──人生始めて二十と数年。もうそろそろそんな状況になってもいいんじゃないかと思ってはいた。思ってはいたんだが……
「……実際なると、すごい衝撃だな」
なんだ、この状況。
眠気が吹っ飛ぶ光景に落ち着きを取り戻しながら、
バチンッ
「いってぇ!」
──る前に弾かれた。素早く飛んできた手に叩かれることで。
結構な高威力。こいつ、本当は起きてるんじゃ……
いや、こいつの場合寝てる間でも拒絶反応は起きるかもしれんな……
「……ったく、しゃーねーな」
これ以上叩かれたくないし、起きるまでそっとしとくか。……教祖様には連絡しなきゃならんよな……
傍で寝てるこいつに布団をかけてから、俺はそっと朝の支度を始めることとした。
「……おはよう」
「お、やっぱり起きてきたか。おはようさん」
俺の予想通り、あいつは起きてきた。俺の手に持つフライパン、その上で焼かれている朝食の匂いに釣られて。
「すぐにできるから顔を洗ってこい。話は食べた後だ」
そう言うとあいつは頷いて、ふらふらと洗面所の方へ歩いていった。足取りが覚束ないのはまだ眠いだけだよな?
一瞬不安がよぎったが、そう思うことにする。そうじゃなくても今日中にあいつを教会に届けなきゃならん。
さっき教祖様にすげー怒られるどころかすげー謝られたし。……ほんと、いろいろ言えず申し訳ない……
朝飯はシンプルに目玉焼きとベーコンとサラダ。そしてトースト。おまけであいつの皿にはミニハンバーグ。
あいつの稼ぎじゃまだまだ贅沢な朝食だが……いや、今回は俺持ちにしとくか。いろいろあったとはいえ、あいつは昨日一番頑張ったやつなんだ。昨日のお菓子だけじゃなく、これくらいもしないとな。
そう思いながらも口にはせず、朝食の準備を終わらせた。
……だがまだあいつは戻ってこない。顔洗うだけならそんなに時間はかからないはずだよな……?
「おーい、できたぞー?」
「……今行く」
ようやくあいつが戻って来て、座って、お互いに両手を合わせ「いただきます」と言って食べ始めた。
んだが……
「…………」
「……?」
……おかしい。あいつが「いただきます」以外何も話さないなんて。
いつもなら一口食べればすぐに感想を言うのに。
「……美味しいか?」
「……うん」
簡素な答えがさらに簡素に……!?
しかも全然美味しそうに見えないんだが……!?
せめてラム様の傍にいれば見やすいんだが……いや、あれはいつもの場合だ。今は余計に無理か。
いつも静かな朝食が更に静か且つ重い空気で終わり、片付けは全部俺がやる。準備から片付けまでが俺の仕事だからだ。
そして食後のお茶も淹れてあいつの前に置いて、俺も座って茶を一口飲んでから、俺は話を切り出した。
……とりあえず核心から遠い話題から。
「……そういやクエストはどうだったんだ?」
「……終わった」
「そ、そうか……」
いつもだったらもう少し話すはずなのにな……
「どんな依頼だったんだ?」
「……討伐」
「へ、へぇ。どのモンスターだったんだ?」
「……忘れた」
「そ、そうか……」
う、うん。まだ会話が成り立ってるだけいいのか……?
「報告はしたのか?」
「……まだ」
「ん? なんでまだ?」
「……営業時間外」
「なら後で行ってこないとな」
「……うん」
こちらから質問する分には答えてくれるなら、質問攻めしていくか。
「営業時間外だったってことは、遅くに戻ってきたのか?」
「……うん」
「何時頃?」
「……日付変わる前」
「苦戦はしたか?」
「……忘れた」
まあ怪我してなさそうだし、苦戦はしてないんだろう。
「……報告はどっちの姿だ?」
「……ことり」
「そうか」
……さて、そろそろ言うか。
「……お前さんが俺の家にいることな、教祖様に言っといた」
「……うん」
「……教祖様、すげー心配してたぞ。お前さんがいつまでも帰ってこないって」
「……うん」
「……どうして俺の家に来た?」
「……帰ってこいって」
「……そうだったな。俺はきっとそこに「教会に」と付け足すべきだったな」
「…………」
そうしたら今度はあの場でも拒否されたか。
まあまだどこにいるか分かる状態なだけいいのか。
「……そういや昨日の事件な、怪我人は一人も出なかったぞ」
「……そう」
昨日こいつが逃走犯を追いかけている間、俺は教祖様と共にいたおかげでそういった報告を横で聞くことができた。
こいつの合図で一斉に確保しに向かった軍が、そこで誰もが気絶している光景を見たこと。その誰もが怪我という怪我をしていなかったこと。
そして逃走犯に関しては、驚くことにそっちもそう目立った怪我無し。あるとしたら額の皮がむけた程度らしい。よって怪我無し。
結果犯人グループからの怪我人ゼロの事件となった。……一人行方不明者が出たらしいがそれは逃げたんだろう、というのが俺達の見解だ。
……そしてあんなに激怒していたのに一切人を傷つけないという、家族に嫌われないようにするための行動の徹底ぶり。正直ここまでやるとは思っていなかった。
だがその前からの行動のせいでこいつは……
「……なあ、聞いてもいいか?」
「……何」
「なんでお前さんはずっとラム様に会わなかったんだ?」
きっと帰るたびに会っていれば、今回のようにはならなかった。
……なんなら、今回の事件も起きることがなかったのかもしれない。
そう思うからこそ黙り込むこいつに、俺は昨日聞いた事件の内容を伝える。
三人が攫われた前日、ネプギア様とユニ様が気分転換と交流、そして情報共有のためにルウィーへ泊りに来ていたこと。一泊二日の計画。その一日目にネプギア様がこいつに似た人物(変装中のこいつ)とぶつかったこと。それをラム様に話すとラム様がこいつを探したいと言い出したこと。夜遅かったこともあり次の日に三人は聞き込みをしながら探していると、こいつがどこにいるか知っているという女性がいて、案内するという言葉に付いて行ったらそれは罠で、強力な睡眠薬を嗅がされて気絶。そのままあの廃置場に攫われたこと。
「……つまり、私が悪いと?」
「……お前さんが全面的に悪いわけじゃない。ただお前さんにも非はあった。そう思ったんだ」
そもそも今回の誘拐事件は唐突に行うには計画的過ぎた。まだ犯人グループから聞き出せた情報は入って来てないが、おそらく以前から計画されていたものだろう。
そして今回、奴等にとって絶好の機会が訪れて、犯行に及んだ。
もしラム様達がこいつを探すようなことをしなければ、まだ、とは付いてしまうが誘拐はされなかった。されたとしても偶々その場にいたネプギア様とユニ様に被害が及ぶこともなかった。
……いや、むしろ被害がラム様に集中しなかっただけお二人がいてよかったんだろう。……というのは国に仕える身としては褒められた考えじゃないか。
「……俺は正直、今回の事件は犯人共が悪いのであってお前さんは一切悪くない、とは言えないからな。そう思ってすらいない」
ラム様達がこいつを探していたのが悪いとは一切思えない。こいつが自分の弱さを言い訳にせず、ラム様に会っていればそんなことせずに済んだ話なんだからな。
「……私だってわかってる、そんなこと。今回の私の行動が、ただの尻拭いだってことも」
「分かってるならなんで……」
なんですぐにラム様に謝らないのか。ラム様のところへ……教会へ行かずにここに来たのか。
そう問いただそうとして……その前に向こうが立った。そしてフラフラと歩きだす。
「……どこにいく? 話は終わってないぞ」
「……これ以上は無駄」
「無駄って……じゃあお前さんはこれからどうするんだ。まさかまたラム様に会わずにいるなんて言わないよな。だいたいなんでお前さんは家族のことが大切だって言っておきながらこんな家族を蔑ろにして──」
瞬間、俺の視界はぐるっと回転して、気付けば天井を見ていた。と同時に背中に走る痛み。
──忘れていた、とは言わない。ただ今だけは感情が先に出て、あいつが何を思っているかなんて考えていなかっただけだ。
「それ以上は口にしないほうがいいぞ、人間」
そうだ、こいつは平気で人を傷つけられるやつだった。
胸倉を掴み俺を床へと叩き付けたあいつがそう言う。掴んだ拳は解かず、上から俺を睨みつけていた。
だがなんで……
「散々好き勝手言ってくれるな、人間。貴様とて知らぬわけではなかろう。私がその気になれば貴様の目ん玉ひとつ抜くのに躊躇することはないと」
なんでお前さんは……
「それともなんだ? 私が今まで手も出さなかったことで調子にでも乗ったか? ならば今ここで貴様を教育してやって、も……?」
言葉は続かなかった。俺が止めた。
ただただ一つの疑問が頭を占めていて。
その目に映る感情が、放っておけるものではなかったから。
彼女の頬にそっと触れて、言った。
「……なんでお前さんは、そんなにも怯えてるんだ……?」
「っ……!?」
驚きで見開く目。そこに先ほどから映る感情。
それは前に見たときよりも強くなり隠しきれなくなった感情で。
「怯える? バカを言うな。私が人間なんぞに怯えるものか。怯えているのは貴様のほうではないか?」
ああ、そうだな。
それは人間への感情じゃない。
「家族を蔑ろにしているだと? 貴様はまともに目も見えんのか。どこをどう見たらそう見える。教えてもらおうか……なあ!」
「っ……ああ答えてやるよ! 本当に家族のことが大切なら、会えるときに会うもんだろうが!!」
「私がそうしなかっただけで蔑ろだと? ふざけるな! だいたい何故そう会わねばならん! 共にいなければならない!? 相手に会えないわけではない、ましてや死んでなどいない! 約束だってしたんだ! 終わったら遊ぼうって……なのに何故あの子はあんな行動をした!? 私を探した!? 何故……なんで……!」
あんまりにも分からず屋な彼女にいい加減カチンときて彼女に張り合うように大声を出せば、彼女もまた大声で怒鳴り返す。
その声に怒りの感情が乗っていて、最後には別の感情が乗っていた。
俺は彼女を怒らせたいわけじゃない。ましてや悲しませたいわけじゃない。
だからこそ俺はその言葉に、俺が思った答えを返した。
「……大好きだからだろ、そんなの」
「っ……嘘だ!!」
「嘘じゃねえ」
「嘘に決まってる! 貴様だって聞いていたんだろう知っているんだろう!? あの子が私を大嫌いだと言ったことを!」
「あれこそ嘘だろうが」
「なら貴様はあの子が嘘つきだとでも言いたいのか!」
「ああそうだよ。ラム様はあのときお前さんに嘘を吐いたんだ。自分の心と真逆な嘘を吐いた」
「……騙されないぞ、人間。そうやって私を言いくるめようとしても無駄だ」
決して人間を信じない目。
だが俺だって騙しているわけでも、彼女を言いくるめようとしているわけでもない。
「騙してなんかない。はっきりとしたものじゃないが根拠もある。後はそれをお前さんが信じてくれるかだ」
「人間の言うことなど信じるわけがないだろう。人間は平然と嘘を吐く種族だ」
「だがお前さんならその人間が嘘を吐いているかどうかなんて、すぐに分かるんだろ? ならはっきりと俺を見てみろ。どうだ? 嘘を吐いているように見えるか?」
「…………っ」
彼女が嘘を見破ることは知っていたから、そう言った。
だから彼女が俺を睨みつけるように見て、それから首を振るのも分かっていた。
「だろう? 確かに人間は嘘を吐く生き物だ。だが時と相手と場合くらいは選ぶ。お前さん相手に嘘なんて吐いたところですぐバレるんだ、言う意味がないどころかマイナスの効果しかない。なら俺はお前さん相手には嘘は吐かんよ」
「……信じないからな」
「ああ、常に疑ってその目で真偽を見定めろ。それなら俺は堂々と本当を話せる」
他人の言葉を信じられなくとも、自分の目なら信じられる。
それは俺も同じだから。
「……わかった。なら話して。あなたから見た、何故あの子が私を嫌いだと言った、その理由を」
「ああ」
ようやく離され、彼女が俺の上から退く。
俺は起き上がり、大人しく座った彼女と向き合うように座り、俺から見て感じたことを話し始めた。
「……多分だがな、ラム様はお前さんに見てほしかったんじゃないか?」
「見てほしい……? 何を?」
「自分自身をだ。この数か月、お前さんはずっとラム様に会っていなかった。ラム様からのコンタクトを全て遮断していた。つまり放置していた。ラム様はそれが嫌だったから会うためにお前さんを探した。だがそんなときに誘拐され、怖い思いをした。しかもラム様から見れば途中からは気絶していて、目が覚めたらお前さんが何ともなさそうにしている。まるで自分だけが寂しかったみたいにってな。だから衝動的に言っちまったんだろうよ」
そう俺が言うと、彼女は俺の言葉の意味が本気で分からないと言いたげに首を傾げた。
「衝動で……? よくわからない。何故あの子は私のことが好きなのに、衝動で嫌いだと言うの? 寂しかったなら、会いたかったならそう言えばいいのに」
「そうもいかねぇだろ、ラム様の性格的に」
「あの子の性格的に?」
「ああ。少し意地を張りやすい、
「……わからない。私だったら素直に言うのに」
「理解出来ないのも、行動に差があるのも、性格の違いがあるからだ。いくら双子とはいえ、相手の考えを全て理解するのは難しい。それが例えお前さんとラム様でもな」
「……そう。じゃああの子は嘘を吐いていて、私はそれに踊らされた。そういうことなんだよね?」
「踊らされたというのは違うと思うが……まあ翻弄されたという意味ではあってるんだろうな」
「ならこのまま言われるままに踊っていればあの子と……ラムちゃんと仲直りできる?」
「それは分からんが……」
頭をガシガシと掻く。ここで俺が思うことを言えば彼女はその通りに動くのだろう。それはそれできっと表面上は解決できるだろうが……
……ダメだ。それじゃあ彼女の考えを変えることにはならない。変えることができなければ、再び同じ間違いをするかもしれない。そうなれば今度は仲直りできるかどうか分からなくなる。
ならここは一緒に考えよう。答え合わせは本番でだ。
「……お前さんはどうしたら仲直りできると思ってるんだ?」
「このままラムちゃんの嘘に踊らされたままショックを受けた子を演じる」
「それは確実に却下だ。そもそもその考えを捨てろ。……ともかく前提としてラム様はお前さんと仲直りしたがっている。そう考えたらどうだ? 何か浮かばないか?」
「……謝る?」
「そうだな。先ずは謝ろう。だが何に対してだ?」
「……目の前でショッキングな光景を見せたことに対して」
「それも謝らなきゃいけないだろうが、仲直りのためにはならないな」
「じゃあ……置いて行ったこと?」
「それに関してはそもそも出る前に話し合ったんじゃなかったのか?」
「うん。ちゃんと指切りげんまんした。指は切りたくないし拳骨は一万回食らいたくないから守る」
指切りと拳骨って……どこで覚えたんだその知識……
「ああ……うん、そうだな。だがそうやって話し合ったなら謝る意味は無いな」
「……じゃあ会わずに放置したこと?」
「そうだ。そうなんだが……さっき俺が言ったことなのになんでそれが最初に出てこないんだ……?」
「……さぁ?」
「さぁって……まあいい。とにかくそれについて謝らなきゃならない。何故だか分かるか?」
「……寂しがらせてしまったから」
「ああそうだな。そのせいでラム様は寂しい思いをしていたんだと俺は思う」
「なら謝れば、許してもらえる? またラムちゃんと仲良くできる?」
「ああ。だがただ謝るだけじゃダメだ。他に必要なことが何か、分かるか?」
「……お菓子を持っていく?」
「確かにお菓子を持っていけば喜ぶだろうが……それじゃまるでラム様をお菓子で釣ってるみたいじゃないか?」
「……チョロラムちゃん」
「おいそれは口にしちゃいかん」
「……はーい」
……こいつ、本当に仲直りしたいんだよな……?
「それで他に何か浮かばないか?」
「……大好きって言う?」
「それも必要だが、もっと重要なことがあるだろう」
「……わかんないよ」
「お前はラム様に謝るんだ。ということは自分に非があったことを認めるってことだ。認めたら、その後はどうするんだ?」
「……反省する?」
「そうだ。認めて、反省して、謝る。その後で自分が相手のことが好きであることを言う。これが子どもが仲直りする方法だと思うぞ」
「……大人は違うの?」
「……大人はな、そもそも仲違いしないように互いに気を利かせるし、もしそれも無理そうなら避ける。つまり喧嘩さえしないんだ」
「……大人って変な賢さを身に付けるんだね」
「……そうだな」
そういうものなんだろうな、大人ってのは。
まあともかくだ。
「ともかくこれで多分仲直りできるはずだ」
「……できなかったらどうする?」
「謝り続けるしかない」
「……いつまで?」
「ラム様が許してくれるまで」
「……許してくれるかな」
「許してくれるだろ、いつかは。それにな、もし謝っても許してくれなかった時は、まだ意地を張ってるだけだ。んで意地を張り続けるのは疲れる。いい加減疲れてきたら許すしかない。つまり結局は根性ってわけだ」
「それもうただの押して押して押し倒せのあれだよ……」
「まさにそれだろ」
「な?」と、二ッと笑えば「そう……だね。押しまくろうか」とようやく表情が変化する。
怒りでも悲しみでも怯えでもない。
ほんの少しでも笑みを浮かべた顔を見て、俺はようやく一息つける気がした。