ラムちゃんの説得は終わった。精神労力は相当払ったと思う。時間はそんなにかけなかったかもしれない。体感時間は長かったけど。
ともかくラムちゃんの説得が終わった今、残る障壁は護衛となる職員を探すことなんだけど……うーん……そうだな~……
やっぱり条件に合うのが一番いいよね。
女神に対する偏見を持ってなくて、私が何しても驚きはしても面倒な反応にはならず、なにより私を好きでも嫌いでもない人間。
他にもいろいろあるけれど、特にっていうとその三つ。更に重要なのは最後の一つ。同時に特に難しいのもその条件だったりするのだけど……
だってほら、ここはルウィーで、その教会で、私はこの国の女神候補生で。
守護女神のお姉ちゃんだけを信仰している人も中にはいるかもしれないけれど、少なくとも私達妹のことも好意的に思ってくれている人ばかり。
全くなんとも思ってない。思っていたとしても一応自分の上司だなとしか思っていないような人間って、この教会にいるかどうか。……いたらいたでちょっとおかしい人かも知れない。だって教会って、よっぽどの女神信者が入りたがる職場だし、職員のほとんどが女神信者なんだし。
全員って言わないのは、私が探している条件に合う職員がいないって可能性を否定したかったからなんだけどね。
ともかく犬も歩かなかったら棒に当たることもない。つまり行動すれば何かしらに当たったり見えたりするわけで。
数年過ごせばこの広い教会も本当に自分の家のような感覚で歩き回れるわけで。
ほんの少しも足取りを迷わせることもなく、いろんな部署が集まる区間に赴き、一番手前の扉をノックする。
すぐに出てきた職員は自分の視界に誰もいないことに首を傾げたけど、私が声をかけたら視線を下げて、ようやく私に気付き、破顔した。
それはもう、気持ち悪いほどニコニコと。
なんですかあなた私の信者なんですか推しが目の前にいるからそんな気持ち悪いんですかその気持ち悪い笑みさっさと消してくださいというか目の前から存在ごと消え失せろ。
そう思っているのを微塵も表に出さず、ちょっと仕事を見ていっていいかと訊けば首が取れそうなほど振る職員。ちなみに男性。
そうして入室すれば、周りからいろいろと声をかけられる。私を歓迎する声が主に。
なかには私がラムちゃんといないことに疑問を持った人もいたけれど、今日は別々に行動していると話しておいた。
そして私が「なんの仕事をしているか見に来た」と言えば、次々と自分が教える。私が教えるのが一番上手い。お菓子もあげるから。おもちゃあるよ。俺が一番仕事が早い。一番詳しいの俺。一番量をこなしてるの私。と挙手する人間が周りに集まる。それはもう、自分達の仕事そっちのけで。
いやそんなに大勢に教えられても困る。というかどうしてそんなに必死なの? 誰かに教えたいの? それならここに新人さん導入しようか? 存分に教えられるよ。
と、息を荒げている気持ち悪い人達を前に思っていると、さすがにここのリーダーが彼らを咎め、仕事へ強制的に戻らせていた。
それからリーダー直々に仕事を見せてくれたり教えてくれたりしていた。……もしかして自分も私に教えたかったのか。職権乱用か?
ともかくそれをちゃんと聞いてるふりをしつつ、職員を見ていく。
……ねえ、ほとんどの職員と目が合ったんだけど。リーダーもっとちゃんと言ってあげてよ……って、あなたが一番私を見てるね!?
結局その部屋を出ても何の成果も得られず、無駄に疲労感だけが積もった。
え、まって、あと何回この作業を続けなきゃいけないの。まだまだ部屋があるんだけど。
くっ……ラムちゃん連れてこればよかったか……
あ、ちなみにお菓子はきちんと頂戴しておきました。ポケットが二つとも埋まったんだけど、それはそれでどうかと思うよ。非常食としては頼りになるけど。
結局のところ、やっぱりここは教会で、職員はもれなく信者だってことしかわからなかったとだけ言っておこう。
あとお菓子は毎回部屋を出る度にポケットが埋まるほど貰いました。収納魔法をこの体でも習得しておいてよかったです。まだ入れたことはあっても出したことないけど。
どこに行っても女神候補生という存在ってだけで敬われ、崇められ、可愛がられ、喜ばれ、笑みを浮かべられ。
結局望んだ条件に見合う職員は見つからず、たった一人の知らぬ人間と友好的に接するふりだけでも苦痛なのに何人もの人間とそれをしてきたせいで、精神的疲労感はラムちゃんを説得した時を遥かに上回っていた。
せめて夕食時までひとり静かな場所で休憩したい。
そう思い、そういうときのために見つけておいた人の寄らない穴場に行き、そこにあった椅子に座り一息吐く。
教会の敷地内ではあるが建物のどのドアからも遠く、さらには枯れ木に囲まれていて見えにくく、職員もほとんどが存在を知らないだろうその場所は、ガーデンテーブルとチェアが二つ。それだけが置かれている場所だった。
それ以外は何もない。あるとすればそれは枯れ木と雪ぐらい。
まるで森の中のちょっとした場所にテーブルセットを持ち込んだような光景を見たとき、誰がどのような目的でこの空間を作ったのか疑問に思ったけど、それに答えられる存在は果たしてまだ生きているだろうか。そう思うほど、その二つは年季が入っていた。
ひとまず修繕魔法と浄化魔法で少しだけ綺麗にしたのは記憶に新しい。
それからは時々ひとりになりたいときにここに来る。教会内だと誰かに会う可能性が高いから。
今日だって誰も来ない。ひとりだけでくつろいでいられる。
そう思っていた。けれどその予想に反して足音が聞こえ、徐々にその音は近づいていた。
どうせ近くを通り過ぎるだけ。こちらには気づかない。誰も来ないはず。
けれどその足音は確実にこちらへ向かってきていて、音がある程度近づいたとき、初めて足音以外が聞こえた。
「……ん? 先客がいるのか?」
ひとまずラムちゃんではない。それは彼女より重い足音からわかっていたことであり、今の声も明らかに男の声だったから。
そして初めて聞く声でもあった。今日聞いてきた職員の誰の声にも当てはまらない。つまり初めて会うだろう人間。
こんな場所へ来るなんてどんな人間だ、と気になりそちらを振り向けば、ルウィー教会の制服を纏った茶髪の男がこちらを見ていて、先客が私だとわかると少しばかり瞼を上げた。
「……驚いた。こんな場所に人が来るのもそうだが、それがまさか女神候補生様とは」
そう言ってはいるが、男から感じ取れる驚きの感情は薄いように見える。驚いていないわけではないが、かといってそれほど驚いているわけでもない、といった具合。
そして直感でわかったのは、この人間は人間の中ではマシなほうだということ。
人間は嫌いだが、全く関わらずに生きることは難しい。街に行けば不可能だ。
そして前の私はそれを承知で街に赴き、多くの人間を見てきた。生きた分だけ、多種多様な性格と人間模様を見てきた。
その培ってきた経験から私は人間を見たとき、ある程度わかることがあった。
それは、安全か危険か。
安全といっても“人間の中では”まだマシというだけ。危険っていうのは文字通り私に危害を加えてくる可能性のある人間で警戒を最大にすべきだということ。
大体初対面の人間は初めにその二つで判断し、その後の行動を決める。
今もまだマシに見えるから、と少しばかり言葉を交わすことに決めた。
「……ここにいちゃ、だめ?」
「いや、駄目なんて言ってないだろ。俺はただ驚いたってだけさ。お前さんがどこにいようがここはお前さんの家の敷地なんだからな」
「むしろ俺が立ち去るべきか?」と言い考え出した男に私は「いてもいいよ」と声をかけた。男は「それじゃ遠慮なく」と私が座っているのとは別の、もう一つの椅子に腰かけ、胸ポケットから小さな箱を取り出し、中に入っていた棒状の何かを口に咥えた。
あぁ、一服しにきたのか、と思っていると、男はライターで火を付けようとして、止まり、少しだけ何かを考えた後、椅子をその場所から移動させ、そこで火を付け、煙を吸い、吐いた。
煙はそのまま風に乗りどこかへ消える。その煙の様子で気付いた。さきほどこの男が移動したのは、そのままでは煙が私の方へ行ってしまうからなのだろう、と。
なるほど、ちょっとした気遣いができる人間らしい。少し高得点。
そこから男が一本吸う間、私も男も何も言わなかった。かといって気まずくはない。だって相手は取るに足らない人間だ。いようがいまいがどうでもいい。男から敵意のかけらも感じ取れないから、警戒も最低限。
でも少しばかり気になり、男が何故こんな奥まった場所にこれらがあることを知っていて、しかもわざわざここに一服しにきたのか考えてみた。……他にすることがなかっただけなんだけどね。
場所を知っていたことに関しては知っている人から教えられたか、たまたま見つけたか。別に隠された場所でもないから、知っていても不思議ではない。
けど何故ここに来たのかは不思議。喫煙所ならば教会の建物内にもあったはずだし、外にもそのスペースはある。なんなら屋内の方が暖房が効いていて寒くないし、どちらにも自動販売機があった。
ならば何故男はひとりでこんな場所に来て一服するのか。それも様子を見る限りじゃ今回が初めてではないように見えるし……
私が男に対しそんな疑問を持っているのと同じで、男もまた私に似たような疑問を持っていたのだろう。
ただ違うのは、その疑問をどちらが先に相手にぶつけたか、ということ。
男は吸っていた煙草が短くなると、自前の携帯灰皿に入れ、もう一本取り出し火をつける。それを一口吸ってから、私に疑問をぶつけた。
「……で、なんだってこんな
水色の方って……いやまあ間違っては無いけど……
「……すこし、ひとりになりたかっただけ」
「へぇ……ラム様と喧嘩でもしたか?」
「してない。ラムちゃんとケンカ、したことないもん」
「ふぅん。それは仲が良いのか悪いのか」
「良いの。ラムちゃんのこと大好きだもん」
「だが今はラム様のことがうっとおしいと……」
「そんなわけない。ただたまにはひとりでいたいだけだよ」
無意識に言葉に力を込めていて、それに気づいた男は「ああ悪い悪い。別にお前さんとラム様の仲の良さを疑ったわけじゃないんだ。ただちょっとした興味本位ってだけさ」と謝った。
男の言葉には少し苛立ったけど、すぐに謝ったからそれでいいか、と心を落ち着ける。
まあ人間がどうこう言おうが私がラムちゃんのこと好きなことに変わりはないのだし、ラムちゃんを侮辱しているのではないのだからどうでもいいが。
しかし気になることがある。先ほどの疑問とは別の、男の態度について。
「……どうしておにーさんは敬語を使わないの?」
それは此処に来る前に多くの職員と接してきたからこその疑問だった。
女神候補生。それは国のトップである女神の妹であり、次期女神として国を担っていく存在。
だからこそそこらの国民はともかく、教会職員はたとえ相手がどれだけ幼かろうと、丁寧な言葉遣いを心がける。様付けをする。本人に望まれたり、許可を得ない限りそれは変わらない。実際男はラムちゃんのことは「ラム様」と呼んでいた。
だが先ほどから私に対しては、まるで同僚なんかに使うような言葉遣いで、私のことも「お前さん」と呼んでいる。なんならさっきは「水色の方」って呼ばれた。
職員としてはあるまじき言葉遣いだ。もっとも、私はそれに怒ったわけでも咎めようと思ったわけでもないのだが。男と同じ、純粋な疑問というものだ。
男は私の疑問を聞き、「そりゃ俺にとってお前さんは……なんていうか、あれだ。えっと……」と悩み、言った。
「お前さんは俺の上司じゃないだろ?」
「……は?」
上司じゃない?
ちょっとまっておかしい。女神候補生っていうのは国の上位に位置する存在で、教会職員にとっては上の存在だ。つまり守護女神が上司であるように、女神候補生も上司になるはずだよな? んん?
男の発言の意味がわからず、疑問を増やした私に、男は少しだけ笑った。
「くくっ……お前さん、今素が出たな」
「ッ!」
その言葉は警戒レベルを上げる効果を持つ。
先ほどからずっと猫を被って話していた私には、十分なほどに。
「……なんのこと?」
「なにって、お前さん、ずっと演じてるだろ? 幼い子のふりをさ」
まだ発言の意図がわからない。だからまずはしらばっくれようとしたけれど、男は見抜いていた。お姉ちゃんもラムちゃんもミナちゃん達も皆気づかなかったことを。
いやそれだけとは限らない。もっとずっと、女神候補生として人間にバレてはいけないことも……
「ああ、あと人間のこと嫌いだよな。一見人見知りなように見えるが、その割に態度に怯えの色が見えなかったし。元からかと思えば女神に対する接し方より遥かに冷たいし」
バレてた。
こんなあっさりと、バレてることを知らされた。
ならばもしかしたら、此奴以外の人間も、そのことに気付いているのかもしれない。
その疑惑は、男の口からこれまたあっさりと否定された。「ああ、心配しなくてもお前さんが演技してたとか人間嫌いだとか、そういうのは俺以外誰も気付いてないと思うぞ? 話してもないしな」と軽い言葉で、確信はない疑問形で。
ならば何故そう思ったのか。そう訊けば、そもそものきっかけから男は話した。
「最初にお前さんの態度が引っかかったのは確か……そう、数年前にプラネテューヌでお披露目があっただろ? あのときだよ。俺、あの時警備兵としてあの場で見てたけどよ、ネプギア様やユニ様、ラム様のお言葉は本心からなんだなって感じ取ったけど、お前さんのだけ違和感があった。他のやつはそんな違和感感じなかったみたいだけどな。で、気になってお前さんを見かけるたびについその言動とか雰囲気とか見てたが……まあうん。完璧だったな、お前さんの演技。まさに幼子を演じてたと思うぞ? だが完璧すぎたな。普通の奴は誰もお前さんの態度に疑問を持たないだろうが……俺は違った。最初から違和感を感じながら見てれば、お前さんの態度が演技だっていうのはすぐ気づいたよ。人間嫌いはつい最近気づいたけどな」
「ほらお前さん、少し前まで不機嫌だっただろ? あれ犯罪組織っつーか人間の手のひら返しにムカついてただろ」と、その言葉で男の話は締めくくられた。
そしてじっと男の眼は私を、瞳をまっすぐに見ていた。はたして自分の言葉は正解かどうか、答え合わせをしたがっているように思えた。
ここまで見抜かれてしまえば今更しらばっくれるのは無駄。ならば素直に話してやろう。……男の態度によっては、それが最後の冥土への土産話となるのだからな。
「……正解だよ。確かに私は自分を偽って見せてたし、人間なんて嫌いだよ。判断次第では躊躇いなく見捨てられるし、殺せるくらいには」
「やっぱりな。そうだと思ったぜ」
私の言葉を聞いた男は納得するように二回頷き、ニッと明るい笑みを浮かべた。
その笑みに何か裏のようなものは感じ取れず、ただ自分の考えが正解だったことに純粋に喜んでいるように思えた。
少なくとも、私の発言に嫌悪感は感じられなかった。
けれど男の言葉はそれだけに終わらず、「ああ、あとな」と言われたとき、私は警戒心を上げたが……それは徒労に終わった。
「お前さん、やっぱその喋り方の方がしっくりくるわ」
「……どういう意味?」
「どうって、そのまんまだよ。いやな、ずーっとお前さんの演技してる時の喋り方が、なんかこう……外と中が噛み合って無いっつーか、グレープフルーツを食べたはずなのに苦みがないっつーか、すっげー違和感感じてたんだよ。けど今の喋り方はすっげーしっくりくる。その喋り方が素なんだろ?」
男の例えは何となくわかるような、わからないような例え話だったけど、男の言いたいことはよくわかった。
そして男への判断だが、結果は変わらない。少なくとも最初に会ったときよりは、低くはならなかった。
だから彼の言葉を肯定し、そして話を戻した。
そもそもの、この話のきっかけへ。
「で、上司じゃないってどういう意味? まさか、その制服はコスプレだとか言わないよね?」
「言わん言わん。この制服はちゃんと教会から正式に支給されてるし、俺はちゃんとした教会職員だし、なんなら諜報部員だぞ。それなりの能力がなきゃ入れない部署の部員だぞ。すげーだろー」
「いやそんな胸張られても」
「ふっ、お前さんにはこの俺のそれなりの凄さがわからぬか……」
今にも「くっくっく……」とキザったい笑い声を出しそうな彼を呆れ目で見る。というかそれなりの凄さって何? 凄いの? 凄くないの? どっちだよ。
そんな初っ端から脱線して始まった話だけど、彼はきちんと説明してくれた。根はいいのだろう。態度に少し難あり。
「まあお前さんが疑問に思うのもわかるぞ? 女神が上司ならその妹の候補生も上司。それは俺もそうだと思ってる。だが……お前さんはなんか、女神って感じがしないんだよな」
「……それは私を貶してる?」
「違う違う。侮辱とかじゃない。ただなんというか、本当にただ女神って感じがしない。だから上司として見れないっつーか、わざわざ二人っきりのときに偽る必要性を見いだせないっつーか」
「ああもちろん他のやつの前ではちゃんと女神様への態度と同じにするからな?」と彼は付け足していたけど、彼の言葉は腑に落ちた気がした。
つまるところ彼は自覚していないながらも、私が自分が女神だと本気で自覚して行動していないのだと、気づいていたのだ。
それは外れではないし、私も「この体に与えられた役職は女神だし、ならそれに反しない程度に生きてればいいよね」としか思ってない。女神は女神だけど、私が女神だと思う気持ちが薄いのは、確かだった。もし譲れるのであれば、次の女神の座はラムちゃんに渡して、私は隠居生活をするか旅をしたいと思っているほどには。
だから彼の「やっぱ態度改めた方がいいか?」って言葉には「別に今のままでいいよ」と答えた。
女神の自覚がない者を、女神として慕うことはできない。
なるほど、わかりやすい。
「……じゃあいくつか質問してもいい?」
「ん? なんだ、いいぞ。ああお前さんの話を誰かにしたかって話なら、さっきも言ったが誰ひとりにだってしてないから安心しろな」
「それは安心だけど、訊きたいのは違う事」
「……疑わないのか? 俺が嘘を吐いてるって可能性は否定できないだろ?」
彼の言う通りだ。目の前の人間が既に誰かに話した可能性はあるだろう。
言う、という手段だけじゃない。書いたり、暗号を提示したり。伝える手段はいくらでもある。
だがそれでも私は彼の言葉を信用することにした。なぜなら……
「あなたが嘘を吐いてないっていうのは、見ればわかるからね」
嘘を吐いていれば多少なりとも顔に出る。仕草に出る。目に表れる。
どれだけポーカーフェイスをしていようと、カモフラージュしていようと、感情があるかぎり必ずどこかにその感情が表れる。
……もっとも、顔全体を隠したり、そもそも人型でない場合はわかんないことが多いけど。
「へぇ……お前さん、相手が嘘吐いてるかどうか分かるのか」
「正確には違うけど、そんなとこ」
「すげーな、その能力。女神ってのはそういうのが生まれつきあるのか?」
「ないよ。これは私が今まで生きてきて身に付けた技術。特殊能力とかそういうのじゃないの」
「生きてきたって、お前さんまだ数年しか生きてないだろ。その見た目と同じかそれ以下の年月しかさ」
「……うん。そうだね。そうなんだよ、ね……」
いまいちそっちも自覚がない。ラムちゃんやお姉ちゃんと出会って数年程度。その感覚は正しく私の中にあるけれど、自分が生きてきた年月はと考えれば、既に百年は生きているように感じる。おそらく前の私の感覚を引きずってるせいだと思う。
「なんだよその反応。実はお前さん、ラム様と双子じゃないのか?」
「なんでその発想になるの。私は正しくラムちゃんの双子の姉だよ」
「だよな。……てかお前さんが姉だったのか。まあその口調と態度から納得は出来るが……」
「……それを言ったらプラネテューヌの姉妹なんてどうなるの」
「だ、だよな……ははっ……」
わかってる。
私とラムちゃん。表向きの性格から見たら、引っ張るのはラムちゃんで、引っ張られるのは私。つまり姉っぽいのはラムちゃんで、妹っぽいのは私って見える。
でも本当に私の方がほんの僅かに生まれた……って感覚があるし、ラムちゃんも私よりほんの僅かに遅く生まれたって自覚があるから、私が姉で、ラムちゃんが妹。それは間違ってない。
そしてプラネテューヌの紫姉妹の方は……片方は女神化後の姿ならその立場に納得できるんだけどなぁ……
「で、質問の内容だけど……あなた、女神をどう思う?」
「どうって、どういう意味だ?」
「女神をどう思うか。なんでもいいよ。お姉ちゃんのことでも、女神という存在についてでも、自分の理想の女神像でもいいから、話してみてよ」
「はあ? んなもんいきなり訊かれてもなぁ……」
新たに取り出した一本を咥え火も付けずに腕を組み悩む彼は、唸りながら何度も首を捻って考え、そして答えを出した。
「なんていうか……女神ってのは、国のトップなんだろうな」
「うん。で?」
「で、生きてる」
「……逆に生きてない女神を見てみたいよ」
女神と人間の違いの一つ。死んだら遺体が残るか否か。
つまり死んだ女神っていうのはデータ化して、体が消えてしまう。
息絶えた瞬間に消えてしまうから、その瞬間だけしか死んだ……生きてない女神っていうのは見れない。
だから普通は見られないし、見れた者はラッキーかアンラッキーか。
少なくとも私は見たことがない。
「いや違う。そういう科学的な生死じゃなくて……なんていうかこう、機械じゃない」
「……感情があるって言いたいの?」
「あーそうそう。女神っていうのは人間じゃないが、生きてる。だからこそそれぞれに性格っていうのがあって、考え方が違って、志すものが違って、その違いで人間ってのは誰を信仰するか判断する」
「まあ容姿だけで判断する者も多いけどな。特にこの国と反対側の国は」と苦笑いで付け足す彼の言葉に、私も少しだけ苦笑する。
ちっちゃいか、おっきいか……お姉ちゃんが聞いたら不機嫌になりそう……
「で、じゃあ俺に理想の女神はと訊かれて、ホワイトハート様だって答えるかといえば、違うな。俺は別にちっちゃい子どもは嫌いじゃないが好きでもない。どちらかといえばノワール様くらいの容姿が好きだな。性格は素直可愛いネプギア様が好み」
「……今の女神の誰にも当てはまらないね。でもそれならルウィーじゃなくてラステイションかプラネテューヌに行けば?」
「おいおい……俺を追い出したいのか?」
「違うよ。けどルウィーの女神は好きじゃないんでしょ?」
「……まあそうだな。部下としては上司を慕わなきゃいけないんだろうが、仕事上での感情でしかないな。プライベートでわざわざ慕うふりをするかといえばしたくない。だがな、俺は昔っからこの国が好きだ。俺のオヤジも、ジジイも、先祖代々愛してきたこの国が、他のどの国よりも大好きだ。女神が誰だとか関係ない。俺はこの国が好きだから、この国にいる。この国のためになる仕事をしている。それだけのことだよ」
「ふぅん……」
わかる気がする。
多分私にとってのラムちゃんとお姉ちゃんが、彼にとってのルウィーなのだろう。
私も二人がいるのなら、どの国で暮らそうと幸せになれる。二人の為だから、女神候補生の仕事をこなす。
彼と私の、好きなものへの態度は同じなのだろう。
「ってなわけで、俺の理想の女神ってのはないな。好みのだって、女神じゃなくて普通の人間の女性でもいいわけだし。……というかそうじゃないと彼女にできないから、人間がいいな」
「あーはいはい。あなたの好みとかはどうでもいいから。てか長い。はい、今のを一言で纏めて言うなら?」
「女神は上司。以上」
「うん、よし」
一つ目はクリア。
二つ目も大丈夫そうだと思うけど……
「じゃあ二つ目。もし私が今ここで女神以上の力を出して、下手したら一人で完全復活した犯罪神を倒せるほどの力を有していたら、あなたはどうする?」
「え、そんなにお前さんすげーの?」
「例えばの話。残念ながら他の女神と協力して戦ったって、犯罪神は倒せないよ」
今は、ね。
その言葉は口の中で転がして飲み込んだ。
「そりゃそうだよな。で、答えだが……どうもこうもないな。その力を俺が所有しているわけでもないし、俺を苦しめたり痛めつけたりはしないんだろ? ならすげーとは思うけど、それだけだな」
「怖がらないの?」
「なんでだ? そりゃ俺にその力を振るうってんならおっそろしいな。おぉ怖い怖い。……だが違うだろ? なら怖くもなんともない。しかもお前さんは人間嫌いだから、当然人間である俺のことも嫌いだろうな。じゃあ味方になることもない。だから頼もしいとも思えないし、便利だとも思えない。敵にも味方にもならない、なってほしいとも思えないやつの力なんて、どれだけすごかろうと、どうだっていいんだよ、俺は」
「……へぇ。じゃあ最後の質問。……私のこと、好き?」
「そうでもないな。上司の家族。もしかしたらそのうち上司になるかもしれない。容姿は可愛いと思うが好みじゃないし、性格は今のところ好みのタイプじゃないっていうのが分かってる程度だな。だから好きじゃないし、だからって嫌いなわけでもない。以上。……回答はこれだけで満足か?」
「……うん。満足だよ。十分すぎるほどに」
二つ目、三つ目もクリア。
なら彼は候補として合格ラインにいる。どうせ他に合格できそうな人間なんていないだろうし、このまま採用でもいいかもしれない。
それに、彼は私のことに気付いた。その観察力、洞察力は評価に値する。
彼が私のことについて誰にも話していないことも、それを脅迫に使わなかったことも、自己完結せずに直接本人へ伝え、聞いたことも、全て好印象だ。
……うん。もしかしたら彼は、ミナちゃんの次に信用してもいい人間になるかもしれない。
まあミナちゃん以外に信用できる人間がいないってだけだけど。
「で、どうしてこんなこと聞くんだ? 何か企んでるのか?」
「企むって、人聞きの悪い……ただちょっと必要な情報だっただけだよ。ミナちゃんにだって私の行動は伝えてる」
「ふぅん。なら質問は終わりだろ? 俺帰っていいか?」
「いいけど、次のお仕事があるの?」
「いや、家でゲームしてぇなって」
「……え、お仕事は?」
確かまだ普通の職員は勤務時間内だ。諜報部だって普段いろんなとこで活動してるけど、そうじゃないときも休日でない限り教会待機。朝から夜まで居なきゃダメっていうのは、さっき訪ねたときに聞いた話だが……
「え、サボり」
「……あなた、サボり魔だったのか」
これはちょっと、採用するか悩ましくなってきたぞ……
「ああいや、これは上司とかには内緒だぞ? ただほら、何もないのに大して楽しくもない部屋に籠もるぐらいなら、少しぐらい外に居たっていいじゃないか。その片手間に家という場所でゲームをするだけで……」
「……バレないの?」
「いや、バレてるだろうなぁ」
「なんなら今だって休憩時間じゃないし」って言う彼に全く悪びれる様子はなく、かといってそれを自慢してる様子でもない。
……今彼を採用するのは、いささか早計だな。急いては事を仕損じるというし、もう少し彼の情報を集めてからにしよう。……できるなら彼の弱みでも握れれば完璧だがな。
「じゃ、俺帰るわ」とあっけらんと言い、背を向け歩きながら私に手を振ってる彼に、私も手を振ってその姿を見送る。
そして一息吐いて空を見上げ、すでに景色がオレンジへと染まろうとしているのに気づいた。
ああ、そろそろ夕飯の時間だ。帰らなくては。
すぐにそう思った私に気付いて、少しだけ笑った。
たとえ今の私が前の私を覚えていようと、今の生活が当たり前の日々になっている。
そのことが、喜ばしく思えた。
その小さな憩いの場から離れ、部屋に戻ろうと歩いていれば、後ろからラムちゃんが「あっ!! ロムちゃん、やっと見つけた!」と追いかけてきた。
どうやら探していたらしい。振り向けばラムちゃんは勢いのまま抱き着いてきて、「つめたっ!?」と驚き離れた。
そう言われて初めて、自分の体が冷えていたことに気づいた。それほど長く彼と会話をしていたのか。……だが苦ではなかった。むしろ楽しくもあった気がする。
ラムちゃんが「どこ行ってたのよ、こんなに冷えちゃって。手袋は?」と訊いてきたから「(面倒で)してなかった」と答えたら、「だめよ! お外はさむいんだからしてなさいってミナちゃんに言われたでしょ?」って言って、私の両手をラムちゃんのその小さな両手で包み込んで、摩った。それでもなかなか温かくならなくて、ラムちゃんは私の両手に温かい息を吹きかけ、摩る。それを何回か繰り返してようやく私の両手は元の体温へと戻った。
「これでよし!」と満足気なラムちゃんにお礼を言う。自然と出た笑みで。
ラムちゃんも「どういたしまして! でもロムちゃんが風邪をひいたりしたら大変なんだもの、とーぜんのことをしたまでよ!」って胸を張った。
その姿を見て、彼女の温かさを感じて、優しい気持ちを感じて。
私は彼女への、皆への言葉も態度も偽ってるって言った。
それは本当で、素の自分なんて出したこと、数えれる程度にしかない。
本当ならそんなの駄目なんだろう。ずっと家族に、友達に嘘を吐き続けてるのと同じなんだと思う。
それでも私はこのとき、“わたし”を演じ続けてもいいと思った。
だってたとえ偽っていたとしても、その言葉に込めた感情も、気持ちも、何一つ偽ってなどいないのだから。
彼女は偽る。自らの在り方を。
けれど気持ちだけは偽りたくないのだ。