僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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#37 ロケットスタート

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

「どうもぉ~初めまして、いつもお世話になっております。私が、行人の母ですぅ~」

 

 

 俺は、普通に、

 

 ふっつぅーに俺、お袋、先生の三者面談をするだけだと思っていた。思ってたんです。

 

 自分で言うのもなんだがまぁ可もなく不可もない、平均点よりはちょい上ぐらいの成績表を見ながら、日頃の生活態度だなんだのをまじえて進路の希望についてぼんやりと語っていく。

 

 そんなのを考えていたわけ、

 

 だったんですが、

 

 

「いやぁ、日高くんのお母様がこんなにお美しいとは思いませんでしたはっはー」

「おほほ、もう先生ったらお上手なんですからぁ~」

 

 

 担任の藤嶋センセときたら、露骨に鼻の下を伸ばしている。やめてー、その薔薇にはめっちゃトゲあるし、毒もあるぞ。

 

「こんなことを言ってはなんですが、……おほん、初めてお顔を拝見した時は、思わずあのアイドルの日高舞と勘違いしてしまいました。いやぁ、もう何年も前に引退されたというのに。いくら苗字が一緒だからっていけませんな。申し訳ございません」

「うふふ、よく言われるんですぅ~。お気になさらず♪」

 

 そりゃそうだろう。だって、

 

「あら、行人。どうしたのそんな目をして? 先生に失礼でしょう? それとも、」

 

 

 

 本人だし。

 

 

 

「何か――――文句ある?」

 

「……な、ないでーす…………」

 

 いや、ほんと、

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

   ◆#37 ロケットスタート◆

 

 

 

 

 

 

 

 黄金週間に悲しいお別れを告げた、連休明け。

 

 集まってから行こうという話だったのだ。

 

 指定の時間のどのくらい前に来てればいいのか、経験によるデータの全くない真姫にとって、まずそこからが問題だった。

 

 集合知に頼るべく、ネットで調べたりなんだのした結果、待ち合わせ場所に20分も早くついていた。

 

 さすがに自分でもこれはちょっと早すぎるのではないかと思いつつ、そわそわ待っていた真姫が1分ごとに確認していた腕時計に再度目を落としたとき、

 

「――――あっ」

 

 つい、声に嬉しさがにじみ出た。

 

 こちらに向かって手を振る影、花陽が姿を現し、

 

「お、おはよ」

「真姫ちゃんも急いで――――――っ!!」

 

 真姫の前をかつてない脚力で駆け抜けていった。

 

「……え?」

 

 思わず、手を挙げたまま固まる。気づけばもう花陽は彼方にいて、次に、

 

「か、かよちーん、待ってぇ――――!! わわ、ほら、真姫ちゃんも行くよ!!」

 

 花陽を追って現れた凛が、一瞬だけスピードを緩めると真姫の手を取るなり再び駆け出す。おかげでつんのめりそうになりながら、真姫は、

 

「う、う”うえぇ!? い、いったいなんなのよ――――もぉっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、た、大変です――――――――っ!!」

「あ、小泉さん。おはよー」

「あ、はい、おはようございますっ」

 

 階段を駆け上った先で、1年生組を除いた、穂乃果、海未、ことり、にこ、絵里、希はすでにストレッチを始めていた。

 

 真っ先に脇腹を伸ばしていた穂乃果が反応してから、相次いで挨拶が返ってくる。

 

 そして、思わず固まった。

 

 練習着としてめいめいが動きやすい服装に身を包んでいる。

 

 映像でしか見たことのない、ステージの上では華やかな衣装のアイドル達が、ラフに着崩した私服でダンスの練習に励む、その光景が、今目の前にある。

 

 新鮮で、花陽の心は震えた。

 

 背後では追いついた、凛と真姫が、

 

「ま……、まったく……、準備運動もなしに、走らせないでよ……っ」

「むしろ、ふぅ、これが準備運動になったんじゃないかにゃー」

 

 肩を支えあっている。もっとも、支えているのは息も絶え絶えの真姫に対し、まだまだ余裕のある凛だけ、なのだが。

 

「ご、ごめん二人とも……」

 

 ようやく我を取り戻した花陽は己の暴走を平謝りし、その間、真姫は暴れる心臓を落ち着かせていた。

 

 それが一息ついた頃合いを見計らって、絵里が、

 

「小泉さん? 随分と急いだみたいだけど、何かあったの?」

「は、はいっ!! 皆さん、こ、これご覧になりましたか!?」

 

 紋所のごとく、花陽は自身のスマホを突き出す。

 

 4インチの画面に対して、一斉に8人が覗き込もうとすると当然見えるわけがない。

 苦笑いしながら、絵里、希、海未、ことりはひとまずゆずることにし、真姫を除いて、そんな4人の配慮に気づかず顔を寄せ合う、

 

「あ、これっ、私たちだ!!」

 穂乃果と、

 

「いつの間に専用ページ出来てたのよ!! って、動画ァッ!?」

 にこと、

 

「凄いにゃー!! どんどんカメラの角度見たいのが変わって、本物のPVみたい!!」

 凛である。

 

 そんな反応を示せば、先こそゆずったが俄然興味が湧く。真姫が、

 

「ちょっとどういうこと!?」

 と三人を掻き分けたのを皮切りに、残りの四人も覗き込んだ。

 

「こ、これが、私たち……ですか?」

 

 にわかには信じがたいと、震える人差し指で海未はその映像を示す。

 

 ステージでやっている時は、無我夢中というか一杯一杯で気づく余裕などなかったが、こんな風に撮られていたのか。

 ちゃんと対策を講じているとはいえ、スカートがひるがえりそうになる度、気が遠くなりそうになる。

 

 そんな海未の肩を支えながら、ことりも、

 

「わぁ……っ!!」

 

 驚きを隠せずにいる。凄い、ただビデオを撮るんじゃなくて、その撮った映像を編集することでこんな風にすることが出来るんだ。

 行人の言っていた『楽しみに待ってろ』という言葉の意味がようやくわかって、いったいどんな魔法を使ったんだろうと思う。

 

「おー、凄い出来やね」

「ええ……どんなものが来るのかと思ったら……凄い」

 

 思わず軽く拍手してしまった希の隣で絵里は、真剣な瞳を画面からそらさない。言葉こそ交わさず、黙々と撮影をこなすとすぐさま姿を消してしまったあの人物――行人曰く、映像系に造詣の深いカントクさんとのことだが、この動画も彼の手によるものだろう。

 

「……また、なのね」

「ん? どうかした、えりち?」

 

 小声でつぶやく絵里に、希は聞き返すが、なんでもないの一言で流された。

 

 各自が確認し終わるのを待って、花陽が、

「そ、それだけじゃ、ないんです」

 

 え? と全員が口を開ける。これだけではないとはいったいどういうことなのか。

 

 その中で一人、ずいと進み出たにこは、ま、まさかと眼を座らせながらスマホの画面を恐る恐るスクロールしていく。

 

 そしてある地点で、ピタと止めた。

 

「……え? ……え、ちょ、……うぇえええええっ!!」

 

 目玉が飛び出しかねない勢いで驚愕するにこに、穂乃果は、

 

「え、え? 矢澤先輩、どうしたんですか!?」

「じゅ、順位よ!!」

「で、ですよね!! ね、ね、ねっ!!」

 

 どうやらしっかり花陽の伝えたいことを理解出来たらしいにこ以外は、当然訳がわからない。

 だが、続くように真姫もその画面と、にらめっこを始めると、

 

「ちょっとっ、これ本当なの!?」

 何かに気づいたらしい。

 

 とうとうしびれを切らし、絵里が尋ねる。

 

「つまり、どういうことなの?」

「その、ひ、ひじょーに、注目されてしまってるって……ことです」

 

 この数字を見てくださいと花陽は、

「1602ポイント、ですよね」

 と読み上げ、

 

「そして、こっちは2062位とありますよね」

 皆から頷きを得る。

 

「現在Gステに登録されたスクールアイドルは、自動的にランキングにも登録されるんです。その時に、その順位の上下を決めるのがスコアポイントです。つまり、現在μ'sの場合、1602ポイントほど獲得していて、ランキングは2062位となっているというわけなんです!!」

 

 太陽に向かってガッツポーズを決める花陽に、首をかしげつつことりは、

「それって……凄いことなの?」

 

「す、凄いなんてもんじゃありません!! 普通はスクールアイドルを始めたからといって、最初はまったく見向きもされないんです。それをたとえば家族とか友達とか、地元の人とか地道に活動を続けてくなかで、徐々に応援してくれる人を増やしていくもんなんです」

 

 それでも、日の目を見ることが出来るのはほんの一握りだ。

 

 ましてや、スクールアイドル自体が一大ムーブメントとなっている現在、日に日にその数は増している。

 当然、浮かび上がる可能性は反比例することにもなり、新人スクールアイドルたちはランキング下部にひしめいているのだ。

 

「なのに……μ'sは登録して、たったの数日でランキングを半分以上駆け上がったということになります。こんなの私は聞いたことありません!!」

 

 花陽の身振り手振りを交えた解説によって、ようやく他の面々もどうやら自分たちがとんでもない状況に置かれているらしいことを飲み込んでいく。

 

 だが、そうはいってもどう受け止めればいいのかもまたわからず、戸惑いばかりが広がっていき、

 

「でも、――それって、チャンスってことだよね!?」

 

 一人だけ、目線を伏せないやつがいた。

 

「きっとユキちゃんだってそう言うと思う!!」

 

 だよね!? と海未とことりに同意を求めれば、呆気に取られても、苦笑しながら頷く。そう、ピンチをチャンスに変えろとはあの幼馴染の言葉である。

 

 今の状況もピンチをチャンスに代えて手にしたピンチに違いない。

 

 だとしたら、また同じことをやるだけだ。

 

 そこまでして――はたと気づいた。あれ、そういえばと、穂乃果は頬に手を当て、

 

「えっと、矢澤先輩と、それから小泉さんと星空さんはユキちゃん知ってる?」

「は? 誰よソレ」

 

 腕を組み、憮然と答えるにこ。だいたい、いきなり名前だけ言われてもわかるわけがないのだ。

 

 しかし、きょとんとしている花陽と凛には、

 

「ほら、あれよ。A-RISEの握手会の時、話したでしょ。私と一緒にいた年上の」

 

 真姫の補足に、おぼろげな記憶の像が次第に形を成していく。

 

「あ、えっと……日高、行人……さんだっけ? あの人が……ユキちゃんさんなの?」

「そ。それよ」

 

 やれやれと肩をすくめる真姫は、口を開けて呆けている凛に、

 

「ちょっと?」

「に”ゃっ!?」

 

 猫が毛を逆立てて驚くような反応に、思わず声をかけた真姫もビクつく。

 

「ど、どうしたってワケ?」

「にゃ、な、なんでもないっ!!」

 

 ぶんぶんと風を切って顔を振るが、どうみても過剰なそれに、真姫は口を引きつらせる他ない。花陽は花陽で、悪意ゼロで、

 

「そういえば凛ちゃん、あの後から、あの人、あの人って、よく日高さんのこと気にしてたもんね」

 微笑ましそうに言う。

 

 が、それがいけなかった。

 

「なゃっ!! か、かよちんっ〜〜!!」

 

 完全に爪が伸びていたら攻撃力抜群に違いない猫パンチ百裂拳を繰り出すものの、かえって心地良いくらいの衝撃に花陽は目を細める。

 

 そこに忍び寄るのは、

「ぬっふっふぅ〜三人とも、その話、後で何があったか詳しく聞かせてもらうよ〜」

 

 これは面白いことになることだと嗅ぎつけた希が、そこん所詳しくと三人の輪にいつの間にか加わっていた。

 とんでもないことになったと涙目になりながらも凛は、

 

「も、もう〜っ!! 凛のことはいいから、話を戻すにゃ〜っ!!」

 

 見かねたにこが、いい加減にしろと仕切り直させる。

 

「というか、結局なんなのよ、ソイツは?」

 

「高坂さんたちの幼なじみの男の子がいるの。学年は私たちと同じ3年生なんだけど」

 

 スクールアイドル活動を時々手伝ってくれているという絵里の説明に、徐々に、にこの顔が渋くなっていき、

 

「はぁ? アンタたち、正気?」

 

 真偽の程を穂乃果、海未、ことりに尋ねる。

 

「そうですが……」

 

 海未が肯定するや否や、

 

「冗談じゃないわよ!! いい? スクールがついていようがいまいがアイドルなのよ!! つ・ま・りっ、清純で穢れのないもの、恋愛禁止なのよ!! そう、……――にこはぁ神様に誓ってることがあるの……誰か一人のものにはならない、そう、にこはファンのみんなだけのものだから――なのに男ぉっ!?」

 

 途中の迫真の演技で行われた小芝居に全員が真顔になっていたが、にこは気にせず、

 

「断固反対よ!! 今後の活動に支障をきたすわ。適当に理屈つけて、追い払いなさいよ」

 

 

 矢澤先輩、

 

 

「――ユキちゃんは、

 ――ゆーくんは、 そんな人じゃありません。

 ――行人君は、              」

 

 ほぼ同時に、三人の幼馴染は答えた。

 

 揃いの返答に、さしもの、にこもたじろぎ、

 

「な、何よその信頼感……どんなヤツなのよ……そいつ……」

 

 うめくように言うにこに、まぁまぁと希が中に入った。

 

「実際、これまでかなり手伝ってもらってるんよ。日高君には。だからまぁ、にこっちが心配するのもわかるけど、そこは目をつぶってほしいんやけど」

 

 なおも食い下がることは出来たが、にこもひとまずこの場では置いておくことにしたようだった。

 

 もっとも、不満そうに鼻を鳴らしてはいたが。

 

 希も苦笑しながら、

 

「まぁ会ってみないことにはなんも言えんよね。それで、三人とも。今日の練習は日高君、来るん?」

 

 よくよく考えてみれば、この早朝練習にも現在、その姿はない。穂乃果は訊いてみますとスマホを取り出すと、メッセージアプリの「LINK(リンク)」で「ユキちゃん」に向けて、

 

「今日の練習、ユキちゃん来てくれるよね!?」とメッセージを飛ばす。

 

 すると、ものの5秒で、既読が付き、

 

 ユキちゃん「ム・リ・で・す」

 

 返ってきた途端、ぷっくぅーと、ふくれっ面になった穂乃果は猛然と打ち込み始める。

 

 

 穂乃果「なんでなんでなんで!?」

 ユキちゃん「なんでも」

 

 

 そのぶっきらぼうな書き方に、むっかぁ!! という顔をし、

 通話ボタンをプッシュした。

 

 ぺっぽぺっぽぺっぽという特徴的な呼び出し音の後が、3コール続き、

 

「なんだよ……ったく」

 

 出た。

 

 やれやれこいつはまったく、とまでは言ってはない、言ってはないのだが、そう言ったと穂乃果の頭は勝手に補完した。

 

「ちょっとユキちゃん!! ほんとに今日もダメなの!?」

「そうでーす。ごめんなさいのくに、さいたまー」

 

 棒読み極まりないうえに、確実に煽ってきている行人に穂乃果はその場で地団太を踏む。

 

「えぇ~? えぇ~っ!?」

 

 うんざりとした表情が伝わってきそうなトーンで、

 

「何度駄々こねようが今日はダメなんだよ。海未に変わってくれ」

「えーっ、私じゃダメなの?」

 

 駄目だと、即答だった。

 

「こういうのは海未からみんなに伝達してもらったほうがいい。お前だと絶妙〜に事実をねじまげて伝えるからな」

「……むぅ~~、ユキちゃんなんて、もう今日誰かからいじわるされちゃえばいいんだ、い”-だっ、ふんっ」

 

 はぁ、なんだそりゃという行人の反応を無視し、

 

「海未ちゃん、代わってだって」、と口をとがらせながらスマホを渡す穂乃果に、

 

 海未は「私ですか?」と聞き返しながら電話口に出る。

 

「もしもし?」

「――おす、お疲れ。ええとだな、たぶんまったく穂乃果から伝わってないだろうから、簡単にいうとな。今日進路相談があって、うちの担任とお袋で三者面談なんだよ」

「そう、なんですか……」

 

 そうだ。

 

 日頃忘れがちではあるが、行人は常に1コ上の存在として幼馴染たちの中では誰よりも早くランドセルをかつぎ、ランドセルがお役御免となると私服から制服へと着替え、制服も見飽きたころには卒業式で暮れなずむ街のなかへ消えるのを見送ってきた。

 

 その度ごとに、見慣れた背中が手の届かない、どこか遠くへ行ってしまう気がして……、一抹のさびしさを覚えてきた。

 

 いつの間にかまた、

 

「……たしかに、それでは難しいですね」

 

 一歩先の場所へ進んでしまう時期がやってきていたのだ。

 

「ああ、だからまぁ……そっちに顔出すのはほぼ不可能」

「でも、」

 

 口にしかけて止めてしまう海未に、

 

「でも……なんだよ?」

 

 迷いはあったが、口にする。

 

「その……、明日はどうですか?」

 

 沈黙。

 

 その間が怖くて、スマホを握る手に知らず力がこもる。

 やがて、

 

「――まぁいいよ。何時からだ?」

「っ、はいっ!! いつもと同じ7時からです!!」

 

 ……えっ、あ、朝練からなの? という裏返った動揺著しい小声が向こうから聞こえた気がしたが、もちろんだ、朝からに決まっている。

 

「海未ちゃん、終わったら、代わってもらってもいい?」

 

 言質も取ったことだし、そろそろ切ろうかと考えていた時、ことりが小声で告げてきた。

 

「行人くん、ちょっとことりにも代わりますね」

「うん? おー」

 

 ありがとうっと言って、ことりは微笑みながらスマホを受け取ると、

 

「もしもし、ゆーくん?」

「どーも、俺です俺。どした?」

 

 話しながら伸びでもしているのだろう。吐息が漏れるその間に、

 

「うん、実はちょっと聞きたいことがあって」

 

 差しこんだ。

 

「最近、女の子に優しくした?」

 

 ――は? 

 

 と、質問の意味がわからないという行人に、微笑を崩さず、

 

「心当たりとか、ない?」

 

 いや、ワケワカランのですがと、言いつつもしばし考えているかのような間が空いた。

 

「じゃあ、特別ヒントあげるね。たとえば、A-RISEの握手会とか、で」

「いや、基本俺、優しさで満ち溢れてるし、ポケティとか道で配ってたら、バイトの人のこと考えて絶対もらいに行く……あく、しゅ、かい? ……………………ん、んんん? …………あ、」

 

 

 それだけで証拠としては充分過ぎた。

 

 

「…………ゆーくんの、ばか」

 

 

 そう電話先の相手にだけ聞こえる声でつぶやいて、ピッと終了ボタンを押してしまう。

 

 そして、一瞬だけ浮かべてたムスッとした表情を改めると、穂乃果にありがとうっとスマホを返す。

 

 今日の練習はどうするかと相談しようとした矢先、ことりが今度は自分のスマホが着信を告げていることに気づく。

 

 液晶に出た文字を見た瞬間、慌てて耳に当てると、

 

「もしもしっ、南です。はい、おはようございます」

 

 挨拶を交わし、向こうの話を聞く、

 

「はい……え、あ、ヘルプ……ですか? ええと…………」

 

 ちらと、穂乃果に目をやるも、相手の困り果てた顔が浮かんできて、

 

「わかりました。はい、大丈夫です。あはは、気にしないでください」

 

 それじゃあ、失礼します。と通話を終えたことりに、穂乃果は、

 

「ことりちゃん、どうかしたの?」

 

 申し訳なさそうに、頭を下げると、

 

「ごめんね穂乃果ちゃん……今日の午後練は出られなくなっちゃった。アルバイト先で、今日のシフトの人が急にどうしても出られなくなっちゃったらしくて、店長がヘルプを頼めないかって」

 

 ことりがアルバイトをしていることは前から聞いていた穂乃果は大丈夫だよと頷くと、

 

「そうなんだ。じゃ、しょうがないよ、がんばってね!!」

 

 人が足りない時の大変さは、家が自営業の穂乃果だからこそよくわかる。きっと店長はわらにもすがる気持ちでことりを頼ってきたのだろう。

 

 ことりちゃんは、優しいから頼られちゃうんだよねと、穂乃果はガッツポーズのまま思いつつ、

 

「うーん……、ねぇねぇ海未ちゃん。みんなが揃わないなら、今日は基礎練習じゃなくて、他のことしない?」

 

 穂乃果の提案に、海未は腕を組むと考える。

 

 たしかに一理ある。

 

 状況の整理や今後の活動のことも含めて、一度腰を落ち着けて考える時間を設けなければならないのは確かだろう。

 

 ただ、その際にはやはり9人が揃った上で、行人もまたいた方がいいと思うのだ。

 

「そうですねぇ……」

 

 そうなると、もういっそのこと、

 

 そこで、

 

「――えっと、」

 

 おずおずと、手を挙げたのは、

 

「もし、……よければ、なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

    ×      ×      × 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り返す。

 

 どうしてこうなった。

 

 思えば、昨日の段階でお袋が明日の面談なんとかなったからとか電話片手に言ってきた時点で疑うべきだったのだ。

 

 俺に不手際があったとはいえ、数日前の時点で面談があることは伝えていた。なのに以前から組んでいた他人との予定を、直前で変更を伝えるような人間のお袋ではない。

 

 だとするなら、たとえば面接の方に自分の代理を頼むと考えられる。それも、急な無理も聞いてくれそうな家族、とかだ。

 

 しかも、出来ることならば自分の代わりとして、母親としてパッと見無理ない年齢の女性が好ましい。

 

 プラス、そんな話を持ちかけたならノリノリでやってきそうな人物が……あれれー、行人、涙が出ちゃいそー。

 

 そうだ、さらに今朝方あのおバカ(穂乃果)が変なフラグを立てたからこんなことになってる。

 

 しかもなんか、ことりもことりでワケワカランこと聞いてきた挙句に誹謗中傷だからな。

 

 くそぅ……おのれ……この恨み、晴らさでくべきか……我魂魄百万回――っとと、逃避もそこそこにしないと。

 

 気を強く持て、行人、傷は致命傷だぞ。胸のあたりに風穴開いちゃっただけだぞ。

 

 

「それでは、行人くんの進路に関してですが、どうでしょう?」

 

 俺へと視線を向ける藤嶋先生は、

 

「ご家庭でそういったお話などはされてますか?」

 

 本題へと話を進める。

 

 ……ぶっちゃけると、ご家庭では、あんまお話していないわけですが、まぁ流石にここで何も知らない舞さんが、

 

 

「――えぇ、聞いてます」

 

 

 

 ――なんて、

 

 

 

 

 そう、俺は甘かったのだ。

 

 この人がここに、降臨してしまった以上、

 

 

 

 難なく終わるわけが、ない、と。

 

 

 

 

 

「この子は、アイドルプロデューサーになります」

 

 

 

 

 




お待たせしましたんぐ。

な、夏、終わらないで……(1年ぶり2回目)

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