僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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【まえがき】
 表題曲をばお願い致します。参りましょうベイベ。


星空凛編 スターラブレイション

 

 

 

 末の妹が、どこか変わった。

 

 最近急に、生まれてこの方ずっとショートヘアだったのにも関わらず、ちょっと髪、伸ばしてみようかな……とこぼしていた。

 恥ずかしそうに、蓮おねーちゃん、お化粧の仕方教えて? と聞いてきた。あまりのかわいさに鼻血が出そうだった。

 

 何故こうも急に末の妹が色気づき始めたのか。

 大問題とばかりに緊迫した面持ちで提起した次女、(らん)に対し、

 

 ――男に決まってるでしょう。

 

 そう長女の星空(ほしぞら)(れん)は断じた。

 

 そして、その言葉を聞いて、藍は崩れ落ちる。

 

「ま、まだそうと決まったわけじゃ――」

「女の子が綺麗になろうとするのは誰のため? 好きな人のために決まってるでしょう? 藍、あなた本当に女の子?」

「い、一応、女の子やってるけど……」

 

 自宅のリビングに敷かれたカーペットの上に大の字に倒れた藍を一瞥し、蓮は、

「にしても、まさか藍より凛の方が先に素敵な人を見つけるなんて」

 ガバッと顔だけバネ仕掛けのように起こし、

「え、じゃあ本当なの!?」

「ええ、本人の口から聞いたもの」

 力なく顔は後退を開始し、

「な、なにが違ったというの~~」

 そのまま仰向けの態勢でポテチの袋を開けてパリパリ食べ始めた上の妹に、そういう所でしょう……と蓮が呆れていると、

 

「あ、そうだ」

「……何?」

 胡乱な目つきで蓮は聞き返す。

「凛に頼んで、その人うちに呼んでもらおうよ。お姉ちゃんも顔を合わせたことはないんでしょ?」

「簡単にあの子が首を縦に振るとは思えないのだけれど……」

 最近、ようやく女の子らしいふるまいを親しい家族や花陽ちゃんのようなお友達以外にも出来るようになってきた。とはいえ、まだまだそっち方面はひよっ子、ウブで奥手なあの子の事だ。家族に彼氏を紹介なんて難度のある行為は考えもしていないだろう。そもそも凛の彼の存在を知るきっかけも、最近の様子からカマをかけてみたら物の見事、引っかかったという経緯だったのだ。自分から言い出した訳ではない。

 

 もっとも、蓮とてぜひとも顔を見てみたいという思いはある。

 さて、どうしたものか――

 

 そんな時、当の本人の声が玄関から「ただいまー」と聞こえた。

 

 

 

 

 

 藍によって連行されてきた凛は、よく状況を飲み込めぬまま、正座させられていた。

 

「えっと……話って何?」

 

 藍は無言で右手の小指を立て、

「コレよコレ、このはな――あいたァっ!?」

 ノールックで、藍の頭に手刀を落とし蓮は、

「それは男が女に対してやるもの。はしたないからやめなさい」

「ええ!? そうなの!?」

 涙目になりつつ、姉の解説にすぐさま手を藍は引っ込める。

 

 ぽかんとしている凛に、藍に任せていたら話が始まらないと判断した賢明なる蓮は、

「凛、この前教えてもらった彼氏の話なのだけれど」

 

 彼氏、というワードが口に出た瞬間、凛の顔が一瞬で沸騰した。

「かかかカレシというか、その、そう仲がいいセンパイというか」

「かわいいぞぉ!! りーん!!」

 思わず抱きついた藍を引き剥がしながら、

 

「この前、聞いた話じゃ一応、頑張って告白してみて、いい返事もらったんじゃなかったかしら?」

「そ、そうなのかなあれ……でも、そのそれですぐにカ、カレシカノジョっていうのは……」

 

 いや、変な話だがこちらの気持ちを受け入れてくれたのなら、契約成立、晴れて二人は付き合ってますでいいでしょうにと蓮は思う。これはなおのこと、お節介焼いてあげないと、向こうから「あれ、俺たちって付き合ってるんだよね」とか切り出される展開に向かいそうだった。

 そうなる前に、

 

「今度、ご挨拶したいからって、うちにご招待して、凛」

 

 おお、ついに言ったと藍は凛の反応を窺い、

「――む、」

 震えながら言葉を吐き出し、

 

 爆発した。

 

「ムリムリムリぃ!! そんなの絶対ムリぃ!!」

 飛び上がって逃げようとするのを蓮は首根っこを掴まえ阻止する。昔から我が家の子猫はこうするとおとなしくなるのである。

 

 半分涙目になっている凛に言い聞かせるように、

「今度の週末、父さんも母さんも旅行でいないことだし。そこならいいでしょう?」

 元より凛の意志は考慮してないのに、蓮は語尾を上げ、形だけ確認する。そこに藍も加わり、

「凛ー、お願いお願い~」

 凛の身体を揺さぶる。

 

 昔から、凛がこの姉たちに逆らう事のできたためしがない。ある意味、絶対的な命令なのだ、この、お願いというのは。

 

 こうなったらプラスに考えるしかない。いきなり両親に紹介なんてことになっていたら、たぶんもうまともに何かを考えられない状態になっていただろう。それを避けてくれただけありがたいが、はたして優しいのか優しくないのかわからない。

 

 ――結局、二人とも行人くんに会ってみたいだけなんだろうなぁ。

 

 わかるのは、それだけだ。生まれてからずっと一緒に暮らしてきた家族なんだから何となくお互いが考えてることくらい察せる。

 

 問題は、

「でも、来てくれる……かなぁ」

 悄然とこぼす凛に、

「そりゃかわいい彼女のお家にご招待でしょ!? 健全な男子なら食いつかないわけないね!!」

「ええ!?」

 

 藍の発言に真っ赤になる凛は、一体どんな事を考えているのやら。

 内心で蓮は嘆息し、ともあれ外せない予定が入っているとかでなければ、普通断られないだろう。

 

「とりあえず、まずは電話してみなさい」

「う、うん……」

 

 姉たちに見られながら電話するのは恥ずかしかったのだろう。凛はスマホを持ったまま廊下に出ていった。

 

 それを見送って、二人の姉はすぐさまぎりぎり凛に気づかれない距離まで近づき耳を澄ませる。

 

「も、もしもしっ、行人くんですか!? り、ほ、星空です」

 

 名前はユキトさん、蓮が、復唱する横でアイアイマムと藍がメモを取る。

 

「こ、今度の日曜ってあいてますか?」

 単直に切り込んでいった凛に、二人は次の反応で明暗別れると身構える。

 

「――――は、はい。実は、ウチに来てほしいなーって」

 鼻息を荒くしている藍の小鼻を蓮は無言でつまむ。

 そして、

 

「え、ほんとですかやっ……よかったぁ、はい、ぜひ来てください!!」

 

 ぐっとこぶしを固める連の横で、藍は口呼吸で頑張っている。

 

 当日、昼前に家の近くまで来てもらい、そこから自分が迎えに行くという簡単な流れを伝え、通話を終えた凛がこっちに戻ってくるの察知し、二人は元いた場所と体勢に直った。

 

 顔をほころばせた凛は姉たちが盗み聞きしていたとは露知らず、口を開こうとし、

 

「その反応だと、大丈夫だったみたいね」

「あ、うん!!  楽しみにしてるって」

 先んじた蓮に頷きを返し、浮き足立っている凛にこれまた藍が飛びつく。

「よくやったぞぉ、凛~」

 頭をなで回しながら頬をすり寄せている妹たちの様子を横目で眺めつつ、蓮は、腕を組み、やってくるであろうユキトなる男について考えを馳せる。

 

 妹をいい意味で変えてしまった人のことを。

 

 ――さて、どんな人がやってくるのかしら。

 

 何にせよ、楽しみなのはこちらもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所に指定したという近所の公園に向かう道がてら藍は隠せない様子で、

「ねぇねぇ、お姉ちゃん、どんな人なのかなーその人」

「あまり凛は教えてくれなかったけど、顔もかっこいいとか言ってたわね」

 

 かっこいいというワードにわかりやすく反応し、

「イケメンかぁ~くぅ~楽しみだなぁっ」

 コンパクトを取り出し、髪型を整え始めた藍に、蓮は、やれやれとため息をこぼす。

 

「それにしても、あの子も変わったものね」

「凛のこと?」

「ええ、部屋をきれいに掃除したいからとかちゃんと気を使えるようになったなんて」

 

 こうして蓮と藍が凛のボーイフレンドを迎えに上がっているのも今朝方、急に凛がそんなことを言い出したからだ。

 

 早く彼の顔を見たかった二人は代わりにそこまで迎えに行ってきてほしいという凛の頼みを二つ返事で引き受け、こうして向かっている。

 

「たしかにねぇ、もうボーイッシュなんて言えないなぁ」

 前なんかはアンダーなら、スカートじゃなくてパンツのお下がりばっか持っていってたのに、今では自分からスカートを欲しいと言うようになった。

 変われば変わるものなんだなぁと藍は思う。

 

「まるで――」

 蓮が何かを言いかけると同時に、二人は公園につき――

 

 そいつを見つけた。

 

「娘さんと清く正しい交際をさせてもらっています。日高行人と申します!! ――どうすか、先生方!?」

 

 な、なんだあれは。

 

「ダッサ」「今どきそれはないよねー」「ネタに走るなら、もっと突っ走った方がいい」

 

 三人の幼稚園児くらいの女の子にダメ出しされている10代後半と思しき――ちょうど探し人と同じ年代の青年が、しかも今聞いた感じだと、名前も偶然一致していたような気のする青年がいた。

 

「せ、先生方、厳しくないすか!?」

「いいんだよ、べつに。わたしたちボランティアでやってんじゃないし、こまんのはあんたでしょ」

 その証拠とばかりに彼女たちの手にはジュースとお菓子が収まっていた。

 

「くっ、やっぱインパクト重視で行くしかないか。今日から家族の一員として4946(シクヨロ)!! とか加え……る、か――」

 

 まずい。

 青年と目が合ってしまった蓮は、即座に逸らす。アレは関わり合いになってはいけない。触らぬ神に祟り、

 

「あのーすみませーん、日高行人さんですかぁっ?」

 どころかハイタッチする勢いで片手を挙げながら近づいていく藍に、あやうく姉妹の縁を切ろうかと迷うが、ついには観念して付き合う。

 

「そうですけど……すみません、どちら様ですか?」

 唐突に己の名前を呼ばれ戸惑っている行人に、蓮は、いやあなたついさっき自分の名前大声で口にしてたからとツッコまざるを得ない。

 

「よかった。あたしたち、星空凛のお姉ちゃんでーす!!」

 ピースする藍に、腕を組まれた蓮はこわばった表情のまま、

「ど、どうも、はじめまして、長女の星空蓮です」

「で、あたしが次女の藍でーす。で、末っ子が凛ね?」

 

 おじぎをする二人の女性に行人も慌てて頭を下げていると――事態を把握した。

 

「えっ――うぉえっ!? 凛のお姉様方であられますか!? なにゆえ!?」

 おかしな口調と、ものすごい顔で驚愕した行人は、

「タ、タイムッ!!」

 

 三賢者である幼女のもとへとすぐさま戻り、もろ聞こえの緊急会議を始める。

 

「こ、この事態、想定してなかったんすけどぉぉ……?」

「いーじゃん。どうせ見せるためのれんしゅーだったんでしょ」

「今がチャーンス」

「ごーごー」

「無理っす。心の準備じぇんじぇんできてましぇーん!!」

「ちきん」

「いやだって、お姉さんいるとは聞いてたけど、想像以上に二人とも美人さんだったんですよ!?」

 

 聞こえているのだけれど……と目が据わる蓮の隣で、藍がストレートに褒められたせいで頬を赤らめている。それに気づき、なおのことげんなりする。

 

 何事かを幼女達に耳打ちされている行人の姿を失礼を承知で上から下へ眺めていく。

 

 なるほど、顔は……たしかに整っている。同じ学校にいたとしたら女子の中でキャアキャア騒がれていたに違いない。身長は平均身長を少し超えたくらいだが、高すぎず低すぎずでちょうどいいくらい。その身を包む服装も彼女の家を訪れることを意識してかきれい目な物で揃えている。

 

 外側はまとも、それどころか上等も上等だ。だが、問題は中身である。

 

 先ほどの感じからすると、不安極まりないが、少なくとも凛が選んだのだからその選択を、

 

「お、お姉様方!!」

 よ、よしと自分を鼓舞しつつ、再び蓮と藍の前に立った行人は、

「お近づきのしるしに、よろしければどうぞ」

 

 そう言って渡してきたのは「穂むら」と屋号の書かれた紙袋である。中には、贈り物用に丁寧に包装された箱が入っていた。

 字体と持った感覚からして、お菓子、それも和菓子だろう。

 

「ご丁寧にありがとうございます……、こちらの『穂むら』ってどこかで聞いたことがある気がします」

「ええ、うちの近所にある老舗の和菓子屋なんです。結構知られてるらしくて、有名人とかも来たことあります。あ、もちろん、味は保証します!!」

 

 まるで自分のことのように語る行人を不思議に思いつつも、身ぶり手ぶりから彼のその店に対する気持ちが伝わってくる。

 身構えていた蓮は、それをきっかけに少し警戒を緩める。

 

「日高さん、でよろしいですか?」

「はい、申し遅れました。日高行人と申します」

 

 微笑を浮かべようとした蓮に、行人も微笑で応え、

 

「――未来の義弟として、どうぞユキちゃんとお呼びください」

 

 蓮の表情が氷結したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

    ×      ×      ×      ×      ×      ×

 

 

 

 

 

 

 

「――うん、大丈夫」

 

 どうにかやれることはやったから。あとは、ごまかせるトコはごまかすだけだよね。

 深く息を吐き出し、震えそうになる身体を抱きしめ、

 

「おじゃましまーす」

 玄関から聞こえた聞こえた声に、凛ははっと顔を上げる。おとーさん以外で男の人の低い声をことがあるなんて。なんか不思議な気分。

 

「さささ、狭っ苦しいとこだけど、上がって上がってユキちゃん!!」

「ど、どうも、ありがとうございます……」

「私は凛を呼んできます。藍、リビングにご案内して」

「あいあいさー!!」

 

 藍おねーちゃんすごくゴキゲンだけど、何かあったのかな? ……行人くんと仲良くなってくれたみたいでよかったぁ。

 凛は息を整えて、一気に階段を駆け下りる。

 

「!? り、凛!? 危ないじゃない!!」

 出会い頭に蓮おねーちゃんとぶつかりそうになり、凛は跳ねるように避けた。

 

「ご、ごめんね、蓮おねーちゃん!!」

 絶対、後でお説教だろうにゃー……うう。

「まったく……、あら?」

 何かに気づいたようにおねーちゃんは、

「凛、着替えたの?」

「うん、その、部屋掃除してたら汗かいちゃって」

「あのね、いくらなんでも人に会う前は汗が出るくらい動くなんて……気をつけなさい?」

 呆れるように、腰に手を当てると、

「あはは、それは……ごめん」

 頬をかきながら、笑ってごまかして、

「ほら、待ってるから早く行ってあげなさい」

「……!! うん!!」

 

 凛はそのままおねーちゃんの横をすり抜ける、そしたら後ろの方で、

「少しはお化粧、上手になったみたいね」

 

 珍しくほめてくれたおねーちゃんにチクリと痛む心を無視して、凛は話し声のするリビングへと飛び込んだ。

 

 そしたら、ソファーに腰かけようとしていた行人くんと目が合って――言おうと思ってた言葉はトんじゃった。

 

 カチカチに固まっちゃった凛がおかしかったのかな。行人くんは眉を上げ、

「よっ、元気か……凛?」

 あっけらかんと言うから、逆に凛の方が呆気に取られて答え方を迷っちゃった。でも、すぐに行人くんはうなずくと、

「え、あ、うん、元気だよ……?」

「そっか。うす、お邪魔してまーす」

 

 ――大丈夫。そう、たぶん今日一日くらい。

 

「……じーっ、目と目が合って赤くなってる。何それ何それあたしも今のやりたーい!!」

 行人くんの横にいた藍おねーちゃんは、凛と行人くんの間に割って入ると行人くんに詰め寄って、

 

「……こほん、失礼しました」

 現れた蓮おねーちゃんが凛たちにおじぎすると、藍おねーちゃんは連行されていっちゃった。

 そして、凛たちは二人きりで残されちゃって、気まずい空気の中で、

 

「ほ、星空家にようこそ、行人くん」

 ようやく凛は用意していた言葉を思い出したんだ。

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ……」

「失礼しまーす」

 散らかってる物は全部片付けて、掃除機もかけたし、キレイにはなったと思うけど……、何か見落としがあるんじゃないかって思うとこわいな。とにかくそんな凛の部屋に行人くんを案内した。

 

「へぇー随分、片付いてんだな」

「そ、そうなのかな……?」

 

 な、なんかすごく恥ずかしい……、自分の部屋なのに居心地が悪いなんて。

 

「つか凛も見たろ、あれだよ穂乃果の部屋とかさ」

 たしかに、穂乃果ちゃんの部屋はマンガとか雑誌が床に置きっぱなしになってた。でも、凛も人のことは言えないんだよ? さっきまで教科書とかマンガとか散らばってたし……、

 そうだ、そういえば、

 

「行人くんって、μ’sのみんなの部屋とか行ったことあるん、ですか?」

「ん? いや、全員は行ったことねぇよさすがに。……えーと、希とにこ以外はなんだかんだでお邪魔したかな」

 

 メンバーのお部屋がどうなってるのか、気になるなぁ。だって、みんな女の子らしいもん。ちょっとぐらい凛の部屋の参考にできたらいいな。

 

「なんだよ、誰かの部屋が気になるのか?」

「う、うん……」

 イメージだけど、一番女の子らしい部屋に住んでそうなのは、

 

「ことりちゃん……とか」

 

 あー、ことりか、って行人くんは、あごに手を当てながら、

「あいつの部屋な……うーんなんつうか、散らばってて汚いとかじゃないんだけど、なんかこうゴチャゴチャしてる感じ? ぬいぐるみとか人形とか服とかクッションとか、とにかく物多いんだよな。しかも、どれも男の部屋には普通ないもんだからさ、俺からしてみれば、完全に女の子様の別世界だよ」

 

 その言葉を聞いて凛は自分の部屋を見回す。

「ぬいぐるみかぁ」

 今まで興味はあったけど、実際に買ったことはあんまなかった。たしかにあった方がぐっと女の子っぽい部屋になりそうな気がする。テディベアみたいのとか、たぶん定番なんだよね……よくは知らないけど。

 

「そいや、誰だっけな、ラーメンのぬいぐるみをこの前見つけたとか言ってたな」

 

 凛も覚えてる。えーと、そうそう、それを言ってたのは穂乃果ちゃんだ。「今度、プレゼントするね!!」って言ってくれて、それはそれでとっても嬉しかったけど、やっぱり、凛はそういうようなのの方が似合うって思われてるってこと……だよね。

 テディベアを抱えてる凛と、ラーメンのぬいぐるみを抱えてる凛。どっちが今までの凛かって聞かれたら、自分でもラーメンって答えちゃうと思うもん。仕方ないよ。

 

 そんなことを考えてると、

「ラーメンと言えば……」

 ぐーと気の抜けた音を行人くんのお腹が鳴らした。

 

「面目次第もございませんが、こんな感じです」

 あはは、お腹すいてたのかな。時計はもうお昼を差してて、ちょうどいい頃合いだもんね。

「じゃ、お昼用意するね。ラーメンじゃないけ――」

 立ち上がろうとした拍子によろけて倒れそうになっちゃった。

 

「とと、おい大丈夫か」

 間一髪、行人くんに手を引っ張られなかったらたぶん頭から床にぶつかってたかもしれない。だけどそれよりも、私は肌を触られたことの方が気がかりで、

「ご、ごめんなさい!! えと、せ、正座してたから、足ちょっとしびれて……、もう大丈夫だから!!」

 慌てて壁に手をつきながら下へと降りていく。……ばれちゃった、かな。いや、一瞬だったし、わかるわけないよ。うん。

 

 壁によりかかって、頭を押さえながら凛は、

「あとちょっと……ここを乗り切れば……うん」

 

 がんばら、ないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした!!」

 勢いよく両手を合わせた行人くんに、必死に昨日の夜から一晩寝かせたカレーをよく噛んで飲み込み、

「お、お粗末様です」

 

 自分で料理を作った人しか許されないんだよね。初めて口にしたお粗末様ですって言葉に感動していると、蓮おねーちゃんは空になったコップを置いて、

「午後なんですけど、行人くん。一緒に買い物に出かけませんか?」

「……え」

 

 それは、当然、凛も、だよね……?

 

「お、お姉ちゃん、……ナイス……ナイスアイディア!!」

「……藍に向けて言ったのではないのだけれど」

 

 すごくテンションを上げた藍おねーちゃんに低い声で蓮おねーちゃんは返す。もう行人くんも二人のやりとりに馴れたみたいで、白い歯を見せながら笑っていた。

 

「ええ、別に構いませんけど……」

 行人くんは横目で凛の方を見てくる。

 

 ……このまま、外に出る……できる、かな。いや、やらないと、だってせっかく……せっかく行人くんが来てくれたんだから――

 

 うつむきかけた顔を上げると、藍おねーちゃんが行人くんに耳打ちをしていた。

「なるへそ。そういうことか……」

「そうそう、悪いけどちょっと聞こえちゃってたからさぁ。だから、ユキちゃんは来るべきだね、絶対」

 

 何を伝えてたのかはわからないけど、了解です、と立ち上がった行人くんの肩に寄りかかって、

「凛もお姉ちゃんも、さぁレッツゴー!!」

 天井まで届けってぐらいに、高く人差し指を適当な方向へ突き出す藍おねーちゃん。

 

「……は、は、ちょっと、待ってよ……すぐに凛も」

 

 昔から、そのフットワークの軽さに憧れてた。考えてたら、すぐに行動できるのってスゴいと思うんだ。凛はいつもほんとは何かを始めようって時はこわがってしまうから。最新のオシャレとかにも詳しいし、すぐに色んな髪型とか、お洋服とか試して、どこからどう見てもこれが女の子って感じなとこに憧れてる。頼りにならなそうで、頼ってしまうおねーちゃん。

 

 そして、藍おねーちゃんの指を正しい方向へと直してあげている蓮おねーちゃんも、凛が知ってる限り、弱点なんてないんじゃないかっていうぐらいスーパーウーマンなとこがホントにスゴいと思う。

 キレイだし、頭もいいし、学生時代からいつもみんなの代表として前に立ってたんだもん。誰にだって自慢したいぐらい、自信満々のおねーちゃん。

 

 二人ともスゴい人だし、いつもおねーちゃんたちみたいになりたいって思ってた。

 

 ――凛はボーイッシュなカッコ似合うね。

 ――ねぇ、このサルエルパンツ、凛にピッタリだと思うのだけれど。

 

 あれ、なんでそんな昔のことなんて思い出してるんだろう。ヘンだな。なんだか何考えてるのか忘れちゃったり、して、なんで、だろ――

 

 ゆっくり、自分の身体が傾いていくのに気づいて、

 暖かい何かに抱かれたのと同時に限界を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔から好きだったお話があったんだ。

 たぶん、みんなが知ってる素敵なお話。

 

 ある貧しい女の子が、魔法にかかって、素敵な王子様と出会うお話。

 

 何故だか、どうしてかはわからないけど、私はその話が好きだった。だって、魔法だったとはいえ、とってもみすぼらしいかっこをしていた女の子が王子様に一目惚れされちゃうような美しい女の子に変身しちゃうんだから。

 輝くようなドレスを身にまとって、ガラスの靴を履いて、元はカボチャだった立派な馬車でお城に向かう。

 

 そんな姿に、憧れちゃったんだ、私。

 

 男の子みたいってよく言われる私でも、いつか目の前に魔法使いが現れて、一瞬でドレスに着替えたなら、王子様に会いに行けるんじゃないかって。

 

 きっと女の子なら、小さい頃にみんな一回は思ったことがあるんじゃないかなぁ。で、成長して色んなことを知るようになると、この世界に魔法使いなんていないんだなってことに気づいちゃう。

 

 そんな都合の良いものなんて、ないんだって、わかっちゃったんだ。

 

 だから、仕方ないと、変わるキッカケなんかないと、思ってた。

 

 でも、

 

 でもね、

 

 魔法使いなんていなくても、変わりたいと思ったんだ。

 

 理想の自分になるためにがんばるから。

 あの人にそんな私を見ててほしいって、心の底から思ったから。

 

 ――そう、伝えたんだ。

 そしたら、あの人は笑って、

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん」

 

 頭にくすぐったさを感じて、ゆっくりと目を開いた。

 

「ゆき、と、くん……?」

 カーテンがはためく度、差し込んでくるまぶしい太陽を背に行人くんがこっちに腕を伸ばしていた。その腕が動いて、指が髪からおでこへと下がってくる。やっぱりくすぐったけど、心地よくて、またまぶたが重くなっちゃうところだった。

 

「気分はどうだ? 心なし、熱は少し下がったと思うけど」

 目を細めながら、部屋の中を見回せば、白い部屋、静かな場所、

「ここ……病院?」

 

 正解正解、と口にしながら、行人くんは丸イスの位置を正して座り直す。

 

「某西木野さんちのな。まぁ、こう言うのもなんだけど、持つべき物は友達ですわ……まさか個室用意してくれるとは思わなかった」

 

 真姫ちゃんの……そっか、凛、お昼ご飯の後で倒れちゃったんだ。

 

「おねーちゃんたち……は?」

「病院側のご厚意で、今日一日はここでゆっくり養生していきなさいとのことだからさ。今、家までお前の着替えを取りに帰ってもらってる」

 

 色んな人に、迷惑かけちゃったん、だね。

 後悔ばっかりが頭の中に浮かんできて、

「お二人ともお前が倒れた時、めっちゃ動転してたからな。後でちゃんと謝っとけよ」

 

 おねーちゃんたちの姿が目に浮かぶ。昔、体育で足をひねっちゃった時に包帯を巻いて家に帰ったら、二人とも大慌てだったから。あのいつも冷静な蓮おねーちゃんが、電話帳持ち出してきてお医者さんを探すとか言って、獣医に電話をかけようとしたりしてたっけ。珍しく、藍おねーちゃんの方があの時は、ストッパーに回ってて、ついつい笑っちゃった。

 

 そんな二人にも……心配かけちゃった。

 

「……あはは……やっぱ慣れないことをするもんじゃないね」

 瞳の奥に集まってくる何かに思わず目を強くこすってしまう。

「ちょっと女の子らしいことがんばってみようかなって張り切ったら、大事な日に熱出しちゃうとか」

 

 あ、だめだ、鼻の奥までツーンとしてきて、ガマン……しなきゃいけないのに、

 

「これ……じゃ……ぁ、凛、ただの間抜け、だよね……っ」

 一度、こぼれ落ちちゃうと、もういくら抵抗しようとしても全然ダメだった。腹筋が勝手に動いて、そうしようなんて思ってないのに、喉がしゃくり上げる。

 

 おでこにくっついていた、行人くんの手も離れる。そりゃ呆れちゃうよね、当然だと――

 

 突然、目の前で火花が散った。

 

 いきなり過ぎて、つい目を大きく見開くと、そこには、

 今にも二発目を放とうとするデコピンの構えがあった。

 

 も、もしかして今のデコピン!? 手加減まったくなかった気がするんだけど!?

 

 あまりにもびっくりしたせいで、涙も止まっちゃって、何するのって叫ぼうとして、

 

「――そういうところ、全部ひっくるめて、だろうが」

「……え……?」

 

 それはどういう、意味な――行人くんの表情は、あの時と、『これから変わっていく()を、見てて下さい』と伝えた時と一緒の笑顔で、

 

「『じゃあ、隣でずっと見てるよ』、そう言ったろ?」

 

 そうだ。

 

 心臓が破裂しそうなくらいドキドキして、あぁもうこのまま私、死んじゃうじゃないかなって考えたりもして、実際はわずかな間だったんだけど、その返事をもらえるまでずっと生きた心地がしなかったんだ。

 

「ずっと見させてもらうんだ。そう簡単に変わられちゃったら、ちょっともったいないじゃんか」

 

 デコピンの構えは解かれて、ぽん、ともう一度頭にのっかって、

 

「いいんだよ、むしろもったいつけてくれ。何回失敗したっていいさ、どうせ俺は隣にいるよ」

 

 なにそれ、そんなこと言われたら、

「凛、あんま器用な方じゃないし、本当に何度だって失敗しちゃうかもしれないよ……?」

「そりゃ今から楽しみだ、なんなら失敗記録つけちゃう?」

 

 何度だってやってみたくなるよ。でも、

「ううっ、行人くん!! さすがに失敗前提はひどいにゃー!!」

 

 ようやく、って、行人くんは空いてる方の手で私を指差し、ニヤつきながら、

 

「その口調になったな。敬語口調の凛なんて、他人行儀過ぎてマジで借りてきた猫みたい……やばいこれ今、俺うまいこと言っちゃったんじゃない!?」

 いつもと変わらない調子の行人くん。

 

 でも、ヘンだな。なんだか、私は、いつもと違うかも、しれないよ?

 

 そっか、そうなんだ。

 

 このドキドキは熱のせいだよね。

 全部、熱のせいにしちゃっても――いいよね。

 

 女の子らしくはないけど、でも、これが私らしいことなんだから、

 

 

「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 シーツを取っ払って、

 

「にゃ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 行人くんに抱きついて、

 

 思いの丈を、

「行人くん、大好きッ!!」

 ありったけ叫んじゃうのだ。

 

 

 

 

   ♪MUSIC:スターラブレイション/ケラケラ♪

 

 

 

 

「ちょちょ――お姉ちゃん押さないで、今超いいとこ……ろ? あり?」

 抱き合った二人の病室へと転がるように入ってきた姉が二名。

 

「え、ええ……ええええ!? おねーちゃん!?」

 当然、とんでもないところを見られたと凛はうろたえるものの、しかし行人からは離れない。

 

「姉としたことが痛恨のミスね……!!」

 すっくと立ち上がった蓮は真顔で、

「私たちに構わず、続けて頂戴」

 

 そんな言葉を言われようものなら行人の顔も引きつり、

「や、あの、蓮お姉様、ちょいとキャラ変してません……?」

「えっと、いつも蓮おねーちゃんあんな感じだけど?」

 凛は不思議そうに言うので、

「あれれー認識の違い発生中?」

 

 思考停止しそうになる行人の衛星軌道上を、藍は周りながら、

「凛、てゆーか行人くんにもお礼言わなきゃダメじゃん!! 凛倒れた時、すぐに携帯で病院に連絡しながら、救急車呼ぶより走った方が早いって、おぶってここまで連れてきてくれたんだから!!」

 

「……そう、だったの?」

 至近距離で瞳をうるませる凛に対し、

「……ま、まぁそんなこともあったかもしれないっす。お陰でクタクタでーす」 

 行人はそっぽを向く。

 

「ハッ、そうだ、ユキちゃんだった。えと、マッサージ、疲れたならマッサージしてあげるよ、これであたしのポイントアップキャンペーンに付き合って!!」

「いやもうちょっと言ってる意味よくわかんないっす。ええと、れ、蓮お姉様、お助けを!!」

 

 混沌の渦に巻き込まれている行人に呼ばれ、一歩を踏み出す前に蓮は誰にも聞こえない声でつぶやく。

「まるで、シンデレラの魔法使いみたいね」

 ――末の妹にとっては王子様にしか映ってないのかもしれないけれど、ね。

 

 くすりと笑い、蓮も三人の輪に加わり、唯一の味方が来たと歓喜にむせぶ行人に頭を下げ、

「この子を、凛をよろしくお願いします。そして、」 

 

 ……そして? え、どゆこと、と内心で首を傾げた行人に、

 

「姉妹ともどもよろしくお願いします……ぽっ」

 

 爆弾を投下した。

 

「ユ、ユキちゃん、あたしあんなお姉ちゃん初めて見た……これ責任問題になるよ」

 呆然とこぼす藍の横、口をあんぐり開けたまま白くなっていく行人の腕の中で、やりたい放題かます大好きな姉たちにとうとう凛が噴火する。

 

 

「お、おねーちゃんたちひどいにゃ――――――――――――!!」

 そして、

「行人くんは、凛のなんだからぁ!!」

 

 

 ――そんな声が、病院中に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 全国八百万の凛ちゃんファンの皆様お待たせしました。例のブツです。
 今回はコメディしまくってやるぜと鼻息タイフーンした挙げ句がこの有様。うん、予想通りだね(裏声)。超間に合ったわーとりまワンチャンあるべ? かーらーの、秒で終わらせる的な? ウッ
 
 誕編シリーズもなんだかんだで八人まで順調(おいこいつまたなンかほざいてンぜ!)にこれましたのも皆様のおかげでございます。ラストを務めます彼女が終われば、ついに私も解放、じぃ―――ゆぅ―――だぁ――。
 
 つリクエスト 
 
 は、はひ、しゅびばぜん!!


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