異聞帯がロスリックだった件   作:理力99奔流スナイパー

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カドック視点。少し短め。


カドックと理から外れし者

 ◎

 

 

 多くの悲しみを見た。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 ソロモンは何も感じなかったとしても。私、いや、我々はこの仕打ちに耐えられなかった。

 

 “貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか”

 

『__特に何も』

 

『神は人を戒めるためのもので、王は人を整理するだけのものだからね』

 

『他人が悲しもうが己に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ』

 

 そんな道理(はなし)があってたまるものか。そんな条理(きまり)が許されてたまるものか。

 

 私たち(われわれ)は協議した。俺たち(われわれ)は決意した。

 

 __あらゆるものに訣別を。この知性体は、神の定義すら間違えた。

 

 こうして彼らは計画し、世界は一匹の“獣”を産み落とす。

 

『殺してるんだ。殺されもするさ』

 

 __その誕生を、男はただ嘲笑した。

 

 人から獣は生まれ、獣は人を愛し、そして悪となり、牙を剥く。

 

 __獣は“憐憫”を抱いた。

 

この星は転生する! あらゆる生命は過去になる! 

 

 __獣は“回帰”を望んだ。

 

また、わたしをおいてかないで

 

 __獣は“快楽”と“愛欲”に溺れた。

 

何万何億という人間を使って、最大の快楽を得たいのです

 

無尽(もっと)無尽(もっと)愛してあげたかったのに

 

 “比較”、“愛玩”、“災厄”……澱みから生まれし原罪を背負う七の獣は顕現が約束され、人に、文明に、世界に滅びをもたらす為に顕現する。

 

 人は人によって滅ぼされるのだ。

 

 ある男は言った。人は、可能性の獣だと。ある男は言った。人に可能性など存在しないと。

 

 神が現れ、人を救おうと、手を差し伸べた。

 

 __けれど、人は闘争を求めた。

 

闘い続ける歓びを

 

 __神は困惑した。

 

人間は救われることを望んでいないのか

 

 __そして、男は狂喜する。

 

やはり世界とは悲劇だ

 

 __■■を抱いた獣は、まだ目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 __次元が違い過ぎる。

 

 それが僕、カドック・ゼムルプスがエルデン・ヴィンハイムという男を目の当たりにした時に抱いた感想だった。

 

 竜の学院(ヴィンハイム)の鬼才。その名前や噂の数々はここへ来る以前に耳にしたことがある。

 

 最近のもので言えばあの“沙条愛歌”の起こした騒動に関与していたという話だろうか。他にも単独で死徒の軍団を殲滅しただの異国で代行者と一悶着あって聖堂教会に追われ逃げ延びただの、超人的な噂が色々とある。

 

 些か信憑性に欠けるものも多いが、本人を目にするとそれらが真実でも何らおかしくないと思ってしまう。

 

 成績は常に上位。やる気が無く、訓練もよくサボるにも関わらずこれなのだから本気を出せばもっと上だろう。特に戦闘に関しては何と模擬戦であのキリシュタリアを打ち負かして見せた程でこのカルデア最強といっても過言ではない。

 

 おまけに僕を上回る100%に限り無く近いレイシフト適性ときた。流石は封印指定者最多とされるヴィンハイムの中で天才と呼ばれる男だ。僕とは全く別の世界に住んでいる存在だと思わざるを得なかった。

 

 化け物……一部のマスター候補生やスタッフはエルデン・ヴィンハイムを陰でそう呼び、恐れていた。間違いない、確かにこれは同じ人種だとはとても思えない。

 

「……隣、良いか?」

 

 そんな彼が、食堂で話し掛けてきた時、僕は一体どんな表情をしていただろうか。

 

「……別に構わないが」

 

「そうか、感謝する」

 

 一瞬、思考が停止するも何とか僕が頷くと彼はどこか嬉しそうに隣の席へ座り、テーブルに置いたカツ丼を食べ出す。常に無表情でサイボーグみたいな奴だと思っていたから意外だった。

 

 しかもカツ丼……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言の食事が続く。チラリと僕は彼へ視線を向ける。

 

 ボサボサした、くすんだ灰色の髪。着用している濃い青色のコートは恐らく竜の学院の正装を改造したものだろう。瞳もまた薄い灰色で透き通っていた。

 

 キリシュタリアと同じく美形だ。能力だけでなく、容姿も優秀らしい。本当に、何もかもを天から授けられている。

 

「……えっと、何だっけか、ゼム……ゼム……ゼムナス?」

 

「ゼムルプスだ。カドック・ゼムルプス」

 

 沈黙を破ったのは彼の方だった。どうやら僕の名前を言おうとしていたらしい。間違えていたが。

 

「そうそう、ゼムルプス、(ルプス)か……うん、なかなか良い響きだ。同じAチームだろう?」

 

「……それがどうした?」

 

「いやなに……折角だ。親交を深めようと思ってな、これからよろしく頼む。ゼムルプス」

 

「……ああ。よろしく。精々アンタ達の足手纏いにならないよう、努力するよ」

 

 これまた意外だ。てっきり他人には無関心な人物かと思っていた。実際、彼が誰かと話している所は見たことがなかったし、会議中に所長のオルガマリーが話し掛けても無視し、三度目くらいで漸く反応していた。偉そうで口うるさいあの女が、彼に対しては怯えた様子で相手にしているのは非常に滑稽だった。

 

 にしても一体、何が目的だ? 

 

「? よく分からんが、その意気だ。努力というのはやっておいて損は無いからな」

 

 僕が警戒心を抱くと、それを感じ取ったのか彼は不思議そうに首を傾げ、そう言う。

 

「ふん……アンタには無縁そうなことだと思うがな」

 

「……いや、そんなことはないさ。人並みには頑張っているつもりだ。大半が無意味なものだったが」

 

 人並みの努力でそこまで至れる時点で天才じゃないか。そう言ってやりたかったが、寸前で堪える。それにやっておいて損は無いと言いながら無意味とはどういうことだ。

 

「無意味? 損は無いんじゃないのか?」

 

「ああ。無意味だということは分かったからな。その知識や経験は蓄積され、次の糧となる……そういうのの積み重ねで今の俺があるという訳だ」

 

 無意味だということが分る。そんな発想は考えたこともなかった。確かに報われない努力だったとしても、やったという結果や経験は残るかもしれない。

 

 けど、それじゃ駄目だ。

 

「……凡人の僕には、そんな悠長にしていられる時間は無い」

 

 キリシュタリアやデイビットのような天才たちの舞台にどうにかしてしがみ付くには、無意味な努力ばかりやっている暇など無いんだ。

 

 そんな僕に対して彼は僅かに表情を変え、それから小さく笑みを浮かべた。

 

「そうさな……残念なことに、人の寿命は限られる。その努力が報われることのないまま死ぬ者も多い。時間というのは実に残酷なものだ」

 

 天井を見上げ、彼はそう言う。まさか寿命まで規模が大きな話をされるとはな。研究の為に延命しようとする魔術師は少なくない。探究者とも呼ばれる彼もまた、その類いなのだろうか。

 

「けれど、凡人か……そう卑屈になるなよ、貴公。Aチームに選ばれた時点で充分に優秀だろう?」

 

「違う。……僕はただレイシフト適性が高かったから選ばれただけだ。そのたった一つの有用性も、アンタに負けたが……」

 

「……ふむ、それで努力を?」

 

「そうだ。凡人である僕がそこに入っていくには、アンタたち以上の努力が必要なんだよ。才能の差を埋めるには効率化した努力を続けていくしかないんだ……そうすれば、きっと__」

 

 そこで言葉が詰まる。そんなことを言いながら、目の前の彼に追い付くビジョンが全く思い浮かばなかったからだ。

 

 否、それ以前に僕は言ったじゃないか。次元が違う、全く別の世界に住んでる存在だって。つまり僕は、エルデン・ヴィンハイムに追い付く為に努力するのを既に諦めてしまっていた。

 

 それに気付いた瞬間、僕は愕然とする。

 

「__素晴らしいじゃあないか」

 

 しかし、そんな僕の様子に気付くことなく、彼は軽く拍手しながら称賛の言葉を呟く。

 

「……え?」

 

「才能だの素質だのと言い訳にせず、凡人なりに足掻こうとする……貴公のような人間は好きだよ」

 

 そう言って僕の肩を叩く。呆気に取られる僕が見たのは、穏やかな表情を浮かべる彼だった。

 

 何故だろう。その時だけは、エルデン・ヴィンハイムという男が、化け物ではなく、ごく普通のただの人間に見えた。

 

「__だから、心折れてくれるなよ、貴公」

 

 これが彼との最初の出会いだった。

 

 それからも彼と、あいつと話す機会は多くあった。同じチームならば当然と言えば当然だが、彼に気に入られたようである。そして、僕も僕のことを正当に評価するあいつに対して悪くない感情を抱いていた。

 

 あいつはイメージと違って人間臭く俗物な奴だ。一般的な魔術師よろしく倫理観は破綻しているが、それでいて普通の感性も存在し、どこかズレた物言いをする……一言で言えば“残念な性格”だった。

 

 趣味は特に無いらしいが、テレビゲームやアニメ、映画作品を好んでいた。特にゲームに関しては自作する程だが、どれも難易度が高過ぎて僕では最初のボスさえ倒すのに苦労した。

 

 更に勉強や魔術の特訓にも付き合ってくれた。お蔭で魔術師としての実力はBチームよりは上になった……と思う。あいつにはいつも瞬殺されるが。流石に“沈黙の禁則”とかいう詠唱自体を封じてくる奴はずるいだろ。

 

 他のAチームのメンバーとも親交を深めたようでオフェリアや芥、ペペと話しているのをよく見た。たまにベリルとも話している。特に芥とは恋人疑惑があるくらいにはよく一緒に居た。本人は否定しているし、奴に気があるオフェリアが不機嫌になるから触れないでおこう。

 

 不思議なものだ。凡人と、別次元の天才。決して交わることのないはずだったが、気が付けば“エル”だなんて愛称で呼ぶ、友人のような間柄になっていた。

 

「……カドック、調子はどうだ?」

 

「ああ。絶好調だよ」

 

「そうか、それは良かった」

 

「……アンタはどうなんだ? エル」

 

 __だからだろうか。

 

「……まあ、それなりだ」

 

「おいおい。これから世界を救いに行くんだぞ? そんなんで大丈夫なのか?」

 

「何だ、心配してくれているのか?」

 

「ああ、そうさ。要らぬ心配だと思うが、アンタやキリシュタリアには頑張ってもらわないと困る」

 

「……ふっ 嬉しいことを言ってくれるじゃあないか」

 

 ファーストオーダー開始直前。いざコフィンへ乗り込むって時に、あいつの様子が変だと思ったのは。

 

 芥の奴も気付かない、微々たる変化。ただの気のせいかも知れなかったが、異様に気になった。きっと、その気付きは奇跡に近いものだったのだろう。

 

 ただ自分はそれを追及しなかった。今思えば、ここで勇気を出してみれば結末は少しだけ変わっていたかもしれない。今更もう遅いが……。

 

 この時の僕は、僕が有用であることを証明することに躍起になっていた。

 

「その……お互い、頑張ろうな」

 

「……ああ。貴公の今までの努力が、実を結ぶことを祈ろう」

 

 それぞれのコフィンに乗り込む為に別れる際、一瞥した彼の顔はどこか悲しげに見えた。

 

 管制室が爆発し、僕の意識が途絶え、“異星の神”に選択を迫られたのはそれからすぐのことだった。

 

 ……アンタは、こうなることを知っていたのか? エル。

 

 クリプターとなってあいつが最初に発したのは、謝罪の言葉だった。裏切り者、レフ・ライノールによる爆破を阻止出来なかったことだろうと当初僕は思い、気にすることではないと言ってやった。

 

 けど実際はどうだろうか? あいつなら、おかしくない話だ。あいつはレフ・ライノールともよく話す仲だったし、以前にこう言っていた。

 

『__人の滅亡は、過去に干渉してまで阻止すべきことなのか?』

 

 何かもを知った上であいつは僕たちを騙していたんじゃないだろうか? だからあの日、あの時、あの瞬間、様子がおかしかったんじゃないだろうか? 

 

 そう疑った際、僕が抱いたのは怒りでも悲しみでもなく、喜びだった。

 

 裏切られたことに対する怒りよりも、僕を見殺しにすることに僅かでも動揺してくれたことに対する喜びが優った。例えそれが無自覚なものであっても、僕はあいつの悲しみに気付いた。気付けた。

 

 __嬉しかった。

 

 あいつとの友情は、決して偽物ではなかったんだ。

 

(そうか……これが、走馬灯って奴か)

 

 現実に戻る。満身創痍の僕は、抱き抱える少女が光の粒子となって消えていくのをただ見ていることしか出来なかった。

 

 僕がこの異聞帯にて召喚した、魔術師(キャスター)のサーヴァントにして、獣国の皇女。

 

 __アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。 

 

 それが彼女の真名。ロシアの前身、ロマノフ帝国最後の皇帝ニコライ二世の末娘。皇族に代々受け継がれる精霊契約の末代。

 

 そんな彼女は、ビリー・ザ・キッドの銃撃から僕を庇って致命傷を受けた。

 

 そう、僕のせいで。

 

 カルデアと闘い、無様に敗北し、それでも降伏することなく最後の手段である“大令呪(シリウス・ライト)”を行使しようとし、その隙を突かれた。

 

 悪手だった。とっとと退却すべきだった。

 

『__殉死も許しません。自爆も許しません』

 

『落ち着いて、カドック。……私は、信じています。選択肢をどれほど間違えようとも__あなたはきっと、正しく為すべきことを為すと」

 

『……その後悔を抱いて生きなさい。マスター。私……きっと、もう二度とできません。銃弾の前に、身を投げ出すなんて』

 

『よろしい? 私はあなたが優れていたから助けた訳ではありません。私を信じてくれたから、サーヴァントとして、当然のことをしたのです』

 

『……光栄に……思って……ちょうだいな……。本当に……かわいい……人……』

 

 彼女の最期の言葉が脳内で木霊する。

 

 __ああ。僕はいつも“出来るはずだった”と後悔するばかり。今度こそ、今度こそはと足掻いて、もがいて、けれど結局__。

 

 この異聞帯は終わりだ。イヴァン雷帝も死んだ。あの“ミラのルカティエル”とかいう訳の分からないサーヴァントによって……。

 

 正体は不明。恐らくは“火の時代”の英霊だろう。理由はエルが使うのと同じソウルの魔術を使っていたからだ。けどあいつよりも遥かに規模が大きかった。

 

 奴は剥ぎ取ったと思われる殺戮猟兵の衣服を纏いながら、あの山のような巨大な獣を殺した。あまりにも呆気無く、僕たちが打倒しようとしていた異聞帯の王はその命を散らした。

 

 お陰様でアナスタシアを皇帝に即位させ、世界に“王”と認めさせる計画は失敗。自棄になってカルデアだけでも潰そうと挑み、そして今に至る。

 

 あいつさえ居なければ……いや、どちらにしろ僕ではカルデアに勝てなかったかもしれない。能力ではこちらが上回っていても経験の差が違い過ぎる。

 

 これまでの戦いでよく分かった。あの女は、エルの言う通り人理を救済した正真正銘の英雄なんだと。

 

 嫉妬した。憎悪した。エルデン・ヴィンハイムが認めた存在に対して__。

 

「……ああ。すまない、アナスタシア」

 

 遺言は守れそうにない。ここで終わる訳にはいかない。このままでは、あいつに顔向け出来ない。

 

 僕は、立ち上がる。

 

 王は死んだ。サーヴァントも消えた。異聞帯もやがて終わる。もはや敗北は確定していた。完膚なきにまで叩きのめされた。

 

 __だから、どうした? 

 

「僕は諦めない……諦めることなどあってはならない……絶対にあってたまるか……!」

 

 そんなことで僕の心は折れない。__折れてたまるか。

 

「あっ! 待ってルカティエルさん!」

 

 僕の闘志に気付いてミラのルカティエルが走り出す。だが、もう遅い。

 

 アナスタシアを看取っている間、連中がくだらない優しさで暢気にも待っていてくれたお蔭で準備は既に整った。

 

「__精々足掻かせてもらうぞ!」

 

 そして、次の瞬間。

 

 爆発音と共に僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

『__目標、排除確認』

 

 焦土と化したヤガ・モスクワ。瓦礫と死体ばかりが残る、その上空に、何かが居た。

 

『空想樹。異聞帯。異星の神。人類悪。深淵……どれもこれも大き過ぎる。修正が必要だ』

 

 それは暴走する機械。世界の管理機構。ありとあらゆる危険因子を排除するシステム。けれど、それが誕生するのはもっと未来のはずだ。

 

 そして、その未来は失われた。人類史は漂白され、地上が汚染された未来も、人類が地下世界へ逃げた未来も、全国家が企業に敗北して解体された未来も全て__。

 

『力を持ち過ぎる者。秩序を乱す者』

 

 だからこそ、何を間違ったかソレは“座”に登録され、裁定者として召喚された。

 

 現状を理解したソレは各地に出現し、無差別に攻撃を開始した。装備された全ての武装を以て建物を粉砕し、生命を虐殺し、このロシア全土を破壊し尽くした。

 

 __たった三分間のことだ。

 

 荒廃した世界を、衰退した人類を救う為に。それらは異なる世界へ牙を剥く。

 

『__プログラムには、不要だ』

 

 赤い天使たちは、漂白された世界を舞う。

 




ゲーティア「多くの悲しみを見た」

古王「殺してるんだ。殺されもするさ」

主任「そうなんだぁ……で、それが何か問題?」

財団「人は人によって滅ぼされる」

死神「好きに生き、そして理不尽に死ぬ」

ゲーティア「」
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