異聞帯がロスリックだった件 作:理力99奔流スナイパー
◎
__大西洋異聞帯。
ギリシャの主神ゼウスからなるオリュンポス十二機神が支配するその地に、一人の男が足を踏み入れた。
「何だ、ここは」
男がまず最初に感じたのは吐き気だった。
__神。
__神。
__神。
__神。神。神。神神神神神神神……!
どこもかしこも神だらけ。ありとあらゆる場所から感じられる忌々しい神々の気配。それに男は、凄まじい吐き気を催し、そして胸に燻る憎悪と怒りを燃え上がらせる。
「__ああ。虫酸が走る」
古びた上級騎士の兜の内側で鬼の形相を浮かべながら男は必ずやこの地の神々を駆逐せねばと決意する。
折角、人の時代をもたらしたというのに後世に託したらこれだ。あれから数万年、一匹残らず殺し尽くしたというのに再び現れた。
男が知るグウィンとロイドからなるそれらとは違う。遥か宙から来訪した存在。かと言ってかつて滅ぼしたナメクジ共の同類でもない機械仕掛けの神々。
けれど、それでも神なのには変わりない。その忌々しく吐き気を催す気配は何ら変わらっていなかった。
故に、異聞から来訪した“闇の王”は、神々が支配する異聞の地を前に怒り狂う。
《別世界へ侵入しています》
彼の出現に呼応するかのように、他の世界から時空を越えて、敵対者たちが侵入していた。
赤い瞳を持つ不死たちが、血に酔った狩人たちが、そして__。
《闇霊 人食いミルドレッドが侵入しました》
《闇霊 トゲの騎士カークが侵入しました》
《闇霊 黄の王ジェレマイアが侵入しました》
《闇霊 聖騎士リロイが侵入しました》
《闇霊 素晴らしいチェスターが侵入しました》
《闇霊 武器屋ゼニスが侵入しました》
《闇霊 罪人フォーゲルが侵入しました》
《闇霊 射手のガイラムが侵入しました》
《闇霊 無慈悲なリュースが侵入しました》
《闇霊 肉断ちのマリダが侵入しました》
《闇霊 無名の纂奪者が侵入しました》
《闇霊 奇妙なキンドロが侵入しました》
《闇霊 宮廷魔術師ナヴァーランが侵入しました》
《闇霊 探索者ロイが侵入しました》
《闇霊 ミラのアズラティエルが侵入しました》
《闇霊 剣闘士シャロンが侵入しました》
《闇霊 竜の牙ウィアードが侵入しました》
《闇霊 鉄壁のバルドが侵入しました》
《闇霊 道化のトーマスが侵入しました》
《闇霊 暗殺者マルドロが侵入しました》
《闇霊 彷徨う者たちが侵入しました》
《闇霊 闇術師ニコラが侵入しました》
《闇霊 剣士レイチェルが侵入しました》
《闇霊 神聖騎士オルハイムが侵入しました》
《闇霊 追放術師ドナが侵入しました》
《闇霊 喪失者が侵入しました》
《不吉な鐘に共鳴がありました》
《狂った闇霊 聖騎士フォドリックが侵入しました》
《闇霊 黄色指のへイゼルが侵入しました》
《闇霊 ロンドールの白い影が侵入しました》
《闇霊 騎士狩りゾリグが侵入しました》
《闇霊 放浪のクレイトンが侵入しました》
《闇霊 結晶の娘、クリエムヒルトが侵入しました》
《狂った闇霊 死斑の呪術師ダネルが侵入しました》
《闇霊 忌み探しが侵入しました》
《闇霊 銀騎士レドが侵入しました》
《闇霊 呻きの騎士が侵入しました》
《黒ファントム ■■■■■■■■■が侵入しました》
それと同時に、光輝くサインがあちこちの大地に浮かび上がり、それらは自らを喚び寄せよとその世界の者たちを誘う。
白は協力者。
青は守護者。
赤と紫は殺戮者。
大西洋とその上の星間都市は他世界から召喚された霊体たちで入り乱れる。
彼らにとってこの世界は狩り場であり、戦場であり、そして遊び場であった。
『__よう、相棒。元気そうで何よりだ』
一方、場所は変わり遥か上空にて。
二機の大型のロボットが並んで翔んでいた。オリュンポスの機神とは違い、中には人間の男が乗っている。
『今回の依頼は、何と霊長の意思って奴からだ。この呆れ返る程に綺麗な世界を手当たり次第にぶっ壊しながら空想樹? とかいうデカい植物を伐採すれば良いらしい。簡単だろ?』
『………………』
片方が軽快な口調で語りかける。対してもう一機は無言だったが、逆間節の脚を持つその機体はそれを気にすることもなく話を続ける。
『聞いたぜ? 俺が死んだ後、相当殺したらしく“人類種の天敵”だなんて呼ばれるようになったんだって? そんな奴を駆り出すなんて、アラヤってのは相当切羽詰まってるらしいな』
キラキラと緑色の粒子が漂う。一人の科学者によって発見されたそれはこの異聞帯を、着実に死地へと変えている。それはつまり、彼ら以外にも多くの同種のロボットとそれを駆る傭兵たちが各地で召喚されていることを意味していた。
人種も、出身も、所属も、目的も違う戦場と戦場を渡り歩く鴉や山猫たち。彼らは皆、一つの思いを胸に抱きながらこの異聞の地へ集う。
__戦い続ける歓びを。
『所詮大量殺人だ。刺激的に殺ろうぜ』
そして勿論。彼もまたこの地へ降り立った。彼女の名を、滅び行く人々の脳裏に焼き付ける為に。
求めるは闘争。求めるは冒険。求めるは未知。求めるはソウル__。
「__ミラのルカティエルです」
これはまだ、少し先の出来事。カルデアが四つ目の異聞帯を攻略し、薪の王たちの故郷へ辿り着いた時、最も繁栄した異聞帯に災厄が降り注ぐ。
「フフフ……アハハハハッ! こりゃあ凄い! バッドエンド一直線じゃないか! 最悪だ! 最高だ! ……違う! 私はこんなの、こんな物語は望んでいないはずなのに、何で喜びなんて抱くんだ! 私が欲しかった感情は、こんなのじゃあない! アハハハハハハ! アハハハハハハ!」
そして、黄衣の魔術師は狂ったように笑う。
◎
__私は、カルデアが襲撃される前のことを思い返す。
『さて、次は本来は存在しない八人目に任命された男……エルデン・ヴィンハイムだ』
今は亡き大人のダヴィンチちゃんは、七人のAチームのメンバーを紹介した後、最後に彼の名前を出す。
『彼はキリシュタリア・ヴォーダイムやデイビット・ゼム・ヴォイドと同等かそれ以上の天才だ。純粋な戦闘力ならばカルデア最強といっても過言ではない』
最強? 意外だった。てっきりリーダーのキリシュタリアって人かデイビッド? ってヤバそうな人が一番強いのかと思ってたから……。
『その実力はサーヴァントにも匹敵するだろう。実際、カルデアが召喚して君と契約したサーヴァントと戦闘になった場合、その半数以上に勝利する可能性が高い』
えっ!? サーヴァントに勝てるのっ!? 魔術師は基本サーヴァントには敵わないって聞いた気がするけど例外は居るものなのね……。
もしかしてギルやカルナにも勝てたりするの?
『ははは。いや、流石に英雄王は厳しい。不意打ちならばワンチャン……ってところかな』
それでも勝てる可能性はあるんだ……私は少し戦慄した。そんな凄い人でも爆弾であっさり脱落しちゃうんだね。恐るべしフラウロスの爆弾……。
『魔術協会からも異端扱いされている竜の学院、ヴィンハイムの一族であり、そこでは学長という謂わば次期当主のような地位を与えられている』
竜の学院? それってどんな所なの?
最近やっと魔術協会だの時計塔だのといった知識を覚えた私は頭上に疑問符を浮かべながら質問した。
『簡単に説明すれば神代、或いはそれ以前から続く魔術師の名門だ。魂を魔力に変換させるという血統由来の独自の魔術が使え、一般的な魔術師と違って根源への到達ではなく、祖なる白竜シースの命題を解くことを悲願としている』
白竜シース? これまた知らない単語が出た。名前からしてドラゴンなのだろうけど、ファヴニールとかと違って漫画とかでも聞いたことがない。
『“ダークソウル”に登場する竜ですよね?』
すると可愛い我が後輩がそう言った。知っているのかマシュ。
『ああ。今ある全ての魔術の始祖とされるウロコのない白竜……“火の時代”と呼ばれる神代以前に栄えたという実在が魔術師の間でも疑問視されている先史文明に存在した幻想種さ。かつて、世界を支配していた“岩の古竜”と太陽神“グウィン”らが率いる神々との戦争で古竜を裏切り、神々に勝利をもたらし“火の時代”の始まりのきっかけとなったらしい。その後はグウィンの外戚として迎えられている』
ふうん……よく分かんないけど魔術の始祖ってドラゴンだったんだ。で、そのダークソウルってのはなに?
『“火の時代”において活躍した不死の英雄の叙事詩です。三部作で白竜シースは第一部の敵として登場しています』
え、敵なの?
『因みに第二部だと這う蟲に転生して巨大蜘蛛に寄生してます』
竜ですらなくなった!?
『まあ、その叙事詩については後で話をしよう。要するにヴィンハイムは白竜シースを崇拝しており、彼の命題……詳細は知らないが、それを解くのを目標に魔術を極めている』
ふうん……宗教みたいなものかな? 神様じゃなくてドラゴンを信仰するなんてあまり聞かないけど。
にしてもダークソウルねぇ……直訳すると闇の魂? 暗い魂? どちらにせよ、なんか物騒なタイトルだね。
『実のところエルデン・ヴィンハイムは白竜シースのことをハゲ呼ばわりしてたけどね。あれには私も笑った』
ハ、ハゲ? 何で?
『岩の古竜たちはとても強固なウロコで覆われて不死だったのだが、白竜シースにだけウロコが無かったんだ。だから不死でもなく、彼が裏切ったのはその容姿で周りから疎まれた、或いは劣等感などと予想されている』
また髪……じゃなくてウロコの話してる……ってことね。そのエルデンって人は崇拝対象のドラゴンを馬鹿にしてたってこと?
『そういうことだ。彼はヴィンハイムにおいても異端扱いされていて長い間、関わりを絶っていた時計塔の門を叩き、一時期は現代魔術科に身を置いていたらしい』
現代魔術科って……孔明の中の人、じゃなくて外の人が講師をしていた所だよね? 確かロード・エルメロイ二世だっけ?
『そう、その現代魔術科さ。成績は優秀だったらしいが、三年もしない内に行方を眩まし、世界各地の色々な遺跡や遺物を調べて廻っていたそうだ。その間に随分と悪い噂が流れているけどね』
悪い噂? あのベリルって人みたいにダヴィンチちゃんやマシュが話したがらない程にやべーやつだったりするの?
『ああ。怪しげな実験をしているとか、沙条って魔術師を唆してかなり大きな騒動を起こさせたとか死徒の起こした事件に巻き込まれたとか、それを撃破した挙げ句に聖堂教会代行者に追われたとか、その後は何故か封印指定執行者と戦闘したとか色々と言われていたが、まあどれも確証がないものばかりだ』
『あ、でも執行者の女性の方と殴り合ったという話は以前にされていました。とても強敵だったそうです』
『え? マジで?』
やべーやつだった! そんな人が何でカルデアに……?
『前所長マリスビリーが直接スカウトしたそうだ。いやぁ当時は大騒ぎだったよ。何せ予定外の八人目でしかも相手はイカれた快楽的破滅主義者と名高いエルデン・ヴィンハイムだったんだから』
は、破滅主義者? しかも快楽的って……ワードだけでヤバさがびんびん伝わってくるんだけど……。
つまり破滅する、またはさせることに快楽を感じるってことだよね? で、サーヴァントくらい強いと……え? そんなヤバ過ぎる人がもうすぐ目覚めるの? ずっと眠ってもらってた方がいいんじゃないですかね?
『安心したまえ。噂と比べてかなりまともだったからね彼は。少々寡黙でどこか浮世離れしてるところはあったが、訓練をよくサボる以外の問題点は無かったさ。他のAチームとも打ち解けていて特にカドック・ゼムルプスや芥ヒナコとはよく話していた。オフェリア・ファムルソローネに至っては……いや、何でもない』
へぇ……なら良かった。マシュはどう思ってたの? エルデンって人のこと。
『そうですね……面白い人、でした。周囲からの評判はあまりよくありませんでしたが、決して悪い人ではなかったです。時折会話しましたが、その際は色々なことを教えてくださいました』
懐かしそうにマシュは語る。ふうん……結構仲良かったんだ。ちょっぴり妬いちゃう。
……けどオフェリアやペペロンチーノって人もだけどマシュと仲良くしてくれた人が居るのは安心したというか、嬉しく思うな。
『これだけ聞くと住む世界が違う、って印象だが……意外にも彼は日本文化オタクでゲームやアニメといった娯楽作品を好んでいる。君とも話が合うはずだ』
そう言ってにこりと笑うダヴィンチちゃん。
この時はまだ、彼らクリプターが人類史を裏切り、カルデアを襲撃してくるなんて夢にも思わなかった。
「……存外、良い面構えをしている」
__そして、ロシア異聞帯を攻略した矢先にエルデン・ヴィンハイムが襲来することも。
「……話? 私と?」
「ああ、そうさ。話をしよう」
びくり、と肩が震える。好奇の視線でこちらを見据えるその灰色の瞳が、酷く恐ろしく感じられた。
人とは違う、別のナニカではないかと錯覚する程に。それは今までの戦いの中で対峙したどの敵とも類似するものが存在しなかった。
「七つの特異点を攻略し、魔神王ゲーティアに打ち勝ち、人理を救済した英雄……貴公とは、言葉を交わしてみたかった」
その優しげな瞳に宿るのは尊敬と憧れ。そんな気がした。カドックの奴と違い、この人は私のことを認めてくれているのだろうか?
けれど、何故だろう。先程から胸がざわつく。
「へぇ……立香ちゃんと、ね。彼女の性別すら知らなかった人の言葉とは思えないな」
ダヴィンチちゃんが言う。確かに、この人は私を初めて見た様子で「性別は女だったか……」と呟いていた。それはつまり私に対して関心が全く無かったということを意味しているはずだ。
少なくともカルデアが爆破される前までは。
「……ああ。楽しみは取っておきたい主義だ。カルデアに来た時点ではぐだ……藤丸立香はただの無知な一般人だ。そんな彼ないし彼女と言葉を交わしても何ら得るものは無かろう。だからあの時は、認識しようとすらしなかった」
予想通り、この人は私が人理修復をしたから関心を示したようだ。
けれど、その言葉には何か違和感があった。
「要するに俺が会い、言葉を交わしたかったのは、魔術師ですらないただの一般人ではなく、数多もの英雄偉人と縁を繋ぎ、幾つもの修羅場を潜り抜け、七つの特異点を攻略し、そしてゲーティアを打倒して人理の救済を成し遂げた人類最後のマスターだということだ」
? どうしたのだろうか。彼の言葉にダヴィンチちゃんとホームズが目を見開いていた。
「……一つ問おう。君は、どこでそれらを知った?」
神妙な面持ちでホームズが訊ねる。どういう意味だろう? 私たちの情報はあのコヤンスカヤによってクリプター側には周知されているんじゃないの?
「……ふむ、気付いたか。流石は名探偵。貴公が居るのは少々想定外だった。秘密など、あってないようなものだから」
「よく言う。どうも君に関する推理は、不透明だ。私の思考が鈍っているとさえ感じる。何らかの細工をしているのだろう?」
「……やはり貴公は聡明過ぎる。その通り、儀式は既に秘匿されている。貴公風情では秘匿を破かぬ限り暴けぬよ」
え? あのホームズが分からないの? 魔術による隠匿すらも見抜く彼の見識を誤魔化せるなんて……。
それに、秘匿を破るって? 暴くとは違うの?
「ほう……それは興味深い。詳しく聞きたいところだが、今まず先程の質問に答えてくれないかね? ミスター・エルデン」
「……まず前提が間違っている」
「何?」
「知った、のではない。知っていたのだよ、初めからな。俺はそれを思い出したに過ぎない」
そう言って彼は笑う。え? どういうこと? 私はその言葉の意味が理解出来なかったが、ホームズはその瞳孔をより見開かせ、驚愕した様子だった。
「つまり、君は最初からゲーティアによる人理焼却を予見していたということかね?」
「__は?」
私の表情が固まる。周りの皆も絶句していた。
漸く、私は先程から感じていた違和感の正体に気付く。この人は、まるで自分が人理を救うことをずっと前から知っていたように話していたのだ。
「なっ……どういうことだ? まさか、君は千里眼に__」
「いや、そんな大層なものは持っていない。俺はただ知っていただけだ」
「知っていたって、一体どうやって……」
「……さあ、俺も知りたい。何故我らはそのような知識を持ってこの世界に生まれ落ちたのか。一時期は寝ても覚めてもそればかりを考えていた」
__待て。落ち着け私。取り乱すな。
「そもそも君はあの時、確かに冷凍保存が間に合わなければ死んでいた程の危篤状態だったはずだ。ロマニ・アーキマンと前の私が誤診するはずがない。特に君の診断は徹底的にやったからね」
「ああ。よく誤魔化せていたろう? こう見えて演技派なんだ」
「まさか偽装、とでも言うつもりかい……? 君にそんな特技があったなんて聞いてないぞ」
「元より生と死は曖昧なものでな……そこらの医者や魔術師くらいの目なら欺くことは容易だ。お蔭で異星の神とやらに叩き起こされるまでぐっすりと寝れた。良い夢が見れたよ」
「何、それはどういう__「何で」……立香ちゃん?」
ああ__やっぱり無理だ。
「何で……! ああなることを事前に知っておきながら、何もしなかったの……?」
思わず声を荒げてしまいそうになるが、何とか堪えて問う。この人がサーヴァント並みの戦闘力を持つことは知っている。それならばレフの爆破を未然に阻止出来たのではないか?
そうすれば、オルガマリー所長も、ロマンも死なずに済んだのではないか……? そう思うと、沸々と怒りが湧いてくる。
「……少し誤りがある。俺は、何もしなかった訳ではない」
そんな私の言葉に、彼は首を横に振る。
「あの時、アニムスフィアが俺を勧誘してきたのは偶然であり、予想の範囲外だった。だから俺は俺という存在が招かれることによる物語の変化を恐れ、レフ・ライノール・フラウロスと結託し、カルデアの崩壊を確定的なものへと変えた」
今、何と言った? 彼が言い放った返答は、私の頭を真っ白にさせるには充分過ぎた。
「は……?」
「……レフを言いくるめるのには苦労した。あいつは俺を最大の脅威と見なし、警戒していたからな。何とか協定を結んだ俺は奴が爆弾を仕掛けるのを手引きし、オルガマリーたちを滞りなく、確実に始末するよう仕向けた。これ自体は実に容易な作業だったよ」
「何を、言っているの……?」
「……要するに、俺はゲーティアの共犯者だったという訳だ」
平然とした様子で淡々と彼はそんなことを宣う。その言葉にマシュは信じられないといった表情をしていた。
「そんな……嘘、ですよね……? エルデンさん」
「……いいや。真実さ。キリエライト」
その声は酷く震えていた。それに対し、彼は優しげな瞳で今にも泣きそうな彼女の顔を見据えながらそう言う。
「なっ、何故ですか……!? あなたはっ、そんなことをするような人じゃ……!」
「__以前にも言ったろう? 世界とは、悲劇だと」
「…………!」
その言葉に、マシュが口をつぐむ。
悲劇……? この世界が……?
「ゲーティアやレフの嘆きは正しい。彼らの言う通りこの人類史は失敗作であり、人という種は不完全だ。彼らは終わりある命という、ありふれた悲劇を看過出来ず、容認出来なかった……それは至極真っ当な感性だ。何も間違っちゃいない。故に、俺は彼らの思想を肯定し、潰えることを知りながら協力するに至った」
淡々と、然れど饒舌に彼は語る。そこにはゲーティアへの共感あり、彼らの“死の概念の無い惑星”を創造するという計画に同調していたのが理解させられた。
死の無い世界……それは確かに素晴らしい。けれど__。
私たちは生きる為に生きているんじゃない。生きたことに意味を見出だす為に、生きてるんだ。
「あなたも、人類が不死になることを望むの? そうすれば悲劇は起こらないと?」
「……いいや、別に」
そう問いかければ彼はあっさりと否定した。
「え?」
「……不死になったところで、一体どうなる? 結局は同じなのだから」
「おな、じ?」
「そうだ。ゲーティアは少々人間を過大評価していた。短命だろうが、不死だろうが、人という獣の本質は何ら変わらず、その歴史は血で綴られる。刹那に生きようが、永遠に生きようが、人は何ら変わらない、変わらなかった。ただ死ぬか、死なぬかだけ。人は人の愚かを克服するに至らず、そこにはやはり、悲劇ばかりが溢れていた」
嘆くように、憂うように、しかしそれとは裏腹に笑いながら彼は語る。
それは私の予想を、理解を超越した言葉だった。
「死の無い世界? 終わり無き永遠の命? 完璧な生命? そんなもので、その程度で人間が変わるかよ。人はいつまでも醜く愚かしい生き物のままであり、延々と悲劇を繰り返す。それこそが、人なのだから」
ああ。そうか__。
この人は、初めから人類に期待していないんだ。だから、失望すらしていない。ただそういうものなのだと理解し、そこで完結してしまっているのだ。
__私は、エルデン・ヴィンハイムという男の人間性を少なからず理解した。
「じゃあ、何でゲーティアに協力したの? どうして人類を裏切ったの……?」
「……人類など、この世のどこにも居ないさ」
「……え?」
ぼそり、と彼は呟いた。
「いや、貴公の気にすることではない。忘れてくれ」
どういう意味かと尋ねる前に彼はそう言い、言葉を続ける。
「……さて、ゲーティアに協力した理由か? 概ねはキリエライトに言ったように単なる共感だ。けれど、俺は実のところは人理が焼却されようが、救済されようが、どちらでも良かった」
「なっ……!?」
何てことの無いように彼は答えた。どちらでも良かった、そんな発言に私の怒りが再燃する。
「カルデアが勝つならばそれで良し。ゲーティアが勝ったとしてもそれはそれで良し。俺の目的には何の影響も無い」
「じゃあ、皆が死んでも良かったのっ……!?」
「……そうなるな。ゲーティアが思い描く完全な人間とやらを見てみたいという気持ちもあった」
思わず大きな声で問うと、平然とした様子でそう言われた。隣で先程からマシュは茫然としている。未だに現状を受け入れられずに居るようだ。
「結局のところ結末とは分からぬものだ……俺がレフの爆破を手引きし、貴公とキリエライトが生き残ることを確定的なものにしたとしても、本当に世界を救えるかは実際にその時になってからじゃないと確信は出来ない」
謂わばギャンブルのようなものだ、と彼は周囲の様子を気にすることなく言葉を続ける。
「だから俺は貴公らが人理を救う方に賭け、結果はその通りになった。俺は博打に勝ち、人々は救われた。何ともまあ、素晴らしいハッピーエンドじゃあないか」
ハッピーエンド、その言葉を聞いた瞬間。私は耐え切れなくなり、彼の胸ぐらを掴み上げ、声を荒げる。
脳裏に過るのは、助けられなかった二人の人物__。
「先輩……!」
「どこがだ……! あなたのせいで、オルガマリー所長はっ……ロマンはっ……!」
慌ててマシュが止めようとするが、遅い。彼は抵抗する素振りすら見せず、睨み付ける私と視線を合わせる。
「……オルガマリーに関しては、救えた命かもしれないな。けれど、Dr.ロマニは必要な犠牲だった」
「何を……!?」
「……我らが生き残り、協力したとして果たして本当にゲーティアを倒せたか?」
「っ……」
言葉が、詰まる。__そうだ。ロマンが犠牲にならなければ私たちはゲーティアを倒せなかった。
「Dr.ロマニは、魔術王ソロモンはあの時、あの場所で、自らを犠牲に世界を救うという勇気を出せたか?」
「それは……!」
「俺やヴォーダイムが居た場合、果たしてレフは冬木で貴公らを見逃したか? ゲーティアは第四特異点まで見過ごす判断をしたか? 貴公に呪いを掛けるだけに留めたか? 貴公に協力してきたサーヴァントたちは、我らに力を貸したか?」
「っ……けど! そんなのやってみなきゃ分からない! あなたの言ってるのは結果論だ!」
「……その通り。可能性は正しく無限にある。キリシュタリアやヴォイドならば単独でも成し得たかもしれない。俺が人理の為に戦えば、もしかしたらオルガマリーも、ロマニ・アーキマンも生き残ったかもしれない。Aチームが異星の神とやらの尖兵に成り果てることもなかったのかもしれない」
「なら……!」
「__けれど、俺が知るのは貴公が人理を救う物語だけだ。貴公が七つの特異点を修復し、ゲーティアを打倒する未来しか知らない」
「…………っ!」
だから、可能性の高い方を選んだとでも言うの? その時の彼の顔は無表情だったけどどこか__。
「……貴公の怒りは、当然のものだ。何も間違っていない。俺は俺の都合で貴公に人理修復という厄介事を押し付けたのだから」
胸ぐらを掴む私の手を振り払うこともせず、彼は私の顔を間近で見つめながら言う。
「存分に怒り、存分に憎み、その闘志を決して忘れず、絶やさずにしたまえ」
そのくすんだ灰色の瞳の奥には、確かに
まるで深淵を覗き込んでいるような錯覚に陥った私は思わず手を離してしまう。彼は意に介した様子は無く、その瞳で私を捉え続ける。
「__ああ。やっぱりだ。貴公こそが、我らの敵に相応しい」
彼は、そう言って不気味に笑う。
後編へ続く