異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
__ずっと、待ってた。
気が付いた時には、誰も居なかった。親も、朋も、皆どこかへと消えていた。
置いてかれた?
見棄てられた?
違う。そんなこと、認められるはずがなかった。
嫌だ。
帰りたい。帰りたい。
だから、祈った。
呼び掛けた。きっと帰ってくると、迎えに来てくれると、ただ信じて待ち続けた。
知らない場所に連れてかれても、血を抜かれても、力を利用されても__。
祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、助けて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、
なんで、こないの?
ああ__。
誰か__。
私を__。
上位者狩り 上位者狩り
◎
「……何これ?」
シャドウ・ボーダー艇内。カルデアは余命10日を宣告されたゴルドルフを救う為に、毒を盛ったコヤンスカヤとそれを追った狩人を追跡して中国異聞帯へと辿り着いた。
そこで現地住民との交流も済ませ、どうにか信用を得て情報の精査をしている最中にダヴィンチに見せられた偵察へ行かせたドローンで撮影したという映像に立香は困惑の声をあげる。
「いや正直、私としてもコメントし難い」
「文明が発達しなかった中国史、という可能性はこれで棄却だね」
支柱も無しに浮かぶ巨大な鉄の塊。空中要塞とも言うべきその建造物は辺り一面が畑ばかりで横穴式の住居ばかりがあるこの世界において、明らかに異質であった。
「この世界にはこんなメトロポリスを構築し得るだけの技術がある。しかもこれ、どう見ても気球や風船じゃないし、これだけの質量を一体どうやって飛ばしているのやら」
「開けっ広げに魔術を行使出来る世界なのか、或いは本当に科学技術のみで重力制御出来ているのか。だとしたらテクノロジーの面では汎人類史より先を行ってる事になる」
加えて、遥か上空に存在する孔雀の羽のような物体が異聞帯の端から端まで漂っていた。
用途も正体も不明。もしもこれがこの世界における人類の建築物だとすれば、全く以て訳が分からない。
まずこの農村との格差は何なのか。現地民が“都”と呼ぶあの巨大な建築物の他に相当するようなものは存在せず、東西南北どちらを向いても畑ばかり。
この異聞帯は、一体どうなっている?
「北欧はファンタジーだったけど、中国はこっち系かぁ……」
「まだ科学の産物かは解らないけどね。これについてもあの村人たちに訊いてみようかな」
立香が思い浮かべるのは昔観たSF映画。ロンドンやアメリカで戦ったヘルタースケルターからして、そういう異聞帯の可能性も無くはない。そもそも彼らが困惑しているのはその科学技術ではなく、文明レベルでの格差なのだから。
「ダ・ヴィンチ。距離と方角からあの大都市の緯度経度は特定出来るな? それを既知の大陸と重ねると? 歴代の王朝であの位置に“首都”が存在した記録はあるかね?」
「えー。もうそこに行っちゃうの? もうちょっと勿体ぶりたかったのに」
ホームズの問いにダヴィンチが少しばかり拗ねた反応をする。彼女としては後で自分から明かしたかった。
「劇的に情報開示をしたい気持ちは私にも分かるよ。だが、計測と探査は君から提出してもらうしかない。諦めて白状したまえ」
それで何度も痛い目に遭っただろ、という突っ込みをグッと我慢しながらも立香は冷ややかな視線をホームズへと向ける。
「はいはい。その通り、ご明察だ。現在位置からの逆算であの街に該当する汎人類史の地名はね、“咸陽”だ」
「咸陽? それは……」
その地名に立香はピンと来なかったが、マシュが反応を示す。
「うむ、秦王朝だな」
「秦? 紀元前の、ええと、それこそ三國志とか、項羽と劉邦よりも前の?」
「あっ、聞いたことあるかも。えっと確か“始皇帝”がどうの……」
ムニエルもまた反応を示した。中国の歴史であるが、意外と詳しいようだ。かくいう立香も聞き覚えのある単語によって学校で習ったことを思い出す。
「そう、紀元前200年代の一大帝国、中国において初めて“皇帝”を名乗った人物を輩出したことで知られている」
__あの“始皇帝”が統治した国さ。
彼らは早くも敵の正体を理解した。この世界を支配する、異聞帯の王の名を。
そして、当然理解している。
敵はそれだけでないということを……。
◎
「__長閑ですね、本当に」
二つの人影があった。
周囲には無数の屍。魔獣と思わしき異形が切り刻まれ、或いは矢で射抜かれて無惨な姿と化していた。
「現地の生物……ではないな。物の怪の類い、何者かが解き放ったようだが、よもやカルデアではあるまいな」
「冗談を。彼らはこのような無粋な真似をする必要性がありませんよ、アーチャー」
普段は静かな森の中で行われた一方的な殺戮。獲物を探し求め、ただ本能のままに暴れようとしていた魔獣たちは、愚かにも力の差も理解出来ずに二人を襲い、そして死んだ。
二人組の片割れ、修道女のランサーは既に魔獣への興味など失せた様子で大鎌に付着した血を振り落とす。
「大方あのコヤンスカヤという者の仕業でしょう。僅かではありますが、彼女の匂いがします」
「九尾の狐か。逃げ込んでおきながら、随分と好き勝手やってくれる」
コヤンスカヤ__その正体である九尾の狐は日本三大妖怪の一角。日本の英霊たるアーチャーは当然その名を聞いたことあり、故に顔をしかめる。
「まあ、我々にとっては至極どうでもいい話です。そもそもこの獣たちでは、“ノルマ”にはなりませんから」
「そうだな、面倒事は御免だ。北欧に続き、此度は中華……我らが主も本当に人使いが荒い」
「おや? マスターに文句を言うのですか?」
「……そういう訳ではない」
からかいの言葉に、アーチャーは淡泊な反応をするばかり。しかし、それを見てランサーは微笑む。
「お気持ちは分かりますよ。ロスリックで英霊狩りをしていた方が、ずっと楽ですからね」
瞬間。アーチャーの眼が冷たいものへと変わり、矢先のように鋭い視線が彼女を射抜く。
「それはお前の本音であろう? 亡者……否、もはや亡者ですらない、燃え尽きた残り香よ」
「フフ……それはまた、酷い言われ様で」
「俺たちは結局のところ己が宿願の為に、エルデン殿に付き従っているに過ぎない。だからこそ、
「ええ。よくご存知で。やはり貴方はよく分かっています。マスターが私と貴方を組ませたのは、きっとそういうことなのでしょうね」
ランサーは薄ら笑いを崩さない。彼女は共通の目的を持つ目の前の男にシンパシーのようなものを感じており、一方のアーチャーは馴れ合うつもりなど毛頭も無かった。
火の時代。日本という国が誕生する遥か昔、この星が、この世界が形付く以前の超古代文明。極東の小国で生まれ育ち、戦国の世を駆けた数多くの武士の一人に過ぎないアーチャーからすれば何ともスケールの大きな話であり、得体の知れない。
「知ってます? 私たち、“黒炎コンビ”なんて呼ばれてるらしいですよ? 貴方のそれは炎というよりは瘴気、呪詛に近いようですが……」
「コンビ……二人組、か。そういえばあの黄色い魔女もそんなことを言っていたな。実にくだらん」
「あら、そうですか__「そうでしょうとも。正しくは、黒炎“トリオ”でしょうに」……?」
突如として割り込んできた低い男の声。ランサーとアーチャーが視線を向ければ、そこには痩せた漆黒の鎧を纏った騎士が立っていた。
「………………」
「………………」
「? 如何なさいました、エルフリーデ様」
首を傾げる騎士。何の躊躇も無く真名で呼ばれたランサーは初めてその笑みを消し、眉をひそめる。
「……居たのですか、ヴィルヘルム」
「はっ 守護騎士ヴィルヘルム。貴方様の下に、只今馳せ参じました」
跪く騎士に対し、ランサーの反応は乏しくない。
「貴方も頑なですね。私たちの主従の交わりは、もう存在しないと言ったはずですが……」
__エルフリーデ。
ランサーをとうの昔に捨てた真名で呼ぶその男はかつて、彼女の騎士であった亡者。灰となった彼女が祖国を去る際にその任を解かれ、別れを告げられたはずだった。
「いいえ。貴女様は、未来永劫、私の主でございます。例え拒まれようと、いつも、どこでも、私は貴女様に付き従い、貴女様をお守りします」
「……だからといって、まさかサーヴァントになってまで追って来るとは思いませんでした。それと、今はエルフリーデではなく、フリーデと呼びように」
「は。失礼しました。フリーデ様」
呆れた様子のランサー。目の前の騎士__ヴィルヘルムはエルデンが召喚したサーヴァントではなく、ランサーの召喚について来る形で彼女の霊基を触媒に召喚されたはぐれの幻霊であり、その立ち位置は彼女の宝具、付属品に近い。
そんな出鱈目なことが可能なのは、一重に彼のその絶大なる忠誠心の賜物だろう。
「知ってますか? “座”の知識によると、現代では貴方のように女性にしつこく付き纏う者のことを、“ストーカー”と呼ぶらしいですよ」
「付き纏うとは、人聞きの悪い……いくらフリーデ様が仰られようとこればかりは性分なもので……私が何よりも慕い、忠誠を誓ったのはロンドールでも黒教会でもなく、他ならぬ貴女様なのですから__」
「……開き直られるのが、一番困るのですが」
「おい……そう冷たくすることもなかろう。忠義に厚く良い男ではないか」
毒づいてもどこ吹く風といった態度を見せるヴィルヘルムに怪訝な表情を浮かべるランサーに対し、アーチャーはその忠誠心の高さに感心した様子で言う。
「おお! 弦一郎殿はご理解してくれますか!」
「ああ。死した後も付き従うなど、そう出来ることではない。この女に斯様な従者が居たとは、思いもしなかった」
「元従者、ですけどね……しかし、アーチャーまでそちら側とは。やはり東国出身は忠義を重んじるようですね。ブシドーやらセップクやら聞いたことがあります」
「……エルデン殿が言ってた通りその“東国”というのは、随分と日の本と似通っているのだな」
刀、武者、鬼、そして忍……神代以前の、遥か古い時代において祖国である極東の島国と何もかもが類似した文化をした国が存在したという事実は、アーチャーからしてみれば実に不思議で可笑しな話であった。
対するランサーの顔は渋い。不幸なことにこの場にストーカー被害者の味方は誰一人と居らず、ヴィルヘルムが口を開く。
「フリーデ様。北欧に際しては出遅れましたが、このヴィルヘルム、貴女様の騎士として共に戦わせてもらいます」
「何を勝手なことを……」
「__ふむ、それはとても心強い。是非とも協力してくれ」
「………………」
これまた真逆の表情を浮かべる両者。ランサーとしては頭数が増えたところで何も変わらないのだから必要無しと切り捨ててしまいたかったが、それは流石に感情論が過ぎると口をつぐむ。
そもそもの話、彼女はヴィルヘルムに対して決して悪い感情を向けている訳ではない。自らの身に燻る黒炎を宿した剣を渡す程度には信頼し、評価していた。
結局のところ巻き込みたくないのだ。
その寛大な心と優しさをヴィルヘルム自身もよく理解しているからこそ、心を打ち震わせ、感極まっている。
彼女を守ることこそが、我が使命と。
「それで、私は何をすれば?」
「ああ。それは__む?」
ヴィルヘルムに今回の目的を説明しようとした矢先、アーチャーは動きを止める。
「弦一郎殿?」
「……ほう。丁度良いタイミングでエルデン殿から連絡が入った。つい先程、カルデアの侵入を確認したそうだ」
アーチャーの告げた言葉。これにランサーは漸くかと、楽しげな笑みを浮かべる。
「それはそれは。無事に来てくれて何よりです」
「そして、新たな指示が出た。これより我らは同盟者たちと共に奇襲を仕掛ける。狩人と合流する前に__連中を潰す」
同時に、三つの人影が一斉に消える。
向かうはマスターから与えられた座標。カルデアが居るとされる、この世界に幾つもある農村の一つ。
泰平の世を敷き、恒久的とも言える平穏と安寧を享受してきた中国異聞帯。しかし、今宵を以てその平和は終わりを告げ、血に染まることとなろう。
他ならぬ自業により__。
◎
「………………」
カリ、カリ、カリ、と。
何かを削るような音が、蝋燭がのみ照らす闇の中で響く。
“ソレ”がいつからあったのかは分からない。召喚されたか、それとも流れ着いたか。その両者ともこの中国異聞帯では有り得ぬ事象であり、特に後者はロスリックでもあるまいに。
しかし、確かに“ソレ”は存在した。みすぼらしい荒れた、かろうじてかつて寺だったと認識出来る廃墟。その中に住まう“隻腕”の男はそんな異常に気付くこともなく、或いは気付いているのだろうが素知らぬ顔で黙々と彫り続けていた。
黒く、ホコリやゴミが絡んだ汚い髪を後ろで束ね、左腕は半ばから切り落とされ、裾のみが垂れる。その貌は、眉間に皺を寄せ、しかし力無く脱け殻のようであった。
実際、それは脱け殻だった。
男は多くを殺した。幼子の頃から人を殺める術を教わり、鍛えられ、その力を存分に振るった。
数多もの人を斬り、斬り伏せた。敵を斬り、友を斬り、恩人を斬り、師を斬り、義父を斬り、
__己が主をも、斬ってしまった。
人を殺し続けた者の、末にあるのは怨嗟の積もり先。それこそが“修羅”であり、しかし男は“修羅”にすら成り損なった。
故に、男は彫り続ける。かつての恩人がそうやったように。仏の顔を、ただ彫り入れ、完成すればまた新たな仏像を彫る。
その仏の顔は、酷く怒り狂っていた。