僕と君とのIN MY LIFE!   作:来真らむぷ

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アイドルショップにて、μ’sグッズを発見してしまった行人。その反響の高さに驚きを隠せないまま、癒やしを求めメイド喫茶に向かうことに。伝説のメイド「ミナリンスキー」がもたらしてくれるのは、この世のものとは思えない癒やし、だったはず、なのだが……


#39 メイド・イン・ヘヴン

 この国のいい所に、メシ屋に入ればひとまず水は提供されるということが挙げられる。

 

 なのだが、

 

「一向に来ないんだな……これが」

 

 ことり先生に奥の席に案内されたのはいいのだが、完全放置プレイなのである。

 

 いやまぁ……忙しそうなのはわかるんだけどさ、にしても店内を行き交うメイドが知り合いばかりのようなのは気のせいですかね。

 

「コホォ、今日は随分と賑わっておるでござるなぁ、錬鉄戦士殿」

「約束された地、故な」

「フシュッ、然りでござる。メイド殿お勘定をばシクヨロ」

 

 なんかどっかでお見かけしたような客がいた気がしたが、それはさておき、あの手慣れた接客を見るに、もしかしてことりの前言ってたバイト先ってここなんだろうか。

 

 ……いやいや、申し訳ないが、何でよりによってこんな所でなんだ。俺の癒やしはどこーどこですかー出ーておいでー。

 

 つか、まるで凶悪犯護送するみたいにことりにここへ押しこまれたから、たぶん他のやつら俺に気づいてないよな。

 

「あのーすみませーんお水くださーい」

 

 仕方なし。

 こうなったら、こっちから声をかけていく他ない。

 

 だが、

 

 この行人(ごしゅじん)様を無礼(なめ)ないことだ。

 

 ただで攻めるとは思わないことよ、フハハ。

 

「はい、ご、御主人様、大変お待たせ致しました。――どうぞ」

 

 ちょうどコップと水差しを持っていた金髪のメイドさんへ呼びかけると、俺の机に彼女はこちらへ向かってくる。

 その際に卓上に備えられているメニューをあたかも熟読しているかのように眼前に立て、俺の顔がわからないようにしておく。

 

 おいおい、隠せていてよかったわ。メイド特有ワードを言い慣れてないに決まってる絢瀬が、恥じらいながら「御主人様」と口にした時、お見せできない表情をしてしまった。いかんいかん。

 

 というかだな。

 まず、コスが似合いすぎててやばい。

 

 染める必要があるわけない純正ブロンドと彫りが深く透明感のあるスラヴな絢瀬の手にかかれば、コスチュームプレイはプレイではなくなるのである。

 

 実際、店内中の客からの視線がたびたびこちらに向けられているのが何となくわかる。もちろんその気持ちもわかる。

 

 さておき、

「をホン、すまないが注文の前に1つ訊いてもいいかね?」

 

 わざと紳士っぽい声を作り、

 

「えぇ、どう、ぞ?」

 

 語尾を上げたから、一瞬バレたかと身を固くするも、その後続かなかったためセーフだったらしい。

 

「このメニューに書いてあるのだが、ら……らぶりぃ♡オムライスというのは、ケチャップでご、ご主人さんのお好きなメイドさんに文字や絵を描いてもらえるのは、ホントだろうか?」

 

 口にするのがハズいメニューのサービスについて確認する。

 

「ええ、ご主人様のお気に召したメイドが、リクエストにお応えして描かせて頂きます。……その、私はあまり自信はないんですが……」

 

 ほう、偽りではないらしいな。

 ニヤけそうになる頬を我慢しつつ、

 

「それではこれを1つ頂けるだろうか」

 

 かしこまりましたと、伝票に書きとめる絢瀬は顔を上げると、

 

「どのメイドになさいますか?」

「ふむ、本当は君にもお願いしたいくらいなのだが、あそこにいるニワトリみたいなトサカが特徴的なお嬢さんをお願いできるだろうか」

「みなみ……ミナリンスキーさんですね」

 

 かしこまりましたと、注文を受け付けた絢瀬はいそいそと厨房へと戻っていく。

 

 メニューを倒した瞬間、俺はさぞかし邪悪な顔をしていたことだろう。

 ぐふっ、ぐふふ、今朝のわけからんまま怒られた恨み、晴らさせてもらおうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 いきなり来るなんて聞いてなかったし、当然心の準備なんてしているはずもなかった。

 いつか呼ぶ時は、ちゃんと準備を入念に積み重ねたうえで実行しようと思っていたのだ。

 そのもくろみは、いともあっさり現れた行人によってもろくも崩れ去った。

 

「せっかく……いつか驚かせようって思ってたのにな…………」

 

 ため息が漏れてしまう。お仕事中というのに。

 

「どうかしたのですか、ことり?」

 

 下げたお皿を厨房まで持ってくると、食器洗いの鬼と化していた海未がことりの浮かない顔を見るなりそう言う。

 

「……海未ちゃん、えっと独り言だから、気にしないで」

 

 すぐに表情を改めたことりは、心配を感謝しながらもちょうど出来上がったばかりの次の注文をどこに届ければいいかを尋ね返す。

 

「海未ちゃん、この、らぶりぃオムライスは何番テーブルのご主人様?」

「ちょっと待ってください……。36番ですね」

 

 伝票を確認した海未は、ご主人様の希望欄に書かれていたメモを読み、

「ちょうどことりを希望されているみたいですよ」

 

 伝票から視線をずらすと、

 

 ことりが固まっていた。

 

「ことり……?」

「ぴいっ!? う、海未ちゃん、今、何番って言った!?」

「36番、ですが……」

 

 ————たしかそのテーブルは、その店の中でも奥まった位置にあるテーブルに案内したのは、

 

「大丈夫です、か。ことり?」

 

 様子のおかしくなったことりを、

「ふぇ!? も、もちろん、だ、大丈夫、ヨ、ヨキニハカラエ、ミナノシュー」

 

 あ、駄目ですこれ、と海未は思った。

 

 何があったのかわからないが、先ほどの総毛が逆立ったかのような反応とこの狼狽っぷりは、とにかく普通じゃない。せわしなく視線は泳ぎ回り、口は小円を描き固定され、おまけに、

「だ、大丈夫。さっきだって普通に振る舞えたし……それに、よくよく考えたらこれはチャン……ぶつぶつ」

 

 よくわからない言語を発していた。

 

 触れることすらためらわれ、海未も差し出そうとした手をさまよわせる。触れるべきか、触れざるべきか、それが問題だ。触らぬ神に祟りはないが、かといって、放置しておいたらまずい気もする。

 

 逡巡しているとやがて、

 

 勢いよく、よしっと気合を入れたことりは、

「い、行ってきましゅ!!」

 

 ガッとオムライスを載せたプレートを掴み、戦いの時は来たれりと言わんばかりの面持ちでホールへと出陣していった。

 

「物凄く心配です…」

 

 はたしてあのまま送り出してよかったのかと、

「園田先輩〜、凛1人じゃムリだにゃ〜!!」

 

 背後から響いてきた凛の悲鳴に振り返る。

 

 次から次に戻しにくる食器を必死で洗っているものの、元々二人がかりで一心不乱にやっていたのだ。それが海未がはずれたことで、凛の処理能力のキャパをオーバーする量が流しに積まれていた。

 

「!! すみませんっ、すぐに取り掛かります!!」

 

 後ろ髪を引かれつつ、まぁことりならば大丈夫でしょうと頷き、腕まくりをしながら園田海未--後に闇に舞い降りた皿洗いの鬼と呼ばれるメイドは持ち場へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 注文後、手持ち無沙汰になった俺はスマホでGステへとアクセスしていた。相も変わらず、恐ろしいくらい順調に「ススメ」の動画の再生数は伸びている。

 

 それに比例するようにつけられたコメントもまた増えており、

「次の曲はまだですか⁉︎ とっても楽しみです!(≧∇≦)」

 

 いやいや、気が早すぎだろ……そんなコンスタントというよりかインスタントに発表できないだろ。と内心ツッコミをいれつつも、コメントリストを眺めれば同様の意見が散見されていた。

 

 まったく頭が痛くなる話だ。

 

「はぁ……」

 

 やめやめ、俺は癒やされにやってきたのだ。来て早々にケチがついたが、せめてストレス解消もしない事には帰るに帰れん。

 

 注文が来るまで、さっきの絢瀬みたいなことをやってやろう。一瞬ヒヤッとしたから、次はニブそうな奴がいい、な、……、

 

「注文おねがいしまーす」

「はーい!! あ、お帰りなさいませ!! ご主人様っ!!」

 

 随分気合の入ったメイドさんがいるなと思えば、見たことあるおバカさんがいるではないか。

 

 よし、そういえば、ヤツも怨みの対象だった。ここで晴らさせてもらおうか。

 

 他の客の案内を終え、空いた皿を下げていく際に、穂乃果に対し、

「そこなメイドさん、すみませんが、水をもらえますかな?」

 

 と再びメニューガードをしつつ、呼びかける。

 

「はーい、お待ちくださいませ!! ご主人様!!」

 

 あいつ、全部の語尾に元気よく「ご主人様」をつければ、立派なメイドさん、とか思ってんじゃないだろうな。

 そんなに甘かないぞ、この業界は。

 

 やがて、水差しを持ってこっちにやってくる穂乃果。

 

 フフ、どうイジり倒してやろうか。なんてたって今の俺はご主人様です。

 

 満タンにされてあるのか、水差しを持つ片手が震えたまま穂乃果が駆け足になった瞬間、俺の過去の経験がヤバいと風雲急を告げた。

 

「お待たせ致しました、ごしゅ――はわわっっ!!」

 

 ツルッと足を滑らせバランスを崩した穂乃果の持つ、その水差しから、コンニチハしてきたのは、

 

「ダアホめ、甘いわ。こんな展開読めてまし――ィィィ、僕のポスターがァァッッッ!!」

 

 メニューガードで俺の身は完全に守ることが出来たのだが、隣に置いたかばんから突き出たポスターに、完全にぶっかかっていた(婉曲的表現)。

 

「っとと、あ、危なかったぁ、せ、セーフ……」

 

 辛うじて床にダイブをすることは避けたが、ふざけたことを抜かす穂乃果に、

「アウトだっつうの!! どこがセーフだっ!! だから、走ると転ぶぞって何回言ってきたと思ってんだ!! このア穂乃果!!」

 

 思わず立ち上がり叫んだ俺に、目をパチクリさせると、

「あれ……、ユキちゃん!! なんでこんな所にいるの?」

 

 ぐおおお、

 

「っ客!! 客ですぅ!! ご主人様として来たんですぅ!!」

 

 癒やし、癒やしはどこですか。

 

「なあんだ、そうなんだ。 いらっしゃいませ、ご主人様!!」

「ちっがう。そこは『ようこそお越しくださいました。ご主人様(はあと』だろが!!」

 

 穂むらのノリで言うな。

 とりあえずご近所さんでもある常連さんに元気よく挨拶すれば、穂乃果ちゃんはいつも元気印だねぇって褒められるけど、それは違うから。ここそういう所じゃないから。

 

 なってない。なってない、メイドである穂乃果に肩で息をしながら俺は説教をかましていると、ようやく気づいたのか、

「むー、ごめんね、かかっちゃったの? 大丈夫?」

「ハッ!?」

 

 そうだ。ンなことをしてる暇はない。無事を確かめねば、

「クッ、無事でいてくれっ」

 

 ビニールで包まれてるとはいえ、筒の内側に水滴が入ってしまえば所詮は紙。すぐさま俺はビニールを剥がし、手を自前のタオルで拭くと無事を確かめるために壁に広げる。

 

 そして、穴が開くほど見つめながら俺は、

「間に合った……」

 

 また間に合わないことはなかった。

 

 我が家の宝である、優木あんじゅちゃんポスター(白ワンピver)は、どうやら無事だったようである。

 

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、再び説教を再開すべく振り返り、

「おい、お前のせいで、この清廉純白なあんじゅちゃんが濡れてスケスケーになっちゃうところだったろう――

 

 

 

 

 ――ゆー、クン?

 

 

 

 

 そこに立っていたのは、

 

「こ、ことりしゃん?」

 

 震えて舌が回らない。おかげでかわいくなってしまった。

 

 小首を傾げて、かわいさ倍増させて、その身にまとった剣呑な雰囲気をやわらげようと試みるも、

 

「ご主人様は、そのような格好を好まれるんですね。ふーん」

 

 抑揚がありましぇーん。他人行儀のメイド恐い、マジで恐い。

 

 いや、なんでいつの間にか穂乃果からメタモルフォーゼしてるのん? あいつ、どこへ逃げやがった。と必死に眼球をギョロつかせると、ことりの脇の隙間から違う客の方に向かっていく背中が見えた。あいつ、後でぜってーとっちめる。

 

 それは置いておき、火急はこっちだ。

 

「いや、そのですね、あはは、えへへ、ウフフ」

 

 笑ってごまかせませんかね。

 

「…………」

 

 ダメでしたー。

 

 ガッチャンと怒りのにじむ音を立てながら荒々しくトレーを置く。ダメだぞ、もっと丁寧にやらなきゃ。寝ている赤ちゃんが起きちゃうだろ。もちろん、こんな所にいるわけないけどねアハハ。

 

「大変お待たせ致しました。こちら、らぶりぃ♡オムライスでございます」

 

 無論、らぶりぃさの欠片もない。

 

「ありがとございます……」

「失礼致します」

 

 会釈程度に頭を下げると踵を返そうとするので、流石に、

「ちょちょちょ、め、メイドさん? 何やら、そのぅ、ケチャップでイラストちっくなモノを描いて頂けるとうかがったのでしゅが……」

 

 人差し指をつっつき合わせながら、出来るだけ申し訳なさそうに切り出すと、

「……はぁ、はい、かしこまりましたご主人様。何をお描きしましょうか」

 

 あきれたように嘆息すると、もともとトレーに乗っていた業務用サイズのケチャップを構えた。

 

「おぉ!! さっきはお見苦しい所をお見せしたな!! 申し訳なかった」

 

 立ち上がり、頭を下げ、机とにらめっこする。大げさな動作を取ったせいか、上ずった声で、

 

「だ、大丈夫ですからっ。頭を上げてください、……ね?」

 

 ――ミナリンでよければ、何でも描いて差し上げますから。

 

「うぅ……ありがとう……かたじけないっ……かたじけないっ」

 

 腕で涙をぬぐい、

 

「それじゃぁ……」

 

 顔を上げ、

 

 

 

 

 

「――『ゆーくん、大好き』って描いてくれるか」

 

 

 

 

 

 自分が相対してたら、ぶん殴ってるに違いない顔で、告げた。

 

 

「――――ふぇ?」

 

 小首を傾げて、二拍。

 

「ぴ、ぴい〜〜〜っ!?」

 

 ことりが本当にテンパった時特有の謎悲鳴頂きましたぁー。

 プラス盛大なリアクションをしてくれた。そう、これを待っていた。

 

「もちろん、ハートマーク付きでな」

 

 出来るよね? と俺はこらえきれない笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「なんか、このお店、街で噂の伝説のメイドさんみたいのがいるらしくてなぁ、チャイコフスキーとかミナリンスキーさんとかそんなような名前らしいんだが」

 

 おおっとぉ行人くん、攻める攻める、猛ラッシュだぁ――ッ!!

 

「光栄ですぅ。いやぁ、楽しみだなぁ」

 

 フハハ、この俺がちらっと恥ずかしい所をお見せしただけで機嫌を損ねるような訳わからんトサカ娘に負けるはずがなかろうなのだぁ!!

 

 どうだ、恥ずかしかろう。俺の与える羞恥心に堪えられんだろう。

 こんなことを知り合いにやるなんて、罰ゲーム以外で絶対俺には無理だね。

 

 しかし、

 

 ぷるぷる、メイド服のエプロン部を掴みながらところてんのように震えていたことりは、

 

「か、かしこまり、ました、ご主人様」

 

 

 へ。

 

 

 そう言ってケチャップを構えることり。

 

 ――こ、こいつ、正気か。やめろ、忘れられない思い出になるぞ!! 黒歴史という名の!!

 

 固唾を呑む俺の前で、

 

 ことりはオムライスの前にケチャップのボトルの口を向けて、

 

 そして、

 

「…………」

 

 そして、

 

「…………」

 

 そし………………、

 

 

 

 て?

 

 

 

「…………あのぉ」

 

 

 いっこうに先端から赤い調味料が出てこないことに、思わず俺の方が先に言葉を発してしまう。ついでに表情を窺えば、

 

「ゲッ!?」

 

 ことりのやつ、顔真っ赤なうえ、瞳の焦点がズレ始めていた。見る間にグルグル目になったことりは、

 

「ふぇ、ふぇふぇ〜?」

 

 こ、壊れちゃった〜。ぼ、僕、何もしてないのに壊れました!!

 

「も、もしもし? ことりさ〜ん?」

 

 俺が、ことりの顔の前で手を振った瞬間、

 

「た~んと、召し上がれぇ〜♪」

 

 鉄砲水もかくやという、尋常じゃない勢いでケチャップが噴射された。鮮やかな黄色のドームが、爆撃を受けたように赤い花を咲かせる。

 

 しかもお前どんだけ早打ちマックなのという連射が続く。

 

「ちょちょちょぉっ!?」

「フンフン、フーン♪」

 

 俺の制止を無視し、鼻歌混じりに容器に残ったケチャップが根こそぎブチュっと吐き出された。

 

 いやあの、最初、半分以上ボトルに中身残ってたと思うんすけど。何をどうすれば、すっからかんになるんだ。

 

 その答えは、黄色い肌がまったく見えない真っ赤な元オムライスが示している。

 

 も、もったいねえとか言うよりも、ただこれは引いてしまう。

 

 絶対塩分過多だろ……、俺をゆるやかな死に誘っているようにしか思えん。

 

「えっへん、美味しく描けましたぁ♪」

 

 いや、これ描いたって言わないから。ペンキ缶ひっくり返しただけだから。なに、現代芸術なの。アヴァンギャルドなの。

 

「あーうん、ソっす、ね……」

 

 声が裏返ったのを自覚しつつ、これ以上、ヘタにスイッチを押すとマズいので俺は助けとなる存在を求め、周囲を探す。

 

「ちょちょ、そこのメイドさん、ヘルプっ、ヘルプっ!!」

「はーい!! ――って、日高くんやん、なんでここにおるん?」

 

 目の端に止まった影へと必死に呼びかけることに成功すると、巫女ではなくメイドにジョブチェンジした東條がこちらにやってくる。

 

「いやそれはそのぅ、」

 

 癒やしとか欲しくて、と言えなくて。

 

「? はっはーん」

 

 意地の悪い表情を浮かべた東條は、

 

「さては、ウチらがここでヘルプに入ったって誰かから聞いて、鼻の下伸ばしながら来たってところ?」

 

 なんだその男子って単純〜を体現したような野郎は。ビキビキこめかみに来たが、我慢し、

 

「そ、そういうことにしといてくれていい……」

 

 つかこいつらヘルプだったのか。考えられる可能性としては、ここでバイトしてたっぽいことり経由、なんだろうか。

 

「ふふ。さては、当店自慢のえりち目的かな。残念やけど、色んなご主人様から引っ張りだこなんよ。ちゃんと順番守ってな?」

 

 屈辱だが、やられっぱなしでは癪だ。せめて、と、

 

「絢瀬じゃなくてお前だよ、希」

「――――ほぇ?」

 

 聞こえているのか、聞こえてないのか。まばたきを繰り返して、ポカンと口を開ける東條は、

 

「え、……ゃ、その……」

 

 急に斜め下に視線をやりだし、いつもの隙のない東條とは違う顔をのぞかせる。わざと口元をこわばらせているような頬の動きがあり、頬に赤みが差し始める。待て待て、なんか予想した反応と違った。とっさに、

 

「なーんつってー、どうだ、ビックリしたろ」

 

 自分からネタであることにした。

 

「………………ぇ?」

 

 その言を受け入れると、途端に慌てだし、

「そ、そうだよね、ご、ごめんな、なんか」

 

 俺もこれ以上引っ張ることなく、本当の用件を思い出し、

「そ。それはそうと、こ、こいつ持って帰ってくれるか」

 

 はにゃぁ〜と、自分のほっぺを押さえ依然ショート中のことりの回収を頼む。

 

 が、

 

 しかし、

 

「はいっ、ご主人様、あ~ん♪」

 

 俺が東條に伝えた瞬間、ことりはテーブル上のスプーンを掴むなり、躊躇なくケチャライスへそれを突っ込み、ヌタァとケチャップの塊を俺の鼻先へと向けた。

 

「ヒッ」

 

 つい悲鳴が口をつく。

 

 もう一度助けを請うべく、俺は東條に――――

 

 面白いもの、めーっけたという顔をしていた。

 

 そして、あっちを見てごらん? と言わんばかりに手のひらを店内中央へ向けて、気づいてしまったので、ある。

 

 いつの間にやら、店中の視線が俺らのいる一角へと集まっており、

 

「あ、あのミナリンスキーさんがあ~ん♪……だと……」

「今まで何人のご主人様が挑んで、のらりくらりと交わされた挙句、デザートをプラスで注文してしまう結果に導かれたと思っている……」

「ぐやじい…………っ」

「アンクルジャム!! 俺にも新しい顔を!! かっこいいやつ!!」

「伝説のメイドをついに陥落させるとは、あやつ何者?」

「というか、あの料理は何物?」

「ぐっ、食べるのか食べないのかはっきりしろぃ!!」

 

 いや、あの、皆様方、全部ワタクシめの耳に届いておりますよ。ど、どうすれば。

 

「ご主人、……さま……?」

 

 一向に唇を開かない俺に、ことりは不安げに語尾をあげながら上目遣いをしてきた。いや、無理無理。

 

 こんな衆人環境でとか、無理無理、一緒に帰って、皆に噂とかされたらやだしと古来より伝わってるんだぞ。

 

 こ、根比べで負けてたまるか。絶対に上目遣いなんかに負けない!!

 

「…………」

 

 が、

 

 かたくなに反応せずいると、

 

「……………〜〜」

 

 ジワッとことりの瞳が、うるみ始める。

 

「はわわっ、ちょ、おま、そりゃ反則だろっ」

 

 涙には勝てなかったよ……。俺基本ハードボイルドだから、女の涙には勝てない。

 

「あーあー、日高くん、ミナリンちゃんを、なーかーせたー」

「こ、コトを大きくするんじゃあないっ!!」

 

 余計なことをしやがった東條のせいで、

 この身に受ける視線の鋭さがどんどん増していくのを肌で感じる。

 

 ぐっ、

 

 ま、まだま、

 

 

「……ミナリンじゃ、ダメ、……ですか?」

 

 

 ついに、閉ざされていた天国の扉が開き――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、……ですか?」

「マ、まぁず、い、いや、おいひぃ」

 

 嘘です。マジで昔狂人がマヨチュチュなるクレイジーを発揮していたらしいが、ケチャチュチュです。くちん中一杯にケチャップっす。濃い、濃すぎる。

 

 米と卵、意味ねぇ!!

 しかし、男行人、気合でこれを飲み込む。

 そして、すかさず水。

 

 喉をナメクジじみたスピードで落ちるケチャにとどめを刺すために。

 

 その果てに、俺は――――

 

 

 どよめく店内の渦の中にいて、

 

「えへへ、まだまだいっぱいありますよ♪ はい、あーん♪」

 

 

 

 

 

 天国に一番近い男になった気がした。

 

 

 

 

 




何事もほどほどにーというスラップスティック回でございました。ちゃんちゃん。じゃない、ちゅんちゅん。

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