異聞帯がロスリックだった件   作:理力99奔流スナイパー

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お ま た せ


エルデンとカルデアの者たち 後

 ◎

 

 

 __光の大王は熔けた土に、

 

 __混沌の魔女は罪人に、

 

 __最初の死者は腐れに、

 

 __裏切りの白竜は這う蟲に、

 

 __深淵の主は闇の破片に、

 

 __ならば、深淵に堕ちた四人の公王は? 

 

 __暗い魂を見出だした誰も知らぬ小人は? 

 

 長い時を経て、魂は廻り、そして生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「__貴公こそが、我らの敵に相応しい」

 

 それは事実上の宣戦布告だった。

 

 目を見開く立香に対し、エルデンはただ笑い、その瞳で彼女の姿を捉え続ける。

 

「て、き……?」

 

「そう、敵だ。貴公は我らを打倒するに相応しく、我らは貴公に打倒されるべき敵となったのだ」

 

「……よく分かんないけど、あなたが敵だってのは私にも分かる」

 

 困惑しながらも立香は臆することなく睨むように見つめ返す。もはやエルデンに対して彼女は完全に敵対心しかなかった。

 

 当然だろう。ゲーティアの共犯者であり、人類史の命運をどちらでも良かったと切り捨て、そして宣戦布告……彼の言う通り打倒するべき存在なのだから。

 

「ク、ククク……ああ。良い眼だ。期待以上の面構え、その理由は人理修復の旅によるものだけじゃないな。ふむ、ついさっき世界を一つ滅ぼしたせいか?」

 

「っ…………!」

 

「どうだった? ロシアを滅ぼした気分は?」

 

 エルデンの問いに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる立香。脳裏にはロシアで出会った、異端のヤガの姿が思い浮かぶ。

 

『俺は、テメェを、絶対に許さない』

 

『俺に幸福な世界があることを教えてしまった失敗を、絶対に許さない』

 

『だから立て、立って戦え』

 

『お前が笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ。胸を張れ。胸を張って、弱っちろい世界のために戦え』

 

『……負けるな。こんな、強いだけの世界に負けるな』

 

 世界が消滅するという真実に気付き、敵対したヤガの銃撃から自分を庇った彼の最期の言葉。それが今も尚、ずっと頭に響き続けていた。

 

 既に覚悟は出来ているはずだ。もう後戻りなんて出来ないはずだ。けれど__。

 

「ロシア異聞帯は、我らの世界……ヴォーダイム曰く汎人類史だったか? あれよりもずっと、劣る世界だと言えよう。けれど、他の異聞帯はそうも行かない。俺の異聞帯ならば容易く滅ぼす選択を選べるだろうが、きっと貴公らの世界よりも幸福で溢れ、繁栄している場所もあるだろう」

 

 黙り込む立香にエルデンは淡々と語る。

 

「__貴公は、そんな世界を滅ぼせるか? 自らのエゴを以て、その世界を、そこに住む命を、全て無かったことに出来るのか?」

 

「……わ、私はっ……私はっ……!」

 

 答えようとするが、言葉が出てこない。決意したはずなのに、覚悟したはずなのに、彼女は未だに割り切ることが出来なかった。

 

 その優しさが故に……。

 

「……ああ。随分と思い悩んであるようだな。世界を救った英雄が、他の世界を滅ぼさなくてはならない。それこそ正しく悲劇。あの“上位者”も悪趣味なことしてくれる」

 

 そして、エルデンはそんな立香の心情を見透かしているように静かに笑う。

 

「……“上位者”? それは何者かね?」

 

 ふと、疑問に思ったホームズが問う。

 

「貴公らも知っているだろう。異星の神を騙る、蛸かも虫かもよく分からん奴のことだ。奴のせいで、随分と予定が狂った」

 

「成程……君は“異星の神”のことをそう呼んでいる訳か。確かにあれは我々よりも遥か上位の存在だろう。……にしても、その口振りだと今回の事件、人理漂白に関しては予見していなかったということかね?」

 

「……ああ。その通りだ。“人理再編”なるものが仄めかされているのは知っていたが、まさかあのような低次元な目的を抱き、地球を漂白するなどという暴挙に出る“上位者”が降臨するなど夢にも思っていなかった」

 

 僅かに顔をしかめるエルデン。その様子から、どうやら本当に異星の神による人理の漂白は、彼の予想外のものであり、不本意なものだったようだ。

 

「……けれど、奴のお蔭で手間が省けた面もある」

 

「……手間、だと?」

 

「ああ。ゲーティアが滅んだ後、俺は自力で目覚め、行動に移すつもりだった。計画を彼らに邪魔されるのだけは勘弁してもらいたかったからな……けれど、あの“上位者”は驚くことに俺が死んでいると勘違いし、蘇生を持ち掛けてきた。俺はその提案を好奇心から承諾した」

 

 好奇心、その言葉に立香が再び睨むような視線を向けるが、エルデンは気にせず喋り続ける。

 

「奴の人理漂白によって、俺がやってきた色々な準備は台無しにされたが、計画の為の舞台の用意、それから戦力の増強……これらの作業をスキップ出来た」

 

「舞台? ……まさか、異聞帯か?」

 

「……そうだ。可能性の絶たれた人類史。たかが人の未来の為に消されてしまった哀れなる世界。最初は心底くだらないものだと思っていたが、あれは正しく俺の計画に相応しい最高の舞台(ステージ)となるだろう。その点においては感謝している」

 

「そうか……では、君の計画とは?」

 

「__おっと、そこまでは教えられない。ネタバレは程々にしなければ、楽しみが薄れる。どうしても知りたいというのなら、自力で秘匿を破り、暴いて見るがいい」

 

 そう言ってエルデンは口を閉じる。何らかの隠蔽措置を行っている彼の思考を、今のホームズには読み解くことは出来ない。

 

「……なら、質問を変えよう。君は異聞帯はくだらないものだと断じた。その理由を教えてもらえないか?」

 

 仮にも異聞帯を管理しているクリプターにあるまじき発言。その真意をホームズは問う。

 

 するとエルデンは突如としてその笑みを消した。否、一切の表情が消えていた。

 

「__決まっている」

 

 まるで機械が喋っているような声だった。どこまでも冷たく、無機質で人間性が一切感じられない。

 

「元より人に可能性など、存在しないからだ。全てが灰色だった時代から、人は何ら変わらなかった。火を継ぎ、火を消した者たちの偉業を無下にし、未だに枷を外せず、魂は枯れ果て、闇が故に何かを渇望し、闘争と闘争を繰り返し、遂には星をも食い潰さんとする獣。自ら破滅へ向かう人という存在の未来は当然、ただ破滅でしかない」

 

 誰もが絶句する。それは人類の否定だった。そこに怒りも、憎しみも、哀しみも無く、ただ彼は人を扱き下ろし、それこそが真理だと断言していた。

 

 ホームズは理解した。目の前の男が人理が焼却されても修復されてもどちらでもいいと言った理由を。初めから人類に対して何の価値も抱いておらず求める気もないのだ、彼は。

 

「__但し、俺は例外を認める。それはきっと、どの世界にも、どの時代にも必ず存在するのだから」

 

「……例外、かね?」

 

「ああ。貴公らはきっと、その例外に成り得る」

 

 エルデンの声質が元に戻る。顔も無表情なのには変わりなかったが、まだ人間味を感じられた。

 

「……さて、ついつい話し込んでしまった。そろそろカドックも回収した頃合いだろう」

 

 そう言ってエルデンは懐から何かを取り出す。それは捻れた何かの破片のようだった。

 

「さらばだ、藤丸立香。貴公との語らい、なかなか有意義なものだった」

 

「! 逃がすと思うかい……?」

 

「ああ。思うとも。何故なら__ん?」

 

 すると次の瞬間、凄まじい衝撃がシャドウ・ボーダーを震動させると共に、警報が鳴り響く。

 

「な、何事だっ!?」

 

「っ……ロシア領から何かが急接近したきたようだ! くそっ、エルデン君に気を取られて気が付かなかった! 時速90㎞で真横に張り付かれてる!」

 

 即座に確認にあたったダヴィンチが叫ぶ。その言葉に一同に動揺が走る。

 

「ロ、ロシアから……?」

 

「い、今の衝撃はもしや攻撃を受けたのではないかね? 損傷は? 機関部は無事かね?」

 

「損傷は軽微、装甲坂は貫通していません。表面が焦げ付いた程度でしょう。シャドウ・ボーダーの装甲は近代技術と魔術理論の複合装甲、通常の兵器では通じません」

 

 慌てるゴルドルフの傍らでホームズが冷静に分析する。しかし、そんな彼に対し、運転手の一人であるムニエルが悲鳴に近い声をあげた。

 

「いや、効いてるぜホームズ! 装甲板が剥げてる! 連発されたらまずいぞ!」

 

「え? 本当に?」

 

「ホームズ──ー!」

 

「そう言ってたら熱源反応! これは……RPGだ!」

 

 ダヴィンチが叫んだ直後に再びシャドウ・ボーダーが揺れる。

 

「……RPGだと?」

 

 一方、エルデンは訝しむ。そんなものを使う者が身近に居た気がした。

 

「そ、そうだ! わた、私は思い出した! この爆発は、そう! 遠い昔、いやつい二週間前、まだ薄幸の美少年だった私に降りかかったアンチマテリアルライフルの衝撃! 即ち毒婦・コヤンスカヤ君の攻撃だ! ひ、控えめに言って殺されるのではっ!?」

 

「……ああ、そうだ。あの女狐共が使っていたな」

 

「も、もしやっ……貴様の差し金かっ!?」

 

「いや、知らんよ。既に侵入しているのに何故わざわざ外部から攻撃する必要があるというのだ」

 

 青ざめた表情で問い詰めるゴルドルフに対し、やれやれとエルデンは首を横に振る。

 

「けれど、恐らく目的は俺と同じくカドックの奪還だろう。大方ヴォーダイムの奴が……何? それは驚いた」

 

「ど、どうした?」

 

「外に待機させてる俺のセイバーの報告によると外道麻婆がRPG片手に全力疾走しているらしい。なかなか面白い絵面だな……」

 

 淡々と告げるエルデン。口振りからしてサーヴァントと念話をしていたようだ。さらっとサーヴァントを気付かれずに外に待機させていたという看過すべきではない発言をしているが、カルデアにそれを気にする余裕は無かった。

 

「外道……麻婆? 誰だそいつは?」

 

「……言峰綺礼と言えば、分かるか?」

 

「! 言峰……!」

 

 エルデンの言葉に一同は襲撃者の正体を理解する。藍色の法衣を纏った異聞帯サーヴァント……彼らにとっては今は亡き大人のダヴィンチの仇。ロシアでも姿を現したが、まさか再び襲撃してくるとは。

 

「……随分と面倒なことになった。キリシュタリアの奴ならカドックを奪還しようとしてくるとは思っていたが、よりにもよって奴を遣わせるとはな」

 

「? あの神父だと何かまずいことがあるのかね?」

 

「あのような後ろから人を刺すのが得意な外道にカドックを渡せるとでも? まあ、例え誰であっても譲ったりなどしないが」

 

 顔をしかめるエルデン。言峰綺礼とは仲間であり、しかもカドック奪還という共通の目的を持っているはずだが、協力はしていないようだ。クリプターが一枚岩ではないことは予想していたことだが……。

 

 そんな話をしているのも束の間、ダヴィンチが再び大きな声をあげる。

 

「また撃ってきた! 着弾まで3、2__なっ!? 消失したぞっ!?」

 

「え?」

 

 突如として起きた熱源反応の消失。それはRPGのロケット弾頭が撃ち落とされたことを意味していた。

 

 しかし、誰が__。

 

「……セイバーに迎撃させている。貴公らは、今のうちに逃亡の算段をつけておけ」

 

「な、何だと? 一体どういうつもりかね?」

 

「では、改めて……さらばだ、カルデア」

 

 敵である相手。それも先程宣戦布告した相手を助けるような行動。それに対する真意を問い質す前にエルデンは捻れた破片を握り締める。

 

 すると彼の姿が一瞬にして消えた。

 

「なっ……」

 

 空間転移。魔法の域にある魔術の使用。それも軽微な予備動作で行われたそれに一同は絶句する。

 

「っ……今度は何__!? シャドウ・ボーダー上部で高エネルギー反応……! これは……隕石と同等の質量だってっ!?」

 

 __そして、轟音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 言峰綺礼……いや、彼と融合する怪僧、グレゴリー・ラスプーチンは漂白された大地を駆けていた。

 

 狙いは前方を走るシャドウ・ボーダー。彼の目的はアナスタシアとの約束を守る為に囚われたクリプター、カドック・ゼムルプスの奪還だった。

 

 先程の二発で脆くなっている装甲へ照準を定め、RPGを発射する。時速90㎞もの速度で疾走しながらにも関わらず正確無比なその射撃は吸い込まれるようにシャドウ・ボーダーへと命中する__ことはなかった。

 

「……何?」

 

 放たれたロケット弾頭は青白く輝く何かによって撃墜させられる。それが飛んできたのはシャドウ・ボーダーの上。視線を向ければそこに何者かが立っていた。

 

「カルデアのサーヴァントか……?」

 

 名探偵、二刀流の女剣士、赤い弓兵……数秒の思考の後、目の前の存在は己の持つ情報には存在しないと判断する。

 

 マントの付いた、厚着の白い服。その派手な格好は聖職者を思わせた。顔立ちは整った男のものだということが分かる。右手に包帯の巻かれた武骨な大剣を持っていることからクラスはセイバーだろうか? しかし、左手には長大な銃のようなものを持っていた。

 

「__君が言峰綺礼か」

 

「む……?」

 

 すると男がラスプーチンと融合している男の名を言う。距離はかなり離れているはずだが、確かに聴こえた。

 

「マスターから話は聞いている。生まれながらに他者の苦しむ姿を見て愉悦を感じてしまう破綻者だとか……」

 

「____」

 

 目を見開くラスプーチン。それに構わず男は両手を組んで天へと掲げ__星が爆ぜた。

 

「__彼方への呼びかけ(ア・コール・ビヨンド)

 

 かつて医療教会は、精霊を媒介に高次元暗黒に接触し、遥かな彼方の星界への交信を試み、しかし全てが徒労に終わった。

 

 即ち、これは失敗作だが、儀式は星の小爆発を伴い、“聖歌隊”の特別な力となった。まこと失敗は成功の母である。

 

「…………っ!?」

 

 全方位に拡散し、雨のように降り注ぐ隕石群。ラスプーチンは即座に停止し、追従するように襲ってくるそれらを回避した。

 

 着弾と同時に爆発が起こる。サーヴァントの肉体と言えどまともにくらえば肉体の欠損は免れなかっただろう。

 

「ほう……やるな。初見で避けるとは」

 

 シャドウ・ボーダーはもはや自脚では追い付けない距離まで離れており、代わりに男が立っていた。

 

「随分と派手な魔術を使う……一体何者だ?」

 

「サーヴァント・セイバー。君の足止め、または排除を命ぜられた」

 

 ラスプーチンの予想通りセイバーと名乗った男。そんな彼に対し、涼しい顔の裏で焦りの感情を抱く。先程の大規模な魔術を連発されるのは危険過ぎる。

 

「退いてくれないか? カドック・ゼムルプスは既にこちらが回収した。もはやカルデアを追う意味はない」

 

「……何?」

 

 カルデアのサーヴァントではなかったのか。ならば一体どこの勢力だ? 

 

「ふっ 一足遅かったか……と言いたいところだが、その言葉を信用出来るとでも? 生憎と簡単に退ける立場ではないのだよ」

 

「……そうか」

 

 するとラスプーチンは太極拳の構えを取った。対するセイバーは左手の長銃をしまい、大剣を両手に持つ。

 

「ならば憐れなる者よ、せめてもの救いがあらんことを」

 

 撫でるように刀身に触れ、そしてその仮初の姿は解き放たれる。

 

「__! これは……」

 

 武骨な大剣から一転。水晶のような美しい青色に輝く巨大な刀身が姿を現した。

 

 その光は正しく__。

 

「我が師、導きの月光よ__」

 

 __“聖剣”。

 

 かの騎士王が振るうそれとは似ても似つかなかったが、それはそう呼ぶに相応しかった。神々しくも禍々しいその剣にラスプーチンは思わず見惚れ、引き込まれそうになる。

 

「なっ__」

 

 その月の光は魔力であり、神秘であり、そして宇宙の深淵とも言うべきものだった。

 

 セイバーは無造作にそれを振り下ろし、それだけで月光は津波が如き奔流となってラスプーチンを呑み込んだ。

 

「……ふむ、逃げたか」

 

 抉れた大地だけが残る。セイバーはその身に血の遺志が宿らぬのを確認し、ラスプーチンの生存と逃亡を察した。

 

 追撃することは容易いが、それはしなかった。あの神父もまた計画に必要な手駒……今の一撃で仕留められなければ見逃すつもりであった。

 

「けれど、我が師を見せたのだ。いつかは上位者諸とも狩らせてもらおう……」

 

 そう言ってセイバーは次の仕事の為に漂白された大地を歩き出す。

 

「__む?」

 

 その時、懐かしい気配を感じ取る。それはあの悪夢の中、醜い獣と成り果て死体溜まりを彷徨っていた己の首をはねた者と同一のものだった。

 

 つまり彼が、夢から這い出て、この地に降り立ったことを意味していた。

 

「ああ……やっと来たか、待ち侘びたぞ。優しき狩人よ」

 

 気配は降臨すると同時に消えた。しかし、セイバーが感じ取れたのだ。そう遠くには居ないはず。となれば高い確率で次の行く先で遭遇するだろう。

 

「少し急ぐか。先を越されてしまうかもしれん……そうなれば、マスターは驚くだろうか? いや、きっと楽しげに笑うだろうな」

 

 セイバーは微笑を浮かべ、道無き道を進む。

 

 目指すは視線の先に見える嵐の壁……女神が統治する、北欧異聞帯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カドックは困惑していた。

 

 夢から目覚めると見知らぬ牢屋にぶち込まれていたのだから当然だろう。

 

「ここは……?」

 

 意識を失う前、自分はロシアでカルデアと戦っていたはず……しかし、ここはカルデアの監禁部屋には到底見えない。

 

 では、ここはどこか。見たところ中世を思わせる牢獄であり、周囲からは呻き声や壁を殴るような音が聴こえてくる。自分以外にも囚われてる者が居るようだ。

 

「おい……誰か居るのか……?」

 

 問いかけるも返答は無い。

 

「くそっ……何がどうなってるんだ……」

 

 悪態をつくカドック。それは当然の反応と言えよう。カルデアに敗北し、アナスタシアの約束を破ってまで一矢報いようとしたのに何かの横槍で気絶し、訳の分からない夢から覚めてみればこんな所に居たのだ。幾分か落ち着きを取り戻したとはいえ苛立ちがかなり蓄積されていた。

 

「……とりあえず牢屋から出るか」

 

 幸いにも手錠や枷は付けられておらず、魔術も問題無く行使できる状態だった。鉄格子も魔術的な細工がされている訳でもなく、むしろ長い間放置されていたのか錆び付いて劣化している。

 

 脱出は容易。そう判断してカドックは魔術を使用し、鉄格子を破壊しようとした。

 

「……何?」

 

 しかし、鉄格子には傷一つ付かなかった。例え新品の鋼鉄製であろうと問題無く破壊できるはずだ。ならばとより強力な魔術を使用しても、鉄格子が壊れることはなかった。

 

 馬鹿なとカドックは目を見開く。

 

「君じゃそれは壊せないよ。この世界の物質は、汎人類史の物質よりも遥かに頑丈だからね」

 

 すると背後から声をかけられ、びくりと震える。透き通るような女の声。カドックはこの声に聞き覚えがあった。つい先程まで見ていた夢の中で語りかけてきた“花の魔術師”と同じ声なのである。

 

「やぁ、目が覚めたようだね」

 

「っ……アンタが、マーリ__は?」

 

 振り返り、カドックは絶句した。

 

 そこに居たのは、白いローブを纏った人物。体つきから女性だということが分かる。派手な装飾の長杖を持ち、足下には花が咲き誇っていた。

 

 しかし、問題はその頭部。顔全体に身長の半分はあると思われる黄色のターバンが竜巻のように巻かれていたのだ。

 

「ああ。この姿については気にしないでくれ。言ったろう? 変なのに取り憑かれてるって」

 

 黄衣の魔術師はそう言って笑う。

 

「__それよりも、君のこれからについて話をしよう。あまり時間が無いから手短に話すよ」

 

「……いや、スルー出来る案件ではないんだが」

 

 カドックは突っ込みを入れたくてしょうがないといった様子だったが、彼女は余程触れられたくないのかそれを無視して話を続ける。

 

「いきなりですまないが、カドック。君にはロードランを巡礼してもらう」

 

「……は?」

 

 __そして、新たな旅が始まろうとしていた。




月光のセイバー……一体誰なんだ

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