ロムに憑依しちゃった話。(仮)   作:ほのりん

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まっしろ。

 ──倒れていく。ひとり、またひとり。

 骨を折り、肉を切られ、血を流すみんな。

 それを見て嘲笑い、息絶えていようと構わず殴り潰すてき。

 

 誰かが言った。機を待てば、今を耐えれば、いつか分かり合えるのだと。

 その誰かはこの戦争で真っ先に散った気がする。もうその顔を覚えていない。覚えていたくもなかったから。

 

「みんな、今は逃げるんだ! 体制を立て直せばいつか必ず──ぐっ!」

「逃がすわけねぇだろ、この悪魔が! 今までの恨み、この場の全員殺したって足りねぇよ!」

 

 あの顔は覚えている。武闘派のリーダーみたいな存在だった。あと無駄に美人。女神に引けを取らないその顔は、鈍器で原型を留めないほど潰されたのも覚えている。

 

「ここで奴を倒せば……!」

「させない! あの方は我々がお守りする!」

 

 あの顔は確か、穏健派の副リーダーみたいな存在だったはず。リーダーほど平和馬鹿じゃなくて、今も私を狙う誰かを殺してた。そのすぐ後に他の誰かに滅多刺しにされてたけど。

 他にも知っているような、知らないような顔のみんなが、この場で出来るいろんな方法で倒れていった。立ち向かって斬られた子、逃げようとして背後を射抜かれた子、戦意を失い座り込んだところを殴られた子。本当に、いろんな方法で。

 

「あなた様はお逃げください! 仲間達もそれぞれ逃げられるものは逃げています!」

「もう間もなくこの城は奴らの手で落とされます。しかし大丈夫です、我々はいつか再びあなた様の元へ集い、その悲願を成し遂げて見せましょう!」

 

 この二人も覚えている。よく私の両脇で、面倒くさがりな私の代わりに相手の対応をしてくれた。友達ではないけど、その従順な態度は好ましかった。

 

 ただ、この約束()、守られることはなかった。

 

 残るとは言えなかった。怖くて、逃げたかった。けど見捨てたくもなくて、動けなかった。

 そんな私を白い獣が背負い、その四肢を全力で動かす。

 その白い毛にしがみつきながら振り返れば、(いえ)が燃えていた。

 血のあか、炎のあか、空のあか。

 いろんな赤が、ぼやける視界で混ざり合って……

 

 

 みんな、いなくなった。

 

 

 

 

 


「──ム、起きて。ロム」

「……ん、だれ……?」

「誰って、寝ぼけてるの?」

 

 体を揺らされる感覚に、徐々に瞼を持ち上げれば、私の顔を覗き込む黒髪の女の子。その表情は心配の色を映している。

 一瞬自分の名前も、この女の子の名前も出てこなかったけど、それは頭の回転が止まっていたかららしい。すぐに回り始めて、相手がユニであること、自分が目的地までの移動で車に乗ったのを思い出した。

 

「ん……私、寝てたんだ……」

「それはもうぐっすりと。それで、えっと……大丈夫?」

「……? 寝ちゃったのは、寝不足だからじゃないよ……?」

「いやそうじゃなくて……何か悪い夢でも見たわけ……?」

 

 そう言われても首をかしげる私へ、ユニはその繊細な指で私の頬へ触れ、何かを拭う。

 その指には水滴が乗っていた。

 

「……泣いてたの……?」

「いやアタシに聞かれても……」

 

 困惑の色も加えられた表情で答えるユニに、それもそうだねとも返せず。表面では落ち着いていても、内心では動揺していた。

 だって私が、皆の前で、冗談じゃない涙を。

 

「……ラムちゃんは見たの?」

 

 確認のために周りを見れば、私はまだ車の助手席に座っていて、少し離れた場所にラムちゃん達がいた。ラムちゃんは目があった瞬間そっぽ向いたけど、その表情に心配の色はなかった。

 

「いえ、気付いてないと思うけど……気付かれたくないの?」

「うん。だから私が泣いてたのは、絶対に言わないでね」

「言わないでって……へぇ……? ロム、アンタもしかして恥ずかしいの? だからラムに言わないでってこと?」

「違うよ。でも絶対に言わないでね。もし言ったら、私、ユニちゃんのこと嫌いになるから」

 

 私が言われても効果のない脅し文句だけど、ユニは言葉を詰まらせて「わ、わかったわよ……」と気まずそうに目を逸らす。このことに関してからかおうとしても、冗談として受け取ってもらえないことをちゃんと理解したらしい。

 あぁ、いや。私の雰囲気がいつもと違うから、効果が増したのかもしれない。忘れてた、皆の前では猫を被るの。夢に影響されてるのかもしれない。

 今なら不機嫌さも別の理由で誤魔化せそうだから、まだ被らなくてもいいかな。なら待たせているようだから、早く皆のところへ行かないと。

 まだ微睡んでいたいと訴える頭を無理やり起こすため、欠伸と背伸びで酸素を取り込み、体をほぐし、雪の上へ降り立つ。

 そして見る。昔も、少し前も、今も、変わらず聳え立つ巨山を。

 

「おっそ~いっ!」

「…………」

 

 いつもなら「ごめんね」の一言でも言う私だけど、今だけはケンカ中ということもあって返事する気にもなれず、そのままラムちゃんの前を通り過ぎて彼のもとへ。

 ……あぁ、違った。ケンカ中じゃないよ。

 

「そのフォローは必要あるのか……?」

「さあ? ともかく、時間が勿体ないから、行こ」

 

 待たせていたのはお前だろ、みたいな反応は帰ってこなくて、後ろを見れば泣きそうなラムちゃんをネプギアがフォローしてる。ユニはそんな私の態度に一言文句を言いたげで、けど何を言えばいいのかわからない様子で、私とラムちゃんの間を視線が行ったり来たり。

 さすがに冷たくしすぎたのかな、と思っても、きっと今日はまた同じような態度を取り続けると思う。思い出したくもない記憶を夢で見ちゃったし。

 

 ……うん、夢に感情が引っ張られてる。嫌な気分だ。

 

「……なあ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ、きっと」

 

 気分が沈んでることも、ラムちゃんの感情も、あとで回復できるんだから。

 

 

 

 平山(ヒラヤマ)山。過去にはその山頂の平らな場所に人が集落を築いていた、というのは今もあるのか確認できてない。山頂まで登れてないから。けど今のところ私がこの山で自分達以外の人に会ったことはないので、多分滅んでる。それっぽい跡も残ってないし。

 けど代わりに面白いものは見つけていた。

 

「……あった。みんな、これ」

「これって……何もないじゃない」

「えぇっと……見るかにただの枯れた森、に見えるけど……?」

「うん。じゃ、先に行ってみるね」

 

 ある地点で立ち止まり、私が指差した方向にはネプギア達の言う通り何もない。強いて言えば木々のみ。

 その反応は予想済みだったから、百聞は一見に如かず、ということわざ通り行動で示して見せる。

 

 ──何かを潜る感覚がした。薄い膜を通り抜けたような、そんな感覚。

 

 振り返れば慌てた様子で周りを見る三人の姿。声は聞こえないけど、その口の動きが私の名前を呼んで探しているのがわかる。

 

「……うん、やっぱり」

 

 私の一言も向こうには聞こえていないようで、反応はない。

 ……ふふっ。このまま慌てふためく三人の姿を面白く見るのもいいけど、それだけじゃもったいないし……

 

 今潜ってきた膜に向かって、両手を差し込む。膜を抜けた先からだらんと力を抜いて、ゆっくり……というかもうぬるりとした動きで。

 案の定その手に気付いた三人はカチコチに固まって、青ざめた顔のまま、手首まで出たところで動きが止まった手をじっと見つめる。

 ここで指先をピクッと動かせば? 皆の肩もピクッと跳ねる。

 じゃあ10本の指をわちゃわちゃと滅茶苦茶に、気持ち悪く動かせば? 

 

『きゃあああぁぁぁーーーーッッ!』

 

 悲鳴を上げて、逃げていった。

 うん、楽しいっ。

 

「おいコラ」

「いてっ……痛い……」

 

 皆の反応に満足気に笑みを浮かべていたら、唯一逃げなかった彼が膜を抜けてこちら側に来て、頭をチョップしてきた。

 そこまで痛くはないけど、叩かれたところを手で押さえ、撫でて痛みを緩和する。

 にしてもよくこのトリックがわかったね。

 

「どう見てもお前さんの手だったからな」

「だよね」

 

 自分の手を見る。うん、どう見たって幼い子供の小さな手だ。毎日ある程度手入れされてるから、普通の子供よりも綺麗な手って情報も追加で。

 これで気付かずに逃げるなんて、ラムちゃん達もまだまだだね。

 

「てかどうすんだ。呼び戻さないと先に進めないぞ」

「……このまま私だけ先に進むっていうのは……」

「ラム様達を放置は駄目だろ。しかもお前さんだけって、俺も放置か」

「ほら、いまどきって放置しておけば勝手に強くなるらしいし。放置女神、なんて」

「それ武将がいない間に戦ってくれてるだけだからな?」

「この場に敵がいないんじゃ、意味がないね」

「というわけだ。さっさと行ってこい」

「え~……むぅ……」

 

 否定的な声は出すけど、だらだらとした動きだけど、それでもラムちゃん達が逃げた方向へ歩く。仕方ない、私がやったことの結果だし、ラムちゃん達を放置して敵に傷つけられでもしたら嫌だし。

 ……まぁ、この辺りならまだモンスターも弱いけどね。

 

 

 

 一度逃げたものの冷静に考えて私の手だと分かり、戻って来ようとしていたラムちゃん達と合流して、今度は全員で膜の……魔法による結界の内側へと踏み込むと、結界により見せられていた景色が変化し、本来の光景を私達の視界へと映す。

 とはいっても目の前にある光景に大規模な変化は起きていない。外からは枯れた森のような印象を受ける落葉樹の群生が、中では今が全盛期であるかのようにその枝を蒼々とした葉でめいっぱい着飾りすぎて鬱蒼とした森と化していることや、何者にも踏み荒らされていなかった純白の雪面に私の足と同じくらいの足跡が現れたことなんて、()()と比べれば大規模な変化ではない。

 

「なに、あれ……?」

「あれって……おしろ……?」

 

 三人の目が()()へ釘付けになる。そのなかで思考が声へ出てしまったのはユニとネプギアだった。

 

 ──おしろ、白、城。そのどれもに当てはまるそれは、ルウィー教会の外壁にも負けないほど美しい白と、空にも負けないほど美しい空色で彩られた、大きなお城。

 それが私達の目の前にある道の、その先にあった。

 

 周りを囲む森と、さらにその周りを覆う結界で守られた城。それが今回の目的地だ。

 

「探索してたら、見つけた。もしかしたら、何かあるかも」

「へぇ……可能性はあるわね。こんな風に隠されてるんだから」

「ちなみにここって教会は把握していたりは……?」

「事前にこの山について詳しく調べていたわけではありませんが、このような場所があるという情報は聞いたことがありません。もしかしたら教会も把握していない建築物である可能性はありますね」

 

 ユニは面白そうな笑みを浮かべ、ネプギアは彼へここのことを尋ねる。その問いに対しての彼の回答は予想してた通り。

 ここに来る前、ある程度今のこの山について調べておいた。ダンジョンとしては普通なこの山で普通に探索して珍しいものが見つかることはなく、調査隊や探検家の興味を引くものもなく、何千年もここにありながら『何もない』という情報のみが今の時代に記されていた。

 もっとも間違った情報であることは目の前の光景が証明しているのだけど。

 

「なら早く行ってみましょ! お宝があるかもしれないし、調べてほーこくしたらミナちゃんに褒められるかも!」

 

 この森も、あの城も、言わば未知のダンジョン。それを前に怖気づくどころか、冒険の予感に心躍らせるのがラムちゃんで、一番乗りするんだと言わんばかりに足を踏み出す。

 

 その前を、私が遮った。

 

「っ……」

「…………」

 

 片やケンカしてる相手に出鼻をくじかれてムッとした表情で。片や無表情で。

 体を右に左に、もう一度右と思わせて左へとフェイントをかけたかと思うとそれさえ遮られ、ラムちゃんは苛立ちを隠せなくなる。

 

「もうっ! どーしてジャマするの!」

「この先に何があるか、ラムちゃんがわかってないから」

「それはロムちゃんも同じでしょ!?」

「…………」

 

 ラムちゃんの言葉に肯定も否定もできず、黙る。それでもこの先の光景を思い出して、言う。

 

「……うん。やっぱりラムちゃんは行かない方がいい。この場にネプギアちゃんたちと残るか、先に下へ降りて車のなかで待っているか……それがイヤなら探索はまた別の日に私が一人でするから、一緒に教会へ帰ろう?」

「っ、なんでひとりでって……!」

「ちょっとロム、アンタここまで来てまだそう言うわけ? さすがにそれはないんじゃないかしら」

「ラムちゃんの安全なら、私達がいるから大丈夫だよ。だから、みんなで行こう?」

「ダメ。ここからは私一人じゃなきゃ。だって……」

 

 ここまで来て、という言葉にはものすごく納得ができる。私もそれを言われる立場であれば、同じ反応をしてた。

 でも違う。ラムちゃんの安全とか、そんなの元から建前の理由でしかない。いざとなれば三人を見捨ててでもラムちゃんを守り切る自信はある。

 ただ、ダメだった。思い出してしまった。思い出したらもう、「見せたくないから」としか言えなくて。

 

「っ……ロムちゃんの、バカーーーー!!」

「っ、ダメっ! 待ってっ、止まってっ……うぐっ!?」

 

 あのときを思い出して意識が逸れていた私は、急に走り出したラムちゃんへすぐに反応することができず、伸ばした手は空を切る。

 それでもすぐに、そして全力を出して走れば、追いつけたはず。

 なのに追いつけなかったのは、森に入った瞬間、頭が痛みを発し、コケるように崩れ落ちたから。

 殴られたような痛みじゃない。頭の内側からガンガンと、波のある痛み。

 まるで記憶の奥底から警鐘が鳴っているようだった。

 

「ロムちゃん!? だ、大丈夫……?」

「ぅ……いいから……! 私はいいからっ、ラムちゃんを止めて! 早く!!」

「えっ!? う、うん!」

 

 これ以上先へ行きたくない。

 その感覚が体を支配しその場から動けなくても、口は動いたから。

 驚き心配するネプギアへ、ロムらしからぬ苛立った声色と大声でそう言えば、勢いに押され走り出した。

 それでも間に合うかどうか。

 

「ちょっと、大丈夫……? 体調が悪いのならまた日を改めてでも……」

「だい、じょうぶ……そのうち慣れるから……それよりも、ラムちゃんがしんぱい……だから……」

 

 ユニの心配する声も拒み、続く言葉を紡ぐ前に一旦口を閉じる。

 すると察したのか少し離れた位置で事の成り行きを見ていた彼が、真剣な表情で近づき、私の前に跪き、首を垂れる。

 まるで命令を待つ従者のような姿の彼へ、わかっているじゃないか、と苦痛のなかでも笑みを浮かべ……

 

「私を、連れていって」

 

 そう、お願い(めいれい)した。

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