僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#10 動き出す

 

 

 

 

 とある箱がある。

 

 それは学校で最も生徒たちの往来が激しい場所、すなわち出入口の正面にある掲示板の前に置かれ、行き交う生徒たちは物珍しげに箱を見つつも、掲示板に貼られた告知と説明にへぇ~! と声を出すと通り過ぎて行く。

 

 文面はこうだ。

 

『スクールアイドル始めました! 来る4/21、放課後、講堂にてライブやります! 皆さん是非来てください!』

 そしてその下に、

『追伸 グループ名とメンバーも募集してます!! 名案ある方、希望者はぜひこの箱にお願いします!!』

 

 色とりどりのマーカーで彩られ過ぎてサイケ成分の入ったそれに、目を輝かせている少女がいる。大半の人間は二言三言コメントするだけですぐ立ち去るというのに、彼女の足は釘付けされたかのように動かなかった。

 

「――何よ、これ」

 しかし、背後からの不機嫌そうな声に驚き、つい場所をゆずってしまう。

 

「あ、えと……スクールアイドルみたい、です、ね」

 どもりながらも彼女は声の主が、リボンの色を見る限り3年生の先輩であることを知る。

 黒髪のツインテールが小柄な身体と相まってあどけなさを演出しており、最初はてっきり同学年くらいかと思ったが、違うらしい。

 

「……ナメてるわね」

 吐き捨てるようにこぼすと、大股ですぐに行ってしまった。

 

 事情はよくわからないが怒っていたようだ。ふぅと息を吐き、もう一度見直そうと思って近づくと、

 

「――何これ」

 ほぼ同じ言葉にまた同様のリアクションをした彼女も、今度の声の主は知っている顔だった。

 

「あ、あのっ、おはよう、ございます。この間はごめんなさい!」

 

「え? ええと、アナタ……?」

 怪訝そうな顔を浮かべたのは、西木野真姫――彼女のクラスメイトだ。

 

「お、同じクラスの、こ、小泉(こいずみ)、は、花陽(はなよ)です。お、おはよっ、ございます!」

「え、ええおはよう……小泉さん、この間はごめんなさいって、どういう意味?」

 挨拶と同時に謝るという器用なんだか不器用なんだかわからない、花陽と名乗ったクラスメイトの少女に真姫は聞き返す。

 

「えと、この前、A-RISEのアルバムの初回版をお、男の人と取り合ってました、よね?」

 そこまで言うと、真姫はう”ぇっと動揺したが、すぐに瞑目し自分の髪をくるくると指で遊ぶと、やがて思い出したのか、

 

「アナタもしかして、あの時、私の方が取ったの早かったって言ってくれた人?」

「は、はい、あの時は、驚いてすぐ走り去っちゃって、ご、ごめんなさい」

 

 頭を下げる花陽に、真姫もすぐに気づかなかったのを謝罪する。

 

「いえっ、いえいえ、とんでもないです。あの、それで、ですね、えっとぉ……」

 

 もじもじして用件を切り出せないでいる花陽が、ようやく意を決した時、

 

「かっよちーん!」

 

 それは三度背後から。いきなり抱きつかれ、たじろいでしまう。

 

「わっわわ!? 凛ちゃん!?」

「おっはよー!! かよちんは今日もすっごくかわいいにゃー♪」

「お、おはよう。そんなことないよ、私は別に、か、かわいくなんかないよ……」

 

 謙遜というよりか、自分を卑下しようとする花陽に――星空(ほしぞら)(りん)はくっついていた背中からはがれて、

 

「もぉ、ダメだよ。かよちんはすっごくかわいいって凛は昔から知ってるんだから。もっと自信を持たなきゃ!!」

「で、でも、それなら凛ちゃんの方が……」

「えー、凛!? 凛は、全然女の子っぽくないから、かわいくなんかないよ、きっと」

 

 通り過ぎる生徒たちから微笑ましい視線を向けられているのに気づかず、互いに否定し合っていると、ふと花陽が、

「あ、あれ……?」

 

 さっきまでそこにいたはずの真姫の姿がない。

 

「どうしたの?」

「に、西木野さん、は……?」

「西木野さんなら、さっき『じゃ、私はこれで』って言って、行っちゃったよ?」

「え、そうなのぉ!?」

 

 せっかくお話できるチャンスだったのに……と肩を落とす花陽を慰めながら、凛も極彩色の掲示板の告知を発見する。

 

「スクール、あい、どる……? これって、かよちんの大好きなアレ?」

 

 物珍しそうに言う凛に花陽は頷き、ずれたメガネを直す。

 

「うん、そうだよ。うちの学校でも、先輩方が始められたみたいなんだよ!!」

 

 アイドル関係の事となると、水を得た魚はかくのごとしとばかりに、目を輝かせ、どもることなくまくし立てる花陽の姿は昔からあまり変わらない。

 普段はあまり積極的ではなく引っ込み思案と他のみんなからは言われているが、それは奥ゆかしくて優しい性格の裏返しであると凛は知っている。一方で、アイドルに憧れ、グッズを集めたりライブに参加して、自分でも振り付けをこっそり練習したりしている一面があることもまた知っている。そのどちらも星空凛の親友である小泉花陽なのだ。だから、

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃ~♪」

 

 結局、チャイムがなるまで花陽の弁舌は止まらず、また凛も嬉しそうに聞いていたせいで、二人で仲良く教室に駆け込むはめになった。

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「はよーっす」

 教室に入ってくるなり、逸太は挨拶もそこそこに俺の隣までやってきた。ニヤニヤしていることに俺は口をへの字にしながらも続く言葉を待つ。

 

「いやーどうだったよ? 良かっただろA-RISE」

 

 まぁ当然訊くよなそこは……どう答えるべきか、今に至るまで結構迷ったのだが、

 

「すまん。ちょっと事情があって知り合いにチケットゆずっちゃったんだ。だから俺は行けてないんだよ」

 

 頭を下げ、正直に謝る。チョップの一二発は覚悟してたが、

 

「んー、そっか。ま、お前にあげたもんだし好きにしてくれていいさ」

 

 思いの外寛容だった逸太の額に、俺は溢れ出そうな涙を抑える――演技をしながら、非常時に備え机に入れっぱなしだった、ぴた冷えを貼ってやった。

 

「あ、冷たくて気持ち――じゃねーよ! 何すんだ!!」

「いや、寛大過ぎたから、熱あんのかなって」

「ある訳ないだろ!」

「じゃ俺の気持ちだ、取っとけ」

「えらく冷てーなあァ、オイ!」

 

 だが、ちゃんとぴた冷えを取らないあたり、よくわかっている逸太である。今度1食何かおごってやるしかない……ブッタメンでいいかな。

 

「ったく……ゆずったのはいいんだが、そのゆずった人たちはある意味ラッキーだったな」

「ん? なんで?」

「いや、まぁ人づてに聞いたんだが、無名のスクールアイドルがA-RISEに対して、あのライブで宣戦布告したらしい」

 

 胃をわし掴みにされた気分だった。いや心当たりなんてまったく全然ちっともないんだけどね。

 

「へ、へえ、そりゃまた随分な事を……良ければ詳しく聞かせてくれよ」

「俺よりもその場にいた知り合いとやらに聞いた方がいいと思うぜ?」

 いや、そんなおっそろしい真似、俺には出来る気がしませんて。

 

 そうして語る逸太の話から、昨日知ることの出来なかったライブの詳細を把握することが出来た。

 穂乃果の奴め、かなりかっちょよくてクサい発言をあろう事か天下のA-RISEにかましたらしい。よくもまぁ西木野さんは耐え切れたものだ、俺だったら死んだふりしてる。

 

「で、その無名のスクールアイドルなんだが、どうやらあそこの学校……えっと」

「音ノ木坂」

「おっ、そうそう。音ノ木坂学院の子らしい」

 うん、知ってる。残念ながらガキの頃から。

 

 げんなりした顔になるも、俺は逸太の話の続きに耳を傾けざるを得ない。

 なんでも、スクールアイドルの公式総合ポータルサイト『G's station』通称Gステなるものがあるのだとか。そこには全国のスクールアイドルたちのランキングがあったりとか、公式ページを持つことが出来たりとか、他にもファンたちの掲示板も用意されているのだという。

 

 要はニュースサイトやSNSなど様々な側面を持つ大人気サイトらしいのだが、

 そこで昨日の珍騒動が、――あれは誰だ、音ノ木坂とか言ってたぞ。と、かなり話題にのぼったらしい。うわぁ知り合いがネットの有名人だーうれしーなー。

 

 あー……というかですね。文字通り無名のスクールアイドル、ってのが恥ずかしいったらありゃしない。海未に尋ねたら、まだ決まってないですとか言ってたし。

 

 この際、俺が命名するか。千代田エンジェルスとか、音ノ木坂ボンバーズとかでいいだろ。とりあえず(仮)をつけときゃなんとかなるたぶん。

 

 俺が一人頭を悩ませていると、会話を聞いてたのか呼んでないのに周りの奴らも集まってきた。朝から誘蛾灯の気分を味わわされるとは、泣きたくなってくる。

 そして始まるアイドル談義。誰ちゃんがかわいすぎる、地上の女神、方言っていいよな、あの曲の歌詞の解釈ってこれだろどう考えても俺のことを歌ってるなどと花を咲かせるのはいいんだが、君たちは蝶ではなく蛾であることをまず理解するべきです。

 

 嘆息した矢先、

 

「いやいや、でもさ、さっき話してた音ノ木坂の子? さすがにA-RISEと張り合おうなんて100年早いわ」

 話の方向性が、変わった。

「つか、あれじゃねーの。ただの売名行為っての?」

「あるいは愉快犯みたいな? プロ顔負けのアライズに対しほんとのシロートだもんなぁ……」

「JKだけに常識的に考えろってか?」

「ハハハハ、なんだそれハハ」

 

 勝手なことを口々に言い出す。

 そう、勝手なことを。

 

「――わかんないだろ」

 

 つい、口を突いた言葉に自分でも驚く。なにしてんだ、どうせこの場だけの与太話なんだ。適当に聞き流しとけばいいだろう。

 

 ただ、伊達や酔狂でいきなり神社の階段を走り始めるだろうか。笑われるに決まってるのにデカ過ぎる目標を大勢の前で口に出来るだろうか。徹夜でビラを大量に刷ってたんだって、今日から配ろうと思ってって、充血した眼をこすりながら笑えるだろうか。

 

 少なくとも俺には出来ない。

 

「……まぁ、たしかにな。実際彗星のごとく現れて人気出るスクールアイドルはあり得るし、その方が面白いんじゃないか」

 

 一瞬、どうした日高は、となった空気を察した逸太が助け船を出してくれた。それに乗っからせてもらう形で、変なこと言ったなと謝り、どうにか立て直す。

 

 普段は気のいい奴らだ。特段尾を引くこともなく、やってきた担任が教壇に上がるタイミングで蜘蛛の子を散らすように各自の席へと帰っていった。

 

 三年目ともなれば、退屈きわまりないHR(ホームルーム)はざわめき混じりのゆるい感じで進行していく。校庭では二年と思しきジャージ姿がだるそうに柔軟をしている。野郎の運動している姿なんて見たくもないので、即座に目をそらし、巻層雲のせいでヴェールがかった空の向こうにUFOでも飛んでないかとぼんやりと見つめていた。

 

 

「――、来週には進路調査票集めるからな。ちゃんと将来を考えて書いとけよ」

 

 そんな担任の言葉はどこかエイリアンの言葉のように聞こえた。

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 放課後。自由だーとスーパーマンのポーズを取っていると、

 今日も今日とて練習をするが、今日はその前に学校でビラ配りをしてから行くから遅れるというメッセージを高坂氏より受け取った。

 

 いやあの、何これ、俺毎回付き添うわけなんすか。その度差し入れとかしてたら腕と足を担保にお金を借りなきゃいけなくなるんですが。

 

 ぼりぼりと頭を掻きつつも、返信する。

『すまん、今日はこれから人と会う予定があるんで、行けないんだ。明日は付き合うから、がんばれよ』

 

 昨日の時点で既に連絡もらってたから仕方ない。それにこちらは事情が事情ということもある。

 

 スマホをしまい、俺は待ち合わせ場所に向かう。彼女の学校の近くだと少々まずいので、そこから離れた大通りに沿った某不動産ビルの前にやってくると、

 

 おっ、いたいた。

 

 そのビルの近くの自動販売機の前でしきりに首を傾げている女の子がいる。セーラー服と背丈からして中学生くらいの子だが、顔立ちは日本人離れした整い方をしていた。

 制服を着てなかったら、日本のカルチャーに戸惑ってる外人さんの図にしか見えないだろう。

 

「やぁ、亜里沙ちゃん。待たせてごめん」

「あ、行人さん!? こんにちは!」

 

 とてとてと走り寄ってくるのは絢瀬(あやせ)亜里沙(ありさ)ちゃん、現在中学三年生。宝石みたいな碧い眼であるとか、俺なら漂白剤使わないとこんなに白くならないだろってぐらい白くてきめ細かい肌、など誉める所を数え上げればキリがない、超かわいい子です。

 

「手は……大丈夫ですか?」

「ああ、何度も言ってるけど、もう大丈夫だよ。先生にもとっくに完治してるって言われてるしね」

 俺は左手を握っては開き握っては開くのを繰り返す。と、不安げな顔から、一転し安堵の息を吐きながら微笑む。これでいい。

 

「何を見てたの?」

 これですと、指差すは自販機の中でも堂々たる存在を誇示する、

「あの、このオデンカンって何ですか?」

「あー、それね、缶の中におでんが入ってるんだよ」

「え、えぇ!? ニホンにはそんなモノまで!?」

 

 ちょうど小腹も空いてたし、まぁいいか。俺は小銭を取り出すと牛すじ入りのおでん缶を購入する。興味津々と顔を近づけてきた彼女に、プルトップを開けて、中身を見せる。

 

「ハ、ハラショー……!」

 

 この新鮮なリアクションは今の我々日本人に欠けているのではないか。その純粋に喜んでいる姿に嬉しくなった俺は思わずちくわを付属の楊枝を使い、どうぞと差し出す。

 俺はそのまま楊枝ごと取ってもらうつもりだったのだが、彼女は、わぁ♪ と喜ぶと、

「はむっ」

 

 この子ってば受け取らず、そのまま食べちゃった。黒ヤギさんかよ。 

 こくんと飲み込むと、

「美味しいですっ」

 

 反則。これ反則よ。なんだこの父性愛をくすぐるような生き物は、パパと呼んでくれ。全身全霊で稼いで一生苦労はさせません。

 

「さぁ、もっとお食べなさい、ほーら、あ――」

「――な、何やってるの?」

 

 振り返れば、亜里沙ちゃんをそのまま成長させたようなブロンドの女子高生がこちらに対し、引きつった笑みを浮かべていた。俺はギギギと音を立てながら、亜里沙ちゃんに首を戻すと、

 

「亜里沙ちゃん……お姉さんも今日は呼んでたのかな?」

「だ、ダメ、でしたか……?」

「いや、そんなことはないんだけどね、ないんだけども……一言欲しかったかな!」

 

 この状況を見たまえ。まるで紳士があどけない少女に食料を分け与えているような状況である。真に清廉潔白な俺であっても、見ようによっては問題行動をしているように捉えられるのではないか。かくなる上は、

 

「やぁ絢瀬……お前さんも、食べる?」

 

 たぶん人生で一二を争うぎこちない笑い方だったはずである。

 

 




2期面白過ぎる

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