朝目覚めたら、知らない天上だった。
そう見えて、けどすぐに思い出す。昨日から彼の家に泊まっていたことを。
起きて、すぐに気付く。既に家主の姿はなく、出したままの机にはメモが乗っていたのに。
読むと、どうやらすでに彼は行動を開始したようだ。夜中よりも朝。朝よりも曙。その時間のほうが動きやすいらしい。なるほど、夜の職員の睡眠欲がピークに達している時、昼の者がまだいない時、というわけか。
ご丁寧に朝食は用意してあった。電子レンジで温めるだけの簡単なスープだ。まあ朝ならこれくらいでいいよね。
普段食べているものよりも数段グレードの落ちた食事を摂り、朝の習慣を終え、すぐに着替える。普段の服もやめ、予備で持っていた服……これも可愛らしい子ども用だけど、それに着替え、その上に昨日買ったマントと帽子を被る。
……よし。これでもう少しロムという人物像から離れたかな。
彼はとりあえず昼まで帰ってこないらしい。その間に私は私で最終確認に移る。
私自身が、彼が見ても正体不明という判断を出したこの格好。さて、本当に周りの誰もがわからなくなるのか。
いざ、実験開始というわけだ。
と、扉を開けてすぐ、人に出くわした。
「あら……?」
「っ……」
どうやら同じ階の住人らしい。高齢に差し掛かった女性だ。
まずい。まさか急に実験対象に会うなんて……
女性は変わらず私を見ている。まさか、もうバレたのか……?
そう考えたが、どうやら違うらしい。「ここ、確か男の人が一人暮らしじゃなかったかしら……?」と呟いた。どうやら彼と顔見知りらしい。ここは定番の誤魔化しとして「親戚、です……昨日から、少しの間お世話になってます……」と大人しそうに答えた。消極的な子の方が演じやすいからだ。数年間演じてきたのだから、当然といえば当然。
女性はそれを信じ、挨拶してきた。名前を言われたが……興味ないのですぐに忘れた。ひとまずおねーさんで通そうとそう呼ぶと何故か照れられた。どうやらおねーさんと呼ばれるのは久しいらしい。上機嫌になったおねーさんにお菓子を一袋貰った。白くて甘いのがかかったせんべい。ルウィー国民にとってはメジャー級のお菓子。お礼を言って、おねーさんと少し会話をしながら下に降りて、別れた。これから勤め先に行くそう。ファミレスのパートなのだそう。昼間はほぼフルで入っているから、もし来てくれたらサービスしてあげると言われた。明らかな子ども扱いから察するに、サービスとはデザートでもくれるのだろうか。……ふむ、今度行ってもいいかもしれない。くれるというのだから、遠慮なく貰いに行こう。
ひとまず一人目はクリアだ。終始私を彼の親戚だと思っていた。この格好についての疑問は出なかったが、口にしなかっただけだろうか。後日参考までに聞いてみよう。
さあ、次の実験の舞台へ行こう。
次の舞台は、住宅街だ。ここでは歩くだけでいい。用事もなければお金もない。なら店に用もないし、そもそも少ない。通りすがりの犬連れの高齢男性に挨拶されれば返し、私を見てこそこそと話している井戸端会議を無視し、これから学校に行くのだろう子どもに変なのと言われても動じず、ただ歩く。次の舞台へ行くついでに。
ここでも私が誰なのかわかる人間はいなかった。
次は私にとってはお馴染み、商店街だ。このセットを買った衣装店は避け、歩く。いつもの肉屋、八百屋、木彫り屋などなど……こう落ち着いてみると結構な数の人間と接点を持っていたのだと改めて実感するな。その全てが私に反応していないが。していたとしても、奇妙なものを見る目だ。誰も私だとはわかっていない。
これなら成果としては十分だ。何せ、彼らは一目私達姉妹を見ればすぐにあれやこれや言ってくるのだから。それだけ彼らが私達の見た目をわかっているということなのだから、そんな彼らがわからないのであれば、接点など薄い、或いは全くない人間が私のことなんてわかるわけがない。彼らが商人だからこそ、尚更確信する。
よし、これならもう実験を終えて戻ろう。少しばかり疲れたし……
元来た道を辿る。散歩としては少し長かっただろうか。まあ元から散歩ではなかったのだから、別にいいだろう。だが昼までまだ時間がある。……そうだ、昨日彼から許可を貰ったゲームをやろう。ゲームならば数時間程度あっという間に過ぎる。時間つぶしにはもってこいだ。でもその前にロムとしてギルドでクエストを受け、少しはお金を稼いでおくべきか。今晩の食事のために。
進路をギルドへと変える。途中でどこかに隠れていつものに変えなければ。そういえば近くに公園があった。そこのトイレでいいだろう。
そう考えていたことと、帽子の重さから、俯きながら歩いていたからだろう。前方不注意で誰かとぶつかった。それも向こうが走っていたからか。衝撃で尻餅をついてしまった。
しかも帽子が取れるという失態まで起きた。
しまった。これでは正体がバレてしまう確率が高くなる。
髪色は外に出た時点で変えている。だが顔の形まで変えたわけじゃない。
知り合いじゃなければバレはしないはず。けどどうやら運命とやらは意地悪なようだ。
ぶつかった相手は、ネプギアだった。
「わっ、ご、ごめん……って、ロムちゃん?」
「…………」
目が合う。明るい紫色の瞳と、青色の瞳が互いを映す。
やはり髪色を変えた程度では、知り合いにはバレてしまうか。まあ仕方あるまい。バレてしまったのは残念だが、この失敗を糧に改善していこう。いっそ面でも──
「って、髪色が違うし、別の子だよね。ごめんね、ぶつかっちゃって。大丈夫?」
「……だいじょうぶです」
いけたわ。
内心驚く。まさか髪色だけで別人判定されるとは……
念のため声も少し低くし、中性に近づける。声も同じじゃ、誤魔化しだってできない。
でもあまり長く接触しているとそれだけバレる確率が高くなる。さっさと去ろう。そう思っていると後ろから「ネプギアー? なにやってるのー?」と声をかける人がいた。ユニの声だ。その呼びかけに「ごめんユニちゃん! ちょっと待っててね!」って言って、私に手を差し出した。私は反射的にその手を取ろうとして、動く前に止めた。
なるべくロムとは別の行動をした方が、より別人だという認識が深まるはずだ。ならばここは、手を取らない。
一人で立ち上がり、帽子も被り直して汚れを払い「では」と短くお辞儀をし、去る。ロムとは違う、素に近い行動になったように感じる。
心配だった身バレも、どうやら本当にバレなかったらしい。そのまま後ろでは二人が合流し、会話をしている。しかも私のことを「ロムちゃんに似てる子っているんだね~」程度で終わっている。……なるほど、世界中探せば自分達に似た人間もいないわけじゃない、と思ってるのか。その可能性はなくはないが……よっぽどないだろう。女神とはその国の人間共の理想から見た目や性格が形成される。つまり世界レベルで美女美少女揃いなのだから、似ているすればそれは世界レベルで美女になるわけだが……そんな人間、よっぽどの偶然がない限り生まれてこないだろう。
……別次元の自分と同じ存在が、人間だった。という場合を除く。
とにかくこれなら帽子さえ被っていれば隠せる。被っていなくても誤魔化せる。
十分だ。これからはロムとは別の姿でありたいときは、この格好でいよう。
ギルドで4つほどクエストを見繕ってもらい、すぐにこなし……けれどすぐには報告せず、一度家へ戻る。書かれた通り、昼に戻って来ていた彼から成果を聞くと、何事もなく偽造身分証が発行できたそうだ。顔写真はなく、文章による情報のみのカードには、偽の生年月日、女性という性別、この家に住所、そして偽名が書かれていた。
これならばギルドで冒険者カードを発行することが可能だそうだ。これで資金稼ぎは当面の間問題ないだろう。
その成果を聞いた後、次に私の報告もした。帽子を被っている間は誰もわからなかったこと。アクシデントでネプギアと会い、帽子が取れた姿を見られたが、別人だと認識されたと。
いくらバレないからといって、気を抜くなと注意された。こればかりは私の失態だ。素直に反省しよう。
そして当面の目標を決めた。
まずはこの偽造身分証で、冒険者カードを発行させる。そして地道に、けれど一気にクエストランクを上げ、一発の金額が大きいものを受けれるようにする。所詮ギルドに舞い込むようなクエストだ。金額が大きかろうが、難易度は私には楽勝なものが多い。本当に厳しそうなものは避ける。ついででできるようなクエストも受け、達成する。これでいいはずだ。
さて、今から行こうか。あ、保護者的な立ち位置であなたも来るよね。大丈夫、ひとまず
それに今日はクエストを受けられないだろうね。まず監督のいる前でスライヌを倒さなきゃならないみたいだし。まずその初級試練をこなさなきゃ。
「というわけで、さっさと行こう」
「わーったよ、
名前の由来なんて大したものじゃない。
ただ窓の外の小さな鳥が眩しくて、自由に羽ばたけるあの子達が羨ましかっただけだ。
小さくともその翼で大空を自由に舞える、小鳥達になりたかっただけなんだ。
彼女は憧れる。過去の自分に、自由で在れる存在に。
彼女にとって女神とは、呪縛と捉えられるものなのかもしれない。