僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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♪こんなに近くで…/Crystal Kay♪


番外編 こんなに近くで…

 

 

 

 

 いつだって隠れて見ていたんです。

 

 

 

 

 家の近所の子どもたちが遊ぶ際には、お決まりの、その公園の木陰が私の定位置でした。

 

 小さい頃の私は、今でこそ多少治ったものの、極度の引っ込み思案で、同年代の子どもたちが遊んでいる輪の中に、どうしても入れてほしいということが出来ずにいました。

 

 楽しそうに、鬼ごっこやボール遊び、砂場でおままごとやお城を作っている様子は、私の眼にはたとえるなら宝の山を分け合っているように映っていました。

 

 でも、勇気は出ずに、私は夕方になりみんなが家に帰り、誰もいなくなるとようやく、その遊びの残滓(ざんし)に触れることが出来るのでした。

 

 水を吸い切ってしまった城は落日のように崩壊し、山を抜けるトンネルは、おばけトンネルと化していました。

 

 それでも、しゃがみ込んで、ざらついた砂の感触を確かめるように城の肌をなでていたりすると、自分もこのお城の作成者の一員になったようで、嬉しく思ったものです。

 

 

 ――なにやってんの?

 

 

 そんなことをして気が抜けていた時、

 背後からかけられる声がありました。

 

 み、見られた。どど、ど、どうしよう!!

 

 反射的に立ち上がったはいいものの、私は振り返れもせずに、固まっていました。

 

 

 ――ん、おまえ、どっかで?

 

 

 真っ白になった頭で、再び聞こえた声に目を開けると、目の前にしゃがみこんでこちらの顔を覗き込む男の子がいました。

 

 たしか……、いつも陰から覗いていたグループの中でも、年長者なのか中心にいた男の子のはずです。

 

 どうして、戻ってきたのでしょう。いつもは解散したら、そのまま家に帰ってしまうはずなのに。

 

 そのまま、一言も発しない私に男の子は興味をなくしたのか、ま、いいやと言うと、

 すぐにタコ型のすべり台の下へと向かっていき、おそらくは家から持ってきたらしいござを敷き始めました。

 

 そして敷き終わると、リュックを放り、靴を脱いで、ごろんと横になります。すると、物陰に隠れて足の先しか見えなくなってしまいました。

 

 おーいいかんじーという声が向こうから聞こえてくれば、

 

 いったい何をしているんだろうと、私は好奇心に負け、徐々に近づいていました。

 

 こそっと顔を出すと、そこにはござの上に仰向けになり携帯ゲーム機をしている男の子がいました。一心不乱に指を動かし、そのつど身体も揺れています。 

 

「くぉっ、あ、ばかばか、つよいつよい、なんなんだよこの裏ボス、あーもうっ死んだ……」

 

 私はそういったゲームをやったことがなかったので、とにかくその言葉から何らかの区切りがついたのだろうなと思いました。やがて、溜息と共にゲーム機を置いたその男の子と、目が合いました。

 

「あれ、おまえ、まだいたの?」

「…………っ!?」

 

 またもや見つかってしまいました。

 

 そして、今度も固まってしまった私に、その男の子は身体を起こすとあぐらをかいて、

 

 

 

「気になんなら、おまえもここにとまってみる?」

 

 

 

 

 

 

 

    ◆番外編 こんなに近くで…◆

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと海未、私の話聞いてる?」

 

 

 ――――えっ?

 

 

 不意に我に返って、私は隣で眉間にしわを寄せる真姫に話を聞いていなかったことを謝罪しました。

 

「す、すみません、少し、考え事をしてて」

「はぁ……まぁ、いいけど」

 

 昔と変わらず、髪をくるくるといじりながら真姫は嘆息し、

 

「だから、他のみんなはどうなの? 忙しいのもいるでしょ、絵里とかことりとか」

 

 なるほど、今日ちゃんと参加出来るのかを聞いていたということですか。

 

「ことりも今日のために帰国していますし、絵里も休日を取ってくれたと穂乃果が言っていました」

 

 それに、と付け加えるように、

 

「忙しいという意味じゃ、あなたもでしょう? 真姫」

 

 真姫のご実家の西木野総合病院。そこの次期院長ともなれば、その日頃の仕事量は想像に難くありません。

 

「わ、私はいいのよ」

 

 そう言って、そっぽを向く、変わらない照れ隠しの反応に私もつい笑いを漏らしてしまいます。

 

「本当、変わりませんねぇ」

 

 電車の窓から見上げた空は、この上なく晴れ渡り、大いに安しという今日という吉日を祝福しているようでした。

 

 そう、

 

 ――私たちは今、幼馴染二人の晴れ舞台を執り行う式場へと、向かっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未ちゃーん!! こっちこっち!!」

 

 避暑地で知られるその土地にある会場に到着し、花陽や凛の姿を見つけた私たちが話をしていると、聞きなれた声がしました。

 

 振り仰げば、上の階から身を乗り出して手を振ることりがいて、

「ことり!! どうしたのですか?」

 

「あ、そっか。海未ちゃん、まだ穂乃果ちゃんのドレス姿見てないんだよね。早く見てきた方がいいよ!!」

「うん、すっごく綺麗でしたぁ……」

 

 興奮気味に語る凛と、陶然とつぶやく花陽に促された私は、では真姫も一緒にと口にしかけ、

 

「私も後で行くから、先に行ってて」

 

 と言われてしまい、一人でことりのもとへと上がっていくことになりました。

 

「ことり、穂乃果の様子はどうです」

「うん、ライブ前の時と一緒って感じ、かな♪」

 

 なんとなく予想がつき、苦笑していると、

 すぐに新婦の控え室へとたどりつきました。

 

 扉の前で私に振り返ったことりは、

 

「自信作だよ。今の私に出来る、二人への最高の贈り物だから」

 

 微笑むと、ノックをします。

 

 すぐに内側からどうぞーと聞こえました。

 

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん来てくれたよー」

 

 そう言って、ことりは目でさぁ、入ってと訴えます。

 

 それに従って、私が入室すると、

 

「海未ちゃん!? ありがとー、ちゃんと来てくれたんだね!!」

「当たり前じゃないですか!! 来ないわけありませんよ」

 

 式場の人と話をしていたらしい穂乃果が駆け寄ってきました。

 

 そして私の目の前に立つと、頬を染め、はにかむと、

 

「え、えへへ……ど、どうかな……海未ちゃん」

 

 いつもの元気溌剌とした穂乃果とは打って変わり、しおらしく私の前に立った穂乃果は、純白のウェディングドレスに身を包んでいました。

 

 今では海外でも活躍していることりがデザインしたそれは、まさに穂乃果のためだけに存在している世界にたった一つだけのもので、

 

 私は思わず、息を呑みました。

 

「……驚きました。凄く似合っていますよ。これなら、きっと彼も満点をつけるんじゃないですか?」

 

「あはは、どうだろ、どうせいつもみたいに『孫にも衣装だな』とか言うんだよきっと」

 

 孫なんて気が早いよねっと、相も変わらずどこか抜けている幼なじみに「孫ではなく、馬子です」と訂正しつつ、

 

「本当に、よく似合っています。くや――」

 

 悔しいぐらい。

 

 ふと漏れそうになった言葉をとっさに唇を噛んで抑えます。

 

 何かを言いかけた私に穂乃果は小首を傾げます。強張った表情を悟られぬよう私は背を向け、

 

「はやく、メンバー以外の皆さんにも見てもらいたいですね」

「えぇー……、ちょっと恥ずかしいなぁ、あはは」

「ライブで何回も色々な衣装を着たでしょうに。今更ですよ」

 

 そう、

 

 思えば、一番最初のライブでは足を出すのすら躊躇っていたことを思い出しました。

 

 懐かしさにひたりながらも、私はお手洗いに行きたい旨を告げると、廊下を出て右の突き当たりにあるよと穂乃果に教えられ向かうことにしました。

 

 

 

 

 

 用事を済ませた私は、髪を整えながら、鏡で向かい合った自分の顔を見つめていました。

 

 さきほどの穂乃果との会話の際に、私はちゃんと自然な表情が出来ていたでしょうか。

 

 ぎこちない笑みになってはいなかったでしょうか。

 

「まったく……修行が足りません……」

 

 お化粧があるため顔を洗うことこそ出来ませんが、流水に手を突っ込み、余計な考えをその冷たさでもってそそごうとします。

 

 そして、足早にお手洗いを出ようとして、反対側の男子の方から出てきた人と、

 

 

 

 ――ん? あれ、海未?

 

 

 

 出くわしてしまったんです。

 

 

 絶対に、

 

 今だけは逢いたくなかった、人に。

 

 

「――なっ」

 

 動揺著しいまま、私はとっさに、

 

「……し、新郎がこんな所にいていいんですか」

 

 ――いや、そりゃ俺だって人間だもの……トイレぐらい行くでしょ。ってか行かせてくれよ。

 

 いつもと変わらぬ口調のまま、自分のお腹をさすり、

 

 ――やぁ~、さすがに大緊張だよ。参った参った。

 

「それは、……今日の主役なんだから当然でしょう」

 

 どうしてでしょう。どうしても言葉が刺々しくなります。

 

 なのに、彼は気分を害した様子もなさそうに、

 

 ――ちょうどよかった。なぁ海未、少し話し相手になってくれないか。

 

 ――ぶっちゃけ、穂乃果の準備が整うまで、少し時間があるんだよ。

 

 そんなことを言うのです。

 

 

 

 

 

 

 

「いいのですか……私が入っても?」

 

 仮にもこれから主の前で誓い合うのです。そんな人間の近くにいてもいいのかと逡巡してると、

 

 ――ん? なんか気にしてるのか? つまんないこと考えるような奴は今日呼んでないから気にすんなって。それに普通に雪穂やことりや他のμ'sのみんなも来たしな。

 

 そこまで言われたら、断ることもできず、私は新郎の控室へと足を踏み入れました。

 

 机の上には、白いタキシードが置かれ、出番を待っていました。メイクに、ヘアメイクに、ドレスの着付けだの山積みの花嫁と違い、男性はほぼ着替えるぐらいなのは気楽でいいものです。

 

 ――おし、じゃ、なんの話しようか。

 

 椅子に腰かけた彼は、私にも勧めますが、それを固辞して、

 

 ……ここには、私たちしかいません。だからこそ、

 

 

 今、この時、この場所で訊かなければ、きっと後悔するから。

 

 

 

「お聞きしたいことがあります」

 

 私から申し出たことに、意外そうな顔をして、

 

 ――お、なんだ?

 

 たったひとつの質問をしました。

 

「どうして……穂乃果だったんです、か?」

 

 

 

 

 

 

 

    ×      ×      ×

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な空間でした。

 

 

 その日の晩は一人で留守番だったいうこともありますが、何故だか私はその男の子の誘いに頷き、滑り台の下で膝を抱えていました。

 

 相も変わらず、男の子は自分で誘っておきながらゲームに興じていて、私はただ時折その様子を眺めながら、次第に更けていく夜を肌で感じていました。

 

 その時です。

 

 くぅ、と音がなったのは。

 

 考えてみれば当然で、晩ごはんも食べずにお昼過ぎからずっとこの公園にいるのですから。

 

 ですが、その時の私は、情けない音を放ってしまったことが恥ずかしく、顔面中に血が集まるのがわかりました。

 

 男の子は、ゲーム機からちらっとこちらに視線をやると、

 

 ――おなかへってるのか?

 

 ずばりと指摘しました。

 

 私はなおのこと身体を縮め、お腹と顔を隠そうと苦心しました。

 

 ふぅーと息を吐きながら、男の子はゲーム機の電源を落とすと、リュックをごそごそ漁りだし、やがて、

 

 ――ほら、

 

 アルミホイルに包まれた何かを渡してきました。

 

 促されるままにアルミホイルを取っていくと、そこから出てきたのは薄茶色のお饅頭でした。

 

 とっさに思い出したのは、

「怪しい人から物をもらってはいけない」という母の教えでした。

 

 一応、顔はわかっていても怪しいは怪しい男の子から差し出された食べ物。

 

 はたして口をつけてもいいのか。判断が出来ず、私は男の子とお饅頭へ交互に顔を向けていました。

 

 よほど困った顔をしてたのでしょう。

 

 男の子は、

 

 ――なんだよー。べつにどくとか入ってないぞ

 

 しょうがねーなーと言いつつ、ひょいっとそのお饅頭をつまむと、一口だけかじりました。

 

 ――ほら、これで、安心だろ?

 

「な、なにをするんですかぁ!?」

 

 誰も毒入りかどうかなんて考えてないのに、いきなりそんなことをされた私は、叫んでいました。

 

 ――いぇ? なんで?

 

「こ、これじゃ食べられないですぅ……っ」

 

 だって、口をつけてしまったのですから。

 

 ――はぁ〜? なんだよもぉー、せっかく1つしかないのをやったってのに、

 

 じゃ返しなさいと言いながら差し出された手に、私は、

 

「い、いやです……」

 

 わがままなことですが、それはそれでまた嫌なのでした。お腹が空いていたのは確かだったのですから。

 

 ――はぁ? じゃおまえどうすんだよ。

 

 少し強めの語調になった男の子の手と、お饅頭を交互に見て、

 

「う、うう、うぅ〜〜〜〜……」

 

 唸っていると、何故だか悲しくなってきて、視界がうるみ始めてしまいました。

 

 すると、

 

 ――な、な、なくなよっ!? わ、わるかったよ、ごめんって。

 

 まさか泣いてしまうとは思わなかったのでしょう。非常に慌てた様子で、こめかみを押さえると、

 

 ――や、やばいぃ、こんなの見られたらグリグリされるぅ!!

 

 悲鳴じみた声を上げて、男の子は私を泣き止ませるためにコミカルな動きをしながら、頭を撫でて慰めてきました。

 

 ですが、涙目のまま、なかなか落ち着かない私に、

 

 ――よし、わかった!!

 

 と叫ぶと、すぐさまリュックの中から、がま口のお財布を取り出し中身を確認すると、

 

 ――うっ……、

 

 すぐさまうなだれ

 

 ――そ、そういえば、おとといガチャガチャやりすぎた……、

 

 しばらく腕を組んでうーんと悩んでいましたが、やがて、あっ、と、

 

 ――ちょっと、まってろ!! 

 

 言い置くと、すぐさま駆けだしていきました。

 

 数分ほど経っても戻ってこず、こんな時間の公園に一人でいたことなどあるわけもないので、私は心細さで震えていました。

 

 もしかして、置いて行かれてしまったんだろうかと、また涙が浮かび始めた時、

 

 ――は、はやいよぉ――ちゃぁん!!

 ――いいからいそげ、ほのか!!

 

 泣き言とそれを叱咤するやりとりが聞こえてくると、

 

 男の子は、出て行った時と同じ速度で走って戻ってきました。膝に手をついて息を整えている様は、どのくらい必死だったのかがよくわかり、

 

 その後ろから、

 

「ふぃ~……はれ~つかれたぁ~……」

 

 ぶつかるようにして止まった新しい人影があらわれ、

 

 ぶつかられた男の子は野球のヘッドスライディングのように地面を滑りました。

 

 数秒ほど沈黙して、これは大丈夫なのでしょうかと手を伸ばしかけると、

 

 クワッと顔を上げて、

 

 ――こぉんのバカ、バカほのか!! ほの、バカ!!

 

 私の前でその新しい人影に対してお説教をし出しました。

 

「うぅ、ごめぇん、だ、だって、わたし、これもってたもん」

 

 白いビニール袋を持ち上げた人影――ほのかというらしいその女の子は、私に気づくと、

 

「わぁっ、こんばんは!!」

 

 満面の笑みで、私に晩の挨拶をしました。

 たしか、よく男の子と公園で遊んでいる子の一人だと私は思いました。

 

 しかしながら、突然の登場に私はうろたえるまま、ぺこっと頭を下げることで精一杯でした。

 

「あなたが、おなかをすかせてないてる、びしょーじょだね!!」

 

 その、奇妙な言葉に、

 

 ……え、どういうことですか、美少女ってと理解が追いつかずにいると、

 

 ――ギャー!! おまえなにいってんだよ!!

 

 慌てた男の子が女の子の口を手でふさごうとしました。

 

「えぇ? だってそうゆってたでしょ? だから、うちのおかしもってこいって」

 

 ――だから、そうじゃなーい!! そういうのはだまっとくもんなのー!!

 

 なんでおまえはいつもそう考えなしなんだと叫びながらも、このままでは埒が明かないと思ったのでしょう。

 

 空気を変えようと男の子は私に向き直ると、

 

 ――ふっふっふっ、たいへん長らくまたせたな。ほら、ほのか、見せてやれ。

 

 ――はいっ、これっ。ごめんね売れ残ってたの、これぐらいしかなくて。

 

 手渡されたそのビニール袋の中には、数個の薄茶色のお饅頭が入っていました。

 

 どうやら先ほどのお饅頭と種類は同じようで、

 

 ――これな、こいつんち和菓子屋で「ほむら」っていうんだけど、そこで作ってる、とくせいまんじゅーなんだ。

 

 ――うんっ、ぜったいおいしいからたべてみて!!

 

 和菓子屋……たしかに、それならば、大丈夫です。

 

 おそるおそる手にし、二人に見つめられるまま唇へと持っていき、

 

 一口。

 

「!!」

 

 口にさっと広がった餡子の上品な甘さが、薄皮と融け合って、それはもう自然と笑みがこぼれてしまうような、忘れられない味で、

 

「――おい、しい」

 

 自然とこぼれた感想に、

 

 ――だろっ、おーし、やったなほのか!!

 ――わぁい!!

 

 ハイタッチを交し合う二人を前にしながら私は早くも二口目に取りかかろうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっ!! ここにお泊まりするの!?」

 

 ――うるさっ、響く響く!!

 

 お饅頭を頂いた後、ほのかさんは敷かれたござの存在に気づき、男の子にどうしてこんな物を持ってきたのか理由を尋ねました。

 

 ――まぁ泊まるけど、それはついでだよ。

 

 彼は、胸を張ると、

 

 ――りゅうせーぐんを見るんだ。

 

 夜空を指差して言い放ちました。

 

 すると、途端に目が輝きだしたほのかさんが、

 

「――ちゃん!! もぉっ、どうして言ってくれなかったの。わたしだって見たい見たーい!!」

 

 どうやら誘っていなかったらしく、ほのかさんは飛び跳ねながら自分も見たいと騒ぎ始めました。

 

 ――はぁ~、そういうこと言い出しそうだったからだっつの。

 

 疲れた表情でやれやれと、

 

 ――おまえがそうやって言い出したら、ことりだって来たくなるだろ?

 ――あ、……ことりちゃん。親戚のおばあちゃんちにいってるんだっけ。

 

 ことりさんというのは、ここにいる二人と同じく仲良しグループの一人だったはずでした。

 

 つまりは、家族の都合で行けない人の前で楽しそうなことに誘ったら、かわいそうだろうという彼の気遣いだったのでしょう。

 

 見ているだけではわからなかった彼の人となりがわかるにつれて、私も気づけば心の壁を取払い始めていました。

 

「うぅ……そっか……」

 

 残念そうに我慢しようとするほのかさんに、

 

 ――でもま、こうなったらしかたないしな。

 

 頭を掻きつつ、

 

 ――ほのか、おまえもいっしょに見ようぜ。

 

「え、いいの!?」

 

 そして、

 

 ――おまえもいいか?

 

「……え?」

 

 確認を求めているのが、私に対してだとは思わなくて、間が抜けてしまいました。

 

「は、はい……?」

 

 語尾が上がったことにおかしそうに、

 

 ――ようし、じゃ、ねがいごと考えとけよ。すごいんだってさ。なんてたって、流れ星のむれだからな!!

 

 にかっと笑うと、いそいそと滑り台の下のござへと戻っていきました。それにすぐに続こうとしたほのかさんは、

 

 振り返ると、固まっていた私の手を取って、

 

「いこっ!! わたし、こうさかほのか!! あなたは?」

「……そ、そのだ、うみ、です」

「うみちゃんだね、よろしくね!! よぉーし!!」

 

 引っ張っていったのです。

 

 そこから、全てはきっと始まったのだと思います。

 

 

 

 穂乃果に引っ張られるまま、走り出した日々が。

 

 

 

 

 

 

 わいわい三人で狭苦しい空間に詰めながら、色んな事をお話しました。

 

 たとえば穂乃果は和菓子屋の娘なのに、パンが大好きで、

 

 それを知ってるはずなのに、彼の家に遊びに行った時は、なんでか絶対あんパンがおやつに出てくる不思議があるという話題になり、

 

 ――だってわざわざパンとあんこを分けようと四苦八苦する、ほのかがちょー面白いんだよ。あんパンをおはぎみたいにしてんの。

 

 ――だから、ほのかはあんパンが、だい、だい、だいすきだってうちでは言ってる。

 

 としれっと答える彼に、穂乃果は「いじわるぅー!!」とぽかぽか彼を叩いて。

 

 私はもっぱら笑うことばかりでしたけど、そんな風に穂乃果と彼のやりとりに遠慮がなくなっていく度にお腹が痛くなりました。

 

 あまりに夢中になりすぎて、彼が気づくまで、

 

 ――あれ!? いまなんかあったよな!!

 ――え、え、どこ!? どこ!?

 

 もうすでに始まってることに気づきませんでした。

 

 慌てて、滑り台の下から出てきた私たちは、満点の夜空の下、散りばめられた星屑たちに一瞬だけ白線が引かれる、

 

 そんな光景を目にしました。

 

 息を呑む間にも、あちこちで流星はその姿を現わし、

 

 しばらく無言のまま見つめていました。

 

 ――やばっ、そうだっ、ねがいごと!!

 

 思い出したように彼は手を組むと、ならうように穂乃果も何事かを祈っていました。

 

 たしかにこれほどの数の流れ星があるのなら、どんな願いだって叶うかもしれないと私は思いました。

 

 ですが、手を組んで祈ろうとしてはみたものの、

 

 不思議なことに、もったいなことに、願いごとは湧いてはきませんでした。

 

 でも、それもそのはずだったんです。

 

 

 憧れていた光景の一員へ入りたい。

 

 

 

 

 そんな願いは、もう叶っていたんですから。

 

 

 

 

 

 

 

    ×      ×      ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こんな感じだ。うひー恥ずかしー……。

 

 顔を赤くしながら、穂乃果に対する話を語った彼に、私は礼を述べました。

 

 すると、沈黙が舞い降りてきて、それぞれが違う方向を向いていました。

 

 やがて、あー、うんと間を埋めながら、

 

 ――その海未……幸せにしなかったらぶっ飛ばしますくらい言ってもいいんだぞ?

 ――つか、さっきお義父さんに誓わされたしな。

 

 引きつった笑いを浮かべる彼に、私は首を横に振ります。

 

「そんなの……必要ありませんよ」

 

 そう、必要ありません。

 

「だって、私は信じてますから」

 

 知らず、語尾に力が入りました。

 

 ――はは、……そこまで買ってもらえると、嬉しいや。

 

 肩をすくめ、伸びをする彼が時計に目をやったのに気づき、

 

「最後にもう1つだけ……、いいですか」

 

 ――ん? なに?

 

「昔、穂乃果と一緒に流星群を見たのを覚えてますか?」

 

 ――いきなり何を言い出すかと覚えば、なっつかしぃこと言うなぁ。

 

 腕を組むと彼は瞑目します。きっとその瞼の裏にあの夜の光景が描かれているのでしょう。

 

 ――覚えてるよ。当たり前だろ。それで?

 

 よかった。冗談でも忘れたとか言っていたらそれこそぶっ飛ばしていた所です。

 

「あの時、何をお願いしたんですか。実はずっと知りたかったんです」

 

 ――え、願い? ちょっと待てな……あ~~、えっとあれは確か……。

 

 彼が考え込んでいる間、私は、少し思い出していました。

 

 

 あの日から、本当に色んなことがあったものです。

 

 μ's。自分があんなヒラヒラした衣装を着て、人前で歌って踊るスクールアイドルをやることになるなんて、あの頃は考えもしませんでした。

 

 楽しかったです。本当に。

 

 でも、それも全部、嬉しいも、楽しいも、悲しいも、つらいも、全部、

 

 あの時、たった一人で砂場にいた私に声をかけてくれたから。

 

 そんな気もまたして。

 

 

 ――って、うぉおいッ!? 海未、大丈夫か!!

 

「っ!!」

 

 いけない、ずっと我慢していようと思ったのに。

 目にごみが入ったと言おうとする心とは裏腹に、

 

「……ありがとう……っ、ございます……っ!!」

 

 努力したのですが、

 

「こんな時でもないと……言えない……私を許してくださいっ!!」

 

 一度、決壊してしまった感情は止めようがありませんでした。

 

「あの公園で、最初のきっかけをくれて……わた、し……私は、本当に嬉しかった……っ、嬉しかったんです。だ、だって、ずっと、いつも楽しそうなあなたたちに、憧れ

 

 

 

 ――知ってたよ。

 

 

 

「――――っ」

 

 

 ――ずっと、気になってたんだよ。なんか遊んでる時、いっつも正直、視線感じてたしさ。

 

 そん、な。

 

 ――でも、一向に声かけてこなかったもんな。混ぜてって一言でも言ってくれたら、いくらでもいれてやったのに。

 

 わた、し、は、

 

 ――ほんっと、いじらしいよな。お前。誰もいなくなるまで待ってから、ようやく仲間に加わるなんて。

 

 ――それに気づいた時、思ったよ。ああ、ダメだ、こいつ放っとけねぇって。

 

 なんですか、それ……。

 

 ――はは、わりっ。さっきの願い事だけど、思い出したよ。

 

 私の頭を撫でながら、

 

 ――こいつら……、穂乃果、海未、もう一人ことり含めてさ。仲良くやってけますようにって。そうお願いした。

 

 一人では、放っとけない心配なやつらも、三人まとまればきっと互いが互いを(おぎな)いあえる。

 

 穂乃果が私とことりを、ことりが私と穂乃果を、そして私が穂乃果とことりを。

 

 ――そしたら、ちょっと仲良すぎて、俺の負担がかける3以上されたのはさすがに誤算だったけどな。

 

 まったく、余計なことまで言うんですから。本当に。この人は……

 

 ――でもなぁ、ごめん。やっぱ誰よりも、放っとけねぇやつがいるんだ。

 

 

 

 そう、

 

 

 ですよね。

 

 

 わかっていたんです。彼の心に今も昔もいるのが誰かってことぐらい。

 

 わかってます。そんなことくらい。何年の付き合いになると思ってるんでしょうか。

 

 だから、

 

「取り乱して……すみませんでした」

 

 名残惜しいですが、頭に載せられた暖かい手を、ゆっくりとはがします。

 

 ――ん? なんか謝られるようなことあったか?

 

 彼がとぼけてみせると、同時に、

 控え目なノックの音がして、

 

「海未ちゃーん。こっちにいるって聞いたんだけど、そろそろ……」

 

 思ったよりも長居してしまいました。そろそろ退散しなければなりません。

 

「はい、――今、行きます」

 

 ことりの声に私が返答すると、

 

 ――来てくれて、ありがとな。

 

 彼は感謝の言葉を口にします。

 

 だからこそ、これくらいはどうか、許してください。

 

「――べきでした」

 

 ――――? 

 

 ぽかんと、首を傾げる彼に、

 

「…………あの時のお饅頭、気にせず食べておけばよかったなって」

 

 向き直り、深く頭を下げ、

 

「ご結婚、おめでとうございます」

 

 ――――おう、ありがとう。

 

 

 そんな言葉を背に受けながら、部屋を出ると、ことりが待っていました。

 

 何も言わず、震える私を抱きしめて、

 

 そしていつまでも、式が始まるまでぎゅっと、手を握ってくれたんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラス張りの祭壇は、木漏れ日を受けてその神聖さをどこまでも高めていました。

 

 神父の方が深く響く声でもって、

 

 ――それでは、指輪を交換してください。

 

 穂乃果の左手を取って、薬指に指輪が嵌っていきます。

 

 そして、彼の左手にも穂乃果が同じように指輪を嵌めます。

 

 ――では、ヴェールをあげてください。誓いのキスを。

 

 

 もしも、

 

 

 もしも、本当の気持ちに向き合って、

 

 

 伝えていれば、何か、変わったんでしょうか。

 

 

 あそこの位置に、立っていたのは、私だったんでしょうか。

 

 ……これ以上はやめましょう。大好きな二人に、それは失礼です。

 

 

 

 ヴェールを上げられ、あらわになった穂乃果の横顔が、そっと目を閉じ。

 

 鼻先を少し上向きにします。

 

 

 ゆっくりと二人の影が重なり、

 

 

 

 祝福の拍手の中で、私は、

 

 

「二人とも、おめでとうございます」

 

 

 何かが頬を伝い落ちるのを感じながら、

 

 

 

 

 

 

 私は、貴方が、大好きでした。

 

 

 ――行人君。

 

 

 

 

 

 

 

 最初で、最後の告白をささやきました。

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
大昔に10万UA記念リクエスト募集というものがあってのうフォッフォッ……

ごべーん!! 大幅に遅れましたが、
こちら、HN.僧侶さんより賜りましたリクエストで、
「選ばれなかった娘のストーリー」
でございます。

以下経緯、

ふむふむ、はふん、そういうのが見たいのならば仕方ない。

うぬぅ……誰にしようか

そういえば、誕編でボリューム少ない娘いたね(キラーン

しかも選ばれた方の誕生日も近いね(ドS

という訳で、こんな世界線でした。
もちろん番外編ですので、二億四千万の海未ちゃんファンご安心ください。

もはや昔話ですが、数年前同名のMADシリーズが大流行りしていました頃、
その、こみあげる切なさが大好きでした。

そんな当時を振り返る気持ちで仕上げましたがいかがでしたでしょうか。
胸をかきむしって頂ければ幸いです。

お口直しには、 つ「園田海未編 潮騒のメモリー」

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