僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#14 READY

 

 

 

 向かい合った海未はさながら真剣を正眼に構えているかのような眼差しで、俺を見据えていた。

「うし、じゃ始めるか」

「はいっ」

 

 穂乃果のPCに再生速度を変えられるフリーソフトを導入し、少しテンポを遅くしながら曲を流し作詞を始める。

 まずしなければいけないのは、この曲の構成の把握だろう。西木野さんの声から判断するに、

「最初にイントロがあって、基本的なAメロ、Bメロ、そしてサビを2セット、間奏を挟みCメロから大サビだ」

 これ自体は、ごくオーソドックスなパターンだろう。巷に溢れている様々な曲もこのパターンに則っている場合が非常に多い。

「大サビとかはよく、1番か2番のサビを繰り返したりしていますよね」

「ああ、そうだな。ある意味、そこは楽できる箇所だ」

 鷹揚(おうよう)に頷き、構造の情報の共有が済むと、次いでこの曲で取り扱いたいテーマに話題を移す。だが、その前に、

 

「どういう方向性で行けばいいんでしょうか」

「まぁ待て、最初に言っておく。海未、歌詞を書くのはあくまでお前だ。俺は、もしかしたらアイデアやヒントになるかもしれないから好き勝手言う。だけどそれを採用するもしないのも、実際に書くお前次第だ。それは覚えといてくれ」

「……わかりました」

 

 不安かもしれないが、そこははっきりさせておく。俺はあくまで“手伝う”身だ。共作の形を取る気はさらさらない。それは手伝いの領分を遙かに越えている。過ぎた真似はやってはいけないことであり、やりたくないことでもある。魚の取り方を一緒に調べてやることは出来る、が、魚を取ってやることは出来ないのだ。

 

 海未の理解を得たところで、テーマの問題を考える。

「西木野さんがどうアレンジするのかわからんが、このプリプロを聴く限り――」

 ま、待って下さいという海未の声に口を止める。

「行人くん、そのプリプロというのは……?」

 

 思わず自らの頬を叩いた。勝手に専門用語を使うな。海未のことも考えろ。はい、ごめんちゃい!

 

「悪い、えっとな、プリプロってのはプリプロダクションの略で、なんつうかな、青写真というか、絵で言うなら下書きみたいな。とにかく正式にアレンジやレコーディングをする前に、だいたいこんなもんですよって仮の物を作るんだ、それのことだ」

「そうだったんですか」

 ふむふむと感心してる。まぁ普段からあまり音楽とか聴かなそうだしなぁ海未って。仮に聴いても、実家の日舞から派生して、雅楽みたいな伝統芸能よりの音楽がもっぱらだろう。

 

 ええと、テーマだったな。俺は腕を組み考え出す。ぼんやりと頭の中でイメージしていたものに適切な言語を手当たり次第当てはめ、

「……まぁそうだな。最初の曲、として順当に考えるなら、……たとえば、はじまり、最初の一歩、幕開け、門出、出発、とかそういった方向性がいいんじゃないかな、とは思う」

 

 ベタといえばベタだが、王道ともいえば王道とも言える。

 

「なるほど……たしかにそうですね。はじまり、ですか」

 俺が挙げるキーワードとなりそうな単語の数々を几帳面な字で海未は書き留めていく。その都度、細かく頷くので海未の中では何かしら得るものがあるのかもしれない。いや、あってくれたらいいのだが。

 俺がその様子を見つめているのに気づいた海未は不意に顔を上げ、

「やっぱり行人くんがいてくれて、助かりました」

 微笑む。

 

 たちまち気恥ずかしくなり、咳払いでごまかす。

 おのれ海未め、この借りはいずれ倍返しにしてやるから、覚えておけ。くそぅ、薔薇でもいきなり送りつけてやるか……いや、やめとこ、なんかそれをしてしまったら取り返しがつかなくなる予感がする。

 

 少し考えてみますと言って集中し始めた海未を邪魔せぬよう他の二人――、

 

「で、お前は何やってんだ……」

「ほぇ?」

「ことりの邪魔をしてんのか」

 

 器用に衣装と思しき布にボタンを縫い付けていることりの作業を、穂乃果はガン見していた。こいつさてはパソコンもこっちで使ってるからすることなくなって、手持ち無沙汰になってやがるな。

 ことりもことりで苦笑してるが、実際はかなりやりづらそうである。

 

「じゃ、邪魔なんかしてないよ! 見て勉強しようかなって!」

「見ても無理だっつの。お前じゃ五秒で指に針を刺す」

「うぅ……た、たしかに」

 

 俺はこいつが小学生の時に家庭科で作った、フェルトのうさぎのぬいぐるみの顔がブラックジャックみたいになってたのを忘れない。ラビットジャックと命名したら泣かれて、なぐさめるのに苦労したのも忘れない。

 

「餅は餅屋に任せろ。ことりのその縫製はもう専門スキルみたいなもんだろ、一朝一夕で身につくもんじゃねぇよ」

「うん、……でも」

 でも、なんだよ。

「ことりちゃんも海未ちゃんも頑張ってるのに、私だけ何もしないなんてやだよ……」

 

 はぁ、ったくこいつは…………、

 

 餅は餅屋。だけど八百屋は? 八百屋は八百屋だ。魚屋は魚屋で豆腐屋は豆腐屋だ。つまり適材適所、人には得手不得手があるのだから当然だ。そして、穂乃果(こいつ)という適材の適所は、海未のように作詞をしたり、ことりのように衣装を作ったりすることじゃない。

 

 と諭したところで、こいつは納得しないんだろうな。理屈じゃなくて気持ちで動く奴だから。

 

「あー、じゃあ穂乃果、お前にしか出来ないことがある」

「え、なになに!? 私、なんでもやるよ!!」

 おうおう物凄い食いつきだこと。少し待ってろとこちらに身を乗り出した穂乃果の額を押して元の位置に戻し、俺は自室からタブレット端末とワイヤレスキーボードを取ってくる。

 

「えっと、Gステ?」

 Gステ(スクールアイドルの公式総合ポータルサイト『G's station』)を画面に表示させ、穂乃果に見せると意外にも知っていた。説明の手間が省けるなら助かる。

「あぁ、そうだ。――ここにμ’sのページを作る」

 ぽかんと口を開け、

「えぇ!? 私が!?」

「ああ、なんか作業したいんだろ? なんでもやるんだろ?」

 

 もちろんすぐに公開するわけじゃない。どっかのゆるキャラみたく非公式として、μ’sを音ノ木坂のスクールアイドルとして登録するという手もないわけじゃないみたいだが、体裁はあまりよろしくないだろう。

 とりあえずはページだけ作って非公開設定にしておくが、学校から部活動か、少なくとも同好会として認可された頃合いには公開する。その時のために早めに準備だけはしておくということだ。なーに、別に親切なチュートリアルもあるし、基本的にはそれに従っていればいい。必要なのは日本語が使えるか否か。

 

 うん、まさしく暇な穂乃果(お前)にしか出来ないぴったりなお仕事だ。

 

「やっぱ、ユキちゃんイジワルだ……うぅ」

「はっはっは、何とでも言うんだな」

「――とか言っても、手伝ってくれるのがゆーくんだよね」

 くすりと笑いながら、ことりが付け加える。よ、余計なことを……、

「しゃ、しゃらっぷ!」

「なぁんだ、じゃユキちゃんやろ! ほら早く!」

 おい、態度変わるのはえーよ。

 途端に調子に乗りだした穂乃果にげんなりしつつ、引っ張られるまま隣に腰掛け俺もページ作りに勤しむ羽目になってしまった。さぁボクと契約してキミも墓穴掘ろうよ! 

 とほほ……。

 

 

 

 

 それから一時間ちょっとが経過した頃、うーんとペンを離し、伸びをした海未に声をかける。

「お疲れ。どうだ、海未?」

「はい……とりあえず、ですが、一番はサビまで考えました」

「へぇ、どれどれ」

 

 許可を取る前にノートを奪った。いちいち許可を求めたら、恥ずかしがって見せてもらえない気がしたからだ。決してさっきの復讐なんて考えてないんだからね! 

 面白いぐらいにうろたえる海未を尻目に、俺は出来立てほやほやの歌詞へと目を落とす。

 

 挙動不審にあっちを見、こっちを見、この空気に耐えられないのか、地団駄を踏みながら指を突き合わせている。

「…………」

「どう、でしょうか……」

 審判を待っているときのような、不安そうな顔。その顔に宣告すべきは、

 

「……驚いた。いいじゃないか、これ」

「――え?」

「いやだから、よく出来てるって」

 

 俺の意見を取り入れて、海未は「はじまり」をテーマに作詞したらしい。綴られた言葉の端々から「はじまり・明日を希望に変えていく意志」といったものが伝わってくる。

 なんて、まぶしい歌なんだろうか。

 あの語群の中からよくもここまで、導き出せたものだ。割と本気で……海未には才能があるのかもしれない。声の調子を整え、

 

「この調子で最後までいっちゃえよ」

「は、はい!! ありがとうございます!!」

 よほど嬉しいのかノートを抱きしめる海未。それに罪悪感を覚える自分がいる。たまらず顔を背けてしまいそうになった俺を止めたのは、海未の言葉だった。

「あの、行人くん、どうか……この歌のタイトルをつけてもらえませんか」

 

 とんでもない申し出に、思わず眉をひそめてしまう。

 いや、だってそれは……作品のタイトルとはつまりは顔だ。一番目立つし、美味しいところでもある。そこを最後に触れるべきは紛う事なき海未の役目であって、俺が横からかっさらうわけにはいかない。

 だが、説明しても海未は引かない。

 

「お願い、します」

 謙虚に、だけど力強く。

 

「はぁ……」

 まったく、誰に似たんだかな。

「悪い。じゃ、もう一度それ貸してくれ」

「はいっ!!」

 

 海未から再びノートを受け取り、ページを開きにらめっこを開始する。この曲に似合う顔、それは一体何だ。歌い出しからさらっていく。すると気づくのは、一番で2回も印象的に使われている「START」の文字だ。これがとっかかりになるんじゃないだろうか。

 

 ……「START」だけじゃ、少し寂しいか。付随するもう一つの単語が欲しいところだ。たとえば……「STARTing LINE(スタート ライン)」とかどうだろう、始まりを感じさせる言葉だ。悪くないとは思う。なのに、どこかしっくりこないとも感じている自分がいる。髪を掻きながらつい悪態をつきそうになった――その時、

 

「ねぇねぇ~ユキちゃん、ダッシュ()ってキーボードのどこにあるのー?」

 μ’sの紹介の文面などを考えていた穂乃果が声を上げる。

 

「ダッシュ……?」

 すとんと胸に落ちた言葉を、海未が重ねた詞の上へと書く。

 

『START DASH』

 瞑目し、今一度つぶやいてみる。耳ざとくそれを聞き取った海未が、俺の手元を覗き込んでくる。

「スタート、ダッシュですか」

 その区切り方で更にもう少し、手を加える。ついでにもっと、こいつらに相応しくする。

 

『START:DASH!!』

 今度こそ、しっくりきた。知らず緩んだ顔を海未に向けて、

「これで、どうだ?」

 

 同じように弛緩した顔で――この反応の時点で、次に海未が口にする言葉は予想できる。

「すごくいいと思います。なんか、二番の歌詞のイメージが湧いてきました」

 すぐさま海未は思い浮かんだフレーズを俺が返したノートへと書き始める。どうにか上手いこと決まってよかった。それもこれもきっかけとなった穂乃果の――、

 

「うぅ、ことりちゃん、ユキちゃんが無視するぅ……」

「よしよし♪ 後でおしおきだね♡」

 なんだと。

「あーあーいーけないんだーいけないんだー、穂乃果おま、それはダメだろ、人としてやっちゃいけねぇよ」

 

 藤木くん並に卑怯な手段を天然で取りやがって。後で先生に言いつけてやるからな。

 

 はぁ、これは俺もダッシュで彼方へ逃げなきゃやばそうだ。ここ自宅なんすけど、俺帰る場所なくなっちゃうんでしょうか。そして、なんでお袋の、「ただいまー、今日はすき焼きにするから、ぜひみんな食べてってー」などという声が聞こえてるんでしょうか。三人とも遠慮を見せつつも嬉しそうにするんじゃありませんよ。

 

 ぐぬぬと唸りつつ、

「てめーら、晩飯までに各自の作業ほぼ完成させろ……じゃないと鍋奉行の俺様がしらたきと春菊しか提供しなくするからな!」

 精一杯の抵抗を見せながら、俺たちは再度作業に集中し始めるのだった。うわーん。

 

 

 

 

 

 

 それからの一週間はあっという間に過ぎていった。

 

 アレンジを終えた曲と完成した歌詞を合わせた時の、三人の顔はよく覚えている。きっとあいつらにとっては魔法か何かのように思えたのではないだろうか。最初は何もなかったところから作り出された歌。西木野さんの協力を得たとはいえ、自分たちで一生懸命携わった、努力の結晶体。スクールアイドル活動を始めるに当たって、ようやく武器ともいえる物を一つ手に入れたのだ。自信を持って、これなら胸を張れるという物を。

 三人とも身体を打ち振るわせていた、そんな顔を見たのは、初めてだった。

 

 朝練。歌詞を覚えるために何度も暗唱。PCを携え、カラオケにこもり歌の練習。平日夕方なのでパーティー部屋を使えたお陰で、振り付けも練習することが出来た。

 それに付き合ってたお陰で、今では俺までそらで歌えるようになってしまったのは、どうなんだ……ヘイ! ヘイ!

 後は、穂乃果に頼まれダンスの動画を撮ってやったりした。本来、鏡張りのダンススタジオならばすぐにわかるものの、やはり予算外だった。そのため元より小さめのミラーは使っていたのだが、どうにも全体の動きを確認するのは難しかったため動画で代用した次第だ。これは意外と効果的だった。そりゃスポーツ選手が自分のフォームの確認にビデオを用いるわけだ。

 ただ、かたくなに撮影を拒否する海未を説得し、テンションを上げるために穂乃果とことりと共に声をかけ続けた時は、なんとなくグラビア撮影の時のカメラマンのおっさんの気持ちがわかった気がした。

 

 

 

 そして、とうとうライブ前日。日が暮れてもなお、うちの庭で最後の通し練習を続ける三人の隣で、俺はメトロノームに合わせて手拍子をしてリズムを刻んでいた。

 今日は一日中そうしていたせいで、歌ってもいないのに俺の声はしゃがれてしまっている。水を口に含み、更にのど飴を舌の上で転がしながら、最後の動作を決めた三人に手拍子ではなく拍手を送る。

 

 肩で息をしながらへたり込む三人に、

「お疲れ。後はしっかり身体を休めろ」

 既にそれぞれの汗で湿ってしまっているタオルではなく、新しいタオルを手渡してやる。汗を拭いきれなくて、風邪でも引かれたら困るからな。

「はぁはぁ、終わったぁー!!」

「お疲れ、様です……」

「はぁはぁもう足がダメぇ……」

 見るも無惨、疲労困憊の(てい)である。

 

 ――本当は、昼頃の時点で、ここまでやる必要はあるのかと問うたのだ。本番前日なんだから、軽めに抑えておいた方がいいんじゃないのか、と。

 

 だが、俺のすすめに対し、穂乃果は答えた。

「ううん、やりたい! 後悔したくないから!」

 他の二人も、同意見とばかりに頷く。

 そんなことを言われたら、止められなかった。

 その純粋なひたむきさはきっと尊い物で、俺が触れてはいけないような、そんな気がしたからだ。

 やがて、ほてった顔も戻り、息も整った穂乃果は、

「ねぇ、海未ちゃん、ことりちゃん、ユキちゃん、行きたい所があるんだけど……」

 ある提案をした。

 

 

 

 

 賽銭箱の格子の向こうへと四枚の五円玉が吸い込まれていく。

「どうか、明日のライブがせいこ――っ、しますように!! いや、だいせいこ――――っ、しますように!!」

「人前で緊張しませんように……」

「みんなが楽しんでくれますように」

 三者三様の願いが口にされた。

 

 そう、俺たちは神田明神へとやってきていた。穂乃果が切り出した提案とは、ライブ前に成功祈願のお参りを神田明神までしにいこうという物だった。是非もなく賛成し、こうして馳せ参じたわけだが、やはり正解だったと思う。ここまで通い詰めるともはやここはホームグラウンドの一つのような物だ。おまけに神様もいらっしゃるときている。成功を祈るならここで祈らないでどうするというのだ。

 

「いよいよ、明日……ですね」

「うん……」

「やるだけのことは、やった。とは思いますが……」

 緊張をにじませた海未に、静かにことりは頷く。無理もない。人前に出るというのは誰しも緊張する。まして初めて観客の前で歌って踊るわけだから、そのプレッシャーは俺が知るものを上回るだろう。

 

「大丈夫だよ海未ちゃん。……きっと、うん、大丈夫!」

「穂乃果……」

「穂乃果ちゃん……」

 しかし、そのまとわりつく不安を振り払ってくれるのは、やはり穂乃果だ。

 こいつがいれば、きっとどんな時であっても、光を見失わないでいられる。海未もことりも、きっとその明るさを頼りに歩み続ける事が出来る。

 だからそう、きっと、大丈夫だ。

 

「そうだ、ねぇねぇ、ユキちゃん、ユキちゃんはさっきお願い事何にしたの?」

 不意にこっちを向くと穂乃果は尋ねてくる。なのでつい、正直に、

 

「ん? お前らの願いが全部叶いますようにって……あ、」

 言ってから気づく、今、俺なんて言いましたか。とてもじゃないが口に出来なかったから、口にしなかった願い事、おもくそ言っちゃったりしてませんでしたか。

 

「あ……、うん……」

 ほれ見ろほれ見ろ!! なんか三人とも視線そらしてモジモジしだしたぞ。え、何これ、何これ、こっぱずかしい~~~~~~!! 殺せ、今すぐ俺を殺せ! キルミーベイベー! 殺してくれぇぇぇぇぇあばばばばばば。

 

 うわちくしょー……もう今の俺の顔ならたぶんホットケーキ焼けるわ。あーもう。

 

 手でうちわを作って扇いでいると、穂乃果と海未とことりは互いの顔を見合わせていた。なんだよ、指差して笑われたりしたら俺もう闇夜に紛れて二度と帰ってこなくなっちゃうぞ。

 

 せーの、と呼吸を合わせ、まずはことりから、

「ゆーくん、私たち、精一杯がんばるから!!」

 

 次に、海未が、

「ですから、お願いです」

 

 最後に、穂乃果が、

「明日のライブ、見に来て!」

 

 

「――は?」

 え、ちょっと俺、難聴になっちゃったかも、言っている意味が聞き取れないし、理解も出来ないし。

「ちょい待ち、え? うん? は? お? なんつった今?」

「だから、ユキちゃんに明日のライブ来て欲しいって言ったの!」

 ちょっと言ってる意味よくわかんないです。

「は? だって、明日のライブって、音ノ木坂の大講堂だろ?」

「うん、そうだよ」

「いやいや、じゃ文化祭でもないんだから他校の、しかも男が入れるわけねーじゃんか」

「うん、がんばってユキちゃん! ファイトだよ!」

「ファイトだよ! ……じゃねーよ!! 何、考えてんだ!?」

 

 おい助けてくれ海未、ストッパーだろうがお前はこのおバカの。

 

「きっと行人くんなら大丈夫ですよ」

「無理だっつーの! 根拠を言えぃ、根拠をよ!」

「ゆーくん、だから。だよ」

「おい、哲学じゃねーんだよ。深淵に誘いそうな答えはやめなさい!」

 

 ダメだ、こいつら。もうここに……俺の味方は存在しない。いくら反論しても3:1じゃ舌戦で勝てる気がしない、おしまいだ。

 

「私たち、待ってるから」

 そんな澄んだ目でこっちを見るな。その視線攻撃に耐えられず、結局最大限譲歩して俺が紡いだ言葉は、

「可能な限り……善処する……」

 くっ、屈してしまった……、負けたよ……俺の負けだ……こんないいようにもてあそばれて、もうお婿にいけない。

 わーいとハイタッチを交わし合う三人娘を恨めしげに睨んでいると、またしても穂乃果が本当に嬉しそうな顔して近づいてくる。

 

「えへへ~」

「……今度はなんだ。俺に壺でも買わせる気か、それとも絵か? 土地か?」

 

 首を横に振ると、

「実はμ’sのかけ声を考えてたんだ~」

 そうして見せたのは人差し指と中指を立てたピースサイン。それを自分の身体の前に出し、海未とことりと一緒に突き合わせ円陣になる。ぽっかりと不自然にあけられた隙間をこちらに向けているのは、つまりはそういうことか。

 大げさにため息を吐くと、俺はその隙間を埋めた。そして、ひっじょーに簡単な説明を穂乃果から受ける。

 

「単純だな……まぁわかりやすいからいいけどさ」

 なるほど、μ’sと音楽をかけてるわけか。などと味わう暇もなく。

「えっへへ、じゃあいくよ! 明日のライブ、絶対成功させよう!」

 穂乃果はそれぞれの目を見てから、限界まで息を吸うと、

「μ’s! ミュージック――」

 

『スタート!!』

 満月の下、天高くピースを俺たちは掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 また明日と、穂乃果たちと別れてなお、俺は神社に突っ立っていた。

 

 (とげ)

 

 心に刺さった棘が、俺の足までもその場所に縫い止めたかのようだった。

 

 ――絶対に、成功させる。

 

 穂乃果の言葉が脳内をぐるぐる回る。あいつの見据えた視線の先にある物は、成功だけだ。それは正しい。意志あるところに道はあるように、努力は人を裏切らないように。きっと、正しい。

 

 しかし、本当に、いつも、そうだろうか。

 

 無論、彼女たちの重ねた努力は嘘偽りのない本物だ。報われるべき、物だ。それは保証する。

 だが、現実はいつも正しいから正解だとは限らない。望めば与えられると言った神様は存在しない。平和を望んで戦争に行く、食料を望んで餓える、愛を望んで孤独になる。矛盾はいくらも、いつだって、そこに存在している。

 

 だからきっと、絶対、なんてない。

 

 ただどうか、――彼女たちには、たとえそうであっても、成功して欲しいと願う。

 

 はたして、それは欺瞞だろうか。

 

 夜空に散らばる星屑の中に流れ星がないかと仰ぎながら、俺はようやく帰路をたどる。

 

 

 

 

 




さて、いよいよです。次回はちょっと力入れるため、投稿が遅れるかもしれません(プラスちょいと忙しい……)。
ここでかよぉ、と思うかもしれませんがご容赦ください。

あ、あと、ついにあのキャラが登場するかもしれませんよ

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