ロムに憑依しちゃった話。(仮)   作:ほのりん

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しょっぱい。

 作戦開始は一時間後とやや短め。それは誘拐犯の居る場所が街からそう遠く離れた場所でないことと、既に軍は待機させてあることからの短さだった。そして早めに女神候補生を救出するために、と。

 会議が終わり、すぐに人間共は動く。会議室を出て行くもの。そのまま残り全体の動きを把握するもの。ミナちゃんは後者だ。

 そして作戦の要にもなってしまった私はというと前者で……

 

「……ねえ、一つ仕事頼まれてよ」

「ほう? 詳細は?」

「さっきの頭の固いの見張ってて。不審な動きがあればすぐに連絡」

「ああ、あいつのことか。お前さんも同じこと思ったんだな」

「そっちも?」

「分かりやすかったしな。ま、頼まれなくてもやるさ」

「そう」

 

 そのやり取りをしている場所は廊下で、けどすでに誰もいない。会議室には作戦を組んだ犯罪組織対策部長とミナちゃんがいるから、場所を移しただけ。このやり取りが終わればすぐに私は指定ポイントに移動しなければならない。

 だからさっさと行こうとしたけど……

 

「あー、ちょい待て。お前さんにちょっとしたものをやろう」

「……何?」

「ほらよ」

「……これは?」

「くくっ、それはな──」

 

 

 

 作戦開始まで残り三十分。既に私は廃置場から随分と離れた場所で待機している軍隊と合流していた。

 そこで残り十分になるまで待機。残り十分になれば私が一人で移動し、廃置場近くの森に隠れ、作戦開始時刻に廃置場への移動を開始する。それまでは軍隊の傍にいろとのこと。……正直ラムちゃん達を助けるためとはいえ人間に命令されるのは無性にイラついたけど、なんとか表に出さないよう堪えた。

 軍の人間達は諸々の確認に追われている。あと三十分。あまり余裕のない時間らしい。

 私はというと、さっき軍人の一人から受け取った紙コップに入った温かいお茶を飲んでた。寒いでしょうって渡されたから。寒くはなかったけどお茶は好きだから受け取った。美味しい。

 

「ロム様。こちら、用意出来ましたので」

「……うん。ありがとう」

「いえ、お礼を言われるようなことは……では私はこれで」

 

 軍人……確か隊長格の人間はそうお辞儀をして離れていった。

 今渡されたのはアタッシュケース。中身は入っている。犯罪者から要求された金額全て……ではないけど、一部は本物。中身の表面は本物で覆って、その下は重りを入れた箱で底上げ。とりあえず一瞬でもいいから勘違いさせて油断を誘うんだって。素人は目的のものを前にして気が緩むからって。対策部長(経験者)が言うから間違ってはないと思う。

 私としてはこの金がどうなろうが知ったことじゃない。どっちにしろラムちゃん達を救い出せればそれでいい。

 お茶を飲み干して、その場で黙って目を閉じて意識を自分の中に集中させる。

 深呼吸して、揺れてる線を平らにするように、精神を落ち着かせる。

 大丈夫、助け出せる。必ず。私ならできる。

 絶対に。

 心を落ち着けて、常に冷静にいろ。前の私が教わったことだ。

 

 深呼吸していると、ポケットの通信機器が震える。着信だ。

 そしてこんなときに掛けてくるやつは限られている。

 電話に出ると予想通り彼で、彼が見張っている奴に動きがあったと。

 まるで誰にも見つからぬようこそこそ隠れてどこかに電話していた。内容は途切れて正確には聞こえなかったが、繋げれば私が乗りこむから人質連れて逃げろと言っていたと。

 ……黒だな、うん。

 上層部に裏切りがいた。それ自体大変なことではあるが……それは後で決定的な証拠を掴んでから捕まえるとして。

 今はその連絡による犯罪者共の逃亡と、ラムちゃん達の安全の心配だ。

 話からしてラムちゃん達があの廃置場にいることは確実だろう。人質を連れて、と言ったのだから。

 今頃はまだ逃げる準備をしているかもしれない。その前に叩きのめす。

 だが軍はまだ動けそうにない。組織というのはすぐに動けないのが難点だな。

 まあ救い出すだけなら私だけでも行けそうだし。

 彼に周りへの説明を頼み通話を切る。そして他の隊員と打ち合わせをしていた隊長(仮)に声をかけ、「犯人が作戦に気づいたからみたいだから、今から行ってくる」と言った。

 当然止められるんだけど……このままじゃ逃げられるから、せめて足止めに、と言ったら渋々許可が下りた。……本当なら許可も何もなく行きたいんだけど、今回は自分から作戦に協力すると言い出してしまったしね。

 すぐに行こうとしたんだけど止められて、隊長(仮)から小型インカムを渡された。既に他の隊員が円形状に散らばって廃置場を遠くから囲んでいる。もし何かあればこれで連絡する、と。

 そう聞いてお礼を言って受け取り、耳に装着する。違和感はするし私の耳に合わない大きさだけど、とりあえず着けておくとして。

 すぐに廃置場へと人を向かわせるという隊長(仮)の言葉に「わかった」と返す。

 

 さあどう行こうか。いつも通り魔力で強化した足で走るのもいいが、もう少し魔法的な方がルウィーの女神候補生としていいかもしれない。

 何かちょうどいい魔法があったか。記憶を探ってみて、一つ思い出した。前の私があんまり使わなかった魔法。

 すぐにそれを発動する。周りにいくらでもある雪を集めて、圧縮して、形作って。

 そういえば少し前に見たアニメにこんなのがあったっけ。獣の耳を持つ住人達の世界に勇者として召喚された主人公がアスレチックで戦う話。それで出てきた移動手段のボード。

 うん。あのイメージが一番近い。じゃあそれに合わせよう。イメージが明確な方が魔法は正確に、精密に発動できる。

 そうしてできたボードは先が尖ってる三角の雪の板(スノーボード)。それに片足を乗せ魔力で固定し、片方の足で押し進める。一度動き出せば後は魔力を推進力に変えて滑り続ける。重心移動で左右に、流す魔力量を増やせばより速く。

 ……あ、これ、雪の中を走るよりも魔力消費が少なくて済むかも。しかも走るより速くできそう。よし、これからはこの方法で移動することにしよう。

 

 

 

 雪の上を滑って移動すること数分。目的の建物が見えてきた。長いこと誰にも管理されず野ざらしにされていたせいで劣化が激しくて雨風しのげそうになさそうな建物。

 そして錆びついてる大きな扉の前には同じ服を着た人間共が……五人か。

 それぞれの手に鉄パイプとか粗末な武器を持っているのを見るに、どうやらあちらは既に臨戦態勢のようで。

 

「ん……? げっ、もう来やがった!?」

「んだと!? くそっ……敵襲ー! 女神が攻めてきたぞー!」

 

 一人が大声で叫べば残りが私へ武器を向ける。

 全く怖くもない敵意と殺意を向けられて、まるでそれが子どもが睨んでいるようで滑稽で。

 鼻でだけど笑ってしまった。少し悔しいと思ってしまう。

 まあその悔しさの分を込めて……

 

「せー、のっ! えい!」

 

 両足を使ってスノーボードごとジャンプ。そのまま後ろへ回転するように体を傾けながら足を固定していた魔力を失くせば、スノーボードはその勢いのまま私を置いて敵めがけて一直線に飛んでいく。名付けてスノーボードシュート……って、そのままか。

 即席で考えた物にしては威力は十分で。そのままボウリングのピンのように敵を突き、連鎖。まずは三人。

 後ろ回転で着地して、杖を構えて。

 あぁ、反応くらいはさせてあげようかな。

 

「んなっ!? 嘘だろこれ!?」

「おいおい女神は人間を傷つけないんじゃないのか!?」

 

 いやそんなの誰が言ったの。

 ああいや、私以外の女神は極力そのつもりで動いてるだろうけど。

 ま、いいや。それがシャバでの最後の言葉ってことで。

 

「『アイシクル、シュート』」

「ぎゃあっ」

「ぐべっ」

 

 氷柱……さすがに女神としてまずいから先を丸くして打ち込む。

 よし、ヘッドショット。銃の扱いならユニの方が上だろうけど、魔法のコントロールは私の方が上だもんね。

 どさどさと倒れる人間共は後で軍の人間が回収するだろうから放置して。

 この錆び付いた扉はどうしたものか。ぶっ壊す? もう改築して再利用するより解体して新しいの作った方がいいくらいの劣化度だし、いいよね。

 よし。そうと決まったら大きな氷の塊を……

 

「えいっ」

 

 ドカッと大きな音がして扉が歪む。けど私が通るには足りなくて、何度かハンマーみたいに氷塊をぶつけて、ようやく通れるくらいになってから中に入ると、そこには既に犯罪者共がいて。

 ……あれ? なんでもう怯えてるの? 私、まだあなた達には何もしてないよ? 

 

「う、うえええい! 怯むな! 所詮ロリっ子一人だ! 数で押せー!」

 

 リーダーらしき人間がそう言って他の人間共の士気を上げようとする。それが効いたのかもはややけくそか。一人が武器を掲げればそれに連なるように他の人間も武器を上げ、構え、こちらに駆け出そうとしてくる。

 けど……

 

「なっ、足が……!」

「いつの間に凍って!?」

 

 既に先手は打ってある。足元を氷でくっつけて動かないようにって。

 まったく、怯えたり士気を上げたりする時間があるならかかってこればまだ抵抗できたろうに。

 じゃ、寝る時間だよ。

 

「『アイシクルシュート』」

 

「ぐへっ」「ぐはっ」「がはっ」「がふっ」「ぎゃっ」「べふっ」

「ひ、ひいいぃぃ!?」

 

 一個一個丁寧に頭を狙って打ち込む。……ああ、動かない方が良いよ。動いて狙いが逸れて下手なとこ打ったら、後で脳に障害が出るかもしれないし。目とか掠ったら嫌でしょ。

 というかあなた達は何か言ってからじゃなきゃ倒れられないの? ま、どうでもいいけど。

 さて、後はリーダーっぽい人間だけっと。

 

「ま、まて! 待ってくれ! 俺が悪かった! だから許して──」

 

 キィン……

 

「ひいぃ!」

 

 いや、杖を地面に付いただけで怯えられてもねぇ……

 ま、いいや。

 

「ねえ」

「ひっ」

 

 声かけただけなのに……話進むかな。

 

「教えて。ラムちゃん達はどこ」

「そっ、それは……」

「教えて」

 

 ガキンッ

 

「ひぃっ! ももももうこの場所にはいませんんん!!」

「……チッ」

 

 今度は強く杖で地面を突けば出てきた言葉に、つい舌打ちをしてしまう。

 いけないいけない、猫を被り直……す必要あるのかな。どうせこの後こいつらはムショ行きだし。

 

「じゃあどこに行ったの」

「さ、さすがにそこまで言うわけにはいかねえな」

「ふーん。そ」

 

 杖の先を人間の頭に当て弱めに光らせる。そこから少しずつ光を強めていって……そうそう、周りに小さな光が弾けるような演出もいいかもね。

 

「へ……へっ、そんなのに屈する俺様じゃあ「5……4……3……2……」わわわかった! 話す! 話すからやめてくれ!」

「……いや」

「なんでだ! 話すって言っただろ!?」

「……そっちが下なのに偉そうだから」

「くっ……」

「じゃあもう一回……」

「……わ、わかった……わかりました。話させていただきますのでやめてください」

「……そう。最初からそうすればいいんだよ」

 

 杖を元の位置に戻す。人間はそれを確認してから渋々と言った。

 ラムちゃん達は既にこの人間共の仲間がここから連れ出したこと。どっちへ行ったかはわからないこと。とりあえず遠くまで逃げればいいと指示したこと。

 つまりはまあ一足遅かったらしい。

 

「それ、合流はどうする気だったの」

「そ、それは……」

「……3、2、1……」

「くっ……後で雇い主が回収するって予定です!」

「……ふーん」

 

 それってもしかして……

 

『ロム様! ロム様! 応答願います!』

 

 やはり、と思考を巡らせていると、突然インカムから声が。

 切羽詰まった声だ。何かがあったらしい。

 それが私にとってはどうでもいいことだったらこのままこの人間から情報を引き出そうと思ったんだけど、残念ながら、だけど幸運なことにラムちゃん達を連れ出した人間が、軍の包囲網を突破したらしい。

 それってつまり捕らえることはできなかったけど逃げて行った方角はわかるってことで。

 その報告を聞き終え、指示待ちだった相手には私が行くからここでくたばってる人間共の回収を指示。

 その通信を終えてから、そういえば、と魔力弾で赤い花火を打ち上げる。これで周囲を囲う軍の人間共はすぐに来るはずだ。

 ああ、そうだ。あとで拷問でもして情報を吐き出させることになるだろうし、多少の情けはかけとこうかな。

 

「あと少ししたら軍が来てあなた達を回収しにくるから、覚悟しておいたら」

「なっ……」

「じゃ」

 

 そう言ってさっき空けた天井の穴から出ようとした私を「待ってくれ! ……ください」と呼び止めた。

 本当はまだ可能性の高いうちにさっさと行きたかったけど、まあ少し話を聞くだけの余裕ならあるかもしれないと考え、立ち止まって話を聞いてみると、人間は取引を持ち掛けてきた。

 

「俺が知ってる情報全部やる。その代わり俺を匿ってくれ。……ませんか」

「……情報、ね」

 

 普段なら興味のない誘いだし、即答でぶっ飛ばすんだけど……まあ後の手間を考えれば、人間一人くらいいいだろう。

 問題が起きれば私が始末すればいいだけの話だし。

 

「いいよ。あなたがその約束を守ってくれるなら、私はあなたを匿って、後で逃がしてあげる」

「本当か!?」

「今回だけなのと、約束を絶対に守るって契約できるなら」

「けいやく……? よくわからんが、もちろんだ!」

 

 女神としてはこんなの正義に反するからダメなんだろうけど、見てるのは私達しかいないしいいだろう。

 そう思いながら魔法術式を展開。内容は契約魔法。簡単に言ってしまえば約束を絶対に守らせる魔法。あくまでどちらもが対価を支払う場合のみできる魔法だけど、今回は条件が達成できてるってことで。

 私からはこの人間を逃すこと。この人間からは……そうだな、こちらからの質問には全て嘘偽りなく話すことでいいか。

 あとは互いの印のみ。人間に、指で空中に自分の名前を書けば約束は確約されると言うと、すぐに言う通りにする。

 指でなぞると宙に光の粒子がその軌道を残し、お互いの名前が浮かぶ。

 やがて光の粒子は混ざり合い、消えた。

 

「これで契約成立」

「……い、今更だけどよ、それってなんかマズイ何かだったりするか?」

「ううん。少なくともあなたが約束を守ってくれさえすれば、なんの効果もないものだよ」

「そうか……?」

 

 さて、あとは軍に捕まらないよう匿う方法だけど……

 時間無いし、異空間に放っておけばいっか。

 

「んじゃ」

「は? ちょ──」

 

 氷を砕き、足元に異空間への口を開く。そして人間は文字通りあっという間に重力に従って落ちていった。

 まあこれでいつでも取り出せるし、いいでしょ。

 

「さてと……あっちだっけ」

 

 天井の穴から飛び出て方角を確認する。

 少し時間が経ってしまった。急いで行かなければ。

 再びスノーボードを作り、それに乗る。

 さて、なるべく全速を出していきますかね。

 

 

 

 軍の人間からの報告では、ラムちゃん達はソリに縛り付けられ、逃走犯がスノーモービルで引っ張っていったらしい。

 つまりは人の足じゃ追いつけない。そしてそっち方向にいた軍の人間は車を持っていても速度が出せないタイプの軍事車両だった。

 

 というわけで今地上からその後を追いかけているのは私だけ。誰も追いかけていないおかげで走行跡がくっきりと残っている。その跡を、向こうよりも速く追っていけば追いつくはずだ。

 一応空からヘリも飛んでくるらしい。軍の人間がそう言っていた。

 まあその前に私が終わらせるだろうけど。

 

「……いた」

 

 見えてきた。白い煙を巻き上げながら走る何か。こんなときにこんな雪原を高速で走る何かなんて、そんなの決まってる。

 更に速度を上げる。あと少しだ。ここで出し惜しみする気はない。

 

 近くなって、細部が見えてきた。確かにスノーモービルにソリが繋がっている。しかもそこには気絶したラムちゃん達が縄で括りつけられていた。

 

 …………ころす。

 

「ねえ、ちょっといい?」

「あ? 今手が離せねえんだ後にしろ!」

「ああそう。確かに離したらコケそうだね。けどアクセルからは指を離した方がいいよ。ブレーキをかけたらなお良し」

「はあ? 何言ってんだそんなことしたら追っ手に追いつかれちまう……ってんなっ!?」

「やあ。ようやくお気づき?」

 

 驚く顔に笑顔でそう訊く。

 けど人間は動揺して、すぐにアクセルを全開まで握りしめた。

 ほうほう、まだ速度を出せるか。けどそれはこっちも同じだけど。

 

「持久走でもする? いいよ、どっちが先にガス欠を起こすんだろうね」

「く、くそっ」

 

 こちらも速度を上げ、並列走行する。すると今度は人間は体をこちらへ傾けた。

 それをぶつかる前にジャンプして、反対側へと着地する。

 

「危ないなぁ。ぶつかったらそっちが怪我するのに」

「このっ!」

「よっと」

 

 再びジャンプし躱す。三度目も、四度目も。

 いい加減躱すのも面倒になって、急激に速度を上げて人間の前に出る。それから速度を合わせて、後ろへ体を向けた。

 

「さて、そろそろ止まってくれないと、私はあなたを攻撃しなくちゃならないんだけど」

「くそが!」

 

 そう言って人間は片手をハンドルから離し、懐から拳銃を取り出して躊躇なく撃ってきた。

 それを避けることはせず、防御結界で防ぐ。拳銃程度で傷つくほど軟な結界じゃない。

 そのことを目の前で見ているはずなのに、人間は何発も撃ってくる。弾の無駄遣いだ。

 というかこの人間、私が防御結界を張らなかったらどうしていたんだか。女神候補生を傷つけるって結構な重罪だったはずだけど。懲役年数が人一生分より多くなるくらいだっけか。

 ま、どっちにしても誘拐犯。それも三人も。しかも全員女神候補生。

 これだけの要素があれば残りの人生の半分をムショ暮らしになること間違いないだろうね。

 ……ああ、だからさっきの人間は私に取引を持ち掛けたのか。

 

 そう考えている間に拳銃からは何も発射されず、引き金を引いてもうんともすんとも言わなくなってた。弾切れだ。

 

「まだ抵抗する?」

「チィッ」

 

 人間はブレーキに指をかけ一瞬減速。と同時に体を傾け曲がった。

 そのせいで後ろのソリが引っ張られてひっくり返りかけてたけど、何とか元に戻ってた。

 後ろの人質はお構いなし、か。それとも配慮してる余裕がないのか。

 ま、それならそれで、こちらもそろそろ手段を選ばずにいこうか。

 

「『ウィンドブラスト』」

 

 少し開いた距離を縮めるなど造作もなく、発射した魔法は人間を、スノーモービルを追い越し、爆発した。

 その爆風に巻き込まれ、人間は機械と共に宙を舞う。それは繋がれたソリも同じだが、そっちは鎖を魔力刃で切り、ソリごとキャッチ。少女三人分なんて重くない重くない。……魔法で身体強化していれば、ね。

 

「……よかった」

 

 ソリを雪の上に置いて、ラムちゃんの様子を見る。意識は失ったままだし、見える範囲で少し擦り傷が見えるけど、生きてる。それならまあ、うん。傷つけた人間共を拷問にかけるだけで見逃そうかな。

 さて、縄を切らないと。いつまでも縛り付けられてるのは嫌だもんね。

 

「……ぅ……あ、れ……ここは……?」

「……気がついた? ネプギアちゃん」

「え……? ロムちゃん……?」

 

 ラムちゃんの体を傷つけないよう携帯ナイフで縄を切っていると、最初に目を覚ましたのはネプギア。見たところ三人のなかじゃ一番傷ついているように見えるけど、そうでもないのか。それとも単にたまたまか。

 

「待っててね。これが終わったら切るから」

「……あ、そうだ、私達……」

 

 どうやらただの気絶じゃないらしい。記憶が混濁していたようだ。

 まあその内容は後で聞くとして、今は三人を保護することが最優先。

 

 ……むう……このナイフ、切れ味悪い……

 

 切れ味の悪いナイフとがっちり縛られた縄に悪戦苦闘していると、ユニも目を覚ました。まだ意識がぼんやりしているみたいだけど、無事みたいだ。

 にしてもこのナイフは……借りたのは私だけど、持ち主である彼には後でちゃんと研ぐよう言わないとな。

 いっそ魔力刃で切るか……いやあれはまだ大雑把にしか出せないから、コントロールがうまくいかないし、それでラムちゃんを傷つけたくないし……

 

「ロムちゃん後ろ!」

「え?」

 

 急に叫んだネプギアの言葉に、後ろを見る。

 さっき機械ごと宙を舞ってた人間がナイフを右手に握り、私に向かって突進してきていた。機械に潰されなかったらしい。悪運の強いやつ。

 だが丁度いいものをお持ちで。

 

「死ねええええ!!」

「嫌」

 

 振り下ろしてきた右手首を左手で強く握り、力が抜ければ右手でナイフを奪い、蹴る。……現代の人間相手に肉弾戦なんてやったことないから力加減がわからないけど、痛みでうずくまったしこれぐらいでいいんだよね。

 さて、新しいナイフが手に入ったことだし、これなら切れるかな。お、よく切れる。見た所新品っぽいし、最近支給されたのかな。

 手と足の縄も切って……これで縄はもうないかな。じゃあ次は言った通りネプギアのを……

 

「こんの、クソガキィ!」

 

 その怒鳴り声に再び後ろを向けば、怒り心頭といった具合に顔を歪め拳を握りしめ殴り掛かってくる人間がいた。

 

 ああ、力加減間違えたか。もっと強くしてもよかったんだな。でもあんまり強くすると骨折っちゃいそうだしな。さすがにネプギア達の目の前で人間を傷つけるのはアウトだしな……

 そうだ、こういう時こそ彼から借りたアレで……

 

 彼から借りた物の存在を思い出し、左手をコートのポケットに突っ込む。

 ナイフを持った右手で拳をいなしつつ、取り出した“物”の口を人間の額にくっつけた。

 

「……へ?」

「さっき、殺すって思ったのに実行してなかったなって」

 

 引き金に指をかけ、囁くように言った声は人間の耳に届いたか。

 ようやくそれが何で、言葉の意味を理解した人間の顔は真っ青になって。

 目を見ずともこの人間が今どんな感情を持っているかはっきりとわかるから。

 後ろで私を止めようとする二人の声を無視し、私はあっさりと引き金を引いた。

 瞬間、パァンッと一発の銃声が辺りに響き渡り、少しして額から赤い液体を垂らした人間が後ろへと倒れた。

 

 私の手には、一丁の黒塗りの拳銃が握られていた。

 

「なん、で……?」

「アン、タ……なんてことを……!」

 

 人間が意識を失ったことを確認してから振り向けば、最初にかけられた言葉はそれだった。

 予想はしていたこと。目の前で友達が人を殺せばそんな反応をするだろうな。

 それはともかくさっさと二人の縄も切っちゃって……

 

「ロム、ちゃん……?」

 

 そう呼んだのはラムちゃん。今ので目が覚めたらしい。

 その目は大きく見開かれ、私の手と人間の顔を交互に見ていた。

 ……ああ、これを持っていればそりゃ誰がやったのかは一目瞭然だよね。

 

「なんで……ロムちゃんが……?」

 

 その言葉は誰かに問いかけているようで、独り言のようで。

 私がここにいることに対してのようで、私が人間にやったことに対してのようで。

 二人と同じなら記憶が混濁しているかもしれないし、そんななかで起きたらこんな光景が広がっていたなんて、情報量が多すぎて混乱しちゃうよね。

 ここはゆっくりと落ち着かせた方が良いのかな。

 いや、先に二人の縄を切ってからの方がいいか。私がその混乱の理由なんだし。

 

 再びナイフで縄を切り始める。二回目、三回目と回数を重ねたからか切る速度が少しずつ上がった。ちょっとしたレベルアップ、なんて。……あんまり使いどころのない能力上昇だな……

 ユニの縄に刃を当てていると、遠くからヘリの音が聞こえた。ようやくのご到着のようだ。

 近付いてくるヘリの風圧を浴びながら縄を切り、ようやく三人の縄を切り終わったときにはヘリは雪の上に降り、扉が開けられそこから人間が一人降りて、こちらへ駆け寄ってくる。

 その髪は水色で特徴的な四角の赤い帽子に同じ色の服で……って、ミナちゃんだ。その後ろからは彼もいる。

 

「ラム! ロム! それにお二人も、ご無事ですか!?」

 

 ミナちゃんの問いかけにネプギアとユニはそれぞれ「大丈夫」と答えていた。私は声ではなく首を縦に振ることで返事した。

 けど唯一ラムちゃんだけは返事をせず、俯いたまま黙っていた。

 それがショックが大きいからなのか、他の要因からか。

 俯いた顔からは表情を見ることも、目を見ることもできなくて、ラムちゃんが今どんな感情を持っているのかわからなくて。

 心配になって、私はラムちゃんに声をかけ、体に触れ、

 

「いや!」

 

 ──払い退けられた。

 それだけでも私には大きな衝撃だったのに、次の言葉は私の意識を遥か彼方に飛ばすほどの威力があって。

 

「ロムちゃんなんて……だいっきらい!!」

「……ぇ」

 

 そのままラムちゃんは誰かに飛びついた。驚いた声から、きっとミナちゃんに飛びついたんだと思う。

 そんなことをわざわざ見て確認するような余裕を、私は失くしていて。

 ただラムちゃんがいた場所を見続けていた。そこにはもう誰もいないのに。ラムちゃんから言われた言葉を受け止められなくて。

 どう受け止めればいいのかもわからなくなって──

 

 

 

「──か? おい、大丈夫かって」

「……ぁ」

 

 どうやらあまりの衝撃に僅かにでも気を失っていたらしい。揺さぶられる衝撃で気付き視線を上げると、目の前には私の両肩を掴む彼がいた。

 すごく心配している。何故? 彼は私が教会を出る時も、通話をしていた時も心配なんてしていなかったし、する必要もないとわかっているはずなのに。

 ……ああ、これは今の私に対しての心配か。

 

「だいじょうぶ。しんぱいない」

「いやどう見たって大丈夫そうじゃない。顔色だって悪いじゃないか。すぐ教会に戻って医者に──」

「だいじょうぶだから。しんぱいない」

 

 どう言っても聞かなそうな彼の手を退け、立ち上がる。

 ああ、座り込んでいたのか。それさえ気付いていなかったのか。

 それらに驚きながら私は一歩一歩、重い足を動かす。

 

「おい、どこ行くんだ」

「……クエスト」

「はあ?」

「朝、受けてきちゃったから」

「いやお前さんそんな状態で……」

「やるって言ったから、やらなきゃ」

 

 内容をよく思い出せないけど、場所はわかってる。ならそこにいるの全部倒せば終わるよね。

 

「お前さんな……今にも倒れそうな顔で言われたって行かせるわけないだろ」

「じゃあお菓子頂戴」

「やったら俺の言う通りにしてくれるか?」

「ううん。でも倒れそうな顔にはならないよ」

「そっちを改善されてもな……」

 

 「明日とか、明後日とか、日付をずらせないのか?」、「代わりに誰かにってのは無理なのか?」

 その二つの問いに「今日やる」「私がやる」と言い張り譲らない。

 それに……

 

「今は帰りたくない」

「それは……」

 

 彼は一瞬私の後ろへと目を向けた。私も後ろを見る。ヘリの傍にミナちゃんがいて、こちらを心配な顔で見ていた。扉からはユニの姿が見える。私を睨んでるけど。

 ……あの子の姿は見えなかった。けどヘリの中だろう。

 

「……前回とはまた別の理由だな」

 

 頷くと、彼は仕方ねえなと言わんばかりに大きなため息を吐いて、ビニール袋を渡してきた。

 お店のロゴが描いてあって、中には色とりどりのお菓子。しかもどれも私が好きなのだ。

 

「これは……用意周到?」

「ああ。もしかしたら腹を空かしてるかもと思ってな」

 

 わざわざ用意してくれたらしい。相変わらず気が利くやつだ。

 

「ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 「だがそれを受け取るからには今日中に帰って来いよ」と言う彼に、まあいいか、と思って頷く。少し頭を冷やせば気持ちを殺すことができるだろう。

 昔は日常的にできたんだから、今だってできる。

 彼から借りた拳銃を返し、インカムは隊長に返すよう指示。それからスノーボードを作り、乗る。別れの挨拶なんて私達の間じゃ簡素なもので良くて。

 

「じゃ」

「おう」

 

 残り少ない魔力でボードを進める。

 目的のダンジョンまでにお菓子を食べておこう。行儀が悪いけど、誰も見てないんだからどうでもいいよね。

 

 ……いつもだったら甘くておいしいのに。

 なんで今日のはしょっぱいのかな。




彼女は走る。そこに理由を付けて。
それもまたいつもの“逃げ”だという事から、彼女は無意識に目を逸らした。
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