僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#26 エニシ

 

 

 

 

「は…………?」

 アイテヤク? あー相方のこと? はいはい、ボケとツッコミすればいいのかな。任せろ、俺の磨き抜かれたシュールギャグなら500キロバトルは固い。

 

「日高さん?」

「よーし、チャンピオン大会目指してがんばるぞーウフフフ……」

「ちょ、ちょっとツバサ、日高さんがなんかいけないものを見てるんだけど」

「んー? そういう時はこうして……」

 

 ――ふっ。

 

 耳元から生じたゾクゾクが背中を走った。

「ヲうぉおわっ!? え、え、なななになに、なにやった今の!?」

 現実から逃避した先が現実だったことに俺は混乱の極みに陥る。なんかどえらい方法でしかも引き戻された気がしますよっ。

 

「アッハハハ、いやぁイイ反応ありがとー」

 けらけら笑うこのアマ、ぐぬぬぬ俺様の敏感ポイントをもて遊びやがって。許せ――

 

「すみません、本当にすみません……」

 メリメリと心なしか聞こえる音に俺の怒りは鎮火する。すげぇいくら綺羅が小柄でも、片手でこめかみ掴んで持ち上げられるんだぁ、女の子なのに千歳さんてば力持ちだなぁ。

 

「それでどうでしょうか。引き受けて、もらえないでしょうか」

 

 机に突っ伏した綺羅を横目に、俺は考える。

 

 このNo.1スクールアイドルのPVで相手役? 冗談キツいぞ。たしかにアイドルといえど、PVとかで男との絡みが多少あるのは実際に見たことある。が、しかし、一介のクールガイである俺と綺羅ツバサが何をさせられるのか知らんが、ファンから呪殺されかねん。俺の作戦方針「いのちをだいじに」は依然そのままだ。

 

 だが、

 断ったらどうなる。必死に拒否すれば、そりゃ強要はされないだろう。俺の代わりなど向こうの立場からすればいくらでも探せるはずだ。今回の話は、絶対的な優位に立つ彼女たちが折角くださった機会。言葉は悪いがそういうことになる。

 

 そして、それは俺と彼女たちを予期せぬ形で結んだ、か細い縁と言う名の糸でもある。

 断れば、切れる。

 結び直すことは不可能だ。覆水は盆に返らず、割れた皿は元に戻らない。

 

 ここまでわざわざやってきたのは、そんな無意味なことをするためじゃないのだ。虎穴に入ったのならば虎児を得ずには帰れまい。

 

 口を湿らすために、紅茶を流し込む。ほぞを固め、

 

「――やります」

「ありがとうございます!! 安心してください、ちゃんと顔は隠せるものを用意してますから」

 

 顔も固まった。

 

 ん? んん? あれれー? おかーさーん、ぼくのけついはどこー? 大事なものをかなぐり捨てる覚悟とはなんだったのー。

 ていうか何、ちょっと待って、どゆことですか。

 

「あの、説明……願えますかー」

「はい、もちろんです。まず今回PVを作る曲のコンセプトからお話ししますね」

 

 

 

 

 

 

 

『Mr.PHANTOM』

 それが曲名なのだそうだ。

 マル秘と打たれた企画書を渡され、千歳さんが説明がしてくれた今回の曲及びPVの概要をかいつまむとこうなる。

 

 古城にて夜な夜な繰り広げられる異形のモンスターたちのパーティー。それを主催しているのは古城の主である仮面をかぶった怪人である。

 ある満月の晩、A-RISE扮する少女達が運悪くその城に迷い込んでしまう。知らず、そのパーティにも紛れ込む内、綺羅ツバサは怪人と邂逅する。で、歌って踊ってるうちに少女たちをただの人間と知らないモンスターたちは一夜の恋に落ちていくみたいな歌詞の内容で、それに沿ってPVも作る、と。

 

 いやいや、ていうか、そんな一杯いるなら俺モンスターAでよくない? なんでよりによってメインの怪人様なんだよ。

 

 横を見ると形の良い唇を吊り上げるNo.1アイドル。おのれ、貴様か。

 

 俺の視線に気づくと、すぐさま顔を突っ伏し直す辺り、こいつ超いい根性してますね、ええ。

 

 ……はぁ、ともかく、顔を隠せるってのはその仮面があるからだそうだ。続いて一緒に渡されたPVの絵コンテを見る。ぱらぱらとめくっていると、最後の最後でとあるカットが目に飛び込んできて、

 絶句した。

 

「――どうかしました?」

「いや、あの……これって」

 疲れ目かな。うん、あの一文、俺の目の錯覚に違いない。帰り、目薬買ってくのを忘れないようにしないと、うん。

 

「あーこれね、切なーい、別れのシーンだね」

「目を開くと変わってる。目を開くと変わってる。目を開くと変わってる。はい、目を開くと変わ――」 

 

 ――少女、別れ際に怪人の仮面に口づけする。

 

「ってなあああああああああああああい!!」

 なんだよこれ!? 怪人の仮面越しにちゅーしてる少女が描かれてますけどぉ、いいんですかこれ!? ハレンチだろ!! PTAを呼べ、PTAを!!

 

「お、落ち着いて下さい日高さん」

「いや、でもこれ、ダメでしょう? いやいやいやダメですってこれアウトー!!」

「なーに焦ってんのさー」

「いやそりゃ焦るだろ。つか千歳さん? これ許しちゃってオッケーなんすか!? アイドルですよ!?」

 

 頼むぞストッパーと千歳さんに振ると、

「日高さん。女の子の水着姿とかお好きですか?」

「ぉえ? や、ま、まぁ……」

 唐突な問いかけにうろたえる。そりゃ、好きか嫌いかで言ったら愛してますけど。

 

「男性の方からしたら、水着はサービスでしょう。でも、私たち女の方から見れば、水着のどこに喜ぶのかあまり理解出来ません」

 眼鏡の奥からこちらを見据える氷の瞳と回り出した弁舌に俺は上げた腰を思わず下ろす。

「逆に、ラブロマンスならどうでしょうか? 私は好きですけど。日高さん、男性の目から見て、たとえば映画とかで、好きこのんで見たいと思いますか?」

 

 無論、中にはラブロマンスを好きこのんで見る男も当然いるだろう。だが、男女が紆余曲折の末にくっつく映画より、同じ映画館で、ハリウッドが湯水のごとく予算を注ぎ込んで、美女と火薬と高級外車とVFXをふんだんに使いまくったアクション映画が上映されているならば、俺はそちらを見たいと思う。おそらくそれは大多数の野郎とて同じだろう。

 これは最大公約数の問題なのだ。

 水着の例とて同じで、男のアイドルの水着の姿が大好きな女もいるだろう。だが、グラビアアイドルという職業が成り立っているのは女だけだ。男のグラビアアイドルなんて聞いたことがない。ということはつまり、男とは違い、女は異性の水着姿に興味があるのが多数派ではないのだ。

 

「A-RISEのファンを表明してくれている方々は、Gステを見る限り男女比が半々と言った所なんです」

「……つまり、そのそれぞれの好みに合わせた、アプローチをしなければって、ことですか?」

 

 向けられていた瞳の温度がたしかに上昇した。同時に耳朶を打ったのは、

「おー、お見事!!」

 綺羅の拍手だった。

 

「……なにが?」

「文ぽんの意図をちゃんと理解出来た。これって結構スゴいことだよ?」

「ツバサ」

 たしなめるようにその名を口にする千歳さんに対し、

「チッチッチ、褒めるべき所は褒めてあげないとダメだよ文ぽん。第一ちょっと嬉しいでしょ?」

 絶妙に煽る感じで人差し指なんか振ってるから、ああほらまたメリメリって……、

 

 しかしまぁ、そういう考え方もあるんだな。理解出来たって、一人でじゃない、教えてもらったんだ。それを勝手に褒めてもらったところで、嬉しくもなんともない。

 まぁ所詮、俺の考えは一面的でしかなかったってことだ。彼女、千歳さんはいつもこういった類のことに絶えず気を配っているのだろうか。

 だとしたら、なるほど――紅尾梓が4人目と言った訳が頷ける。

 

「いたただだだ、ぎぶ、ぎぶだよ文ぽぉん!!」

 このままではこのオチがひたすらループする予感が襲ってきたので、俺から話を進める。

 

「まぁそういう需要もあるのかなってことはわかりました。ってかそもそも……綺羅とかどうなんだ? このシーン」

 普通、嫌がるもんじゃないのか。仮面かぶってるとはいえ、いきなり大して知りもしない男にキキキ、キッスとか。

 

「んー? 私は別にいいよ」

 千歳さんの拘束からはずれると、綺羅は、

「行人くんのこと気に入ってるし」

 億面もなくそんなことを言う。ス、ストレート過ぎやしませんでしょうか。

 

「あーもしかしてぇ? 仮面越しじゃない方がよかった?」

 うりうりって肘で小突いてくるな。超ウザい。反応したら、こいつの思う壺なので我慢する。べ、別にちょっと言われて想像なんかしてないんだからね!!

 

 そこに、ノックの音が突如割り込んできた。

 

「し、失礼しみゃす!!」

 噛み噛みだった。

 

 頭のてっぺんから出すような声と共に入室してきたのは、随分と小さな少女だった。この子と並べたら、綺羅とて立派なお姉さんに見えるだろう。たぶん140センチちょっとぐらいではないだろうか。

 

「おー水都(みと)ちゃんどしたの?」

「こ、こんにちは綺羅先輩。えと、千歳先輩、音ノ木坂学院の生徒会長の方がお見えです」

 見慣れぬ俺の方をチラチラ窺いながらも、千歳さんに駆け寄ると報告に上がった旨を告げた。

 

 音ノ木坂の生徒会長がここに……来るだと? どういうことだ。なんで、UTXまで来る必要がある?

 

 疑問符に頭を占領されながら、その聞き覚えのあるワードに眉をひそめる俺の横で、千歳さんは右腕につけた腕時計を確認すると、

「そう……わかったわ。ありがとう」

「は、はい、失礼しみゃす!!」

 

 またもや噛んでしまったせいか知らないが、お辞儀した後でもう一度俺を見ると、顔を真っ赤にしながら少女はダッシュで部屋を出て行った。

 

「罪作りな男だねぇ、キミ」

 いや、訳わかんねっす。

 

 綺羅の妄言には付き合ってられんと、天を仰ぎかけると、

「すみません……本当はもう少し時間があったんですが、どこかのおばか娘がほっつき歩いていたせいで次の予定が来てしまいまして……」

 

 さっきの子が来客を伝えに来たということは、次のアポの予定の時刻なのだろう。綺羅の校内ツアーは結構長かったし、仕方のない部分はあるかもしれない。元より、今日で全て連絡し、いきなり撮影というわけでもないしな。意思の確認と企画概要の説明と考えればこの来訪の意味は確かにあった。

 後、やるべきことは、

 

「あの、すみません、お願いがあるんですが」

「なんでしょうか、お詫びの手前もありますし、聞ける範囲内でしたら」

 

 なら、ぜひとも聞き入れて頂きたい、

「――このPV撮影の時に、友人を、見学させてはもらえないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳩が豆鉄砲を食らった顔だった。

 

 クラスメイトを家に連れてきたくらいで、そんな顔しなくてもと思うが、

「よかった……真姫ちゃんたら、せっかく音ノ木坂に入ったのに全然お友達を連れてきてくれないから心配してたの。いらっしゃい、ゆっくりしていってくださいね」

 そんなことを母に言われてしまうと、抗議はできなかった。

 

「お、お邪魔します!! こ、小泉です!!」

 丁寧な対応に恐縮しきりの花陽をその場に放置すれば、恥ずかしいことこの上ないことを母に放たれてしまいそうなので、その手を引いて自室へと案内する。

 

「西木野さんって、お金持ちなんだね」

 だいたい、ここが私の家と紹介すると全員が唖然とする。もっとも、連れてきたことがあるのは片手の指で事足りてしまうのだが。

 

 それでも絶対にまずこの家の前に立った瞬間から呆け始める。

 

 そして、

 ――ここに住んでるの!?

 

 到底信じられないといった表情で問うてくるのだ。

 

 真姫とて、さすがに庶民の家のスケールがわからないなどと浮世離れしたことを述べるつもりはない。一般的な家がどのくらいの大きさなのか、街を歩いていればわかる。

 

 たしかに、それらに比べると圧倒的に我が家は大きい。

 だが、そこまでだ。

 

 それを口にした相手の本当の気持ちまではわからない。

 

 自分は優れてしまっている。うらやましいとか、凄いとか、ずるいとか、言う立場ではなくて、言われる立場だったから。

 

 もしもそれがわかれば、もう少し、違った、みんなの輪の中に加われる人生を、送ることができたのだろうか。

 わから――

「あの、西木野……さん?」

 

 心配そうな、眼差し。

 

「あ、……ごめんなさい」

 どうにも誰かを家に招くという行為になれていないせいか、思考が逃避しがちだ。しっかりしなくては。自分で招いてみようと勇気を出した、のだから。

 

「ここよ」

 2階に上がり、自室の扉を開いた瞬間、花陽は目を丸くした。

 

「す、すごい、広い……」

 

 かつて外国のお家の部屋みたいと言われたことのがある真姫の自室は、信じがたいことに二十畳近くある。中央にどっしりゆったり構えているのはグランドピアノで、黒光りするそれは調律師の手によって常に正確な旋律を奏でられるようにされている。

 どれだけの服や物を収容できるのか想像もつかないクローゼットの数、勉強机とはまた別に用意されている机はパソコン専用なのだろう、リンゴのマークの入った銀色のパソコンを中心に何やらボタンやつまみやらジャックのいっぱい付いた機材が置かれている。

 

 いずれも普通の六畳程度の部屋に押し込んだら間違いなく圧死する。

 

 これだけの広さという余裕があるからこそ許される家具や機器の数々に思わず花陽は棒立ちになっていた。

「どうぞ、入って?」

「へぁっ、は、はい!!」

 お邪魔しますと一礼してから、抜き足差し足とばかりにそっと踏み入った。花陽は、真姫にソファーを勧められ、そのまま腰掛ける。身体ごと沈んでしまうかのような座り心地が逆に落ち着かない。

 

「お茶でいいかしら?」

「は、はいっ!!」

 

 飲み物を入れに真姫が退室していくと、花陽はゆっくりと息を吐き出した。

 ――だめだなぁ、なんか緊張しちゃうよぉ……。

 クラスメイトの家を訪れたことは何度もあるが、この広さは初めての経験だ。ぽつんと一人残されてしまうと、世の中にいる人間が自分だけになってはしないだろうかなどという妄想が鎌首をもたげてくる。じっとしていると色々なことを考えてしまうので、花陽は立ち上がり、ちょっとだけ部屋の中を見せてもらおうと歩き回り始めた。

 

 何度も言うが、広い。

 だが、広いとはいえ、しっかり整理整頓がなされている。

 それに引き替え自分の部屋といえば、散乱とまではいかないものの、幼き頃より集め続け、今もなお現在進行形で増え続けているアイドル関連のグッズに半分近く侵略されてしまっている。

 

「今度、ちゃんと掃除しようかな……」

 うん、それがいい。

 

「西木野さんは、どうやってグッズの管理とかしてるんだろう」

 少なくともこの部屋には、二三周してみた所で、アイドルのアの字も見つからない。

 

 どうしてだろうと首を傾げていると、真姫がトレーにティーセット一式を載せて戻ってきた。

 

「? どうかした?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 まずはお茶にしよう。せっかく、持ってきてくれたのだし、時間は、まだまだある。焦る必要はないのだ。

 

 紅茶をカップに注ぐと真姫は、

「砂糖とミルクは?」

「あ、えと、欲しい、かな」

 

 シュガーポットとミルクを寄越された花陽は、飲みやすいミルクティーを自分好みに作り上げようとしかけて、対面の真姫が何も入れずに薫りを楽しんでいることに気づいた。その優雅な姿を見ていると、自分が凄く無粋なことをしようとしてるんじゃないかと思えてきて、トングで挟んでいた角砂糖を離した。

 

「――入れないの?」

「あ、えと……どう飲めば正しい、のかなっ?」

本場(向こう)じゃ、実は塩を入れるのが本当の正式なティーよ」

「え、そうなのっ!?」

 

 大変だ、今までの自分の常識が音を立てて崩れ去ってしまった。砂糖ではなく塩だとは、で、でも、西木野さんが持ってきてくれたティーセットの中に塩っぽいものはない。も、もしかして、これは試されてるのかなっ、本当は、お塩はお客さんの方が自分で持ってくるもの、みたいな!? どうしよう、そんなお塩なんてあるわけ――――

 

 あった。

 

 今日のお昼のお弁当に入っていたゆで卵用に、お母さんが小袋に入った塩を一緒にいれといてくれたのだ。あれが、たしか残ってたよね!?

 かばんを漁り、弁当袋の中へ手を突っ込めば――――あった。

 お母さん、ありがとうっ。これで花陽は英国淑女です!!

 

 晴れやかな表情で、かばんから取り出した白い粉を紅茶に投入しようとしていた花陽を、真姫は慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと、何してるの……?」

「あ、はい、これお塩です」

 目を細めながら、手を傾ける花陽に、真姫は引きつった表情で、

 

「――じょ、冗談、だったんだけど」

 

 えっ。

 

 そんなネタバラシと共に、さらさらと白い粉は紅茶へと吸い込まれていった。 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 俺の願いは意外にも、

 

「――構いませんよ」

 あっさりと千歳さんは首を縦に振ってくれた。

 

「ただし、あまり大人数で来られるのも、対応できかねますので、2、3人程度で、プラス事前に連絡をお願いできますか?」

 安堵しつつ、

「大丈夫です。無理なお願いを聞いて頂きありがとうございました」

 頭を下げる。連絡先も交換したことだし、詳細はPVの兼も含めて追々詰めていこうということで落ち着いた。

 

「それでは私は席をはずします。警備の方にはもう伝えてありますので、あの正面ゲートをくぐって帰って下さって構いません」

 最後に、お見送りできなくてすみませんと、千歳さんも律儀に頭を垂れると足早に音ノ木坂の生徒会長を迎えに去って行った。

 

「さて、じゃあ、私はここで待機かな~~」

 座ったまま、退屈そうに足をぶらつかせ始めた綺羅を視界の端に置きつつ考える。

 

 音ノ木坂学院の生徒会長。穂乃果たちのスクールアイドル活動に対し、おそらくはあまりいい感情を持っていないらしい、んだよな。気持ちは斟酌(しんしゃく)できる。以前海未が言っていた通り、廃校の危機に際し自らも動いていたが成果はかんばしくなく、突如現れたスクールアイドルで学校を救うなどとあいつのことを知らなければ世迷い言をほざいているようにしか思えない穂乃果の存在を認められないのだとするならば、それは当然だろう。

 

 立場上、無論穂乃果らを応援するが、俺自身その生徒会長の人間くささには好ましさを覚える。どうにもならない閉塞感。もがいてももがいても沈んでいくだけ、いくら息を欲しても、水上へは出られない地獄のようなあの苦しみ。それを今、この時、味わっているのだろうか。あるいは、理解不能なものに対し、拒絶しているのか、逃避しているのか。

 

 理解できるものは安心できる。理解できないものは、恐ろしい。

 

『――俺には、お前が理解できない』

 あの笑みは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行人くん、帰らないの?」

 綺羅が呼んだ、そっぽを向いたまま、俺の名を。

 

 自然と、口は動いた。

「なぁ、綺羅」

 こいつを動かす原動力は、ある程度つかめた。俺の考えが正解なら、

 

「俺、音ノ木坂の生徒会長に会いたいんだ。手伝ってくれないか」

 ぐるんと、丸い瞳が俺を映す。

「なぁ~んで?」

 

「いやぁ実はさ、ほらほら、高坂穂乃果っているだろ。あいつは――」

「スト――ップ」

 

 姿勢を正すと綺羅は、

「そろそろ聞きたいんだけど、高坂さんと行人くん、2人はどーゆーごカンケイ?」

 

 食いついたな。

 

「あぁ、あいつと、μ’sの他の2人園田海未と南ことりとはガキの頃から知ってる幼なじみなんだよ」

「へぇ~~!! そうなんだ、ふむふむ、なぁるほどねぇ~」

 喉の奥で笑いながら綺羅は、俺に続きを促す。

 

 どう切り出す。回りくどくいくのも得策じゃない……か? ならば、直接、いや違うな、糸口は目の前のこいつから掴む。

 

「綺羅、お前、あのつぶやき、動画のスクールアイドルがμ’sだってわかってて投稿したろ」

「どうかな?」

 いや、その表情が答えだ。あの動画は、画質こそ良くはなかったが、穂乃果達の顔ははっきりと映っていた。多少なりとも面識があるならば、特定は可能なはずだ。まして穂乃果に対する、こいつの反応を鑑みるに関心の度合いは相当に高いとみるのが適当だろう。そして何より、否定しなかった。

 

 知ってたうえでかき回す。

 1番タチが悪く。しかしかき回している当人にとっては1番面白い。

 

「そのせいで今困ってるんだ」

「ふぅん?」

「簡単に言うとメンバーが足りない」

「プふっ、ははははっ!! 何それ!! うんうんいいなぁ、予想を裏切ってくれるなぁっ」

 

 吹き出した綺羅は腹を抱え、おかしくて仕方ないと目尻に浮かんだ涙を拭う。思わずやってしまった冷ややかな俺の目に気づいたのか、綺羅はごめんごめんと謝罪すると、俺はかいつまんで事情を語る。

 

「なるほど。名乗り出たいんだけど、学校から正式な団体として認められるには人数が足りない、と。そりゃピンチだねぇ」

 ピンチだ。それをチャンスに変えたい。

「どういう訳か知らないが、ここにせっかく来るなら、生徒会長はいったいどんな考えを持ってるのか、ちょっと話してみたい」

 ――だから、取り次いでほしい。

 

 頭を下げつつ、断られた時の場合も考える。気まぐれ、これをされたら食い下がったところで進展は望めないだろう。他のアプローチか、あるにはあるが、今回の思いがけない好機を逃すとなると痛手だ――不意に、綺羅が両手を合わせる音が室内に響く。弾かれたように身体を上げれば、

 

「い~いこと、かぁ~んが~えたぁ~」

 

 

 よからぬ企みをしている、顔だった。

 

 

 俺は協力を請う相手を間違ったのかもしれない、と思うぐらいには。

 

 

 

 

 

          ◆#26 エニシ◆

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
虎穴に入った行人くん1敗目。
真姫ちゃんは絶対マカーだと思う。

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