甲子園の空は、ただ蒼く。   作:高任斎

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これも……最近では問題視されるプレイかもしれません。

個人的には、私は2塁ランナーになるのがすごく嫌でした。
やることは多いし、プレッシャーはきついし、足は遅いし。(笑)

しかし、昭和の時代の少年野球とか中学軟式って、『ランナー』が投手に向かって『リーリー』とか、パンパン手を叩いて挑発しまくってたんですよねぇ。(遠い目)
ベンチからも、ランナーコーチも、投球中に大声上げたり、物音立てたり、ヤジ飛ばしたり、投手に向かって全員攻撃ですよ。(ルール違反です)
あれを経験してると、よっぽどのことじゃない限りマウンドで動揺なんかしませんわ。


準決勝:語られない攻防。

 快音が響く。

 

 左中間に飛んだ打球。

 きわどい。

 

 観客席からの歓声。

 ベンチからの、声。

 

 後押しなんて信じない。

 

 手を伸ばすレフトのグローブをかすめて、白球が弾んだ。

 

 

「正木ぃ!」

「ハイ!」

 

 短いやり取り。

 監督との阿吽の呼吸。

 

 その、阿吽の呼吸になってしまったことに、正直、忸怩たる思いを感じている。

 

 8回裏。

 スコアは1対1。

 

 2アウトから長打が飛び出した。

 左中間を破るツーベースヒット。

 

 チャンスだ。

 ここで点を取って、9回表の敵の攻撃を抑えれば勝てる。

 

 代走として、俺はベンチから飛び出す。

 1ヒットで、あるいは1つのエラーでホームを狙う。

 

 守備はそこそこ。

 打撃もそこそこ。

 足は速い方。

 そして、走塁は上手い……と思う。

 

 レギュラーメンバーではなくとも、こうして出番があるだけ……俺は恵まれている。

 

 地区予選から、この甲子園の準決勝まで……俺の出場機会は3回で、これが4度目。

 過去の3回は、守備にはつけなかった。

 代走のみの出番だ。

 

 ただ、3回の内2回はホームを踏んだ。

 甲子園の1回戦では、サヨナラ勝ちを決めた走者になった。

 

 たぶん、俺の実力そのものより、ゲン担ぎみたいな面が強いと思う。

 

 それでも、ベンチから試合を眺める俺の視線は、思考は、代走をするためのモノになりつつある。

 

 内野の守備位置。

 外野の肩の強さ。

 

 相手投手の癖とか、捕手のリードの傾向とか、そういうことに向ける意識が薄れつつある。

 レギュラーを目指すならば、良くない傾向だ。

 代打にもなれない。

 

 2塁ベースの上に立ち、息を吐いて空を見上げた。

 

 考えなきゃいけないことは多い。

 それでも、今はただホームに戻ることだけを考えるべきだ。

 

 2アウト2塁。

 この状況だと、ベンチからサインが出ることはほとんどない。

 出るとしたら、盗塁とエンドラン。

 その程度。

 

 

 プレイが再開される。

 

 塁から離れる。

 2アウトだから、打った瞬間に無条件でゴーだ。

   

 ショートが、セカンドが、俺のリードを少しでも減らすように、スタートを切りにくくするために、交互に牽制してくる。

 

 投手の牽制が入り、帰塁する。

 息を吐き、センターおよび、外野の位置を再確認する。

 

 ショートとセカンドを気にしすぎると、センターがベースカバーに入ってくる……なんて可能性もある。

 リスクの高いプレイではあるが、地区予選と違って、甲子園の歓声がランナーコーチの声をかき消してしまい、走者がそれに気づくのが遅れる可能性が高いからだ。

 

 正直、1回戦で代走に出たときは、その感覚に驚いた。

 仲間の声が聞こえない。

 足音や、気配のようなものが感じ取れない。

 

 もちろん、自身の緊張もあったとは思うが……地区予選の観客席の応援と、甲子園のそれは完全に別物だと実感した。

 

 それは当然、守備における指示の声にも同じことが言えるんだろうが……俺にはまだそれを知る機会がない。

 

 皮肉なものだと思う。

 歓声が、仲間の声を断ち切る。

 選手たちを応援する声が、選手たちを孤独に誘う。

 

 練習を信じる。

 仲間を信じる。

 

 たぶん、甲子園であろうと練習通りにってのは……そういうことなんだろう。

 

 声が聞こえなくても、そこにいる。

 練習で積み重ねた連携を信じる。

 

 特別なことはしなくていい。

 むしろ、特別なことをしてはいけない。

 

 練習とは違うことをやった瞬間に、本当の意味で1人きりになる。

 

 それでも、仲間の声で支えられていたものを、自分でやる必要はある。

 

 練習通りに。

 練習とは違うことをする。

 矛盾だらけだ。

 

 使い古された言葉が、頭をよぎる。

 

 甲子園には魔物が住む。

 

 

 もう一度状況を確認する。

 

 8回裏の攻撃。

 2アウト2塁。

 スコアは1対1。

 

 攻撃でミスをしても負けるわけじゃない。

 走塁でミスをしても負けるわけじゃない。

 

 しかし、この状況で俺がミスをすると……それは、9回表の相手の攻撃に勢いをつけることになる。

 

 俺のミスは、勝負の天秤を負けに傾ける。

 

 ユニフォームの胸の部分。

 縫いつけられたお守りを、強く、強く握りしめ……俺は、静かに塁を離れた。

 

 リードを取りながら、足元をスパイクの刃で掘り返す。

 いつでもスタートを切れるように。

 

 そして。

 

 少しでもイレギュラーバウンドが起きる可能性を高めるために。

 

 地面を掘り起こし、上に砂をかぶせる。

 

 柔らかい場所。

 固い場所。

 それをランダムに作っていく。

 

 内野全体で見れば、ほんのわずかなスペース。

 ショートの守備範囲で見ても、ほんの少しの割合。

 

 それでも、何でもないゴロがバウンドせずに滑ったり、別の方向に跳ねたり、ショートが足を滑らせる可能性にだってつながる。

 

 練習と同じ。

 こうしたほんの少しの積み重ねが、勝利を手繰り寄せる。

 

 ショートが俺の背後を走る。

 それに合わせて、2塁ベースに身体を寄せる。

 

 ベースの手前で切り返したショートが、俺の目の前を通って視界をふさいだ。

 

 意識の空白。

 

 慌てて滑り込む。

 

 投手の牽制。

 それをセカンドが捕球し、滑り込んだ俺の手にタッチする。

 

 きわどい。

 しかし、先にベースに触れた。

 

 ただ、審判がアウトと言えばそれで終わり。

 

 セーフのコール。

 息を吐く。

 

 ショートに気を取られ過ぎた。

 

 心が浮ついているのがわかる。

 

 緊張。

 プレッシャー。

 

 自分が苦しい時は、相手も苦しい。

 

 息を吐く。

 

 相手も同じ。

 何としてでも、俺を2塁にくぎ付けにしておきたい。

 

 2アウト2塁。

 1ヒットでホームに突入のケース。

 

 俺が一歩リードを大きくとれば、それは相手チームの負けに一歩近づく。

 

 ほんの一歩。

 わずかな距離の差が、アウトとセーフをわけるかもしれない。

 

 もう一度、胸のお守りを握りしめた。

 

 牽制が激しいってことは、投球を考えていないってことだ。

 いざ打者に投げた時、ショートの守備位置がぽっかり空いていたら、ザルなんてものじゃすまない。

 

 ……わざと穴を作って、そこを狙わせていつもの打撃をできなくするなんて駆け引きもあるが、走者の俺が考えることじゃない。

 俺は、俺にできることをやるしかない。

 

 少しでも守備陣に、投手にプレッシャーを与えていく。

 牽制を考えさせ、打者への集中力を削っていく。

 

 走者にできる、打者への援護。

 

 ボールが投手に返ったのを確認してから、ベースを離れた。

 そしてまた、地道に地面を掘り返していく。

 

 ショートが、セカンドが、アメリカンクラッカーの様に、俺を牽制しては離れていく。

 

 俺も、小刻みに反応しながら、リードを広げたり、狭めたりして、プレッシャーをかけていく。

 

 ヒットだけじゃなく、1つのエラーが、チームの敗戦へにつながる。

 

 少し、リードを狭めた。

 

 気合を入れる動作。

 そう見せかけて、右手で太腿を叩いて音を出す。

 

 この声援の中じゃ聞こえないか。

 それでも、叩く。

 

 音の出る位置を変えて、投手に聞かせる。

 走者の位置を、音で知らせていく。

 

 リードが広がった。

 狭くなった。

 

 そうやって、投手の意識を走者である俺の方に引き付けていく。

 

 同時に。

 セカンドが。

 ショートが。

 

 投手を守るように、走者の俺に圧力をかけてくる。

 

 長い間合い。

 

 ショートが、俺の斜め後ろで止まる。

 動かない。

 

 嫌でも、その存在を意識してしまう。

 しかし、意識しすぎるとまたやられる。

 

 足元に砂をかけられた。

 その感触に、かすかにふくらはぎが震えた。

 

 スパイクで蹴るようにして、2度、3度と、足に砂をひっかけて、俺の気を散らしに来る。

 

 落ち着け。

 わかってはいても、直接身体に伝わる感覚は……強い。

 

 集中が乱れる。

 牽制への警戒。

 

 セカンドが、俺の視界から消えた。

 そちらを見る。

 

 後ろに下がっただけ。

 セカンドが、俺を見てにやりと笑う。

 

 俺の視界の範囲を探られた。

 唇を噛む。

 

 凡ミスだ。

 顔を動かしたせいで、それがばれた。

 

 セカンドが投手に近づきながら声をかけた。

 投手が、セットポジションを外す。

 

 俺もベースに戻り、落ち着こうと試みる。

 

 じりじりするような時間のかけ方。

 試合の行方を決める重要な場面。

 それが当然。

 

 また、外野の位置を確認する。

 本来は、ランナーコーチに任せる部分だが……自分の目で見ておく。

 

 セカンドが投手に向かって声をかけ、ショートにサインを送っている。

 

 俺は、横目で相手チームの捕手の様子を確認した。

 ウチのチームのベンチを見ている。

 

 ……なら、ブラフか。

 走者を殺すための2塁牽制は、大抵捕手がサインを出す。

 

 セカンドやショート、そして投手だけで決める牽制は、前もって時間を決めてのモノがほとんどだ。

 ただ、全員が同じ数を数えても、わずかにスレがでるリスクがある。

 

 

 また、投手がセットポジションに入った。

 

 リードをとる。

 少しでも、投手にプレッシャーをかける。

 

 さっきからずっと、ショートは俺の斜め後ろにいる。

 そして、同じようなリズムで繰り返し砂をかけてくる。

 

 蹴り返したくなるが我慢だ。

 

 ……いや、集中だ。

 

 捕手が、外角に構える。

 さりげなく、ライトの守備位置を確認。

 

 投げるコースから打球が飛ぶ方角を予想してチェックするのは当たり前のことなんだが、最近は特にサイン盗みがどうこうとうるさいからだ。

 こんな当たり前のことでも、『打者に合図を送った』などと騒ぎ立てる連中がいる。

 そもそも、捕手の気配と言うか、どっちに構えてるかなんて、捕手の近くにいる打者ならほとんどわかる。

 

 投手がモーションに入った。

 

 リードを広げる。

 

 打者のスイング。

 タイミングは合ってる。

 

 息を止め、重心を沈める。

 

 気を付けるのは、空振りからの捕手の牽制。

 

 真後ろへのファール。

 

 息を吐き、2塁に戻った。

 

 

 ベンチに視線を向ける。

 サインはない。

 

 打者は打つだけ。

 俺はホームを目指すだけ。

 

 1ストライクか。

 しかし、タイミングは合ってた。

 

 次は速球か。

 変化球か。

 

 それによって、スタートのタイミングが変わってくる。

 

 

 リードをとる。

 じりじりと広げていく。

 

 ショートは動かない。

 相変わらず、俺の斜め後ろにいる。

 

 しかし、セカンドが小刻みに牽制してくる。

 横の動きは少ない。

 そして、後ろに動いて、俺の視界から外れようとする。

 

 投手の動き。

 斜め後ろのショートの気配。

 そして、視界ギリギリでセカンドが動く。

 

 やることが多すぎる。

 全てに集中するのは無理。

 

 バランスよく、メインを投手に、集中を振り分ける。

 

 ショートも、セカンドも。

 守備位置を大きく外れないまま、俺に圧力をかけている。

 

 打者への投球を思わせる動きだが……何か気になる。

 怪しい。

 

 ……ん?

 

 勘というか、気まぐれのようなモノ。

 味方のベンチに視線を向けた。

 

 俺を指さしている。

 

 なんだ?

 

 投手。

 牽制の動きに入った。

 

 おい、ショートもセカンドも、ベースカバーには……。

 

 その意識が、俺の動きを緩慢にさせた。

 

 2塁を振り返るその動き。

 視界に飛び込んできたのは、ベースカバーに入るセンターだった。

 

 やられた。

 間に合わない。

 

 それを理解した瞬間、俺はそのまま回転して3塁に向かってスタートを切った。

 ギャンブルだ。

 

 センターが慌てて3塁に送球するか。

 それとも落ち着いて、アウトのタイミングまで待って3塁に送球するか。

 

 前者なら、間髪入れずの2塁へのターンで生還の目が出る。

 後者なら、送球を邪魔するように3塁に突入するしかない。

 

 時間はない。

 選べ。

 

 決めた。

 

 その瞬間。

 

 3塁のランナーコーチが目に入った。

 手を回している。

 

 何だ?

 何が起こった?

 

 理解できないまま、しかし、俺は止まりかけた体勢から再加速する。

 そのまま3塁を蹴った。

 

 ホームに向かう。

 相手の捕手が、呆然とセンター方向を見ている。

 

 つい、そちらに視線を向けたくなる。

 しかし、ブラフの可能性がある。

 

 紅白戦で先輩のそれに引っかかり、余裕でセーフと思って速度を緩めて殺された記憶が蘇る。

 

 走り続ける。

 全力だ。

 

 10メートル。

 5メートル。

 

 打者による、スライディングの指示はない。

 

 そのまま。

 駆け抜けろ。

 

 ホームベース。

 

 今。

 

 駆け抜けた。

 

 ネクストバッターサークルの先輩に飛びつかれた。

 頭をバシバシ叩かれる。

 

 ベンチに戻ると、監督に、先輩に、バシバシ叩かれた。

 尻を蹴られたような気もする。

 

 

 そのとき何が起こったのか。

 俺が全て……というか、一連の流れを理解したのは、試合が終わってからだった。

 

 

 センターが2塁のべースカバーに入るトリックプレイ。

 投手がボールを投げる瞬間、3塁に向かって走り出した俺を見て、手元を狂わせたらしい。

 

 誰もいないセンターの守備位置に向かって転がっていくボール。

 呆然とそれを見つめる捕手の姿。

 どこか滑稽な感じにホームを駆け抜ける俺の姿。

 

 テレビで、その光景が何度も流されていた。

 

 

 

 ……まあ、結果オーライとはいえ、俺のミスには変わりない。

 だからこうして、正座で監督の説教を受けている。

 

 正座って、野球選手にはよくないんじゃなかったんでしたっけ?

 

 

 明日は決勝だが……俺の出番、あるかなあ?




牽制で刺されてベンチに戻る……そんなラストも考えたんですが、こういう幕切れもいいかなと。
最初は2ランスクイズの走者目線とか、キャッチャーフライで本塁突入タッチアップとか書こうと思ったんですが、それは記事になるパターンや、と。
ごく当たり前の、セカンドランナーに対する守備のプレッシャーを走者目線で読み手に味わってもらうところに落ち着きました。

個人的には、『少しでもイレギュラーバウンドが起きる可能性を高めるために』とか、『こうしたほんの少しの積み重ねが、勝利を手繰り寄せる』という部分でクスリと笑って欲しいなと思います。
そして、経験者は思い当たる部分が多すぎて苦笑を浮かべる、とかそんな感じで。

ちなみに、ショートが砂をぶっかけるのは反則です。
土くれなどで、選手のプレイを阻害する行為の禁止ってのがあります……まあ、本来は地面をける音でランナーの気を引くってのが始まりだったっぽいですけどね。
甲子園の歓声だと、そういう音がかき消されるってことで、砂をぶっかけて気を逸らすという行為に発展したっぽいです。
それが広がって、地方でも使われ始めて……という経緯だったらしいですが、初めてやられた人間は、いきなり慣れてない感覚が足元を襲ったらびっくりしてそっちを見るよねって話です。
当然、そのタイミングに合わせて投手がクイック牽制をできなきゃ無意味ですので、牽制の技術が軽視されつつある現代では、こういう走者の気を引く技術そのものが廃れていく流れなんでしょう。
ただ、そういう行為が当たり前になってくると、今度は走者がなれてしまって……『走者をイラつかせて平常心を失わせる』ことがメインになってくるわけです。
もちろん、砂をかけること自体は反則ですけど、水掛け論ならぬ砂かけ論で、昔のカメラの性能じゃあどうにもなりません。(笑)
なので、カメラの性能が上がり、スーパースローなんかが導入されはじめると……消えていくしかない技術でしたね、と。

足元を掘りかえすのはいいのかって?
これは、足場をならしているだけです。(目逸らし)
2アウト1、2塁の時、わりと1塁ランナーが露骨に足場を掘り返すケースが多いので、興味があれば注目してください。(プロはやりません)
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