目の前には圧倒的な力を見せつける敵。
その周りに散らばるように、倒れ伏す四女神。
結局、予想が変わることはなく、現実のものと化した。
それでも私がいないときよりは抗えたのだろう。ただ、私がいたところで負ける戦いを延長させただけで、勝てるわけではない。
もし仮に私がもっと強力な支援をしていれば、結末が変わることもあっただろうが、私はそれをしなかった。だって彼女達にはあくまで自分達の力で戦ってもらいたかったから。たかだか数年しか生きてないはずの女神候補生がそこまで出しゃばったらいけないと思うから。
そうそう、結局ネプギアも戦いに参加してなかった。というか、参加できるような精神状態じゃなかったのだろう。その場でへたり込んで、ただお姉ちゃん達が倒されていくのを眺めていた。
一人倒されていくごとに、その瞳に映る恐怖を強めながら。
ネプギアがこの状態で、ロクに戦えない。私も支援魔法がある程度使えるだけで直接戦えるわけじゃない。お姉ちゃん達にとって私達はそんな認識で、マジックの攻撃の行き先が私達へ向くと、決まって誰かがそれを食い止めたり、身体を張って受け止めたり。
つまるところ、お姉ちゃん達は私達を守りながら戦うという、ただでさえ苦しい戦いを、さらに辛い戦いを強いられていた。
私は私でそれに甘んじて、お姉ちゃん達に支援魔法をかけながら、マジックの行動パターンを見ていた。
そしてそれは、守護女神がすべて倒された頃にはある程度分析できていた。
もっともその分析も、ある程度時が経てば使い物にならなくなるかもしれないけど。
ほら、『男子、三日会わざれば刮目してみよ』って言うし。……相手は男じゃないうえに人間でさえないけど。
「ふん。やはり口ほどにもない」
倒れた女神達を見て、すぐに興味を失くしたように視線をこちらへ向けるマジック。
私達がまだ無傷でいられるのはお姉ちゃん達が庇ってくれたおかげでもあるけど、それ以上にマジックがあまりこちらへ敵意を向けなかったことにもあるのだろう。
所詮女神候補生。女神があの程度なら、候補生はそれ以上に弱い。そう思ったから、始末するのを後にしても問題はない。そう考えたのだろう。
私だって今この場で彼女と殺り合うつもりはない。だからその考えに甘んじたわけだけど、お姉ちゃん達が倒されれば、当然敵意はこちらへ向く。
今すぐこの場を逃げてもいい。今の私もマジックに勝てる力を持ってないといっても、負けない戦いができないわけじゃない。なんだかんだ目をくらませながら、逃げてしまえばいい。
但し家族の愛情も、友情も、全て投げ出しても良いのなら。
本当なら隠れて見て、結末を見終えたら去るつもりだった。
それが予定が狂って、お姉ちゃん達に私がいることを知られてしまって、そのまま戦いに付いて行って。
今更考えたら、あの時お姉ちゃんに「帰れ」と言われたとき、大人しく帰るふりをして、陰に隠れればよかったんじゃないか。そうすればこうやって悩むこともなく、さも散歩してきただけですよ、とお部屋に帰って、ラムちゃんと遊んで、お姉ちゃんのいない食事をして、お姉ちゃんのいない教会で生活して。お姉ちゃんが帰ってこないことに悲しむラムちゃんの傍で悲しむふりをして、女神救出作戦が立てられるまでの間、敵の情報を手に入れて、そのうち役立てて。お姉ちゃんが救出されたら、嬉し泣きのふりをしてお姉ちゃんが救出されたことを喜ぶふりをして。
そうすればよかった。わざわざお姉ちゃんの傍にいなくても、結末なんて見られたはずなのに。
なのに、なんで……
「さて、次はお前達だ」
「ひっ……」
「…………」
マジックはゆっくりとこちらへ近づいてくる。それは同時にタイムリミットが迫ってきていることを、私に感じさせていた。
情けない悲鳴を漏らすネプギアの傍で、私は考え続ける。
捕まるのは嫌。それは周りがどうなろうと嫌。
大丈夫。今ならまだ逃げても問題はない。お姉ちゃん達だって分かってくれる。それにこの状況で捕まる仲間が増えるのは、お姉ちゃん達にとっても嫌なはず。
だから今逃げても、後でお姉ちゃん達と元通りの関係は築ける。
大丈夫だから。だから逃げればいい。
なのになんで、私の足は動いてくれないの……?
「お姉ちゃん……皆さん……」
ネプギアがすがるような声で女神達を呼んでも、彼女達は答えない。意識も失くすほどのダメージを負っているのだから、当たり前。
そう思っていた。けど……
「ぅ……っ……ねぷ、ぎ……」
「ぃ……ぐっ……」
ネプテューヌとお姉ちゃんだけは、その声に反応した。
身体を震わせ、必死に動かそうとして、ほんのわずかな動きにしかならなくて。
それでも二人は、辛うじて意識を保っていた。
いや、失いかけた意識が、ネプギアの声で取り戻したという方が正しいか。
どっちにしろ、ダメージは深刻。人間であれば死んでいてもおかしくない。言葉ひとつ発するのも辛いはず。
なのに必死に何かを言おうとしている。何かを伝えようとしている。
お姉ちゃんとネプテューヌの意識が戻り、まだ抗おうとしていることは、マジックにも伝わっていた。
その瞳にほんの少しの興味が映り、彼女は後ろへ振り返り、お姉ちゃん達を見た。
つまり、私達へ視線を逸らした時、お姉ちゃん達の口から、言葉が声を纏って出た。
「……にげ、ろ……ロム……」
「に、げて……ネプギア……!」
「っ……!」
その声は私達の耳へ届いた。
これで逃げる大義名分ができた。後で何か言われることはない。お姉ちゃん達との関係は壊れない。だから堂々と逃げれる。
そう理性で考えると同時に「お姉ちゃんを見捨てて逃げたくない」と思う感情があることに気付いた。
逃げることを拒む自分がいた。そのことに自分自身で驚いた。
けれどそれだけお姉ちゃんが好きだって、そう思ってるんだってことに、納得した自分もいた。
結局のとこ、私は感情を理性で押し殺そうとして、失敗した。
負けると確信していた。けど負ける可能性を拒みたかった。
自分ひとりでも逃げなければならない。けどひとりで逃げたくなかった。
捕まりたくない。けど、お姉ちゃん達を見捨てたくもない。
相反する理性と感情。天秤にかけられたそれらは、先ほどまでは感情に傾いていた。
けど、お姉ちゃんの言葉を受けて、感情を理性で閉じ込める。
今だけは絶対、感情に流されて敵に立ち向かってはいけない。負ける戦いをしてはいけない。
これ以上、お姉ちゃん達の想いを無駄にする行動は、してはいけない。
「……ネプギアちゃん、逃げるよ」
「で、でもこのままじゃお姉ちゃん達が……! ゲイムギョウ界が……!」
ネプギアにそっと近づき、小声でそう言うと、ネプギアも小声で拒む。
けどもその表情も、瞳も、身体も、全てが私に怖がっていることを感じ取らせている。
そんな彼女がこれ以上この場で出来ることなんてないから。
「戦意もない、勇気もない。そんなやつが自分以外を心配する必要なんてない」
「ロ、ロムちゃん……?」
今までと違う、冷たい声と言葉に戸惑うネプギアを見て、やはり周りの私への印象と素の私はかけ離れてるのだと確認した。
それもそうだ。普段から猫被って話してたんだから。見た目も精神年齢も幼い双子の片方。ちょっと積極性に欠ける子。いつもラムちゃんの傍にいる子。それなりに大人しい。そういう印象しかなかったんだろう。
そのギャップに戸惑うネプギアには悪いけど、今は猫を被る余裕さえ惜しみたいから。
チラリとマジックの様子を窺えば、こちらに背を向けたまま。それはお姉ちゃん達の方を気にしているからではなく、単に私達が何をしようと結果は変わらないと思ってるからなのだろう。
そう、ここにいるのがネプギアと
けどここにいるのは
それにわざわざ敵は私達に作戦会議の時間を与えてくれてるのだから。それに乗らない手はない。
ネプギアの耳元へ口を寄せ、彼女が今やるべき行動を伝える。それと同時に片手で地に触れ、地中に魔法陣を仕込む。
「──分かった?」
「で、でもそんな大雑把な……」
ネプギアの文句をスルーして、どちらも終えた私は立ち上がり、マジックの方へ向く。その視界になるべくお姉ちゃん達の姿を映さないようにしながら。
マジックもこちらが終わったことに気付き、私達は向き合う。
マジックの瞳は、私達を虫けら程度にしか思っていないような目だった。
その瞳を今から悔しさで染めてあげる。
「作戦会議は終わったか?」
「おかげさまで」
「まあ貴様らがどう足掻こうが結果は変わらぬがな」
「……そうだね、変わらない」
「なんだ、もう諦めたのか」
「うん、あきらめた」
「……何を企んでいる?」
訝しげにこちらを見るマジック。
それもそうだ。候補生とはいえ仮にも女神。それが敵を前に“諦めた”と発言すれば、何か裏があるのではと思うのも当然。
それも
「えっとね、あきらめたのは本当。けっかも変わらない。けどね、それらは全部──あなたから逃げ切れるって話」
語尾と同時に駆け出しながら両手を左右に大きく広げる。
そして、突然の行動に身構え、瞬きせずにこちらの攻撃に備えるマジックに向かって、両方の手のひらを身体の前で勢いよく叩き合わせた。
瞬間、パンッと手のひらが鳴る音が鳴り響き、目が焼かれそうなほど眩しい光が辺りを覆った。
「クッ……!」
「行くよ、ネプギアちゃん!」
「う、うん!」
マジックが慌てて腕で光を遮ろうとしても既に遅く、光はマジックの目を射抜く。
『フラッシュ』。名前も効果もありきたりなその魔法は、シンプルが故に抜群の効果を誇る。そしてここはただでさえ暗い場所なんだから、いつもより強力。
マジックの目が潰れているうちに逃げようと、身体を正反対の方向へ転回し、ネプギアの手を取って、二人で走り出す。
「このっ、待て!」
当然マジックも追って来るけど、方向はきっと音頼り。そして私達の足音が聞こえるから、私達は走って逃げているのだと向こうは感じ取る。
そういうおびき寄せるための罠を仕掛ければ、ほら。
「ぐっ、なっ……!?」
マジックの動きは止まる。何故なら彼女の足を岩が覆い、地面に固定していたから。
マジックが踏んだそこは、さっき魔法陣を仕掛けた場所。魔法陣に書かれた魔法は『ロックロックプリズン』。相手の足止めをしたいときに効果を発揮するそれは、敵の力によって拘束時間が変わってしまう。
けど今逃げるだけなら十分な役割を果たす。
「チッ、この程度……!」
力任せに拘束から逃れようとすれば、岩はぽろぽろと軋みながら少しずつ足が抜けてしまう。そう、力によってって、つまりは力技で拘束を破壊できるってこと。
ただしこの魔法はそれで終わるわけがない。
「3……2……1……0」
足を拘束してからカウントダウンが始まり、ちょうど20秒後。私がゼロをカウントしたとき、地面から岩の塊が四方から伸び出て、マジックを閉じ込める壁となる。
それは四つの塊で終わらない。次々と地面から。それだけでなく周りからも岩が集まり、築き上げられるのは一つの牢獄。それを全て破壊して脱出するのは、多少なりとも時間がかかるだろう。
今のうちに……
「う、うそ……」
「ボケッとしてないで、飛んで」
「は、はい!」
岩の牢獄が出来ていく様子に愕然とするネプギア。
けどさっさと飛んでくれないと、次の段階に移れないから急かすと、畏まった返事で背中の羽を起動させ、空へと飛ぶ。
これは女神化できるネプギアだからこその策。私一人だったらできない策。……まあ地を駆ければいいだけなんだけど。それに今はこの体で飛ぶのに慣れてないだけで、飛べなくはないし。
ちなみに私は、片手でネプギアの手に掴まり、運んでもらっている状態。……仕方ないでしょ? こうでもしないと二人一緒に脱出なんてできないんだし。
「……お姉ちゃん……」
「振り返らない。今は逃げることにだけ集中して」
「っ……、はい……」
心配そうに、悲しそうに振り返ろうとするネプギアを制する。
これで少しでもスピードが遅くなれば、その分だけ逃げ切る可能性が低くなるんだから。
さて、そろそろ……
その予想した時間と同じタイミングで、岩の牢獄は吹き飛んだ。
そして中から現れたのは、顔を怒りで歪ませたマジック。
まあ当然、怒るよねぇ……
虚仮にしてた相手に一本取られたらねぇ……
ま、見た目幼女でも侮ったらいけないって学べたんだから、見逃してね~
「『ウィングウィンド』」
その言葉と同時にネプギアの機翼に魔法陣が描かれ、私達は更に加速する。
「きゅ、急にっ、えっ? えっ?」
「真っ直ぐ飛ぶことにだけ集中して。じゃなきゃ墜落するよ」
「そ、そんなぁ!」
泣き言を言いながらもどうにか体勢を安定させて飛び続けるネプギアに密かに感心しながら、敵の姿を視界に捉える。
マジックはすでにこちらへ猛スピードで飛び出していた。もしさっきまでの速度で飛んでいたら、いずれ追いつかれただろう。
けど魔法でブーストをかけた今の私達には追いつけない。
ただしほぼ同じ速度だから、振り切れもしないんだけどね。
手に杖を……いや形は今はいいや。とりあえず適当に魔法弾を放つ──
「『アイシクル、シュート』」
言葉と共に生成された小さな氷柱たちが打ち出される。
威力自体はそれほどなく、遊びにだって使えそうな程度の威力のそれを、マジックは躱さずぶち当たり、氷が砕ける。マジックには傷一つついていない。
別に敵を傷つけるために放ったわけでもなく、ましてや倒すためのものでもなかったけど……少しは避けたりして距離を稼ぎたかったなぁ……
まあ次々……
「『ウィンドブラスト』」
手のひらからマジックに向けて発射されたのは空気を凝縮した塊。透明なそれはマジックに当たる寸前に爆発した。
「っ……」
「わわっ!」
爆発と言っても熱を持ってるわけじゃない。けど爆風は吹き荒れて、ネプギアの体勢が少し崩れるけど、すぐ持ち直した。
肝心のマジックはというと、爆風で後ろへ吹き飛ばされるけど、すぐに持ち直して追って来る。
けど一度止まればあっという間に離されるスピードだから。すぐにマジックの姿は小さくなる。
けどその状態からマジックは魔力弾を生成して放ってくる。それは驚くことに私達のスピードより速く、私達に迫ってきた。
けど……
「『アイシクルシュート』」
再び生成した氷柱をぶつけて相殺する。何度放ってこようと同じこと。
そのうちにネプギアが声を上げた。
「あっ、ロムちゃん! 見えてきたよ!」
「ん、油断せず飛んで」
「はい!」
見れば私達が飛ぶ方向にギョウカイ墓場と他の土地との境界線が迫って来ていた。
きっと私の予想ではアレを越えられればこの追いかけっこ、私達の勝ちのはず。
ただ油断はできない。本当に予想通りになるかどうかは分からないのだから。
油断せず次々と放たれる魔力弾を相殺しつつ、今度は手のひら大の氷を発射する。それだって大して効果はないけど、さっきよりは行動を抑えられてるはず。
それに後ちょっと、後ちょっとだけだから……!
「がんばって、ネプギアちゃん!」
「うん!」
そして私達は、境界線を越えた。
「……あの敵は……?」
「ん、だいじょうぶ。予想通り」
そう、予想通り。彼女はまだ、ギョウカイ墓場から出るつもりはない。
そう予想した要因は色々あるけれど、ひとつあげるなら彼女はなぜ自分から女神を倒しに……つまりギョウカイ墓場を出なかったのか、という疑問を私が抱いたから。
その疑問に私なりに考えた予想が、今はまだ人間達を使って力を蓄えている段階だから、というもの。
だからまだ信者も少ない今は、攻めより守りを優先しているのだと考えた。
その予想は当たり、彼女は私達が境界線を越えた辺りで飛行をやめ、中心部へと引き返していた。
あのときのマジックの顔は、しばらくの間私の心を楽しくさせてくれるだろう。
悔しさに染まったあの顔、なかなかに愉快だ。
「ロムちゃん……私、これからどうしたら……」
「ひとまずプラネテューヌ教会に行こう。作戦の失敗と女神が捕らわれたことの報告をしてからでも遅くはないよ」
「……うん」
気落ちするネプギアになんと声をかけていいか見つからず、私達は沈黙したままプラネタワーへと帰還した。
そう、遅くはない。女神はきっと、殺されはしない。
そう淡い期待を抱きながら、私はこれから会う人達へなんて言い訳したらいいか考えることに頭をフル回転させた。
彼女は逃げる。いつものように。
昔からずっと、そうして生き延びてきたのだから。