──読めなかった。
あいつを、その目を見て、何も読めなかった。
俺の
何も読めない以上、俺にはあいつが今何を望んでいるかなんて分からない。何を思っているかも分からない。
だから言われるがままにあいつを送り出してしまった。せめて、と非常用、或いは労いと褒美として買ってきていたコンビニの菓子を渡したが、あれで足りるだろうか。
これであいつの身にもしものことがあれば、俺は教祖様達にも未来の俺にも責められそうだ。
だがとりあえずは今を乗り切ることに力を注ぐとしよう。
そう、まずは教祖様にこのことをどう報告するべきか……
「……どうせなら自分で説明していけよな」
ただでさえ小さい背がさらに小さくなっていくのを見て、俺は嘆息を吐いた。
俺の家には代々、ある特殊能力を持った子が生まれてくる。
二つの条件を満たした子に宿る能力。
通称『目を読む能力』。相手の目を見ることでその者の感情を読むことができる、その辺の人間が欲しがりそうな能力。
その条件の内容や、その能力を持ったせいで荒んでしまった幼少時代の話は今は置いておいて。
俺にはその『目を読む能力』を宿した
俺がそんな能力を持っていたからこそ、女神候補生でありながら偽りを纏うあいつに興味が惹かれた。元々配属されていた警備隊から諜報部に自ら希望して入れるよう努力するくらいには。
おかげで教会にいる時間が長くなり、その分あいつを観察できるようになった。仕事に関しては与えられたものしかやらず、そもそもあまり仕事を受けないようにいたから、評価は下がったが。
あいつはなかなか感情を隠すのが上手かった。犯罪組織が活動を始める前は、人間を嫌っていることをこの俺が見抜けないほどに。
そしてあいつの家族……ラム様とブラン様にはすごく懐いていることは目をよく見ずとも、この能力が無くとも分かるほど強く、態度にも表れていた。
ブラン様を見かけなくなってから少しして、俺はあいつと
あの『秘密の園』で出会ったのは運命の悪戯か誰かの差し金か。とっくの昔に死んだジジイとばあちゃんのお節介かもしれん。そう思うほど、あいつとの初対面があの場所になったことに驚き、同時に納得した。ある日から急に椅子と机が小綺麗になっていたのはあいつが綺麗にしたからだったと。
せっかくだから俺がいろいろ見抜いてることを言ったら、あいつは警戒した後、すぐに素を出した。その喋り方はいつもの偽りのあいつとは全然違う冷たい印象だったが、実にしっくりきた。まさに“素”なのだと分かるほどに。
それからあいつが出した質問に俺の本心で答えてやれば、あいつは何かを決めたように頷いて。
そんで次の日に俺はあいつ直々に直属の部下になれと命令された。直接言葉にしてないがそういうことだ。体のいい駒ともいう。
興味を惹かれていた観察対象が自ら傍にいろと言うのだ。これほど観察するのに絶好の機会はない。
とりあえず楽しそうでもあったからその場で即答した。次の日には出発するとか言われて早速後悔したが。
使い勝手のいい
あいつを観察していると分かったことがある。
あいつは素直だ。自分にも周りにも。言うこともやることも。
『人間』である俺に素を見せたのはいざとなれば
普通そんなこと言われれば、そんなやつの傍にいたいとは思わないだろう。だが俺は違った。そんな素直なとこが、散々人間の表と裏の差を見せられてきた俺には高ポイントだった。感情が読める分だけ、本心を隠さず言う人の貴重さをよく分かっていたからだ。
ちなみにあいつが俺の料理を食べるとき必ず簡素な感想を言うのは、俺が最初のうちは訊いていたからだ。何度か訊くと、俺が訊かずとも答えてくれるようになった。いちいち問われるのが面倒だったともとれるが、俺はあえて好感度が上がったからだと捉えることにした。実際料理ができたおかげであいつに少しは必要とされるようになったのは事実だ。このときほど俺に料理を仕込んだ母親に感謝したことはない。
相性はよかったんだろう。俺達は時折僅かに擦れながらも、それが衝突となることはなく、今日までやってこれた。俺はあいつに興味という名の好意を持っていたし、あいつは俺に便利という名の好意を持っていたから。
そういえば前に俺は一度だけあいつの
それを見たから、というわけでもないが、俺はそのときからよりあいつを観察するようになった。それは以前の自分の好奇心を満たすためではなく、あいつを今よりも知り、これからも傍にいるためだ。
元から観察していたのと俺の
だがそれがあくまであいつが俺を信用していて、感情を隠していないからこそ成り立つものであったことを、俺は今回の件でよく分からされた。
結果として言えば逃走犯は死んでなかった。脈を測ればすぐに分かることで、けれど状況が一度俺達を勘違いさせていただけだった。
あいつが人を殺してはいない。そのことに安堵の声が上がることはなかった。結果として今はまだ死んでなかっただけで、あいつは殺意を持って引き金を引き、弾を撃ったのだから。
額に至近距離で撃たれたにも関わらず未だ生きていること。それ自体奇跡とも呼べる出来事であるが、数分後には死んでいるかもしれない。詳しいことは病院で調べなければ分からない、と共に来ていた救助隊は言っている。
そしてこいつの生死があいつのこれからに関わってくるのは間違いないだろう。罪人として牢に入れられるか、生涯監視下で生きることを強制されるか。少なくともあいつに気に入られている俺が監視役に充てられることはないだろう。一生の別れがさっきの場でないことを祈るが……
「……どうかなされましたか?」
誰もが言葉を出さなかったなか、そう俺に声をかけてきたのは教祖様だった。その隣には毛布に包まり疲れからか眠っているラム様がいる。後ろの席には同じように毛布に包まるネプギア様とユニ様がいた。
教祖様は俺を気遣っているらしい。そんな
だから俺は素直に思っていることを話した。
「いえ、ただ……あの方が本当にこんなことをしたのかと信じられず……」
「それは……正直わたしもこの目を信じられません。ですがラムやお二人を信じたくもあって……」
あいつのこともラム様達のことも信じたいからこそ、どちらも信じたくないとなっているわけか。
……やはり信じられんな。あいつが人殺しをしようとした……ということよりもラム様達の目がある場で殺ったことが。人殺しに関しては逃走犯の自業自得というか触れたら最後の逆鱗に触れたんだろうとしか思わない。
あいつは自分の心に素直だ。だからこそ殺そうと思えば殺すだろう。邪魔だと思うだけでもぽいぽい殺しそうだ。
だがあいつは馬鹿正直じゃない。必要ならば己の姿を偽るし、嫌いな人間ともあからさまな態度はとらずに接する。
そしてあいつの中にも優先順位ってのがあって、『殺したいから殺す』よりも上位に『家族に嫌われないようにする』があったはずだ。今まであいつがずっと力を隠していたの……はあいつが面倒事を背負いたくないからだとしても、あいつがずっと家族相手にも自分を偽り続けたのは嫌われないようにするためだ。人嫌いを態度に出さなかったのもその理由のはず。それがなければ今頃あいつは大量殺人鬼として全国に指名手配されていたんじゃないか。
それだけあいつにとって家族に嫌われるというのは避けたいことだったはずだ。あくまで今までの観察結果からの推測ではあるが、間違いないだろう。あいつが目の奥に秘めていた感情も、その推測を確証へと近付けている。
なのにそのあいつが家族の目の届く場所で、家族に確実に嫌われるようなことをする。
……信じられない、というよりも納得がいかない。いっそあいつが「嫌われるなんて思わなかった」と言った方が腑に落ちる。
……いや待てよ? その可能性はありえるかもしれない。『人間』に関して全体的にズレた視点を持つあいつだ。「まさか犯罪者を殺して家族や友達に嫌われるとは思わなかった」と言ってもおかしくはない。
いやしかしさすがのあいつもそこまでズレた視点は持ってないよな? もし持ってたんだとしたら、あいつの本性を知っておきながら言わなかった俺の責任かもな……
「……もし、もしもが起きたときは……そのときはどうするおつもりですか?」
「っ…………」
「……申し訳ありません。無粋なことを申してしまいました」
「いえ……ですがもしものときは、教祖として……」
後の言葉は続かなかった。だがその後に続く言葉は言わずとも分かっていた。
それがこの場の誰もが望んでいないことも。
無意識にポケットへと手を突っ込んだ。落ち着かないとき、手が何かを触りたくなる。
今回はあいつに貸していた、あいつの温もりが残っているような気がした黒塗りの拳銃で。俺はそれに触れた。
暴発することはない。セーフティーはかかってある。それにどうせ暴発したところでポケットが真っ赤に染まるだけ……って、
「すまない! ちょっとそいつの顔をよく見せてくれ!」
「なっ、なんだ君は! 仕事の邪魔「うるせえ! ただ確認したいことがあるだけだ!」」
位置的に邪魔な隊長を押しのけ、逃走犯の額の傷口を見る。
くそっ、暗くてよく見えん……
「急にどうされたので──」
「すみません教祖様! 説明は後にしてください! おい誰かライトか何か持ってないのか!?」」
「こ、これでいいか――」
「貸せ!」
「ちょっ、乱暴な……」
奪い取った懐中電灯で傷口を照らし、右手で傷口へと触れる。これで俺の見当違いだったらなかなか頭のおかしいやつだよな。
当然隊長は患者の傷に触れるなんて道徳的にもアウトなことをした俺に怒鳴り突き飛ばしたが……俺はそれよりも大事で、何より重要なことが確認できた。
指には穴に触れた感触も、赤い液体が付いていることもなかった。
「……やっぱりだ……!」
この騒ぎで寄ってきた女神候補生のお二人の声に返事はしなかった。それよりも先に俺には口にしなきゃならない言葉があったから。
それを伝えるために俺は一目散にこの騒ぎで目を覚ましたあいつの妹の傍に跪き言った。
「ご安心くださいラム様。あいつは……ロム様は誰ひとり傷つけてなどおりません!」
そもそも俺の考えは前提から間違っていたのだ。
あいつが人を傷つけた。それ自体が間違っていれば、そりゃどうしても納得のいかないものとなってしまう。
あいつは人を傷つけていない。だからこそ家族に嫌われるとは思っていない。この程度を「傷つける」と思っていないからこそ、その行動に出た。そして思ってなかったからこそ、ラム様の大嫌い発言にあれほどまでにショックを受けていた。
つまりあっさり言うのなら「勘違いだった」というわけだ。
「では何故あなたはそのことに気付けたのですか?」
下げた頭を上げてから俺の考えていたこと、その結論を伝えると教祖様はそう訊いてきた。
だから俺はポケットに入れっぱなしだった一丁の黒塗りの拳銃を取り出し、誰もが見えるよう机の上に置いた。
それを見て驚いたのはこの重要会議室にいる四人のうちの残り二人、ネプギア様とユニ様。あいつがこれを使ったことを見ていたのだから、それがここにあることに驚いたのだ。
だがそもそもこれは俺ので、あいつには貸していたのだと伝えると、「どうしてこんなものを与えたの。これがなければあの子はこれを使うことはなかったのに」と責められる。が、そもそもそれが勘違いなのだ。
「これに殺傷力はありません。見かけこそ本物を使っていますが、中身は俺が改造した全くの別物です」
俺の言葉に、頭に疑問を浮かべた三人へこれが何なのかを一言で言った。
「これは所謂ジョークグッズです」、と。
世の中にはたくさんあるだろう。座るとオナラの音が出るクッション。ガムと取ると指を挟まれる玩具。吸うと声が変化するガス。押すと静電気が流れるビリビリペンetc……
そのなかでも刺すと刃が引っ込むナイフや矢が刺さったように見せかけるカチューシャなど、武器を模した玩具のひとつが、俺が面白半分に作り、あいつへ渡し、今回使われてしまったこの拳銃というわけだ。
「当然玩具ですので威力は本物よりも遥かに劣っています。音に関しては改良を重ね、わざと本物らしくなるように作りました。中に込めてある弾は本物ではなく私特製のインク玉となっております」
だから逃走犯の額の赤い液体は比喩でも何でもなく、本当にただの赤い色の液体(油性インク)。気絶していたのは撃たれたと脳が勘違いして意識を飛ばしてしまっただけ。
そう言うと、教祖様とネプギア様は少しだけ安心したようだった。
だが一人だけ、ユニ様だけは苛立ちを俺に向けた。
「じゃあ全部アンタが仕組んだことってこと?」
「いえそれは断じてありません」
あくまでこれをあいつに渡したのは、今回のように相手を傷つけず気絶させるため。もしくはあまり推奨されないが脅しとして使えるようにするため。当然そのことやこれの中身は全てあいつに伝えてある。だからこそあいつは何の躊躇もなく弾いたのだ。
そう言い、俺は最初にしたときと同様、深く頭を下げた。
「だとしてもこの事態は私が招いたも同じ。どのような処罰も甘んじて受ける所存でございます」
もし仮に俺がこれを渡していなければ。あいつがこれを使うことはなかった。だがもしこれを渡していなければ、あいつは本当に殺していたのかもしれない。その手段をあいつは持ってた。
俺なりの予防線。殺し以外での発散方法。そういう意味だって込めてた。
だが結果としてあいつは大切な妹に「大嫌い」だと言われた。ラム様にそう言わせてしまった。ネプギア様とユニ様には友達が人を殺したと思わせてしまったし、教祖様には個人の気持ちと教祖としての判断の間で葛藤させてしまった。
あいつに何かを持たせようと判断したのは後悔していないが、これを渡したのは後悔している。……せめて激辛スプレーを持たせるべきだったか……
そう後悔している俺に、教祖様は「いえ、今回のことは状況だけで判断してしまったこちらのミス。あなたもロムも、自分たちなりに考え努力した結果です。罰を与えるどころかこちらが謝りたいほどですよ」と言った。
その言葉にネプギア様も頷き、同時にあいつに悪いことをしてしまったと後悔している。ユニ様はこちらも勘違いさせるようなことが悪い。だが勘違いしてしまって悪かったと言っている。
……どうやらこのお三方に関しては問題ないようだ。
となればあと一人。……教会に帰るなり部屋へ籠ってしまったラム様か……
ヘリでの俺の発言に、ラム様は「……あたりまえよ。ロムちゃんが人を傷つけるわけないじゃない」と言った。その言葉は本心から出た発言なのは目を見れば分かる。この場において唯一素を知っている俺を例外として除けば、ただ一人あいつをどこまでも信じている者の発言だった。
じゃあ何故あんなことを言ったのか。ラム様はその後一切何も語らず部屋に籠ってしまったから分からなかったが、教祖様が言うにはラム様はあんなことを言ったのは、そう言わせてしまった原因があいつにあるからだろうと。
詳しいことは教えてくれなかった。教祖様が憶測で物事を言うわけにはいかないからだろう。
だが教祖様とネプギア様とユニ様、このお三方から聞けたラム様のそれまでの言動から憶測することはできる。
しかも前提となる認識は正しいのだから、たった二つの要素でラム様の心情を一欠けらでも憶測できるだろう。
前提となる認識は「ラムはロムのことが大好き」。
そこに教祖様の「ロムがいなくなってからラムの元気は目に見えるほどなくなった」という証言と、ネプギア様とユニ様の「ネプギアが街でロムに似た少女を見たという発言に反応し、街で聞き込みをしてロムを探すことにした」という証言。
それらから憶測できる、ラム様の今の心境は……
「……拗ねてる、としか思えないんだよな……」
教会から家に帰って、出しっぱなしにしていた布団に寝転がって呟く。
多分だがラム様は本当にあいつを嫌ってしまったわけじゃない。あの発言はつい出てしまっただけで、本当はあいつに傍にいてほしかった。
なのにあいつは傍にいようとしない。それどころかこの二か月近く、会うどころか顔すら見ていない、連絡も一切取っていなかったという。
今時便利な時代なんだからメールでも何でも気軽な連絡手段はあっただろう。……と思っていた俺にネプギア様が「どうもメールを送っても一切返信が来なかったみたいで……」と教えてくれた。しかも最初の頃は電話もしていたが、ずっと圏外か電源が切れていると。それに関しては必要な時に使えるよう電源を切っていたのと、俺達がいた山まで電波が届かなかったからだろう。
だとしてもだ。一切会ってくれず、連絡もしてくれない。そりゃああ言われてもしょうがない……というか俺もラム様の肩を持つぞ。次にあいつに会ったら説教かましてやろうか。
……だがこれは俺も把握していなかった責任があるよな。俺がちゃんと把握して、あいつに「会ってやれ」と一言でも言っていれば、もしくは強制で連れて行けばよかったんだよな。それであいつが教会を出たくないとか引き籠り発言し出したら俺が引っ張り出せばよかったんだ。
そうすればきっと今回の件はもっと簡単に終わってたはずなのにな。あいつもショックを受けず、その場で誤解を解いて終わったのに。
ったく、明日会ったらいろいろ文句言ってやろ。んでお菓子の感想も聞いて次に買うお菓子の参考にしてやろ。
よし、そのための気力を高く保つためにも、早いが今日はもう寝るか。
「んじゃおやすみ」
……って、誰もいないんだったな。