僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

24 / 58
【まえがき】
 本作をお読みになる前に、ぜひ「黒毛和牛上塩タン焼680円/大塚愛」という曲をご用意下さい。もちろん、なくてもお読み頂けますがあった方がより美味しく召し上がれますという奴です。
 あとがきに重要な告知もございますので、ご一読くださると幸いです。



東條希編 黒毛和牛上塩タン焼680円

 

 

 

 

 本で読んだんだ。

 

『どんなカップルでも時にはケンカやすれ違いを重ねて、愛を育むものである』

 

 でも、そんなの嘘だって思った。だって、父さんと母さんはいつも……その、なんというか、お熱いんだ。たとえば、

 

「えっへへ~今日はパパとデートやんな~?」

「そうだぞハニー楽しみだな~」

 

 ……ちなみに、僕の運動会の朝のやり取りだ。言っとくと、僕の学校はデート定番のテーマパークでもないし、運動会は人気チーム同士のスポーツの試合でもなんでもない。それなのに二人ときたら父兄参加のリレーで、

「パパ~、がんばってな~」

「絶対、お前に一位捧げるからご褒美用意して待ってろ!!」

 なんて言うと、父さんはマジで前の走者をごぼう抜きにして優勝した後、母さんに骨抜きにされてた。周囲の笑い声に僕は他人のフリをするのが精一杯だった。まぁ無駄な抵抗だったけど。

 

 ……たまにならいいかもしれないけど、こんなのが毎日なんだ。僕が最初に言ったこともわかってもらえると思う。いがみ合ってるところなんて見たことないよ。

 

 で、だからってわけじゃないけど、僕はあの二人が今までケンカしたことあるのかが気になった。

 

 さすがに昔まで掘り返せば、一回くらいあってもいいはず。

 でも直接、二人から聞くのはなんか恥ずかしいし、ノロけられても嫌だから、僕はある人に聞いてみることにした。二人のことを昔からよく知ってるはずの人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日、その人に電話して指定された場所――数年前、自分の卒業した幼稚園に僕は来ていた。父さんから待ち合わせには絶対遅れるなよと常々言われているせいか、ちゃんと二十分前にはそこについて、読書をしながら待っていた。

 

 自転車のキキッというブレーキの音に、頁から顔を上げると、

「先生、お久しぶりです」

「すっかり大きくなったじゃない。少し見ない間に」

「にこちゃん先生は相変わらず小さいですね」

「うっさいわねぇ、その減らず口、誰に似たのかしら」

 

 サドルから下りて、小さな身体の小さな胸を張る待ち人こそ――僕がこの幼稚園でお世話になった矢澤にこ――ちゃん先生だ。

 

 

 

 

 

「――アンタんところのパパとママのケンカァ?」

「はい、もしも知ってるなら、その時のことを教えてくれませんか」

 

 僕たちは、いつもにぎわっている有名チェーンの喫茶店の中で、向い合って座っていた。机の上にはそれぞれ、僕の前にホットココア、にこちゃん先生の前にはアイスコーヒーが置かれている。ごちです先生。

 

「そうねぇ……」

 先生はアイスコーヒーにミルクを入れかき混ぜる。黒一色に白が溶け込んでいき、ベージュの液体が出来上がるのを僕はじっと見つめていた。

 

「うーん……久しぶりに先生に会いたいですってかわいい連絡取ってきたかと思えば、そもそもなんでそんなことを聞きたいのよ」

 

 そこで僕は事情を話すことにした。いつもアツいあの二人にそういうことが過去にあったのかどうか気になったのだと。

 

「……はぁ、ったくしょうがないわねぇ、あの二人も……」

 そう言ってこめかみを揉む先生。

 今までに教えてもらったことだけど、二人と先生は学生の頃からの友人で何だか知らないけど昔は色んな事をやっていたらしい。さすがにそこまでさかのぼれば、あると思ったんだけどなぁ。

 

「……――あ、」

「どうしました先生?」

「一回、そういえばあった気がするわ……あの二人がケンカしたの」

 

 きたきたきた!

 

「本当ですか!? 先生、がんばって思い出して下さい!!」

 どんなことがきっかけで、どんなことが起こったのだろう。今の二人にはないものが、昔にはあったんだ。そして、それは僕が見られないもので。

 

「ちょっと待ちなさいよ。今、思い出してるから」

 先生は一口コーヒーを含むと難しい顔でうなり始めた。

 

「たしかあれは……二人が付き合う前だった……はず」

 

 となると、高校時代に知り合って付き合い始めたって昔聞いたことがあるから、当然僕が生まれるよりはるかに前、十年以上前のことだ。僕はそこまで生きていないからわからないけど、一昨日の晩ご飯なんだった? と質問されたらちょっと考え込んでしまうから、十年以上前のこととなったらどんだけ大変なんだろう。

 ――だから、仕方ない。

 

「……ダメだわ。きっかけは思い出せないけど、とにかくいつも仲良さそうに漫才してたくせに、そん時は露骨にお互い無視し合ってたのは覚えてる。でも、そこまでね……」

「そうですか……」

 でも、父さんが母さんを、母さんが父さんを、無視し合っていたなんて、今じゃ想像つかない。

 

「悪いわね」

「いえ、ありがとうございます」

 頭を下げる。それを知れただけでも大きな成果だ。

 さて、もちろんこの話題を聞くことが今日の一番の目的だった。だけど、それだけじゃあまりにもあんまりだ。せっかく久しぶりに先生に会えたんだから、もっと違うことも話そう。

 

「先生はまだアレやってるんですか?」

「アレって何よ」

 僕は握った手から親指人差し指小指を立てて、

「笑顔の魔法、にっこにっこにーですよ」

 

 両手でそれをやり、気恥ずかしく思いつつも腕を上下に振る。うん、昔は全然恥ずかしくなかったけどさすがにもうちょっと恥ずかしいや。

 すると先生は、きょとんとした後、苦笑しながら僕のおでこを人差し指でぐっと押した。

 

「当たり前でしょ」

「え、先生たしかもうアラサ」

 最後まで言うことなく、お黙りとデコピンされる。しかも結構痛い。痛みに苦しむ僕をよそに先生は余計なこと言うのもそっくりだわ……などとぼやいている。うーん、どういう意味だろう。

 げんなりしている先生に僕は、

 

「――でも、よかったです。まだやっててくれて。先生はいつまでも僕たち子どものアイドルでいてくださいね」

 思い返してみても、にこちゃん先生は僕たち園児から大人気だったなぁ。普段は友達みたいな感覚で接してくれるのに、間違ったことをしたときはお姉さんやお母さんみたいに大人としてしかってくれて。だから、いつの間にか、にこちゃん先生なんて呼ばれるようになって。お遊戯会とかでも、みんなから勝手に前に前に押されて一番中心になったりして、けどそれが許されるのが先生だった。

 

 そして、さっきのにっこにっこにーというのは先生の口ぐせだ。よくまだ年少の子たちが転んで泣きそうになってたら、先生はすぐに駆け寄ってそれをやっていた。やられた方はわけがわからないという顔をするのだが、先生からほら一緒にやってごらんと促されてやってみると、最後は必ず笑う。

 そしたらだんだんみんながマネするようになって、笑顔があふれるようになった。不思議な言葉だよね、口にするだけでなんだか少し楽しくなるんだから。

 

「……ホント、そういうとこも、よく似てるわアンタ」

「はい?」

「べっつにぃー、なんでもないわよ。カエルの子はカエルって思っただけ、アンタに将来泣かされる女の子たちに同情するわ」

「ど、どういう意味ですかそれ!!」

「うっさいわねー。それよりも、」

 納得がいかず立ち上がった僕を席に戻すと先生はスマホを取り出し、

「さっきの話、あたしよりも詳しそうな人に心当たりあるわ」

「え、誰ですか?」

「アンタもよく知ってるでしょ――――」

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ、お帰りー。晩ご飯出来とるよ」

 帰宅した僕が手洗いうがいを済ませてからリビングに入ると、いつもなら二人でくつろいでいるはずなのに、母さんの姿しかなかった。

「あれ、父さんは?」

「友達にちょっと大変なことが起きちゃったらしくて、出かけたの。さっき電話があって、今日は少し遅くなるらしいから晩ご飯は二人で食べちゃおっか」

「ふーん、そうなんだ」

 珍しいなと思いつつ僕は食卓につく。今日のメニューはオムライスだ。まぶしい黄色の上に鮮やかなケチャップがたっぷりかかっている。お腹がすいていたから、もう我慢できなかった。僕はいただきますと言うなり勢いよくスプーンを動かし始めた。湯気立つコンソメスープを注いだスープ皿を追加で置くと、母さんも僕の対面に座って食べ始める。

 しばらくおいしいなぁと笑っていると、不意に、

 

「ねぇねぇ。キューちゃん、明日なんやけど、」

 と明日の予定を聞かれた。どうしたんだろ。何かあったかな明日、でもあってもなくても、どちらにせよ、

「あーごめん母さん、明日はちょっと友達と出かける予定なんだ。今日みたいに夕方には帰ってこれると思うから」

 そこで母さんは少しだけ動きを止めると、

「ん、わかった。気をつけてね」

「うん、ありがと」

 すぐに笑みを浮かべた母さんに、僕はどことなく引っかかりを覚えつつも、結局、話はそれで終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の日曜、秋葉原の駅前で僕はそわそわと落ち着きなくその人を待っていた。やがて改札を抜けてくるそのまぶしい金髪の持ち主に僕は声をかける。

 

「久しぶりね。(もとむ)くん」

「お久しぶりです――絵里さん、いつ日本に帰ってきたんですか?」

 

 藍色のセーターがよく似合うもの凄い美人――絢瀬絵里さん。道行く男の人女の人両方から視線を集めていることに、絵里さん本人は気づいているのかな。

 

「うん、実は二日前にこっちに帰ってきたばかりなの。連絡しようかなとも思ったんだけど、また数日したらロシアに行かないといけなくてね、ごめんなさい」

「いえ、そうだったんですか……」

 

 あちゃー、貴重な日本での休日をもらっちゃって悪いことをしちゃったなぁ。でも先生から事情を話して二つ返事で引き受けてもらった以上、責任は持たないと。

 

「お詫びってわけじゃないけれど、話はお昼でも食べながらしましょうか」

「あ、えっと」

「遠慮しないで。行きましょ」

 導かれるままに、僕は差し出されたその手を取るほかなかった。自分の顔が赤くなってるのがわかる。これもまた、絵里さんは気づいてなさそうだなぁ……はぁ……。

 

 

 

 

 なんだかたたずまいからして凄く高そうなレストランに案内されて、僕は絵里さんおすすめのランチをご馳走になっていた。めちゃくちゃ美味しいけど、絵里さんと対面だと緊張してゆっくり楽しめない。

 

「――それで、にこから話は聞いてるけど、求くんのお父さんとお母さんがケンカした時のことを聞きたいのよね?」

「はい、そうです」

「うん、私もね、話を聞いてそういえばって思い出したんだけど、たしかに一回だけだけどあったの。まるでケンカしたみたいに、気まずそうに互いが互いを避けているって感じだった時が」

 

 やっぱり、あったんだ。僕はつばを飲み込んで、前のめりになりながら続きを期待する。

 

「まず求くんに聞きたいんだけど、お母さんってまだ関西弁よね?」

「はい、母さんはいつも家の中……ときどき外でもですけど、なんちゃって関西弁を使ってますね」

 友達とかを家に呼んだときはさすがに普通の口調になるけど、そうでもない限りはいつもあの調子だ。小さい頃からずっとそのせいか僕もなんちゃって関西弁を話せるようになってしまったんよ。……標準語をちゃんと話してくれる父さんに感謝しなきゃな。

 

「そう、昔からお母さんはそのしゃべり方だったんだけれど、一度だけ、そのしゃべり方じゃなくなった時があったの」

「えっ、ほんとですか!?」

 信じられないな。そんな簡単にやめられるようなもんじゃないと思うんだけど、あれは。

 

「ええ、でそれからすぐに二人の関係がなんかぎくしゃくしてたの。だからあれがやっぱりきっかけに関することだったんじゃないかしら」

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 ――窓の外をぼんやり眺めている姿が気になって、私は希に話しかけた。

「希、帰りましょ?」

「あ、うん、――そうだね」

 わずかばかりの違和感を覚えた私も、単なる気のせいなのかもしれないとすぐに会話を続ける。

「たまにはパフェでも食べにいきましょうか」

「うん、いいかも……」

 鞄を肩にかけた希がこちらを向く。

「じゃあ行こっか、えりち」

 違和感が大きくなり始めていた。それでも、

「今日は何にする? 私はプラムにしようと思うんだけど」

()は……この前迷ったマンゴーにしてみよう――」

 

 それが限界だった。

 

「希……何か、あったの?」

「え、あ、うん……ちょっとイメチェンというか……あはは、やっぱ変だよね……うん、これでええ(・・・・・)?」

「別に、変でないわ。でも、」

 いきなりいつもの“ウチ”じゃなくて、“私”という一人称を使うなんて、どうしたのって思うのが当然じゃない。イメチェンというのも唐突過ぎて、不自然だったしね。

「どうして急に?」

「あ、いや……」

 やっぱり窓の外へ目を向けると、

「でも、やっぱりこれが普通だよ、ね」

 きっとその疑問は私に向けられたものじゃなかった。たぶん誰に対しての問いかけでもなかったんじゃないかって思うけれど、どうだったのかしら。ただ、私はその時、何も言えなかったわ。

 

 

 

 

「――そんなことがあったんですね」

 食べ終わった食器はとっくのとうに下げられ、紅茶のカップだけが残っていた。昼時は混み合っていた店内も、次第にすき始めて今ではまばらに何組かがいるだけだ。

 

「ええ、でもごめんなさい。結局……求くんが知りたい直接の原因とかはわからないわ」

「ありがとうございます。でも、母さんにそんなことがあったって知ることができました」

 絵里さんの言う通り、きっと何かがあって母さんはそんなことを言ったのだ。その何かを僕は知りたくなった。

 そうだ、ここまできたらもう、恥ずかしいとか言ってられない。

「求くん、直接聞いてみたらどうかしら。お母さんに」

 でも、教えて、くれるのだろうか。別に大した理由があったわけじゃない、気になったからってだけなのに。それでも母さんは、

「――教えてくれるわ。絶対に」

「なんで、ですか」

 くすりと笑うと、

「親友。だもの」

 絵里さんは伝票を掴み、

「それじゃあそろそろ出ましょうか」

「あ、はい、今日はありがとうございました!!」

「早く帰ってあげてね。今日は――希の誕生日、でしょ?」

 

 

 はい?

 

 

「――えっ? …………あぁ!!」

 しまった!! そうじゃないか!! 何忘れてるんだ僕は!! 二人のことが気になったからって、もっと大事なことを忘れてちゃ世話ない!!

 もう今日は半日以上過ぎちゃってる。今からでも急いで帰らないと。

 僕は素直に事情を告げて、絵里さんに礼と謝罪をしてすぐにレストランを飛び出した。

 休日の秋葉原の人波を悪いとは思いつつも弾丸のように駆け抜ける。けれど、息を切らしながらようやく家の近くまで帰ってきた段階になって、僕は思い出した。

 

「……あ、誕生日、プレゼント」

 何も考えていなかった。あげなくてもきっと母さんは何も言わないだろうけど、プレゼントっていうのは日頃の感謝の気持ちだ。いつも美味しいごはんを作ってくれて、ありがとう。僕の着た洋服を洗濯してくれてありがとう。笑顔で家の中を明るくしてくれてありがとう。落ち込んだとき、励ましてくれてありがとう。

 そんな気持ちを日頃は言えないから、伝えるチャンスなのに。なのに。

 

 馬鹿だなぁ。なんだか情けなくなってきた、かっこわるいな僕。我慢しようと思っても、目が熱くなってきて止められそうになくて、

 やたらめったらまばたきをしながら、家の前に立ったとき、

 玄関からちょうど父さんが出てきた。

 

「あ、父さん……」

「ん? おお、求か、お帰り、どした?」

 すぐさま、ごめんなさいと謝る。

「今日が母さんの誕生日だって僕、忘れてて……プレゼント、何も用意してない。どうしよう……」

 言ってる間に、唇を強く噛んでたえようとしていた涙が流れてしまう。

 

「……そっか。心配すんなパパに任せとけって」

 ガバッと肩を組まれて、

「お前に頼みたいのは、ママへの時間稼ぎだ。できるか?」

 ど、どういうことなんだろう。でも、

「いい子に育ってくれたよ、お前は。大丈夫だよ、子どもの尻ぬぐいは親の仕事だ。なんたって赤ん坊の頃のお前の下のお世話なんかパパ上手いもんだったんだしな」

 いつも通りの、なんか肩の力が抜ける父さんの言葉に、

「う、うん……うん! ありがとう父さん!!」

 よし、じゃ小一時間任せたといって、父さんは僕の頭を乱暴になで、ハンカチを放ってくるとすぐに街の方へ走っていった。

 

 そのハンカチで顔を拭って、僕は家の扉を開けた。

「ただいま」

「あ、お帰り~」

 すぐに顔を出した母さんを僕は見つめる。

 

「ん、どうしたん?」

「母さん……聞きたいことがあるんだけど」

 そして、僕はおずおずと切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ~るほど、最近いろんなとこをほっつき歩いてるみたいだったのはそれが理由だったん」

「うん……ごめんなさい」

 これまでのいきさつをすべて話した僕は、母さんに頭を下げた。いいよという言葉をもらうまで、頭は決して上げなかった。

 

「たぶん、えりちが言ったのは、あの時のこと、かな」

 昔を懐かしむように、

「そんなに知りたい?」

「うん」

「そこまで面白くはないよ?」

「それでも」

「そっか」

 

 じゃあ、と前置きして、

「少し、昔話を、しよっか」

 

 

 

 

「――ああ見えてパパな。すっごいモテたんよ。ウチの知る限り、どんな他の女の子たちが束になってかかっても太刀打ち出来ないような素敵な女の子たちから、好意を向けられてた。

 でも、あの人は、そんなことを知ってか知らずか誰かの好意に応えたとこを見たことがなかった」

 そこで、口を尖らせすねたように、

「第一卑怯なん。いっつもいっつも、誰かが困って、そばにいてほしいなぁって時にはどういう訳だか、隣にいてくれて……そんなん……好きになるに決まっとるやんな」

 目をつぶり、

「だから、好きになっちゃった。で、他の誰でもなく()に振り向いて欲しかった」

 母さんのまぶたの裏側では何が見えているのか。僕にはわからない。

 

「でもそんなとき、パパが好きな子のタイプについて友達と会話してたのをたまたま聞いちゃってね」

 なんて言ってたんだろう。あの父さんの好みのタイプ、想像がつかない。

 

「――普通な子。ってそう言ってたの」

 それは、

 

「質問。キューちゃんはママが普通だと思う?」

 言葉を選びつつ、僕がしぼり出したのは、

「……ちょっと、独特、かな」

 なんちゃって関西弁を使うし、本当にオカルトに片足突っ込んでるようなものを時々見てるっぽいし、普通、ではないと思う。もっとも、そんなの関係ないけど。

 

「ふふ、ありがと。そうだよね、やっぱり。私自身もその言葉を聞いて思ったの。『あ、それって、私じゃないなって』」

 そう、だったんだ。

 

「ママの方のおじいちゃんとおばあちゃんが転勤族で、ママは小さい頃からずっと転校続きだったってのは教えたよね。だから、その、人を好きになる、好きになってもらうってことがよくわからなくてね。私なりに考えて、ダメかもしれないけど普通をやってみようって」

 つまり、そうやって試行錯誤している時が、

「うん、たぶんえりちが覚えてる時だろうね」

 絵里さんの言っていた誰にも向けられていない言葉っていうのは、母さん自身に向けた言葉だったのかもしれない。

 

「で、そしたらパパに言われちゃったの。『あのさ……最近なんかちょっとお前ヘンだぞ? なんか、あったのか?』って。ね? まったく人の気も知らないで」

 うーん、父さんもタイミングが悪かったのかもしれない。

「普通になろうとがんばってるのに、それをヘンって言われちゃ……ってね、ついついママも怒っちゃって、何も知ってるはずないパパに向かって、色々とひどいこと言っちゃったの」

 

 とうとうたどり着いた答え。それが、ケンカのきっかけだったんだ。

 

「互いに避け合ってる時は、この世界にこんなにツラいことがあるんだって思った。胸は痛くて悲しいし、それでも今あの人は何してるんだろうって思う自分も同時にいて、あれはちょっともう味わいたくはないかな」

 母さんは自分の両肩を抱きかかえる。

 

 どれだけツラかったのか、僕には察することしか出来ないけど、それでも聞かなければならない。それで、どうなったのかを。

 

「一週間だか二週間だか、とにかく長く感じた時間が過ぎていって、パパの方から声をかけてきてくれた」

 モノマネをするように声を低くして、

「いきなり頭を下げて、『悪い、俺が原因だったなら謝るよ。だから頼む、仲直りしよう。俺はお前と今のままみたいな関係は嫌だ』って」

 うわぁ、父さんストレートに言ったなぁ。

「だから、ママはこう返したの『じゃあどんな関係がお望みなの? だって……普通の子が好きなんでしょ』って」

 母さんは母さんだ、素直になれてないよ。せっかくキレイでスタイルいいんだからそのままガン押しすれば……って何考えてるんだ僕は。

「そしたらパパ、こうやって髪を乱暴に掻きながら『あのなぁ、誰に聞いたのかは知らんけどそれには続きがあんの。

 

 ――俺が好きなのは、普通の子。フツーに一緒にいて、楽しい子。こんな互いに気まずくて会話も出来ないような関係じゃ、嫌な子だよ』」

 

 わわっ、わわわ、

 

「パパ顔真っ赤にして言ったのに、ママ最初何言ってるのかわからなくて。首を傾げちゃって、でもようやく意味がわかったと思ったら、あは、泣いちゃった」

 あれは不覚だったなぁと母さんは嬉しそうに語る。父さんて、すごい人だったんだな色んな意味で。

 

 そこから先はちょっと僕が引いちゃうような作戦を父さんに仕掛けたと母さんは話してくれた。いやいや急接近したから、押せ押せって、水着はらり大作戦とか、うう……母さんもなんてすごいんだ……。

 

「そんな昔話、ね」

 どう? と感想を聞かれて僕は、

 

「二人がいつまでもおアツいわけがわかったよ……」

 一緒にいて楽しいなら、そりゃケンカなんかしない。簡単な話だ。複雑なものなんて入るすきまがなかったんだ。

 でも、そっかぁ、そんなことがあったんだ。少なくとも、二人の過去を知ることが出来てよかったと僕は思う。

 

 すると、玄関から声が聞こえた。

 

「帰ったぞーう、ただいまー」

「これ、パパには秘密な♡」

 うん、少なくとも僕には言えないよ……恥ずかしくてこっちがダメになりそうだ。ウィンクする母さんをリビングに残し、僕は急いで玄関に向かう。

「求ー、ちょっと来てくれー」

「はーい、来たよ」

 

 そこには大荷物を抱えた父さんがいた。僕が来たことを確認すると、任務ご苦労と言いながら、パンパンに膨らんだビニール袋を差し出してくる。それを受け取る前に、父さんの顔をまじまじ見てしまう。うーん、これがか……まぁ顔はかっこいいと思うけど……普段がちょっと。

 

「どした?」

「父さんて……すごいね」

「今更だな。ほいこっちがお前が渡すの、ほらほら行った行った」

「ちょ、押さないでよ!?」

 

 せかされるまま、二人してリビングに戻ってきたのを母さんは、

「どしたん? 二人ともそんな」

 父さんが視線で合図してくる。

 

「えっと、母さん。誕生日おめでとう!! そして、いつもありがとう」

 託されたビニール袋を母さんに手渡す。えー、ありがとう!! なんなんこれ!? と母さんはビニール袋に詰め込まれた紙の包みの数々を取り出す。確認しなかった僕もあれだけど、これってまさか、

 

「きゃーすごい!! 霜降りやん、これ!?」

「肉じゃん!?」

 思わずツッコんでしまった。いや母さんの大好物だからわからなくもないけど、出てくる出てくる豚、鳥、各種の見るからに高いとわかるお肉の数々が。

 

「おっし、さぁママを祝うために焼き肉パーティーだ。ケーキもあるぞ!!」

「そっちを僕に渡してよ!!」

 見たこともないような大きさのケーキ、うわこれ前テレビでやってた前日から注文しとかないといけない行列の出来る店のケーキだ。

 父さん奮発したなぁ……と呆然とそれらを眺めている僕の横で、

 

「あとこれ、誕生日おめでとう希」

 母さんの好きな紫色の花束を父さんが渡していた。いや、ひざまずかなくてもよくない……?

 

「……えへ、桔梗、やね。これ」

「いつまでもよろしくって意味で、な」

 

 わわわ、抱きついちゃったよ母さん。あのうここに子どもがいますからねー、教育に悪いと思いますー。

 

 はぁ、でも二人の姿が少し、うらやましい。僕もいつか、この二人みたいになることができるだろうか。

 

 ちょいちょいと手招きしている二人に……仕方ない、抱きつき、

 

 母さんは僕と父さんに対して、

 

 

 

 

 ♪MUSIC:黒毛和牛上塩タン焼680円/大塚愛♪

 

 

 

 

 

「だぁ――――い、好きだよ。行人くん(パパ)、キューちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 サブタイで笑った人、さぁ私と一緒に焼き土下座しよう!

 全国のんたんファンの皆様すいまえんでした;;、のんたんに合う曲って考えた時にこれしかないと思ってしまった自分がいました。
 今回は色々と新しい試みに挑戦した次第、皆様の心に愛しさと切なさとなんとか、たぶんハートフル的なのをお届け出来ていれば幸いです。おかしい……何故こんな文字数に……まぁ仕方ないね番外編だからね。
 
 重要な告知は活動報告に書いてある通りです、みんなで叶える物語、皆さんにご協力頂ければ嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。