「純那ちゃん今日も遅くまで勉強?」
「ええ、もう少し詰めたいの。ななは先に寝てて。」
「うん。おやすみ純那ちゃん。」
そう言うと私のルームメイト大場ななはベッドへ行くのではなくこっそりと無駄な物音を立てないように部屋を出た。向かう先は台所だろう、彼女が私に気づかれないように部屋を出たときはいつだってそうだった。
「頑張る純那ちゃんに差し入れっ、ばなな特製ホットバナナミルクでーす♪」
戻ってきた彼女の両手には黄色と水色のカエル柄で揃えた2つのマグカップ。甘い匂いと仄かなな湯気がたっている。
「きゃっ」
ななが何かに躓き声を上げ、体のバランスを崩す。そのまま私のベッドに勢いよく尻餅をつく。
「なな!大丈夫?怪我はない?」
ぎゅっと両手にマグカップを握り続ける彼女に慌てて駆け寄る。
「うん...あっこれ...ごめんなさい...」
半ば放心状態の彼女はベッドの上に撒き散らしてしまった液体を指し、沈んだ顔つきになってしまう。
「そんなのいいのよ」
「でも...」
「それじゃあ一緒に片付けましょ?」
片付けを終え少し冷めてしまったこぼれきらなかった分のバナナミルクを2人で飲み干し消灯時間を迎える。
私のベッドは未だ乾ききるどころかしっかりと湿っていてとても寝れそうになかった。
そんなところを見られたのだろうか、ルームメイトから恐る恐る声がかかる
「ねぇ純那ちゃん。」
「どうしたのなな?」
「今日だけこっちで寝ない?」
普段ななが寝るベッドを指しながら私に気を使ってくれる。
「私がななのベッドで寝たらななはどこで寝るのよ。」
「んー...机?」
「もっとダメよ、それなら私が机で」
「でも...」
お互い気を使いあいこのままでは埒が明かないので思いきった提案をする。
「それなら...なな、ななのベッドに2人で寝ましょ」
なながどうしても他のところで寝ると言って聞かなかったので私はついこんな提案を出してしまった。
「えっいいの?」
手応えあり。ななをどこかに行かせないためにも畳み掛ける。
「ええ、ななと一緒に寝たいの。」
言い切ってから少々恥ずかしくなり顔が赤くなりそうになるが全力で抑える。そう、これはななのためよと自分に言い聞かせる。
「純那ちゃん...でも私...純那ちゃんのこと、ベッドから落としちゃいそうだから...」
ななの寝相はだいぶ酷い、悪いを通り越して酷いのだ。それでもせっかく掴んだチャンスの星をそう易々っと手放しはしない。思考を巡らせななを引き止める次の一手。
「それなら私が壁側でななは外側、そうすればななが私のことを落とすかもしれないという心配はなくなるわ。」
我ながら素晴らしい案ではないだろうか。ドヤ顔が少し表に出てしまった気がしなくもないが手応えは確かにあった。
「ホント?いいの?」
「ええ、私がそうしたいの。」
「ごめんね、純那ちゃん。ありがとう。」
ななと同じ部屋で毎日を過ごしていたけど同じベッドで寝るのは初めてだった。背が高く手足がスラっとしているのは知っていたしよく見てたはずなのに並んでみると改めて実感する。
ななは私を蹴るまいと背を向けるために普段と違う方向を向いて寝息を立てている。私も明日の朝のことを考え目を瞑り眠りへ落ちていく。
体に何か重たい物に押され、ふと目が開く。ななが私の上に乗るように寝ていた。
このときこの配置の欠陥に気がついてしまった、いま私は壁とななに挟まれ身動きが取れなくなってしまっている。なんとかななを退かせようと試みるも離れてくれない。ごめんなさいなな、と心の中で謝りそっと寝返りを促すように転がす。
ななが転がった分のスペースに寝る、今度は失敗を生かし壁際に寄りすぎない位置を見定めた、すると再びななは寝返りをうち完全に覆いかぶさられる。
「ええっちょっとなな!?」
上を取られ、ななにギュッと抱きしめられる。悪い気はしないむしろ嬉しいとかじゃなくて!
「えへへ...純那ちゃん」
耳元で呼ばれる、なな?と聞き返すも返事の変わりに寝息だけが返ってくる。私は諦めこのまま目を閉じると耳元にななの吐息が触れる。ぞくっと身体が震えると眠れないことを悟る。首を傾け吐息をかわすとななは私の首筋に狙いをかえ吐息で気を引く。
口を大きく開き、どうして脱げたのかわからないパーカーと腹部を覆いきれず少し捲れたキャミソール。薄暗い部屋でもわかる綺麗な肌、しなやかに伸びる腕、鼻をくすぐるバナナ色の髪...
なんてことをぼんやり彼女を見つめながら考えていると不定期な寝返りの時間がやってきた。
私を通り越えななが壁側まで転がるように寝返りをうち大胆に移動する。
開放された私はななの捲れたお腹の部分を直す、手遅れかもしれないけど。時間を確認するともうすぐ5時を迎える、今からは流石に眠れない。
静かに起き上がろうとすると眠っているはずのななの手が私の肩にかけられる。もう起こしてしまってもいいかしら。
「なな、起きて。もう朝よ。」
私は寝転がったまま隣のななに呼びかける。するとゆっくりと瞼が持ち上がり綺麗な翡翠色の瞳が顔を出す。
「...んっ...純那ちゃん...?」
半ば夢うつつな声に呼ばれる。
「ええ、そうよ。おはよ、なな。」
手を伸ばし彼女の頭を撫で、優しく髪に触れる。
いつもなら届かないのに今ならこんなにも近くにあって簡単に触れられる。
「...ふふっ...こんなのはじめて...♪」
ぱちくりと瞬きを繰り返した後くすぐるように笑う。
笑われふと我にかえると緩み切った口元に気が付く。
慌てて口元を隠し反対側に転がる。するとななが背中にぴとっとくっつくように擦り寄る。
「ごめんね純那ちゃん、可笑しいんじゃなくて...嬉しかったの。笑っちゃったりしてごめんね?」
「ううん、少し恥ずかしくなっただけだから...」
振り返らず背中のななに向け弁明する。壁にかけられた時計を流し目で確認する、もうしばらくこのままでも許されるほどの時間は残されている。
「もう少しだけ..いいかしら?」
私の腕はななの頭へ手を半分ほど伸ばし止まる。するとななは頭を差し出す
「わぁ...もちろん♪」
完全に油断した。
私もななも夢中になり保険にかけていた最後のアラームが鳴り響くまで時間のことを忘れ切っていた。幸いにも2人とも日直ではない、それでも学級委員長が遅刻しそうになり走るなんて。
息をきらし朝のレッスンルームの前に辿りつく。
深呼吸。息を整えて扉を開く。
「出席番号25番、星見純那入ります。」「出席番号15番、大場なな入ります。」
扉の先にはみんなが個人であったりペアでレッスンしていた。そんな中から王冠の髪留めが特徴的な彼女から大きく手を振りながら呼ばれ、こちらへ駆け寄る。
「じゅんじゅん〜ばなな〜おはよ〜!」
「華恋、おはよう。」「華恋ちゃん、おはよう〜。」
「ん?あれれ?」
不思議そうに首を傾げる華恋。
「じゅんじゅんからばななの匂いがしてばななからじゅんじゅんの匂いがする〜?」
両手で頭を抱えながら全身でわからないことを表現する。
「なっ...
顔が熱くなっているのが自分でもわかる。私ってほんと顔に出やすい。
「ふふっ...うんうん、いいと思いまーす♪」