急に頼みがあると言われ、何事かと思えばまさか食糧が欲しいとは。
「……そういう貴公は随分と変わったな」
『何ですって?』
「恋に理由は無いと言うらしいが、随分とご執心ではないか。ヴォーダイムに」
『なっ……キリシュタリア様はそんなんじゃ……!』
「では、何かね? ん?」
『この……! 人の気持ちも知らないで……!』
『コラコラ。喧嘩しないの』
このまま口論に発展しそうな二人の間にオカマ口調の男、ペペロンチーノが間に割り込み、宥める。
その光景は、見慣れたものだった。
『けどエルデン……そんなに食糧に困っているの? アナタの所って』
「……ああ。酷いものだ。まともに食べられそうなのは苔とかしかない」
『は? コケってあの苔? えぇ……』
エルデンの返答に流石にそれはないだろうと困惑してしまうペペロンチーノ。
けれど、仕方無い。何せ彼の居る所は火継ぎが行われず、それでも火の時代が続いてしまったロスリック……食事を必要としない不死と理性を失った亡者ばかりが蔓延る世界なのだから。もはや農具は武器というのが常識となっている程だ。
「貴公の所はインドだったか? カレーとかないのか? カレー」
『うーん……別に構わないけれど、あんまり沢山は送れないわ。あ、それと良い感じの茶葉を見つけたのよ。それで良かったら如何?』
「ああ。頼む。この際、何でもいい」
ペペロンチーノの言葉に声を弾ませるエルデン。すると今度は目付きの悪い白髪の少年、カドックへと視線を向ける。
『……何だ、僕にも集る気か? エル。生憎とこっちは農作物の育ち辛い極寒地帯でね。そちらへ供給してやるだけの余裕は無い』
「……そういえばカドックの所には確かヤガだったか? 獣と化した人間が居るのだろう?」
『ああ、それがどうかし……まさか』
カドックはエルデンが何を言いたいのか察し、顔をしかめる。
「何匹かこちらへ……」
『断る! 駄目だろ普通! いつからカニバリズムに目覚めたんだお前は!』
「むぅ……肉……」
カドックの言葉に押し黙るエルデン。彼はただひたすらに肉が食べたかった。もう何ヵ月も食べていない。緑花草も苔玉のサラダももう飽きた。
『カドックの言う通りよ。エルデン……その、私も出来る限りなら協力するから……』
「おお、本当か。感謝する。貴公はやはり優しいな、オフェリア」
『っ……ええ。当然でしょう』
優しい、そう言われオフェリアは頬を僅かに染めて俯く。そんな態度にエルデンは不思議そうに首を傾げ、ペペロンチーノは相変わらず鈍感ねと呆れる。
「……ヒナコ、貴公は__」
『嫌だ。面倒くさい。何であんたの娯楽に私が手を貸さないと駄目なのよ』
そして、先程から黙り込んでいた眼鏡の少女、ヒナコにも頼もうとすると喋り終わる前に拒絶されてしまう。
食糧難はわりと切実な事情であるのだが、エルデンが不死であることを知っている彼女はそれが単なる人間の真似事をして楽しむ為であると理解しており、故に付き合う道理は無い。
「随分と冷たいじゃないか、貴公」
『うるさい。何でか自分の胸に聞いてみたら?』
「……まだ怒ってるのか?」
『………………』
プイッとそっぽを向くヒナコ。そんな彼女にエルデンは溜め息を吐く。
周囲から見た以前のカルデアでの彼らは仲が良く、共に居ることも多かったため一部では交際しているのではないかとも囁かれていた。それは今のヒナコの他者とは違う砕けた口調からも間違いないだろう。
しかし、今はどこか距離がある。十中八九二人の間に何かあったのだろうが、空気を読んでかそれについて追及する者は居ない。
『__どうしたんだ、お二人さん。喧嘩でもしたのか?』
ただ一人を除いては。
「まあ、そんなところだ……なに、貴公の気にすることではないよ。ガット」
『んだよ、水臭いな。ところで俺には頼まないのか? 食糧の件』
「……貴公の異聞帯はかなりヤバい状況じゃあないか。そんな所に集る程落ちぶれてはいない」
リーゼントヘアーに尖った耳が特徴的な男、ベリルがケラケラと笑いながら言う。彼の言葉にエルデンは気にする素振りは見せず反応するが、ヒナコは不快に感じたのか睨み付けるように彼へ視線を向けた。
『おう、ひでぇもんだぜ。お前さんの所には負けるがな……大体何だよ“火の時代”って。そんな文明があったことすら知らなかったぜ?』
『当然だろう。神代より遥か昔。
すると茶髪の寡黙そうな男、デイビットがベリルの疑問に答える。
『謂わば神代にとっての神代ってことだろ? よく知ってんな、エルデンもやけに詳しいし』
「……本当かどうかは知らぬが、俺の家系であるヴィンハイムはその火の時代から続いてるらしくてな……それでよく知っていた訳だ。まさかそんな異聞帯を割り当てられるとは思っていなかったが」
エルデンは笑う。あの竜の学院の名が、現代にまで残り続けていることにも驚いたが、まさか己がその異端の家系に生まれ落ちるとは。
運命とは何と気紛れなものか。
『へぇ……そりゃ御愁傷様。まあ、お互い頑張ろうぜ?』
「ああ。貴公も自滅してくれるなよ」
『おう、お前さんとの殺し合い、楽しみにしてるぜ。まっ 俺が惨敗するだろうがな』
軽口を叩き合う二人。するとその様子をずっと眺めていたリーダー格の長い金髪の男、キリシュタリアがこほんと咳払いする。
どうやら無駄話が過ぎたらしい。
『__さて、空想樹の発芽から90日……三ヶ月もの時間が経過した。濾過異聞史現象__異聞帯の書き換えは無事成功した。まずは第一段階の終了を祝おう。これも諸君らの尽力によるものだ』
『うん? そいつは大げさだ、キリシュタリア。オレたちはまだ誰も、労われる様なコトはしちゃあいない。一番肝心な事はぜーんぶ、異星の神さまの偉業だからな』
キリシュタリアの言葉にベリルが首を横に振った。これを見てオフェリアが顔をしかめる。
『……貴方は分かっていないのね。異聞帯の安定と“樹”の成長は同義よ。ならば、異聞帯のサーヴァントの契約と継続。それに全力を注ぐのは道理でしょう。貴方のような、遊び気分が抜けてないマスターは特に』
『おっと。睨むのは勘弁だぜ、オフェリア。お前さんの場合、シャレになってないだろう』
わざとらしくおどけて見せるベリル。しかし、次に話す時は真剣な面持ちへと変わる。
『それに一度死んでんのに遊び気分でいられる程大物じゃない。また蘇生できるとも限らないなら、生きている内にやりたい事はやっておきたい。殺すのも奪うのも生きていてこその喜びだ。__なぁ、アンタもそう思うだろ? デイビット』
『同感だ。 作業の様な殺傷行為は、コフィンの中では体験できない感触だった。オレの担当地区とお前の担当地区は原始的だからな。必然、その機会に恵まれる』
『そうとも。オレたちにその気が無くても向こうから殺されに来る。遊んでなんかいられねぇよなぁ?』
『…………そう。 貴方たちの担当の異聞帯には同情するわ。ねぇ、エルデン?』
「……ああ。だがまあ、楽しそうで何よりだ」
ベリルの言い分は尤もだ。不死であるエルデンと違って、彼らは死ねばそこで終わり。ならば死ぬまでの刹那を全力で楽しく生きるべきだろう。
『………………』
『あら、平常運行のベリルに比べて、少し元気無いんじゃないカドック? 目の隈とか最悪よ? 寝不足? それともストレスかしらね?』
彼らのやり取りを横目にペペロンチーノが先程からどうにも窶れているように見えていたカドックへ問う。
『……その両方だ。 僕の事は放っておいてくれ。仕事はきっちりこなしてるんだから』
『それはちょっと無理ね。 凄く無理。放っておいて欲しいなら、せめて笑顔でいなさいな。友人が暗い顔をしてたら、私だって暗くなる。当たり前の事でしょ?』
ペペロンチーノの語気が強くなる。エルデンもまた押し黙る彼へと視線を向けた。
彼が自分の才能が他のメンバーに較べて劣っていることに対して非常にコンプレックスを抱いていることにはエルデンも気付いていた。担当するロシアの異聞帯もかなり過酷な環境で上手く行ってないようであるし、その重圧に押し潰されなければいいのだが……。
『私は私の為にアナタの心配をしちゃうのよ。アナタの事情とか気持ちとか関係なくね。分かる? 独りで居たかったら、それに相応しい強さを身に付けないと。ストレスが顔に出ているようじゃまだまだよ。何か楽しいことで緩和しないと』
「……楽しいこと、亡者狩りとかは?」
『__そうねぇ、お茶会なんてどう?』
「………………」
ふと思い付いたエルデンが呟くが、それは華麗にスルーされる。
このようにエルデンは時折妙な発言をするのだが、皆慣れたのか付き合うのも面倒だと悉く無視されてしまうようになった。
『こっちの異聞帯で良いお茶の葉を見つけたの。アナタの所にも分けてあげるわ。皇女様もきっと喜ぶわよ?』
『……僕の為に心配してる余裕があるとは、流石だな』
『あら、アタシはアタシの為に心配してるのよ。だって、自分から辛くなりたい人間なんて一人も居やしないでしょう? アタシはそんな気分になりたくないし、させたくないから心配するの。分かる? 独りでも平気ってのは、心を殺すことじゃない。相応しい強さを持つことよ』
何かと世話を焼くペペロンチーノ。これにはエルデンも良いことを言うなぁ、と酷く感心する。その血で汚れた手とは対照的に彼は純然たる善意でそう語っていた。
その言葉にカドックは不満げに押し黙る。
『……無駄話はそこまでにして。キリシュタリア。要件は何?』
それを無言で眺めていたヒナコが話を切り上げるようにキリシュタリアへ問いかける。
『こちらの異聞帯の報告は済ませたはず。私の異聞帯は領地拡大に向いてない。私は貴方たちとは争わない。この星の覇権とやらは貴方たちで競えばいい。そう伝えたわよね、私?』
『……そんな言葉が信用できるものか。閉じ篭っていても争いは避けられないぞ、芥。最終的に、僕たちは一つの異聞帯を選ばなければならない。アンタが異聞帯の領地拡大を放棄しても、その内他の異聞帯に侵略される。それでいいのか? 座して敗者になってもいいと?』
『……別に。私の異聞帯が消えるなら、それもいい。私はただ、今度こそ最後まであそこに居たいだけ。納得の問題よ。それが出来るなら他のクリプターに従うわ』
「ほう……貴公。そんなに旦那と居たいのか」
『……殺すわよ?』
「ふっ それは面白い冗談だな」
『……私は、オフェリアのように痴話喧嘩はしたくないのだけれど、エルデン』
『ちょ、痴話喧嘩って何よ!』
『異聞帯間の勢力争いには興味無い、か。まあ、結果が見えてるゲームだからな、このレースは。オレ達は束になってもキリシュタリアには敵わない。地球の王様決めレースは最後の一戦まではほぼ出来レースだ』
ベリルが呆れた様子で言う。
『オレとデイビット、それにエルデンの所なんざ酷いもんだしな? あれのどこが“あり得たかもしれない人類史”なんだよ……その点、あいつの異聞帯は文句無しだ。下手すりゃ汎人類史より栄えてる! ずるいよな、最初から依怙贔屓されてるときた! やっぱり生まれつきの勝者ってのは居るもんだ』
「……そう卑屈になるなよ、貴公。確かに俺達の所は最悪としか言い様が無いがな。けれど、神霊を負かして異聞帯の王にその力を認めさせたのは他ならぬキリシュタリア本人の実力だろう」
エルデンがそれを竦める。異聞帯に差が出ることは仕方ないのとだ。確かにキリシュタリアの担当するオリュンポスの神々が支配する大西洋異聞帯はどの異聞帯よりも繁栄しているが、だからといって本人の努力がゼロとは言い難い。
これにオフェリアも同調する。
『そうよ、エルデンの言う通りだわ。言葉を慎みなさいベリル』
『ヘイヘイ。俺もエルデンにそう言われちゃあ、少しはやる気を出さねぇとな』
『……それでも、私は君達にも世界の覇者になれる素質があると思っている。油断したらひっくり返される。それくらいの事はしてのけると思っている』
キリシュタリアのその言葉に、嘘は無い。本気でそう言っていることが分かった。
『とはいえ、負けるつもりも無い。全力でかかってくると良い。こちらも全力で対応しよう』
「……ああ。俺も貴公と戦うのを楽しみにしよう」
『ふっ、その意気だ……さて、遠隔通信とは言え、私が諸君らを報告後も引き止めたのは、他でも無い。一時間程前、私のサーヴァントの一騎が霊基グラフと召喚武装の出現を予言した』
キリシュタリアのその報告に、クリプター達の空気が一変し、各々が様々な反応をする。
エルデンは、ただ笑っていた。
『霊基グラフはカルデアのもの。召喚サークルはマシュ・キリエライトの持つ円卓だろう。南極で虚数空間に潜航し、姿を晦ましていた彼らが、いよいよ浮上する、という事だ』
『死亡していなかったのですね。三か月もの間、虚数空間に漂っていたというのに……』
「……やはりな。流石は人理の救世主。数多の英霊を束ね、魔神王ゲーティアを倒した彼らが、あの程度で終わるはずがない」
各々が様々な反応をする中、初めからこうなることを予想していたエルデンは素直に彼らカルデアを称賛する。
この言葉にカドックとオフェリアが僅かに眉をひそめたが、気付く者は居なかった。
『折角コヤンスカヤちゃんが色々と手回ししてくれたのに。人選ミスじゃないヴォーダイム? 私のサーヴァントだったら基地ごと壊せていたわよ』
「……あの女狐のことだ。相手を舐め腐って油断でもしていたのだろう」
『……同感』
エルデンの意見にヒナコが頷く。
『__あの方法と人選は最適解だった。カルデアの護りは強固では無いが、万全だ。新スタッフとして館内から手引きしてもらわなければレイシフトで対応されていただろう。制圧にはまず内側から潜入し、カルデアスを停止させる必要があった。コヤンスカヤの計画は良く出来ていた。唯一、我々側に問題があるとすれば……サーヴァントが余り積極的に働かなかった事だ』
そう言うキリシュタリアだが、全力で掛かれば一瞬で殲滅できただろう。空想樹の育成とか漂白などする前に、全戦力を投入すれば良かった。それだけの脅威度が、カルデアには、藤丸立香にはあるのだ。
彼らはカルデアを、人類最後のマスターを過小評価し過ぎだ。決して甘く見てはいないが、奴らの底力を知らない。藤丸立香の強さを知らないのだ。彼らは藤丸立香が必死になって戦っている間、爆死していたのだから当然だろう。
エルデンは知っている。藤丸立香という何の力も持たない一般人を最優先で始末せねばならぬ何よりの理由を。
__何故なら彼ないし彼女は、“主人公”なのだから。
『とはいえ、コヤンスカヤと神父は我々のサーヴァントでは無く、カドックの送り込んだ皇女もマスターとの物理的な距離が開いた事によって魔力の補給が十分では無かった』
『不確定要素の全てがカルデアに味方したって訳か。偶然、ではねぇよな?』
『恐らくアラヤの仕業だろう。ガイアが俺達の邪魔をする理由はない』
『か──ーっ! 世界も味方してるってか!? いよいよカルデアのマスターが本物の英雄っぽく思えてきた!』
「実際、あの者は英雄だ」
『はっ お前はやけに奴の肩を持つじゃあねえかエルデン。けどよぉ、実際問題カルデアのマスターが人理を修復出来たのって単に運が良かっただけだろ? 女の後ろに隠れてただけで英雄扱いとは羨ましいぜほんと』
「そうだ、運が良かった。そして運こそが、人の本質的な力だ」
『はぁ?』
ベリルは認めたくない様子だが、事実は変わらない。あの少年または少女は正真正銘の英雄なのだ。
何もできなかったクリプターと、成し遂げた藤丸立香。レフ・ライノールに見逃されたのも、ゲーティアに感化されたのも、ベリルの言う通り運が良かったに過ぎない。
けれど、だからこそ、彼はあのゲーティアを倒せた。人理を救えた。彼でなければ、クリプターでは成し遂げることなどできなかっただろう。
運こそが、人間性の力であり、人の本質。それは不死になろうとも灰になろうとも変わらなかった。戦闘に関しては必要の無い能力ではあるが。
『……それで、連中が何処に現れるのか判明しているのか?』
『そこまでは予言されてはいない。あと数時間でこちらに出現する、という事だけだ』
『なんだいそりゃ。じゃあ各自、自分の持ち場で警戒しろって__』
『出現場所はロシアだ。異聞帯の中に浮上する』
するとデイビットが断言する。
『……それは、何故?』
「成程。“縁”を辿ったという訳か」
疑問に思うヒナコと納得するエルデン。
『そうだ。彼らが“今の地球”で知り得る事象はカルデアを襲ったサーヴァントだけだ。虚数空間から現実に出るための“縁”はそれしか無い。オプリチニキは彼らにとっての座標でもある』
『……ふん。因果応報とはね。やられたらやり返せだ。奴らにとっちゃ僕は真っ先に倒すべき敵って訳だ』
『ようカドック! なんなら俺が助太刀に行こうか? お前さんは荒事には不慣れだろう? 俺で良ければレクチャーしてやるぜ?』
『結構だ。アンタはアンタの異聞帯に引っ込んでろ。兄貴分を気取るのはペペだけで充分だよ』
『えー? 本気で心配してんだけどなぁ、オレ。っていうかペペロンチーノは親父役って感じだろ?』
不機嫌そうにカドックはベリルの提案を一蹴する。
「……カドック」
『アンタの協力も不要だ、エル。……僕は僕だけの力で英雄様を撃退する』
そして、ならば自分がと口を開こうとすれば食い気味で拒絶されてしまう。これには少し驚いたのかエルデンは一瞬硬直した。
「……そうか」
『ま、本人がやる気なら口出すのは粋じゃねぇな。頑張れよカドック。皇女様への男の見せ所だしな』
『カドック、我々クリプターの最終目標は異聞帯による人理再編。それに比べればカルデアの始末は余分な仕事だ。雑務と言っても差し支えない。……とはいえ、脅威であることも否定できない。実際、デイビットが言ったように彼らには汎人類史のアラヤが味方している』
(……傲慢だな、ヴォーダイム)
内心エルデンは嗤う。そうやってカルデアを後回しにして次第に追い詰められていくのだ。
恐らく八章くらいで。クリプターは自分を除けば丁度七人なのだから__。
異聞帯を廻っていき、苦戦しながらも敵を打倒し、最後に異星の神を倒してハッピーエンド。そんな光景が目に浮かぶ。
『__カドック、君の手腕に期待している。障害を排し、一刻も早くロシアの樹を育てることだ。それがカルデアの抹殺にも繋がるだろう。私は総ての異聞帯に同等の可能性を見出したい。人類史の可能性である異聞帯が矮小な歴史のまま閉じるなど許されまい』
『……アンタに言われるまでもない。僕だって負けるつもりは無いからな。彼らが来るなら迎え撃つまでだ』
そう言ってカドックが通信を切る。
「……どうするべきだと思う?」
『どうって……何、助けてあげるつもり? なら、やめた方が良いわよ。またあんたに助けられたってことになったらもっと反発するわよカドックの奴』
加勢すべきかと悩むエルデンに、ヒナコが助言する。
「……ふむ、それもそうか」
『そういうこと。さて、私も玉座に戻るわ。こちら異聞帯の王は探求心と支配欲の塊だから。放って置くとどんな展開を望むか分からない』
『んじゃ俺もこの辺で、ロシアからのSOSがあったら知らせてくれ』
するとヒナコとベリルも通信を切る。
『私も失礼するわ。こっちもちょっと様子がおかしいの。報告は上げたけど、デイビットにも意見を聞きたいわ。アナタ、私の異聞帯の“四角”についてどう思う?』
『情報が欠落している。所感でいいか?』
『良いわよ。アナタの直感が聞きたいの』
『アキレス腱だ。これ以上はない急所だろう。お前にとっても、その異聞帯にとっても。俺やヴォーダイムであればすぐに切除する。だが、お前であれば残しておけペペロンチーノ。そういう人間だろう、お前は』
『あらそう。じゃあ様子を見ようかしら……エルデン、アナタはどう思うかしら?』
「……ふむ、大事に至るのを防ぐのなら、何らかの策を弄するべきだが、面白いことを期待するなら放置しておくといい」
『面白いこと、ねぇ……アナタらしい意見ね。ありがと』
そして、ペペロンチーノも通信を切った。
『では、通信を切る。予定通り、次の会合は一月後だな』
『キリシュタリア様、私も失礼します。あとエルデンも……その、またね』
デイビットとオフェリアも通信を切り、この場にはエルデンとキリシュタリアだけが残った。
するとキリシュタリアは彼に問いかける。
『……ところでエルデン』
「む、何だ?」
『“異星の神”から聞いた。空想樹を根付かせるのに苦労したようだな。それに成長しているにもかかわらずどういう訳か、制御下から離れようとしている……これははっきり言って異常だ』
「……そうだな。俺の異聞帯は、他のと比べてあまりにも違い過ぎる。何せ世界の王が“六人”も居るのだから」
『偉大なる“薪の王”たち……その中には原初の主神、グウィンも居るようだね。戦闘力だけならば私の所に匹敵、或いは上回るかもしれない』
「……さて、それはどうだろうな。ギリシャの神々も侮れん」
『__まあ、くれぐれも注意してくれ。危なくなったらすぐにこちらも援軍を送る』
「……ああ、宜しく頼むよ」
内心エルデンは舌打ちする。どうやらあの上位者がキリシュタリアに入れ知恵をしているようだ。だからベリルに依怙贔屓だの言われるのだ。
エルデンにとってそれはあまり望ましくない状況であるが、別段慌てることではない。
儀式はもう、秘匿されているのだから__。
「……そろそろ俺もお暇させてもらおう。次の会合には居ないかもしれないが」
『ふっ 悪い冗談だな。私は最後に残るのは、私の異聞帯か、君の異聞帯か、オフェリアの異聞帯だと考えている』
「貴公。それは買い被り過ぎだ……では、失礼する」
そう言ってエルデンは通信を切り、ふぅと一息吐く。
「食糧に関しては目処が立ちそうだな……良かった良かった。これで漸くベジタリアンから解放される」
安堵するエルデン。今回の会議は正直あまり期待してなかったが、意外と有益な情報が得られた。無論、カルデアのことだ。
遂に彼らが動き出した。いつこちらへ来るかは分からないが、歓迎の準備をしておかねばとエルデンは立ち上がる。
「さてと……これより新たなグランドオーダーが始まる。世界を救済した少年少女は世界を破壊し、そしてまた世界を救済する……ああ、運命とは、世界とは、何と残酷なことか」
芝居掛かった口調でエルデンは誰に聞かせる訳でもなく、そう呟いた。
人を救った彼らは祝福されず、絶望に叩き落とされる。けれど、彼らは抗う。足掻き続ける。自分たちの世界を救う為に、八つの世界を滅ぼす。
「ハッハッハ……素晴らしいじゃあないか。やはり世界とは悲劇だ。度し難い、実に度し難いよ、本当に」
どこまでも乾いた笑い。
彼は知っていた。彼ないし彼女が物語の主人公であることを。故に、この世界から愛されているといっても過言ではない。
ベリルの言う通り世界が、運命が彼ないし彼女の味方をする。ごく一部を除いて主人公という存在は最終的に勝利するものだ。それがハッピーエンドとは限らないが……。
けれど、だからこそ、エルデン・ヴィンハイムという異物は負ける気など更々無かった。
「__さあ、始めようか。最悪のゲームを」