異聞帯がロスリックだった件   作:理力99奔流スナイパー

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エルデンくん、多くの方々から心配されていたロスリック食糧問題を前に、遂に動く……!?


エルデンと愛玩の獣

 ◎

 

 

プランA カルデアが人理修復後に──を用いて実行する場合の計画

 

プランB ゲーティアと敵対し、人理焼却の最中に実行しなければならない場合の計画

 

プランC 人理焼却が未遂に終わる、或いは失敗した場合の計画※プランAとほぼ変わり無し

 

プランD 人理修復後、焼却とは別の更なる脅威(キャスターのクー・フーリンが仄めかした人理編纂なるもの?)が出現した場合の計画

 

P.S 異星の神を騙る上位者による人類史の白紙化及び異聞帯の発生によりプランDを採用。やっと面白くなってきた、筋書き通りというのはどうにもつまらんからな

 

 __とあるクリプターの走り書きより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ロスリック城・篝火。

 

「……ヴォーダイムの奴め」

 

 通信を切り、溜め息混じりにそう呟きながらエルデンは幾つも並べられた古臭い木製の椅子に腰掛ける。

 

(オフェリアを会議に参加させなくて正解だったな……あらぬ誤解を抱かせるところだった。まあ、流石に本人が居たのなら労いの言葉くらいは掛けてはくれただろうが……)

 

 “異星の神”とその使徒であるアルターエゴたちに監視させられているであろうキリシュタリアが発言を慎重に選ばなければならないのは充分に理解しているが、それでもオフェリアに対するあのような言い様は例え彼の本意で無かろうと我慢ならず、つい口を出してしまった。

 

 結果的には穏便に済んだものの一歩間違えれば対立する可能性すらあっただろう。そうなればヒナコに何を言われるか分かったものではない。

 

 エルデンは己の中に未だに残り続ける甘さを再認識し、次からは戒めんと反省する。

 

「……さて、そろそろ出てきたらどうだ? タマモヴィッチ・コヤンスカヤ」

 

「あら、気付かれてました?」

 

 背後を振り返り、そう言えば彷徨海へ向かったはずのコヤンスカヤが素知らぬ顔で姿を現す。どうやらエルデンの座標を起点に転移してきたようだ。

 

「流石はヴィンハイムの天才、といったところでしょうか? 気配は消していたのですけれどよく分かりましたね。エルデンさん」

 

「……らしいな。一体どういうつもりだ? カルデアのマスターの暗殺はどうした?」

 

「ええ。そちらも後で勿論やりますとも。ビジネスなので☆ その前にこちらへ伺った用件は……聡明なエルデンさんならお分かりですよね?」

 

 不敵な笑みを浮かべるコヤンスカヤ。そんな彼女に対してエルデンは何を言う訳でもなくただ冷たい視線を向ける。

 

 実のところ彼は彼女の来訪を予期していた。理由は十中八九オフェリアの件だろう。でなれば先のあの場でわざわざ隠すような真似はしない。

 

「しかし、ここがアフリカ異聞帯__またの名をロスリック異聞帯ですか。かの“火の時代”が続いた世界……訪れたのは初めてですが、ええ、確かに神代よりもずっと濃厚な神秘が漂ってますねぇ」

 

 アフリカ大陸全域を覆う、八つの異聞帯の中でもトップクラスの広大さを誇る異聞帯。加えて、アフリカの文明ではなく、“火の時代”と呼ばれる神代以前の超古代文明が現存するイレギュラー中のイレギュラー。

 

 足を踏み入れればその異常さがよく分かる。オリュンポス以上の神秘の濃さもそうだが、あちこちから感じる“神如き”気配と魔力……まず目に付いた奥に立っている複数の騎士ですら一線級の英霊にも引けを取らぬ存在であった。

 

 純粋にレベルが違う。そして驚きなのはこれ程の熾烈な環境に居ながら強がりでも何でもなく、ただ平然としている目の前の男だった。

 

 成程……これは“異星の神”が警戒する訳だと、コヤンスカヤは内心納得し、より興味をそそられる。

 

「これで文明さえ繁栄してくれてさえいれば、間違いなく最上級の異聞帯だったのですがねぇ……衰退どころか滅びかけってのは笑い話にもなりません」

 

「……単なる冷やかしなら、お引き取り願おうか」

 

「もう、冷たいですね。折角気を利かせてオフェリアちゃんを助けに行ったこと内緒にしてあげましたというのに。感謝の一つも無しとは」

 

「助けを乞うた覚えはない。オフェリアのことを隠す気もなかった。それに言ったろう、貴公に恩を売られるつもりは無い、と……」

 

「おやおや。随分と嫌われたものですねぇ……芥ちゃんから色々と吹き込まれました?」

 

 コヤンスカヤにとってエルデンという人間は興味深い人物であり、あのデイビット・ゼム・ヴォイドと同じく“異星の神”とは別に個人的に恩を売っておきたい相手でもある。

 

 故に、友好的な関係を築いておきたいのだが……。

 

「……別に貴公を嫌っている訳ではない」

 

「またまたぁ……それ本気で言ってます? __と言いたいところですが、あー、本気なんですね。成程成程。好きの反対は無関心とは、よく言ったものです」

 

 彼が北欧に派遣したセイバーに告げられたこと。エルデンは、コヤンスカヤが九尾の狐__玉藻の前が切り離した八つの御魂の一つであることを知っている。そして、その事実を知りながら所詮は分体だと過小評価し、侮っているのだということ。

 

 彼女からしてみればよもやと思ったが、彼と対面してそれが紛れも無き真実であるということを嫌でも理解させられた。

 

 コヤンスカヤは他人の心をある程度は読み取れる。故に、能面のような顔を浮かべているエルデンの感情の僅かな起因も把握出来るのだが、今彼がその言葉通り嫌悪の感情を全く抱いていなかった。

 

 __何も思っていないのだ。コヤンスカヤという人ならざる存在を前にして、その感情の変化は微々たるものだった。

 

 ああ。何と腹立たしい事実だろう。単に警戒してくれるなら全然構わない。コヤンスカヤというのは生来そういう存在なのだから仕方無く、甘んじて受け入れよう。

 

 だが、あろうことか見下す存在であるはずの人間ごときに有象無象扱いされるのは我慢ならなかった。例えそれが彼女のことを“愛玩”の理を司る“人類悪”であるということを知らないが故にだとしても……。

 

(ウフフ……いつか必ず、後悔させてやりましょう。別に困ることはありませんが、人間風情に舐められっぱなしというのは不愉快極まりませんから)

 

 内心そう決意し、一時の怒りを抑えて笑顔を作るコヤンスカヤ。実のところ彼女の思っていることは事実であるようで、そう単純な話ではなかった。

 

 確かにエルデンはコヤンスカヤのことを過小評価している。しかし、それは彼女が“人類悪”に成り得る可能性が存在するのを理解した上で、だ。

 

 九尾の狐・玉藻の前について彼が知るのは元は日本神話の主神たる天照大御神であり、分離せねば人類悪顕現にも繋がっていたということ。その実力はサーヴァントの中でもトップクラスであり、確かに脅威と認識するには充分かもしれない。

 

 しかし、言ってしまえば、それだけなのだ。

 

 彼女を一目見た時、エルデンは彼女がタマモナインの一匹であると理解した。そして、それ以外の何者でもないということも。

 

 ならば底が知れる。起源は天照大御神という神霊であり、行き着く先は人類悪。それ以上の存在へと至る可能性は低いだろうとエルデンは判断し、故に眼中に入れていないのだ。

 

 だが、あの神父と陰陽師、そして鍛治師は違う。神父はグレゴリー・ラスプーチン以外にも何か混じっているかもしれないし、その能力の詳細を知らない。陰陽師に関しても下総国での情報だけではその実力の全容を理解するには至らず、鍛治師についてもクラスがアルターエゴに変質しているのだから他にも何かが混ざっている可能性がある。アルターエゴというクラスの異常さはあの女医の有り様を見て充分に理解した。

 

 故に、エルデンは警戒するのだ。自身にとって全くの未知の存在であり、そして疑似サーヴァントはその依代からして単なる使徒や尖兵では決して終わらぬはずの彼らを__。

 

「……何だ、不満かね?」

 

「いえいえ。ただ意外だっただけです。初対面でいきなり女狐呼ばわりされたものですからてっきり嫌われているのかと」

 

「……女狐を女狐と呼ぶのは、当然のことだろう。別段可笑しなことではあるまい。正しく貴公の為に存在するような呼び名ではないか。女狐」

 

「うわー、凄く失礼☆ 私じゃなかったらブチギレてますよ?」

 

 酷く気味が悪かった。どこまでも淡々と、無機質に、さも当然のように語るエルデン。心を読み取れているはずなのに、何を考えているかさっぱり分からない。

 

 そのおちゃらけた笑顔の裏でコヤンスカヤは怪訝な表情を浮かべていた。

 

「……さて、折角来たのだ。商談の話でもするか?」

 

「…………!」

 

 しかし、エルデンがそう尋ねた途端、文字通り目の色を変える。

 

「__それはそれは。ええ、いいですとも。ビジネスとあればこの敏腕美人秘書にお任せを☆」

 

 釣り餌に食らい付く魚の如くその話に飛び付くコヤンスカヤ。元より彼女はオフェリアの件を出しにしてエルデンに取引を持ち掛けるつもりだった。

 

 それは頓挫したように思えたが、幸運にもエルデンは最初から彼女との商談を望んでいたようだ。

 

「報酬次第で何なりと。魔獣の配送ですか? 資源の確保ですか? それとも、情報ですか?」

 

「聖王から許可を貰った。このロスリック王国が保有する神秘の数々、岩の古竜の末裔たる飛竜、それを友とする騎士、敵から鹵獲した幻想種……貴公に支払う対価としては申し分あるまい」

 

「勿論です。かの“火の時代”の生物というだけで、そこらの魔獣よりもずっと価値がありますからね。__それで、それ程の代物を支払って、一体何をお望みで?」

 

「……まあ、色々あるが、そうだな」

 

 相も変わらずエルデンは淡々と、しかしどこか愉しげに自らの望みを語り出す。

 

 それはコヤンスカヤには、些か理解し難いものであった。

 

「__久方ぶりに、肉を食いたくてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『紹介しよう。彼は__』

 

『……エルデン。ヴィンハイムのエルデンだ』

 

 まだ無菌室で過ごしていた頃。マリスビリー前所長が連れてきたその人はただ自らの名だけを名乗り、つまらなそうに私を見据えました。

 

 暗く、冷たい瞳。そこに映る私はまるで深淵を覗き込んでいるようで、またその視線は空っぽの私の内面を見透かしているように見えて酷く恐ろしかったのを覚えています。

 

 新しい職員__ではないと思いました。彼の身に纏うのはカルデアの制服でも白衣でもなく、古くどこか気品の漂う濃い青色のコートだったからです。

 

 しばらく目を合わせていると彼は何を思ったか右手の黒い皮手袋を外し、私の頬へと触れました。

 

 __とても冷たい手。ですが、そこには確かに温もりがありました。

 

『……これが、ああなるのだな』

 

 少し伸びた、くすんだ灰色の髪が揺れる。ぼそりと小さく何かを呟いていましたが、聞き取ることは出来ず、私はこてんと首を傾げます。 

 

『何をするつもりかね? エルデン君』

 

『ん? ……別段どうこうするつもりはないが、まさか触れるのは厳禁な程に繊細なのか?』

 

『いや、そういう訳ではないが……それで、君から見てどうなんだい? 彼女は』

 

『安心したまえ。ソウルは確かに癒着し、安定もしている。貴公の思うような憂いは無いだろう』

 

『……そうか。他ならぬ君がそう言うのなら、きっとそうなのだろうな』

 

『見事だ、とでも言っておこうか。人造英霊……例え狂気の産物だとしても、誰もが絵空事と断じたそれを成し遂げた貴公らを俺は称賛しよう』

 

『君らしい言葉だ、素直に感謝する……だが、結果的には失敗だろう。彼女の内包する英霊の因子は未だに発現せず、眠ったままだ。君の言葉が正しければ、一体彼女には、我々には何が足りない?』

 

『貴公……人間が人間足らしめているモノとは、一体何だと思う?』

 

『何……?』 

 

『……何も案ずることはない。ただ時が来るのを待っていればいい。貴公が望もうが、望むまいが、その瞬間は必ず訪れる』

 

『ふむ……いつもの予言と受け取っておくよ』

 

 私という存在について悠々と語っていたマリスビリー前所長は彼が私に触れるという行為が予想外だったらしく、少し慌てた様子でそれを咎め、頬に伝わっていたひんやりとした感触は離れました。

 

 それから二人は私から少し離れて何やら会話を始めます。その内容を伺い知ることは出来ませんでしたが、自分に関することだということは辛うじて分かりました。

 

『……では、さらばだ。いずれ人となりし者よ』

 

 最後にそう言い、彼は私へと一瞥することなく、マリスビリー前所長もそれに追従するように部屋から立ち去ります。残された私は去り際の言葉の意味を理解することは出来ませんでしたが、今思えばあの頃の私は彼にとって人ですらなかったのかもしれません。

 

 これが、あの人との最初の出会い。あれ以来、顔を合わせることすらありませんでしたが、それでもその頬に触れた掌の感触は今も覚えています。

 

『……ヴィンハイムのエルデンだ。時計塔では現代魔術科に属していた。以後よろしく頼む』

 

 再会は突然でした。数年が経ち、少し大人びたように見える彼はあの頃よりは幾分かマシな自己紹介をして立ち去りました。

 

 急遽加わったAチーム八人目のマスター。前所長が直接スカウトしたということから以前から噂になっていたその人物があの時の彼だったということに私は驚きました。あの日から全く見掛けませんでしたが、てっきりカルデアの関係者だと思っていたからです。

 

『……ほう。覚えていたのか、貴公』

 

 私が挨拶に行くと彼は一度だけの対面だったにも関わらず私が覚えていたのが意外な様子でした。

 

 エルデン・ヴィンハイムさん。魔術世界ではかなりの有名人らしく、彼が来てから他のマスター候補生やスタッフたちから様々な噂や武勇伝を耳にするようになりました。その大半が、あまり良くない悪い噂でした。 

 

 曰く、快楽的破滅主義者の狂人だと。

 

 曰く、非人道的な実験を密かに繰り返していると。

 

 曰く、同じヴィンハイムの魔術師に追われていると。 

 

 曰く、ベリルさんのように人を殺していると。

 

 曰く、町一つに被害が及んだ魔術師の事件に関与していると。

 

 曰く、封印指定執行者と戦い、逃げ延びたと。

 

 曰く、アトラス院へ無断で忍び入り、何かを盗んだと。

 

 曰く、騒動を起こした死徒とこれを殺しに来た代行者と三つ巴の戦いを繰り広げたと。

 

 そのどれもが根拠の無い眉唾物でしたが、本人の漂わせる近寄り難い雰囲気もあってかエルデンさんは周囲から畏怖され、敬遠されている様子でした。

 

 寡黙な人……というのが私の抱いた印象です。常に無表情で感情の起因が感じられず、その点で言えばあの頃の私以上に人間味が無かったと思います。

 

 加えて、エルデンさんはマリスビリー前所長への恩義から彼のスカウトを引き受けたに過ぎないらしく、カルデアへの理念には否定的で訓練や会議にも頻繁に遅刻し、欠席することもありました。

 

 それでも成績は常に上位で戦闘技能に限った話で言えばカルデアにおいてもトップクラスの実力者なのですから、本当に凄い人だと思います。私も何度か戦闘を拝見しましたが、“結晶魔術”と呼ばれる魔力を水晶のように構築して攻撃手段に用いるヴィンハイムの一族秘伝の高等魔術を駆使し、仮想敵を次々と撃破していくその姿はとても綺麗で圧巻の一言でした。

 

 そんなエルデンさんですが、完全に孤立している訳ではなく、Aチームの皆さんは普通に接していました。見たところ無愛想なだけで言動や人間関係について問題があった様子はありません。特にカルデアへ来る以前からの友人らしいオフェリアさんは彼のことを何かと気に掛けていました。

 

 先で述べたカルデアへの批判的な姿勢も次第に軟化していき、他者との交流にも僅かながら意欲的になったように思えます。カドックさんや一部の職員とも打ち解けていましたし、あの芥さんと一緒に行動しているのをよく見掛けました。

 

 私とは……そうですね、訓練等を除けば主に図書室で会うことが多かったです。エルデンさんはとても博識で時折本にも書かれていない、色々なことを教えてくれました。

 

 特に気に入っていたのは、彼がカルデアへ来る以前、世界中を旅して廻ったという話です。

 

 欧州諸国、アメリカ、エジプト、インド、中東、ロシア、中国、日本……様々な国を廻り、その文化や神話を調べ、現地の人々と交流したという話。その中には、魔術や神秘という概念を知っていて尚、俄には信じ難い内容も存在し、眉唾物とされていた彼の噂の幾つかが真実であったことが判明しました。 

 

『え? 殴られたのですか?』

 

『ああ。とても痛かった……バゼットめ、首が千切れ飛ぶかと思ったぞ』

 

 イギリスの秘境へ向かう最中にとある魔術師の起こした事件に巻き込まれ、勘違いから執行者の女性と戦闘となったという話。それは最終的に素手での殴り合いになったらしいです。

 

『そういえばエルデンさんは吸血種……“死徒”を倒したことがあるという噂を耳にしたのですが……それは流石に__』

 

『ん? ああ、あるぞ』 

 

『嘘ですよね……えっ!? 本当なのですかっ!?』

 

『なに、死徒といっても結晶槍を一、二発当てれば容易く消し飛ぶ程度の輩ばかりだ。“二十七祖”クラスの連中は流石に難しい』

 

『二十七祖……?』

 

『……いや、何でもない。そうだな、今回はある死徒の変態と戦った話をしてやろう。あれはモナコでのことだが__』 

 

 死徒__西暦20年頃から魔術世界に頻繁に現れるようになった吸血種。主に人間から後天的になった存在で非常に多岐に渡って様々なものが存在する吸血種の中で一般に言われる“吸血鬼”のイメージに適う存在……と、私は記憶していますが、実際に存在しているということ以外は何も知りませんでした。

 

 しかし、エルデンさんは実際に死徒を見たことがあるだけでなく、それと戦い、倒したのだと言います。それも一度だけではないような口振りでした。この現代社会において死徒と遭遇することなど非常に稀なことだと思うのですが……。

 

 その流れで話したのはモナコを訪れた際の話。“六連男装”という様々な姿に変身する死徒に遭遇し、激闘を繰り広げ、挙げ句に今度は代行者に追われる羽目になったという映画も顔負けな壮絶な内容でした。あの時のエルデンさんのまるで変質者を語るような表情は今でも印象に残っています。

 

 他にもピラミッドの奥深くでファラオの亡霊に遭遇したという話や幻想種やゴーレムが蔓延る大迷宮に偶然迷い込んだという話、独自に作り出した宗教を信仰し、理想の神を探す風変わりした求道者と語り合ったという話、古くから日本の影で暗躍するNINJAという超人集団に出会ったという話……どれもこれもが壮大な冒険譚のようであり、このカルデアという施設から出たことがなく、外の世界に憧れに近い感情を抱いていた私にはこれらの話が、とても輝いて見えました。

 

『__この世界には、まだ我々の知らぬ驚異と脅威で満ちている。俺が今まで探し、暴いたモノすらほんの一端でしかないのだ』

 

 そう語るエルデンさんの姿はどこか楽しげで、いつもの寡黙で無愛想な印象からは程遠かったです。

 

 きっと、この人は感情の表現が苦手なだけなのでしょう。実際オフェリアさんは彼のピクリとも動かない表情筋からその感情を的確に読み取っていました。

 

『エルデンさんは、何故旅をしていたのですか?』

 

 ふと疑問に思い、尋ねてみた。聞いた話によるとエルデンさんは突然時計塔を去り、旅へと出掛けたらしいです。あれだけ危険な目に遭いながら、それでもカルデアへ招かれるまで世界を廻り続けたのは理由は何なのでしょうか。 

 

『……ふむ、ただ知りたいことがあったからだ』

 

『知りたいこと、ですか?』

 

『……ああ。だからこそ、各地を廻り、知識を貪った。多くの魔術師が根源へ至らんとするように、その探究は俺の至上の命題だった』

 

 表情はいつもと変わりませんが、どこか遠くを見据えるその眼差しは真剣なものだったと思います。その命題とは? と私は続けて問いかけました。

 

 今思えば、無神経な質問だったのでしょう。

 

『__世界とは悲劇なのか』

 

『え?』

 

 この時、私はどんな顔をしていたのだろうか。

 

 ぽつりと、漏らした思わぬ返答に私は間抜けな声を出してしまいら固まってしまいます。悲劇__あれだけ楽しげに旅の話をしていた人が、急にそのような否定的なことを発言するとは思いもしませんでした。

 

 ですが、同時に納得もします。貧困、差別、戦争……彼が旅して見たものは、私に話していた輝かしいものばかりではなかったのでしょう。

 

『……いや、ここで話すようなものではなかったな。狂人の戯言だと思って忘れてくれ』

 

 そう言ってすぐに彼は申し訳なさそうに話を切り上げます。その日以降も図書室で彼の話を聞く機会は多くありましたが、私は終ぞこの話について掘り返すことは無く、その胸にしまい込みました。

 

 誰にも触れられたくない、隠したい真実はあるものです。エルデンさんにも、オフェリアさんやペペロンチーノさんにも、そして私にも__。

 

 例え深い事情があろうと__私は私の知らない色々なことを教えてくれるエルデンさんを人生の先輩の一人として慕っているのですから……。

 

『__以前にも言ったろう? 世界とは、悲劇だと』

 

 もしかしたら、と思っていたのかもしれません。カルデアが襲撃され、人理漂白が行われ、Aチームの皆さんが敵となった今でも、エルデンさんは、あの人ならもしかしたら味方になってくれるんじゃないかと__。

 

 しかし、そんな仄かな期待は最悪な形で裏切られた。最初から彼は人理焼却に加担していたのだと、すべてを知りながら自分たちを見捨てたのだと、何の感慨も無さそうにあっけからんと告げられ、私は思考が追い付かず、酷く動揺する。

 

 嘘だ、と叫びたかった。あの決して短くない日々が偽りだったなんて、信じたくなかった。 

 

 そんな心情を嘲笑うかのように、あの頃と同じ冷たく暗い瞳が私を射抜き、それが今までに無い程に悪辣なものに見えた。

 

 そして、ふと気付く。私は、何も知らなかった。エルデン・ヴィンハイムという人物のことを。あの頃の私はただ彼の話を聞くだけで、彼のことを知ろうとすらしなかったのだ。 

 

『__よくぞ、頑張ってくれた』

 

 なのに、漸く事実を受け入れ、覚悟を決めようとしていたというのに、オフェリアさんを助けに来たあの人の表情は……あの頃と変わらない優しいものだった。

 

 ああ……何故そんな顔をするのですか? 一体どちらの姿が本当のあなたなのですか? 

 

 エルデンさん……私は、あなたのことが、分からなくなってしまいました。

 

 あなたは、一体何を__。




コヤンスカヤとの掛け合いからの唐突なマシュ視点の話……エルデンくん暴れ過ギィ!

次回はカルデア視点かな。中国までに一体何話挟むことになるんだろうか……?

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