僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#5 探し物はなんですか

 

 

 

 靴箱に上履きを華麗にシュートし、颯爽と学校を後にしようとした時、ケツポケットのスマホが愉快に震えだした。

 

 液晶に表示される文字は、『穂乃果』とある。放課後のこんな時間に電話をよこしてくるとは何かあったんだろうか。若干、出るのにためらいを覚えつつ、操作し、

 

「はいよ」

「あ、もしもしユキちゃん? 凄いんだよ!!」

「何がだよ。とうとう場合の数が一人で解けるようになったのか」

「ち、違うよ!? 数学の話じゃないんだよ!!」

 

 そりゃそうだろうな。だって当てにいってないし。

 

「さっき、音楽室でね。ピアノを演奏しながら一人で歌ってる凄い一年生の子がいたんだ」

「ほう、それはなかなかレベル高いことをしているな」

 

 そんな誰しも一度はちょっと妄想したことあるシリーズみたいなことを実行しちゃうような後輩はよほどの自信家か、うん、よほどのうん、アレかもな。

 まぁ穂乃果の口ぶりから察するに実力の伴った行動なのだろうが、もしも実力が伴っていないなら、かわいくなかったら許されざるよ?

 

「で、その後輩ちゃんが凄かったっていうのを何故に俺に伝えたんだ」

「うん、ライブをしよう!! って思って」

「ちょちょちょ待て、結構飛んだ、飛躍したぞ」

 

 毎度の事ながら、俺は正しい流れを聞き出す羽目になった。

 

 まず穂乃果、海未、ことりの三人はとりあえず練習をしつつも、まず目標として初めてのライブをすることに決めたらしい。

 それ自体はいい。時間は有限で、漫然と練習しているだけでチャンスが転がってくるとはとうてい思えない。学校を救うという長期目標達成のために、細かく短期目標を定めその都度クリアしていかないとダメだ。

 

 さて、次、ライブをするという、要はプロジェクトを立ち上げるわけだ。ならば大きく四つの要素を管理しないといけない。

 

 1.時間(期限)

 2.資源(ヒト・モノ・カネ)

 3.スコープ(規模・範囲など)

 4.品質

 

 1は、聞いたところ、十日後の平日放課後にやるのを予定している。まだ始めたばかりの勢いが続く頃だ。

 3は、会場は音ノ木坂の大講堂。あそこはたしか1000人弱ぐらいがキャパ(許容量)だが、そんな人数が埋まるのは入学式、学祭、合唱コン、卒業式あたりのデカい行事の時以外はまずない。なので、最大値がわかっても最小値までは予測できない。範囲、ターゲットとなるのも、音ノ木坂の生徒だけだ。学校側も認めざるを得ないくらい、人気と実力を持てば、いつかはA-RISEのように外部の人間も呼ぶことも出来るかも知れないが……とにかく、今回は非常に厳しいだろう。

 4も、現状誰にもわからん。

 

 問題は2だ。特にモノの――歌。これに尽きる。

 どうやら、何人か穂乃果達の友達が手伝ってくれるらしく、ヒトはとりあえずOK。音響周りも大丈夫らしい。アイドルらしい衣装も、なんと元から服飾関係に興味のあったことりが頑張るとのこと。まぁあいつ鈍くさそうに見えるけど、意外と手先は器用だからな。昔、手編みのマフラーくれたこともあるし。それでいて普通にお母さんが音ノ木坂の理事長というお嬢様だ。おカネも大丈夫とことりは言っているらしい。意外と生地って高いからな、ここでコストがかからないというのは大きい。足を向けて寝られないぞ、穂乃果、海未、感謝しとけ。

 

 ……歌ばかりはどうすればいいのか。俺の意識はまったくそちらを看過していた。考えてみれば必要不可欠な物だ。既存の曲でカラオケ? ふざけている。ただでさえこちらにウリとなる武器に欠けているというのに、そんなことをしたらと想像するだけで鳥肌が立ちそうだ。また、たとえ一回どうにかそれでしのいだとしても、次はどうなる? また同じ事を繰り返す? それをいつまで?

 

 とどのつまり、解決しないことには未来はない。

 

 逸太から仕入れた知識だが、人気のあるスクールアイドルは皆オリジナルの楽曲を歌っている。抱えているのだ、それが出来る者を。

 

 ――作曲。

 

 たしかに最近じゃデスクトップミュージック、いわゆるDTMがボーカロイドなどの功もあって、だいぶ一般層にも届き始めた。敷居が下がったのだ。だが、たとえ敷居が下がろうと、こういったクリエイティブな領域は本人の才能と努力に左右される。

 

 無から有を作り出すというのはそれだけ崇高な行為の一つだ。

 鍵盤を押せるから、弦をはじけるから、文字が書けるから、色を塗れるから、粘土をこねられるから、パソコンを扱えるから、なんでもいい、それが出来るだけでは、創れることには繋がらないのだ。

 

 よく、わかっている。

 

「――ユキちゃん?」

 

 穂乃果の声で現実に戻ってくる。少し、思考に没頭しすぎていたようだ。

 

「ああ、悪い。少し考え事をしてた。で、その後輩ちゃんだけど、歌ってたのって」

「うん、聞いたことのない歌だね、って伝えたら、その後輩の子――西木野(にしきの)真姫(まき)ちゃんっていうんだけど、私が創った曲だからって教えてくれてね。凄くいい曲だったなぁ、私感動しちゃった」

「――穂乃果、その西木野さん、絶対逃がすな」

「え?」

 

 ひと一人を感動させる曲を作れる子ならば、是が非でも逃すわけにはいかない。何がなんでもこちら側に引き込むしかない。

 

「今、まだそこにいたりしないのか? いるなら、ちょっと俺に話させてくれ」

「え、えー!? だって、もう別れちゃったよ!? たぶん、もう帰っちゃったと思う……」

「そっか……。でも、同じ学校にいて名前まで割れてるんだ。コンタクトは取れるな、明日になったらすぐにタイミングを見計らってもう一度話しかけてみろ。とにかく仲良くなれ」

 

 いつだって底抜けの明るさと物怖じしなさで、他人と仲良くなるのを朝飯前に済ましてしまうお前なら、出来る。

 

「――うん、頑張ってみる。だって仲良くなりたくなったから!!」

 

 俺の打算的な考えなど抜きに、こいつは成し遂げてしまうんだろうな。ただ自分が思うように。おかげで、そのフォローだなんだに俺や海未が駆け回る羽目になる。

 

「……まっ、今に始まった事じゃない、か」

「? なんか言ったユキちゃん?」

「いや、なんでもねーよ。で、他にはなんか伝え忘れてないだろうな?」

「あ、そうだった。ユキちゃん、海未ちゃんがね、これから放課後にも神社で私たち練習することを伝えておいてください、だって」

 

 伝えておいてくださいだって、そこまで伝えちゃってどうする。カットしろカット、ったく。

 

「え? じゃあ、お前達、今日もこれからまたやるのか?」

「うん、もちろん!」

 

 いきなり初日から飛ばすのもどうかと思うが、それだけやる気が満ち満ちているのなら水を差すのは野暮か。海未がいるなら無理させることもまずないだろう。

 

「そっか、そうだな、俺も時間があったら見に行くわ」

「あ、ほんと!? だったら、またドリンク買ってきてほしいなぁ。そうそう、朝のおいしかったよ!! ありがとう!!」

「お馬鹿、調子に乗るんじゃねー。味噌汁差し入れるぞコラ。……まぁ、考えといてやる」

 

 やばっなんかツンデレっぽくなっちゃった気持ち悪。常々クールガイになりたいと考えているのに、世の中ままらない。黙って背中で語れるようになる明日はどっちだよ。

 

 微妙な気分になりながらも、穂乃果との通話を終えて、俺は駅へと歩き始めた。電車に揺られ、向かう先はアキバだ。地元周辺ということもあり、昔から馴染んできたこの街もどんどん様変わりしていく。

 日本有数の電気街というイメージも薄まりつつあるのではないだろうか。ネットの発達により、ここでしか買えないような代物はほとんどなくなってしまった。

 代わりとばかりに姿を現し始めたのは、アニメやゲーム、同人誌といったショップの数々だ。それから程なくして、ネットで有名になった掲示板の書き込みから始まったラブストーリーのメディア展開により、大衆が興味を持ち押し寄せてきた。

 濃い人間ばかりだったこの街がそうして希釈されていったのだ。

 

 親父も昔のホコ天はカオスだったなどと言っていたことを思い出しながら、足は止まらない。

 昔を一度でいいから見てみたいと思わないでもないが、いくら想像したところで俺たちには比較が出来ない。昔に思いを馳せることが出来るのは大人の特権だ。

 まだまだ過去などない俺たち子供はただ今を生きるのみ、だ。

 そう、今を――、 

 

「や、……ちょっとこれやっぱどうなんだよ」

 

 俺の眼前にそびえているのは、デカデカとA-RISEのビル広告を示威するアイドルショップ。店頭では様々なスクールアイドルたちの曲とミュージックビデオが轟き、サインが施されたポスターやグッズがショーウィンドウに所狭しと並べられている。

 

 出入り口からは嬉々とした顔で入っていく小太りのおっさんや、仕事はどうしたスーツ姿のリーマン、ハイテンションな学校帰りの女子中高生、声変わり中の男子中学生などがひっきりなしに行き来している。

 

 いや、濃ゆいわ。

 ここだけなんか温度おかしくない? なんか湿度も高そうだし。

 うん、さすがにちょっち恥ずかしい。

 とまぁ、さりげない感じを装いつつも店の前をさっきからうろうろしている俺。あの男らしさってここら辺に落ちていませんでしたか。

 

 俺はひとまず近くの自販機でブラックコーヒーを買おうとするが、やっぱり微糖にして、それを一息であおり気合いを入れた。ボス、俺に力を貸してくれ。

 

 丹田の辺りに意識を集中させ、何故だか俺は息を止めながら店へとゴーインした。

 

「ぷっはぁ……」

 突き当たりまで行き、酸素を求める。

「お、思ったよりもちょろいわ」

 語尾が震えたが気にしない。

 

 さて、気を取り直して、わざわざここまでやってきた理由であるブツを探しに行くとするか。逸太曰く、この店の二階にあるらしい。俺は幅のあまり広くない階段を上り二階のCD、DVDコーナーへと歩を進めた。出入り口のある一階ほどではないが、やはりそれなりに人がいるあたりスクールアイドルの人気ぶりをうかがわせる。

 

 店内をぐるっと見渡すとどうやらグループごとに陳列されていることがわかった。その途中で、当然のように売り場の一番いい場所で展開されているコーナーを発見する。

 

『大人気、ナンバーワンスクールアイドル、A-RISE!!』

 

 店員の力の入れぶりがわかるパネルが吊り下げられているそこへ近づくと、すでにそのコーナーには二人ほどいたが俺と入れ違いになるように、その内の一人は何かを抱えるようにして小走りでレジへと向かっていった。

 液晶モニターで映されているプロモーションビデオと平積みになっているCDの数々を眺めていると手作りのPOPが目に入った。

 

 えーなになに、『つい先日リリースされたばかりのA-RISEニューアルバム緊急入荷。次回入荷は未定となっております。』

 

 おお、要は新譜が出たばっかりだったのか。そりゃ力入れて売るわけだ。平積みの中でもぽっかりと抜けているのが、そのアルバムの売れ行きを示しているらしい。ならせっかくだし、このアルバムを買うとするか。逸太に伝えたら、運がいいと言われるかもしれないな、ふふん。あやかりたいなら、神田明神に行けと教えてやるとするか。

 

 で、更にだ。ふぅむ、初回限定版と通常版があるのか。在庫どうなってるんだ?

 

 そこで俺は目を剥く。

 初回限定版と思しき、わりかし豪華めのボックスに入ったCDがぽつんと寂しそうにしていた。

 

 ラス1……だと。

 

 か、買わねば。俺はすぐさま財布を取り出し、ボリューミーであったかを確認した。予想外の出費で明日までの命になるかもしれないが――イケる!!

 

 だって、通常版と限定版なら限定版のほうがいいじゃん。しかも限定版しかないなら、買うだろ。

 自分を納得させるだけの理由を拵え、俺はCDへと手を伸ばし、

 

 逆の方向から伸びた手と同時にCDを掴んだ。

 

「「あ」」

 

 互いに同じ言葉が口から発せられ、しばし見つめ合う形になった。

 

 

 

 

 

 これが彼女――西木野真姫との出会いだった。

 

 

 




某ケバケバしいお馬さんアニメのOPの曲(新しい方)を海未が歌っているという想像が捗る件

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