僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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【まえがき】
 魂込めました。渾身の2万字。梅干しとかゴーヤとか口に含んでおくとよろしいかと。
 今回のMUSICはスタァにしき……ではなく、「Darling/V6」でございます。こいつがないと乗車できません。

 それでは、公園通り発、幸福行き、ぶる~べりぃとれいん発車致します。お乗り遅れのないように。



南ことり編 Darling

 

 

 

 

 

 それはたまたまμ’sのメンバーそれぞれに用事があって、練習のなくなった日でした。

 私がマンションに帰ってくると、玄関に知らない靴が2足並んでいました。

 誰かいらっしゃってるのかな? 首を傾げながらリビングに入ると、

 

 珍しく私より早く家に帰ってきていたお母さんが、1人はよく知っている女の人――ゆーくんのお母さんと、もう1人は知らない女の人と3人で談笑をしていました。

 

「あら、ことり? お帰りなさい」

「お帰り、ことりちゃん。相変わらずかわいいわねー」

「お邪魔してます。え、ことりちゃん? 大きくなったわねー!?」

 

 こそばゆい言葉の数々に顔が熱くなるのを感じつつ私は会釈をして、

「ただいま、です。こんにちは」

「ことりちゃん、おばさんのこと覚えてる? ちっちゃい頃はママと一緒に色んなお洋服着せ替えっこしたりしてあげてたんだけど」

「えっとぉ……」

 

 記憶をたどりますが、本当にちっちゃい頃だったんでしょう。思い当たる節はありませんでした。そこにゆーくんのお母さんが助け船を出してくれます。

「あはは、ことりちゃんだってもう高校生なのよ? 美由紀がよく会ってた頃って1、2歳の頃でしょ。そりゃ覚えてないわよ」

「うわぁもう高校生かぁ!? 時が経つのは早いなぁ、あたしがおばさんになるわけだよ……」

 

 盛り上がっている2人を微笑ましそうに見つつ、お母さんは私に2人は音ノ木坂、つまり高校生の時からの古いお友だちということを教えてくれました。何十年経っても友達のまま、会えば昔の関係に戻れる。そんな素敵な関係に私もμ’sのみんなとなれるといいなぁと思ってしまいます。

 

「二人とも今や立派なママさんだもんねぇ……一方、あたしときたらトホホ……」

「バリバリのキャリアウーマン様が何言ってんのよ。なんだっけ、雑誌の編集長だっけ、今やってるの」

「そ。なかなか厳しいご時世だけどねー、どうにかやってる」

 そう言ってコーヒーをすする美由紀さんという方に、

「雑誌の編集長をなさってるんですか? すごい」

「あはは、そんな大したことないけどね。ことりちゃん知ってるかな? 『MIRA(ミラ)』っていう雑誌なんだけど」

「ミ、MIRAですか!? 毎月買ってます!!」

 

 驚きのあまりつい身を乗り出してしまいました。で、でも、だって、あのミラなんです!! 10代から20代前半の女の子の中でも一番読まれてて、たしか売り上げ部数は他の雑誌を抜いていっつもナンバーワンなんです!!

 わ、私がお洋服というものにのめり込んでいったのも、MIRAの存在が大きいです。手にとったきっかけは忘れもしません、小学生の頃に本屋さんでMIRAの表紙のモデルさんがこっちに向かって恋に落ちそうなくらい素敵な表情をしている表紙に見とれたからでした。

 読モを初めとした出てくる女の子、お洋服、どれもすっごくかわいくて、かっこよくて、特集も面白いし、ああそれでいてカジュアル系であったり、私の好きなガーリー系であったり、ドキリとするようなギャル系もカバーするジャンルの広さもあって、コーデやメイクはいつも参考にさせてもらってて――それで、それで……それで?

 

 気づけば、思いの丈をほとんど言ってしまっていた私がいました。恥ずかしいことをしちゃったと後悔した時にはもう遅くて、私はさっきよりずっと顔が赤くなるのを感じました。

 

 美由紀さんは目をまたたかせて、

「あはは、ありがとぉー! そんだけ、楽しんで読んでもらえてるなら編集者冥利に尽きるわ。こんな身近に熱心な読者がいてくれたなんて驚いちゃった」

 

 失礼な真似をしてしまったのに、美由紀さんは笑いながらありがとうと言ってくれました。それが本当に嬉しくて、涙が出ちゃいそうになった時、

 

 じっと私の顔を美由紀さんは見つめていました。

「えっと、どうしたんですか……?」

「あ、ちょっと待って……」

 

 ボソボソと何事かをつぶやいてメモとスマートフォンを取り出すと凄い早さで画面を確認しながらペンを走らせ始めました。その隣では、お母さんも、ゆーくんのお母さんもまた始まったという顔をしていて、

 

「ことりちゃん!!」

「は、はいっ!!」

「1回、読モやってみない!? 実は今度考えてる特集があって、その特集にことりちゃんメチャ似合うと思うのよ!!」

「え、え~~っ!?」

 

 あまりにも突然すぎて、反応が出来ずにいても美由紀さんはまくし立てます。

 

「そうそう、でね、その企画男の子も必要なの。ことりちゃん気になってる男の子とかいる? いるならその子も誘ってさ、これを機に仲良くなったりさ、まぁあのちょっと協力してくれないかな?」

「き、気になってる男の、子……」

 

 う、うう……そ、そんなこと言われても……そ、それはずっと昔から気になっている人は、い、いますけど……。で、でもそういうのって迷惑なんじゃ……憧れのミラの読モっていうのは興味あっても…………。

 

 完全に頭がパンクしそうになった私の横で、ゆーくんのお母さんは携帯を取り出して、

 

「あ、もしもし、行人? アンタさ、ちょっとバイトしない?」

「ふぇ、ふぇ~~っ!?」

「大丈夫、簡単で、アットホームな雰囲気らしいから」

 

 私が口をパクパクさせている間にゆーくんのお母さんはテンポよくやり取りを進めて、

「なによ、アンタ、ことりちゃんを1人にさせる気? そんな風に育てた覚えはないわよ」

「――! ――!」と電話口の向こうからは叫び声が聞こえてきます。だ、大丈夫なのかな……、と、

 

「じゃ、ことりちゃんに代わるから」

 いきなり携帯を手渡されて、「え、ええと……」戸惑いながらも「もしもし……」話しかけます。

 

「――あ~もしもし、ことりか。お前はやりたいわけ? そのなんか雑誌のアルバイトっての」

 

 正直言うなら、すごくやりたいです。でもそれは、私だけの気持ちかもしれなくて、押しつけたらゆーくんに嫌われちゃうんじゃないかって、色々と考えていたら返事に間が開いてしまって、

 

「ったく、どうせ俺にいきなり頼んで迷惑なんじゃないかって、考えてんだろ?」

 

 どうして――、わかっちゃうんだろ。

 

「そういうの全部抜きにしてさ、お前の気持ちは、どうなんだ」

 次の瞬間にはもう、口にしていました。

「私、やりたい。そして、……ゆーくんも一緒に来てくれてたら、嬉しい、な」

 

 これが私の、素直な気持ち、です。

「――じゃ、俺の分もよろしくお願いしますって伝えといてくれ」

 

「う、うん! ――うんっ!!」

 ありがとうっと伝えて、電話を切ると、美由紀さんたちは全員同じすごく楽しそうな顔をしていました。

 

「はぁ~~青春だねぇ~~。え、なになに、そういう事なの、(ゆい)?」

「そうなのよね~。でもライバル多いのよ、和香(のどか)のとこの穂乃果ちゃんとか、瑠璃(るり)のとこの海未ちゃんとかね。本当はこういうのいけないんだけど、今回だけ。特別ね、ことりちゃん」

「うわわモテモテのスケコマシなワケだぁ、行人君。こりゃ大変だねーことりちゃん」

「頑張りなさいね、ことり、ファイトっ」

 

 さっきよりずっとずっと顔が真っ赤になってたと思います。結局、私はそのまま自分の部屋にかばんを置いてくることもできずに、質問攻めにされちゃいました。

 

 なんでバレてしまったんでしょうか。いつもゆーくんが、お前隠し事ヘタなって言ってくるけど、私はそんなことないよって思ってたのに…………ぐすん。

 

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

    ♪BGM:ぶる~べりぃ とれいん

 

 

 

 

 せわしなく腕時計と停車駅を私は交互に見つめていました。

 

 いつも思っていることですが、自分の優柔不断さはもうイヤになっちゃいます。どのお洋服を着ていけばいいのか、美由紀さんに聞いたところ、「ことりちゃんが思う1番カワイイかっこで!!」とだけ言われてしまったんです。

 あいまいだけどハードルは高い注文、おまけにゆーくんにも見てもらうとなったら、いつもとは比べものにならないくらいのプレッシャーがあって、昨日の夜は持っているお洋服を部屋中に並べて頭を抱えてしまいました。

 

 こんな時、穂乃果ちゃんだったらものの数秒で、海未ちゃんだったらいつもと同じ飾らぬ服で、さっさと決めちゃうんでしょうが……本当に2人がうらやましいです。

 

 結局深夜まで粘っても決めることができず、気づけば朝、お気に入りの枕を抱いたまま床に転がっていた私が時計を確認したとき、待ち合わせ時間まで1時間を切っていました。

 あまりにもびっくりしちゃって「ぴぃ!?」と叫びながら私は、お風呂場に飛び込んでシャワーを浴び、それからどうにか3つまで絞っていた候補の内、白のシャツワンピースにミントグリーンのカーティガン、淡い桃色のロングのチュールスカートが扉の近くにあったのでそれに袖を通しました。

 鏡を見れば、少し目元にクマが出来ていたので、急いでマッサージをほどこすと、どうにか元の肌の色に戻ってくれました。ほっと一安心です。

 

 髪を乾かしながら、今だけは凛ちゃんみたいなショートヘアがうらやましく思っちゃいます。……でも、ゆーくん、昔、髪の長い女の人の方が好きって言ってたから、以来ずっと伸ばしたままなんですけど、きっとゆーくんはそんなことを言ったこと忘れちゃってるんだろうなぁ。

 

 今更、ばっさり切るなんてことは考えませんが、今の私があるのはやっぱり、

「あ、そうだ、えっと時間…………は」

 

 見れば残り時間は三十分を切っていました。まだメイクもバッグの中身も決めていません。花陽ちゃんじゃないですけど、

「誰か、助けてぇ~~~~~~~~~~ふぇ~~~~ん!!」

 

 

 

 

 

 

 私が待ち合わせ場所についた時には、当然……もうすでにゆーくんは来ていました。

 

「お、遅れてごめんなさい!!」

「よう。別に遅れてないだろ、俺が早く来すぎただけだ」

 

 そんなことはないんです。待ち合わせ場所の駅前の時計を見ればわかります。本当は15分も過ぎちゃってるのに、そう言ってくれるゆーくんが嬉しくて、でも同時に自分が情けなくて、

「……ごめんね、ありがと」

 

 何年の付き合いだと思ってんだと笑い、んじゃ行くか、とそのまま歩きだしたゆーくんの隣について、私たちは美由紀さんに指定された場所、最近オープンしたばかりのショッピングモールへと向かいました。

 本当はゆーくんにお洋服の感想とか聞きたかったけれど、せっかく余裕を持って設定してくれた待ち合わせ時間を台無しにしてしまったのは私の自業自得なんですから。

 

 モールの中心にある噴水広場兼イベントスペースが近くなるにつれ、さっきまでは全然なかった緊張が私の足取りをにぶくしてきました。ほ、本当に、あのMIRAに私なんかが読者モデルとして掲載されちゃったりするんでしょうか。ライブ前も緊張しますけど、今の状態はまたちょっと違った緊張で、じっとりと手が汗ばんできていました。

 そこに――

 

「……あ、あれ……」

「ん? どした?」

 思わず指を差してしまったその先にいた女の子は、

「リ、リサさんだよ、ゆーくん!! あれ!!」

 

 はしゃぐ私とは対照的に、ゆーくんは口を開けたまま首を傾げ、

「誰?」

「え、あ、えっとね、西原(さいばら)リサさんって言って、MIRAの読者モデルさんの中で、1番有名なカリスマなんだよ!!」

「はぁ~、そうなのね、ま、たしかにかわいいな」

「うん、それにね、たしかスクールアイドルもやってて、そっちのグループも凄い人気なんだぁ~」

 

 身長は私よりずっと高い上に、やっぱりすごい顔がちっちゃいのでスタイルが抜群に見えます。夏の水着特集とかでビキニを着ていたときに披露していたウエストも……はぁ、私もおやつとかデザートのケーキとか控えるようにしないと……。

 

 それにしても周囲を確認してみると、他にも誌面で見たことのある顔がいくつもありました。憧れの人たちが目の前にいることに1読者として感激です。

「後で、挨拶とかサインとかお願いできるかな……」

「暇なときなら、いいんじゃないか? ……っていうか、その、あれだな」

 同じように辺りを見回すゆーくんに私は、どうしたの、と聞き返します。

 

「……なんか周りカップルばっかりな気がするわけですよ俺は」

 言われてみて、初めて私も気づきました。この、スペースにいる人たち40人くらいでしょうか、だいたいが仲良さそうにしています。

 しかも、みんなかっこいい人、かわいい子ばかりな気がします。もしかして、この人たちもみんな読者モデルさんなんでしょうか。その中に、自分が一員として紛れ込んでいることを想像すると、もともとあったわけではない自信がますます小さくなってしまいました。

 

「――さーん、ことりさーん、聞いてますかー」

「ゎひゃい!? ど、どうしたのゆーくん!?」

「とりあえず、ほれ、あそこ。美由紀さん見つけたから挨拶しに行こうぜ」

 

 ゆーくんの示す方向にはたしかに、スーツ姿の大人と話込んでいる美由紀さんがいました。

 

「ほら、ぼーっとしてないで、行くぞ」

 人の多いこの場ではぐれないようにという配慮なのかはわかりません。ゆーくんは私の手を握ると、早足で人の間を縫っていきます。私はといえば、ぼーっとするなと言われたばかりなのにぼーっとしていました。

 

 ただあったかい手だなって。そんなことを考えていたと思います。たぶん、ですけど。

 

 あっという間に美由紀さんの前まで来るとすぐにゆーくんは手を離してしまって、名残惜しい気持ちにひたることも出来ないまま、こちらに気づいた美由紀さんとの会話が始まってしまいました。

 

「久しぶりね、行人くん。元気してる?」

「どうも、ご無沙汰してます。母からはすっごい適当な説明しか聞いてないんですけども……今日はよろしくお願いします」

 ゆーくんの口ぶりからは、私と違って美由紀さんとは物心ついて以降も何度か会ったことがある様子でした。私も続く形で挨拶すると、

「おっ、ことりちゃん、すごいその洋服凄い似合ってる!! おばさんの目に狂いはなかった!!」

 全身を眺めた後、大げさに褒められてしまいました。恐縮すると同時に、美由紀さんはゆーくんに顔を向けて、

「行人くん、ちゃんとことりちゃんの服、褒めた?」

 とんでもない、よ、余計ではないですけど、ありがたいんですけど、大きなお世話をしてくれました。ドキドキ、心臓の音を高くしながらおそるおそる横を窺います。

 

「今更だけどなぁ……こいつの服が似合ってなかったことなんて、ないですよ?」

 ゆーくんの言葉を最後までちゃんと聞けず、口元を隠して、にやにやしてきちゃうのを押さえるのが精一杯でした。

  

 そんなほてった私に、美由紀さんはぐいと顔を寄せてきて「こりゃ、ほっとかれない訳だ♪ 負けないようにね、ことりちゃん」と耳打ちされました。

 それはそうなんですけど、ゆーくんの周りには、μ’sのメンバーもそうですが、どういうわけだか、かわいい子ばっかりですから……、むぅ……、

 私の悩みなんてお構いなしに、ゆーくんは、

 

「それで今日、何をするんですか?」

「うん、実はね、はいこれ」

 

 手渡されたのは――、

 

「え、これ、カメラですよね?」

 ゆーくんの手元を覗き込めば、たしかに、そうでした。

 

「うん、そうよ。今回の特集は何を隠そう、『恋する乙女たちのスナップショット』!!」

 私とゆーくん、2人同時に自信満々に指を立てた美由紀さんに呆然としました。

 

「とにかく、行人くんは、今日1日このモールでことりちゃんをエスコートしながら、そのカメラで撮って撮って撮りまくっちゃって頂戴!!」

「ふぇ、ふぇえええええっ!?」

 

 た、大変なことになりました。助けを求めようとゆーくんに向かうと、

 

「だ、だ、だ、誰か助けてぇええええええええええええええええええ!!」

 白目を剥きながら絶叫していました。ゆーくん、それ私今朝やっちゃったやつだよ……?

 

 

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 企画意図として、最近カメラが女の子の間で流行ってることや、恋する(ここは()()()()()()()()()()()()()という(てい)ではあるらしいです)読者モデルの女の子のスナップショットを散りばめ、なおかつ最近オープンしたばかりのモールのデートスポットとしての宣伝も兼ねていたりと、一石二鳥どころか三鳥、いや四鳥よ!! という美由紀さんの説明にどうにか私が落ち着き始めた頭で理解に努めていると、

 ゆーくんは目から光を失ったまま一定の感覚で頷くことを繰り返すロボットみたいになっていました。

 

「それじゃ、行ってらっしゃ――――い!!」

 美由紀さんに送り出されるまま、とりあえず行く当てもないまま私たちは真新しいセンターをさまよっています。

 

「何故だ……何故、いつもこんなことになるんだ…………もっとこう、倉庫内軽作業をやってもらいますとかそういう感じで予想を裏切れよ、何故だ…………」

 いまだに現実を認められない様子のゆーくん。そんなにイヤなことだったんでしょうか。だとしたら悲しいな、だって、

 

「私は……嬉しいけどな」

「はい?」

 つい声に出てしまったことを慌てて取り繕います。

「あ、その、ね、ゆーくんと2人きりなの、凄く久しぶりだから……」

 

 私の言葉に、黙ったゆーくんは考え込むそぶりをして、

「まぁ……言われてみりゃそうだな、なんだかんだでだいたい3人以上は誰かしらと行動してた」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、ため息をつくと、

「はぁ、プラスで考えるか。たまにはこういうのもいいかもしれないし」

「それって……?」

「たとえばだな、穂乃果と2人きりだったら俺の負担がぱない。海未と2人きりだったら、ヘタなことができないから気を抜けない。その点、お前は……あー、あんま気を遣わなくていいからな」

 

 それって、褒めてくれてる、んだよね? でも、気を遣わないって、希ちゃんやにこちゃんと話してる時のゆーくんの方が私はそうだと思うな。2人と話してる時は、ゆーくん楽しそうだし。

 

「まぁ恋する云々は置いとくとして、バイト代が出る以上、生半なことは俺のプライドが許さん。ことり、今日はお前を激写しまくるから覚悟しとけよ」

「あはは……それはちょっと違うような……」

 

 よかったです。少しは気分を持ち直してくれたみたいで。そんじゃどこ回るかとエリアガイドをにらむゆーくんに、今大道芸フェスティバルをやっていることを伝えようとした矢先。

 

「ちょっと離してよ!!」

 そんな声が耳に届いたのでした。

 

「いいじゃん、ちょっと俺らと遊ぼうよ~」

「はぁ!? あんたらみたいな見るからに頭の弱そうなのなんでこのアタシが遊んであげなきゃならないのよ!!」

「ああ? かわいいからって、あんまナメた口聞くんじゃねぇよ。いいからちょっと付き合えよ」

 

 人目につきにくい奥まった場所であまり柄の良くなさそうな男の人2人組が誰か、おそらく女の人に詰め寄っているようでした。男の人たちから背中越しに物騒な言葉が聞こえているのに、周りの人たちは見て見ぬ振りをしているのか足をそちらに向ける人はいません。

 ただ、1人を除いて。

 

「あのー、すんません。悪いんすけどぉ、その子と遊ぶの俺が先に予約してたんで」

「は? 誰だテメェ」

「やー最近個人情報うるさいっすからね。そういうのはちょっと遠慮してもらえます?」

 

 その場にいた誰もが避けようとしている出来事に、つかつかと歩み寄っているのは他の誰でもない――ゆーくんでした。

 

「ぶっ殺すぞテメェ、見ててわかるぅ? 今いそがしぃんだよ、見逃してやるからあっち行けや」

 凄まれているのにも関わらず、額を押さえ、

「あーもうこれだから頭悪いのと会話できねんだよなぁ。こっちは見逃せないから来てんだよ。あ、ついでに言うとだね、君たち今動画ばっちし撮ってるから」

 胸ポケットに入れていたデジカメを抜き取ったゆーくんは、そのレンズを男の人たちから自分に向けてピースサインをします。

「はっ!?」

「ぶっ殺すとか物騒なこと言われてビビッちゃったからさ。これね、立派に脅迫罪の成立です。おめでとうございまーす」

「てめっ、そいつよこせ!!」

 男の人が振り回す手をひょいひょいってよけたゆーくんは、

 

「俺だって警察なんかんとこまで行くの面倒なんだ。そんなことさせんなよ」

 しばらくの間、ゆーくんとにらみ合っていた男の人たちはやがて、悪態をつきながらその場から乱暴に去って行きました。

 

 その後、くの字に身体を折ったゆーくんに、私は慌てて駆け寄ります。

「ゆ、ゆーくん!? 大丈夫!?」

 声をかけると、すぐに顔を上げ、

「はぁ~~~ッブね~~~見逃してくれたぁ~~~、何あれ、超ソリ入ってたぞ。今時絶滅危惧種のヤンキーだったな」

 いつも通りのゆーくんだから、よかったぁ……ケガはなかったみたいです。もしケガなんてしてたら、私の心臓が止まっちゃったかもしれません。胸を撫で下ろし、私は、男の人たちに詰め寄られていたはずの女の人に向かって、

 

「あの、大丈夫……でしたか?」

「お、そうだった、災難だったなあんた」

 

 掴まれてシワの寄った袖を直しながら、その人は、

「うん、大丈夫」

 

 ようやく見えたその顔は、

「え、うそ…………」

 

 

「助けてくれて、ありがと」

 憧れの、西原リサさん――その人、でした。

 

 

 

 

 

 

    ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「はーい、ゆっくんいいよ、撮って!!」

 慣れた様子で、表情とポーズを決めたリサさんに対し、私はどうしてもぎこちない表情しか浮かべることが出来ませんでした。

 

「あいよ、撮るぞー」

 カシャとシャッターの音が鳴り終わるのを待って、私はグラスから伸びるストローを咥えるのをやめました。ため息がつきそうになるのを我慢しながら、私は2人を窺います。

 

 ストロベリーサンデーのアイスと生クリームを載せた細長いスプーンをリサさんはゆーくんに向けていました。

 

 

 

 

 ――元々、リサさんも今日、美由紀さんに言われ一緒に来た男の人がいたらしいのですが、あの時、絡まれていた男の人たちに軽く頭をはたかれ、リサさんを見捨てて泣きながら家に帰ってしまったそうです。

『あんな奴だと思わなかった。まさかママー!! って叫んで見捨てられるなんてね』

 笑いながら語っていましたが、もしゆーくんが助けに入っていなかったら危なかったことは間違いありません。本当によかったと……思います。

 

 1人になってしまったリサさんは、事情を告げて帰ろうかなと少し視線を落としながらつぶやきました。その姿を見かねたのか、ゆーくんは、

『あー……写真ぐらいなら、まぁ撮ってもいいけど?』

 

 そう申し出ました。

 私を一瞥してからリサさんは、

『いいの……?』

『ああ。悪いけど、いいか、ことり?』

 

 聞かれてしまえば、私はこれしか答えるすべを持っていませんでした。

『うん、大丈夫だよ。リサさんも、気にしないでください』

 

 

 

 

「ほらほらゆっくん、あーん」

「ちょ、ちょ、おやめなさい、はしたないですよ!!」

 だいぶ打ち解けた様子のゆーくんとリサさんはじゃれあっています。会って数時間程度などにそこまで仲を深めることが出来るなんて、それがゆーくんのいいとこでもあるけれど、きっと2人の相性自体もいいのかもしれません。

 

 なんというか、天真爛漫というべきなのでしょうか。凄い純粋な気持ちで喜怒哀楽を表現出来る、リサさんはそんな人でした。たぶん、そんな人のことをゆーくんは好ましいと思うはずです。

 それくらいは……わかります。

 

 さっきもリサさんに引っ張られるまま、オリジナルアクセサリーのワークショップを参加したんですけど、それぞれが思い思いのアクセサリー、アフリカの方のお守りらしいブレスレットを作りました。出来上がったブレスレットをリサさんは、これさっきのお礼と言ってゆーくんに渡しました。受け取ったゆーくんは、じゃこのお礼、と言ってお返しに自分のブレスレットを贈り返していました。なにそれと互いに笑い合う2人の隣で私は自分の作ったブレスレットをいじりながら、愛想笑いをただ、浮かべていたんです。

 

 ……せっかくの2人きりの時間、だったのになぁ。

 やだなぁ、どうしてもひどいことを考えちゃう。やな子になっちゃう。

 でも、リサさんと楽しそうに話しているゆーくんを見ていると、心が締め付けられるように痛いです。

 

 目が熱くなるのを感じた私は、

「……ごめんなさい、ちょっとお手洗いに」

 

 逃げるように、その場を後にしました。人混みに力なく流され、偶然発見したトイレに駆け込んで、個室の鍵を閉めます。閉めた扉によりかかって、私はバッグからハンカチを取りだして、顔を拭いました。深呼吸をします。大丈夫、落ち着いたらすぐ戻らないと。

 

 何度か繰り返すと、私は個室を出て、鏡の前に立ちました。幸いにも充血はしてないようなので、たぶん2人にも気づかれないでしょう。

 

「や、お疲れ」

 不意に投げかけられた言葉の持ち主は、私の隣に並んで、

「リ、リサさん?」

「うん、あたしもちょっとお手洗いって言って抜けてきたの」

 

 こうして、並んでみると自分のちんちくりんさが浮き彫りになります。顔の小ささや足の長さなど絵里ちゃんと同じか、それ以上かもしれません。やっぱり外国の人の血が入っているとここまで違ってしまうものでしょうか。

 

「ちょっと話、いいかな?」

「は、はい」

 

 回りくどいのは好きじゃないから単刀直入に聞くけど、と前置いて、

「ことりちゃんさ、アナタってゆっくんの……彼女だったりする?」

 

 その質問は簡単に私に突き刺さりました。

 

 私にとってのゆーくん、ゆーくんにとっての私。

 

 それはきっと……イコールで結べるものではないと思います。

 矢印の向いている先に矢印があってくれればいいなって、何度も何度も思ったけれど、どうなんでしょう。少なくとも今の私にはわからなくて、勝手に口をついたのは、

「いえ……違います」

 

 否定の、言葉でした。

 もちろん、事実、なんですけど。

 

「そっか」

 ――もしも、今フリーなら、アプローチしてみよっかな。

 

 身体が震えました。

 

「かっこいいし」

 知ってます。

 

「面白いし」

 知って、ます。

 

「優しいし」

 知って、るんです。

 

「それになんか、――ズルいよね彼」

 そんなこと、ずっと前から、全部知ってます。だって、私…………、

 

 じっとリサさんがこちらを見つめていることに、私はそこで気づきました。

「ことりちゃん、アタシさ――――」

 

 それ以上、続く言葉が恐くて、私はもう一度、逃げました。後ろでリサさんが何かを言っているのが聞こえたけど、一心不乱にただその場から走って、走って、走って、苦しいのに何故か冷静な頭の部分がありました。

 

 足をゆるめ、途切れ途切れの息の間に、

「本当に、意気地なしだな……私」

 

 しゃがみこんだ拍子に、スカートが少し上にずれて――それが目に入りました。

 今ではだいぶ薄くなった左ひざの傷跡。傷ですけど、大事な、思い出がある、大切な傷です。

 

 

 

 

 昔の話です。

 

 今じゃ私自身、信じられないくらいなんですが、私は生まれつき左足のひざが弱かったんです。歩くことすら出来ないとかそういう訳じゃなかったけれど、5歳の時に手術をして、徐々に普通に歩いたり走ったりすることが出来るようになるまでは、軽く足を引きずる癖がありました。

 

 そのせいで、一緒に遊んだりした子たちにからかわれたり、同情されたりしたこともありました。でも、その度、年長さん、いやそうじゃないですね、それだけの理由じゃなくて、ゆーくんが守ってくれました。それが、私にとってはいつも白馬の王子様に見えていました。

 

 きっかけは、手術をして、定期的な検診のために真姫ちゃんのお家の西木野総合病院に誰にも言わないで通っていたときのことでした。当時は手術の傷跡も真新しく、いかにも何かをしましたっていう感じがあったのと、他人に指摘されたりするのが嫌で、私はいつもアイボリーのロングのワンピースを着ていました。

 

 これさえ着ていれば必ずひざ下まで隠れるから。

 

 お気に入りだったのもありますけど、他の女の子たちがかわいいミニスカートを着ているのに私は着れないうらやましさが逆に意固地に私をいつも同じ格好にさせていました。

 

 そんなある日、検診を終えて病院を出ようとした私は、病院で同じようにありがとうございましたーと言いながら診療室から出てくるゆーくんとばったり出くわしてしまったんです。

 ゆーくんは肩を氷のうで押さえていました。後になって聞いた話ですが、海未ちゃんの家で古武道の師範である海未ちゃんのお父さんに組手をしてもらっている際に受け身を失敗してしまったのだそうです。

 もちろんそんなことを知るよしもなかった私は、どうしてここにゆーくんがいるのか、また裏を返せばゆーくんにとってもどうして私がここにいるのか不思議に思わないはずがない、聞かれたら遅かれ早かれ傷のことがばれちゃう。

 

 もしも――絶対にそんなことしないってわかってるはずなのに、もしも、万が一、ゆーくんに傷のことを笑われたりしたらどうしよう。

 

 動揺の極致に追いやられた私はじわりとにじんだ涙を拭いながら一目散に走り出しました。そして、お家に帰る途中で疲れて立ち止まるまでずっと走り続けました。もうこれ以上走れない。限界にしゃがみ込んだ私はそのまませきが壊れたように泣き出しました。でも、すぐに、

 

『――おい、人が追いついたしゅんかんになき出すとか、ひどいじゃんか』

 にじんだ視界に立っていたのは、肩で息をしていたゆーくんでした。

 

 ゆーくんは無理矢理私を立たせ、手を引いて近くの公園のベンチまで連れてくると、私を座らせました。

 

『どーしたんだよ? なんかあったか?』

 話せないから、ここまで逃げちゃったんです。話せるわけがありませんでした。

 

 なのに、何も語らず泣いてるだけの私の隣にずっとゆーくんは黙って寄り添ってくれました。2時間くらいはそうしていたでしょうか。さすがに涙も枯れてきて、おまけにお昼ご飯を食べていなかった私のお腹がくぅと一声鳴きました。

 赤面する私のひざの上に載っけられたのは、見覚えのある、穂乃果ちゃんちのどら焼きでした。

 

 ちらとゆーくんの顔を窺うと、吹けもしない口笛を必死に吹くふりをしながら、ゆーくんはあさっての方向を向いていました。

 ゆっくり、それを手に取った瞬間でした。

 

 エサをもらえるとでも勘違いしたんでしょうか。ハトさんたちが私たちの目の前に降りたってきたんです。

 いきなりの出来事に私は「きゃっ」と驚きながら足を上げてしまいました。その拍子にスカートがずれて、隠したかったひざこぞうが出てしまいました。すぐに隠したんですけれど、ゆーくんは見てしまったみたいで、

 じっと私のひざの辺りをにらみながら眉を寄せていました。

 

 ――ああ、見られちゃった。その顔じゃ、やっぱりこの傷のこと、なんかヘンとか、きもちわるーいとか、こわいとか、思われちゃうんだろうな。

 そう思うと、無性に悲しくて、枯れたはずの涙腺がまた働き始め、

 

『おまえ、いつもそのふく、きてたのこれをかくそうとしてたのか?』

『…………うん』

 隠したかったのに、結局ダメだったけど。目元を両手で覆うと、

 

 

 

 ――ビリッ

 

 

 

 まさしく衣を裂く音がしました。

 

 最初は何が起きたのかわからなくて、どこでその音がしたのかなと周りを確かめて、何もないからおかしいなと目線を下にやって、ようやく、

 ゆーくんがとがった石で私のワンピースを、まるでスリットを作るように破いていたことに気づきました。

 

 本来、布を手で裂くというのは非常に難しいんです。普通は裁ちばさみを使って、繊維の方向に沿ってうまくやらなければきれいに裁つことはできません。それを無理矢理、手の力と石だけでやろうというのですから、無残、と言ってもいいぐらい不格好に、ゆーくんは私のももの途中から左ひざにかけての部分をちぎりました。

 これじゃ、もうどうやったって隠すことなんかできません。

 

 なんてひどいことをするんだろう。そう思った私に、ゆーくんは破った布を風に載せて放りながら、

『はずかしくても、かくすな!!』

 叫んだんです。私のひざを指差しながら。

 

『こんなのあったって、おまえのいいとこはほかにいっぱいあるだろ!!』

『こと、り、の、…………いいとこ?』

 

 ぶたれたかのような衝撃に包まれながら、私はおうむ返しをしてしまいました。

 

『ああ、おまえはやさしい!! だれかほかのやつのことをちゃんと考えられる!!』

 でもな!! 怒ったように地団駄を踏みながら、

『ちゃんとじぶんのことも考えろ!!』

 

 じぶん、のことも、考える。

 今まで見たこともなかったゆーくんの剣幕に圧倒されながら、私はただその言葉を繰り返していました。

 

『いろんなはずかしいとこも、あるけど、いいとこも、ある。どっちもある、これがわたしなのってむねをはれよ!!』

 ――おれの知ってることりがむねをはってないのは、おかしい!!

 顔が真っ赤になるぐらい大声で叫んだゆーくんは、落としてしまったどら焼きのビニールについた土を払いながらもう一度私に押しつけると、振り返らずに走っていってしまいました。

 

 残された私は、自分のひざを見つめながら、呆然とつぶやきました。

『ことりが、やりたいのは…………むねをはりたいのは』

 ようやく見つけた答えに私は――――

 

 

 

 

 くすっ、あの後は大変だったなぁ。お家に帰って、一人で着替えようとしていたら、ゆーくんのお母さんから電話がかかってきて、謝られた後、明日の昼○○デパートで待っててって言われていきなり切られちゃって、何かなぁって思いながら翌日行ってみたら、口を引きつらせたゆーくんが待ってたんだっけ。そしたら、

 

『きのうは、はじをかかせて、ごめんなさい。おわびにぼくがあたらしくてかわいいのをいまからかってきます』

 もの凄い、棒読みだったけど、あれはきっと事情を知ったゆーくんのお母さんが言わせたんだろうなぁ。

 

 2人で子供服売り場まで行って、金はもらってるから好きなのえらべよってぶっきらぼうなゆーくんに、ゆーくんがえらんで? って返したら、顔を青くしてたっけ。ただでさえ女の子しかいない場所にいて気まずそうなゆーくんに、あれはいじわるだったかな。でも、ちょっと楽しかった。

 

 珍しく、決められず半泣きのゆーくんにわたしは、助け船を出すようにあるお洋服を渡しました。

 

『え、これで…………いいのか?』

『うんっ、ことり、これがいい!!』

 

 それは、――ずっと憧れていたミニスカート。

 

 ゆーくんに買ってもらってからは嬉しくて、どこへ行くときもずっとはいてたんだよね。そうしているうちに、あれほどいやで、こわがっていたひざを見せることが全然いやじゃなく、こわくなくなっていました。思えば、私がファッションに興味を持ち始めるようになったきっかけはあれだったのかもしれません。

 

 今はもうちっちゃくなってしまって着れなくなっちゃったけど、今も部屋のクローゼットにあのアイボリーのワンピースと一緒に宝物として大切にしまってあります。

 

「自分のことも考える、だよね……」

 そして、胸を張らなきゃ。

 

 撫でていた傷にありがとうとつぶやきます。もしかしたら大事なことを忘れていた私に、神様が救いの手を差し伸べてくれたのかもしれません。

 そうしてみると、今の状況はあの時と似ているのかも。こうして走り疲れた後で、声をかけてくれるのはやっぱり、

 

「――おい、」

 ゆー、

 

 

 

 

 

「きみぃ、今、1人ぃ? ――じゃ、俺らと遊ぼうよぉ~~」

 

 くん、じゃなくて、そこにいたのは、さっきリサさんに詰め寄っていた男の人たちでした。

 

「え、わ、私…………」

「知ってるよ。きみさっきのムカツク野郎と一緒にいた子だよねぇ。気づかなかったけど、かなりカワイーじゃん」

「うわ、マジタイプだわ俺。こういう大人しめの子」

「ご、ごめんなさいっ」

 逃げようとした途端、腕を掴まれました。

 

「どこ行くのぉ~? そっちじゃなくて、俺らいいとこ知ってっから。ね、遊ぼうよ」

 助けをよぼうにも、人の往来があるのは少し離れているみたいで、また大声を出したら、一体どんなことをされてしまうのか、二の腕から除く入れ墨に私は震えが止まりません。

「うわっ、髪もすべすべで超いいにおいじゃん」

「いやっ、やめてください……」

「え、いいじゃん、大丈夫だよ、ここ誰も来ねーし」

 

 勝手に髪の毛を触ってくる太い手に鳥肌が立ちます。いやです、本当に気持ち悪くて、こわくて、少しでもそれが動く度に気が遠のきそうになって、

「……ぅ……ゆーくん、…………たす、けてぇ…………」

 

 

 

 

 

 

「――お前のその、テンパりがマックスになったらぴゅーって走り出す癖やめてくれ。心臓に悪い」

 

 突然、私の髪を撫でていた方の男の人が悲鳴を上げたかと思うと、次の瞬間、床に這いつくばっていました。その手を掴んでいるのは、

「ゆ、ゆーくんっ!!」

 

「よう、ことり、いや、人の話聞いてたか。お前マジ気をつけろな。世の中こういうバカとか車とか多いんだから」

 大して力を入れていないように思えるのに、ゆーくんが男の人の腕をひねっていると苦悶の表情でうめいています。

「うっさい、ちょっと黙ってろ」

 足をくいっと動かして、男の人のあごに当てると、あれほどわめいていた男の人が眠るように意識を失いました。

 

 驚きおののく、残りの男の人から私はゆーくんに奪うように抱き寄せられました。そして、背後へと回されると、

 

「いやぁ師匠(せんせい)からは、素人に向けるなとは言われてますけども。――んなの関係ねぇよな。なにことり泣かせてんだ。ブチ殺すぞてめぇ」

 

 それは、数えるくらいしか見たことのない。ゆーくんが本当に怒ったときの顔でした。

 

「な、なんなんだよテメェは!?」

 答える義務はないとばかりに、無言で距離を詰めるゆーくんは、腰を抜かした男の人の耳を引きちぎらんばかりに引っ張ってその耳に何事かをささやくと、見る見るうちに男の人の顔が青くなっていきました。

 必死に頷く態度に免じて、ゆーくんは男の人を解放してあげると、

 

「ちゃんとそこの生ゴミ持って帰れよ」

 震え上がるような声色で、気を失った男の人をあごで示しました。もの凄い速度で回収すると、男の人たちは一目散に逃げていきました。

 

 ため息をつきながら、こちらへ振り返ると、ゆーくんは、

「大丈夫か、ことり。ケガとかしてないか?」

 いつも通りの口調で心配してくれました。

 

 それに、ほっとしてしまって、

「……~……ゆぅ~~くぅん…………ひっぐ……怖かったよぉ……~…………」

 気が緩んだら、涙があふれてきました。

「ああ、ほら泣かない泣かない。大丈夫だって、もう追っ払ったから」

 抱きしめながら頭を撫でてくれる手は、やっぱりとってもあったかかった、です。そして、落ち着くまでそうしてくれました。

 

「……ねぇゆーくん、さっき、あの人に何て言ったの……?」

 私が尋ねると、ばつが悪そうに、

「いやなに、オーガ……じゃなかった、おーばさんの知り合いの知り合いにこわーいお兄さん方がいらっしゃるから、大人しくしてないと冷たい海の底に沈められちゃうぞって優しいアドバイスしといただけだっとと」

 

「ゆっくん、頼まれてた警備の人呼んできたよ!! ことりちゃん大丈夫だった!?」

 

 私から離れたゆーくんは、西原さんが連れてきてくれた警備員と責任者の方々に今しがたあったことを説明しました。その際に、西原さんの時に撮影した動画を添えて。

 どうやら最近そういった女の子に声をかける人たちの苦情が多発していて困っていたようです。謝罪された後然るべき対処をすることを約束してくれました。

 

 これで、一安心、ってことでいいのかな。

 

「このような事態を招いてしまい、面目次第もございません。私共にできることがありましたら、何でも仰ってください」

 責任者の方の申し出にどうする? とゆーくんは、目で訴えてきます。

 

 そんなこと言ったらめいわ――、と思いかけて、とどまりました。本当に申し訳ないけど、1コだけ、思いついたことがあります。

 さっきまでの私なら、そこで諦めていたでしょう。でも、一瞬だけひざへと目をやります。

 

「それじゃあ……1つだけいいですか?」

 すっごいわがままだけど、でもそれが、どうしても私がしたいこと、なんです。

 

 

 

 

 

「はい、ゆっくんお待たせしました~」

「いや、これとこれを着ろって渡されて、着てからマジで結構待ちましたよ? コーヒーおかわりしちゃったかんね?」

 カーテンの外からは、西原さんが連れてきてくれたゆーくんの声が聞こえてきます。

 

 ――いやもう降参降参、最初からアタシが入る隙なんかないじゃん。

 ――ことりちゃんがトイレから走って出た後ね、ゆっくん血相変えてアタシほっといて全速力で追いかけちゃうんだもん。

 ――お似合いだよ2人とも、悔しいけど、お姉さんからのプレゼントあげちゃう。

 

 今私の身を包んでいるのは、あの女性誌No.1、『MIRA』のカリスマ読者モデル西原リサさんによるコーディネートです。いつも私が来ているコーデとは全く違ったテイストは、もちろん西原さんの好みが入ってるけど、

 ――任せといて、オトコノコはみんな、こういうギャップが大好きだから♪

 

 深呼吸を1つ。これがライブならたくさんのお客さんを意識しないといけないけど、今、意識するのはたった1人の大好きな人。

 白シャツの上にノーカラージャケットを重ねて、ストールを巻きます。足元はソックスにパンプス、そして、ボトムスは青い、――ミニのデニムスカート。

 

 鏡で全身を確かめた時は、あまりのオトナっぽさに、私は大丈夫ですかってリサさんに弱気な声を出してしまったけど、大丈夫。と太鼓判を押してくれました。憧れの人のお墨付きを信じないようでは1ファン失格です、よね。

 

 さぁいよいよ、です。

 

「まばたき厳禁だかんね、ゆっくん。ほらことりちゃん、見せてあげなよ」

 カーテンに手をかけて、ゆっくり自分の手で幕を開きました。

 

「どう……かな?」

 

 口をあんぐりとしたまま、ゆーくんは目をぱちくり、ぱちくり。

 

「当店自慢のプリンセスでございます。いかがです?」

「え、オレスカ……?」

「もう1人しかいないんだから、とぼけないのー」

 

 リサさん、それは違います。今のはとぼけてるんじゃなくて、本当に思考がまとまってないときのゆーくんです。

 それにしても、ゆーくんもリサさんがプロデュースしてくれたおかげで、見違える……はひどいか、ますます、カッコよく見えます。

 赤のチェックシャツの上に、黄土色のネクタイ、そしてとどめのショールカーディガンがぐっとオトナっぽさを上げています。

 

「いや、そのぅ…………あれだな」

 はにかむように笑いながら、ゆーくんは、新鮮だなと言ってくれました。

 でも、それだけじゃダメです。私は、まだ物足りません。

 

 ゆーくんはズルいので、私もズルをして、言葉にしてあげません。ただひたすら待ちます。今日はまだ一言も聞いてないんですから。ただリサさんが咳払いをして、ヒントを出すのは特別に許してあげます。

 

「え、や……はは、はいはい……わかってますよぅ……」

 だんだん、ゆーくん、顔が赤くなってる。くすくす。ダメだなぁ笑いそうになるの、がまんしないと、でもどうしてもくちびるがUの字になってしまいます。

 

 やがて、とうとう決心してくれたのか、肺の息を全部絞り出してから、ゆーくんは、

「超似合ってるぞ、ことり」

 まだまだ、もっと、です。

 

「――最高にかわいい」

 

 もうがまんできませんでした。嬉しさが大好きが全部が詰まった笑顔が爆発して、私がゆーくんに抱きつくのと同時に、

 

 ――パシャッ

 

「最高のショット、頂きました」

 そんな声が、聞こえたんです。

 

 

 

 

 

 ♪MUSIC:Darling/V6♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「編集長~、今月号の表1上がりましたよ~」

 出来たてほやほやのゲラを持ってきた部下に、本城(ほんじょう)美由紀(みゆき)はPCのディスプレイから顔を上げた。

 

「あ、ホント? おけ、じゃちょっと見して」

 想像がカタチになって現れるこの瞬間は、何年経とうともわくわくするものだ。そして、それが想像を上回ったカタチだった時は、

 

「おぉ~!! バッチグーじゃん!!」

 そりゃ死語も口にしたくもなる。

 

「私も、久しぶりにときめきました。編集長、よくこんなかわいい子見つけて来ましたね」

「でしょでしょ? やっぱあたしの目に狂いはなかったわ」

 

「でも前代未聞じゃないですか? いきなり新人の子が表紙飾っちゃったの」

「うーん、そうね、前例はそ~と~昔になっちゃうけれどあったり、っとっとあたしまだ新人だし~、そんな昔のこと知らないし~」

 毎度毎度の年齢ネタに、部下は苦笑を浮かべ、同時に、もう一度美由紀の嵐の後のような地獄絵図の机上に置かれたゲラを見つめる。

 

 ――ああ、何度見ても、

「こんなステキな顔されたら、男でも女でも恋に落ちちゃいますよ」

 

 しみじみ口にする部下に、美由紀も静かに頷きを一つ。

「だよねぇ、『恋する乙女のスナップショット』か」

 

 誰がどう見ても、この写真に写った彼女の表情を疑うことがあろうか。あるわけがない。百人が百人、いや千人が、万人が見ても、そう思うに違いないのだ。

 

 ――彼女は紛れもなく、今この瞬間、恋する乙女である、と。

 

「こんな顔を向けられているのって、誰なんでしょうね」

 

 どんな人間なのかは、もちろん知っている。大の親友の息子だ。そして、この写真に写っているのは、大の親友の娘でもある。だが、まぁ、今はそれを胸にしまっておこう。

 これから先どうなるかは2人次第、なのだから。

 

「さぁ~、案外今頃、くしゃみでもしてるんじゃないかな」

 

 

 

 

 

「ぶぇっっくしょん!!」

「ゆーくん大丈夫? かぜ?」

「あー、それか誰かが噂してんのかな……」

 それだったら大変です、私は勇気を出して、ちょっと大胆だけど、

 

「どれどれ……」

「ちょちょちょ、おま……」

 おでこをゆーくんのおでことくっつけました。はたして、私の体温があったかいのか、それともゆーくんの体温があったかいのかな。えへへ、どっちも、かも。

 

 真っ赤なのはお互い様なんでしょうけど、ゆーくんは口をパクパクさせながら、私から離れると、

 

「こここ、こ、この前、なかなか2人きりになれなかったからって、お前が遊園地行きたいって言ったんだからな。ちゃんと俺をエスコートしろよ!!」

「うん!!」

 

 その返答が予想外だったのか。ゆーくんが突きつけた指は力なく垂れ下がりました。その手をすかさず私はつかんで、

 

「最初はメリーゴーランドだよ!! 2人乗りしちゃお♪」

「マジかよ、道交法的にもお馬さん的にも2人乗せるのはキツいんじゃないかなぁ……」

「うん、大丈夫だよ。お姫様ぐらいは載せてくれるよ。だって、」

 

 

 

 ――ゆーくんは、私の白馬の王子様だもん♪

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 こ、ことり姐さん、お誕生日おめでとうございます!! いやぁ最長ですよ最長、さすがです、しかも誕生日当日に間に合ってよかったよかった。←
 いつか、アイマスのように、ラブライブでもカバーアルバムを出してくれないものでしょうか。そしたら、ことりさんに歌って頂きたい曲がこちらでございます。うんうん歌ってる人たち、アイドルつながりでね……あれ、なんか違う? まぁんなこたぁいいんですよ!! そうそうこの曲のタイアップだったドラマのタイトルがですね……あっ、はい……、


 ……はい、じゃ、

 おやつになってきます。いつか、また……

 

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