異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
__21世紀に入り四半世紀へ近付こうとしていた時、人類史の自由は死んだ。
始まりは新年を迎えた夜、世界中の人工衛星が一斉にロストした。次いで、あらゆる宇宙線の観測が不可能になり、地球全体が灰色の空模様となった。
そして、12時間後。半日ばかりの猶予を人類は困惑ばかりに費やし、
事実は小説よりも奇なり。人類は虚空から来訪せし、
一方的な虐殺だった。
ソレは紛れもなく人類史への攻撃であった。地球ではなく、歴史への侵略行為。充分な戦力を持っていながら、人類は地球外から来訪した正体不明の敵への対抗手段を持ち合わせていなかった。
虐殺が続く中、人類は必死に抵抗した。しかし、その殆どが無意味に終わり、最後まで足掻き続けていた“合衆国”もまた滅びようとしていた……。
「まだだ……! まだ終わってなるものか……!」
北米大陸上空を“鉄の塊”が駆け巡る。ソレは心臓を貫かんと襲い来る無数の“樹”を手に持った銃火器で撃ち払い、遥か上に存在する巨大な敵を討ち滅ぼさんと上昇していた。
ずっと、長いこと戦い続けていたのだろう。その機体はもうボロボロであり、駆動部は火花を散らし、ショート寸前だった。
それでも尚、“鉄の塊”は抗う。抗い、戦い続ける。もはやエネルギーは底を尽きかけ、いつも励まし、助けてくれていたオペレーターの姿は無く、ただ操縦者の第六感と経験のみを頼りに全方位から迫る“樹”へ対応し、上へ、上へと突き進んでいく。
「何故なら私は!」
そう、彼には引けぬ理由があった。
例え勝ち目がゼロだとしても、己一人だけになろうとも、敗北を認める訳にはいかなかった。
愛する国民を殺された。唐突に、理不尽に、ただ虐殺された、ただ殺戮された。そんな許すまじ凶行を実行し、先人たちが築き上げた自由国家を侵略せんとするエイリアンに敗れるなど、そのプライドが決して許さず、何よりも彼の魂が許さない。
それこそが__。
「__アメリカ合衆国大統領だからだ!」
そして、“鉄の塊”の、“鋼鉄の狼”のその魂の叫びに応えるように、宇宙に浮かぶ“月”から光る“ナニカ”が飛来し、地球を覆う巨大な“樹枝”を容易く破壊して地上へと舞い降りた。
『________』
“ソレ”は侵略者にとって予想外の存在だった。一目見た瞬間に理解出来た。蠢く無貌の“ソレ”が己の天敵であることに__。
本能的に危機感を抱き、即座に“樹”を展開して迎撃しようとするが、“ソレ”の間合いに入った瞬間に理解不能の“攻撃”によって粉微塵に切り刻まれてしまう。
上位者狩り。上位者狩り。
純粋なる怒りと殺意__そして愉悦の感情を向けられ、侵略者は感じぬはずだった恐怖に目を見開く。
「Oh! エイリアンの新手かと思ったが、援軍だったか! 待ち侘びたぞ!」
“鋼鉄の狼”が歓喜する。どういう訳か、蠢く“ソレ”の発するおおよそ言語とは言えない声を彼は言葉として認識し、会話が通じていた。
これもまた侵略者の理解の範囲外の現象だった。しかし、しつこく無駄な抵抗を続けていた鉄塊が突如現れた天敵と手を組んだということは唯一理解出来た。
「名前は!? 何と呼べばいい!?」
『________』
「OK! ハンター! ムーン・ハンターか! 専門家が来てくれるとは心強い! よし! 一緒にあのクソったれなエイリアンをアツアツのローストチキンにしてやろうぜ!」
すると次の瞬間、空を覆い尽くしていたはずの“樹”がすべて一瞬にして消失した。
__は?
侵略者が、硬直する。何事かと戸惑い、それが天敵が行った“攻撃”によるものだと理解した頃には“鋼鉄の狼”がエンジンをフルブーストさせ、全武装を展開しながらこちらへ突っ込んでいた。
「__これが大統領魂だぁぁぁああ!!」
そして、空が爆ぜた。
国の為に、民の為に、その命を燃やした一人の男の勇姿を、“月の狩人”は、僅かな生き残りたちはしかとこの目に焼き付ける。
◎
“彷徨海バルトアンデルス”。
魔術世界の三大巨頭の一角。白紙化を免れた人類最後の砦。
空想樹を切除し、消えゆく北欧異聞帯から脱出していたカルデアは送られてきた謎の通信を追って、そこに辿り着いた。
そして、そこに新たに築かれた拠点、“ノウム・カルデア”。これで彼らは拠点を失い、車両を前線基地代わりにする現状を漸く打破したのだ。
__しかし、それでも現状はあまりよくないものであった。
「エルデン・ヴィンハイム……ですか」
眼鏡を掛けた少女の外見をしたアトラス院所属の魔術師、シオン・エルトナム・ソカリスはその名を聞くと僅かに顔をしかめる。
アトラス院で2018年の世界の滅びを計算し、養父に相談するものの「皆手一杯だから自分で解決しろ」と一蹴されてしまい、一念発起して彷徨海へ訪問してカルデア残党の来訪へ一縷の望みをかけてエントランスを借りてカルデアベースを作り出し、その来訪を待ち続けていた。
そして、漸くカルデアが到着し、彼らと共に“ノウム・カルデア”を再編したのだが……。
「知っているので? 彼のことを」
「はい。アトラス院でも有名人ですよ。我らが穴蔵に忍び込み、そして情報を盗み出したこそ泥として」
「何っ!? あの噂は本当だったのかっ!?」
ゴルドルフが驚愕する。エルデンがアトラス院へ忍び込んだというのは風の噂で聞いたことがあったが、流石に尾ひれの付いた与太話だと思っていた。
「あの時は大騒ぎでしたよ。アトラス院が誇る厳重なセキュリティの数々が一介の魔術師相手に意図も容易く突破され、彼本人にもまんまと逃げられたのですから。おまけに私たちが躍起になって調べても状況証拠しかなく、確固たる証拠は見つからないまま結局あの事件は有耶無耶になっています。私自身はなんかやべーやつが居るなぁって認識だけだったんですけれど、まさかクリプターになっているとは……」
「……ふむ、シャドウ・ボーダーへ侵入した時と同じ方法かもしれない。他にエルデン・ヴィンハイムについて何か知っていることはないかね? ミス・ソカリス」
ホームズが尋ねる。あの男を現状最も脅威だと認識している彼としては出来る限り多く情報が欲しかった。
「うーん……申し訳ありません。あの事件以来何の音沙汰もありませんでしたから。ただ神出鬼没で何度か死亡確認されているにも関わらず当たり前のように活動している不可解な奴、くらいしか」
「……そうか」
__不可解。
それはエルデン・ヴィンハイムという存在を表すには最も適した一言と言えよう。
ホームズは彼の手により何らかの高度な認識阻害で思考を妨害されている。しかし、それは彼の計画についてのみで彼の性格や人間性についての推理には何ら支障は無かった。
だからこそ、理解し難い。エルデンの言動・表情・理念__そのどれもこれもが分析すればするほど点と点で繋がらず、あまりにも歪だった。
極め付けに人理焼却に際しては見捨てたはずのカドックやオフェリアを救出せんとする行動。例え彼が合理性に欠けた人間であったとしても矛盾し過ぎており、然れど単なる狂人と切り捨てるにはどうにも何かが引っ掛かる。
彼らの持つ
「ううむ……現時点だと奴は最大級に警戒せねばならん存在だな。よもや“竜種に騎乗する神霊”を従えているとは……」
「ええ。他の異聞帯を自由に往き来出来るようですし、今後も現れる可能性は高いでしょう。それにあの神霊以外にも三騎ものサーヴァントと契約している……加えて、彼らにも認識阻害が掛けられているのか、北欧から脱した我々はその姿を思い出そうにも朧気だ」
飛竜に乗った白い鬣の大男、大剣を担いだ白い外套の剣士、大鎌を持った修道女、大弓を背負った上裸の男__その身体的特徴こそ覚えているもののその顔や言動に関してはまるでフィルターが掛かっているかのようにカルデア一同は酷く曖昧に記憶していた。
これもまたエルデンの言うところの秘匿なのだろう。彼らの内のいずれかが真名隠しのスキルや宝具を保有している可能性もあるが……。
「けれど、剣士の真名については分かったのだろう? __ねぇ、狩人くん」
「__ああ。聖剣などと呼ばれる狩人を、俺は一人しか知らない」
幸運だったのは、そのサーヴァントたちの中の一騎と、同郷の者がこちらに居たことだろう。
ダヴィンチが先程から黙って話を聞いていたフォーリナー……狩人へと視線を送る。
「奴の名は、ルドウイーク。聖剣のルドウイークだ」
__ルドウイーク。
ドイツ系の名前だろうか。特徴的な語感であるが、この場に居る者に聞き覚えのある者は居ない。
「医療教会最初の狩人。ヤーナム……俺が“狩り”をしていた町では英雄と云われていた……哀れな男だ」
「英雄……ですか」
「医療教会、か。また知らない単語が出たね。どういう組織なんだい? 聞く限りでは医療団体のようにも思えるけれど……」
「イカれた連中だ。気色の悪いナメクジ共を信奉し、血への恐れを忘却し、ヤーナムに“獣の病”を蔓延させた元凶……そうだな、“ビルゲンワース”という名は、聞き覚えあるか?」
「…………!? ビルゲンワースって、あの“ビルゲンワース大学”のことかい?」
「何ィ!? 何故ビルゲンワースの名が出てくるっ!?」
「……びるげんわーす?」
ダヴィンチとゴルドルフが声をあげる。対する立香たちは相変わらず知らない単語に首を傾げる。大学、と言うくらいなのだから何かの学校なのだろうか。
「かつて、魔術世界において要注意団体と危険視されていた、神秘を探究する機関だ。元々は魔術師ウィレームが創設した神秘学者たちの学舎だったのだけど、次第に狂気に満ちた実験を繰り返すようになって魔術教会からも脱退したらしい」
「医療協会とは、そのビルゲンワースから派生した組織だ。どうしようもなくイカれた狂人たちの集まりとでも思ってくれて構わない。どちらとも、とうの昔に滅んだ」
「ま、まっ、まさか……!?」
「うん? どうしたんだい、所長?」
憎悪を募らせながら語る狩人に、ゴルドルフが何かを察した様子で顔を青ざめさせる。
「もももももも、もしかしなくても君、あの“医療の都”の出身者なのかねっ!? 今はもう、封鎖されている禁域のっ!?」
「……ほう。やはり魔術師共は、ヤーナムを知っていたか。奴の言う通りだったな」
「医療の都? 禁域? 狩人くん、ゴルドルフ所長、一体何の話をしている?」
どうやらダヴィンチは知らないらしい。当然だろう、むしろゴルドルフが知ること自体が幸運だったのだ。魔術協会はあの古都の存在そのものを封じ、秘匿すべき禁忌だと断じ、その情報を知る者はごく一部なのだから。
「か、風の噂で聞いたことがあるのだ。英国の山奥に、かつてビルゲンワース大学の狂人共が支配していた都市があると。そこは古い医療の都であり、今は魔術協会と英国政府によって厳重に封鎖されており、魔術よりも超越した神秘が存在している、という噂をね……実際に愚かな好奇心からそこへ向かった魔術師たちはただの二人を除いて帰ってくることなく、消息不明。そしてそのうちの一人は元
「……その都市が、彼の出身地であると?」
「ああ! 間違いない! そうだろうっ!?」
「……一つ訂正しておくことがある。俺はヤーナム出身などではない。病の治療の為にあの町へ足を踏み入れた余所者だ」
身震いしながら答えるゴルドルフに対して狩人は淡々と、しかし不服げに返す。彼としてはあの排他的で陰湿な住民たちと一緒にはされたくなかった。
するとホームズがこほんと咳払いする。
「さて、私としてもなかなか興味深い話ばかりだが、一先ず話を戻そう。狩人__あのセイバーは本当にそのルドウイークで間違いないのだね?」
「無論。俺が対峙したことのある奴は悪夢に囚われ、醜い獣と成り果てていたが、あの“月光”の耀きは紛れもなく奴だろう」
断言する狩人。決して人間だった頃の彼を見たことはなかったが、それでも刃を交え、そしてその言動からあの男がかつて殺し合い、その素っ首を落とした聖剣のルドウイークであると確信していた。
それを見るホームズは内心穏やかなものではない。何せ狩人が居た場所は上位者__“異星の神”と類似した地球外の生命または外なる宇宙の存在が跋扈していたという魔境。そんなものが有り得るのかとホームズは狩人の異常性を目の当たりにしても信じ難かったが、圧倒的な存在であった氷雪の女王、スカサハ=スカディと互角に渡り合い、追い詰めて見せたという現状カルデアの最高戦力である彼の言葉を信じない訳にはいかなかった。
即ち、エルデン・ヴィンハイムが従えるセイバーは、そのような魔境において英雄と持て囃される程の存在なのだと。実際にあのセイバーは無名の、それも近代の英雄にも関わらず北欧の終末装置、スルトを相手に宝具を
他の二騎も同格の存在だとすれば、エルデン・ヴィンハイムの保有する戦力は彼のサーヴァントたちだけでロシアと北欧を凌駕するということになる。
「__安心しろ。一度は殺した相手だ。次こそは、必ずや狩り殺してくれよう」
「……それは心強い限りだ」
そんな懸念を察した狩人が確固たる自信を以て言う。しかし、ホームズとしてはまだ完全に信用した訳でもない彼に大きく依存してしまうのもあり、複雑な心境だった。
それに、彼にはある疑念があった。
「狩人__一つ問いたい。北欧では敢えて触れなかったが、君はエルデン・ヴィンハイムと面識があるのかね?」
一同が狩人へ注目する。そうだ、先の北欧異聞帯において狩人とエルデンと対峙した際、二人はまるで以前から知っていた様子で会話していた。
立香やマシュも気になっていた。あの時の口振りからして決して友好的な関係だったとは言えなかったが……。
「……ああ。奴とは顔見知りだった。尤も、数年前に顔を合わせ、僅かに言葉を交わしただけだが」
「やはりそうか。しかし、どういう経緯で?」
「それに関しては……そこの所長は、分かるのではないか?」
「え?」
すると狩人はゴルドルフへと視線を向けた。突然話を振られて彼は一瞬困惑するもしばらく思考し、何かを思い出した様子でぽんっと手を叩く。
「__あっ! そうだ!」
「どうかしましたか、所長」
「例の封鎖された“医療の都”へ向かい、帰ってきたもう一人! それが彼奴だ! エルデン・ヴィンハイムだった!」
「何?」
「そういうことだ」
驚くホームズ。しかし、それならば面識があることにも納得が出来る。
「妙に手慣れた動きでヤーナムを彷徨く呪われた魔術師が居たから興味本意で“夢”へと招いた。奴は自らを探究者と名乗り、ヤーナムを訪れたのもその一環だと言っていた」
「……探究者? エルデン・ヴィンハイムが、かね?」
「ああ。奴曰く、ある疑問への“答え”を探し求め、あらゆる知識を貪っているらしい。それがどんなに愚かで醜悪なことであると、充分に理解した上で、な」
「__“答え”? それは一体……」
「さあな……だが、奴にとっては重大なことだったのだろう。それこそ自らの人間性を犠牲にする程に」
一瞬懐かしむように目を細める狩人。しかし、その表情はすぐに憤怒と憎悪に染まる。淡々とした性格のように見えて、意外と表情豊かであるが、立香たちはそれはもうあの氷の城でよく理解していた。
「ああ、実に嘆かわしい。ヤーナムの狂人共よりはまともな奴だと思っていたが、あろうことか忌々しい“上位者”に与するとは」
「利用している、と彼は言ったな……“異星の神”の襲来は予期せぬものだったとも言っていた」
「ふん……理由がどうであれ、敵であるということには変わりない。我々の前に立ち塞がるというのならば、幾千幾万でも殺してやる」
純粋な殺意。先の口振りからしてエルデンに何かしら思う所があるようだが、それはそれと狩るべき対象として割り切っている。
その容赦の無さをホームズは評価しており、同時に脅威にも感じていた。不確定要素の塊であり、いつ爆発するか分からぬ爆弾。北欧での話を聞くに、彼の忌み憎む“獣”や“上位者”の基準や判定は酷く曖昧だ。今は味方として振る舞っているが、その殺意がいつこちらに向くかも分からず、そしてそうなってしまった場合、為す術無く鏖殺されてしまうだろう。
況してやアビゲイル・ウィリアムズを筆頭としたフォーリナークラスを召喚してしまったら……。
「__さて。そろそろカルデアの皆さんとアトラス院代表の私とで作戦会議を始めましょうか」
するとシオンが切り出し、そこから双方の状況の確認へと移る。
映し出される世界の版図。そこに存在する八つの異聞帯の位置と範囲が、分かりやすく表示されていた。
ヨーロッパに三つ、アジアに二つ、南米に一つ、アフリカに一つ、そして大西洋の中心に一つ。
有史以来、人類版図になったことのないはずの大西洋に異聞帯があることに一同は驚く。シオンはこの大西洋こそがクリプターのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムの居る異聞帯だと推測されると言う。
中国とインドはロシアや北欧と違い、“嵐の壁”は版図を拡げる様子を見せておらず、しばらく放置しても問題無いだろう。そして、異聞深度
しかし__。
「ちょっと待て。このアフリカ異聞帯……でか過ぎないか? 大陸全土を覆っているではないか」
ゴルドルフが皆が一様に気になっていたことを指摘する。そう、異聞帯深度EXのアフリカ異聞帯__有名どころの国だとエジプト等が挙げられるが、その範囲は大陸の大半を占めていた。
その規模は、大西洋異聞帯を大きく上回る。
「はい。しかもこの異聞帯、実は少しずつですが、拡大しているんですよ。出現当初はまだ大陸中心部のみだったのですが……もう今はアトラス院のあったエジプトまで呑み込んで、このまま拡大を続ければ数ヵ月でユーラシア大陸まで到達すると思われます」
「何だと? しかし、君は先程アフリカとイギリスは滅びかけていると言っていたぞ? 拡大しているのならば滅びかけどころか“成長”しているではないか」
「そのはず、なんですがねぇ……ってことでさっきのナイナイ。実のところアフリカはとても奇妙な状態なのですよ」
「奇妙、だと?」
「ええ。内情は定かではありませんが、汎人類史と人理定礎を較べてみたところイギリスと同じく内部の人理は崩壊寸前です。トリスメギトスの予測によればあと数ヵ月で異聞帯における人類は絶滅する、と見ていいでしょう……少なくとも、イギリスに関しては」
「ん? どういうことかね?」
「“変化”が、無いのです。私も気になってずっとアフリカを観測していたのですが、緩やかに、確かに崩壊を続けているイギリスと違い、アフリカは最初から人理が崩壊寸前のまま、“まるで時が止まっている”かのように変化無く、そして拡大を続けています」
シオンの語る衝撃的な事実に波紋が広がる。
「ならば、放置しておくのはまずいのでは?」
「__ええ。ですから最優先で攻略すべき大西洋を攻略した後はアフリカの対処に向かうべきでしょう」
こうして、カルデアの今後の方針が決まった。
安心して腰を下ろせる拠点を得て、立香は久しく安堵する。以前のカルデアとほぼ同じ施設、食堂もシャワーもあり、かつて共に戦った英霊たちともまた会える。
心細い暗がりの逃避行は終わり、ここから漸く反撃の狼煙を上げることが出来るのだと。
そう、信じて疑わなかった。
「__獣だ」
乾いた銃声が鳴り響く。
場所は食堂。安全が保障されたはずのその場所が、真っ赤な鮮血に染まる。
安心する猶予すら存在しないのだと、たったワンホールの小さなケーキによって立香は思い知り、己の愚かさを呪いながら倒れ伏す暗殺者を見据えた。
この場合、未遂であるが__。
「かはっ……これはこれは。随分と優秀なボディガードが居るようで__」
「黙れ。獣が、死に晒せ」
暗殺者__タマモヴィッチ・コヤンスカヤは英霊にすら傷を負わせる水銀の散弾を身に受けながら眼前に立ち塞がる狩人に目を見開く。
対する狩人は激怒していた。自身のマスターの命を狙った不届き者が、よりによって穢らわしい“獣”だった。それだけで血管が物理的に切れそうであったが、何よりも腹立たしいのは、相手が“獣”でなければ守るべきマスターに毒を盛られることに気が付かなかっただろうという事実。
故に、狩人は冷徹なる瞳で間髪入れず一瞬で接近し、ノコギリ鉈を振り下ろす。
「____ッ!」
しかし、鋸刃がその胴体に触れ、真っ二つにする寸前でコヤンスカヤの姿が消える。立香たちが驚く中、狩人は忌々しげに舌打ちした。
「転移したか。マスター、奴を追う。痕跡を残すから、後から来れたら来てくれ」
「え? あ、ちょ、狩人__」
そのまま次元を跳躍し、狩人もまた消える。
残された立香はぽかんと硬直し、既にケーキを毒味してしまっているゴルドルフはこれから迫り来る死と目の前で起きたスプラッタな光景の両方に慌てふためく。
__こうして、カルデアは方針を一気に転換し、中国異聞帯へと向かうこととなった。
(そら狩人が居るのに暗殺とかできる訳)ないです。