僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#30 フールズチョイス

 

 

 

 

 

「あの歌は……歌いたくない」

 

 穂乃果によって投じられたのは言の葉というよりかは、言葉の手榴弾だった。一瞬にして、辺り一帯の一切合切を吹き飛ばした最悪なそれは、

 

「――――は?」

 

 こいつ一体何を言ってるんだ。正気か? いや、待て、落ち着け、何かの聞き間違いかもしれない。

 

「い、今、なんつった……?」

 

 穂乃果は、怯むことなく、

「私、『START:DASH!!』は歌いたくない」

 そんな馬鹿げたことを、主張した。

 

 まったく予想していなかった穂乃果の反応に、俺は思考がまとまらなくなってしまう。

 すぐさま動けたのは、

 

「穂乃果、あなた何を言っているのですか!?」

 信じられない様子で、海未が千々に乱れた俺の頭の中を代弁してくれる。

 

「歌いたくないって、何故です!?」

 

 本人を除く五人がその返答を待つ。唇を噛み締める穂乃果は、こぶしを握り、

 

「あの歌は……約束の歌だから」

 

 ……約束? どういうことだ、あの歌の内容は、そんなテーマでは――と、考え、はたと気づく、そうだあの時こいつは、

 

「いつか、ガラ空きだった講堂を埋めてみせるって、私、あの時――あのライブで約束したから」

 

 今回のライブ会場である音ノ木坂の講堂が埋まったとしても、それはA-RISEの実力だ。μ'sの本当の実力は、偶然がもたらした数十人よりも、最初の、誰もいなかったあの光景にこそ現れていた。

 

 だというのに、他人の威を借りて、約束を果たしてしまうこと。はたして、それは、

 

「……音ノ木坂を救うって気持ちと比べても、優先すべきことなのか」

「――うん、わがままなのはわかってるけど……、それでも私、あの歌を……自分たちで集めたわけじゃないお客さんたちの前で歌いたくない。だって――」

 

 ――それは、あの時の自分たちも、裏切る事になるからと、

 

 穂乃果の眼差しは揺るぎなかった。

 

 たしかに、オープニングアクトと良さげに言い換えたところで、その実は前座に他ならない。真打ち(メイン)のために、ただの空気を暖めるだけの存在、いいや、それ以下としか捉えられてないのかもしれない。でもそれはいい。自分たちがまだその程度の存在であることは皆が理解していることだ。いくらだってゆずれる。でも、

 

「そこだけは、ゆずれない、か」

 思わず、ため息が漏れた。

 

 昔から、こいつの発揮する頑固には筋金が入っている。いくら言葉を並べ立てた所で、折り曲げることは出来ないだろう。だが、それで自己満足したところで、目の前の問題の解決にはならない。

 

「……なるほどな」

「行人くんッ!?」「日高くん?」

 

 海未と絢瀬が声を上げるが、

「歌いたくない。そうか、――じゃあ、どうするんだ。穂乃果、お前は代替案を出せるのか?」

 続く俺の言葉に押し黙り、他の三人も含め一斉に視線を落とした。

 

 何もおかしなことは訊いていない。感情は大事だ。大切にしなければならない。けれども、繰り返すが時間がないのだ。わがままを突き通すのならば、納得のいく材料を出さねば許されない。

 

「――そ、それは……」

 

 あるはずがない。ファーストライブで、曲を用意する難しさはわかっているはずだ。

 

「えっと、ユキちゃ……あ、……」

 すでに西木野さんが加わっていれば、もしかしたらどうにかすることが可能だったかもしれないが、……これまでに勧誘できなかった時点でifを考えても仕方ない。汚れ役を買ってでもどうにかして、こいつを丸め込むしか――

 

 その時、

「あ、あ―――――――――――――っ!!」

 大口を開けた穂乃果は、

 

 

 

「ア、アカペラ……!!」

 

 

 

 おそらく全人類の思考を停止させるようなことを言い放った。

 

「アカ、ペラァ?」

 ……え、何言ってるのこの子。ごめんお兄さんちょっとワケわかめなんだけれど。左右を見れば、海未は直立したまま壁に寄りかかってるし、ことりは目が点に、絢瀬は唖然と、東條は吹き出していた。

 

 どこからか響く豆腐屋のラッパの音の合間合間に穂乃果は、

 

「ユキちゃん、アカペラなら歌さえあれば大丈夫だよね!?」

「ちょっと言ってる意味わかんないっすね……」

 

 伴奏なしでやるってんなら、そりゃ歌さえありゃいいが、その歌がねえって話をしてるわけですよ。

 

「あ、いや、だからその、昔の曲をやっちゃいけないとかそういう訳じゃないんだよね!?」

「昔の曲……、やる……?」

 は? ますます意味わからんとお手上げしそうになるが……あ、待てよ、え、嘘だろ、マジで? もしかして、

 

「……カバーって、ことか?」

「そうそう、カバーだよ、カバー!!」

 

 誰かの、この場合は世に広く知られているアイドルの歌った曲を自分たちで歌い直すということだろう。

 

 以前、カラオケではウリとなる武器にならず、恥ずかしいと考えたが……くそ、どうする。アカペラとかふざけている。どんな結果を招くのかわかったもんじゃない。だが、その場しのぎにはなるのもまた事実。

 ……最悪今回さえ乗り切れれば、西木野さんにいい交渉材料を持っていける。そのためにわざわざ虎の穴に飛び込んできたのだ。俺はちらと横目で絢瀬を見つつ、ひとまず穂乃果の話を聞いてみるだけ聞いてみることを選択する。

 

「……何の曲をカバーする気だよ」

「舞ちゃんの曲!!」

 

 反射的に耳を覆った。出来ることなら聞きたくなかった世にも恐ろしい言葉に、何故人の腕は音速の壁を破れないのか呪った。全身を襲う悪寒と震え、一方で背中には冷や汗が吹き出る。

「ひ、日高くん大丈夫!?」「ゆーくん!!」

 

 我ながら尋常ならざる様子に絢瀬とことりが駆け寄ってくれる。危ないところだった。あともう少しで持っていかれる所だった。もう少しあの言葉を耳に、

 

「高坂さん、舞ちゃんって、……あのアイドルの日高舞のこと?」

「はい、そうです東條先輩!!」

 

 ――ああ、行人くん!? ――ゆーくん、しっかりしてぇ!! ――どうしたの日高くん!?

 薄れかけた意識の中で俺は……

 

「失礼します!!」

「へぶっ!!」

 

 海未の平手によって辛うじてこの世に留まることが出来た。生きてるって……素敵だ……。

 

「なんかすごい日高くん、愉快なことになっとるけど……それって、二人の苗字が一緒なのと関係あったりする?」

「ぐいぐい来すぎだろうが!! 東條さんよォ? 今、あんた俺に二回連続で剣突っ込んで、黒ヒゲ飛ばしてるからな!! いたわれよォ!!」

 

 ことりに背中をさすられながら、俺はさめざめと泣いた。俺の中で、あの人は、名前を口にしちゃいけないあの人なんだよ。ああ、細心の注意を払っていたというのに話題を聞いてしまった。

 

「絶対、何かが起こる……ああ!! 窓に!! 窓に!!」

「もう一発……」

「あ、もう大丈夫でーす。取り乱したけど、戻りました。あざっす、ノーセンキューでっす」

 

 海未が手を構えたので平常心を取り戻した。深呼吸をするのだ、そして素数を数えるのだ。おじぎをするのだ。

 

「で、どうなん?」

「うわお、遠慮ゼロすか、東條はん」

「もちろん、本当に嫌なら聞かないよ。でもそうじゃないなら、ぜひとも聞かせてほしーなーって、ね?」

 

 はぁ、まったく敵わんな東條には。さすがにこの流れで、ごまかすのも難しい、か。大抵の場合、これを知られると面倒なことになるんだよ。けどまぁ絢瀬と東條なら……大丈夫か。

 ぼりぼりと頭を掻きつつ俺は、

 

「えーとすね……頼むから、広めないでくれよ。そのアイドルの日高(ひだか)(まい)さんなんですが、」

 ツバを飲み込み、

 

「――俺の叔母です」

 

 さぁ来るぞ、これを知った途端どいつもこいつもゾンビのごとく寄って――、

 

「って、あり?」

 こないので拍子抜けしていると、

 

「へぇ、あんな有名人が、親戚にいるなんて凄いなぁ」

「……日高舞なんて、私でも知っているもの。実際、どのくらい当時凄かったのかまでは知らないけれど、人気だったのよね?」

「そっか、えりちはロシアにいたんやもんね。凄かったよ。テレビとか、どのチャンネルつけても出てたしね。ウチもそこまで詳しいわけじゃないけど、曲は凄い好きやったし……すごいハマってる子もいて、ね」

 

 どこか遠い目をした東條さんと絢瀬さんですが、勝手にお話しておりました。そして、

 

「園田さんたちは、このことを知ってたのかしら?」

「はい、私たちは行人くんのお家つながりで何度かお会いしたこともあるので」

 母親同士が音ノ木坂つながりってこともあり、バレバレです。

「どうなん、やっぱ実物は?」

「凄いですよ!! なんていうか圧倒的なこう、オーラです!! ね、ことりちゃん」

「うん、やっぱりテレビで見るより数段綺麗で、それに私達にも優しくしてくれました」

 

 なんか俺、仲間はずれです。

 

 つうか、お前らはあの人の本当の恐ろしさを知らんから、んなことが言えるのだ。地上最強のアイドルって言われた人だぞ。そりゃ外面完璧で当たり前だろ。問題は中身だっつうの。「一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞」って業界で知らない奴はいなかったんだぞ。しかもこの言葉をつぶやこうものなら、いつどこにいても本人が姿を現すという噂もまことしやかにささやかれ――、

 

「ってそれはともかく、……舞さんのどの曲だよ」

 

 あの人の曲はいっぱいあるが、どれも名曲ばっかでハズレがない。これは贔屓目(ひいきめ)なしに俺は断言できる。いったい、その曲群の中から穂乃果は何を選ぶというのか。

 

「へっへへー、それはねー」

 もったいぶる穂乃果に、はよしろと井桁(いげた)を浮かべながら、

 

「『ススメ→トゥモロウ』だよ!!」

 

 高らかに告げた穂乃果に、にわかに場が盛り上がり始める。

 

「穂乃果、本当にあの歌が好きですねぇ……」

「昔から、……今でもよく鼻歌とかカラオケで歌ってるもんね」

 海未とことりは得心がいったらしく、また、

「なるほどな、たしかにあの曲凄く売れたしね。知名度もあるから、少なくともみんなが置いてかれることはないと思うよ」

「ええ、私もその曲なら、たぶんわかるわ」

 東條も絢瀬も好意的に受け止めているようだった。

 

「うんっ、私、あの曲なら自信あるから!! 歌詞も、全部覚えてるし。曲が流れてなくても歌えるよ。海未ちゃんもことりちゃんも、あれなら大丈夫だよね?」

「ま、まぁ、さんざん横で聞かされましたから、私も歌えますが……」

「私も大丈夫だけど……えっと、」

 

 語尾を濁すことりに穂乃果は、

「どうしたの?」

「うん……衣装をどうしようって思って。『START:DASH!!』の衣装も使わないなら、新しく――」

 

「……いや、その必要はないかもしれない」

「ゆーくん? どう、して?」

 

 他の曲はともかく、あの曲ならば逆に可能になることがある。それは、

「あの曲は、もともと舞さんが主演した学園ドラマのタイアップ曲だったんだよ。で、PVの時もそのドラマの学園の制服を着て歌ってる。だから、あの歌に関しては特別に衣装を拵えるよりも、制服で歌った方がそれっぽいんだ」

 

 しかも、舞さんが着てるその制服のデザインが音ノ木坂の制服に似ているのだ。あの人のことだ、大方、似せて作らせたのかもしれない。自分の通えなかった……やめておこう、これ以上は推測の域を出ない上に、他人が踏み入っていいことじゃない。

 

「そっか、たしかにユキちゃんの言う通り、カラオケでPV付きのやつを再生した時の映像はそうだったよね」

「ああ、だからことり、衣装に関してはあんま心配する必要はない」

「そうなんだ……あはは、ありがとう」

 

 こうして考えてみると、歌はほぼ習得済み、ダンスも元のダンスがある、衣装も制服だから問題なしと「ススメ→トゥモロウ」のコスパの高さが浮き彫りになるな。正直、悪くないのかとすら思えるほどだ。

 ただアカペラか……常識的に考えれば、ありえないのだ、止めるべきなのだ。が、

 

「とりあえず、やってみようよ!!」

 それを決めるのは俺ではない。

 

「それじゃあ、早速明日から行動を開始しましょう。高坂さん、ライブに関してはあなたたちにお願いします。けれどイベント全体に関しては、私が全力を尽くします」

「もちろん、ウチもね♪」

 絢瀬の両肩を押さえながら横に顔を出す東條に、

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします!!」

 穂乃果らが互いに頭を下げ、明日からの行動を決め、せっかくだからμ'sのかけ声を先輩たちもぜひ、と騒ぐ一団から一歩はずれ、

 

 俺では、ないのだ。

 

「……さんの曲か」

 

 曲の選択も、衣装も、演出も、

 全ては、

 

 ステージの上に立つ者のみに許された、権利なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

       ◆#30 フールズチョイス◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関は開いていた。

 

 にも関わらず、ただいまと呼びかけても返事がない。靴を脱ぎ、怪訝な表情で静まり返った我が家の居間を覗く。

 そして、このぐらいの時間に帰ってくるとカップアイス片手にテレビのバラエティを見ているはずの母親の姿がないことを知った。

 

「あれ、誰もいねぇの?」

 やはり返事はない。

 

 電気も付けっぱなしのままなのはいいのか。いつも節電しろと口うるさく言ってくるというのにと、やり場のない思いを抱えたまま行人は、何か書き置きでもないかと探す。

 

 すぐに見つかった。

 

 机の上にはラップにかけられた、とんかつとポテトサラダが鎮座しており、その手前にメモが箸置きで留められている。

 

『おかえり。ご飯はよそったら保温を消して、味噌汁は自分であっためること。母は回覧板をまわしに行ってきます』

 

 どうやら、入れ違いになったようである。今日はたしかじいちゃんも歌舞伎で夜、いないんだったなと考えつつ、行人はそのメモに対して軽く敬礼をして、

「ふぅ~~~~」

 大きく息を吹き出した。

 

 カバンを隅に置き、椅子に倒れるように座る。

 

 なんか疲れた一日だった。

 しかし、すぐにそんな事はここのところ毎日思っているのに気づき、もう一度、ため息をこぼす。

 時計の音しか聞こえてこない静けさの中で、このまま飯も食わず机に突っ伏して眠ってしまいたい誘惑に駆られるが、そんなことをして戻ってきた母親に見つかろうものなら夕飯ボッシュートの刑に処されるのは目に見えている。

 

「しゃーない……」

 気だるげに四肢に力を込め、行人が立ち上がろうとした時、

 

 

 電話が鳴った。

 

 

 携帯ではない、家の電話である。

「ったく、誰だよ、こんな時間に」

 家にいるのが自分しかいない以上、面倒でも取らざるを得ない。ゆらゆらと適当な足取りで行人は電話まで向かっていく。

「どうせ間違いかセールスだろ」

 そうだったなら、違うし、いらないとだけ言って、速攻切ってやると決意し、遠慮も慎みも知らずに鳴り続ける電話の受話器を乱暴に掴み、

「はいもしもし、日高ですけど?」

 半分キレ気味のトーンで呼びかけると、

 

 

 

 

 

「――もしもーし、私も日高ですけど?」

 

 

 

 

 

 ヒュ、と喉が鳴った。

 色んなモノが、ナニもかもが、縮み上がっていくのを感じる。

「へ? ……え?」

 嘘だ、嘘だ、そんなはずはない。だって、ここ一年以上連絡を取って――

 

「いやぁ、姉さんに言って呼び出してもらう手間が省けて助かったわ」

 こ、この声は、

 

「――実に、524日ぶりだけれど、何か言い残すことはある?」

「お、お、ぅお久しぶりッ、ですッ」

 

 初っぱなからの死刑宣告に、動転してエラーを弾き出す行人の脳はそれでもなお言い訳をでっち上げようと演算し続けるが、身にこびりついてしまった恐怖には勝てなかった。

 

「す、すみませんでした……――舞さん」

 

 

 

 受話器の向こうで、くすりと笑う声が響く。

 

 

 




【あとがき】
ラスボス登場、の巻。
なお、彼女は全てが原作準拠の設定ではありませんので、ご理解ご協力お願い致しまする。

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