再会した
花陽、凛は今度のA-RISEのイベントの運営を行う生徒会を手伝うことを決める。
受け取ってしまった日高舞のチョーカーを返すと同時に真姫も誘おうとするが、断られてしまう。しかし、クラスメイトの
一方、穂乃果たちはどこか様子のおかしい行人を心配しつつも、ライブの準備を進めていた。
A-RISEが音ノ木坂学院でイベントを行うまでの1週間が始まる。
◆月曜日 ―Monday―◆
週が明けた。
誰しもがまた平日が始まるという憂鬱に苛まれながら、やってきてしまった朝。行人は学校へと向かう。
駅に着けば、いつもよりごった返すホームに思わずため息がこぼれる。
「ついてない……」
電光掲示板は、20分ほど前に人身事故が発生したことを淡々と表示し続けている。駅員も口頭で説明しつつ、責任はそちらにないのにも関わらず、何度も頭を下げていた。
――結局、最初に来た電車へ大勢の同類たちとともに我先にと乗り込み、音漏れのするイヤホンと、前に抱えない輩のリュックサックに肋骨を圧迫されるフラストレーションと、窓ガラスに間抜け面を貼り付けるプレイに耐え、遅刻ギリギリのタイミングで教室へと駆け込む羽目となった。
グロッキー状態で机に頬をくっつけながら、朝のHRも聞き流していたところ、前の席の
「先週言ってたろう。三者面談のスケジュール表だ」
まったく、くだらんな、と言い添える千堂に、礼を述べながら、担任の
列は日取り、行は時間帯となっており、約2週間にわたってこの面談が続くことを示していた。
――日高、日高、っと、
「俺は……なんだ来週か」
そんなことに考えを割いてる暇などないので助かった。加えて、お袋にも予定確認しようと思って忘れてたが、これならばむしろ具体的な日程と一緒に聞いたほうが手間が省ける。
重畳重畳と再び机に突っ伏す行人。一瞬でも気を抜けば、すぐにいびきをかいてしまいそうだった。
「千堂……頼みがある」
「聞くだけ聞いてやろう。なんだ」
プリントを渡してもまだ振り返っていたら目立つ。せっかく小声を使ったのに、千堂は肩越しに通常のボリュームで聞き返してきた。
「このままじゃ確実に寝落ちしそうだ。俺と会話を続けてくれ。一限は
鼻息で返答するという、はたして是なのか非なのかまったく不明のアクションを取る――奏光学園でも指折りの“奇人”の異名をほしいままにする
「その目、あまり寝てないな」
クマでも出てたかと下まぶたに指をやる行人は、指摘されたことに笑いでごまかしつつ、
「はは、おととい昨日とまともに寝てないんだ。……その、知り合いの、なんというか、えー……先生に、課題を出さなくちゃいけなくてさ」
ジロと睥睨する千堂の迫力に、行人の目が泳ぐ。
――どうして、そのような反応をするのか。
後ろめたいこと、隠したいことがあるのか。
心当たりの点と点が結びつく。
行人には見えない角度で、千堂はあやしい笑いを浮かべている。
その後、千堂は、大胆にも椅子を後ろに下げ、黒板を向きながらも、行人の方へ身体を傾かせる。
「一つ、質問がある。構わないか?」
眉だけで反応する行人に、
「お前、放課後は何をしてるんだ」
ガバっと勢いよく起き上がった行人は、信じられないという顔をし、
「……つい最近、同じようなこと訊かれたばっかだよ……」
再び突っ伏す。
よくわからないが、効果はバツグンだったらしい。
「俺の記憶では、部活とかやってなかったはずだ。帰宅部なら時間はいくらもある。……ふと、何をやってたのかなと気になった」
教卓を前に弁を振るう藤嶋が、会話するこちらに気がついていないかチェックしながら、千堂はなおも続けた。
「――急にどうしたんだよ」
今まで学校でだけのクラスメイト以上のつきあいをしてこなかったのに、どうして気にするのか。行人は、内心訝しみつつ問い返す。
一瞬、目を伏せ、
「秋葉にUTX学園という学校がある。先週の金曜の放課後、俺がその近くを歩いてた時のことだ」
まさ、か。
行人の内心で震えが起き始める。
「面白い物を見つけたのだよ」
ああ、もう、最悪だ。
「もう一度尋ねよう。お前、女子校であるはずのあそこから出てきたのは、何故だ」
ある種の確信を持った口調で、千堂もわずかばかり配慮したのか耳打ちでそう告げてきた。
「な、なゃんのことかな?」
不意をつかれ、ひょっとこのような唇をした行人が出来上がっている。
尋常じゃない脂汗を垂らしながら、記憶にございませんと説得力ゼロで重ねるものの、
「やはり図星か」
「ち、違います!?」
力んだ拍子に、つい立ち上がってしまい、クラス中の視線を独り占めにした行人に藤嶋は、
「ほう、日高ぁ。お前まさか、俺が今話してた
死ぬほどどうでもよかった。
センセイの食生活なんか知らねぇよと叫びたいのをこらえ、
「男は黙って黒酢です」
とだけ答え、着席する。
その姿勢、評価する……と、藤嶋が何かを言ってる気がしたものの無視する。3年にもなって、もしかして学校選びを間違えたんじゃという考えがよぎったが黙って耐えた。
注目を集めた手前、千堂との会話の続行は不可能かと思われた。しかし、折よく藤嶋はHRを切り上げる。
長い長いため息を絞り出しながら、
「…………~~~~~っ」
完全にまずった。
まさか見られていたとは。
即座に行人は千堂に、
「すまん……その話は内密にしてくれると非常にそのぅ……」
「もちろん心に留めておくとも」
胸をなでおろす間もなく、
「ただし、先ほどの俺の質問に対する返答
命運は千堂の胸先三寸にかかったこの状況で、ごまかす訳にもいかない。
……仕方ない。
目の前の人物は親しい友人づきあいをしてきたわけではないが、クラスメイトとしては2年の頃からの付き合いになる。浮いてるとはまた違う、どこか只者じゃない存在感を絶えずかもしだす千堂。
普段なにしてるとかは、あまり聞いたことがないとはいえ、こっちも人のことを言えない立場である。
悪い奴ではないと思う。変な奴ではあるが。
逡巡の後に、ちょっと廊下で話そうと親指で示し、場所を変える。
HRが終わり、慌ただしく動き始めた学校の景色の中で行人は周囲を窺いつつ、これもオフレコで頼むと要求する。
千堂からうなずきを得、
「ある、……スクールアイドルの活動を手伝ってるんだ」
とうとう、言葉にした。
「……ふむ。それはもしやA-RISEなのか?」
まぁ今の流れからすると、そう取られてしまうのが自然だろう。
「いや、それが違くてだな……」
いまだ無名なためとはいえ、毎回説明してると嫌でも最適化される。
「神田の方に音ノ木坂学院ってのがあるんだけどさ、そこでμ'sってグループが新しくスクールアイドル活動を始めたんだ。そんで、知り合いがまぁ……そのメンバーなワケでして、ちょこっと手伝ってるんだよ」
壁に背を預け、そっぽを向きながら腕を組む行人に、千堂は、
「ミューズか……」
「言っとくけどな、石けん関係ないから」
もうこのやりとりもうんざりしてきた。そりゃそちらの方が有名だし、連想されるけども。
本来なら、ちゃんとある由来に勘づくほうがおかしいのということも忘れてしまう。
だが、
「当たり前だ。ミューズときたらギリシャ神話の女神だろう」
呆れたように言われ行人は、
「お、お前、どこの紺さんだよ」
普通はいきなりそっち出てこないだろ。こいつ何者だよとちょっぴり行人が引いていると、
千堂は、ミューズ……ふはん、大きく出たものだと、口に出し、確かめるように、
「まだ活動をはじめたばかりなんだな?」
「あ、ああ、出来立てほやほや。なんてったって、結成がついこないだだからな」
肩をすくめ答える行人に、
「それは好都合。実にすンばらしい状況だ」
一人何度も頷く千堂は、戸惑う行人の肩をガッと組み、
「なぁ、そうは思わないか? 兄弟」
「――はい?」
もう何度も味わったことのある感覚が、うなすじから駆け上がってくる。
「ちょ、ちょい待ち、な、何がだ。今のなんなんだ」
「光栄に思うことだ
訳分からん。目高じゃなくて、日高だし。名前覚えてないんかい。
しかし腕を離そうともがくがビクともしない。
「ぐぎぎっ、やめろ、調子こくと沈むフラグだそれ」
「ハッハッハこいつめ」
鳥肌が立つのを感じながら、ダレカタスケテーと行人が口にしかけた時、
「おいおい……珍しい組み合わせ、だな。」
タオルで手を拭きながら、便所帰りらしい
「はっ、逸太、助けて!! 身の危険を感じる!!」
つないだこの手は離さないとばかりにすがりついてきた行人に、
「ぬおっ、お、俺を巻き込むな……っ!!」
「やらぁ!! 置いてかないで!!」
「フフ、ハァッハッハ!!」
高笑いと悲鳴が入り交じる、
波乱の週の幕開けだった。
◆火曜日 ―Tuesday―◆
背に腹は代えられないものである。
東條希に「はいこれ♪」と渡された紙束に引きつった笑みを浮かべつつ矢澤にこは、そのビラを受け取った。
この少女、国立音ノ木坂学園3年、矢澤にこはアイドルを目指すことを標榜している。
いや、正確にはしていた、といったほうが正しい。
というのも、現在、その夢を一旦休止中だからである。
「……納得がいかない?」
言葉を選ぶような素振りを見せた希に、フンと鼻を鳴らし、
「べっつにぃ……、これでA-RISEのライブが見れるかもしれないなら、喜んで配ってやるわよ」
前回の握手会では、行きがけに神田神社で神頼みしてきたというのに抽選で見事ハズれるという苦い思いをした。
あれのために、小遣いをやりくりし、もう持っているCDを三枚も買い足したというのに。
全てハズれた時はさすがに心が折れる所だったのも今では、いい思い出である。
しかしだからこそ、今回のA- RISEのイベントの存在を知った時には、観客として参加できないのなら、是が非でも運営側にもぐり込まねばと、にこは考えた。
そのため、ツテというのもおかしな話だが、以前少しだけ交流のあった希に頼んでみようとしたところ、驚くくらいあっさりとそれは認められた。
飛んで火にいる夏の……じゃなくて、渡りに船やね、とニンマリ笑った希の顔を見て、一筋の汗がにこの頬を伝ったのは言うまでもない。
――それはさておくとして、
「でも、あのA-RISEを呼び寄せたなんて、アンタたちいったいどんな手品使ったワケ?」
ビラの束をくねらせ、分離をよくさせながら、にこの尋ねた当然の質問に、
「……種はあるけどね。手品なんかじゃないよ」
希は寂しそうに笑う。
「? どういう意味よ、それ」
「どっかのぶきっちょな誰かさんがね、この学校を守るために毎日必死に考えて、体を張った、その、結果」
それが誰を指しているのか察したにこは、眉間にシワを寄せ、不快感をあらわにする。
「なにそれ、聞きたくなかったわ」
ドストレートな物言いの裏側にあるものを希は感じ取り、苦笑してしまう。その反応にプイと顔を背けつつにこは、
「その誰かさんも不器用ね。ホント」
「……ウチは、お互い様、やと思うけどね」
今もその誰かさんは自らが陣頭指揮を取り、近隣の中学校で今回のイベントの宣伝に勤しんでいる。
傍から見ていて心配になるほどに、何か強迫めいたものに突き動かされているかのように。
彼女の芯で回り続けている物を希は、まだ問いかけていない。
あの東に西に奔走する姿を目にすれば、現状のタイミングで口にすることは、はばかられた。でも、
――いつか、知ることになるのかもしれないね。
はたしてその時、後悔することにならなければいいのだが。
足元のかばんから、愛用しているタロットを出し、
「……この世に器用な人なんていないのかもしれない。みんな、ごまかしごまかし生きてる。そんな気がするんよ」
希は、おもむろにカードを切り始める。
「アンタその年寄りじみた考えやめなさいよ。まがりなりにも女子高生でしょ」
うぇーと舌を出し、にこは勝手に椅子を引いて腰かける。
「しっかし、どいつもこいつも薄情者ねぇー」
生徒会側も準備運営に、決して手が足りているというわけではないらしい。だからこそ、にこは簡単に参加できたわけなのだが、とはいえ、である。
このまま何も変わらなければ、この学校はなくなる。
本来ならば全校一致の態勢で事態を打開せねばならないくらいなのだ。
その役割をたった何人かに押しつけ、ようやく何か1つ企画が出たかと思えば、非協力的。
目の前にある危機をどこか他人事のように捉えている。そんな空気が現在、音ノ木坂には
「……ま、そんなもんよね。しょせん」
たった一人の本気では何も変えられやしない。
「――でも、ね、」
どこか遠くを見つめ、ぼーっとしかけていたにこは、不意に口を開いた希を睨む。
「たった一人の誰かが本気にならないと、何も始まらない」
奥歯がぎぢと音を立てた。
――え、本気だったの?
――にこには、ついてけないよ。
「……始まったから何。すぐに終わるかもしれないでしょ」
噛みつきかねない勢いで反論に反論を重ねるにこに、希は瞬く間だけ迷い、
「もしも、一人のままなら、そうなってしまうかもしれへん。けど、その人の後ろからついてくる人たちが、隣に並んでくれる人たちが現れたのなら、――終わらないよ」
椅子が倒れた。
派手な音は生徒会室の空気を切り裂き、扉を勢い良く開き叩きつける音が続いた。
後に残ったのは、床に転がったままの椅子と、ため息をつきながら天井を見つめる、
「……言っちゃった」
希は、背もたれに寄りかかり、自身の言葉がにこにどのような思いを抱かせたかを考える。
一度、終わってしまった彼女に対して、辛い仕打ちをしてしまった。
あの時、自分は見ていることしかしなかったのに、偉そうに。
「まだまだやね……ウチも」
寿命が近いのか、時々明滅を繰り返す蛍光灯に透かすように、そのカードをかざす。
「けどな、」
にこに渡したばかりのビラはそこには残っていない。だからこそ、希は軽く頭を下げ、それを放った。
長年の使用で所々切り傷のある長机の上を、それは勢いよく回転しながら滑っていく。
「もう、回ってるんや」
――運命の輪は。
◆水曜日 ―Wednesday―◆
「もう何なの、これ!! もっとマシなコピー機ないわけ!?」
これで何度目になるのか。
いい加減堪忍袋の緒が切れかけた
「えっと、夏紀ちゃん……こっち使って」
その様子を見ていた花陽が、交代を申し出る。
――この二人は現在、この熱気こもる印刷室で、生徒会の先輩から頼まれたビラの増刷をしている。
機械的なうなりをあげながら、ひたすら用紙を吐き出し続けるはずのコピー機は、先程から何故か数枚吐き出すだけですぐに喉を詰まらせていた。
しかも夏紀の割り当てられた方だけである。
最初こそ、困るんだけどー、などと言って笑っていたものの、室内の温度がぐんぐん上昇していくのと、あまりの頻度の多さに苛立ち始める。堪忍袋も耐久力の限界を超えれば、破れてしまうのだ。
一方で、滞ることなく自分の分が終わってしまった花陽はすぐにコピー機をゆずることにした。
文句を垂れながらも、花陽に礼を言って夏紀はこちらの機械で刷り始める。といっても、操作などはたかが知れている。サイズ、部数を決めてスタートすれば、後は待つだけだ。
必然的に手持ち無沙汰になる。
花陽は刷り上がったビラを30枚ごとに分けながら、スマホをいじり始めた夏紀の横顔をこっそり窺う。
――初めは怖い人だと思ったけど。
いざ、話してみればそんなことはない。凛も同様のイメージを抱いてたらしいが、それを改めたと語っていた。唯一、凛との会話を聞いていた真姫だけは、何も言わず眉を潜めていた。
そう、真姫だ。
あれから数日が経過しても、いまだに花陽は日高舞のチョーカーを真姫に渡せないでいる。もう一度話してみようと試みつつも、向こうから避けられているのか、なかなかその機会が訪れない。今頃、凛と真姫はイベント当日会場の席などに置いておく音ノ木坂のパンフを折り込んでいることだろう。
せめて、凛と任された仕事が逆だったならばと思ってしまっても、詮無いことだ。
「はぁ……」
と思っても、ついついため息はこぼれてしまう。
「あんさ、花陽ちゃん。なんか悩みでもあんの?」
「えっ!? ど、どうして……?」
心でも読めるのかと。
「さっきからため息ばっかじゃん。そんだけこぼしてりゃ誰でも気づくっしょ?」
当然だった。
そもそも2人きりでいるこの場で、何度もため息なんかつく方が失礼なのだ。
「ご、ごめんなさい……」
すぐさま萎縮する花陽に、
「当ててみせよっか」
え?
花陽が停止するのに気づかず、夏紀は唇に人差し指を当て、
「そうだなぁ、さては――西木野さんに関することだ」
ドキリとした。
「な、なんで、わかったの……」
まさか、本当にサトリの能力をもっているんじゃ、
「だから、わかりやす過ぎなんだって花陽ちゃんは。西木野さんがいる時、いつもソワソワしてるし」
話しかけようと手を伸ばしたら、西木野さんが席を立っちゃって、行き場を失った手が下がるのを見かけたと夏紀は付け足す。
そこまで見られていたとは、改めて考えてみるとかなり恥ずかしい。
羞恥に赤くなる花陽に、
「聞かしてくれないかな。まだ話すようになって、あんま時間は経ってないけど……アドバイスくらいは出来るかもよ」
スッと傍に立った夏紀は、花陽の背から肩に手を回し、その顔を覗き込む。
少しでも力になると言ってくれたその気持ちがありがたくて、
迷うことなく言葉は出てきた。
一度、話し出してしまえば、後は溢れるように口をつく。
――昔からずっと、アイドルという存在に憧れていたということ。でも、自分は内気だし眼鏡だし、声も小さい臆病者だから憧れはずっと憧れのままだった。それがアイドルだった。
手が届かない、雲の上の存在だった。
それが、ここ数年で、風向きが変わった。
スクールアイドル。
ごく普通の学生だったはずの女の子達が、そのブームの到来と共にアイドルとなってしまったのだ。それまではたとえば大規模なオーディションであったりとか、街角で事務所にスカウトされるとか特別な何かがあって初めて、アイドルになれたというのに。
一握りの人間しか掴めなかったはずのチャンスに、誰でも触れることは出来るようになってしまった。
言葉はよろしくないかもしれないが、敷居が下がったのだ。そうすれば、誰しもが思うように、花陽はまた思ってしまったのだ。
――自分だって。
淡い期待に応えるように、自身の通い始めた高校でもスクールアイドル活動が始まった。学校を救うという大義名分を掲げて。
まぶしかった。
講堂での初めてのライブ。ステージ上に立つ三人――μ’sは、輝いていた。たしかに観客自体は少なかったかもしれない。だが、数なんか問題じゃない。
あの瞬間、1組のアイドルが世に現れたのだと思う。その誕生の瞬間だったのだと信じて疑うものか。どこにでもいる生徒なんかじゃない、
あれはアイドルだった。
息を呑むくらい、魅了されてしまったのだから。
ああ、出来ることなら、あの三人の先輩に並び立ちたい。だけど、自分ではやっぱりダメだ。思いに理論でふたをして、それでも心の底では期待をしていた。
もしかしたら、本当に、奇跡が起きたりして、自分に声をかけたりしてはくれないだろうか。実は先輩方もこちらの存在が気になっていて、一緒にやろうよと誘ってくれ
――真姫ちゃん!! 私たちと一緒に、スクールアイドルやろうよ!!
……現実なんて、そんなものだ。
思うと同時に、納得もしていた。してしまった。人目を惹きつける容姿、歌唱力、孤高を好む所すらも個性だろう。それはそれはアイドル向きだ。自分が先輩方の立場なら、もちろん放っておかない。三顧の礼だろうが、なんのそのだ。
おまけに、あの日高舞ちゃんともつながりがあるらしい。もうお手上げだ、勝てるわけがない。何一つとして、張り合える要素すらない。
せめて、性格が難ありとかだったら、まだわかるのだ。玉にも
でも、そんなことはなかった。少し不器用なだけの、いつも澄ましているけれど、笑えば本当に魅力的なかわいい女の子だった。
正直に、思った。
――ずるいよ。
そこまで完璧だったら、うらやむことすら諦めちゃうよと。
けど仕方ない。それが生まれ持った差なのだとしたらしょうがない。
ただ、せめて、特別なら最後まで凡人を憧れさせてほしい。余計なことを考えないで済むように、完膚無きまでに叩きのめしてほしい。
なのに、
先輩方からのスクールアイドルの誘いを断り続けた。大切な物に決まっている舞ちゃんのチョーカーを、簡単に私なんかに渡してきた。
特別、なのに。
「――そんなの、納得、出来ないよ……っ」
絞り出した自分の声で我に返る。
すでにコピー機の音は止んでいた。吐き出された紙束が、たまっている。
そこまでは話すつもりじゃなかったことも、いつもおどおどして聞き返されてしまう自分が、自分じゃないみたいに心の濁流をほとばしらせた。
自分だけが好き勝手しゃべり倒してしまったことを申し訳なく思い、まだ熱いままのコピー用紙に花陽は手を伸ばそうとして、
「ならさ――、
甘美な声が耳朶を這い上ってくる。
「そう、花陽ちゃんは、
――何も悪くないんだから、さ」
白い花びらに黒い斑点が広がり始めていた。
【あとがき】
後編“eeek”は、文字通り週の後半の予定は未定←
ちなみにSistersのターンからですっぽい。